Cute!

※Answerの続きで竜胆視点です。



――ああ、今夜も六本木の夜景は綺麗だな。
自宅のリビングから見えるキラキラとした景色を見て、ふと思った。
毎日毎日、同じ景色を見ているから飽きてたはずなのに、こういう時の現実逃避にはもってこいだと気づいた。

「おい、聞いてんのかよ、竜胆」
「だから竜ちゃんに怒るのやめてよ。何も悪くないのにっ」
「悪いか悪くねえか決めんのオレだし」

目の前で繰り広げられる兄貴との言い合いも、ただの景色だと思えたらいいんだけど。
事の発端はそう、兄貴がガキの頃から想いを寄せていた幼馴染のと付き合い始めたことだった。

オレ達兄弟との出逢いは十年以上も前に遡る。
当時オレと兄貴が通っていた幼稚園に新しく入園してきたのがだった。
初めてを見た時は可愛らしい花柄のワンピースを着ていて、まるでお人形さんみたいだと思ったことは今でも覚えている。
白い肌にほんのり色づいた頬と、色素の薄い柔らかそうな髪。大きな瞳をキラキラ輝かせている姿が、そんな風に見えたんだろう。
入園当日は付き添って来ていた母親にベッタリだった彼女は、その印象通り甘えたの泣き虫で、他のガキに意地悪されるといっつもオレや兄貴のところへ逃げてくるような女の子だった。子供ながら可愛い女の子に頼られるのは男として嬉しかったし、きっと兄貴も同じだったに違いない。
いつしかを守るのが当たり前のような関係になっていった。
オレ的には手のかかる妹みたいな存在。だけど兄貴には違ったようだ。何を血迷ったのか、を一人の女の子として大事に想っていたらしく、中学に上がる頃にはハッキリ好きだと自覚したらしい。
が他の男にバレンタインのチョコを渡したのを知って、兄貴が密かにソイツをボコしたのを、オレだけが知っている。
女にモテるクセに、何でわざわざ幼馴染に惚れるんだと、当時は驚いたもんだった。少女漫画を地でいってるんだから笑ってしまう。
ただはかなり鈍感で、兄貴の気持ちには全く気づいていないようだった。それが面白くないから兄貴も適当な女と適当に付き合い、の反応を見たりして、オレから言わせるとかなり拗れてたように思う。
でも今年の元旦、長年の片思いが実を結び、兄貴は晴れて幼馴染から彼氏へ昇格。
その途端、兄貴の女遊びがピタリと止んだ。
どんだけいい女が近づいてこようが目もくれない。この世には以外、女がいないかのようにスルーしていくんだから、人って変われば変わるんだな、とシミジミ思う。
ついでに言えば、オレもやっと兄貴からの八つ当たり被害から解放されたと喜んでいたのに――今度は別の意味で被害を被りそうだ。
そう思いながら深い溜息と共に、未だ言い合いをしている二人へ視線を向けた。

「だいたい来た時点でオレを起こせば良くねぇ?何で竜胆とゲームしてんだよ」
「だって蘭ちゃん、寝たばかりだから竜ちゃんが起こすなって」

の一言をキッカケに、兄貴の鋭い眼光がオレを射抜く。ってかオレを庇ってたわりにオレのせいみたいに言うんじゃねえ。は良くも悪くも昔から素直すぎて困る。
まあ確かにそんなことを言った。でもそれは兄貴が寝不足のまま起こすと暴れる可能性があるからだ。
昔からにだけは起こされても平気っつー事実はあれど、さすがに三時間程度の睡眠じゃ、何が起こるか分からない。そう思ってオレとしては気を遣ったつもりだ。
だから起こしてもいい時間が来るまで、とゲームをしてただけなのに。
兄貴はオレとの騒ぐ声で目を覚ましてしまったらしい。しかも起きてきたタイミングが悪かった。
というのも、ゲームをしてたら突然が目を痛がりだし、「目にまつ毛が入った~」と言い出した。

――竜ちゃん、ちょっと取って~。

そう言われたら断るわけにもいかず、隣に座っていたの方へ身を寄せて顔を覗き込んだ。
言った通り、の左目は抜けたまつ毛が刺さって真っ赤になっていた。それを取ってやるのに少しだけ顔を近づける。――それが運の尽き。

――何やってんだ、竜胆!

まつ毛が上手く取れたと思った瞬間、背後で恐ろしい怒声が聞こえてきた。条件反射で振り返ると、そこにはいつも以上に迫力のある殺気を放った鬼――いや、兄貴がいて。
良くも悪くも寝起きの兄貴は変な誤解をしたようだ。オレがにキスをしようとした。そんな風に見えたらしい。いきなりオレに掴みかかってきた。
ただが慌てて止めに入り、説明したら誤解は解けたものの、「紛らわしいことすんじゃねえ」とか「距離が近すぎだろ」とか言い出して今に至る。
普段は冷静だし、物事を達観してばかりの兄貴が、こんな熱量で怒る姿はオレでも殆ど見たことがない。
それだけのことが大事なんだろう。そう考えると昔から兄貴はのことになると人が変わったようになってたっけ。
バレンタインの時だけじゃない。が仲良くなる男全てを敵視して、バレないように威嚇してんの何度も見てるし、ハッキリ言って地味にモテるがこの歳になるまで男が出来なかったのも兄貴が原因だとオレは思ってる。
まあ兄貴は遠回しにアピってたみてーだけど、の鈍感さは伊達じゃなく、一切気づいていなかった。

あの唯我独尊男が、の為ならどんなに眠くても起きてくるし、誘われたら趣味じゃない恋愛映画にも付き合う。去年の夏には「夏の思い出がない」と嘆くを、わざわざ神奈川にあるデカい水族館にまで連れて行ってやってた。
目が合うだけで人を殴れる狂暴な兄貴が、大きなイルカのヌイグルミを抱えてと帰ってきたのを見た時は、どこのソックリさんかと思ったけど。

――仕方ねえだろ。が欲しいっつーんだから。

オレのツッコミに対してバツの悪そうな顔を見せた兄貴を思い出すと今でも笑えるし。
ただ、そんなに好きなら誰かに取られる前にサッサと告ればいいのに、と言ったオレに対して「今のアイツはオレを男として見てねえからな」と珍しく落ち込んだ顔を見せた時、さすがにからかう気になれなかった。
だからこそ、上手くいったと聞いた時はオレも自分のことのように嬉しかった。
なのに――兄貴の嫉妬深さは想像以上だったようだ。
オレがを妹分としか見ていないことを知ってるくせに、兄貴は何かにつけてヤキモチを妬くんだから困ってしまう。

「とにかく。オレがいないとこで竜胆とゲームすんの禁止な~?」
「え~!だって蘭ちゃんがそばにいてもオレを無視してゲームすんなって言うじゃん」
「そりゃそうだろ。オレと一緒にいるのに竜胆と遊ぶ意味が分かんねえ」
「だって蘭ちゃん、ゲームしないし…」
「あ?ばりばりするわ、ゲームくらい」

あーあ。ゲーム好きじゃねえくせに、そんなこと言って大丈夫かよ。
内心溜息をつきつつ、二人のケンカの行く末を眺めていると、兄貴は本気でとゲームをするのか、コントローラーを手にソファへ座った。ってかルール分かってんのかな。

「コイツで色を塗って自分の陣地を増やしていけばいーんだろ?」
「え、何で知ってるの?」
「これ買った時、一回やってるし、竜胆がいつもやってんの横で見てっからなー」
「えー凄い!じゃあ蘭ちゃんも一緒にやろ?」

あ~。兄貴の機嫌が直った瞬間を見てしまった。
に甘えられると兄貴はあんな顔すんだな。今の今まで殺気駄々洩れしてた男とは思えないくらいにデレてるし。
しかも何気にノリノリで色を塗りつつ敵まで次々に轢き殺してるのはさすがとしか言いようがない。昔から何でも器用にこなしてたけど、前に一回だけ一緒にやったゲームですら、自分のものにしてるのは兄貴らしい。
もすでに尊敬の目で兄貴を見て褒めちぎるから、ますます上機嫌になっていくのが、傍目でも分かる。

「うわ~勝っちゃった!蘭ちゃん凄い!一番敵倒してるっ」
「ちょろいわ、こんなん。しょせんゲームだろ」

凄い凄いとに褒められ、兄貴はどや顔で笑ってる。
まあリアルに人をボコしてる兄貴にすれば、ゲームで挑んでくる敵なんて確かにちょろいのかもしれない。
ってか、さっきまでギャンギャン言いながらケンカしてたクセに、もう仲直りしてんの笑う。
ベッタリくっつきながら仲良くゲームしてる姿はすでに二人の世界だ。

「あ、じゃあ今度はこれやろーよ」
「あ?バイオハザード…?」
「これ二人で進めてくやつで、一緒に出来るから」
「まだゲームやんのかよ。まあ…別にいいけど」
「やったー!じゃあ私はこっちの女の人でプレイするね。蘭ちゃんは主人公の方、操作して」
「…はいはい」

いや、それオレのゲームなんだけど。
そうツッコみたくなったものの、渋々といった態度のくせに、地味にニヤケながらゲームをスタートした兄貴を見たら言えなくなった。どうせのこと「可愛い奴」とか思ってんだろう。そんな顔してるし。
結局、兄貴はに言われたら断れない。腹が空くまでゲームの相手をさせられるんだろうな。想像するとやっぱり笑える。
ただオレとしては暇になったし、邪魔者みたいだからサッサと出かけることにしよう。

「あれ、竜ちゃん、出かけるの?」

オレが静かに立ち上がり、財布とスマホを手にすると、不意にが顔を上げた。

「あーうん。ちょっと飲みに行って来るわ」
「そっか。行ってらっしゃい」
「おー」

そう応えつつ兄貴を見ると、サッサと行けみたいな顔でこっちを見ている。早くと二人きりになりたいというのが見え見えだ。
以前の兄貴なら絶対について来たし、何ならクラブのお姉さんやキャバ嬢を口説いては、自分に惚れさせるのを楽しんでた。
客に惚れさせて店に来させるのが仕事の彼女達が、逆に店の外で兄貴に会いたがるんだから、オレの兄貴にはホストの才能があるかもしれない…とマジで店をやろうか考えたこともある。

(まあ、今思えば報われない想いを持て余して、他の女で発散してたんだろうけど)

そんな鬼畜道を歩んでいたあの兄貴が、今じゃと家飲みするのが楽しいと言うんだから、六本木に天変地異が起きたようなもんだ。
仕方ない。今夜は鶴蝶や班目パイセンでも誘って朝までキャバクラを梯子するか。
…なんて暇人ふたりの顔を思い浮かべながらスマホの通話履歴を開く。ついでに「ああ、明日まで戻らねえから」と兄貴に言えば、途端に「気をつけてな~」と優しく微笑まれた。その変わり身の早さが、ある意味怖い。
まあ…そういうところも、オレだけが知ってる兄ちゃんの可愛いとこではあるんだけど。

「こりゃマジで六本木中の女が泣くかもなァ…」

今では自分の足の間にを座らせ、イチャつきながらゲームをしている兄貴を見て、ふと苦笑が漏れた。


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