今日は新しい下着や服、そして口紅を数本買った。
いつもは一年のうち一番お祭り気分になる12月に必ずネイルを新しく着飾って、美容室で髪を切ったり染めたりして、口紅も新しいのをたくさん買う。
それは私だけの恒例行事みたいなものだ。
もちろん今は9月になったばかりで、まだ12月じゃないけど…。
でも今日はある作戦の為に買った、はずだったのに―――。







「普通、それって新年にすんじゃねーの」
「え、そぉ?私は年の最後に色々新しくしてから新年を迎えたい派」
「あぁ~それも何か分かる気がすっけど」
「だから年末でもないのに、こういうの買いそろえたのは久しぶり」

私が新しく買って来た口紅を並べていると、予想以上に早く帰って来た蘭ちゃんが「へえ」と苦笑いを浮かべながら頷いている。
今日は鶴蝶くんや竜胆くんと食事に行くと言ってたから、てっきりその後に飲みにも行って遅くに帰って来ると思ったのに。だから新しく買った下着とか服とか、ついでに口紅もつけて蘭ちゃんをちゃんと出迎えたかったけど、早くも作戦失敗みたいだ。
まさかお風呂に入って、さあ準備しようと思ってるところへ帰ってきてしまうなんて。
服とか下着は隠せたけど、新しい口紅は見つかってしまった。
何で今日は早かったのって訊いたら「んー家でオマエ待ってるかと思うと落ち着いて飲んでられなくなった」と不思議な答えが返って来た。
ホントはその食事も誘われたんだけど、私は何だかんだ理由をつけて留守番してると言ったからかもしれない。

と一緒に寝たくなったし」
「毎日一緒に寝てるのに?」
「いーんだよ。オマエを抱っこして寝たいなーと思ったら早く帰りたくなっただけ」
「暑いのに今日も抱き枕させる気だ」
「こんな可愛い抱き枕、抱いて寝ない手はねーだろ」

意味深なことを言ってるけど、きっとその"抱く"はホントに抱っこして寝るだけなんだよなぁと少し悲しくなる。
蘭ちゃんは私を後ろから抱きしめると、肩に顎を乗せて私のコレクションに加わったテーブル上の口紅たちを指でつまんで見ている。
私がメイクしたり、メイクして出かけるのを蘭ちゃんはあまりよく思っていないから、また口紅が増えてしまったことは複雑なのかもしれない。
蘭ちゃんと外でデートをする時はメイクも極力抑えてるし、こうして部屋にいる時はメイクを落とすようにしている。
でもたまにはちゃんとメイクして新しい服で気分を変えて、蘭ちゃんとの甘い時間を過ごしたくなったんだ。

「こーんなに買って…どこに付けてく気だよ」
「…飲み会とか?」
「は?飲み会?誰と」
「だ、誰とって言うかこの時期恒例の暑気払いとかだよ?同僚の子達と約束してるの」
「…ふーん。同僚って?」
「だから…ミキとかアヤとか。蘭ちゃんも前に病院で顔合わせたから知ってるでしょ?」
「…それって…男もいんの」
「え、いないよ」

口紅を買ったホントの理由を言えなくて小さな嘘をついてしまった。
少し不機嫌そうに訊いて来る蘭ちゃんに慌てて首を振る。
蘭ちゃんは私が他の男の人も入れてお酒の場に行くのを極端に嫌がるのだ。
別に心配するようなことなんて何もないのに。

「でも前は男もいたよなァ?」
「それは…蘭ちゃんと付き合う前の話だもん。今は全部断ってるよ」
「断ってるってことは誘われてるってことなんじゃねーの」
「それ…は…」
「…チッ。図星かよ。ムカつく。誰だよ、俺のを飲みに誘ってるヤツ」

途端に不機嫌になる蘭ちゃんに、私は慌てて「ただの仕事仲間だってば」と応える。

「蘭ちゃんが心配するような理由じゃなくて、ただ大勢で飲もうぜってノリだし…。でも今はちゃんと断ってるよ?」
「ふーん…」

まだ納得してねーぞって顔はしてるけど、蘭ちゃんは「まぁ…ならいいか」と私の頬にちゅっと口付けた。
蘭ちゃんは男はもちろんのこと、例え女友達とでも自分が傍にいない時はお酒を飲む場所に私をあまり行かせたくないみたいだ。
凄くヤキモチ妬きで、その対象は私の傍にいる人間全てなんじゃないかって思うほど。
そう言えば告白されたキッカケになったのも、蘭ちゃんのヤキモチからだった。

最初に会ったのは私の職場である病院だった。
蘭ちゃんのお友達の鶴蝶くんが入院してきて、私が彼の担当になったのだ。
鶴蝶くんはケンカで大怪我を負っていて骨折もしていたから一ヶ月の入院になった。
最初は不愛想だった彼も一週間もすると普通に笑顔を見せてくれるようになった。
蘭ちゃんが鶴蝶くんのお見舞いに来たのも確かその頃だ。
昼食後の薬を持って行ったら鶴蝶くんの病室に、やたら身長が大きくて黒金カラーの三つ編みをした人と――最初は女性かと思った――金に空色を入れた派手な髪をした眼鏡の男の人がいた。
派手な外見とモデルさん?と思うほどの綺麗な顔立ちをした二人は、鶴蝶くんのお友達らしかった。でも三人の空気は何となく友達と言う感じもしなくて、会話はやたらと物騒だった記憶はある。

「え、鶴蝶担当の看護師さん?ちょー可愛いじゃん!」

蘭ちゃんの第一声がこれで、私は少し驚いたけど、あんな綺麗な男の人に可愛いと言われて酷く恐縮してしまった。
もう一人の金に空色のメッシュの人は蘭ちゃんの弟さんということで、何て美形兄弟なんだと、そこも凄く驚いた。
歳は私の一つ上の21歳と言っていて、弟の竜胆くんは私と同じ歳だった。
その日から蘭ちゃんは毎日のように病院へ来るようになって、私が病室に行くと優しい笑顔を見せて、よく話しかけてくれた。
鶴蝶くんが「オマエ、俺の見舞いっつーより確実にちゃん狙いだろ」とブツブツ文句を言い出すくらい、蘭ちゃんは頻繁にお見舞いに来ていた。
でもこの時は特に口説かれるでも誘われるでもなく、単に鶴蝶くんのことが心配で来てるのかと思ってたのに。

ある日、職場の人達と飲み会をした時。
二次会で行った六本木のバーでスーツ姿の蘭ちゃんと鉢合わせをした。
その店は蘭ちゃんがオーナーをしている店の一つだったらしく、てっきり彼が鶴蝶くんと同じ暴走族だと思っていた私は凄く驚いた。
バーのオーナーとして会った蘭ちゃんは病院の時とは違って少し素っ気なかったように思う。
ただ帰りがけ、蘭ちゃんが声をかけてきて「連れの男っての彼氏?」なんて仏頂面で聞いてきた。
ただの同僚だよって答えると、その時の蘭ちゃんの顏が凄く意外だったから今でもよく覚えてる。ホっとしたような、それでいて嬉しそうな、でも少し照れくさそうな顔で「…良かった」って一言呟いて、その後に「俺が送る」って言ってくれた。
強引に店を連れ出された後で蘭ちゃんは本当に家まで送ってくれて、そこで初めてお互いの連絡先を交換した。

最初は強引だったクセに最後は紳士的で、普段の恰好とはまた違ってスーツ姿だったからか、余計に大人の男って感じで、何故かドキドキしたっけ。
病院で働いてる時と違って、しっかりメイクをして着飾ってた私を見た蘭ちゃんは、一緒にいた男の同僚を見て彼氏とデートをしてると勘違いしたらしい。
その後に「ほんとに彼氏いねーの?」って聞かれたから「いないです」って答えたら、蘭ちゃんにデートに誘われて。
初デートの帰り道「俺、めちゃくちゃが好きだってこの前気づいたわ」と言ってくれた。私に彼氏がいると勘違いした時、凄くショックを受けてる自分に驚いたらしい。

「誰かに盗られる前に…早く俺のもんになってくれると助かるんだけど」

ぶっきらぼうだったけど、どこか照れ臭そうに視線を反らす蘭ちゃんを見てたまらなくなった。デートに誘われた時、凄く嬉しかったのも、蘭ちゃんが病院に顔を出すたび、ドキドキしてたのも、来ない日にガッカリしてたのも、きっと蘭ちゃんが好きだったからなんだ。
私はあの時、ハッキリ蘭ちゃんを好きだって自覚したかもしれない。
「…もうなってるかも」って素直に伝えたら、蘭ちゃんは驚いた後に嬉しそうに微笑んでぎゅっと抱きしめてくれた。

「じゃあ…今この瞬間からは俺のもんだから」

なんて照れるような言葉をくれたあの夜は幸せだったなぁ、と今でも思い出したりする。
と言っても、あれからまだ三ヶ月弱しか経ってないんだけど。
付き合いだしてから蘭ちゃんが何をしてる人なのかを少しずつ知って行って。
最初は怖いと思ったけど、その時にはもう離れることなんて考えられなくなってたくらいに、蘭ちゃんは私を甘やかして、たった三ヶ月で蘭ちゃんがいないとダメな女に変えてしまった。
それすらも心地いいなんて思ってる私は、完全に蘭ちゃんにコントロールされてる気がする。

「なーに考えてんの?」

後ろから私の顔を覗き込んで来る蘭ちゃんはホントにカッコいい。
そんな甘ったるい目で見つめられたら、どんな女の子もきっと蕩けて最後はふやけちゃう気がする。
でも蘭ちゃんがこの目で他の女の子を見つめるなんて絶対嫌だし想像すらしたくない、なんて思う私も結局はヤキモチ妬きなんだ。

「蘭ちゃんが好きだなぁって思ってた」
「へえ~!奇遇だな。俺もだよ♡」

わざと驚いた顔でそんなことを言って来る蘭ちゃんに、思わず吹き出した。

「蘭ちゃんは口紅の色ってどの色が好き?」
「ん~。俺は何もつけてないの唇が好き」
「もーそうじゃなくて、つけるならってこと」

私が照れるようなことをわざと言って来た蘭ちゃんは肩越しで笑いを噛み殺している。
ついでに私の髪を片側に寄せて、露わになった首筋にもちゅっと口付けて来るから頬が少し火照ってしまった。

、いい匂いがする…」
「あ…お、お風呂入ったばかりだから…」

さっきからお腹に回されてる両腕にも力が入って、左手だけがするすると上がって来て胸の膨らみで止まる。
ドキっとして蘭ちゃんの方へ振り返ったら、すぐに唇と唇が触れ合う。
ちゅっと音を立てながら何度かキスをされて、最後に腰に回っていた右手で顎を持ち上げられた。

「…ん、」

さっきよりも唇が深く交わって食むように口づけられる。
蘭ちゃんのキスは甘すぎるから、身も心も蕩けてしまう。
少し苦しくなって来た頃、唇が名残り惜しげに離れて、最後はちゅっと啄まれた。
その間も胸の膨らみを好きに弄っていた左手が、するりと服の中へ侵入してきた。
さっきから腰に当たっている硬くなったものが、蘭ちゃんの欲情を伝えて来るから、恥ずかしくて頬が更に火照ってくる。
でも、これなら今夜こそ―――。

「ら…蘭ちゃん…」
「んー?心配しなくても何もしねーって。触るだけ」
「さ、触るだけって…ひゃ」

蘭ちゃんは首筋に口付けると、ちゅうっと強く吸って来た。
チクリとした痛みで肩が跳ねたけど、蘭ちゃんは他の場所にも同じように吸い付いて赤い痕を刻んでいく。

「そ、そんなとこ付けたら見えちゃう…」
「見せてんの。他の男が近づかないよーに」

そんなに心配するクセに、未だに蘭ちゃんは私に手を出そうとしない。
もう三ヶ月になるし、そろそろいいかなって思うのに、私が初めてだと知ると「大切にしたい」なんて優しい言葉を言ってくれるから私からは言い出せなかったりする。
だから、実はこの口紅も蘭ちゃんを誘惑出来るかな?なんてバカな考えで買ったものだったりするんだけど、好きな色も答えてくれない蘭ちゃんに効果はなかったみたいだ。
六本木のカリスマ、なんて呼ばれてる蘭ちゃんの周りには、いつも綺麗な女の子達が寄って来る。そのたび、私の胸は焼けつくような痛みが走るから。
蘭ちゃんが他の女の子を見てしまわないように、早く本当の意味で蘭ちゃんのものになりたいのに、どうやら今夜も私は抱き枕以上にはなれないみたい。

は俺のものだから誰にも渡さない」

確信的な冷たい笑みを浮かべて、甘い言葉を吐きながら唇を重ねてくる蘭ちゃんは、抱かないことで私を焦らしているような気がしてきた。
私がどうしようもないくらい、蘭ちゃんに焦がれてしまうように。
そんな甘い毒を今夜も仕込まれるのだ。


い言葉と、笑と
彼はの強さで私を縛っていた

日々の感謝を込めて…【Nelo Angelo...Owner by.HANAZO】