※匂わせ性表現あり。
何よりその瞳が俺を狂わせる―――。
「春千代、愛してる…。その瞳も、唇も、その傷でさえ綺麗だわ」
絡みついて来る細い腕に引き寄せられ、唇が重なる。
だけど俺の中で急激に女への熱が冷めていく。
さっきまで火照っていた身体も、一気に体温を失ったかのようだ。
(この瞳が、唇が、傷が、綺麗―――?)
バカ言ってんじゃねえ。誰がテメェに触れさせるか。
「…帰れよ」
女の身体から離れてシャツを羽織る俺に、女はたっぷり間を空けた後で「は?」という一言を口にした。
散々甘ったるい言葉を吐いてた口と同じものとは思えねえほど、冷めた「は?」だった。
そこに気づいた時、笑いがこみ上げて、俺はその感情のままに笑ったかもしれない。
「何笑ってるのよ!どうしたの?急に」
「別に。オマエに萎えただけ」
「な…何よ、それ!私をずっと欲しがってたクセに!―――きゃっ」
女の腕を引っ張ってドアまで引きずって行くと離せだ何だと喚き散らして、どうにも耳障りだった。
廊下に放り出すと「何すんのよ!」とまだ叫んでいたが、女の服や下着を放ってやると慌てた様子でそれをかき集めている。
女は素っ裸だった自分の姿に気づいていなかった。
「あんた、やっぱり最低な男ね!」
「あ?最低がどーしたよ。たやすく口に出来る乾いた愛なんていらねーんだよ」
サッサと出てけ、と怒鳴ると女はかき集めた服を無造作に着込んで暗い廊下を歩いて行った。
最後はご丁寧に俺の方へ唾を吐くのを忘れない。
「チッ。きたねぇ…。―――おい、誰か」
と人を呼ぼうとした時、コツ…っとヒールの音がしてハッと後ろを振り返った。
「…」
そこに酷く冷めた瞳で俺を見ている女が立っていた。
長い髪をきっちり頭の後ろでまとめ、白のシャツに黒いタイトスカート。
そして彼女の形のいい足に似合う、高いヒール。
全てにおいて、冷めたい印象をまとった女だ。
「また女性を連れ込んだんですか?前にも言いましたけど、アジトに連れ込むのはやめて下さい。ホテルにでも行けばいいでしょう」
「…マイキーにチクんのかよ」
「別にそんな事をいちいち彼に報告なんてしません」
は素っ気なく言い捨てると、さっきの女が吐いた唾を自分のハンカチで拭きとった。
「げ…汚ねぇだろ…それ」
「かまいません。捨てますので」
相変らず表情すら変えず、は俺を冷めた目で見ると、そのまま廊下を歩いて行く。
彼女の背中が全てにおいて俺を拒んでいるように見えた。
「チッ…」
胸くそ悪い夜になったと舌打ちが出る。
今回はたまたまアジトの近くのバーで最近口説きだした女と飲んでいた。
いつもはのらりくらりと俺の誘いを断っていた女が、今夜は珍しくノって来たのが、そもそも間違いだったのかもしれない。
この機会を逃す手はないと、ホテルよりも近くにあるアジトの俺の部屋へ連れ込んでしまったのだ。
と言っても他のメンバーだってそれなりに同じようなことをやっている。
ただ俺の場合、マイキーの部屋と近いこともあり、以前もに見つかった時に嫌味を言われた。
"女性の声がこちらにまで響いてうるさいです"
表情を変えることなくシレっとした顔で言われた時は、さすがに俺も驚いた。
普通の女なら多少恥じらいがありそうなものだが、の場合それすら分かりにくい。
いつも能面みたいに表情を変えないせいだ。
はマイキーが連れて来た。
どこで知り合ったのかは未だ聞けていない。
彼女が来たのは関東卍會を結成したことで、チームが想像以上にデカくなりはじめた頃だったと思う。
「これからは色んな雑務をにやってもらう」
マイキーはそう説明して彼女を俺達に紹介した。
を見た時、幹部の奴らは浮足立ったし、俺も少し胸がざわついた。
表情はともかく、はこれまで俺が出会った中でもとびきりの美人だったからだ。
それが余計に冷たい印象を与えるのかもしれない。
彼女がチームに合流してからというもの、確かに余計な雑務をしなくて良くなったことで、俺達の負担は確実に減った。
必要な情報をまとめる細かい作業や、ココが稼いできたチームの資金などを運用するのもがやる。
ついでに気分屋で我がままなマイキーの相手も全て彼女がしていた。
「、マイキーとデキてんじゃねえの」
以前、東卍に下った灰谷蘭がそんな事を言っていたが、そこら辺は俺にも分からなかった。
ただが傍にいればマイキーは以前のような無茶は言わなくなったし、不安定だった心も落ち着いてるように見える。
だから余計に二人はデキてると勘ぐるヤツも増えた。
マイキーの女だとしたら手を出すわけにもいかねえ。チームの奴らは早々にから手を引いた。
そう、マイキーに忠誠を誓っている俺も然り。
だけど、生意気で笑いもしない可愛げのない女なのに、何故か気になってしまう。
彼女の酷く冷めた瞳が、俺の脳裏に焼き付いて離れない。
あの顔を、表情を、崩してしまいたいという欲が、心のどこかで燻っているせいだ。
そんなよく分からない欲求が強くなっていくのに、手は出せないから更にそれは募っていく。
俺はそれを他の女に求めた。で、結果がさっきのあれだ。
「何やってんだ、俺」
顏とスタイルだけが取り柄のどうでもいい女を口説き落としたところで途中で萎える。
あげくそれをに見られるなんて最悪もいいところだ。
「バカみてぇ」
部屋に戻り、ベッドへ寝転がるとそんな言葉が零れ落ちる。
その時、ノックの音がして俺はベッドに寝転がったまま「誰だよ」と声をかけた。
この部屋に来るのは資金調達の相談や報告をしに来る九井くらいだ。
だけど次の瞬間、聞こえて来たのは「です」という彼女の声。
俺はベッドから飛び起きて、そのままドアの方へ駆け寄った。
(…俺は何をこんなに焦ってんだ?)
自分で自分に失笑が出る。
たかが女ひとり、部屋に来たくらいで、やけに心臓がうるさい。
俺はドアの前に立つと、小さく深呼吸をしてから、ゆっくりとドアを開けた。
「何だよ…まだ文句でも―――」
「いえ。廊下にこれが」
が差し出したのは、女物のネックレスだった。
「あ?俺んじゃねーけど」
「そんなの分かっています」
真顔で言い返され、何故か俺は顔が熱くなった。
とてつもなく間抜けたことを真面目に言った気がしたからだ。
「多分、先ほど春千代さんが追い返した女性が落としたんでしょう。返しておいて下さい」
「…は?何で俺が」
「彼女は春千代さんのセフレでは?なら会う機会もあるでしょう。その時にでも―――」
「ちょ、ちょっと待て。俺はもうあの女と会う気もねーし、それにヤってもねーからセフレじゃねえ」
の口からまさかセフレなんて言葉が出て来るとは思わず、変に動揺した俺は言い訳めいたことを言ってしまった。
彼女は一瞬黙ったが「そう、ですか…」とだけ呟いた。
「それなら、これは私が処分しても?」
「え?ああ…別にいーけど」
「ではそのように―――」
と言って出て行こうとしたの腕を、俺はつい掴んでしまった。
訝しげに振り返ったは、少しだけ驚いたような顔をしている気がする。
初めて見た、表情の変化だったかもしれない。
「…何ですか?」
「オマエ、今何か仕事でもしてんのか?」
「いえ。もう全て終えたので部屋に戻って寝るだけですけど」
「……それは一人で?」
「私が誰と寝ると言うんですか?」
「……それは、」
逆に質問されて戸惑った。
ここはマイキーとの関係を聞いてみるべきか否か。
「あの、手を離して下さい」
「もう寝るだけなら少し付き合え」
「え、ちょっと…」
問答は苦手だ。いちいち次の言葉を考えるのも。
俺は強引にを部屋の中へ引き入れると、設置してある冷蔵庫からZIMAを出して一本を彼女へ渡した。
「お酒に付き合えと?」
「寝るだけならいーだろ、別に。それともマイキーに怒られるのか?俺と飲んだら」
「マイキー?彼がそんなことで怒るとは思えませんけど」
はそう言いながらも酒をそのまま口にした。
「美味しいです。これって先日潰したクラブから持ち帰ったものですか?」
「まーな。適当に酒持ってきたから何でもある。別のがいいなら勝手に飲めよ」
「いえ、これが好きです」
「…へえ。にも好きなものがあんのか」
「…どういう意味ですか?」
「オマエは何にも興味なさそうだからな」
何て言ってみたところで俺だってのことなど何ひとつ分かっちゃいない。
分からないから、気になる。
「そうですか?興味ありますけど」
「あ?何にだよ」
「例えば…春千代さんはどうして私をお酒の相手に選んだのか、とかです」
「…どうしてって…」
「先ほどの女性の代わりにしようとしてます?」
「は?んなわけ…」
と言いかけた時、自然と身体が動いて彼女の腕を引き寄せていた。
「…逃げねえの?」
壁に押し付ける形で逃げ道を塞いでるクセに、そんな質問を投げかける。
はこんな状況でも顔色ひとつ変えない。そう思ってた。
なのに間接照明だけの室内でも分かるくらいに頬がほんのり赤くなっている。
彼女は色白だから、余計に目立ってしまうのかもしれない。
「…逃げていいなら逃げますけど」
ポツリと言って俺を見上げるの瞳は、相変わらず冷めている。
なのにいつもと違うのは、冷え切ったように見える瞳には淡い色が見え隠れしていた。
この俺を射抜くような瞳から視線が逸らせない。
いつも、ただ黙って俺を見る彼女の瞳から、視線から、逃げられなかったのは俺の方だ。
の顎を指で持ち上げ、唇を近づける。それでもは逃げる素振りさえ見せない。
俺の中で燻っていた情欲に、火をつけられた気がした。
奪うように口づければ、僅かに彼女の体が跳ねる。
逃がさないよう、更に壁に押し付けながら何度も角度を変えて啄むように口付ける。
そのまま首筋へも唇を滑らし、白く細い滑らかな曲線に吸い付いた。
「…ぁっ」
が初めて声を上げた。
小さく控え目ながら、俺の耳を刺激する艶が含まれている。
耳たぶを舌先で軽く舐めるだけで、その細い身体が震えた。
たまらなくなり、シャツのボタンを乱暴に外していくと、透明感のある肌が露わになる。
そこへも口付け舌を這わせながら、太ももを撫で上げてスカートをたくし上げた。
心地よく俺の手に吸い付くの肌に、のめり込んでいく。
ブラジャーのホックを外すことすらもどかしく、力任せに押し上げれば形のいい膨らみが俺の目を楽しませた。
すでに主張している尖りを舐め上げるたび、くぐもったの甘い声が静かな室内に響く。
「春千代…さん…」
硬くなっている尖りを弄んでいると、吐息交じりの声で名を呼ばれた。
ふと視線を上げた時、俺を見下ろしていたと視線が絡み合う。
彼女のその瞳を見て、ドクンと胸の奥が音を立てた。
これまで抱いて来た女の欲を孕んだものでもなく、かといって媚びるでも縋るでもない。
ただいつもと同じ冷めているようでいて、やわらかい少し寂しげな視線に、俺の中から抑えきれない愛欲が溢れ出す。
その衝動に突き動かされるように強引に唇を塞ぎ、太ももを撫でていた手を下着の中へ滑り込ませる。
の膝を割り、脚を開かせると、指先を彼女の最も深い場所に突き立てた。
「んん…っ」
初めての口からはっきりとした嬌声が漏れ、更に俺の熱を上げていく。
その時、ゴトッという音がして彼女の手から先ほど渡した酒の瓶が落ちたようだった。
まだ律儀に持っていたのか、と驚いた時、
「す…すみません…」
僅かに唇を離しては何故か謝罪の言葉を口にした。
「何…謝ってんだよ」
「床が…汚れてしまったので…ぁっ」
指の抽送を繰り返したままだからか、話しながらもの声が快楽で小さく跳ねる。
俺は首筋から耳までキスを落としながら「…気にすんな」とだけ応えた。
彼女は俺が極度の潔癖症だと言うのを知っているから、それが気になるのかもしれない。
普段なら発狂するところだが、今の俺はこっちの方が大事だった。
余計なことに彼女の意識を持って行かれたくはない。
「も…我慢できねえ…」
どんどん萎えていった先ほどの行為とは違い、今は次から次に溢れて来る欲情。
まるで真逆だった。
早く彼女の中に入りたい。めちゃくちゃにしての表情を崩したい。
男の欲で、今の俺は埋め尽くされていた。
なのに、頭を過ぎるのは絶対的な―――王の顏だ。
「…」
「…何です、か…」
「一つ聞いていいか…?」
指を引き抜き、彼女の腰を抱き寄せると、はそのかすかに潤みを帯びて来た瞳を俺に向けた。
「オマエは…マイキーの女か…?」
その問いに、彼女は僅かに目を細めた気がした。
俺にとってマイキーは俺の世界の絶対的な存在で、そのマイキーを裏切るという選択肢は、ない。それが例え女ひとりのことであろうと。
なのにが欲しいという欲は溢れるばかりで、このこみ上げて来る感情は何なんだろう。
「答えろよ、…」
俺の問いに、はしばらく無言でいたが、表情のない彼女からは何も読み取れない。
でもそろそろ俺が焦れてきた頃、彼女がふと笑みを見せた。
それは俺が初めて見る彼女の笑顔で、思わず息を呑む。
―――彼女は言った。
綺麗な嘘がいいですか、醜い真実がいいですか
葬送ムーンシャイン
皆様に楽しんでいただければ幸いです。
日々の感謝を込めて…【Nelo Angelo...Owner by.HANAZO】