-19-真実はいつだって見えにくい
2007年6月――。
1.
一晩中駆けずり回ってを探した。でもマンションにも、知り合いの家も全て探したけど、アイツはどこにもいねえ。ケータイも電源が切られてる。留守電に何度もメッセージを残したけど折り返しかかってくることはなく、オレは一睡も出来ないまま、の結婚式当日を迎えた。
「クソ…死ぬ…寝不足で死ねる…」
一度自宅マンションへと戻ってベッドへ倒れ込む。睡魔も酷いが全身が疲労困憊といった感じで、もう動くことも出来ないくらいクタクタだった。
「ったく…何で誰も知らねーんだよ…っ!」
ごろりと寝返りを打ち、仰向けに寝ると深い溜息が零れた。結局本人を見つけることも叶わないまま、昔の仲間ひとりひとりに当たってみたものの、誰もの居所を知らないと言う。
「結婚式前日だし実家に戻ってんじゃねーの」
誰だったか、ふとそんなことを言いだして、オレはすぐにの実家へ向かった。でもそこも不在。彼女の親すらいなくて無駄足だった。
「アイツ…どこに雲隠れしやがったんだ…?」
灰谷の浮気のことで悩んで一人で泣いてるかもしれないと思うと、胸の奥がジリジリと焦げ付いて来るようだ。
(このままあの男と結婚したところでは幸せになれない。やっぱりアイツを選んだ時点でやめさせれば良かったのか…?)
――ハル兄がモタモタしてるから。
の結婚が決まった時、千壽に言われた言葉を思い出した。あの時はオレもイライラしてて「うるせえ」なんて怒鳴って終わったが、確かにアイツの言う通りだと後悔した。これまでと過ごした長い時間、オレはいったい何をしてたんだと、自分で自分を何度殴りたくなったかしれねえ。でも最後はが幸せになるなら、と幼馴染のまま見守ることにしたって言うのに。
ふと壁にかけられたスーツに目がいく。今日の結婚式で着る為に用意していたものだ。
(アイツ…本当に式を挙げる気かよ…)
このままだと確実に二人は結婚式を挙げ、名実ともに夫婦になってしまう。一昨日まではそれでいいと思っていたし、オレも諦めがついていた。だけど昨日あんな場面を見せられたら、そうはいかなくなった。時計を見れば結婚式まであと4時間――。今のオレは自分が何をすべきか、ハッキリと分かっていた。けど、記憶があるのはここまでで。気づいた時には結婚式が始まる30分前だった。
「……は?」
がばっと起き上がり、辺りを見渡す。そこは自分の家の寝室で、朝方帰ってきた後の途中から記憶がない。
「やっべ…!」
フラフラで帰宅したからか、ベッドで横になっているうちに寝落ちしていたらしい。オレは慌ててベッドから飛び降りると、まずはケータイをチェックした。すると千壽や東卍のメンバー達から鬼電とメッセージが大量に入っている。
『ハル兄、何やってんの?迎えに来るって言ってたくせに!ギリギリの時間になっちゃったから先に式場行ってるよ!』
『もーすぐ式はじまんぞー!』
『まさかバっくれんじゃねーだろーなー!さすがにそれは人としてどうかと思うぞ』
『テメー何してんだよ!サッサと会場に来い!の結婚式だぞ』
千壽にマイキーやドラケン、場地からのそんな内容のメッセージがずらりと並び、オレは頭を抱えた。とにかく式場に行って、この結婚を止めなければならない。に事情を話せばきっと結婚をやめてくれるはずだ。
「こうしちゃいられねえ!」
オレはすぐに家を飛び出すと、途中でタクシーを拾って結婚式場へと向かった。もう式に出席するつもりはないからスーツも必要なければ、予約しておいた祝いの花も送るつもりはない。今はただ、を取り戻すことしか頭になかった。
(灰谷だけにはぜってーはやらねえ…!あのクソ野郎、結婚式前日に浮気とか…殺す!)
昨日の怒りが再燃して、オレはイライラしながら時間を確認した。すでに式の開始する5分前。例えついても式は始まってる頃だろう。
「クソ…どーする…」
本当なら式の始まる前にを説得したかった。でもこうなったら式の最中だろうが乗り込んで中止させるしかない。最悪、灰谷と殴り合いになっても――。
幸い今日の式は互いの親族は出席しないと聞いている。招待されてるのが東卍のメンバーばかりで、さすがに一般人の親族をその中へ呼ぶのは気が引けると灰谷が言い出したらしい。だから親戚には式を挙げるのは内緒にしたんだと前にが話していた。ということは多少暴れたところで問題はないってことだ。
(東卍の奴らだって灰谷が式前日に女とホテルにいたと聞けば、オレと同じ行動をするはずだ。の幸せを願ってる連中ばかりだからな…)
例え灰谷側の奴らがアイツに加勢したところで、コッチに分がある。何せこっちにはマイキーがいるし、灰谷側にイザナや鶴蝶がついたところで一気にごり押せば――。
この時のオレの頭はすっかり東卍時代に戻っていて、結婚式というよりはすでに抗争のつもりでものを考えていた。(!)
2.
「くっそ、どこだ、式場!」
結婚式を挙げるホテルに到着したのは式開始時間10分を過ぎた頃だった。どうせ当日は千壽もいるし適当に案内されると思って事前に会場の場所を調べてなかったのが痛い。ホテル内でウロウロと探し回り、やっとの思いで"灰谷家・家"という文字を見つけた。
「ここかよ…」
そこはホテル内にある教会スペースで、がそこで挙げたいと言ったらしい。確かにが好きそうなムードのある造りになっていて、中からはパイプオルガンのような音が聞こえて来る。通常、教会での式というものは誓いの儀式のみで30分程度で終わるらしく、その後に場所を移動して披露宴といった流れになるようだ。でもたちはただ式を挙げるだけで披露宴はしないと話していた。ということは式を中止させたからと言って、それほど莫大なキャンセル料が発生するわけじゃない。そもそも浮気をしたのは灰谷だから、今行われてるもんの金はアイツに支払わせればいい。
「よし……行くか」
意を決して豪勢な扉の前に立つと、オレは思い切りそれを押し開く。参列者たちは主役の二人に気を取られているのかオレに気づきもしない。それぞれが神妙な顔つきで前に立っている二人だけを見ていた。
「………では、誓いのキスを」
来るのが遅すぎたせいで誓いの儀式は終盤に差し掛かっていた。三ツ谷の作ったウエディングドレスを身にまとったが正面に見えて心臓が大きな音を立てる。初めてアレを着た姿を見て、素直に綺麗だと思った。だけど、の向かいに立つタキシード姿の男が不意にこっちへ視線を向ける。灰谷はオレと目が合うと、にやりと口端を上げて笑うのが分かった。夕べの怒りが蘇り、カッと頭に血が上る。何をどうするかなんて考えて乗り込んできたわけじゃない。ただ目の前で誓いのキスをしようとしているを奪い返したかっただけだ。
「……!!」
名前を叫ぶと、彼女が弾かれたようにオレを見た。参列者の仲間達もついでに振り向き、会場がざわめき立つ。でも気にせずヴァージンロードを歩いていくオレを、左右に座っている奴らは黙ったまま静かに眺めていた。
「は…春千夜…」
「…灰谷との結婚なんてやめちまえ」
「え…?」
「コイツにオマエはもったいねえよ」
そう言っての手を掴むと、横から灰谷がオレの胸倉をつかんで来た。
「テメェ、何やってっか分かってんのかよ!」
「うるせぇ!テメェには渡せねえよ。その理由は分かってんだろっ!」
「………っ」
まさに一触即発。会場内はシーンと静まり返り、正面に立っていた神父は驚きながら後ろへ避難している。は瞳に涙を浮かべてオレを見つめていた。
「あーっそ。じゃあ…オレの代わりにを幸せにすんだな?」
「…あ?」
いきなり手を放した灰谷が、ホールドアップをした状態でニヤリと笑った。てっきり殴りかかってくるものだとばかり思っていたオレは、一瞬何を言われたのか理解できず、マジマジと灰谷のツラを見つめた。
「だーから。はオマエが幸せにするってことでいいのかって聞いてんの」
「…ああ、そうだよ!文句あんのかっ」
を幸せにする。今のオレに何ができるのか分からないし、はとっくにオレのことなんて好きじゃないかもしれない。でもこの時のオレは、本気でを今度こそ幸せにしてやりたいと、そう思っていた。
「春千夜…本気…?」
「ああ…こんなことしてまで嘘つくかよ」
「ホントに…わたしでいいの…?」
もう一度、確認するようオレを見つめて来るの目を見て、オレはハッキリと自分の気持ちを告げた。
「……オレには…しかいねえよ。昔も、今も」
「春千夜……」
「オマエが好きだ。この前言った言葉に嘘はない」
「………っ」
の瞳から大粒の涙が溢れて、彼女の手にしていたブーケがポトリと落ちる。
「……春千夜!」
はそのままオレに抱き着いて来て、場所が場所なだけにギョっとしたものの。花嫁を奪われて怒っているはずの灰谷が笑顔で口笛を吹く。その時妙な違和感を覚えた。次の瞬間――。
「「「「「「「「「「さぷら~~~~~~~ぃずっ!!!!」」」」」」」」」」
「――――ッ?!」
参列者たちが一斉に立ち上がったと思ったら全員から盛大な拍手をされる。その異様な空気にオレは呆気にとられた。いったい何が起こってる?
「春千夜~!やーっと素直になれたなー!」
「おっせーわ、ったく!どんだけ芝居させんだっつーの!」
マイキーと場地が拍手をしながら叫んでいる。二人のその何もかも分かってると言った顔を見ていたら、さっき感じた違和感のことを思い出した。いや…ちょっと待て。芝居って何だ。そう思いながらを見下ろすと、彼女は「エへへ…ごめんね、春千夜」と困ったような笑みを浮かべた。
「……は?何が…ごめん?」
「だ、だから…その…」
が言いにくそうに視線を泳がせている。その時、後ろにいた灰谷が「バーカ」と呆れたように笑った。
「まだ気づかねえの?ぜーんぶ芝居だよ、芝居」
「…芝居?」
「そ。がオレと婚約したってところから全部なー?」
「……………」
「あれ、コイツ、固まったんだけど。ウケる」
灰谷は混乱して固まったオレを見ながら笑ってる。でもそれでも意味が分からず、もう一度を見た。
「芝居って…何だよ」
「え、だ、だから…その……蘭さんと結婚するっていうのは……嘘…なの」
「………は?」
嘘…?結婚が――?同じ言葉がぐるぐると回り、やっと脳に到達した時、オレは心の底から驚愕するはめになった。
「ハアァァァア?!!!嘘?婚約も…結婚も…?!!」
「う……ご、ごめん……」
目がマジで飛び出すかと思ったくらいに驚いた。ってか会場の奴らも笑ってるとこからして、最初から全部知ってたってことかと、そっちも本気で驚いた。だってが婚約したって言いだしてから何日経ってると思ってんだ?その間にあったこと全部が…芝居?嘘?ありえねえ。あの婚約祝いのパーティも、そこに集まってたコイツらも、ずっとオレを騙すために芝居してたってことになる。
「……ありえねえ」
「ご、ごめんなさい…」
「ごめんで済むか!!ふざけやがって…人を騙してオマエら陰で笑ってたのか?」
まさかのネタばらしに、さっきまでの不安が全て怒りに変換された。
「オレ一人、騙すために何でこんな大げさなことしてんだよ!」
「ち、違うよ、春千夜…。これは最初蘭さんの為にやりだしたことなの…っ」
「ハァ?!何でだよっ」
ますます意味が分からず、頭に血が上る一方だ。でもそこに「まあまあ」と神父が割って入ってきた。見た目サンタクロースかよってくらいの真っ白いひげ面で外国人かと思ったのに、普通に流暢な日本語で話すから、ちょっとだけビビる。
「ここじゃ何だし…場所を移してきちんと話そうぜ」
「……って、ドラケンかよ!!」
神父がヅラとヒゲを外したら知った顔が出て来てギョっとした。どおりでガタイのいい神父だと思った。でも、これで本当にこの教会を借りたのも、さっき見た誓いの儀式も全てが嘘だったということになる。
「……、テメェ…」
「……う…」
まだ謎は多いものの、とりあえずこの結婚じたいが茶番だったと知って、オレは怒りのまま、後ろで青い顔をしているを睨みつけた。
「キッチリ説明してもらおうじゃねーか…」
「……は、はい」
しゅんと頭を項垂れたはまるで叱られた子供のように見える。こんなしょぼくれた花嫁姿の女は、世界中探したってお目にはかかれないだろう。その姿を見てたら、何故か騙された怒りが自然と消火されていくんだから不思議だ。
「おい、二人とも早く来いよ。このホテルのスイート押さえてあっから」
参列してた元東卍の仲間達と一緒に歩いて行く新郎姿の灰谷が振り返る。でもはもうアイツに駆け寄ることはなく、本当に今までのが演技だったんだと少しだけ実感した。
「行こう、春千夜。ちゃんと説明するから」
「……チッ」
がオレの手を引っ張って歩き出すから、仕方なくオレもそれについて行く。ただ、苛立ちと混乱の中に、確かな安堵感を覚えていた。