I knew

第十七幕:兄弟



いつものように夕方起きたら竜胆が帰宅していた。
目覚めのコーヒーを飲むのに部屋を出ると、リビングのテーブルにズラリと土産が並んでいる。随分と沢山買ってきたんだなと思ったものの、肝心の竜胆がいない。また出かけたのか?と首を傾げつつ、専用のカップにコーヒーを注いでリビングに戻ると、竜胆の部屋から何やらガタゴトと物音が聞こえてくる。オレは欠伸を噛み殺しつつ、部屋のドアをノックした。

「竜胆、帰ったのか?」
「おー兄貴。おはよー&ただいまー」

ドアを開けると竜胆が満面の笑顔で振り向く。何だ、その清々しい笑顔は。内心訝しく思いながら室内を見た途端、ちょっとだけ驚いた。

「何してんの、オマエ」

普段からそれほど片付いてるとは言えない竜胆の部屋だが、今は普段以上に服が散乱して、綺麗に並べられていた棚のCDやDVDのパッケージまでが何故か床に出されている。模様替えでもすんのか?と思いきや、竜胆は嬉々とした顔で「と暮らすことになったから引っ越しの準備に入ろうと思って」なんて言いながら爽やかな笑みを浮かべた。それにはさすがのオレもギョっとする。彼女と暮らすのはもう少し後になるだろうと考えていたからだ。

「マジで?じゃあ…からOK出たのかよ」
「そういうこと。いいだろ?兄ちゃん」
「いや、そりゃいいけど。また急だな」

竜胆がと一緒に暮らしたがってたのは知ってたし、そこは別にいい。ただ、いきなり荷造りしてる姿を見れば多少は驚くってもんだ。今回の旅行で何か進展でもあったのかもしれねえなと思いつつ、竜胆を観察してみた。今では鼻歌なんか歌いながら「あのトランクどこしまったっけ」とクローゼットの中を漁っている。こんな浮かれた竜胆を見るのは久しぶりだ。その姿を眺めていたらオレに天啓が舞い降りた。

「オマエ…もしかして遂にとエッチできたん?」
「………」

オレが問いかけた瞬間、軽快に聞こえてた鼻歌がピタリと止む。何とも分かりやすい奴、と苦笑が漏れた。
ぶっちゃけこの手の話をするのに兄弟同士で照れも何もない。これまでも落とした女の話を時々するくらいオレ達の間では普通だった。なのにのことになると竜胆は何故か口が重たくなる。二人が付き合い始めの頃「もうエッチした?」と聞いた時も、なかなかその辺のことを話そうとはしなかった。まあ、そん時は無理やり問い詰めて"まだ手は出してない"ってのを聞きだしたけど。女相手なら秒でベッドへ連れ込める竜胆が手を出してないと言う事実に驚かされたが、聞けばは経験がないようで――これもビビったけど――竜胆もなかなかそれまでのようにはいかなかったらしい。その後も進展しない二人の関係に何故かオレまでやきもきした時期もあった。正直、今回の旅行でもお子ちゃまデートで終わるんだろうくらい思ってたのに、今の竜胆の様子を見れば、オレの予想は外れたのかもしれない。
オレが答えを促すようにジっと見つめると、竜胆は少し動揺した様子で目を反らすんだから笑ってしまう。マジで分かりやすい。

「そーか、そーか…遂にできたのか…」
「まだオレ何も言ってねえじゃんっ」
「そうやってムキになるのがいい証拠だ。オマエ、顏に出やすいんだよ。特にのことはなー」
「…ぐ…」

核心を得て突っ込むと、案の定竜胆は言葉を詰まらせた。ほんと可愛い弟だ。

「良かったじゃん」
「……まあ。あ!でもの前でそーいうこと言うなよ?アイツ、恥ずかしがるから!」
「んなこと分かってるよ」

顔を真っ赤にして怒鳴ってくる竜胆に苦笑しながら、そこは言わないと約束しておく。そもそも彼女のことで口が重たくなるのは、竜胆がそれだけのことを大切に思ってるということだし、オレもその辺はとっくに理解してるつもりだ。

「ま、何にせよめでてーじゃん。赤飯焚いてやろうか?」
「いらねー」

軽くからかったら竜胆は思い切り顔をしかめたものの、それでも何だかんだ幸せそうだ。初めて本気になった相手に最初は竜胆も戸惑ってたみてーだけど、の為にそれまでの自分を変えようとしてる弟は、オレの目から見てもカッコいいと思う。彼女と会えない時期にバカなことを繰り返してたけど、今後はが悲しむような真似はしないはずだ。
そこでふと家に突撃してきた女のことを思い出した。

「あーんで、家に来た女のことはどーすんだよ。あの様子じゃ納得してねーみたいだったぞ」

その話題を振ると、途端に竜胆の表情が沈む。まあ自分がしでかしたことだけに頭が痛いってところだろうな。

「次に顔合わせたらハッキリと言うしかねえだろうなぁ…」
「ああいう粘着質な女は話が通じるか分かんねーだろ。逆切れして刃物振り回すかもしんねーしなー」
「それならまだいいけどな…。障害未遂で警察に突き出せるし…でもまあ…そこまではしたくねえよ、出来れば」

竜胆は神妙な顔で呟いた。まあ、その気持ちは理解できる。一応クラブの常連客だし、オレも穏便に終わらせたい。大ごとになれば絶対の耳にもその話は入るだろうしな。

「同棲もいいけど、サッサと女関連のゴタゴタは綺麗に片付けておけよ?の為にも」
「分かってるよ」

最後にもう一度クギを指せば、竜胆は素直に頷いた。竜胆も後悔はしてるようだ。ただどうやったって過去は変えられねえし、ならこれからの自分を変えていくしかない。

「あ、そーだ。兄ちゃん、何かいい物件あるって言ってたじゃん。それってすぐ契約できそう?」
「おー。そこ知り合いの物件だからある程度の融通は利く」
「マジで?じゃあ出来れば今月中がいいんだけどさー」

さっきまでの暗い表情はどこへやら。気持ちはすでにとの生活に向いてるらしい。途端にデレ顔になる弟を見て、内心苦笑した。出来ればこのまま平穏に時間が過ぎ去ってくれればいい。
幸せそうに荷造りをしている弟を見ながら、ふとそう思った。

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