-10-好きです 好きです 何度言えば手に入る?




息を乱しながら、台風接近中の強い強風よりも負けないくらいに力強く地面を蹴った。目的地もないまま道路を走って、走って走ったら、昔よくみんなで遊んだ公園に辿り着いた。幸いにもそこには誰もいない。公園に置いてある大きな滑り台に上がって、一番高い場所に立つと、わたしは思い切り息を吸い込んだ。

「…春千夜の……バカァーーッッ!!!」

夕日でオレンジ色に染まる公園内に、わたしの悲痛な叫びがこだまする。

中2の夏、わたしは――初めての失恋をした。





事の発端は10分前。学校から帰ると、すぐに着替えていつものように春千夜の家に夕飯を作りに行った。いつもは春千夜も出かけていて、いるのは千壽だけだったりするけど、この日は違った。合鍵でドアを開けて中へ入ると、まず玄関に二人以外の靴があって。千壽の友達でも遊びに来てるのかなと思いながらリビングに向かう。でもそこにいたのは顔を引きつらせた千壽だけで、千壽はわたしを見るなり「あ…か、買い物行かない?」といきなり言い出した。

「え、買い物って…?」
「きょ、今日は自分、カレーが食べたい!だから材料、買いに行こ?」
「え、ちょ、ちょっと千壽…?」

千寿はわたしの腕を強引に引っ張って行こうとする。その様子に違和感を覚えた。何となく、この家にわたしをいさせたくないみたいだ。そこでふと、「ねえ、この靴、誰の?」と玄関に並んでいる女物のミュールを指さす。出来れば千壽に「これは自分の」って言って欲しかった。だけど千壽はわたしから視線を反らして「知らない」と一言。その態度もいつもの千壽らしくない気がして、わたしはすぐにリビングに戻った。

「ま、待って――」
「…春千夜、いるんだよね。靴あるんだし」
「……」

わたしの問いに千壽は応えようとしない。それで何となく察しがついた。胸の奥が急に重たくなって、胃の中に鉛でも入ってるんじゃないかと思うくらいに苦しい。でも確かめずにはいられなかった。ドキドキしながらわたしが春千夜の部屋の前に立つと、千壽は観念したのか深い溜息を吐いてる。この嫌な予感がただの予感であって欲しい。そんなあり得ない思いを抱きながら、わたしは震える手でドアノブを掴んで、一気にドアを開けた。

「春千夜――」
「きゃっ!な、なによ、アンタ!」

先ず視界に飛び込んで来たのは、裸の胸を上掛けで隠した高校生くらいの女の子。顔も初めて見る子だった。そして次にその彼女の横で「勝手に入ってくんじゃねえよ!」と慌てた様子で叫ぶ春千夜。春千夜も上半身は裸で、何をしていたのかくらい、わたしにも想像がついた。

「その子、誰…?」
「オマエに関係ねえだろ?あっち行ってろ!」
「春ちゃん、誰よ、この子…まさか彼女?」
「あ?んなわけねーだろ。ただの幼馴染だよ」

ベタベタとくっついてる女に春千夜は不機嫌そうに答えている。その言葉を聞いた時、心臓が鋭い刃で貫かれたような痛みが走った。確かにわたしは春千夜にとって、ただの幼馴染だ。それ以上でも以下でもなく。だけど、春千夜はわたしの気持ちを知っているはずだ。なのに、わざとそんな言葉を使ってわたしを傷つける。
あのファーストキスから一年以上経つけど、結局今日まで春千夜とは何も変わらないまま。相変わらずわたしは春千夜のことを好きで、春千夜はわたしを女の子として見てくれない。でもそれでもまだ良かった。春千夜が彼女を作る様子がなかったからだ。

でも――遂に恐れていた日が来てしまった。大好きな春千夜が、わたしの知らない女の子とベッドの上にいる。この現実から目を背けたくて、わたしは春千夜の家を飛び出した。ドアを開けた瞬間の春千夜の表情が頭から離れない。驚いて飛び起きた半裸の女の子の顔も。わたしがいつも寛いでいた春千代のベッドで、いったい何をしてたの?そんなことが頭の中でぐるぐると回って、気づけば公園の滑り台の上に立っていた。

「最低…」

大きな声で叫んだ瞬間、涙が溢れて来てその場にしゃがみこんだ。悲しいのと、寂しいのと、悔しいのと、色んな感情がごちゃ混ぜで涙が止まらない。だけど、本当はわたしに怒る権利なんかない。わたしは春千夜の彼女でもなんでもなくて。春千夜が言った通り、わたしはただの幼馴染だ。春千夜に彼女が出来たからって、その子を家に連れ込んだからって怒る権利なんかこれっぽっちもないんだ。そう思ったら急に空しくなって、春千夜なんか嫌いになれたらいいのにって思う。

――から離れろ!

なのに、好きという感情が生まれた日のことは今でもはっきりと思い出せる。わたしの手を掴んでいた春千夜の手が、かすかに震えていたことさえ、鮮明に。

「……忘れるなんて…出来るわけないじゃん…」

ポロポロと涙が頬を伝って足元に落ちていく。こんなに好きになってるのに、春千夜にとってわたしは女の子にすらなれない。こんなことならもっと別の形で出会いたかった。転校したクラスが別々だったら。隣の席じゃなかったら。もしかしたら春千夜に好きになってもらえるチャンスくらいはあったかもしれないのに。

――どこがいいんだよ、あんなヤツ。

先日、一虎くんに言われた言葉を思い出した。春千代に「集会に来んなっていっただろーが」と文句を言われてたのを、彼に見られてたみたいで、そう言われてしまった。

――春千夜なんてやめてオレと付き合わねえ?

東卍の皆が集まった神社。そこで二人きりになった時、いきなり告白された。

――もうパンチやめたし、怖くねえだろ、オレ。

少し照れ臭そうに笑っていた一虎くんは、初めて会った頃よりも表情が柔らかくなって、パンチをやめた髪は肩まで伸びていた。左耳には長いチェーンの先にベルの形をしたピアスが飾られてて、綺麗な顔立ちの彼に良く似合っていたっけ。でも結局わたしは一虎くんの申し出を断ってしまった。春千夜のことを好きだから付き合えないって。一虎くんも分かってたみたいで「やっぱなー」なんて笑ってた。わたしが気まずくならないように明るく振る舞ってくれてたんだと今なら分かる。

春千夜も、一虎くんくらい優しかったらいいのに。

ふとそう思ってすぐに打ち消した。春千夜は不器用だけど、本当は凄く優しい。いつからか素っ気なくなったのはきっと照れ臭いからだ。

(でも…本音は…ウザいと思ってるのかもしれないな…)

この日、初めて春千夜を好きな心が、挫けそうになった。