-14-わたし以外の誰がきみを



1.

いつもの場所でいつもの集会。でも普段とは違う光景がちょいちょい視界に入って来る。いつもなら春千夜のそばをうろちょろしてるが、何故か今夜はあの灰谷兄と時々言葉を交わしては楽しそうに笑ってる。あの二人、あんなに親しかったか?

「なあ、八戒」
「なに、タカちゃん」
と灰谷蘭、あんなに言葉交わすくらい親しかったっけ」

近くにいたウチの隊の副隊長に尋ねると、八戒も視線を二人の方へ向けて苦笑いを浮かべた。

「あー…オレもおかしいなあとは思ったけど…別にナンパしてる感じじゃねえっつーか。普通に雑談してるっぽいよ」
「雑談?あの灰谷蘭と?」

八戒の話を聞いて驚いた。はどちらかというとオレ達みたいな不良とは縁遠い子だ。幼馴染っていうだけで彼女自身が非行に走ってるわけでも何でもない。だからオレや昔から知ってる仲間は怖がらないけど、よく知らない不良は怖がってたはずだ。いくら東卍に入ったと言っても二カ月やそこらであのと、六本木のカリスマと呼ばれるほどの男が雑談を交わすほど親しくなるとは思えない。

「ほんとにナンパじゃねえんだろうな」
「うーん。さっきチラっと聞こえたのは、駅前に出来たスイーツが最高だったとか何とかが話してたけど」
「スイーツ?」

何でそんな緩い会話を灰谷蘭としてるんだ?とオレの脳内にクエスチョンマークが並ぶ。

「ああ、それよりタカちゃん聞いた?」
「あ?」
「春千夜のヤツ、あのケバイ女と別れたらしいよ。柚葉が言ってた」
「マジで?今回は早かったな。理由は何だよ」
「さあ?でも春千夜の方からフったとかで、遂にちゃんと付き合う気になったんじゃない?なんて柚葉が騒いでた」
「……いや。そんな簡単な話じゃねえだろ」

思わず苦笑しながら、今は場地や千冬と楽しそうに話しているへ視線を戻した。春千夜がいくら女と別れようが、アイツが素直にと、というのも考えにくい。ただ春千夜が女と別れた背景にが何か関係してるんじゃないか、とは思う。気になったのはの頬の傷だった。今は薄くなってきてるものの、引っかかれたような傷がある。あれはどう見ても叩かれた痕だ。でもはそんなバトルをするような子じゃないし、誰かに一方的にやられたのは明らかだった。そこで頭に浮かんだのが、例の春千夜の女だ。あの女はチーム内でも比較的新しく入った奴らにも色目を使うようなバカ女だったが、春千夜のそばにいるのことも良くは思ってない様子だった。いつかにケンカを吹っ掛けるんじゃと心配になるくらい、が集会に顔を見せるたび睨みつけていたのを思い出す。

(そうか…やっぱあの女との間に何かあったから春千夜はあの女と別れたんじゃ…)

が頬に傷を作ったことと、春千夜が女と別れたこと。時期的にも合うしそれしか考えられない。そう確信した時、背後から「三ツ谷くん、八戒くん」という声が聞こえて来た。振り返れば今の今まで頭ん中を占めていた女の子が笑顔で立っている。

「おう、
「噂をすれば、だね。タカちゃん」
「…バカッ」

良くも悪くも素直すぎる八戒の余計な一言で、が「ん?」と不思議そうに首を傾げている。

「なあに?噂って」
「ああ、いや…」

頭を掻きつつ八戒を睨むと、八戒はそっぽを向いて口笛でも吹くのか?ってくらい口が尖っている。何だ、その漫画みたいなリアクションは。コイツは女の子全般が苦手で柚葉としか会話が出来ないという欠点があるのに、だけはすでに慣れたようで「大した話じゃないし」なんて答えてる。でも明らかに顔は引きつっててわざとらしい。あげく「あ、タケミっちが呼んでる」と見え見えの嘘を言ってマイキーとタケミっち達の方へ走って行ってしまった。この状態で放置すんな。

「三ツ谷くん…どうかした?噂って?」
「いや…その…あれだよ」

も微妙な空気に気づいたのか、ジっとオレの顔を見つめてくる。相変わらず可愛いな…と思う自分の感情を慌ててかき消した。

「えっと…って灰谷蘭と最近親しいよなって話…?」
「え?」
「もしかして口説かれたり…」

と言いかけた時、は軽く吹き出して笑い出した。

「ないない。そんなことないよ」
「そーなん?じゃあ…」
「最初はね。デートしようなんて言って来たりしたこともあったけど、今はそんなことないし、実は同士だって分かって、だから時々――」

と言ってはハッとしたように口を閉じた。

「…同士って?」
「えっと…この話、内緒って言われたから…」
「内緒…?」
「うん。でも…三ツ谷くんが心配するようなことじゃないよ」
「そっか…なら、いいけど」

なんて口では言ったものの、さっき以上に気になって来たオレがいる。内緒って言われると余計に。でもこれ以上追及しても変だし、そこは聞かないでおいた。

「あ、春千夜!」

そこへもう一人の噂の人物が歩いて来た。いつもの調子で「オマエ、また遊びに来たのかよ」とに怒っている。

「こんな時間にホイホイ出かけてくんじゃねえよ」
「ホイホイじゃないもん。ちゃんと圭介に乗せてもらって来たもん」
「はあ?オマエ、場地のバイクに乗せてもらったんか」
「うん」
「ったく…危ねえからバイクなんか乗せてもらってんじゃねえよ」
「…ご、ごめん…」

一見、春千夜がいつものようにに文句を言っているように聞こえるが、よくよく聞いているとのことを心配して叱っているように感じた。まあ春千夜は昔から口も態度も悪いが、のことは大事にしてるのかなと思うこともしばしば。結局のところ、この二人は両想いなんじゃないかとさえ感じることがある。

「ねえ、春千夜。明日の朝ご飯、何がいいの?」
「あ?こんな場所に来てまで朝飯の話かよ…」
「だって聞いておいた方が楽なんだもん」
「……じゃあ…おにぎりとツナの入った卵焼きと豆腐の味噌汁」
「それじゃいつもと変わんないじゃない」
「あ?いーんだよ、それでっ」
「何で怒るの?もう…分かったよ。じゃあ明日はおにぎりとツナの卵焼きね」
「…おう」

そんな会話をしながら歩いて行く二人を見送りつつ、思わず「カップルかっつーの」と苦笑した。あれじゃ春千夜の女がを目の仇にしてもおかしくはねえなとふと思う。実際、春千夜は前の彼女の時も食事は絶対に作ってもらわなかったみたいだし、の居場所をきちんと残してあげてる気がした。

「それって…結構な愛なんじゃねえの…」

不意にそんな言葉が零れ落ちた時、オレの中でその答えが一番しっくりきた気がした。





2.

「…悪かったな、それ」

家の前まで送ってくれた春千夜が、突然、真顔で言うからドキっとした。
集会後、珍しく春千夜が「帰りはオレが送るから」と圭介に言い出した時も驚いたけど、今、わたしの頬にそっと触れてくる春千夜を見て、更に驚く。圭介のバイクに乗ることを危ないって言って怒ってたクセに、自分のバイクに乗せるのはいいの?ってツッコもうと思ってたのに、急に謝って来るから何事かと思った。

「え…何が?」
「アイツに…叩かれたんだって?」
「な…何でそれ…」

優しく触れられたこともそうだけど、わたしがあの彼女に叩かれたことを春千夜が知っていたことが一番ビックリしたかもしれない。

「…灰谷から聞いた」
「え…蘭さん…?」
「…灰谷に会ったんだろ?アイツとモメたその日に」
「あ…うん…駅前通りで偶然…」

蘭さんがそんなことまで春千夜に話したなんて意外だった。確かに同じ境遇だって知って前より親近感は沸いてたし、最近は女の子が好きそうなお店の情報を教えてあげたりはしてたけど。

「女同士の揉め事だから自分は何も出来ねえけど、オマエなら出来ることあんだろって言われたわ。アイツ、何様だよ…」
「え…蘭さんが…?」
「実際、の頬が切れてたし少し出血してんの見たら、あの女を放置しとくのは良くねえって思ったらしい。ま…灰谷もムカつくがオレ的には助かったわ」
「え…」

春千夜は真っすぐわたしを見ると、「アイツとは別れたから。心配すんな」と言った。

「え…わ、別れたって…」

まさかそんな話だとは思わなくて今度は心底驚いた。わたしを叩いたのが原因で、春千夜があの子と別れるなんて思いもしなかった。

「当然だろ。にケガさせたんだ。そんな女と付き合ってる意味がねえ。まあ、どうせ遊びだったしな」
「あ…遊び…?」
「あ?オマエはオレがあんなのに本気になるとか思ってんの」

鼻で笑われ、ちょっとだけ呆気に取られる。本気とは感じなかったけど、それなりに好きだから付き合ってると思ってただけに、何となく拍子抜けした。

「アイツも本気じゃなかったし、どっちにしろ、そのうち別れてたと思うけど。まあ…のこと巻き込んじまったのは…悪いと思ってる」
「…う、ううん…そんなの気にしないで」

巻き込まれたわけじゃなく、この場合わたしが勝手に巻き込まれにいったようなものだ。春千夜と付き合ってるクセに、他の人にもちょっかい出してたあの子が気に入らなかったのはわたしも同じだから。

「これ…痕、残んねえよな」
「…え?」
「頬の傷…」

珍しく、春千夜は申し訳なさそうにわたしの頬に触れる。指先の感触にじわりと頬が熱くなった。

「の、残んないよ。ただちょっとネイルの装飾が掠って切れただけだし大丈夫」
「……ならいいけどよ」

春千夜は少しホっとしたように視線を反らした。久しぶりに春千夜の優しさに触れた気がする。でも、そうか。そのことを言う為に今日は珍しく送るなんて言いだしたんだ。

「話はそれだけ。じゃあ…明日な」
「うん…送ってくれてありがとね」
「おう…」

わたしがお礼を言うと、春千夜は少し照れ臭そうに片手を上げて、自分のバイクにまたがった。

「春千夜、お休み」
「ああ、お休み」

言いながら春千夜はエンジンをふかした。夜の住宅街に騒々しいバイクの排気音がこだまする。

「春千夜」

また名前を呼んでも、その騒音で春千夜は気づかない。

「…春千夜のそういうとこ…やっぱり大好きだよ」

走り去る春千代の後ろ姿を見送りながら、懲りもせずそんな想いを口にした。

(でも…そっか。別れたんだ)

あの強気の視線を思い出しながら、心の底からホっとした。年上の彼女も、あのケバい彼女も、春千夜を幸せな気持ちにしてくれる相手じゃなかったらしい。
わたしなら、春千夜をうんと幸せにする自信があるのにな――。
なんて、ふと思う。
わたしなら、誰よりも春千夜を理解してあげられる気がするのに。