第三話:夢にするにはやや生々しい



互いに見つめ合い、沈黙が流れる。だが数秒ほどの方が我に返るのが早かった。

「…きゃっ」
「は?」

気づけばあられもない姿。しかも自分の股間に蘭の指が埋め込まれている。羞恥度数が一気に上昇して、顏が燃えているんじゃないかと思うほどに熱い。その状態にテンパったは、密着していた蘭の胸を力いっぱいどついた。そしてすぐに体を離すと乱れた服を直していく。突き飛ばされ、その様子をしばし呆気にとられた様子で見ていた蘭は、やっと現実へと戻ってきた。

「おい…オマエ…マジでか…?」
「…そ、そっちこそ…」

服は直したものの、制服のコスプレという何とも言えない気まずさが残る格好だ。それも、自分の通っていた学校の制服に酷似しているので、余計に気まずい。
何故なら――二人は中学の頃のクラスメートだったからだ。

「な、何で灰谷くんがこんなとこに…?」

まさかこんなところで中学の頃のクラスメートに遭遇するとは思わない。それも――。

「何でって…オレの店だし…つーか、オマエこそ…何で…」

未だ少し驚きが抜けていないようだ。がこの店に来た事情は九井から聞いていると言っていたのだから、今の質問は具問と言える。

「わ…わたしはだから…その…」

も未だに混乱していた。何でよりにも寄って知り合いの店に、と悔やんでも悔やみきれない。そもそも一目で気づいていれば、どうにか誤魔化して逃げられたはずなのに、も間近で目が合うまで全く気づかなかったのだから、自分で呆れてしまう。

(っていうか灰谷くんが何で反社組織に?気づかなかったわたしもバカだけど、見た目も随分変わってるし、最後に会ったのも十年以上前だから気づくわけないよ…)

何で何でという言葉がぐるぐる回っている頭で、今度は少し冷静になってくる。互いに気づかなかったとはいえ、あんな行為に及んでしまった気まずさが凄い。恥ずかしさで死ねるなら、は今すぐ死ねると思った。

(そ、それに…あんな高額の借金まであるってバレてるんだっけ…ホントに死にたい…)

懐かしい再会で嬉しいはずなのに、その嬉しさが吹き飛ぶほどの恥ずかしさに、は涙が浮かんできた。それに気づいた蘭が、ギョっとしたように立ち上がる。

「な、泣くなって…事故だろ、さっきのは…」
「じ、事故って…もうやだ…こんなところで会いたくなかった…」

心の底から洩れた本音。
それはこの男、灰谷蘭が、の初恋の相手だったからだ――。

当時の蘭は、世間から不良と呼ばれるような生徒だった。も入学当初は金髪の三つ編みという、一風変わった派手な男に、近寄ることもせず、話しかけることもなかった。
でもある日、いつもの塾の帰り道、駅前で高校生風の怖い集団に囲まれたことがあった。その頃は父親の仕事も順調で、どちらかと言えば裕福な家庭だったは、それを感じさせるくらいの雰囲気があったらしい。不良に目をつけられ、薄暗い商店街の路地へと連れ込まれた。

――おい、ガキ。金持ってんだろ?寄こせよ。
――ありません…!
――嘘つけよ。オマエのトートバッグ、グッチじゃねえか。こんなもん持ってんだから、オマエんち金持ちなんだろ?
――や、やめて!

無理やりトートバッグを奪われ、は必死に奪い返そうとした。それは母のおさがりで貰ったものだったからだ。だが不良たちは泣き出したを見て、笑いながらバッグの中身をぶちまけた。

――お、財布あんじゃん。
――お~!一万入ってんじゃん。ガキのクセに。

そのお金は参考書を買う為に貰ったお金だ。奪われるわけにはいかないと、は返して、と叫びながら男の腕にしがみついた。だが強い力で振り払われ、小柄なは簡単に吹き飛ばされた。そのままスナックの前に積まれたビールケースに突っ込みそうになった、その時。体をふわりと抱き留められ、驚いて顔を上げると、そこには見覚えのある三つ編みが揺れていた。

――だっさ。女一人にタカってんの。マジ、かっこわりーな。
――あぁ?何だ、テメェ…!

突然その場に現れたクラスメートに、は唖然とした。高校生、それも多数の不良相手に全く怯む様子のない蘭は、が見ている前で、全員をあっという間に返り討ちにしてしまったからだ。

――ほら。これ、オマエんだろ。

蘭は男達から奪い返したトートバッグを拾い上げ、ついでにぶちまけられた中身を一緒に拾ってくれた。まさか不良の蘭が助けてくれるとは思わず、は酷く驚いた記憶がある。

――あ…ありがとう…灰谷くん…
――あ?誰だっけ、オマエ…
――…同じクラスの…
――へえ、そうなんだ。わりーけど覚えてねーわ。
――そっか…あ、灰谷くん、手から血が出てる…
――あ?大したことねえよ、こんなの。
――舐めちゃダメだよ。ちょっと見せて。
――いいって…オマエもしつけーな。
――ダメだよ。はい…これで大丈夫。

相手を殴った時に手の甲を切ったらしい。は血が滲んでいた蘭の手に、持ち歩いていた絆創膏を綺麗に貼ってあげた。だが自分用に買ったものなので、当時好きだったキャラクターが描かれている、男の子がつけるには少々可愛い過ぎるデザインだった。それを見て、当然蘭は嫌そうに顔をしかめた。

――げ…こんなダサいもん付けてろって?
――帰るまででいいから。ちゃんと家で消毒してね。

がそう言うと、蘭は何とも言えない顔で自分の手の絆創膏を見つめながら、でも最後にはさんきゅ…と言ってくれた。あの日から、の蘭を見る目が変わり、学校でも顔を合わせば言葉を交わすようになっていった。怖そうで苦手、意外といい人かも、と変化していった気持ちが、淡い想いに変わるのに、そう時間はかからなかったかもしれない。
ただ、その想いを告げたことはない。告げる前に、蘭は事件を起こして鑑別所へ送致されてしまったからだ。
そこでの初恋は終わりを告げた。
あれから十三年――まさか、こんな形で再会するなど、夢にも思わなかった。

「…いい加減、泣き止め。オレの方が泣きてーわ…」

隣に座らせたの肩を抱きながら、未だにおいおいと泣いているを見て、蘭は深い溜息を吐いた。何で顔を合わせた時、気づかなかったんだと自分に呆れてしまう。九井から話を聞いただけで、の資料には目を通していなかったことも災いした。

(参ったな…どうすんだ?この状況…)

いくら蘭がこれまで非道な道を歩んできたとしても、相手が元クラスメートとなると、これが普段通りにはいかない。あげく指導する為とはいえ、あんな行為を強要してしまったのだから、気まずさはと同じくらい、蘭も感じている。出来ることなら、このまま帰らせたい気持ちもあった。ただ、現実問題、に多額の借金があるのだから、ここで雇わずとも、遅かれ早かれは風俗かAVで働かされることになるだろう。

「おい…いい加減泣き止めって」
「…うう…ご、ごめん…」

かすかに震えている背中を優しく擦りつつ、蘭が声をかけると、はやっと俯いていた顔を上げた。相当ショックだったのか、泣きはらした顔が痛々しい。ただ涙でメイクが落ちてスッピンのような顔を見れば、やはり昔の面影がハッキリと見て取れる。最初からがノーメイクで来ていたなら、蘭は確実に彼女が元クラスメートだと気づいただろう。

(…にしても、だ。この恰好もやべえな…)

昔、蘭が通っていた中学校の制服に酷似している衣装をが着ていることで、当時の彼女をハッキリ思い出す。色白で、どことなく透明感のある女の子だったことも。
先ほどにはこの制服が合うと選んだのも、無意識に過去の彼女と面影を重ねていたのかもしれない。
ただ、あくまでが今着ているのはコスプレ用の衣装なわけで、スカートもやたらと短く、シャツもボタンを直したとはいえ、中は何も身に着けていない。つい、蘭の視線は男のそれになってしまう。

(随分と…女らしい体つきになったな…昔はもっとこう…膨らみは足りなかったのに、さっき触った感じだと…Eカップはあったような…)

ふと触った時の感触を思い出し、腰の辺りにぐぐっとくるものがあった。それを慌てて打ち消し、平常心を取り戻すべく、やっと泣き止んだに、個室に置いてあるティッシュを箱ごと押し付けた。

「ほら…これで拭け」
「…ぐす…ありがと…」

鼻をすすりながらはティッシュ箱を受けとり、それで濡れた頬や目尻を拭いている。本来、この部屋にあるティッシュは鼻をかむためでも、涙を拭くためでもないのだが、それは敢えて考えないようにする。

「少しは落ち着いたかよ」
「……うん…」
「ったく…脅かすな、マジで」
「う…そんなこと言われても…」
「まあ…オマエがわりーわけじゃねえんだけど…」

親の借金を被ったという九井の話を思い出しながら、蘭は隣で鼻をかみだしたへ視線を向ける。彼女の経済状況が最悪なのは、九井が調べて分かっている。今のに一千万以上もの金を返せるはずもなく。やはり完済するには、この手の仕事をするしかないのだ。
ただ、蘭にはそれを許容できない理由があった。

「なあ…」
「…はい」
「いや、何で敬語。普通に話せよ」
「でも…灰谷くん、この店の代表なんでしょ…」
「いや、まあ、そうだけど…オマエはまだ従業員じゃねーだろ」
「…そっか…そう、だよね…」

がかすかに苦笑する。どこか諦めにも似たその様子に、蘭は再び溜息が漏れた。
本当なら、今日から一カ月間、に風俗のテクニックを教え込み、育てた後で稼がせる予定だった。だが相手が知り合いだと分かった今、そのプランはもう使えない。

「…ちょっと現実的な話すっけど、いい?」
「…う、うん…」
「オマエの借金のことだけどさ…」
「…うん」
「ちょっとやそっとの仕事じゃ返せねえと思う」
「……うん」

もそれは理解してきたのか、蘭の言葉に小さく頷く。その絶望した顔を見ていると、何故か胸の奥がジクジクとしてきて、蘭は少し逡巡した後、静かに口を開いた。

「……オレが払ってやろうか」
「え…?」

言ってから、蘭も自分で驚いた。いくら元クラスメートだからと言って、一千万以上の金を払ってやる義理はない。だが、このままだとが他の風俗店で働くと言いだすかもしれない。そんなことをさせるくらいなら、自分が立て替えてしまえばいい。ふとそう思ったのだ。

「もう気づいてると思うけど、九井の金融会社も、オレのこの店も同じ組織が仕切ってる」
「…組織…」
「ああ。梵天。名前くらい聞いたことあんだろ?」
「ぼ…ぼん…てん?」

その名前を聞いて、は言葉を失った。聞いたことがあるも何も、毎日のようにテレビのニュースを騒がせてる組織の名前だ。
詐欺に賭博、違法な風俗や売春斡旋等など、犯罪と名のつくもの全てに関わっているとされているのは、もニュースを見て知っている。まさか蘭がその梵天に所属してるとまでは想像していなかった。裏社会の人間になっていたのは何となく察していたものの、日本最大と呼ばれ始めた組織の一員と聞けば、も少しは怖くなってくる。あげく、その相手から借金を立て替えるようなことを言われ、その言葉をどう受け取ればいいのかも分からない。

「その顏は知ってるようだな」
「…テ、テレビのニュースで聞く名前だから…」
「ああ、そっか。まあ…それでオレもココ、九井も…梵天の幹部なわけ」
「えっ幹部…」
「ああ」

は再び驚き、唖然とした。確かに今の蘭からは只者じゃない雰囲気をビシバシ感じる。幹部と言われて納得してしまった。

「ま、だから…言ってみればオマエの借金くらいは、どうとでも出来るんだよ。まあチャラには出来ねえけど、オレが払う分には問題ねえし――」
「ちょ、ちょっと待って…灰谷くんが払うって…どうして?金額は知ってるでしょ?」
「ああ。一千…三百万だっけ」
「そう。そんな大金、灰谷くんに払ってもらう理由はないよ…」
「あ?じゃあ、どうすんだよ。このままじゃオマエ、確実に風呂に沈められるか、AV動画で稼ぐしかなくなんぞ」

親切で言ったのだが、払ってもらう理由はないとキッパリ言われ、蘭も少し戸惑った。まあからすれば、それは当然かもしれない。そこは蘭も分かっている。けれども、蘭にもを風俗で稼がせるのには、かなり抵抗があった。
それは――蘭にとっても、が初恋の相手だったからだ。
過去のこととはいえ、一度は淡い恋心を抱いた相手を、そんな場所で働かせるのは嫌だった。なのには蘭が借金を代わりに返済すると言っても聞いてはくれない。あげく「親の借金はわたしが自分で返す。風俗でも何でもする覚悟が出来た」とまで言い出した。

「灰谷くんに今の自分を知られて凄く恥ずかしいと思ったけど、むしろこれ以上の辱めはないと思ったら、何でもできる気がしてきたの。だから…九井さんに相談して、別の店を紹介してもらう。灰谷くんも嫌でしょ?自分の店で元クラスメートが働くのは」
「…は?オマエ、何言ってんの…マジで風俗嬢になるつもりかよ」
「…だってあんな大金、稼ぐにはこれしかないんでしょ?灰谷くんが言ったんじゃない」

確かにそうだ。一千万以上の金を返すには、水商売をやったとしても、自分の生活を維持しながらでは何年もかかってしまう。ナンバーワンに慣れれば多少は早まるかもしれないが、慣れる保証もない上に、風俗よりはだいぶ時間がかかってしまう。

「だから明日もう一度九井さんに相談して――」
「あーそれはダメ」
「…え…?」

いきなりダメと言い出した蘭に驚いて顏を上げると、蘭はどこかイライラしたように視線を反らした。

「オマエがマジで働くってんなら……オレの店にしろ」
「…え、で、でも――」
「そもそも、九井に人を回せっつったのオレなんだよ。極度の人不足で」
「そ、そう…なの…?」
「ああ、だから他店で働くくらいなら…オレんとこにしろ」

キッパリ言い切られ、はかなり戸惑った。ただでさえ気まずい再会なのに、これからは代表と従業員という立場で顔を合わせることになる。初恋相手に自分が風俗嬢をしている姿を見せるのは、さすがに抵抗があった。

「わたし…灰谷くんに…そんな自分は見せたくない。もう遅いかもしれないけど――」
「ああ、遅い。だからいーだろ、別に」
「……な…」

更にハッキリ言われて、は今度こそ言葉を失った。

「だいたいさぁ。他の店に行ったとして…オマエがまだまだ使えないのは変わんねーんだよ。知らないオッサンにさっきみたいな指導をたっぷりされることになるけど、それでもいいのかよ」
「…え、嘘…」
「嘘じゃねえよ。どの店でも素人が入りゃやってることだ。それに初日だからさっきはオレが優しーく進めてやったけど、そもそも風俗ってのは女が男にサービスする場所だ。その指導を知らないオッサンにされる覚悟、オマエにあんの?」
「え…サービスって…」
「だから…本番なしのこういう店は、オマエが手や口でサービスすんだよ」
「手や…口…」

と、そこまで考えて、何をするのかを理解した。再び顔の熱が一気に上昇していく。いや、風俗が何をすればいいのか、何となくは分かっていたものの、リアルをハッキリ突きつけられ、決めたはずの覚悟が揺らいでしまう。

「その顏はまーだ覚悟が足りねえって感じだな」
「だ…だって…」
「そんなんでやってけんのかよ」
「………やるしか…ないじゃない」

そう。やるしか借金を返す手立てはない。一瞬怯んだものの、はもう一度、覚悟を決めようと思った。それには蘭も溜息を吐く。

「オマエ、結構頑固だな」
「…ご、ごめんね、頑固で。でもわたしは早く借金を返して、きちんと自分の生活も立て直したいの…。あんな父親に振り回されるのはまっぴら」
「…父親…?」
「元々ウチが苦しくなったのは…父が失踪したからなの…リストラにあって、次の仕事先も決まらなかったから心が折れたみたい。借金残して消えちゃって」

ここまで来れば、もう隠すこともない。すでに大恥はかいている。は苦笑交じりで「最低でしょ」と溜息を吐いた。

「…そっか。オマエも苦労したんだな」
「…そっちこそ。急に中学も途中で来なくなって。色々あったんでしょ?」

当時、蘭が傷害致死事件を起こしたことは知らなかった。だいぶ後になってから、噂を聞いて知ったのだ。

「別にオレのは自業自得だしな。それで苦労はしてねーよ」
「そっか…でもまさか灰谷くんが裏街道まっしぐらしてたなんて思わなかったな」
「おい、言い方…」
「ふふ、ごめん。でも…元気そうで安心した」
「いや、借金まみれのオマエに安心されても」
「だよね」

こんなやり取りも懐かしい、と笑いながら、はふと時計を見た。

「…そろそろ帰ろうかな」
「あ?オマエ、マジで他の店で働く気かよ」
「だって…灰谷くんのお店じゃやっぱり恥ずかしいし…」
「…チッ、バカじゃねーの。知らない奴よりかはマシだろ」
「え…?」

何となく心配してくれてる気がして、は蘭を見上げた。昔から口や態度は悪かったが、にとって蘭は優しい男の子だったのだ。大人になってもそれは変わってないように見えた。

「いいから、四の五の言ってねえで、どうしても働くってんなら…オレんとこで働け。じゃなけりゃオマエが面接に行った店、全部潰す」
「は…?何よ、それ…」
「梵天にとっちゃ、それくらい簡単なことだって分かるよなぁ?」
「な、何でそこまでして…わたしを自分のとこで働かせたいの…?元クラスメートが落ちぶれてるの見るのが楽しい…?」
「…バッカじぇねえの。むしろ逆。心配してやってんだろ。手元に置いときゃ何かあっても手を貸してやれんだろーが」

蘭は言いながら、の頭へポンと手を置いた。その仕草が昔と変わらず、の胸が素直に音を立てる。

「借金返してやるっていうオレの親切を無下に断ったんだ。だったらオレの店の為に働けよ」
「ちょ…無茶苦茶すぎ…」
「無茶でも何でもいい。とにかく、オレはオマエを他店にやるつもりはねえから。明日の夜、もう一度ここへ来い。指導の続きすっから」
「で…でも…」
「ああ、もう帰るんだろ?サッサと着替えろ。オレは受付ロビーで待ってっから」

そこまで言うと、蘭は椅子から立ち上がり、部屋を出て行ってしまった。反論する暇もない。いや、反論したところで蘭も退いてはくれなさそうだ。

「…嘘…でしょ」

蘭の店で働く。それはすでに決定事項のようだった。

「誰か…悪い夢だと言って欲しい…」

何が悲しくて初恋相手に自分の恥を晒して働かなきゃいけないんだ、と思いながら、ふと蘭の言葉を思い出す。

「…指導の続きって…え、もしかして灰谷くんと…?」

その瞬間、さっきの行為を思い出し、かぁぁっと音がしたかと思うほどに頬が赤く染まっていく。冷静になって考ええば、初恋だった男に恥ずかしい行為をされてしまったことになる。そして明日、また指導をすると言われたのだからたまらない。

「…どうしよう…死にたい…」

両手で顔を覆いつつ、恥ずかしさに悶えてしまう。
悪い夢というには、あまりに生々しい出来事だった。

(元々灰谷くんは凄いイケメンだったけど…あんないい男に育っちゃってるなんて、何かズルいし余計に恥ずかしい…)

先ほど蘭に触れられたところが僅かに疼き、は深い溜息を吐いて項垂れた。


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