※Answer-続きです。(竜胆視点)



これはオレの兄貴が、まだと付き合う前の頃の話だ。

――竜胆はさ~のことどう思ってんの?

それはガキの頃から何百回と聞かれた質問だった。今では毎年恒例になってると言っても過言ではない。
全く兄貴は何を心配してるんだか、と弟としては逆に兄貴が心配になるほど、相も変わらず同じ質問をしてくるんだから困ってしまう。
そりゃのことは昔から妹みたいに大事に思ってるし、我がままなとこも天然なとこも可愛いとは思うけど、恋愛対象かと問われれば、それはやっぱり「NO」だ。
幼馴染としては甘い目でみれても、自分の彼女となると――はかなり厄介だからだ。
まず自分がモテる部類だと気づいてないから、男に対しての危機感がない。その上、素直すぎる性格だから、ちょっとでも優しくされると全員が「いい人」の枠に入ってしまう。更にソイツから誘われたら何の疑いもなく飲みに行くから、彼氏からすればが出かけるたび心配で、オレの兄貴のようにこっそり尾行をするか、相手の男を威嚇してしまうだろう。まあ、この時の兄貴はまだ彼氏でも何でもなく、ただの幼馴染だったけど。
他にもは地味に口うるさいし、部屋が散らかってたりしたら、すーぐ文句を言ってくる。オマエの家じゃねえじゃんって言っても「部屋の汚れは心の汚れだって専門家の人が言ってたよ。竜ちゃんの心はこんなに汚いってことだからね」とかムカつくことを言い出すし、何の専門家だよと突っ込みたくなった。
更にムカつくのは、そんなに対して文句も言わず、あの面倒くさがり王の兄貴が「仕方ねえ…掃除すっか」とか言い出すことだ。あげくにはが泊りで遊びに来た時に「これがないと眠れない」とガキみてえなことを言って持ち込んだ兎のヌイグルミまで自分の部屋に置いてやってんだから頭が痛い。六本木のカリスマと言われる兄貴のイメージが、我がままのせいで崩壊してないか心配だ。

後は一人っ子として蝶よ花よと可愛がられて育ったせいか、はマジで我がままだ。
オレ達は映画好きで、よく兄貴との三人で映画に行くんだけど、オレが観たかった映画を観れたことは殆どない。それもこれも全部の我がままのせいだ。兄貴は昔から優先だから、必然的にオレが我慢する羽目になる。この前だって映画に行こうって話になった時、オレと兄貴はアクションやアドベンチャー物が好きだから、"パイレーツオブカリビアン"の続編が観たいと意見が一致。なのにだけ「え~わたしハリポタの続編が観たい。炎のゴブレット!」と言い出した。いや、オレらハリポタシリーズ観たことねえし、と言おうもんなら「え!何であの名作観てないの?」から始まり、ハリーポッターの面白さをガチ語りしだす始末。さり気なく自分の観たい映画に誘導すんのやめろ。
結局、兄貴が折れて、その日は"ハリーポッター・炎のゴブレット"を観に行く羽目になった。
それがどんだけ苦痛だったか。

そもそも一作目すら観てないオレと兄貴が、いきなり四作目からハリポタデビューさせられたんだから、新手のイジメかと思った。
どれだけ面白いだの名作だの言われても、全然ストーリーが分からない上に、ヴォルデモートだのピーターなんちゃらだの、よく関係性が分からない+覚えにくい名前が飛び交い、あげくには空飛ぶ不思議ほうきに乗って何のスポーツかも分からない試合を見せられる。さすがに映像美は圧巻だったけど、オレと兄貴は終始キョトンだった。その隣で兄貴に買ってもらったポップコーンとコーラを口にしながら、は一人で楽しんでたんだから、溜息しか出ない。最後までチンプンカンプンだったオレと兄貴の身にもなって欲しい。
なのに映画館を出たあとで、から感想を聞かれた兄貴が「あ~…ハーマイオニーは可愛かったな」と答えた。オレ的には「それ映画の感想じゃねえじゃん」と思ったし、にも「蘭ちゃん、それ感想と違う」とツッコまれてたけど、オレとしては「いや、あの覚えにくい名前を一つ言えただけすげえ…」と尊敬の眼差しで見てしまった。オレの場合、途中で居眠り休憩したとこもあるから、登場人物の名前といったら、主人公のハリーしか分からなかった。
それだけの話に合わせたいっていう兄貴の優しさなんだろうけど、あの我がままな兄貴をあそこまで自分の我がままに付き合わせられるのはしかいないだろう。その逆も然り。あのに付き合える兄貴がすげえ。オレにはぜってー無理。自分の彼女があれじゃ、ソッコーで別れる自信がある。

まあ前置きが長くなったけど、そんなんだからオレがを彼女にしたいとかは思えない。でも何度そう言っても兄貴はしつこく聞いてくるから、そのうち面倒になって「まあ好きだけど」とか「女としては見れねえなー」とか、終いには「そろそろ告っとくか?」なんて、からかい半分で応えるようになった。その度に兄貴の目がつり上がったり、安堵した表情になんのが笑えるからだ。
仮にオレがもしを女として好きだった場合、兄貴はどういう反応をするんだろう。兄として身を引き、可愛い弟のオレにを譲る?ちょっと気になるところではあったが、きっと兄貴の答えはこうだ。

――オマエには渡さねえから。手ぇ出したらぶっ飛ばす。

聞く前から分かってしまうオレは、やっぱり兄貴の弟なんだよなぁ。
まあ、でも。そんな恒例の質問も、今年に入って唐突に終わりを迎えた。兄貴がと晴れて付き合いだしたからだ。それにはオレも心底ホっとはしたけど、付き合いだしてからも、二人の関係性は前とほぼ変わらない。
が我がままを言って、兄貴がそれに優しく応えてやるところも。
最近つくづく思う。他のことでは堪え性のない兄貴が、よくあの我がまま娘と付き合ってられるな、と。

「ねえ、蘭ちゃん。わたし、これ観たい!」
「ん~どれ~?あ~不死鳥の騎士団なー。もう新作やるんだな」
「今度の週末、これ行かない?それとも蘭ちゃん、他に観たい映画ある?」
「いや別にねえし、ハリポタでいいよ。あ~じゃあ、見終わったら近くで飯でも食う?」
「うん、やったー!す~ごく楽しみ!」
「オレもー。ああ、映画の前に買い物も行く?前に欲しい靴があるって言ってたろ。それ買ってやるよ」
「えっ!いいの?蘭ちゃん太っ腹!大好き!」
「バーカ。靴くらいで大げさ」

「…………」

オレの目の前で、仲良くパソコンを見ながらチケット予約をしてる兄貴は、に抱きつかれて終始デレている。カップルというより、可愛いキャバ嬢に貢がされてるアホな客風に聞こえる会話が怖ぇ。
つーか、それはそれで最近のデフォルトだから多少慣れてきたけど、一つ違うのは、前なら三人で映画に行ってたのに、今となっちゃオレは誘ってもらえないってことだ。まあ、誘われてもハリポタなら行かねえけど、"パイレーツ・オブ・カリビアン ワールド・エンド"か、"スパイダーマン3"ならギリ行ってたのに。
そう言えば、あの日ハリポタをいきなり四作目から観る羽目になった兄貴は、相当懲りたようで、また誘われることを想定したのか、あの後に発売されてるハリポタ全シリーズを買い込んで復習までしたのはあっぱれとしか言いようがない。それも全てのためだ。いや、自分のためも半分あるんだろうけど、そこまで努力するエネルギーがあるのはやっぱりが好きだからだろうな、とは思う。
まあ、その思いが報われて良かったな、兄貴。
の気を引くためだけにテキトーな女を引っかけたり、好きでもない女と付き合ったりしてた頃を思えば、今、目の前で"キャッキャうふふ"してる兄貴を見ても、笑って流すくらいはしてやれそう――。

「え…蘭ちゃん…チューはダメだよ…そこに竜ちゃんいるのに…」
「んなの平気だって。竜胆はオブジェと思え。どーせモンハンに夢中でこっちなんか気にしてねえし」
「でも…あ…」

「うがっ………(ブチッ)」

全て「ちゅ…っ」なんてリップ音が聞こえたせいだ。手元が狂って、オレのランスによる渾身の一撃が、ヒプノック(亜種)に交わされてしまった。あげく最強のカウンターを喰らい、オレのキャラは呆気なく昇天した。だから亜種はちょっとのミスでも負けんだって!せっかく、もう少しでクエストが消化できるとこだったのに!と握っていたPSPをぶん投げそうになるのを必死で耐える。コイツに罪はない。耐えろ、竜胆。あのバカップルこそオブジェと思えば耐えられる――。

「あ、蘭ちゃん。口紅ついちゃってる」
「じゃあが拭いて」
「仕方ないなあ…って、またチューする~」
「拭かれる前にしときたいじゃん」

「………(く…っ耐えろ、オレ)」

兄貴との会話は、必殺技コンボのようにオレのHPを削りにくる。っていうか、にデレすぎだろ、兄ちゃん。いつものツンはどうした、ツンは。
最近よく思うこと――。
例の質問をされなくなってホっとはしたし、愛する六本木は今日も平和だ。
でも、これからはこんな光景を常に見せられるのかと思うと、オレの情緒が破壊されるXデーも近いかもしれない。


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