わがままなやさしさ



『今すぐ駅前に来い』

イザナからいつもの呼び出しがかかった。バイトが終わった直後、着替えるのも後回しにしてすぐに待ち合わせ場所へ行ってみると、イザナはわたしの顔を見るなり「買い物に付き合え」って言ってきた。たったそれだけのことなら鶴蝶に付き合ってもらえばいいのにと思う。だけどわたしはそれに逆らえない。逆らったらすぐ不機嫌になって、それこそ鶴蝶に八つ当たりしちゃうから可哀そうだし。

「つーか何だよ、その恰好」

必死に走って来たのに、わたしを見たイザナの第一声がそれ。もっと他に言うことあると思う。

「だって直前までバイトしてたんだもん…」
「ハァ?バイトでそんな足だすようなもん着せられんのか。やめちまえ」
「足って…キャンペーンガールなんてこんなもんだよ」
「じゃあ何か。オマエはオレ以外の男に足を見られて平気だってのかよ」
「そんなこと言ってない――って、どこ行くの?」

まだ話してる途中だっていうのに、イザナはわたしの手を強引に引っ張って歩いて行く。こんなのは日常茶飯事だ。

「買い物だっつったろ」

イザナはそう言いながらも高級そうな店を選んで入っていく。ハッキリ言ってわたしだけが浮いていた。こんなお店に来るなら着替えて来たのに。そう思ってると、イザナは店員を呼びつけて「コイツに似合う服を適当に見繕って」と言い出した。

「え…買い物ってイザナが何か買うんじゃないの…?」
「は?オレが何か買うって言ったかよ」
「い、言ってないけど…買い物に付き合えって…」
「いーからサッサと欲しい服、選んで来い。待っててやっから」

不機嫌そうにそっぽを向くと、イザナは店のソファにどっかり腰を下ろした。どこの国の王様だ。あ、天竺だっけ。

「ではこちらです」

結局、わたしは店員のお姉さんに連れられて、ズラリと服が並んだスペースに連れて行かれた。いったい何だって言うんだ。

「うわ…どれも高そう…」
「こちらのワンピースなんかお客様にお似合いですよ」

お姉さんは何とも大人びた黒のミニワンピをわたしの体に当ててくる。すごく可愛くて勧められるまま試着し、更に気に入ったからこれに決めた。でもイザナに見せに行ったら「何でテメェはまた足出すようなもん選んでんだよ」と早速文句を言いだした。なのに最後はきっちり買ってくれる辺り、ツンデレかと突っ込みたくなる。
イザナと付き合い始めて約一年くらいになるけど、未だに彼の情緒が分からない。

「ありがとう、イザナ」
「ああ、じゃあ次な」
「……次?」

まだどこかへ引っ張りまわす気かと思いながらついて行くと、今度はイザナ行きつけの美容室に連れて行かれた。イザナが髪でも切るのかと思ってたら、何故か美容師のお姉さんに「この服に似合う髪型にしてやって」と言っている。え、わたし?と驚いているうちに、またしても奥へ連れて行かれて気づけばシャンプー台に寝かされていた。髪を念入りにお手入れをされ、最後は高級トリートメントをされ、髪が艶々になった。最後はセットをしてくれて、可愛いアップスタイルにしてもらうと、確かにこのワンピにはよく似合っている。

「ありがとうございましたー」

美容師のお姉さんも満足そうな笑顔で見送ってくれた。イザナも「可愛いじゃん」と褒めてくれたし、わたし的には凄く満足だ。でもちょっと待って。今の美容室でもイザナ自身は何もしてもらってない。終わるまで待っててくれただけだ。

「あ、あのイザナ――」
「次、行こう」
「えっ?」

どういう意図があるのか聞こうと思ったのに、イザナはまたしてもわたしの手を引いてサッサとタクシーに乗り込んだ。この後も靴屋に寄ってバカ高いヒールを買ってくれて、どんどんわたしが完璧に近づいて行く。本当にイザナはどういうつもりだろう。天竺で彼女を着飾る遊びでも始めたのかな。もしそうなら言い出しっぺは絶対に蘭さんだと思う。この前、イベントの時は彼女を自分の行きつけの店に連れて行って可愛く仕上げた後はホテルのスイートルームで――。

「…え?」

イザナに最後に連れて行かれた場所は、横浜の中でも超高級ラグジュアリーと有名なホテルだった。

(え、まさかホントに蘭さんとこういう遊びでも始めたとか?)

驚いてるわたしを、イザナは当然のような顔でスイートルームまでエスコートしてくれた。

「えっと…イザナ…?そろそろ教えて。これは…どういうこと?」
「ハァ?オマエ、まだ思い出さねーのかよ」

部屋に入った途端、豪華な室内を見るより先に尋ねると、イザナは呆れ顔でわたしを見下ろした。思い出さないとはいったい何を?と首を傾げたわたしの前に、イザナはポケットから手のひらサイズの箱を取り出した。

「え…?」
「やるよ、に」
「え、やるって、これ…」
「記念のプレゼント」
「記念…?」
「オレとが付き合いだして、今日で一年目だろが」
「……あ!」

言われた瞬間、後頭部をハンマーで殴られたかと思うような衝撃が走る。そうだ。確かに今日はわたしとイザナが付き合いだして初めての記念日だった。

「ったく…オマエが言い出したんだろ?蘭が彼女にしてやったことを聞いて、わたしもそういうことされてみたいって」
「え…そ、そう…だっけ…」
「あ?テメェ、覚えてねぇのかよ」
「ご、ごめん…あの時わたし酔ってたし…」

ついバカ正直に答えてしまった、イザナは盛大な溜息をついたけど、「そんなことだろうと思った」と苦笑いを浮かべた。
え、でも待って。じゃあ今日あちこちにわたしを連れまわしたのは――。
驚いてイザナを見上げると、彼は照れ臭そうにそっぽを向いた。

「オレは蘭みたいに器用じゃねえから…失敗だったみたいだな」
「そ…そんなことない…!嬉しかったよ」
「嘘つけ。散々変な顔してたろ」
「だ、だって…急にあれこれしてくれるから、イザナに何かやましいことでもあるのかと…」
「は?あるわけねえだろ。ったく」

とイザナは苦笑しながらわたしの手に乗った箱のリボンを解くと、中から綺麗な石の乗った指輪を取り出した。まさか指輪だと思わなくて、驚いてるわたしの左手薬指に、イザナがそっとはめてくれる。たったそれだけでドキドキして涙が溢れてきた。

「普段、忙しくてあんま構ってやれねーけど…のことはちゃんと大事に思ってるから」
「イザナ…」
「ま…オレの我がままに付き合ってくれる女はくらいだしな」

苦笑交じりで言うと、イザナはそっとわたしのくちびるを塞いだ。それがどんなプレゼントよりも嬉しいって、分かってるのかな。

「一周年と言わず…末永くよろしく」

あまり愛の言葉は言ってくれないイザナがそんなしおらしいことを言うから、今度こそ涙が零れ落ちた。今の言葉こそ、どんな愛の言葉よりも愛に近いと思う。照れ臭そうに笑うイザナの優しい笑顔に、これからも寄り添っていける女で在りたい。心から、そう願う。