-02-転校生と春千夜くん




その子はオレが小学校一年になって半年が過ぎた頃、突然現れた。

「えー今日はみんなに転校生を紹介する」

担任の先生に促されて一歩、前に出て来たのは、黒髪を肩まで伸ばした小柄な女の子。大きな瞳を伏せがちにしながら、どこか緊張している様子の彼女は「は、初めまして。です」と、小さな声で自己紹介をした。一番後ろの席に座っていたオレにはよく聞こえないくらいの声量だったから、名前は聞き取れなかったけど、その転校生が座るのはオレの隣の席だろうと確信していた。クラスの生徒数が奇数で、ちょうどオレの隣が空席だったからだ。

「あーじゃあの席はあそこな。一番後ろの…おい、春千夜!オマエの隣だからちゃんと面倒みてやれよ」
「はーい」

やっぱり隣だったと思いながら適当に返事をしておく。彼女はおずおずとした様子で歩いて来ると、隣の席へ座ってふとオレの方を見た。さっきは俯き加減で見えなかった顔がハッキリ見えて、少しだけドキっとした。目なんか殆ど黒目かってくらい大きくて、人形かと思うほどに色白だ。

「あ、あの…よろしく」
「…よろしく」

彼女の緊張が伝わって来てオレまで緊張してしまった。人見知りではない方だけど、自分の名前を言うことも出来ず、すぐに前を向く。でもやっぱり気になって、チラっと視線を向けると、彼女は落ち着かない様子で姿勢を正して椅子に座っている。他のクラスのヤツも気になるのか、みんなが彼女のことをチラチラ見てるからかもしれない。たった一人。転校生が来ただけで、昨日までのクラスとは雰囲気まで変わった気がした。
でも結局、その日は彼女とそれ以降、言葉を交わすでもなく、淡々と時間は過ぎて行った。一度話しそびれると、それ以降もそんな状態が続く。次の日も、またその次の日も彼女と話すことはなかった。

オレがその転校生と言葉を交わしたのは、それから一ヶ月も経った頃だった。転校してきて一ヶ月も経つっていうのに、人見知りらしい彼女は友達らしい友達も出来ず、いつも休み時間は教室に一人でいた。そういう空気が伝わるのか、クラスの女子も何となく話しかけにくそうだった。最初のうちは話しかけたいような素振りをしていた奴らも、今はそんなこともなくなって。気づけば彼女が転校して来る前と同じような空気に戻っていた。みんなオレと同じで、最初のキッカケを失った状態だったかもしれない。オレはオレでわざわざ話しかける用もないから、相変わらずただ隣にいるだけ。

でもある日、一時間目の授業が始まろうという時、隣で彼女が鞄の中を漁り始めた音がして、ふと視線を向けた。彼女はどこか慌てた様子で鞄の中のものを全部、机に出している。でも目当てのものがないのか、何となく泣きそうな顔で俯いている。どうしたのかと思っていたけど、そのうち気づいた。彼女の荷物の中にペンケースがなかったからだ。そこに気づいた時、オレは自然と自分のペンケースの中から、授業で使いそうなシャーペンと消しゴムを彼女の机に置いた。

「え…?」
「使えよ。忘れたんだろ?」
「で、でも…」
「ああ、オレ、いくつかペンも消しゴムも持ってるから大丈夫」
「………」

この時、彼女が初めて笑顔を見せてくれた。泣きそうだった顔がパっと明るくなって、何となくホっとした時、彼女が言った。

「ありがとう、春千夜くん」

ビックリした。最初に会った時、名乗らなかったのに、彼女がオレの名前を知ってることに。そして――彼女はふわりと笑った。
その笑顔を見た時、まるで天使みたいだって思った。
それ以来、この時のことがキッカケで、オレと彼女は言葉を交わすようになった。