第二話:遊びでするには不埒な右手



※性的表現あり



翌日、今日だけは、とバイトを休ませてもらったは、九井が指定したビルにやって来た。
面接を受けるに当たって心の準備をする為、他のことにまで頭が回らないせいだ。一日分の時給が削られるのは痛かったが、今日ばかりは仕方がない。
六本木の中でも比較的、外れの方に位置するその一画は、いかにも怪しげな看板がいくつか見える。と言っても、新宿などに並ぶようなギラギラしたものではなく、やはり六本木なだけあり、看板一つとっても高級感溢れる上品で、デザイン性のあるものだった。九井に指定されたビルも同様、外観が白に統一され、控えめなゴールドの縁取りをされた看板が、いくつか並んでいる。どれも同じ会社なのか、店名こそ違うものの、雰囲気はどれも同じ気がする。それは上に行くにつれ、高級感が増していくようだった。

(高級…ソープ…やっぱりか…)

看板を良く見れば、小さな文字でそう書かれていることに気づき、心臓が嫌な音を立てた。九井に話をされた辺りから何となく分かってはいたが、実際にそれを目にすると、激しく動揺してる自分がいる。
よく映画やドラマで見かける、借金返済の為にソープに売られる、という話が脳裏を過ぎる。まさかそれを自分が実体験するとは思わない。
そこで初めて九井の裏の顔は、反社組織の人だったんだと悟った。
表向きは金融会社を経営しているようだが、何となく空気的に分かってしまった。だが九井が反社の人間だろうが、一般人だろうが、どっちにしろ、借金を返さないといけないのは同じことだ。

(でも…ソープ嬢って生半可なレベルじゃなれないって聞いたことあるけど…経験の少ないわたしじゃ勤まる気がしない…)

これでも学生時代や、倒産した会社勤めの頃には、恋人の一人や二人はいたことがある。初体験もハタチ前に済ませてある。とはいえ、行為自体、はあまり好きな方でもなく、恋人に会うたび抱かれる、といったことはなかった。淡泊すぎてつまんねえとフラれたのは、去年のことだ。

(セックスって何が良くて皆してるんだろう?)

にとっては、その程度のものでしかない。彼氏は会うたびやりたがったけど、それがにとってはストレスとなっていたので、むしろフラれてラッキーくらいの気持ちだった。

(そんなわたしにソープ嬢なんて絶対無理…)

看板を見た途端に現実味を帯びてくると、急に怖気づいてしまった。先方には連絡してあると九井は言っていたが、出来ればこのまま引き返したい。そう思いながらも、足が勝手にビルへと入って行くのは、変なところでが真面目だったからかもしれない。
このまま帰ってしまえば、せっかく仕事を紹介してくれた九井さんに申し訳ない。
借金返済の為にソープを紹介する方がおかしいのだが、九井の物腰が柔らかいのと、あくまでの意志を確認するといったやり方で、は自分が来させられたとは思っていない。むしろ自分で選択し、この場にいるとすら思っていた。

「…ここかな」

二十階建てのビルは内装も綺麗だった。エレベーター一つとっても、洗練されたデザインで、やけに落ち着く。とてもいかがわしい店が入ってるようには見えない。
そのビルのちょうど最上階に、指定された事務所があった。

「やあ、九井さんから話は聞いてるよ。聞いてた通り、可愛いねー!君」

最上階の一番奥にある重厚なドアが開き、顏を出したのは黒いスーツに蝶ネクタイといったスタイルの三十代くらいの男だった。髪全体を後ろに撫でつけたオールバックで、やたらとノリが軽い。
この人が九井さんの知り合い?と思ったは、丁寧に挨拶をする。

といいます。今日はよろしくお願いします」
「はいはい。堅苦しい挨拶は抜きにして入って」

言われるがまま中へ入ると、事務所というだけあり、広い空間にデスクがいくつも並んでいる。そこにスーツ姿の男達が、忙しそうに電話をしたり、パソコンに向かって何やら打ち込んでいたりする。その光景が昔がいた会社とダブって見えて、何故だかホっと息を吐いた。
想像してたものよりも、普通のオフィスといった雰囲気で安心したせいだ。並んでいた看板からは想像できないほどの空間で、むしろ健全に見えてしまう。

「じゃあ、そこ座って」
「はい」

蝶ネクタイの男に促され、ソファに腰を下ろすと、男は名刺を取り出し、テーブルの上に置いた。名刺には"ブラフマンプロモーション企画部長兼本部長・高倉健太"と書かれている。

「高倉健太です。高倉健と一文字違いだし覚えやすいでしょ。知ってる?高倉健」
「え…?あ、あの…」

いきなり訳の分からない挨拶をされ、は戸惑いながら顔を上げた。高倉という男は「まあ若い子はあまり知らないかー」と笑っている。別に知らなくはないのだが、どう応えてよいかも分からず、笑って誤魔化しておいた。
それにしても…てっきりソープ嬢になる為の面接かと思えば、名刺にはプロモーションの文字。いったい何の面接をやるんだろう、とは首を傾げた。

「あの…このプロモーションって…」
「ああ、ウチは風俗経営の他にも動画制作販売もやってるんだよ。それに出演する女優さん達のマネジメントもしてるんだ。九井さんから聞いてない?」
「いえ…ただ面接に行ってと言われただけで…」

そう応えながらも、何となく嫌な予感がして来た。何の動画ですか、とは聞けなかった。風俗店を営業してる時点で察しはつく。

(まさか…わたしに動画に出ろなんて言わない…よね?)

それはソープよりもハードルが高い気がした。何せ形になって残ってしまうのだから、いくら借金返済とはいえ、動画に出るのだけは辞退したい。そう思っていたのに、高倉は勝手に話を進めていく。

「いやー君なら契約金弾んでもいいよ。三百でどう?」
「え…三百…とは…」
「だから契約金、三百万でどうってこと」
「…さ、三百万?!」
「いや、君くらいのクオリティ高い子なら当然の金額だよ。どうかな」
「え、いや…どうかなと言われても…」
「うーん…ちょっとメイクが合ってないけど…それ自分でしたの?」
「え…はい…」

普段はナチュラルメイクしかしないが、今日は面接ということで少し濃い目にしてきたのだが、合ってないと言われて少々恥ずかしくなってきた。

「まあ、メイクはこっちでするからいいか。君ならもっとふんわり薄目のメイクでもバッチリ映えると思うよ」
「はあ…」

何が映えるのかは分からないが、とりあえず褒められてるらしい。

「今はプロっぽい子より、君みたいな素人くさい子の方が人気出るんだよね。だからメイクもそれっぽくしないと」

どんどん勝手に話を進めていく高倉を見ていると、断るタイミングが見つからない。面接を受けに来ただけなのに、勝手に何かをやらせようとしている。

「じゃあちょっと質問なんだけど」
「え、あ、はい」

やっと面接らしくなってきた、とは背筋を正して座り直した。

「スリーサイズは?」
「……はい?」

いきなり生々しい質問をされ、はギョっとしたように固まった。しかし高倉は普通のノリで「スリーサイズ。自分のサイズくらい分かるでしょ」と平然と繰り返す。

「え、っと…わたし、まだ何をすればいいのか分かってないんですけど…」
「え、そこから?」
「…すみません」

高倉もちょっと驚いたように目を見開くと「何だ。てっきり九井さんから聞いてるものとばかり思ってた」と苦笑した。

「まあ、仕事内容は動画に出演してもらうこと。ウチはアダルト専門だから、まあ…分かるでしょ」
「…え…それって…」

分かるでしょ、と言われても!と内心突っ込みつつ、「AV…ですか」と恐る恐る尋ねた。

「うんそう。昔みたいにDVDとか出すわけじゃなく、あくまでネットで視聴できる動画だけどね。本番あるなしは選べるけど、ないなら少しギャラは下がるかな」
「ちょ、ちょっと待って下さい…。あのわたし…動画には出られません…」

さすがに後々まで残るようなものに出るのは恥ずかしいを通り越して恐怖でしかない。ハッキリ拒絶の意志を伝えると、高倉は殊の外驚いたように「えっ」と声を上げた。

「出られないって…どうして?かなり稼げるのに。借金あるんでしょ」
「そ、そうですけど、さすがにAVは…」
「…フーン。じゃあ…他に何が出来るの?」

さっきまでの気さくな空気から一転、少し不機嫌そうに高倉は訊いてきた。怒らせてしまったかと焦ったは「他に何の仕事がありますか」と尋ねてしまった。その時――。背後のドアが開き「ウチはソープ、ヘルス、イメクラなどがあるけど?」という、低音の声が聞こえてきた。

「それも高級がつくから、それなりのサービスをしなきゃいけない」
「あ、蘭さん!お疲れ様です!」

目の前の高倉がばねのようにピョコンっと立ち上がり、大げさなくらい頭を深々下げている。それに驚きながら振り返ると、そこにはスラリと長身の男が立っていた。見るからに高級そうなスーツを着込み、ふわりと香る香水は大人の男を思わせる。

(誰…?凄いイケメン…)

長身の男は淡いパープルの髪を軽くオールバックにして、端正な顔立ちを惜しげもなく披露している。手足も長く、モデルのようにスタイルもいい。どことなく、彼の持つ男の色香が漂い、はドキリとした。

(でもこの人、どこかで見たことあるような…)

と言っても、こんなイケメンは一度見れば忘れないはずだ。

「ああ、ちゃん。この人はウチの代表で――」
「おい、アンタか?ココの紹介で来たのって」

高倉の言葉を遮り、男はに問いかけた。その威圧感にビクリとしながらも、は小さく頷く。すると男は頭から足の先までを舐めるように見ている。まるで品定めされてるようで、恥ずかしくなってきた。

「さっき他の仕事はあるかって聞いたな。オマエは何が出来んだ?」
「え…」

突然踏み込んだ質問をされ、は言葉に詰まった。さっきはつい訊いてしまったが、動画に出るよりは水商売とか、そういったものならいいかと思ってしまったのだ。

「え、えっと…」
「さっきも言ったように、うちはソープから始まり、高級ヘルス、イメクラと体を使って客にサービスをする店が多い」
「か、体…?!」
「何だよ、借金返したくて来たんだろ?オマエの借金額はココから聞いてる」
「ココ…って九井さんのことですか」
「ああ。まあ…オマエのその額なら、うちで一年働きゃ全額返せんだろ」
「え…と、一年も…?」

思わず驚くと、男はかすかに笑ったようだった。

「オマエ、この期に及んでまだ体売りたくねえとか思ってる?」
「……っ」
「甘ぇんだよ。まあ、弟の会社で飲み屋は経営してるし、紹介も出来るが、そういった普通の水商売はよほど売れっ子にならない限り、完済なんて遠い道のりだ」
「そんな…」

ハッキリと言われたことで、は少しショックを受けた。でも確かに少し考えが甘かったかもしれない。

「で?どうするよ」
「……」

男の圧を感じて、はどうしたらいいのかと考えた。でも一向に答えは出ない。体を売る以外、お金を返す術がにはなかった。

「分かり…ました…わたしは…何をすれば…」
「本番、あるのとないの、どっちがいい?」
「え…」

つかさず聞かれ、ドキッとして顔を上げると、男はもう一度「どっち?」と訊いてくる。

「ちなみに本番なしだと給料は多少下がる。まあ売れっ子になりゃ結構稼げるとは思うが、肉体的にしんどいのはどっちも同じだ」
「………」

確かに、恋人でもない見知らぬ男達に体を好き勝手される屈辱は同じだ。だけど、やはり会ったばかりの男とセックスをするのは躊躇われた。

「じゃあ…本番はなし…でお願いします…」
「…了解」

男はふっと笑うと、「じゃあ早速、レクチャーすっからついて来て」と事務所を出て行く。驚いて高倉の方へ視線を向けると、彼は「着いて行って」との背中を押した。仕方なく代表という男について行くと、彼はエレベーターで二つほど下のフロアで降りた。

「ここは…」
「"イメクラ・サロン"だよ」
「あの…イメクラって…」
「基本的なサービスはファッションヘルスと同様だが、イメクラの場合、男性客の希望に基づいて女のスタッフが色んなコスプレをして、客を悦ばせる場所だ」
「コ、コスプレ…?」
「ま、見りゃ分かる。一緒に来い」

男は廊下を歩いて行くと、華やかな看板などが飾られた店へ入って行く。もその後から続くと、これまた白で統一されたお洒落空間に出た。まだ営業前なのか、店内に客の姿は見えない。
入口に受け付け用の窓口があり、奥には待合室のような部屋がある。男はそのまま奥の通路へ歩いて行くと、沢山ある中の一室へと入った。

「ここに様々な衣装があるから、客のリクエストに応じて着替えろ」
「…こんなにたくさん…?」

見ればクローゼットのようになっている一画に、ズラリと洋服がかけられている。婦人警官やナースなど、分かりやすい業種の制服を模した衣装が、所狭しと飾られていた。学生を思わせるセーラー服や、ブレザーなどもある。

「じゃあ、まずこれ、着てみろよ」
「え…?」

男が制服の中からブレザーの制服を手に取った。

「オマエ、童顔だから女子高生、いけそうだ。あー下着はつけなくていい」
「え、こ、これ…着るんですか…?裸の上から…」
「何だよ。本番なしの仕事してーんだろ?だったら素人のオマエが、ちゃんと働けるようになるまで色々教えなきゃなんねえんだよ」
「…教える…」
「あ?いきなりすぐ働けるとでも思ってたのかよ。客を悦ばせられるようなテクなんかねえんだろ?」
「……そ、それは…まあ…」

やはり、そこは重要なようだ。そこで一瞬、挫けそうになる。いくら本番なしとはいえ、性的なことはしなくちゃいけないと思うと、かすかに手が震えてくる。それに気づいた蘭が、不意にの手を握った。

「大丈夫だ。オレが直接教えてやっから」
「……え?直接って…」
「こういった店はまず客の相手をさせる前に、オレか店長を相手に練習をさせんのが暗黙のルールなんだよ」

その言葉にはギョっとした。

(お、教えるって…そういうこと?!じゃ、じゃあ…この会ったばかりの人に…エッチなことしなくちゃいけないわけ…っ?嘘でしょ…)

今さっき会ったばかりの男を性的に悦ばせる。いっそう現実味が帯びてきて、の指先がどんどん冷たくなっていく。

「マジでビビってんなァ。大丈夫か?そんなんで」
「…だ、大丈夫…です…」

そうだ。これを乗り越えなくちゃ借金完済など出来るはずもない。は覚悟を決めて、フィッティングルームへと入った。服を脱ぐ手は未だに震えていて、上手く背中のジッパーが下ろせない。面接だと張り切って、普段あまり着ないワンピースを着てきてしまったせいもある。

(落ち着け…大丈夫…あの人のことを彼氏だと思えば…)

軽く深呼吸をしながら、はどうにか服を脱ぐと、下着も外して置いてあるカゴの中へ入れる。そして衣装の制服を手に取り、素肌の上からシャツ、スカート、そしてブレザーを着込んだ。ショーツも脱ぐのは抵抗があったものの、ここでゴネても同じことだと覚悟を決める。

「何か…昔着てた制服に似てる…」

鏡に映る自分を見ると、あまり違和感はない。ただいつもよりは濃い目のメイクをしているせいで、何となく浮いてる気はした。

(お母さんのためだ…)

頭の中で繰り返し思いながら、フィッティングルームから出た。
男は室内の椅子に座り、スマホを弄っていたが、が出て行くと、顔を上げて、その綺麗な顔を僅かに綻ばせた。

「似合うじゃん」
「あ…ありがとう御座います…」
「何か…」
「え…?」

不意に男が言葉を切り、ジっとを見つめている。その視線にドキっとして聞き返したが、男は軽く首を振った。

「いや…何でもねえ。んじゃーここ座って」
「…はい」

自分の隣を指し示すと、男もスーツのジャケットと中に着ていたベストを脱いでいく。それを見てると、心臓が壊れそうなほどドキドキしてきた。

「…ぷ。オマエ、ガチガチじゃねえか」
「…す、すみません」

そう言いながらも、は男の自然に零れた笑顔に、別の意味でドキリとした。その笑顔が、どこか懐かしいと感じる。

(この人…やっぱりどこかで会ったことがあるような…)

またしてもさっきの感覚に襲われ、は首を傾げた。でもどうしても思い出せない。そもそも、反社組織に知り合いはいない。
その時、男の手が肩を抱き寄せてきて、はビクリとした。

「もっとリラックスしろよ」
「……は、はい…」

苦笑気味に言われたものの、いきなりさっき会った男に体を触られるのだから、リラックスできるはずもない。

「今日は初日だから、オレがオマエにサービスしてやる。早く慣れてもらわねえと困るからな」
「サ、サービス…?…ひゃ」

肩から下りた手が腰を撫でて、ゆっくりと上へ上がり、胸の膨らみへ伸びる。その感触に心臓が更に大きな音を立てた。

「へえ、着ヤセするタイプ?胸の大きさ、ちょうどいい感じ」
「……ん…ちょ…」

やわやわと揉みながら、感想を言われ、の頬が羞恥で染まっていく。ブラジャーをつけていないせいで、やたらと刺激がハッキリ伝わってくるのだ。

「…んっ」

ブレザーの中に男の手が滑り込み、今度はシャツの上から胸を揉みしだかれる。あげく乳首の辺りを指先でカリッと擦られ、ピリピリと甘い刺激が襲ってきた。ついでに男の唇がの耳を甘咬みし、ペロリと耳殻を舐められた。

「ぁ…っん」
「くく…いい反応」

恥ずかしそうにしながらも反応し始めた姿に気を良くしたのか、男の指先がシャツのボタンを三つほど外し、そこから指が入り込む。今度は直に胸を揉まれ、の背中がビクンと跳ねた。

「気持ちいい?」
「…ん、や…ぁ」

きゅっと乳首をつままれ、ゾクゾクとしたものが走る。シャツの中で指が蠢く感じが余計に恥ずかしい。なのにどうしようもなく感じてしまうのは、こうした行為が久しぶりだから、というより、男の指の動きが巧みだからかもしれない。

(それにしても…会ったばかりの人なのに感じるなんてありえない…)

男からは先ほどから淡い香水の香りがしている。それが鼻腔を刺激するたび、男の色気を感じて、更に体が反応していく。

「んん…っ」

耳殻に舌を這わせながら、の乳首を指の腹で優しく擦りあげると、男はもう片方の手を太腿へと滑らせる。あっと思った時にはスカートの中へ入りこみ、内腿を撫でられる。くすぐったさと気持ち良さが同時に襲い、恥ずかしさで足をつい閉じようとしてしまった。それをやんわりと手で阻止され、男はの左腿を持ち上げると、自分の太腿へと乗せた。そうすることで大きく脚が開いてしまう。

「…や…あ…ダ、ダメ…」
「ダメじゃねえだろ。客に拒否する気か?まあ…演技でならいくらでもいいけど」
「…ん…耳元で…話さない…で…」

耳に口付けながら低く笑う男に、首筋がゾクリとする。同時に男の手が、何も身に着けていない場所へ触れた。

「…ぁっ」
「へえ、しっかり濡れてる…感じやすい?」
「ち、違…そんな…ことない…んんっ」
「めっちゃ感じてんじゃん」

足を開かせられたまま、濡れてきた部分を男の指が撫でていく。死ぬほど恥ずかしいのに、信じられないくらい奥から溢れてくるのが分かった。

(何で…?今までこんなに…感じたことないかも…)

元カレに言われたように、はこういう行為に対して淡泊だった。愛撫をされても濡れるまでに時間がかかる方で、それも男にしたらつまらなかったようだ。なのに今、会ったばかりの男にたっぷり濡らされてしまっている。それがには信じられなかった。

「ん…ぁ…っぁ」
「…かわい。そんな感じてくれると教えがいあるわ」

男の指が悪戯に襞を捲り、亀裂に沿って撫でていく。やがて指先が隠れている芯を見つけ出すと、密で濡れた指先をその突起へこすりつけた。

「あ…っぁんん…っ」

あまりの強い刺激にたまらず、腰が動いてしまった。一気に高みへ押し上げようとするように、男の指が今ではぷっくりと膨れた突起をぬるぬるとしごいていく。

「オマエのここ、エロくて最高…こんなに膨らませてマジでやらしいなー?」

どこかあやすように言いながら、男はの頬にちゅっと口付けた。それだけでもゾクゾクして、は喉をのけ反らせる。

「軽くイったな…感じやすい女は大歓迎。仕込めば、更にいい体になりそ」
「…ゃ…あ…っま、待っ…」

快楽の核心を指でヌルヌルと刺激され、軽く達してしまったは、それでも行為を止めようしない男へ、抗議の目を向ける。その潤んだ瞳で睨まれた蘭は、腰の辺りにゾクリとしたものが走り、軽く自身の唇を舐めた。

「可愛いな、オマエ…そそるわ…その顏」
「…な…んっ…」
「つーか、名前まだ聞いてなかったな…」

男は亀裂を何度も往復させながら、今度は入り口へと指を埋め込んでいく。がのけ反り、更に甘い声が上がった。

「なあ…名前、何つーの?」
「な…なま…え?…ん、…ぁ…」
「…………」

不意に男の動きが止まり、はゆっくりと目を開けた。その瞬間、至近距離で目が合う。同時にも小さく息を飲んだのは、その瞳にやっぱり見覚えがあったからだ。しかし男もまた、と同じように驚愕した顔をしていた。

「いま…なんつった?」
「…え?」
…っつった?」
「………」

至近距離のまま、互いにジっと見つめ合う。そして声を上げたのも、また同じタイミングだった。

「オマエ…か…?」
「…アナタ…灰谷くん…っ?」

被るように言い合った後、二人は一緒に言葉を失い、その場で固まってしまった。



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