-11-心臓が何度も壊されるのに、まだ好きで



1.

中3になってから更に春千夜のヤツが調子に乗ってる。また女が変わって、たまに東卍の集会にも連れてくるようになった。あんなケバイ女、どこがいいんだ。爪なんて魔女みてえだし、メイクだって目元にやたら塗りたくって目を大きくして見せてんのがバレバレだっつーの。付けまつげとメイク取ったらぜってぇデカい目が半分以下になんだろ、あれ。ってか一年くらい付き合ってた女子高生はどうした。あの無駄にオッパイがデカい女。あれもぜってぇヤりたいだけで付き合ってたろ、アイツ。

「ああ、何か浮気がバレて別れたらしいぞ」

オレがボヤくとコンビニでコーラとペヤングを買いながら場地が笑った。オレも同じものを買ってお湯を入れて、二人で近くの公園に行って食べる。集会帰りは深夜だって言うのに小腹が空くんだよなぁなんて言いながら、ベンチに座った場地はふとオレの顔を覗き込んだ。

「ってか一虎…まーだのこと諦めてねえの」
「…あ?」
「春千夜の女のこと気にしてんのはそーいうことなんじゃねえの」
「…別に…そんなんじゃねえよ。オレはすっぱり諦めたし彼女だって出来たし…」

地面にお湯を捨てて、焼きそばソースをぶっかけてると、場地が小さく笑ったのが聞こえた。コイツとも付き合いが長くなったし、オレの考えてることなんかお見通しなんだろう。

「ふーん。でも春千夜は気に入らねえと」
「チッ。アイツ、ちょっとモテだしたからって女作って、あげく浮気してまた別の女作るとか調子こきすぎじゃね?がどんな気持ちでそーいうの見てると思ってんだよ」
「やっぱのこと気にしてんじゃん」
「……ちげーよ!オレは…心配なだけだし」
「でもオマエのそういう気持ち知ったら…今度はオマエの彼女が傷つくんじゃねーの」
「………チッ。場地はいっつも正論言いやがって…ムカつく」

頭に来てペヤングをがっつくと、隣で場地が笑い出した。分かってる。オレが矛盾してるってことくらい。オレだってへの気持ち引きずったまま今の彼女と付きあってる。でも今の彼女を好きなのも事実で、その辺自分の頭はどーなってんだと思うけど、思春期真っ盛りの男の性は自分じゃどうにも説明できねえ。だからオレに春千夜をあーだこーだと批判する資格はねえってことくらい、自分が一番分かってんだよ。だけど…

「……初恋の子が泣いてんのは見たくねえじゃん」
「一虎…」

オレがポツリと呟けば、場地が肩に腕を回して来た。暑苦しい奴め。

「大丈夫だ。はそんなやわな女じゃねえ」
「…あ?」
「そもそもアイツ、何でか昔からモテるしなぁ。オレらみたいな悪に。だから春千夜忘れさせてくれる男とかそのうち出来んじゃねーの」
「……って場地、オレらってことは……オマエものこと…」
「は?今更?」
「はあ?」

初耳だぞと驚いて顔を横に向けると、場地は意外なほど真剣な顔だった。

「オマエらに紹介するずっと前から好きだったわ」
「げ…何だよ、そのオレの方が先に好きだったマウント」
「本当のことだし。でもまあ……オレはとっくの昔に諦めてっけど」

場地はオレの肩から腕を外すと、またペヤングを食べだした。言葉通り、何かスッキリしたって顔だ。

「オレは散々小学生の頃からが春千夜追っかけてんの見てたからよ。オマエより免疫出来てんだよ」
「…フン。でもオマエ、全然彼女作ろうとしねえじゃん。知ってんだぞ?この前、集会に来てたエロそうな女に誘われてたの。さっくり断ってたことまで」
「あ~アレね。最近入った灰谷兄弟の知り合いみてーだな。何か男漁りに来てる感じだし、あんなの断わるに決まってんじゃん」
「へえ…」

場地のこういうとこ、何気にすげえと思う。オレならワンチャン誘いに乗ってたかもしれねえ。やっぱヤりたいし。今の彼女に不満があるとかじゃなく、こういうのはマジで男の浅はかなところだ。なのに場地は興味ない女には一切見向きもしねえ。何でかと思ってたけど、さっきのの話を聞いてやっと腑に落ちた気がした。

「つーか、その灰谷兄弟、集会に女連れて来るとかヤバくね?」
「あの兄弟、六本木のカリスマらしーわ。街を歩けば勝手に女が寄って来るみたいだぞ」
「……マジで?まあ…確かに顔もスタイルもモデル級にいいけど。ケンカも強ぇーんだろ?」
「確か狂極って関東最大のチームをあの二人だけで潰したらしい」
「……やべえ兄弟じゃん。よく東卍に入れたな、マイキーも」
「もっとやべえのは8の隊長に任命したイザナって野郎だよ。アイツの下についてる奴ら全員、イザナに惚れてついて来たらしい」
「ああ、あの女みてーな顔の奴か」
「一虎も負けず劣らず美人顔だろが」
「うっせぇな!」

顔のことをイジられてイラっとした。ガキの頃からオレは自分の顏が嫌いだからだ。ナメられねえように一時パンチにしてたけど、に「一虎くんは怖い髪型よりサラサラの方が絶対似合うと思うけどなあ」と言われて、ソッコーでストレートに戻して髪を伸ばした。まあ、それでもフラれたけど。ただ、それから一気にモテるようになったから……って、オレも春千夜と同じ穴の狢じゃねーか。そこに気づいてげんなりした。

「あー…そういや、灰谷兄弟で思い出したけど…さっき兄貴の方がをデートに誘ってたぞ」
「…あ?」
「まあ、そん時はマイキーが近くにいたから何でかマイキーが"デートはしねえ"って勝手に断ってたけど。灰谷兄のあん時の顏がマジウケたわ。めっちゃ引きつってたし」
「へえ…そんなことあったんか。え、てかマイキーもやっぱにマジなん?」
「だろうな。でもマイキーもオレと同じ。が春千夜のこと好きなの十分分かってっから告るつもりはねえみたいだなー」
「……すげえな、それ。告った自分が間抜けに思えて来たわ」

ガックリ項垂れると、場地がオレの背中をポンと叩くから、思わずそれを振り払った。男の気遣いなんていらねんだよ、バカめ。

「はあ…オレの、めちゃくちゃモテてんじゃん……」
「あ?一虎の、じゃねえだろ。は東卍、みんなのものだから」
「は?それじゃー新参者のヤツも含まれんだろ」
「ああ、じゃあ初代東卍、みんなのものだわ」
「おー。それいいな。やっぱ初代って響きもいいし」
「そういう問題かよ」

場地は笑いながら立ち上がると、すっかり空になったペヤングの器をゴミ箱へ捨てた。オレも一気に掻っ込むと、同じく空になった器を捨てて、ついでにコーラも一気飲みしてからゴミ箱へ放り込んだ。

「んじゃー帰るとすっか。場地も帰るだろ?」
「おー」
「あ、そう言えばさー。この前、駅前で絡んで来たバカのチームが分かったんだよ」
「お?どこのヤツだった?」
「何か新宿の愛美愛主とかいうチームの奴らしーわ」
「新宿か。んじゃー早速オレらで潰しに行くか」
「いいねえ」

そんな他愛もない約束をしながらお互い愛機にまたがってエンジンを吹かす。これが今のオレ達の日常だ。平和とまではいかねえけど、ケンカして、こっそり好きな女の話をして、飯食って笑いあう。ずっとこんな日常が続くといい。ふと、そう思って夜空を見上げたら、小さな流れ星が街の向こうへ消えていくのが見えた。





2.

ちゃんだっけ。今度オレとデートしねえ?」

わたしが初めて蘭ちゃんと出会ったのは、中3の終わりだった。幼馴染の万次郎が作った東京卍會に入って来た大勢の人達の中に、一際目立つ集団がいて。彼らは新たに作った"はちばんたい"のメンバーらしい。蘭ちゃんはそこの部隊に入った派手な兄弟のお兄さんの方だ。

「えっと…灰谷先輩のことよく知らないのでデートはちょっと…」
「いやセンパイって。蘭でいーよ」

綺麗な男の人だなァと思ってたら、意外と中身はチャラい感じで驚いた。隣には少し雰囲気の違う弟の竜胆って人もいて、二人に囲まれると物凄い迫力だった。

ちゃんそのうぶな感じが可愛いよなー?」
「おい兄貴…集会でナンパすんなよ。この子、マイキー達の幼馴染らしいし」
「あ?だから何だよ。可愛い子には声をかけろってお父さんに教えられたろ?」
「いや、教えられてねーから!ってか何だ、そのイタリア人的な思考は!」

お兄さんの蘭さんにテンポよくツッコむ竜胆さん。その絶妙な感じが面白くて、つい笑ってしまった。

「お、やーっと笑ってくれた。思った通り、可愛い」
「いや、兄貴デレすぎ。ってか女の子、口説く時までいちいちポーズ取らないで」
「あはは。仲いいんですね、お二人は」
「「……いや、そうでもねえよ」」

わたしが笑うと、二人同時にこっちを見て、綺麗にハモるからまた笑ってしまった。新しいメンバーは面白い人が多いなあと思う。万次郎の義兄?とかいう――血縁はないけど何か複雑らしい――イザナさんと鶴蝶さんはちょっと怖い感じに見えたけど、二人の会話も今みたいに絶妙なボケツッコミ合いで沢山笑わせてもらった。

「なあ、ちゃん。蘭なんか放っておいてオレとデートしよ」

そのイザナさんが戻って来て、いきなりわたしの肩に腕を回してくるからドキとしてしまった。でもすぐ傍にいた万次郎が「イザナ、その手を離せ」と彼の腕をどけてくれる。

に触るな」
「はいはい…何?マイキーは彼女の彼氏なわけ?」
「あ?ちげーよ。幼馴染だし」
「じゃあマイキーと幼馴染ってことはオレもその枠に入るんじゃね?なあ?ちゃん」
「え…っと…」
「コイツにちょっかい出すな。ってか誰ともデートしねえ」
「いや、マイキーは誘ってね―よ」

何故かわたしが原因でここでも兄弟(?)ゲンカを始めた二人は、それでもどこか楽しそうだ。蘭さんと竜胆さんは見慣れてるのか、「また始まった」と苦笑いを浮かべてるし、いつもこんな感じなのかもしれない。
それにしても、東卍も大所帯になってきたなぁと、集会に集まってる皆を見渡した。見た目は怖そうなのに、ちょっと話した感じだとみんな優しかった。体の大きな太寿さんは何故か「飴食うか?」って美味しい飴をくれたし、ちょっと目つきの悪い九井くんと乾くんも「マイキーの幼馴染?!あ、ジュース飲む?」と何故か飲み物を奢ってくれた。こんなに不良が集まってるのに和気あいあいしてて、ちっとも怖くない。

「オマエ、また集会来てんのかよ」

ただ春千夜は相変わらず怖い。わたしと目が合った瞬間、急にしかめっ面になるのやめて欲しい。

(と言っても彼女にもこんな感じだったから、そこは妙に安心したけど…)

一年くらい、あの子と付き合ってたみたいだけど、一緒に歩いてるとこを見かけるたび「ベタベタくっつくんじゃねえよ」と春千夜がキレてて、本当につき合ってるのかなって疑問に思ったりもした。そう言う光景を見るたび、胸が痛むのと同時に少しだけホっとする。あんな態度をとるくらいだから春千夜もきっと本気じゃない。そう思えるから。こんな風に思う自分に何度も自己嫌悪に陥ったりしても、春千夜には誰も好きになって欲しくないって思ってしまう私がいる。

、オマエ、マジであんま集会とか来んな」
「…何で春千夜にそこまで言われなくちゃいけないの?」
「前とは違うんだよ。今は部隊も増えたし人も増えた。中にはろくでもねえ男もいんだし、みたいなポヤっとしてる女は何されっか分かんねえだろが。現にイザナの部隊の奴らにナンパされてただろっ」
「え…見てたの?春千夜…」

ちょっと驚いて顔を上げると、春千夜は舌打ちと共にそっぽを向いてしまった。

「たまたま通りかかったんだよ!オマエ、知らない男に愛想ふってんじゃねえよ」
「…ふってるつもりはないけど…。それに不愛想にするのも変じゃない」

そう言い返すと春千夜はぐっと言葉に詰まっている。何で春千夜はいっつも不機嫌なんだろう。前はもっと笑ってくれた気がするのに。

「いいから来んな。メンバーにたかってる女と間違われたくねえだろ?」
「でも…千壽ちゃんやエマだって…それに柚葉ちゃんだって来てるのに…」
「千壽はオレの部隊の副隊長だ。それにエマにはドラケンがついてるし、あの柚葉って女には太寿や八戒がついてる」
「わたしにも春千夜がいるもん」
「あ?オレはオマエのお守りなんてごめんだっつーの」

思わず春千夜の特攻服の袖を掴むと、思い切り顔をしかめられた。だけど振り払われなかったし何となくさっきよりは怒ってない気がする。色白の春千夜の頬が少しだけ赤くなったからだ。

「…そう言ってくれるのって春千夜がわたしのこと心配してくれてるからだよね…?」
「……チッ。オマエは昔から危なっかしーからだよっ。でもオレは別に――」
「ありがとう」
「あ?」
「春千夜、大好き」
「………」

何となく嬉しくなっていつものように言うと、春千夜の綺麗な瞳がゆらゆら揺れて、でもすぐ不機嫌な色に変わった。

「…オマエ、そればっかだな」
「だって本当のことだもん」
「…うざ」

春千夜は溜息交じりで言うと、わたしに背中を向けて皆の方へ歩いて行く。でも春千夜のその背中が、少しだけ照れてる気がした。そういう些細なことが、またわたしに元気をくれる。春千夜に彼女がいようと、どれだけ素っ気なくされようとかまわない。わたしが春千夜を好きだという気持ちはわたしだけのものだから、誰にも文句は言わせない。
例え春千夜に幼馴染としか思われてなくても、わたしは明司春千夜が大好きだ。
この想いだけは、今の彼女にだって負けないんだから。