『竜胆くん…時間ある?』

夕方、兄貴の恋人のからいきなり電話が来た。何事かと思った。

「いい…けど…兄貴は?迎えに来こなかったのかよ」
『蘭ちゃんには今日、友達と買い物してくって言ってお迎え断ったの』
「…は?何でそんな…」
『竜胆くんに…ちょっと相談あって』
「…俺?!」

いきなり相談があると言われて焦ったけど、とりあえず兄貴に嘘言ってまで俺に連絡してきたってことはそれなりに大事な相談だと思ったから即OKした。
待ち合わせ場所と時間を決めて、電話を切った俺はすぐに踵を翻して目的地へと向かう。
本当は今から友達と飲みに行く約束をしてたけど、そいつらには少し遅れるとメッセージを送っておいた。
がこんな電話をしてきたのは初めてで、兄貴と何かあったんだろうかと心配になる。
二人がケンカでもしたのなら俺にまでとばっちりが来るのは明白だからだ。
ケンカじゃないかもしれないけど、が俺に相談があるなんて言って来る理由が他に思いつかねえ。

でも…夕べだって仲良くしてたのにケンカなんかいつしたんだ?
は今じゃウチのマンションに住んでるようなもんだ。
それは兄貴がだんだんを家に帰さなくなったからで、それからはの荷物が少しずつ増えて行ってるのを俺は知ってる。
多分そのうちのマンションは引き払うことになんだろうなって思ってるし、それならそれで俺は別にいい。
兄貴が彼女を家にずっと置いておくなんて今まで一度たりともなかったから、最初はビビったけど、がいると兄貴はやたらと機嫌がいいから俺としては凄く助かってる。
だからリビングでどんだけイチャつかれても見て見ぬフリしてきたし、あんな兄貴は見たことねーから、俺としては密かに楽しんでたりもする。

夕べだって兄貴と俺と鶴蝶で飲みに行ったのに、途中からやたらとソワソワしだして「、家にひとりだし寂しがってねーかな」なんて言い出すから鶴蝶と俺は酒を吹き出したくらい驚いた。
いつもはも連れて来るのに昨日は買い物で遅くなるからと断られたとかで、久しぶりに兄貴の機嫌も悪かったっけ。
で、途中で「やっぱ先に帰るわ」なーんて言い出して、マジで帰って行った時は、鶴蝶と二人で何とも言えない空気になった。

「蘭のヤツ、マジでちゃんに惚れてんだな」

鶴蝶が真顔でそんなことを言い出して、まあ二人が出会うキッカケ作った張本人だから「本気になれる女が見つかって良かったよ」とか鶴蝶まで何言ってんだって感じだったけど、俺も似たようなことは思ってた。
でもじゃあ、あの後に何かあったんだろうか。
いやでも俺が朝方帰った時はふたり仲良く寝てたっぽいし、起きたらは仕事に行っていなかったから俺が寝てた間のことは分かんねーけど、兄貴は普段と変わりなかったよな。
多分とケンカしていれば、今の兄貴なら目に見えて不機嫌かつ理不尽に拍車がかかって俺に八つ当たりは絶対にしてくるはず。
でもそれがなかったし、やっぱケンカじゃねーのかな。

そんなことをアレコレ考えていると、と待ち合わせをしたバーが見えて来た。
ウチのマンションから近い俺と兄貴が経営してるバーだ。
兄貴がと偶然会って、そこからデートにまで発展した二人の思い出の店でもある。

「あれ、竜胆さん?」

通い慣れた店のドアを開けると、薄暗い店内に青白いライトがぼんやり照らされているカウンターがある。
そこに立っていたマスターが俺を見て驚いた。

「あー待ち合わせなんだ」
「え、じゃあ…ちゃんの相手って竜胆さんスか?」
「ああ、そう。は?」
「何だ、てっきり蘭さんかと思ったからちゃんなら奥の個室に通しましたよ」
「りょー。あ、とりあえず俺にビール持って来て」
「はい、分かりました。あ、ちゃんは…」
「え、アイツ何も頼んでないの?」
「相手が来てからって言うので、まだ出してないんですよ」
らしいな。あ、じゃあ俺と同じでいいよ。アイツも最初はビールだろうし」
「畏まりました」

マスターは俺とというおかしな組み合わせに訝しげな顔はしていたものの、深くは詮索して来ない。
俺は急いで店内奥の通路を歩いて行くと個室のドアをノックした。

「はい」
「俺ー入るよ」

と声をかけてからドアを開ける。
は広い個室の壁側に落ち着かない様子で座っていた。

「ごめんね、急に呼び出して…」
「いや、いいけどさ」

の向かい側に腰を下ろしたのと同時にドアがノックされる。
どーぞと声をかけるとマスターがグラスビールを2つ運んで来た。
そして気を利かせたように何も言わず、足早に部屋を後にする。
マスターが出て行くのを見届けてから、俺はグラスをひとつの方へやると、

「ビールで良かった?」
「あ…ありがとう」

は思い出したかのようにビールグラスを受けとる。
俺もグラスを持って「お疲れさん」とのグラスにカチンと当てると、もやっと笑顔を見せた。
でもやっぱり少し様子がおかしい。

「で、どうした?俺に相談なんて珍しいじゃん」
「う、うん…」
「兄貴には言えないようなこと?」
「……ま、まあ」
「だよな。俺に連絡して来るくらいだし」

はどこか言いにくそうにモジモジしてる。
この様子だとケンカってわけじゃなさそうだな、と一番心配してたことだから、そこはホっとした。

「仕事のことってわけでもねーよな」
「え?あ…違うよ」
「…だよな。それなら兄貴にしてるもんな」
「うん…」

は港区のデカい病院で看護師をやってる。
三天戦争でマイキーに深手を負わされた鶴蝶を俺と兄貴でその病院まで運んだ際、鶴蝶の担当看護師になったのがだった。
そこで兄貴は多分、まあありゃ一目惚れに近いな、きっと。
を気に入った兄貴は鶴蝶の見舞いと称してしょっちゅう病院に行くようになった。
俺も時々付き合わされたけど、最初はのあまりのドジっぷりに正直ビビったくらいだ。

見た目は文句なく可愛らしい子だったけど、よく看護師になれたなってくらいにドジばかりしてる子だった。
上手く点滴用の注射がさせなくて鶴蝶の腕がみるみるうちに紫色に変色したのを見た時は、ケガをしても絶対にこの病院には来ないでおこうと心に決めたくらいだ。
包帯を変えるのだって一苦労で、鶴蝶の足に巻かれた包帯がどんどん面積広がってって最後にはこんもりしてたのを見た時はさすがの兄貴も爆笑してたっけ。
が落ち込んじゃって、珍しく兄貴が優しく慰めてたのを見た時は、ひょっとしたらひょっとするのか?なんて思ってたら、やっぱりと付き合いだして。

さすが兄貴、気に入った子は必ず手に入れるとこは凄いと思う。
でも今度はどのくらい持つんだろうな、なんて鶴蝶と話してたくらいだったけど、三ヶ月経った今でも二人はラブラブだから驚く。
今まで兄貴が付き合って来た女のタイプとは全然違うタイプだから珍しいだけかと思ったけど、俺の目から見ても兄貴はに対して真剣に付き合ってる。
だから遂に本気になれる女を見つけたのかと思ってるだけに、今日のこの呼び出しはちょっと怖い。
ケンカ以外で兄貴に言えない相談っていったい何なんだろう。

「えっと…相談って?兄貴のことだったり…する?」
「え?あ…ま、まあ…」
「まさか……兄貴のヤツ、浮気でもした?!」
「えっ?ち、違うよ。そんなことない」
「…だ、だよな」

一瞬思い浮かんだことを口にしてしまったけど、違うと聞いて心底ホっとした。
兄貴はモテるから、女の方から寄って来ることも多い。
だから前は彼女がいても一晩だけの浮気なんてもんをしてた時もあった。
俺は見て見ぬフリしてたけど、結局彼女にバレたりして大喧嘩のあげく別れちまったり。
でものことは凄く大切にしてるみたいだし、今の兄貴はきっと他の女なんて目に入ってないから浮気はないか。

「じゃあ…何…?」
「う、うん…」

言いにくいことなのか、はビールを何口か飲みながら視線を左右に泳がせている。
こんなは見たことがない。まさか―――。

「ほ、他に好きなヤツが出来たなんて…言わねーよな…?」
「えっ!な、ないよ!」
「……良かったぁぁぁぁ…」

一瞬恐ろしいことが頭を過ぎったけど思い過ごしだったと分かって死ぬほどホっとした。
もしに兄貴以外に好きなヤツが出来たなんてことにでもなったら、あの兄貴がどういう行動に出るかはさすがの俺も分からない。兄貴が女に振られたとこを見たことがないからだ。
相手の男をブっ殺しに行くか、それとも他へ八つ当たりが行くか…※主に俺とか。
とにかくに振られた兄貴なんて想像したくもない。
だって唯我独尊男の兄貴が、と付き合ってからはどこか優しくなったし、あの兄貴がわざわざ仕事終わりに彼女を迎えに行くとか、家に置いて来たくらいで寂しがってるかもっつって先に帰るなんて俺からしたら考えられない。
めちゃくちゃ可愛がってんじゃんって見てて思うことも沢山ある。
だから頼むし兄貴と別れるとかは考えないで欲しいなんて思ってしまう。

でも…じゃあ相談って何だ?
ありとあらゆる可能性は今、聞いてみたけど全て空振り。
はいったい何を相談したいんだろう。

「えっと…そろそろ聞かせてくれね?ほら、あんま遅くなると兄貴も心配するし…。買い物行くって言ったんだろ?」
「あ、う、うん。そうだね。あ、買い物はホントに行ったんだけど」

はそう言って買い物袋を見せた。
それは女の子に人気のショップの袋で、は自分用に何か服を買ったらしい。
は緊張してるのか、何となく話を切り出せないようだから、ここは場を和ませるのに他の話でも振るか。

「それ何買ったん?服だろ?」
「ああ、これ?これは…ルームウエア」
「ルームウエア?」
「夏用のね。最近暑くなってきたから薄手の欲しいなと思って…」
「あーそっか。じゃあ兄貴も喜びそうだな」
「…え?」
「いや、ほら。薄手のルームウエアなんてが着たら兄貴、また鼻の下伸びそうだしさ」
「……」

俺の何気ない言葉での頬がかすかに赤くなった。
え、俺、何か変なこと言ったっけ?

「そう、かな…」
「え?」
「蘭ちゃん…喜んでくれるかな」
「そりゃー兄貴だって男だし、好きな女の子が薄着になったら喜ぶんじゃね?」
「ほんとにそう思う?」

は何故か真剣な顔で身を乗り出してくるから、俺も少し驚いて「思うけど…」と言いつつ、少し気になった。

「え、何で?」
「え、だ、だって…蘭ちゃんって意外と淡泊だし…可愛い服とか着ても興味なさそうっていうか」
「…は?兄貴が…淡泊?」

あり得ない単語を聞いて、俺は耳を疑った。
ハッキリ言って俺が知る限り兄貴の辞書に淡泊なんて言葉はないはずだ。

「えっと…どういう意味?」
「だ、だから…」

やっぱりは言いにくそうに俯いて膝の上で指を何度も擦る仕草をしている。
そんなに言いにくいことなんだろうかと思っていると、不意にが顔を上げた。

「竜胆くんに聞きたいことあるんだけど…」
「うん、何?」

遂に本題か、と思って俺も姿勢を正すと、は思い切ったように口を開いた。

「竜胆くんって蘭ちゃんのこれまでの恋愛遍歴を全部知ってるんでしょ?」
「……え?」
「その…蘭ちゃん、前の彼女さんとはどういう感じだったのかなぁと…思って…」
「…え、そんなの聞きたいの…?」
「き、聞きたいって言うか…ちょっと気になって」
「いや…俺はそりゃ知ってるし見て来たけど…そういうのって聞かない方がいいんじゃね?いい気分にはならねーだろ」
「そ…そう…なんだけど…」
「え、が心配するような何かがあったん?例えば兄貴が元カノと連絡をとってたとか」
「ち、違うの。そういうことでもなくて…」

じゃあ何だって言うんだろう。
兄貴の過去が気になるって気持ちは分からないでもないけど、そこまで思い詰めるようなことが何かあったのかと思うのが自然だ。
でもぶっちゃけ兄貴の過去の恋愛なんてろくでもない付き合いばっかだったし、が心配するようなもんは特に思い当たらない。

「マジ、何か心配ごとでもあるなら言えよ。俺に出来ることならどうにかしてやるし」
「え、あ…ありがとう…。ただね…ちょっと不安になちゃって」
「不安って?」
「蘭ちゃん…って…今まで付き合った人にもそうだったのかなあ…とか…」
「…何が…そうだった?」
「だ、だから……」

は急にモゴモゴと言い出し、俺はよく聞き取れなかった。
だから少し身を乗り出して「悪い。聞こえなかった」ともう一度耳を寄せる。
でもやっぱりは口の中でモゴモゴ話すから何を言ってるのかサッパリ分からねえ。
仕方ないから一度席を立って、の隣りに座ると「もう一回」との口元に耳を寄せた。

「だ、だからね…蘭ちゃん、全然……―――」

「………は?嘘だろ?」

頭で考えるより先に言葉が口から出たって感じだった。
いや、マジで聞こえたけど理解するのに時間がかかったって感じだ。
ついでに言えば、今すぐここで叫びたい。
あの兄貴が、灰谷蘭が、付き合って三ヶ月も経つ彼女に未だ手を出してないってありえねーだろ!ってさ。

「嘘…だろ?マジで言ってんの?」
「……う、うん」
「え、だって毎晩兄貴と寝てんじゃん」
「そ…そうだけど…」
「付き合いだしてから今日まで殆ど会ってるだろ?」
「う…うん、多分…」
「…拒否ってたりは……してねぇよな?こんな相談してくるくらいなんだから」

俺が尋ねるとは真っ赤になりながらコクンと頷いている。
いや、だったら俺にも分からねえ。手を出さない意味も分からねえ。
そりゃだって悩むってもんだ。

"蘭ちゃん…全然…私に手を出してこないから、これって前の彼女との付き合いを知ってる竜胆くんから見てどうなのかなって思って"

そう聞きたくなる気持ちがよーくわかる。俺でも訊きたくなるわ、そんなもん。
でもごめん。俺にも兄貴が何考えてるのかサッパリ分かんねえ。

「俺が知る限りじゃ…前の彼女とは普通にしてたけどな…(たまに声が漏れてたこともあったし)」
「そ…そう…なんだ…」
「あ、いや…やっぱ嫌だろ?こんな過去の話聞くの…」
「…でもじゃあ…やっぱり私が経験ないのがいけないんだね」
「…は?何、オマエ、処女なの」
「………ッ」
「あ、わりぃ」

つい、いつものノリでデリカシーのないことを言ってしまったと慌てて謝った。
でもそうか、は処女か。なら兄貴も色々考えてそう。

「やっぱり男の人って経験ない子は…その気になれないのかな」
「え?いや、そんなこと…ないだろ。特に兄貴はにベタ惚れなんだし…」
「え、嘘だ」
「は?何で嘘?俺から見て、オマエはかなり愛されてると思うけど」
「じゃあ何で手を出して来ないの…?好きだとか言って来るけど、普通好きだったらエッチしたいとか思うんじゃない?」
「オマエ…酔ってる?」
「酔ってないもん」

いや、確実に酔ってるだろ。ビール一杯で顔が真っ赤だし。
忘れてたけど、そういやって酒がめちゃくちゃ弱いんだっけ。
って言うか、兄貴が前に言ってたな。
は酒が弱いクセに飲み会とか参加したがるから心配だって。

「兄貴が好きだって言ってんなら本当に好きなんだよ。兄貴は好きでもない女に絶対好きなんて言わねーから」
「で、でも…言うわりにキスしかしてくれないし…たまに…身体は触って来るけどそれだけだし…大切にしたいなんて言って、ホントは私にそういう魅力がないからその気にならないだけかも――」
「ちょ、ちょっと待て!大切にしたいって言ったの?あの兄貴が?」
「…うん…前にそういう空気になった時に……ちょっと怖くなって私が経験ないって言ったら…蘭ちゃんそう言ってくれたけど…」
「はあ?だったら尚更、めちゃくちゃ愛されてんじゃん」
「…え?」
「あの兄貴が好きな女と同じベッドで寝て何もしねーなんて俺からしたら天と地がひっくり返るくらい驚くことだし」

いや、マジでぶっ飛ぶ話だった。
は手を出されないから逆に兄貴の気持ちだったり、自分に魅力がないのかなんて心配になったんだろうけど、俺からしたら惚気にしか聞こえなくなって来た。

「ほんとに…好きなのかな…私のこと」
「はあ?好きじゃなかったら家に帰さねーとかないだろ。兄貴絶対をウチのマンションに住まわせる気だし」
「え…そうなの?」
「そうだろ?この前だって用のグラスとか皿とか揃えてたし。脱衣所にもウチに似つかわしくないピンクのバスタオル増えてたし」
「……そ、そう言われてみれば…あったかも」
「ほら。これで愛されてなきゃ何だって話」
「じゃあ、蘭ちゃんはホントに…」
を大切にしたいから簡単に手が出せないってことだろ。俺からすればマジ驚く話だけど」

あ、真っ赤になった。ついでに何か泣きそうな顔してるし。
泣かれるとさすがに困るぞ?俺が泣かしたみたいに見られるしマスターに変に思われる。
と思っていたその時、個室のドアが思い切り開け放たれて、その音に驚いて顔を上げると、そこには殺気をまとった兄貴が立っていた――!

「何やってんだよ、おめーら」
「あ、兄貴…」
「蘭ちゃん…?」

も驚いたように顔を上げたが、まずいことに顔も目も赤い。
兄貴はギロリと俺を睨むと「竜胆…テメェ、なに泣かしてんだよ」と恐ろしい顔でコッチへ歩いて来た。
違うと言い訳しようにも、俺はの隣りに座っていて、傍から見ればきっと俺が泣かしたように見えるし、兄貴の彼女に手を出してるようにも見える。

「マスターに用があって電話したら二人が来てるって言うし、驚いて来てみたら…まさかオマエ、に手ェ出したんじゃねーよな?」
「は?ち、違う!俺はただ相談に乗ってただけだって!」
「…相談だあ?」
「そ、そーなの!蘭ちゃん!私が竜胆くん呼び出したの!だから怒らないで…っ」

慌てて立ち上がったは俺を押しのけ、今にも俺に殴りかかってきそうな兄貴を必死に止めている。
その様子を見て誤解だと気づいたのか、兄貴は舌打ちをすると「まぎらわしーんだよ」と向かい側の席へ座ってを隣に座らせた。
よくよく見たら兄貴はタンクトップにシャツ羽織っただけで思い切り部屋着で寛いでたとこすっ飛んで来たって感じだ。

「で?竜胆に何の相談?俺じゃダメだったのかよ」
「そ…それは…」

は兄貴に詰めよられて顔を真っ赤にして俯いてしまった。
まあさすがに言えねーよな。兄貴が手を出してくれないから俺に相談してた、なんて。

「何だよ…俺に言えねーこと?」
「そういうんじゃ…ないんだけど……恥ずかしいから」
「…恥ずかしい?」

お、兄貴の表情が一瞬デレたぞ?
そーか、のこういう顔で兄貴はデレるんだな。
は耳まで赤くして再びモジモジしはじめた。
言いたいけど言えない狭間で困ってるみたいだ。

「その恥ずかしいこと、竜胆には言えて俺には言えねーの?」
「だ、だって…」
「だって…何?」

やべえ、何か二人の世界になってきてる。空気がめっちゃ甘くなった気がするのは俺だけ?
向かいにいる俺なんかいないものとして扱われてるし。
兄貴がの頭を撫でてるのって何度も見てるけど、相変わらず優しい。
頬や髪に触れる手も、を見つめる目すら俺からすれば別人のようだ。
いつも人を殴ってる手が、に触れる時だけは優しく見えるんだから六本木の七不思議のひとつだと俺は思ってる。
傍から見てたら兄貴はにベタ惚れで、は最高に甘やかされてると思う。
けど彼女からすれば手を出されないだけで不安になるんだから、女心って複雑だ。

「…竜胆」

がなかなか言い出せないから、遂に兄貴も限界が来たのか、今度は俺に圧をかけてきた。この顔はに相談された内容を話せよ、と言ってる。
ぶっちゃけ俺は巻き込まれ事故は勘弁だし、には悪いけどここは兄貴にハッキリ伝えた方がいいと思った。

「分かったよ…。はさー兄貴が手を出してくれないから、元カノとかもそうだったのかって俺に訊いて来たんだよ」
「………は?」

これまでで一番怖い「は」だった。
兄貴の目がみるみるうちに鋭くなって余計なこと言ってねえだろうな?と俺を脅してくる。
だから俺は首を振って口パクで「何も言ってねえ」と伝えると、兄貴は深い溜息を吐いた。
これまでの自分の素行を考えれば、焦る気持ちも分かるけど、俺だって兄貴のそんなエッチ事情を聞かされてどうしたらいいんだって感じだ。

…前にも言ったろ…?俺はオマエのこと―――」
「た、大切にしてくれてるのは分かったけど…色々不安だったから…だから竜胆くんに聞いたの…ごめんなさい…」
「色々不安って…?」
「だって蘭ちゃんモテるし…綺麗な女の人いつも寄って来るし、私みたいな経験もない子はつまんないのかなって…」
「そんなはずねーだろ…」

ああ…兄貴の顏が一気に緩んだ。デレデレもいいとこだ。
に嫉妬されて、あんな可愛いこと言われたら、そりゃ顔の筋肉が緩むのは分かる。
でも弟の前でそこまで甘い空気を出さないで欲しい。
ってか兄貴、あんな優しい目でを見つめるんだな。俺にはまあ見せたことはないけど。
しかもオデコにちゅってキスしてるし、音は出すな。コッチが照れる。
こんな空気じゃどこを見ていいか困るってもんだ。…そろそろ帰ろうかな。

…俺がオマエにベタ惚れなの分かんねーの?」
「……え」
「そりゃしたい気持ちはすごーくあるけど…俺の欲望でに痛い思いさせるとか思うと何つーか…手が止まっちゃうんだよな」
「………ッ」

お、、首まで真っ赤になった。茹蛸ってこういう顔を言うんだな。
そして兄貴、そんな恥ずかしいことを俺に聞かせるな。

「だからーは俺に覚悟が出来るまで、もう少し待っててくれる?」
「…覚悟…?」
「まあもホントは怖いんだろ?いつも触れただけでビクっとするし…だから俺も手を出すのが怖くなんの」
「ご…ごめんなさい…」
「いや、そこ謝るとこじゃねーから」

あーあ、兄貴マジでデレデレじゃん。顔が緩みっぱなしってどうなん?
六本木のカリスマ兄弟としては、こういう顔を外では見せたらダメだろ。
まあ、ここが個室で良かった。
結局、兄貴がに手を出せないのは、の為でもあるけど自分の中でも葛藤があるってことで。
にしてみれば手は出して欲しいけど、まだ覚悟は足りないってことで、兄貴もそんなに手を出すのが怖い。
え、怖いって何だよ。散々これまでも色んな女を抱いて来たクセに、その兄貴がたったひとりの女の子すら抱けないなんて。

(アホらし…)

結局、俺はふたりのラブラブを見せつけられただけじゃね?
兄貴の彼女の相談なんて聞くもんじゃない。この時、本気でそう思った。

「分かった?俺がに手を出せない理由」
「……うん」

はあ、更に空気が甘ったるくなって来たから、俺はそろそろ飲みにでも行こうかな。


理由はすべて、
分かってよ、が出るほど簡単なんだから

日々の感謝を込めて…【Nelo Angelo...Owner by.HANAZO】