さみしがりやの極妻

最近、わたしの恋人は一日の半分をベッドの中で過ごす。
夜は仕事だと言って出て行ったきり、連絡もない。朝になってやっと帰ってきたかと思えば、即ベッド。
蘭ちゃんは一度寝てしまえば暗くなるまで起きないから、その間中、ずっと放置されてるわたしは、ほんとに恋人と言えるんだろうかと疑問に思う。

「仕方ねえだろ。眠いんだから…」

今日も朝の六時に帰宅した蘭ちゃんは、シャワーを浴びたその足で、早々にベッドへ潜りこむ。お留守番をしてたわたしにはいつもの「お土産~」と言って、高級プリンをくれたけど、これをひとりで食べる身にもなって欲しい。いや、嬉しいけども。やっぱり蘭ちゃんと一緒に食べたい。
でもダメだ。今はプリンよりも、こっちが大事。
今日こそ食べ物で釣られるもんか、と蘭ちゃんが被ってる布団をダイナミックに剥いでやった。どうだ、これで目が覚めたはず。
案の定、寒かったのか、蘭ちゃんはアンモナイトみたいに丸くなってた。何だ、その可愛い寝姿は。

「さみいって、…。今、一月な?」
「もーやだ!梵天ってそんなに忙しいわけ?!夜じゅう、ずっと、わたしに電話も出来ないほど?」
「っせぇなぁ…。忙しいんだよ、マジで…。文句ならアホほど仕事もってくるココに言いなさい」

蘭ちゃんは子供をあやすように言ってわたしを見上げると、剥いでやった布団をぐいっと引っ張ってきた。でも負けない。ここで寝てしまえば最後。蘭ちゃんはたとえ大きな地震がこようとも絶対に起きないんだから。大きな災害が発生した時、もし寝てたら蘭ちゃんは真っ先に死ぬと思う。
蘭ちゃんが引っ張る布団をわたしも引っ張る。一分ほど綱引き合戦みたいな戦いが始まった。何が悲しくて、こんな早朝から恋人と布団争奪戦を繰り広げなきゃいけないんだ。

「もー…、しつこい。愛しい彼氏が疲れてんのにいたわれねえのかよ」
「その愛しい恋人をここ一カ月ほど労わって寝かせてあげてましたけど、何か?」
「………」

その一言で、わたしへ向けられていた蘭ちゃんの視線が左へゆっくりと動く。何とも分かりやすいと思ったけど、今日はそんな可愛いとぼけ方したってダメなんだから。

「最近の蘭ちゃん、家にいても寝てばっかり。蘭ちゃんがいてもいなくても、わたしはずっとひとり。自分ばっかり出かけて、わたしにはひとりで出歩くなって言うし、勝手すぎるよ」
「ハァ…まーたその話ぃ~?だ~から仕事なんだし仕方ねえじゃん…。それにがひとりでフラフラ出かけたら怖い目にあうかもしんねえだろー?」

蘭ちゃんは寝るのを諦めたのか、上半身を起こして溜息を吐いた。
分かってる。蘭ちゃんは世間で言うところの反社ってやつで、悪いこといっぱいしてるのも知ってる。そんなの分かってて好きになったし、蘭ちゃんの恋人ってことで敵対してる人達に、もしわたしが狙われたらって心配して、ひとりじゃ外出させてくれなくなったのも分かってる。仕事で疲れてるから、帰って来たらすぐに寝たいのも、よ~く分かる。
でも、でもだよ。帰ってきた時くらい、少しはわたしをかまってくれてもいいと思う。だってわたしは外出も出来なくて、家でずっと蘭ちゃんを待ってる生活なのに、蘭ちゃんが家にいる時まで朝ご飯も昼ごはんもひとりで食べるのは寂しい。夜だって心細いし、それ以上に暇だから、最近は毎晩のように古い映画から新しい映画まで動画サイトを見漁る始末。ついつい"極妻シリーズ"全制覇しちゃったし。

まあ、梵天はあんな古い渡世の仁義なんて微塵もないくらい極悪非道らしいから、あまり勉強にはならないかもしれないけど、でもわたしなりに蘭ちゃんの極妻になれるよう、着物の着付けだってYouTubeで見て勉強した。まあ…暇だっただけとも言えるけど、「さあ、これでアナタも今日から着物マスター!」なんて言ってたわりに、帯が全然上手くいかなくて二日で和服姿の粋な極妻は断念した。きっと、それもこれも全部ぜーんぶ蘭ちゃんがわたしをかまってくれないせいだから。

今日までため込んだ鬱憤を盛大にぶちまけたら、蘭ちゃんの綺麗な顔が崩れて、まるでアニメキャラがデフォルメされたような顔になったけど、すぐにいつもの皮肉めいた憎たらしい笑みを浮かべる蘭ちゃんに戻ってた。

「へぇ~。そーか、そーか。そんなに寂しい思いをさせてたのか…オレの為に極妻になる勉強するほど?毎度のことながら発想がちょい斜め上で、ほんと可愛いよなァ、は」
「な…何よ…」

蘭ちゃんは完全に覚醒したようで、さっきまで眠いとごねてたクセに、体を起こしてジリジリとわたしに近づいてくる。紫色の綺麗な虹彩が、今は何となく熱っぽくて、獲物を狙う獣のような欲を孕んでる気がした。
ベッドの脇に立っていたわたしを強引に引き寄せたのも、きっとそのせい。

「ら、蘭ちゃん…?」

気づけばベッドに押し倒されていた。蘭ちゃんは狂暴なまでの笑みを浮かべ、唇をペロリと舐めながら、わたしを見下ろしている。これは起こしてはいけない方に、寝た子を起こしてしまったらしい。

「要するに…は欲求不満だと、そう言いたいんだよな?」
「ち、違う!あ、違わないけど…蘭ちゃんが思ってるような欲求とは違うから!」

確かにこの一カ月、蘭ちゃんはわたしに触れることはなかった。帰って来ても寝るだけの生活で、いつも「行ってらっしゃい」と「ただいま」のキスしかしてくれなかった。それもちゅって感じの軽いやつ。※あとはスイーツで餌付け。
だから確かに体も満たされてないのかもしれないけど、でも違う。
今のわたしは肉体よりも、心を癒して欲しいのだ。

「…ひゃ」

突然、蘭ちゃんの手が服の中へ侵入してくるから変な声が出た。焦って見上げれば、神の造形物かと思うような綺麗な顔が、ゆっくりと近づいてくる。ジリジリと熱を多分に含んだ瞳に見つめられたら、わたしの抵抗なんかないに等しい。
それに、わたしの唇をまるごと食べるみたいに口付けられた瞬間、気づいた。
きっと、こんな風にもっとわたしを、求めて欲しかったんだって。


:::


久しぶりに彼女の唇をゆっくりと味わってる気分だった。ここ最近は本当に忙しくて、組織の裏切者をあぶりだすのに奔走しては神経をすり減らし、かなり疲弊してたせいで、とのゆっくりした時間を作ることも出来てなかった。
本当はオレだって家に帰ってきた時くらい、と一緒に飯を食ったり、下らない話で盛り上がったり、たまには外へ連れ出してやったりもしたかった。でもそれが出来ないくらい、睡魔に負けてたのも事実。なら分かってくれるだろうと心のどこかで甘えてたことも、事実だ。
ただ一つハッキリ分かっていたのは、こうしてに一度でも触れてしまえば、オレにとって大事な睡眠を削ってでも抱きたくなってしまうってこと。だからなるべく触れることを避けていたのに、彼女の寂しそうな顔に負けてしまった。こんなに寂しがり屋じゃ、一生は極妻になれねえだろうな。まあ、あんな怖い嫁さんになられても困るんだけど。

「ん…ら、らんちゃ…」

滑らかな肌を、指でなぞるようにしながら愛撫すれば、耳を刺激するの嬌声で自然と体が熱く昂ってくる。こりゃ寝不足決定だな、と頭の隅で思いながら、もう一度の柔らかい唇を優しく塞いだ。

「…のせいで完全に目が覚めたし…責任とれよ?」

は真っ赤になりながらも、「の、望むところよ…」と必死に強がる。
さて、この駄々っ子のような可愛い極妻見習いを、どうやって啼かせてやろうか。



 BACK

メッセージは文字まで、同一IPアドレスからの送信は一日回まで