※匂わせ性表現あり。



何か、予感めいたものはあったのかもしれない。
それはハロウィンの前日の夜の事。

我が家に父親という存在はなく、母親は夜勤で不在。
だから、いつものように一人で食事をしてお風呂に入って宿題をやって。
さあ、そろそろ好きなドラマでも観て寝よう、なんて思っていた午後11時過ぎ。
私のケータイが突然鳴った。
それは中一の時から付き合っている彼氏からで、こんな時間に珍しい事もあるものだ、と不信に思いながらも私は電話に出た。

「圭介?どうしたの?何かあった?」
『何で俺が電話したら何かあったって思うんだよ』

通話口の向こうから、彼の低い笑い声。
だけど、すぐに『今から…行ってもいいか?』と訊いて来た。

「いいけど…」
『あ、おばさん、いんの?』
「ううん。今日は夜勤でいないから大丈夫だよ。玄関の鍵、開けておくね」

電話を切って、私はすぐにドアの鍵を開けておいた。
すでに近くに来ていたんだろう。
10分と待たずに圭介は私の部屋へ入って来た。

「圭介、早かったね」
「ん。近くからかけたから」

突然、夜中にやって来た圭介はいつもと様子が違ってた。
いつもは夜の間中、仲間とバイクを乗り回してるような男だ。
普通なら、こんな時間に私に会いに来るはずなんて、なかった。

「どうしたの…圭介。ほんと何かあった?」

部屋に入って来たと思った途端、強く抱きしめられて、私は少し戸惑った。
圭介からはかすかに風の匂いがする。
もしかしたら私の所へ来るまで、ずっとバイクに乗っていたのかもしれない。
でもそこで思い出した。
圭介は今、仲間内での揉め事を起こし、マイキーに集会は出禁にされているはずだ。
だとしたら一人で走ってたんだろうか。
ここ最近の圭介はどこか元気がなく、何かを考えこんでいる事が多かったから少し心配だった。
圭介は私の問いに応えず、不意にキスをしてきた。
その性急で強引なキスは、すぐに私の頬を熱くする。

「ん…圭介…?」

舌を絡ませながら押し倒してくる圭介に驚き、私は僅かに彼の肩を押した。
私の顏に彼の長い髪が触れて、少しだけくすぐったい。

「…イヤ、か?」

不安げに見つめて来る圭介に慌てて首を振る。
嫌なはずがない。本当は毎日会いたいくらい、私は圭介に溺れてる。
出逢った頃からずっと、恋焦がれてる。
助けてもらったあの日から、場地圭介はずっと、私にとってのヒーローだから。

「…

圭介の艶のある低音の声に名前を呼ばれると、その鋭い目で見られると、勝手に鼓動が速くなり、頬の熱が上がってしまう。
彼の切れ長の瞳も、形のいい唇も、綺麗な長い髪も、全てが愛しい。
再び唇が重なり、触れるだけの優しいキスに変わる。
ふわりと触れたり、合間にちゅっと啄まれながら、熱い視線が降って来る。
何度も唇を触れ合わせていると、服のジッパーを下げてすぐに圭介の手が滑り込んで来た。
こういう関係になってから一年は経つというのに、未だにこの瞬間は心臓がドキドキしてしまう。
でも今夜の圭介は余裕がないように、首筋から胸元へ唇を滑らせ、私の膝を強引に割って自分の体を入れて来た。
舌先で翻弄され、指で中をかき乱されると、私の余裕も途中で消えた。

「ん…っ…」

最初から奥まで挿れられ、思わず背中が引きつった。
圭介は腰を強く打ちつけ、いつも以上に激しく私を攻め立てる。
でも私を夢中で抱いている時の彼の表情がたまらなく愛しい。
指を絡めて、そこへ口付け、好きだと囁く。
彼の汗だとか、いつも以上に熱い体温だとか、全て交じり合って、このまま圭介と溶け合えたらいい。
彼の一部になってこの先もずっと、同じ景色を見られたらいいのに―――。

「…俺、バカでごめんな」

何度も私を抱いた後、圭介がポツリと言った。
その言葉の意味を知ったのは、次の日の夜、千冬が私の所へ来た時だった。

「場地さんを守れなくてすみませんでした…!!」

泣きながら頭を下げる千冬を見て、私も泣いた。
何か責めるような事を言ったかもしれない。
どうして、誰のせいで、誰が彼を、何故、どうして。私は誰を憎めばいいの―――。
そんな言葉が次から次へと吐き出され、最後はやっぱり彼の名を、呼んだ。

「誰も…さんは誰も憎まないで下さい…場地さんはそんなこと…望んでません」

泣き崩れる私に、千冬が言った。
きっと圭介もそれを望まない。
そんなこと、分かってたよ―――。

あの夜が、私と圭介の最後の夜だった。
何度もキスをして、何度も好きだと言ってくれたあの夜、確かに私は幸せだった。

今でも風が頬に触れるたび、あの日の貴方と今日を過ごす―――。




あの夜の匂いを覚えている 確かにそこに在ったのに