某ホテルの豪奢な一室。薄暗い室内にダブルベッドの軋む音と喘ぎ声が入り混じる。

「…ふぁ…ぁっあ」

赤い華が咲いた肌を曝け出し、時折のけ反りながら、びくびくと跳ねているのは、男を置き去りにする予定だった女、の方だった。
筋くれ立った指が肌をなぞるだけで、の中の官能を引き出していく。
火照った肌にねっとりと舌を這わされ、また薄い唇で強く吸われるたび、淫らな喘ぎが唇を震わせていく。

「も…もう…やめて…蘭…ちゃ…」
「だーめ。まだまだ足りねえ」

の哀願を無視して、置き去りにされる予定だった男、灰谷蘭はその淡い薄紫色の虹彩に静かな炎を灯らせている。彼女を見下ろす表情は殆ど変わらないが、眉が僅かに動いたのは、彼の中の不満を現わしているようにも見えた。

「…相変わらずここは薄いままだな」

言いながら、蘭は乳房を弄んでいた右手を下腹へ滑らせ、腹を撫でていく。そのまま長い指がの下生えを探った。淡い茂みは二人分の体液が交じり合ったもので、しっとりと濡れている。 ほんの一時間前にもは蘭に抱かれたのだ。いや、正確に言えば犯された、という表現が正しい。
大きなベッドの上で、蘭がへ圧し掛かる。また犯されるのだ、とは身を震わせて、自分を見つめる蘭を見上げた。




他の男と一緒の時に、元カレと再会するほど気まずいものはなく。自分の顏が盛大に引きつっていくのが分かった。
今日は友人に紹介されて知り合った男との五回目のデートだった。
モテるわりに誰とも付き合おうとしないを見かねた友人のお節介とはいえ、都内でイタリアンレストランを数店舗ほど経営しているその男は、外見的にも性格的にも悪くなく、も少しずつ彼に惹かれていった。

十代から二十代前半くらいまでは一気に燃え上がるような恋も経験したが、二十代も後半になれば若い頃の、それこそ心を全て捧げるような熱い恋は疲れてしまう。それよりも、こうしてゆっくりと育む落ち着いた恋愛がしたかった。
本能のまま求めたくなるほどの熱は生まれないものの、は男の誠実さや大人の男としての振る舞いに好感を持ち、もし相手も同じ気持ちなら、きちんと付き合っていきたいと考えて、今夜のデートに挑んでいた。
そんなデートの場で、まさか元カレと遭遇するとは思わない。
過去、それこそ本能のまま求め合うくらいに、自分の全てを捧げた男に。

食事のあと、男に誘われるまま連れて来られた都内にある高級ホテルのラウンジバー。そこのレストルーム前で、は見覚えのあるスラリとした長身の男を見かけた。
彼のトレードマークだった三つ編みスタイルではなく、今はすっきりと短くカットされた髪型には驚かされたが、どれだけ外見が変わろうと一目でそれが誰だか分かってしまう。
細めなのに筋肉質で、まるでモデルかと思うほどにスタイルのいい後ろ姿は、間違いなく二年前に別れたきりの灰谷蘭その人だった。
まずい、と思って踵を翻そうとした時、見栄えのいいスーツを着た蘭が彼女の方へ振り返る。彼は彼女の存在に気づいていたのか、目を合わせたあと、にやりとその美しい唇の端を上げてみせた。

と蘭が付き合っていたのは、まだ十代後半の頃。
彼女の兄、望月が入っていた天竺という暴走族チームの四天王という立場だったのが蘭で、は兄に蘭を紹介されて知り合った。

「え、マジでモッチーの妹?ぜんっぜん似てねー!めっちゃオレのタイプだわ」

会った瞬間、そんな言葉を投げかけられたのがキッカケだった。
互いに一目で惹かれ合い、一気に燃え上がったのは若気の至りもあったかもしれない。しかしそれを差し引いても蘭はの中で忘れられない男だった。
チーム同士の抗争で警察沙汰になり、の兄や蘭が鑑別所に入れられたこともあったが、はひたすら蘭が出てくるのを待っていた。
晴れて放免になった時、もう二度と離れたくないと蘭に言われて、二人が一緒に暮らし始めたのは至極当然だったかもしれない。

なのに、その数年後、二人は別れることになった。理由はよく分からない。ただ蘭から一方的に「別れて」と言われ、の方が振られたということだ。
兄である望月にも「灰谷がそう言うなら別れろ。その方がオマエの為だ」と言われたが、当然、そんな一言では納得できるはずもなく。今でも思い出したくないほど揉めに揉めた自覚はある。
だからこそ、この思いがけない再会はにとって最悪の一言に尽きてしまう。

「久しぶりだな、
「…髪、切ったんだ。お兄ちゃん、そんなこと言ってなかったけど」
「ふはっ二年ぶりに会ったのに、第一声がオレの髪型の話とかウケんだけど。もしかして別れたあともモッチーにオレのこと色々聞いてたわけ?」
「そんなわけないでしょ…蘭ちゃん相変わらずだね」
「何が?」
「そうやって…人をバカにしたような態度をするとこだよ」

それだけ言っては彼のいる席へと戻ろうとした。だがその腕を蘭が掴んで引き寄せる。こういう強引なところも変わらない、と思いながら「何するの」とその手を振り払った。一方的に別れを切り出したのは蘭の方で、こういうことをされる覚えはない。そう訴えるように蘭を睨む。しかし、それくらいで怯む男ではないことも十分知っていた。
蘭は呆れ顔で溜息を吐くと、身を屈めての目線まで顔を近づけてきた。

「オマエと一緒の男。あれどういう奴か分かってんの?」
「…どういうって…何で蘭ちゃんが彼のこと…」
「まあ、オマエらがラウンジ来た時から見てたし」
「……知っててわたしを待ってたわけ」

先ほどラウンジへ入り何杯か酒を飲んだあと、男がを部屋へ誘ってきた。彼とはそろそろきちんと付き合いたいと思っていたは、その誘いを受け、部屋へ上がる前にこのレストルームへ来たのだ。
しかし出て来たら、レストルーム前の通路には蘭がいた。偶然かと思っていたが、今の蘭の言葉を聞く限り、彼女がここへ来たのを知ってて待ってたということになる。

「まあ…忠告してやろうと思ってさ」
「…忠告って…何を」
「あの男はヤクに手を出してるから、サッサと手を切れってことー」
「……は?」

の顔を覗き込む蘭は、意外にも真剣な顔だった。それまで見せていた笑みはなく。その表情だけでも今の話が本当なのだと裏付けている。

「ヤ、ヤクって…まさか…」
「そう、そのまさかー。アイツはウチの常連様だ」
「…そんな」

蘭は今、ある組織に入っている。それはの兄である望月も同じで、その兄から時々は組織の話を聞かされたりもしていた。しかしは兄とは違い、今は普通の会社に勤めているただのOLであり、あまり深くは立ち入らないようにしている。そこを深掘りして聞いてしまえば、自然に蘭の話も耳にしてしまうからだ。

「まあ、残念だったなー?あの男と付き合おうと思ってたんだろ?部屋までとってたみたいだし、アイツ」
「か、関係ないでしょ…!放っておいてよ」
「そういうわけにはいかねえんだわ。アイツ、ここでウチんとこの下っ端からヤクを買うつもりだし」
「…な、何それ…そんなはず…」
「この店に誘われたんだろ?んで、部屋をとったと言われた。違うのかよ」

確かに蘭の言う通り、この店を選んだのは男の方だ。でもそれは向こうもちゃんと付き合うつもりで誘ってくれたんだと思ったからついてきたのだ。なのにデートの合間に薬を買うつもりだと聞かされれば誰だって驚く。

「この店は梵天所有で組織の奴らが取り引きで使う御用達の店だ。そこに連れて来たってことはオマエとのデートは半分カモフラージュも入ってんの。んで、アイツが今夜買おうとしてる薬は…まあいわゆるセックスドラッグってやつ」
「……え、それって…」
「女の子を気持ち良ーくさせるヤクブツなー?あの男、オマエにそれ使う気満々だってこと。多分、今頃はウチの下っ端からヤク買ってると思うけど」

蘭の話を聞きながら、の顏から血の気が引いて行く。きちんと付き合うつもりの女であれば、そんな薬を使うはずがない。いや、そもそもがまともな男じゃなかったらしい。

「まあ、表向きは実業家気取ってっけど、あの男は昔からヤクブツ使って女を抱くのが趣味みたいな男らしいから、だから忠告しに来てやったんだよ」
「…な、何それ…振った女のこと…まだ心配してくれてるんだ」

色んな情報を聞きすぎて少し頭が混乱していた。それが本当だったとして、何故蘭がここにいるのかも分からない。
蘭はの言葉を聞いて、呆れたように溜息を吐いた。

「…ちょっと来いよ」
「は?」

蘭に腕を掴まれ、ぐいぐいと引っ張られるようにしながら着いて行く。蘭はそのままラウンジを出ると、真っすぐ上の階へ上がるエレベーターへと乗り込んだ。まさか店を出るとは思わず、は慌てて引き返そうとしたが、すでに遅かった。二人を乗せたエレベーターは上へ上へと上がっていく。

「戻ってどうすんの。あの男と寝るつもりかよ」
「そ、そんなわけないでしょ!あんな話を聞かされて…ただ黙っていなくなったら――」
「いなくなったら?何だよ。あの男が傷つくとでも?どうせ振られたと思ってすぐ他の女でも呼び出すだろ。ああいう野郎は」

蘭に壁際まで追い詰められ、は悔しさで唇を噛む。こうして向かい合ってしまえば、二年前の二人に戻ったかのような錯覚さえしてしまうのだから嫌になる。

「何よ…わたしのことは放っておいて。あの人とはもう会わないから」
「ハァ?んなの当たり前だろ。もし会ったらオレがアイツ殺すから」
「……何言ってるの?」

不機嫌丸出しで見下してくる蘭を見上げて、は喉の奥がきゅっと痛くなった。昔のように強い眼差しで見つめられると、一気に気持ちが引き戻されてしまう。

「蘭ちゃんとわたしはもう関係ない他人じゃない。それとも仲間の妹だから心配してくれたわけ」
「あーそーかもなァ。ってかオマエ、もう少し男を選べよ」
「どんな男でも蘭ちゃんよりマシだよ」
「あ?オマエに薬盛ろうとしてた男でもかよ」
「……ちゃんとした理由も言わずに一方的に振る男よりはそうかもね。別にセックスドラッグなら気持ち良くなるだけって話でしょ」

売り言葉に買い言葉、本気でそう言ったわけじゃなかった。しかしそれは蘭の何かを刺激したらしい。
エレベーターが止まった瞬間、再び腕を掴まれ、半ば引きずられるようにしてホテルの部屋へ連れ込まれてしまった。

「な、何…」
「大したことねえってんなら試してみるー?」
「…え?」
「セックスドラッグってやつ」
「な…」

ニヤリと意味ありげに微笑む蘭を見上げながら、は言葉を失った。





「ど、どうしよう…」

バスルームでシャワーを浴びながら、は急展開のこの状況に、さっき以上に混乱してきた。多少アルコールも入っている頭ではパっといい案が浮かばない。
先ほど蘭に試してみるか、と言われたことで、一瞬は怯んだものの、ついあの流れで「受けて立つわよ」と返してしまった。
何で元カレとそんな違法ドラッグを使用してエッチをしなければいけないんだと、冷静になった今は思うのだが、新しく恋を始めようと思っていた男はただのクソ野郎だと聞かされ、しかも忠告をしてきたのがあんな別れ方をした元カレ。それだけでも十分驚く状況だというのに、今は更に話がこじれている。
とりあえずシャワーを浴びたい、とバスルームに逃げてきたまでは良かったが、当然「やっぱり帰る」と言ったところで、あの蘭を振り切れる気がしない。
かといって別れた相手に今更抱かれるのも少し違う。しかもセックスドラッグなんて飲むのはも正直怖かった。
どうにか回避できる方法はないか、と模索して、ふと兄に頼ろうかとも思ったのだが、蘭と兄は旧知の仲で、どこまで頼りになるのかも分からない。

「こ、こうなったら…蘭ちゃんがシャワー浴びてる間に逃げるしかない…かも」

付き合ってた頃、蘭は必ずを抱く前にシャワーを浴びていたことを思い出し、ふと思いつく。
このあと、蘭も絶対にシャワーを浴びるはず。その隙に部屋を出て帰ってしまえば問題ない。そもそも別れてるのだから、そのあとに蘭が連絡してくるとも思えなかった。

「そうだ、そうしよう…」

打開策を思いつき、少しは気分も落ち着いてきたは、軽く汗を流すだけでバスルームを出た。まずは油断させるために服を身に着けるのはやめてバスローブ姿で部屋へと戻る。
がシャワーを浴びている間、蘭はシャンパンを注文したらしい。スーツのジャケットを脱いで、枕を背にベッドの上で寛いでいた。

「どこの王さまよ…蘭ちゃんって相変わらず蘭ちゃんなんだから…」
も飲むー?」

寝室を覗いたに気づいた蘭が、グラスを持ち上げて微笑む。一瞬いらない、と言いそうになったが、ここは油断を誘う為に「飲む」と答えた。
「こっちに来いよ」と言われ、仕方なくベッドの上に上がると、蘭はグラスへシャンパンを注ぎ、それをへ差し出した。
そう言えば昔、誕生日にもこんなホテルで同じようにしながら祝ってくれたこともあったっけ、とグラスを受けとりながら思い出す。あの頃の自分が、蘭に夢中だったことまでハッキリと。
なのに、その想いを踏みにじられた。

「美味しい?」

隣にいる蘭が小首を傾げての顔を覗き込む。髪型は違えど、蘭の端正な顔立ちは今も健在で、優しい眼差しを向けられると昔のようにドキドキしてしまうのが嫌だった。

「…美味しいよ、もちろん」

と言ったところでハッとした。手の中にあるグラスをジっと見つめてしまったのは、すでに薬が盛られてないか疑ったからだ。
の様子に気づいたのか、蘭は「心配すんな」と苦笑交じりで言った。

「んな無粋なもん入れてねえよ。いいシャンパンなのに味が変わるの嫌じゃん」
「…そりゃ、そうだけど…」
「それとも入れて欲しかった?」
「ちょ…」

ぐいっと肩を抱き寄せられ、ギョっとしてしまう。くっついた瞬間、蘭の愛用している香水の香りが、過去の二人を思い出させる。

「そ、それより蘭ちゃんもシャワー浴びたら…?」

ぐいっと体を放して、嘘くさい笑みまで見せたくらいに彼女も頑張った。どうしてもバスルームへ行ってもらわないと困るからだ。
なのに彼女の思惑とは違うことが起きた。

「…ひゃ」

手にしていたグラスを奪われ、それをサイドテーブルに置く蘭をぼけっと見ていたら、唐突にぐるんと視界が動く。気づけば蘭を見上げる格好になっている状態になったことでは唖然とした。

さぁ、オレがシャワー浴びてる間に帰ろうとしてんだろ」
「…っま、まさか――」
「嘘つけ。分かりやすいんだよ、オマエ」
「ら、蘭ちゃん…?」
「――くの…久しぶりだから覚悟しとけ」
「え…?」

思惑が外れ、思った以上に慌てていたは、蘭の言葉がよく聞き取れなかった。そして考える余裕もなくなったのは、蘭にいきなり唇を塞がれたからだ。

「ん…ま、待っ…んんっ」

必死に暴れたものの、両手を一つにまとめて頭上へ固定される。当然力では敵わない。結果、強引にバスローブを脱がされ、蘭の好きなように犯される羽目になった。






「も、だめ…蘭ちゃ…ん」

まだまだ足りない、と切羽詰まった顔で囁かれたあと、も半分は諦めの気持ちで身を委ねそうになったものの、やはり強引な仕打ちと、こんなことは良くないという思いが過ぎる。
そもそもを振ったのは蘭の方なのだ。なのに二年ぶりに姿を見せたと思えば、無理やりに体を暴いてくる。いくら昔付き合っていたとしても、これは違うだろうと思った。なのに本気で拒否できないのは、未だに燻った火種が燃え尽きずに残っているせいだ。

「…んっ」

蘭がの胸に顔を埋め、甘えるように頬ずりしてから右側の乳首を口へ含んだ。それだけでの唇から声が洩れる。
散々貪られた体も未だ火種を残していて、少しの刺激すら快感へと変換されてしまう。
淫行の名残りに濡れた乳首から下腹にかけて、甘い疼きが走る。それは臍の下を通過し、の女の部分へ流れ落ちた。

のここ甘くて美味しい」

ちゅうっと音を立てて乳首を吸われ、反対側の尖りは指の腹で優しく捏ねられると、濡れた場所がひくりと痙攣するのが分かる。

「ん、や…ぁ」

自分の淫らさが恥ずかしく、肩に力を入れた瞬間、新たに愛液が溢れるのが分かった。

「イヤって言うわりにまーた濡れてきたじゃん」
「…ひゃぅ」

下腹を撫でていた蘭の手が股の間へ入り込み、濡れた場所へ触れる刺激で、腰が僅かに跳ねてしまった。

「ここも膨らんで硬くなってる…ここを弄るとナカも更にトロトロになるし」
「…ぁあ…っ」

クリトリスを捏ねられながら膣口を指でじゅぷじゅぷと犯され、の息が激しく、荒くなる。

「…だ、め…やぁ…っん」」
「気持ちいい?」
「…やめ…そこ…やぁっ」

ナカとクリトリスを同時に弄られ、一気に何かが弾け飛ぶ。余韻を残す場所に刺激が強すぎたようで、はそのまま連続でイカされてしまった。剥き出しにされたクリトリスは性感の極みに硬さを増し、いつも以上に感じやすくなっている。
絶頂の最中でも蘭はを放してくれない。イっている最中のナカから指を引き抜き、自身の亀頭を押しあてた。

「オレから逃げられると思ってんの」
「…ふ、ぁ…?」
「他の男と付き合うとか…マジでないから」
「…んぅ、あ…待っ…」

気怠さで動けない体を反転させられ、いわゆる寝バックという体勢にさせられた。そのまま絶頂による震えが止まらない媚肉のナカへ太くて硬い生身が押し入ってくる。時間をかけて蕩かされた場所は、の意志とは別に焦れていたらしい。

「…ああ…っん」

にゅる、ぐちゅん、と後ろから根元まで埋め込まれた瞬間、チカチカと視界が弾け飛び、達したばかりの場所が再び快楽を享受したように収縮する。ポルチオ付近を先端で刺激されるたび、快楽の波は何度でもを飲み込んでいく。

「簡単にイキすぎ。これじゃオマエにドラッグなんていらねえな…」
「んんっ…そ、そこばかり…や、や…ンっ」
「んー?奥、とんとんされんの気持ちいいなぁ?相変わらずかわいー…」
「…んあ…っ…ぁあ…っ」
「でも……こういう姿見せんのは…オレだけにしとけよ」

不意に蘭が呟き、小さく息を呑む。何故こんな時にそんな言葉を吐けるのかが分からない。

「…んぁ…な、なん…で…」
「んー?何でって?」

ぱん、ぱん、と激しく腰を打ち付けながら、蘭はの背中に覆いかぶさるようにして、彼女の耳殻へちゅっとキスを落とした。それは付き合っていた頃、蘭が行為の最中、いつもしてくれたものだ。
キスのあと、蘭は必ず耳元で――。

「…オマエが好きだ」
「…ぁっ」
「って、言っても…今更信じてもらえねえか…」

最後は自虐的に呟くのを、意識が朦朧とする中、聞いていた。

「今は気持ち良くなっとけ」

あとで説明すっから――。
そう耳元で囁いた蘭は、それまで以上に激しく腰を打ちつけ、を何度も攻め立てた。





『で、どうなったんだ、あの男は!』

電話の向こうでイライラしたように怒鳴る望月に、蘭は苦笑交じりでスマホを耳から離した。

「アイツは今頃、オレの部下が工場に運んでるし問題ねえよ。も危機一髪、無事だった」
『そ…そうか…良かった…』

蘭の言葉に望月はホっとしたのか、盛大に安堵の息を漏らしている。あんなゴツイ顔をしていても、たった一人の妹は大事らしい。
そもそも今回の件もがデートをしているという男を望月が調べ始めたのがキッカケだった。ああ見えて極度の妹バカなのは昔からで、に近づく男は全て調査しないと気が済まないタチだった。蘭も過去、と付き合う前は、望月を説得するのに、かなりの時間を要したことを思い出す。
しかし望月のその妹バカのおかげでをドラッグ野郎から守ることが出来たのだから、蘭もそこは認めざるを得ない。

『で、はどうした?』
「んー?今、オレの隣で眠ってる。可愛い寝顔は変わってねえわ」
『……は?まさかテメエ、早速に手を出したんじゃ――』
「モッチーがオレに相談したんだろ?が危ない男に狙われてるって。そんなの聞かされたオレが黙って男だけ排除して帰るとでも思ったのかよ」
「ハァ?ふざけんな、蘭!せっかくオマエを忘れられそうだったんだぞ、はっ」
「だーから、忘れられちゃ困るからオレが来たんだろ」

蘭からすれば至極当然のことであり、そこはの兄と言えど譲れない。

「つーか、もう禊は済んだし、いいだろ、いい加減ヨリ戻しても」
「…禊って…何のこと…?」
「…っ!」

不意に隣から声がして、蘭は息を呑んだ。望月にもそれが伝わったのか、何かを察したらしい。きちんと話をしろ、とだけ言って電話を切ったようだった。

「…気が付いた?オマエ、相変わらずイくとすぐ寝ちゃうよなァ?かわい」
「な…ご、誤魔化さないでよ」

に覆いかぶさり、優しく頭を撫でる蘭に思わず文句を言えば、彼はなんとも形容できない表情で微笑んだ。

「悪かったよ…強引なことして。でも久しぶりにの顔見たら止めらんなかったわ」
「…蘭ちゃん…応えて。さっきの電話…お兄ちゃんでしょ?禊って何?ヨリ戻すって――」

と言いかけたその唇を、蘭にちゅっと啄まれ、は薄っすら頬を赤くした。

「さっきまでもっと凄いことしてたのに、ちゅうだけで赤くなるとか可愛すぎ」
「も、もう…!また誤魔化す気でしょ」

ぎゅうっと抱きしめられ、は蘭の背中を軽く殴った。さっきの行為のことも文句を言いたいことは山ほどあれど、今は蘭がどういうつもりなのかを教えて欲しかった。
蘭は軽く息を吐き、ゆっくり体を放す。そして「ごめん」と一言謝った。

「あの時…オマエに別れてって言ったのは…本心じゃなかった」
「…え?」
「ただ、オレと一緒にいたらまで捕まってたっつー話」
「つ、捕まってたって…何で…」
「まあ…梵天絡みであの頃、オレも含めた幹部全員が警察の上層部に目ぇ付けられてて…監視されてたんだよ」

そこでほとぼりが冷めるまで、全員が恋人や親しくしていた人間と縁切りをした、と蘭は言った。事情を話さなかったのも「敵を騙すには先ず味方から」という梵天のボスの言葉があったからだという。それくらい徹底しなければ嘘だと見抜かれ、幹部を落とすのに周りから逮捕されてたはずだと蘭は言った。

「モッチーもあの頃、オマエと連絡を絶ってただろ。そういう事情だったわけ。いくらオマエが梵天のことを知らないと言ったところで、信じてもらえねえだろうし」

そう言われてみれば、蘭と別れた直後から、兄からの連絡も途絶えたことを思い出す。てっきり蘭のことでアレコレ聞かれたくないからだと思っていた。
でも一年くらい前からは電話も繋がるようになったのだ。

「警察の上層部を取り込むのに一年かかった。んで…もう問題もなくなったからオレとしてはに事情を話してやり直したいって思ってたんだけど…」
「…だけど?」
「今度はモッチーの奴が、はもうオレのことは吹っ切った臭いから、わざわざ傷口広げるような真似すんな、とか言ってきやがってさー。そのくせが最近デートしてる男がヤバい奴だったって相談してきたから、今日は無理やりオレが行くっつってを助けに来たんだよ」
「…な、何それ…じゃあ…あの頃色々わたしに言ったことは全部…」
「うん、嘘。ごめん」
「…なっ」

そこは潔く謝った蘭を見て、は絶句してしまった。
いきなり蘭に別れを告げられ、どれほど傷ついたかしれない。
なのに、組織の事情だったなんて――。

「…痛っ」

色んな思いが駆け巡り、とりあえず感情のままビンタをしておけば、蘭は「殴ることねえだろ」と頬を擦っている。でもその痛みの何十倍も痛みを抱えて生きて来たにしてみれば、これくらいは当然だ。
失恋することも恋のうちだなんて言うけれど、そんな簡単な痛みじゃなかったと、は思う。最初からで出会わなければ良かったとか、好きにならなければ良かったと思うほど、蘭のいない毎日は辛く、長く痛みを伴う苦しみであり、悲しみの日々だった。
その最悪な思いを今すぐ何もなかったことには出来ない。だけど、そうは思うのに、どうしても蘭の傍にいる理由を探してしまってる。その時点で答えは出ていた。

「なあ…オレが悪かったって…オレもずっときつかったんだよ、これでも」

ポロポロと涙をこぼすを抱き寄せ、蘭は肩越しに呟いた。そのらしくない声を聞けば、それが本心だと分かってしまう。それくらい、二人は長い時間を共に過ごして来た。

「なあ…どうしたら許してくれる…?」

の首筋に顔を埋め、蘭が甘えるように囁く。その体をもぎゅっと抱きしめた。
ずっとこの温もりに飢えていたのを思い出したから。

「…なら…今度は優しく抱いて欲しい…」

今度はが甘えるように蘭の胸元へ顔を押し付ける。さっきの乱暴なセックスで終わりたくはなかった。

「そんなのでいいわけ」
「…だって…」
「まあ…オレもあの男のせいでイラついてたし、久しぶりってのもあったからちょっと強引だったかなとは思うけど」
「…ちょっとじゃないもん」
「でも、地味に感じてたくせに」
「…そ…れは…だって…蘭ちゃんえっちだし…」
「仕方ねえだろ。オマエと別れてから女抱いてなかったんだから」
「…え、嘘…」
「嘘じゃねえよ。つーかオマエ、まさか他の男とヤってねえだろうな?」
「あ、当たり前でしょ!今日、やっと新しい恋をしてみようかって思ったとこだったんだから」
「ってか、それやっぱムカつくから優しくは出来ねえな」
「ひゃ」

言い合いのあと、いきなり押し倒され、は慌てて蘭を押し戻そうと両手を突っぱねるも、またそれを絡みとられてしまった。

「とりあえず、激しいのする前に仲直りのちゅうさせて」

そう言いながら顔を近づけてくる蘭から、思い切り顔を背けた。

「何でそっぽむくわけ。また焦らす気かよ」

キスを拒まれたことで蘭がむっとすると、も僅かに潤んだ瞳をぐっと細めた。

「まだ誓ってもらってない」
「…何を」
「もう…別れるって言わない?」

小首を傾げる蘭を、はジっと見上げた。

「言うわけねえだろ。あの時だって半ば強制的に言わされたようなもんだし――」
「また別れようなんて言ったら、次は殺すから」
「……こわ」

の可愛い殺害予告に思わず笑う蘭に、も小さく吹き出す。
互いの鼻先が触れるほどの距離で見つめた蘭の瞳は、昔と変わらず美しい。
そのまま唇が触れあい、吐息ごと奪われる。
蘭を拒みきれなかった自分に呆れながらも、この温もりを手放す気になれないその理由は、昔から変わらない。
灰谷蘭を愛している。
見栄も、意地も、プライドも。
全てを取り払ってしまえば、答えはとてもシンプルだった。



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