-09-何処までも曖昧に続いてゆくメランコリック




さっきからずっと横顔に嫌な視線が突き刺さっている。いや、一つは何ていうか熱い視線だけど。その視線はオレが誰と話してても延々と離れることはなく。ついでに他からの刺すような視線にも耐えられなくなってきた。そもそもその原因がオレの隣にいる――。

「…おい、
「なに?春千夜」

オレが声をかけただけでは嬉しそうな顔で返事をする。そのキラキラした何かを期待するような目を見て深い溜息が出た。

「いちいちくっついて来るな。ついでに人の顔をジロジロ見んのやめろ。皆が変に思ってんだろーがっ」
「…ごめん」

オレの一言にはシュンとしたように項垂れる。その瞬間から周りは一斉にオレの敵へと変わった。

「あ?春千夜、ちゃんをイジメてんじゃねーよ」
「ちょっと幼馴染だからっていい気になってんじゃねぇぞ、コラ」

突っかかって来たのは東卍の仲間である三ツ谷や、場地が連れて来た一虎だ。コイツらもには何かと甘い。ちょっと文句を言っただけですぐケンカ腰になるからウザいったらねえ。

「明司の言うことなんか気にすんなよ。アイツ、思春期で女の子に素っ気なくしたいだけだから」

おい、三ツ谷。勝手なこと言ってんじゃねえ。思春期なのはテメェもだろが。

「そうそう。あんな冷たいヤツ、放っておいてさ。今度オレと映画でも行かねえ?」

って、何ちゃっかり誘ってんだ、一虎。怖がりのがパンチの男と映画に行く訳ねえだろ。

「おい、一虎、オマエ、何ヌケガケしようとしてんだ?」

…三ツ谷マジになってんじゃねーか。マイキー止めなくていいのかよ…ってチョコパ食ってるし!

「は?オレが誰を誘おうと関係なくね?ちゃんは三ツ谷のもんじゃねーだろ」

一虎のヤツもいちいち短気でうぜぇ。ってかは誰のもんでもねーし。つーか、どいつもこいつも盛りやがってバカみてえだ。

「おい、春千夜」
「あ?何だよ…」

ボケっと三ツ谷と一虎のやり取りを見ながら心の中で突っ込んでいると、いつの間にかオレの隣に場地が座ってた。さっきまでがいたはずなのに、アイツはどこ行ったと思ったら、ちゃっかりマイキーが自分の隣に座らせてチョコパ食わしてるし。マジか。

「オマエ、自分は関係ねえって顔してっけど、ほんとは内心穏やかじゃねーんだろ」
「…は?」
「それともに惚れられてるって余裕か?」
「…何だそれ。あほらし」

ウザい質問をされてオレは舌打ちしながら場地に背を向けた。別に余裕とか思ってねえけど、あの日以来、を何となく避けているオレがいる。ガキの頃からの幼馴染が突然、女の子に見えてしまったあの日から。

オレにとってはマイキーと同じくらい大切な幼馴染だった。アイツはいつもそばにいたし、いつからかオレや千壽の為に毎日ご飯を作りに来てくれるようになって、その頃からは家族の一人みたいに感じてたし、もちろん感謝もしてる。とは男とか女とか、そんな境界線はないはずだった。なのに、アイツはあの夜、いきなり女の子になった。女の顔を見せて、確かに「春千夜の彼女になりたい」と言った。あの夜のことを思い出すだけで顔が熱くなる。ってかっ彼女って何だよって思う。幼馴染と何が違うんだ。そう思った瞬間、にキスをされた光景までが脳裏を過ぎって心臓がきゅっと痛くなった。

(彼女って…ああいうことすんのが彼女ってことかよ…)

確かに幼馴染じゃあんなことはしない。でもオレはにあんなことをしたいとは思わない。あのキスを思い出すだけで体のどっかが疼くのは、男特有のもんだってのは分かってる。でもこんな薄汚い欲望を、にぶつけたくないって思ってるオレがいる。はその辺の女とは違う。そう思ってるのに、女の顔でオレにくっついて来るアイツに、オレはイラついていた。

"に惚れられてるって余裕か?"

余裕?何だそりゃ。こっちは必死で突き放してんのに。そんなもんあるわきゃねーだろ。今だって自分の中のモヤモヤをどう処理していいか分かんねーってのに。

「万次郎はもう食べないの?」
「オレは半分食べたから残りはが食えよ」
「ありがとう、万次郎」

でも嬉しそうに笑いながらマイキーとパフェを分け合ってるを見てたら、胸の奥の焼けつくような痛みは和らいだ。学校でマイキーに言ったことは嘘じゃない。にはマイキーみたいに優しく守ってくれる男が似合ってる。

「おい、春千夜」

その声に振り向くと、マイキーがオレのとこへ歩いて来た。

「そろそろ、送ってってやれよ。時間も遅いし」
「…え、オレ?」

視線をマイキーの後ろにいるに向けると、は気まずそうな顔で俯いた。

「い、いいよ、万次郎。ひとりで帰れる」
「でもオマエ、夜道苦手だろ」
「う、うん…そうだけど…」

は困ったように視線を泳がしてる。どうせオレにまた文句言われるのが嫌なんだろうと思った。だからマイキーが送ってやれよ、と言おうとした時、余計なヤツらが会話に入って来た。

「え、何、ちゃん帰るの?じゃあオレが送ってこーか」
「は?何で一虎が行くんだよ。オマエ、まだとそんな親しくねーだろ。オレが行くよ」
「いや、パーちんも親しくねーじゃん。オレが行くって。バイクで来てるし」
「あ?三ツ谷、テメェ、パーちんが行くって言ってんだろっ」
「ペーは黙ってろよ」

「………」

何とも不毛な戦いが勃発していて半目になった。ってかいつから東卍メンバーは盛りのついたオスになり下がった?そもそもが何でこんなにモテんだよ。
そう思いながらを見ると、結局マイキーが送っていくことにしたらしい。マイキーがの手を引いて店を出て行こうとしてた。その時、ふとが振り返る。

「春千夜、また明日ね。お休み」
「……おう」

いつもと変わらない笑顔でオレに手を振る姿に、何故かホっとした。

「あれ?つかマイキーとちゃんいなくね?」
「げ、ほんとだ。ってことはマイキーが送ってったのかよ」
「あー今、ふたりで出てったぞ」

それまで静かに漫画を読んでたドラケンが苦笑してる。きっと内心、皆の揉め事を面白がってたに違いない。最後はニヤニヤしながらオレを見るから、つい視線を反らしてしまった。

「美味しいとこはやっぱマイキーが持ってくのかよ」
「うるせーぞ、一虎~」
「何だよ、場地。何笑ってんだよ」
「別に~」

場地も場地でニヤニヤしながらオレを見やがるし、ウザいったらねえ。だからを連れてくんのは嫌だったんだ。オレの知ってる幼馴染が、東卍のメンバーには最初から女の子に見えてる。そんな現実を、突きつけられるから。皆からが女の子扱いされるのを見るたび、オレの中のモヤモヤが増幅していく。
後から思えば、この時のオレはを初めて異性と意識して、その大きな変化に戸惑っていたんだと思う。心とは裏腹に、体はオスとして目覚めていく。そんな矛盾だらけの苦悩を抱えて、このあとオレは少し歪んだ青い春を送ることになった。