第六話:誘惑をするには実直な視線


※軽めの性的描写あり


「それは災難でしたね…」

イメクラ"CG"の店長、渡来が同情的な目で見ながら、冷凍庫から氷枕、いわゆる冷却ジェル枕を取り出し、竜胆へ渡した。竜胆はそれをつかさず頭頂部に当てている。どうやら蘭にゲンコツを喰らったらしい。

「マジ、それ。だいたいさー。知り合いなら知り合いだって先に言ってくれればオレだって遠慮したっつーの…」

仏頂面でブツブツいいながら、竜胆はプライベートルームのソファに寝転がった。それを聞いた渡来は視線を一瞬、天井へ向ける。

「あー…そのことなんですけど…」
「…ん?」
「蘭さんが出かける前、新人はオレが全て指導するから何もするな、と言ってたような…」
「ハァ?じゃあ何でそれをオレに言わねーんだよ!」

ガバっと起き上がった竜胆が氷枕を渡来へぶん投げる。だが渡来もひょいっとそれを上手く避けると「すみません!」としっかり頭を下げた。

「でも竜胆さんはただ蘭さんが戻るまで、彼女の話し相手をしに行っただけだとばかり…」
「…う…」

確かにあの時、竜胆は新人の「相手をしとくか」と言っただけで、指導するとは言っていない。実際、竜胆も特にそこまで考えて言ったわけじゃなかった。
ただと会って話をしている内に、竜胆の方がその気になってしまっただけだ。

「いや、まあ…それはそうなんだけど…やたら可愛い反応すっから、つい…」
「じゃあオレ、悪くないですよね」
「……」

シレっとした顔で言いのける渡来に、竜胆も苦笑するしかない。竜胆より8歳も年上ということを除いても、この世界で長らく生きていた男は、梵天幹部相手と言えど物怖じしないようだ。蘭がその辺を気に入って引き抜いただけはある。

「ったく…オマエにはかなわねーわ…」
「これでも伊達に歳はくってませんので」

と渡来は笑っている。ついでに出来立てのコーヒーを注ぐと、竜胆の前へ置いた。

「この豆、九井さんに頂いたやつなんで美味いですよ」
「あー香りで分かるわ。さんきゅー」

竜胆は自分で放り投げた氷枕を拾って再び頭に当てると、コーヒーを口へ運ぶ。九井の影響なのか、元々紅茶派だった渡来も、最近はコーヒーを良く飲んでいるようだ。

「それにしても…蘭さんと中学の同級生とは、また変な縁ですね」
「ああ…まさかオレにも知らない女がいたことにビックリだわ」
「え、あの子は蘭さんの元カノですか?」
「いや、違うっつってたけど…あの様子じゃ何か訳アリっぽいんだよなァ」
「どんな様子なんですか」
「んー…兄貴がやけに優しいっつーか…」
「蘭さんは女性に優しいじゃないですか」
「いや、そういう表向きの優しさじゃなく…何つーか、他の女への態度とはちょっと違う感じ?上手く言えねーけど」
「…態度が違う?」
「まあ…言ってみれば表向きは他の女より、ちゃんには口も態度も悪いんだよ。さっきも何か説教してたし。でもそこに兄貴の本気度が見え隠れするっつーの?」

先ほどの蘭を思い出しながら、竜胆は首を捻った。
元々蘭は渡来の言うように女には優しい。でもそれは仮面のようなもので、口説く時も、店に引っ張る時も、どこかで演技をしている。そこに気持ちは入っていないので感情的になることもない。
でも先ほど、に対しては蘭が感情的になっているように、竜胆には見えたのだ。

「元クラスメートだから気心も知れてるとかじゃ?」
「まあ…そう言われるとそうなんだけど…何かああいう兄貴って見たことねーからかもなァ」

いくら弟と言えど、学校で兄がクラスメートとどんな風に接してきたかなどは聞いたこともない。見かける時はだいたい女に囲まれていたし、その中にがいたかは、さすがに竜胆にも分からなかった。あの頃はサボり気味だったのもあるし、学校に行けば竜胆も一学年下の世界にいたからだ。上級生の兄が学校でどんな風に過ごしていたかなど、殆ど知らなかった。
ただ一つ気になったのが――。

「あ…」
「え?」
「…まさか…」
「どうしました?」

竜胆が何かを思い出したように顔を上げた。

「いや…当時さ。兄貴の部屋に見慣れないノートが何冊かあったの見つけたことあんだよ」
「…ノート?」
「そ。あの頃はオレも兄貴も気まぐれに学校へ行ったり行かなかったりしてたんだけどさー。そのノートに休んだ日の授業内容を細かく書いてあって。まあ兄貴は当時からモテてたし、きっとクラスの女からだとは思ったんだけど…」
「だけど…?」
「いや、他の役にも立たないような貰いもんは捨てたりしてたクセに、そのノートだけはやけに大事そうに棚にしまってあったから気になってただけなんだけど…あのノートくれたのがあの子なのかなって、何となく思ってさ」
「どうして、そう思うんです?」

渡来に問われ、竜胆は更に首を捻った。別にはっきりとした確証はないのだ。

「うーん…さっきの兄貴の様子と、そのノートのことを当時のオレが聞いた時の兄貴の様子が何か似てたんだよなァ…」
「…どんな感じだったんですか?」
「いや…まあ…普段は冷静な兄貴が、あの時は珍しく感情的になったから」

そう言いながら、竜胆は苦笑いを浮かべた。

――あれ?兄ちゃん…何、この可愛いノート。
――あっ触んじゃねーよ!
――女の子からかよ。
――…うるせーなァ。オマエに関係ねーだろ?

あの時、蘭がムキになって竜胆の手からノートを奪い取り、それを棚の奥へとしまっていたことまで思い出す。あんな反応を見せたのは竜胆が知る限り、後にも先にもあの時だけだ。他にも誰から貰ったかも分からないようなプレゼントは山ほどあったが、竜胆が勝手に触れたことで蘭が怒ったのは、その一度きり。

「へえ、蘭さんにもそんな可愛い時代があったんですね」
「…可愛い?」

軽く吹き出した渡来の言葉に、竜胆が怪訝そうな顔をする。

「だって、蘭さん,そのノートくれた子のこと好きだったんですよね」
「……え、そーなの?」
「え?いや、だって聞いてるとそんな感じじゃないですか」

驚く竜胆を見て、渡来も驚く。
この竜胆も女に恐ろしくモテるのに、こういうところは案外鈍いようだ。

「いやいやいや…オレ、兄貴が誰かを好きになったとこ、見たことねーよ」
「まあ、確かに蘭さんは女と割り切った付き合いしかしてないですよね」
「だろ?まあ…中坊ん時は知らねーけど…あの頃だって女よりケンカケンカで、オレに彼女が出来ても、オマエよく一人の女と付き合えるなーなんて言ってきたくらいだし」
「その頃から女に関してはゲスだったと」
「あ、兄貴にチクってやろ」
「それは勘弁して下さい。減俸されます」

竜胆のツッコミに対し、渡来は真顔で応える。
結局、ハッキリしたことは分からないまま、蘭が特定の女に対して特別な感情は抱かないだろうと言う結論に達した。


それと同じ頃――蘭はに延々と説教していた。

「…ったく…何、普通に竜胆から指導受けようとしてんだよ」
「だ、だって…オーナーだし、言われたら言う通りにするしかないじゃない」
「いや、お兄様にダメと言われてるとか何とか言って断れんだろ?」
「だ、だったら灰谷くんが、オレ以外の人間から指導受けるなって言っておいてくれたら良かったのに…」
「………」

確かに、とつい納得してしまう。先ほど女からの呼び出しを受け、慌てて出かけてしまった自分が悪い。
面倒なことは先に終わらせておきたい性分が災いした。
別にと再会したからといって、付き合いのある女と手を切る必要もないのだが、今後はに付きっ切りになるなら、女と会う時間が面倒だと思ってしまっただけだ。

(コイツがまともな生活を送れるようになるまでは、女遊びする気分じゃねえしな…)

「悪かったよ…まあ、オレからも竜胆や店長には話しておく――」

と言いながら隣へ視線を向ければ、そこには婦人警官の恰好をしたが蘭を見上げている。思わずドキっとしてしまうのは、やたらと短いスカートや、淡いブルーのシャツにネクタイ姿の胸元がやけに色っぽく見えた。ちょこんと被っている帽子も可愛い。
もちろん、こういったコスプレ用の制服を用意させたのは自分で、店の女の子が着ている姿は何度も見てきた。ハッキリ言って見慣れている上に、商品と思っているのだから、いちいち欲を掻き立てられたりもしない。
にも関わらず、相手がというだけで、今までの当たり前が覆るほど結構な威力があるなと思った。
それも先ほど、美容室とエステでしっかり磨いてきたので、最初に会った時のような濃いメイクもしておらず、ナチュラルメイクにこの恰好はやけに男の欲を掻き立てられた。

「オマエ…その服、自分で選んだのかよ」
「え?あ…これは竜胆さんが…」
「…チッ」
「え…何で舌打ち…?これ、ダメだった…?」

竜胆が選んだと聞いて妙にイラっとした蘭は、困った様子でオロオロしているを見ながら、僅かに目を細めた。
ダメどころか、可愛すぎて困っている、とはさすがに言えない。
これでも梵天という組織を創った当初からアダルト系の資金源を任され、仮にも今はこの店のオーナーでもある。いい女がどんな格好をしようと、商品としてしか見てこなかった。中には性的にそそる、という女もいたことにはいたが「可愛い」なんて思ったこともなかった。

「クソ…ムカつく」
「…な…何でそんなに機嫌悪いの…?」

どんどん不機嫌なオーラを纏っていく蘭を見て、の顏から血の気が引いて行く。いくら昔のクラスメートで初恋の相手と言えど、今の蘭は泣く子も黙る犯罪組織、梵天の幹部だ。機嫌を損ねたら何をされるか分からないという意識の方が先にくる。

「わ、分かった…婦人警官が気に入らないなら着替えるから!そもそも灰谷くん、反社なんだし警官なんて見たくもないよね。うん、そうだ…すぐ着替えるねっ」
「……ハァ?」

慌てたようにまくしたて、フィッティングルームに飛び込むを、蘭はポカンとした顔で見ていた。だがすぐに立ちあがると、無造作に締められたカーテンを一気に開ける。

「きゃっ」
「何勘違いしてんだ、テメェは」
「は、入ってこないでよ…着替えるんだからっ」
「…いてっ」

いきなり中へ入ってきた蘭に驚き、は外したネクタイを蘭に向かって放り投げた。それが見事に顔へ当たり、足元へパサリと落ちる。
それには蘭の口元が僅かに引きつった。

「テメェ、…。オーナーのオレに向かって随分と生意気な態度だなぁ?おい」
「…う…ご、ごめ…」

グイっと手首を掴まれ、も頬を引きつらせた。昔、不良だった頃の蘭を彷彿とさせるほどの眼力に、あの時ボコられていた不良の気持ちが痛いほど理解できる。

「客の中には着替えてるところを見たいって変態もいんだよ。その時も今みたいな対応をする気か?オマエは」
「え…し、しないよ、そんな…」

と言いかけたものの、その時になってみないと分からない。覚悟はしていても、突然着替えてるところに入って来られれば、驚いて咄嗟にやってしまいそうではある。その気持ちが顔に出ていたのか、蘭はぐっと目を細めて「やるな、オマエなら」と呆れたように溜息を吐いた。

「こっちに来い」
「え…」

蘭は掴んでいたの手を引き、再び元の場所まで連れて行くと、自分はベッドへ腰をかけた。

「き、着替えなくて…いいの?」

ベッドに座ったまま自分を見上げてくる蘭に尋ねれば、蘭は「いいから座れ」と、さっきの竜胆のようにを自分の前へ座らせる。

「竜胆には何を教わるとこだった?」
「…え?」
「さっき竜胆にしようとしてたこと、オレにしてみろよ」
「……な…何で…?」
「何でって今日、指導するって言ったろ。今からすんだよ」
「…え…今…?」
「何か不都合でも?」

ニヤリと笑う蘭に、も言葉が詰まる。確かにそういう約束の元、今日はここへ来た。三か月は見習い期間だと言われ、その間に接客やサービスなどを教えるという話だった。だが先に竜胆が来て、その後にうやむやになっていたことで、心の準備が出来ていない。

「ほら、さっき竜胆にしようとしてたことしろって」
「う…ほ、本当に…灰谷くんにしなきゃいけない…?」
「あ?この期に及んで嫌だっていうわけ?自分で借金返すんじゃなかったのかよ」
「そ、そうだけど…」
「まあ、でも…出来ないって言うなら?他の仕事を紹介してやっても――」
「で、出来ないとは言ってないじゃない…」

は慌てたように顔を上げて首を大げさに振った。やはりその辺は頑固らしい。

「あ?んじゃー出来るワケ?」
「で、出来る…」

(これで出来ないと言えばAVに回されるかも…それは嫌!)

現在、の債権者は蘭になっている。そして蘭の会社"梵プロモーション"は何も風俗だけを運営してるわけじゃない。最初にこのビルの最上階にある事務所を尋ねた時、高倉健太という男にアダルト動画への出演を押し切られそうになったことを思い出す。

"あ?こんなことも出来ないようじゃ、借金なんか返せねーだろ。動画に5~6本出ればソッコーで返せるし、そっちにしとくか?"

ヘタにここでゴネて、機嫌を損ねた蘭にそんなことを言われてしまったら困ってしまう。ここは恥ずかしくてもやるしかない。ただ一つ気になるのは、やはり相手だ。

「や、やる…けど…」
「けど、何だよ」
「出来れば灰谷くん以外の人に指導してもらいたいんだけど…ダメ?」

初恋相手にこんな行為をしなくてはいけないと思うと、どうしてもブレーキがかかる。どうせなら全く知らない相手がいいと思った。だが蘭は突然「ハァ?」と大きな声をあげた。

「ダメに決まってンだろっ」
「えっ?ど、どうして…?」
「どうしてって…オマエ、知らない男に出来んのかよ」

蘭がムっとしたように上から睥睨してくる。これがかなり怖い。だがにしたら怖いよりも恥ずかしさの方が勝っている。

「む、むしろ知らない人の方がしやすい気が…」
「は?何で」
「何で…って…だって…」

まさかアナタが初恋の人だから、とは言えず、は困ったように項垂れた。
だが蘭はの様子を見て、意味ありげに口端を上げると「じゃあ…出来ねえってことでいい?」と尋ねた。

「だったら他の仕事を――」
「わー、や、やる!やります!(AVだけは困る!)」
「………」

(コイツ…マジで頑固な女だな…絶対、無理だと思ったのに)

の言葉を聞いて、蘭は内心溜息を吐いた。もし無理だと認めてくれれば、今すぐにでもをいくつかある普通のクラブで働かせて、それらしくしようと思っていたのだ。
そもそも、蘭はから金を返してもらおうとも思っていない。当然このイメクラで働かせるつもりも最初からなかった。実際、指導の段階でギブアップすると思っていたし、させる気で指導をするつもりだった。もっとも、する前に諦めてくれれば一番いいとも思っていた。なのには一向に引こうとしない。
ならば、やはりショック療法でいくか、と蘭は思った。

「本当にオレ相手に出来るんだな?」
「で…でき…るよ…」
「フーン。じゃあ、やれよ」

蘭は足を投げ出すように開いて、を見下ろした。

「どうした?」

恥ずかしそうに視線を反らすに、蘭がわざと問いかける。

「まずは脱がすとこからなー?」
「わ、分かってます…っ」
「……(ムキになりやがって)」

真っ赤な顔で言い返してくるの態度に、蘭は笑いを噛み殺した。正直に言えば、蘭とてにこんなことをさせるのは気が進まない。でもリアルを突きつけなければ、は母親の借金の為に最終的には身体を投げ出すことになる。その前に、こんな仕事は無理だと気づいて欲しかった。

「し、失礼します…」

は蘭の前に正座をすると、そっと震える手でファスナーを下ろしていく。それを見て蘭も自然と視線を反らしてしまった。

(何でコイツはこう…無防備でエロい顔すんだ…?)

別にが誘ってるというわけでもなく、ただ羞恥心と緊張で頬を赤らめ、かつ震えているのだが、男の目から見れば、その恥じらいに欲を掻き立てられるのだ。

「えっと…ベルト…外しますね」

は緊張しながら、今度はベルトに手をかけてくる。手順は逆なのだが、そもそも本当に接客をさせるつもりはないので、ここは彼女のすることを敢えて指摘しないでおいた。それよりも、このシチュエーションは蘭の方が追い込まれてる気がしてくる。昔のこととはいえ、やはり初恋の相手なのだから意識しないはずがない。だからといって他の男にさせるわけにはいかない。蘭としてはそれがどうしても嫌だった。ならば自分が相手になり、彼女が折れてくれるのを待つしかない。

「えっと…」

ベルトをどうにか外し終えたが、恐る恐る蘭を見上げてくる。その上目遣いは反則だろ、と思いつつ、蘭は平静を装い「次は下着から出して」と下半身を指さす。それにはもドキっとしたように手を止めた。

「だ、出す…?」
「アレだよ。出さねえとサービス出来ねえだろ?」
「え…で、でも…」

まさかそれも自分が出すのか、と驚いてる様子だ。

「あ?出来ねえなら別に――」
「で、出来ます…っ」
「……(マジか…)」

出来ないならいいと言いたいのに、さっきからはムキになるばかりで、逆効果か?と蘭は思い始めた。頑固で意地っ張りな人間には、どう言えば折れてくれるのかが分からない。
そんなことを考えていると、は覚悟を決めたように、蘭の下着へと手を入れてきた。それには蘭の腰がビクリと跳ねる。

「ちょ…乱暴にすんな…っ」
「ご…ごめん…なさい…」

ぎゅっと目を瞑っていたが、パっと目を開けて蘭を見上げた。不意に目が合い、互いに息を飲む。

(やべ…めっちゃ反応してるし…)

今、の手に握られている部分に、一気に熱が集中し始めたのが分かった。

「ひゃ…か、硬くなっ…」
「…触られたんだから当たり前だろ…!いちいち驚くな」

真っ赤な顔で動揺されると、蘭も次第に恥ずかしくなってくる。自分にもこんな感情があったのかと思うほど、顏が熱い。だがそんな顔をするわけにもいかず、未だ蘭のモノを握ったまま固まっているを見て溜息が漏れた。

「…オマエ…ずっとそのままでいるつもりか?」
「…え…?」
「手はこう…動かして」

ただ握られているだけなのに、すっかり硬くなっている。蘭はの手に自分の手を添えて、やり方を教えるように動かした。

「ちょ、ちょっと…」
「つーか、オマエ、こういうこと、彼氏とかにやったことねえの?」
「あ、あるわけないでしょ…っ」

思わぬ問いにの耳まで赤く染まっている。それを見て蘭は何故か頬がかすかに緩みそうになった。がこういった行為に慣れていないのは触られた時に何となく分かっていたものの、本人の動揺する態度を見て、経験がないのかと余計に嬉しさがこみ上げたのだ。だがそんな自分の感情に、蘭は少し戸惑っていた。

「こ…これでいい…?」
「ああ…っつーか顔、反らすな」
「…う…」

恥ずかしいのか、は顔を反らしながら、ひたすら蘭の手に誘導されながら手を動かしている。だが当然滑りは悪い。普通なら快感には程遠いはずだった。なのに蘭のそこはしっかりと反応して、先端が少しずつ濡れてきたのが分かる。

「…わ…何か濡れてきた…」
「…いちいち言うなって…」

他の女にされてもここまで早く反応したことはない。だがやはりにされているという事実に、体が素直に反応しているようだ。

(クソだせえじゃん、オレ…こんな下手くそな愛撫で感じてんのかよ…)

内心少しへこみながらも、体はどんどん快楽を追おうとする。蘭の気持ちとは裏腹に、欲情して熱く火照った体は、すでに手だけでは物足りないと訴えてきた。出来ればの口へ突っ込んで己の欲のままに喉奥まで突いてやりたい。そんな衝動がこみ上げてくる。

「き、気持ちいい…?」
「あ…?」
「灰谷くん…顏赤いから…」

頭の中で煩悩と必死に戦っていると、不意に話しかけられた。ドキっとしてふと視線をに向ければ、彼女も頬を赤らめ、潤んだ瞳で蘭を見上げている。その不意打ちの表情に蘭の喉がゴクリと鳴る。この衝動のまま押し倒したいと思ったものの、そこはぐっと堪えて蘭は理性で煩悩を振り払った。

「あー…無理…!」
「え、ひゃっ」

蘭は彼女の手首を掴むと、無理やり自分のモノから引きはがす。は驚いた顔で蘭を見上げた。

「は…灰谷く…」
「下手くそ」
「……え?」
「下手すぎて無理つってんの。オマエ、向いてねーんじゃね?この仕事」

ガラにもなく熱くなった頭を冷ましたくて、敢えて辛辣な言葉をぶつけると、は泣きそうな顔で目を伏せた。それには蘭の心臓が変な音を立てる。だが、次の瞬間、

「ご、ごめん…なさい」

が小さな声で呟いた。まさか謝られるとは思わない。しかもは瞳に涙を浮かべて肩を震わせている。それを見た蘭は言いすぎたことに気づき、慌ててフォローを入れようとした。だがその前にはすくっと立ち上がると、涙目でキッと蘭を睨んできた。

「でも、こんなことするの初めてなんだし、そんな言い方しなくてもいいじゃない…!」
「…は?あ、おい!」

いきなり叫んだは自分の荷物を手に、個室を飛び出していく。それには蘭も驚いた。追いかけようと、乱れた下着やスラックスを慌てて直しながらドアを開ける。しかし無常にもはエレベーターに乗って下へ降りた後だった。


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