-20-何度でも言わせて





「んじゃー酒は皆にいきわたったか?」
「ばっちり」

蘭さんと竜胆くんが式に参列してくれていた皆にシャンパンを配り、それぞれがグラスを持ち上げる。皆はやり遂げた感いっぱいの顔で、どこかホっとした表情に見えた。

「ではでは改めて……サプライズ成功を祝して…」

「「「「「「「カンパーイ!!」」」」」」

「ざけんな!人騙しておいて乾杯してんじゃねえ!」

蘭さんの音頭で一斉に乾杯をした瞬間、まだ真相を知らされていない春千夜が再びキレ始めた。そこで誰が話す?となった時に、「じゃあ、ここは言い出しっぺのオレが説明するわ」と蘭さんが名乗り出てくれた。

「んじゃ、オレ達はあっちで飲んでっからー後は宜しくー」
「稀咲、テメェも知ってたんだな…」

稀咲くんを見て春千夜が更に目を吊り上げる。もちろん稀咲くんも仕掛け人の一人だ。名古屋の時は予定になかった夜まで、彼なりに機転を利かせて演出してくれたことは、本当に感謝しかない。

「騙される方がわりーんだよ」
「何だその詐欺師みてえな言いぐさはっ!」

べえっと舌を出す稀咲くんにキレはじめた春千夜に、蘭さんが苦笑交じりで「聞かねーのー?」と肩を竦めている。そこで蘭さんとわたし、春千夜はリビングを出ると隣にあるプレイルームへと移動した。このスイートルームは今日、成功した時の為にと蘭さんがリザーヴしておいてくれたらしい。成功したらお祝いパーティ。失敗したら残念会という名前で、どっちみち皆で集まって飲むことにしてたようだ。お酒と大騒ぎが大好きな灰谷兄弟らしいセッティングだと思う。途中、イザナさんや鶴蝶さんに「頑張って」「アイツが暴れ出したらオレらで成敗してやっから」と言われて笑ってしまった。蘭さんだけならともかく、わたしの片思いにまで協力してくれた皆には後で改めてお礼をしようと思った。

「さてと…どっから話すー?」

プレイルームに移動した蘭さんは新たにシャンパンを抜いてグラスにそれを注いでくれた。春千夜は苦虫を潰したような渋い顔をしつつ、それを一気に飲み干している。蘭さんは「もっと味わえよ、テメェ」と苦笑しながら、またグラスにシャンパンを注いだ。

「シラフじゃやってられねーんだよっ」

春千夜は不機嫌丸出しといった顔でソファにどっかり腰を下ろすと、隣をバンと叩いて「座れ」とわたしを睨んで来た。いつもなら大喜びで行く所だけど今はちょっとだけ怖い。でも座らないとまた機嫌が悪くなりそうで、わたしは仕方なく春千夜の隣に腰を下ろした。蘭さんはそれを見て、向かい側のシングルソファに座ると首元の蝶ネクタイを片手で無造作に外し、オットマンにどっかりと足をあげた。

「テメェはどこの国の王さまだよ」

それを見てた春千夜は呆れたように目を細め、軽く舌打ちをした。

「そりゃ六本木じゃね、やっぱ」

蘭さんは軽口を叩きながらも、綺麗にセットした髪をくしゃりとかきあげ、「んじゃーまずは発端から話そーか」と言ってニヤリと笑みを浮かべた。その色っぽい笑みは昔と少しも変わっていない。

そもそもの発端は数年前に遡る。わたしと蘭さんが親しくなったキッカケ。それはまさに蘭さんが幼馴染の女の子に片思いをしてると知ったことだと思う。わたしも春千夜に片思いしてたこともあり、何かと言葉を交わすようになったのは互いに報われない思いを抱えていたからだ。時々顔を合わせるたび、お互いの近況だったり、進展度だったりを教え合うようになった。

そんな関係は東卍が解散したあとも続いて、何か悲しいことがあると蘭さんはわたしに愚痴の電話をかけてきたし、わたしも春千夜のことで何かあるたび蘭さんに報告するようになった。ただ、今回、わたしと蘭さんが結婚することにしようという話になったのは、何も春千夜を騙すためではなかった。なかなか彼女との仲が進展しないことに痺れを切らした蘭さんが、わたしに「彼女のふりをして」と言って来たことが最初のキッカケだ。

聞けば適当に女遊びをしていた蘭さんは、その幼馴染がそれに慣れてしまって、もはやどの女を連れ歩いていても嫉妬すらしてくれないと嘆いていた。そこで、これまで遊んでた女の人達とタイプが真逆のわたしを彼女だと紹介したら、幼馴染の子はどういう反応をするか知りたいと言い出したのだ。もちろんわたしは快く承諾して、蘭さんの彼女のふりをすることになった。そこで彼女というより婚約したことにすれば、より幼馴染の人が危機感を覚えるんじゃないかと提案したのはわたしの方だ。

「なるほど…それいいな」

蘭さんも乗り気になって、じゃあ婚約者のふりをしようということになった。でもわたしが考えていたのは口頭でだけの関係。つまり「わたし達婚約しました」と言うだけの話のつもりだった。なのに蘭さんは「どうせ騙すならリアルに騙そう」と言い出し、何から何まで本物の婚約者のようにセッティングし始めた時は、さすがにわたしも驚かされてしまった。
婚約指輪、式場の予約、ウェディングドレスの注文、仲間への根回し、仮初の婚約パーティ。全て蘭さんが仕組んだものだ。そして最後に「これ明司にも使えば」と言い出した。

「オレは彼女の気持ちを確認する為、ちゃんは明司の気持ちを確認する為。ちょっとデカいサプライズ、やってみねえ?」

そのお誘いに、わたしが二つ返事で乗ってしまったのは、やっぱり大人になっても何も進展しない春千夜との関係に焦れていたからだ。やっぱり幼馴染以上には見てもらえない。半分そんな気持ちもあって諦めかけていた時に蘭さんから誘われ、どうしても春千夜がどう思うか知りたくなってしまった。わたしがもし他の人と結婚すると言えば、春千夜は止めてくれるんだろうか。そんな淡い期待もあって、悪いことだと知っていながら春千夜を試すようなことをしてしまった。東卍の皆にも説明して協力をしてもらった。もちろん千壽にも。だから春千夜には本当にわたしと蘭さんが婚約したように見えてただろう。

ただ絶望したのは、蘭さんと婚約したと話した時でさえ、春千夜は何も言ってはくれなかったこと。やっぱり春千夜にとって、わたしは幼馴染以上には見てもらえない。そう思ったら凄く悲しかった。一緒に名古屋へ行った時も、そんな思いで悶々としていた。だけど、稀咲くんの協力で、まさかの奇跡が起こったのはわたしも予想外だった。

――オマエが好きだ。

初めて、あの春千代がわたしに本心を見せてくれた瞬間だった。凄く嬉しくて、でも騙していることが苦しくて、幸せと苦しみが一気に襲って来た日でもある。だけどやっぱり、嬉しかった。だからすぐに本当のことを言いたくなったけど、元々は蘭さんの為に始めた嘘だ。勝手にバラすことは気が引けて、何も言うことが出来なかった。けどその後、蘭さんにも奇跡が起きたらしい。結婚式直前、彼女がやっと「蘭ちゃんが好き」と本心を言ってくれたようだ。そこで彼女にネタバレして今回の話は終わるはずだった。なのに――。

「まさかあそこでオマエと会うとは思わねえじゃん、オレも」
「……は?じゃあ……あの時連れてた女って…」
「そ。アイツがオレの幼馴染で、今回こんなサプライズを仕掛けるキッカケになった女」
「………じゃあ…」
「まあオレもビックリはしたけど、オマエはまだオレとちゃんが結婚すると信じてるっぽかったし、だったら念の為、予約してあった式場で盛大なネタばらししてやろうかと」
「……ハア?テメェ、からかってたのかよ、オレをっ」
「からかうつもりはねえけど、ちょっとしたお仕置き?」
「意味分かんねーぞ、灰谷!何でオレがお仕置きされなくちゃ――」
「だってオマエ、散々ちゃんを泣かして来たじゃん」
「……ぐっ…」
ちゃんはさー。オマエに好きだって言われて、もうやめたいって言ってたんだけどさ。オレが続行させたわけ。オマエに分からせたくて」

蘭さんはそう言って身を乗り出すと、「ちゃんを永遠に失うかもしれないって時、オマエはどう思ったんだよ」と尋ねた。春千夜はハッとしたように顔を上げて、視線を左右に走らせる。

「どうって…」
「怖かったんじゃねーの?もう二度と、自分の入る余地なんかねえって思ったら」
「………」
ちゃんもオマエに告白されるまで、ずっとその気持ち抱えて生きて来たわけ。だからおあいこだろ。そもそもオマエがもっと早く素直になってたら、こんな茶番、すぐに終わってたんだよ。バーカ!」
「…くっ灰谷、テメェ…!」

春千夜は頭にきた様子でソファから立ち上がった。それにはビックリして春千代の腕を掴む。

「ちょ、春千夜!ケンカしないでっ」
「うるせぇ!分かってるよ…!」

春千夜は拳を握り締めたものの、怒りを抑えるようにソファへと腰を下ろす。あの短気な春千夜が我慢するなんて、それも少し驚いた。

「フン、少しは反省してんじゃねーか」
「うるせぇなっ!オレが悪いのは分かってんだよ、昔から!」
「春千夜……?」

わたしの手を振り払いながらも、春千夜は気まずそうにわたしから視線を逸らす。でも、すぐにその手を握り締めてくれた。

「こんな下らねえ茶番させたのは…オレだ。いつまで経ってもガキみてーにオマエに甘えてた…はずっとオレの隣にいるもんだって勝手に思って…何も行動しようとしなかった」
「…春千夜」
「……ごめん。はいつだってオレに気持ちを伝えてくれてたのに」

掴まれた手をぎゅっと握られ、自然に涙が溢れてきた。こんな風に春千夜が本音を口にしてくれるのは初めてだったから。それが何より嬉しい。

「ってことでオレは退散するわ」
「……あ?」
「オレ、この後アイツとデートの約束してんの。夕べはどっかの誰かさんに絡まれてオレが浮気疑われたからさー」
「……チッ。知るか、んなこと」
「ったく…まあ夕べ、あの後にちゃんとのことも話すつもりだったのに誤解から入ったから一晩中説明すんの大変だったんだぞ、コラ」
「自業自得だろ」
「減らず口だな、相変わらず」

蘭さんは苦笑すると、ふとわたしの方を見て「ま、良かったな」と微笑んだ。蘭さんには本当に感謝しかない。

「蘭さんも良かったですね。彼女さん素直になってくれて」
「まぁ、それもちゃんのおかげだし。名演技だったから」
「あ?何の話だよ」

蘭さんの一言に春千夜が怖い顔でわたしを睨む。それには思わず吹き出してしまった。

「ちょっと彼女の不安を煽るように悪い女を演じただけ」
「ハァ?」
「昨日のオレみたいなことをちゃんがやってくれたんだよ。ま、そん時の間男役は竜胆にさせたんだけど」
「あぁ?何やらせてんだよ、コイツに!」
「でもちゃん、ノリノリだったぞ?」
「ら、蘭さん、余計なこと言わないでってばっ」

ちょっと濃いメイクをしてチャラそうな恰好をした竜胆くんと浮気してるような現場を装ったのは、これまた蘭さんの提案なんだけど。でもそれが功を奏したようで、後でネタバレした時は彼女もホっとして泣き出してしまったらしい。彼女さんには申し訳ないことをしてしまった。でもそこまでしないと「素直になれなかったから」と言ってもらえたようで、わたしも少しだけホッとした。

「じゃあ、そういうことでオレはアイツら連れて帰るけど。ここは一晩貸切ってっから二人で好きに使って」
「は?!おい、こら、待て、灰谷!」
「名古屋では我慢させちゃったみてーだし?」
「テ、テメェ、ふざけんなっ!」
「こわ。あとは優しく宥めてやって。ちゃん」

蘭さんは笑顔で手を振ると、慌てたように部屋を出て行ってしまった。春千夜は怒りの矛先を失って「クソっ灰谷の野郎」とブツブツ文句を言っている。でもわたしはやっと春千夜と二人きりになれて、後ろからぎゅっと抱き着いた。

「は?何してんだ、テメェは」
「だって……せっかく両想いになれたんだから春千夜とくっつきたい…」

春千夜のお腹に回した腕に力を入れると、春千夜は「あ」とか「う」とか言いながら、やっと静かになった。そっと見上げると、春千夜の耳が真っ赤になっているのが見えて、わたしまでドキドキして顔が熱くなってしまう。本当に春千夜と想いが通じたんだと思うと、嬉しくて死にそうだ。

「ごめんね…春千夜。今日までのこと全部…」
「……チッ。もういいんだよ、そのことはっ。騙されたのはムカつくけど…でもそれさせたのオレだしな」
「春千夜…」
「つーか…オレとその…灰谷の幼馴染?たった二人騙すだけで何カ月もかけて大げさなことしやがって…アイツはアホか?」
「計画聞いた時はわたしもちょっと驚いた。でもそれくらいして信じ込ませないと彼女はなかなか素直になってくれないって言って。蘭さん前から女遊びしてたから、また遊びだって思われたらアウトだって言ってたし」
「はあ……ってかアイツも自業自得じゃねーか」
「ふふ、そうだね。でもそれだけ…幼馴染って関係は難しいんだよ」
「………耳がいてえわ」

春千夜が神妙な声でそんなことを言うから、つい笑ってしまった。でも不意に、お腹へ回した手に春千夜の手が触れてドキっとした。

「つーか……振り向いていい?」
「え…?」
「オマエの顔見て話したい」
「……っう、うん…」

まさか春千夜からそんなことを言われるなんて思わなくて、心臓がピンポン玉のように跳ねた気がした。そっと腕を放すと、春千夜がゆっくりとわたしの方を見る。でも恥ずかしいからつい目を伏せてしまった。

「やっぱ似合うな。三ツ谷の作ったドレス」
「あ…ありがとう…」
「ってか、これもサプライズの為だけに作ってもらったのかよ、アイツに」
「あ、これは…元々作ってあったやつなんだって」
「は?」
「三ツ谷くんね。わたしにいつか着てもらいたいと思って作ってくれてたらしいの。で、今回の話を持ち掛けた時に、是非これ着てくれって言われて」
「マジか、アイツ」

春千夜は心底ビックリした顔で苦笑を洩らした。でも最初はわたしも驚いた。それに――。

「三ツ谷くんは最初からこうなるって信じてくれてた」
「あ?」
「きっと春千夜ものこと好きだから、このドレスは本物の結婚式の時に着ろって言ってくれたの」
「………チッ。アイツ…」
「三ツ谷くんの言った通りだった」

そう言って春千夜を見上げると、何とも言えない表情をした彼の大きな瞳と目が合う。もうずっと昔から見慣れた春千夜の顔は、今も相変わらず美人さんだ。初めて会ったあの日から、助けてもらったあの日から、わたしはこの瞳に見つめられたかったんだと思った。

「―――っ」

その時、春千夜の手がそっとわたしの頬に触れて、温かい感触に心臓が大きな音を立てた。するすると動いた大きな手が、わたしの顎を掬うと、自然に顔が上を向く。そして――春千夜がゆっくりと身を屈めるのを見て、慌てて目を瞑った。でも一向に触れてはくれなくて、恐る恐る目を開けると、春千夜は困ったような表情で視線を反らした。

「…っぶねえ…」
「え…?」

てっきりキスされるのかと思ったのに、春千夜は何かブツブツ言ってるから思わず首をかしげてしまった。

「昨日の夜からオマエを探し回ってて風呂入ってねえ…」
「は?」
「いいから離れろ。ちょっとシャワー入ってくっから」
「え、ちょ」

ぐいっと体を引き放されて呆気に取られていると、春千夜は気まずそうな顔で目を細め、わたしを見下ろした。

「…どうせ昨日電話に出なかったのもわざとだろ」
「……う、そ、それは…」
「ったく…おかげでオレは一晩中オマエを探す羽目になったわ」
「ご、ごめん…。蘭さんが春千夜とバッタリ会ったって言うし、今なら最高に気持ちが盛り上がってるだろうから連絡しちゃダメだって…」
「…アイツ…!ろくなこと言わねえな…マジでっ」
「でもそれで春千夜、結婚ぶっ壊しに来てくれた」
「…そりゃオマエが不幸になると分かってる結婚止めんのは当たり前だろ」
「凄く…嬉しかった」
「…………」

そう言って春千夜にくっつこうと思ったのに、春千夜は寸でのところでサっと後退した。思わず手がスカッとなって「何でよ」と文句を言うと、何故か顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。

「言ったろが。風呂入ってねーんだよ。散々走り回って汗かいてるし、今くっつくのムリ」
「え…そんなの気にしないよ」
「オレが気になるんだよっ」

そう言って春千代はサッサと部屋を出て行こうとする。それを慌てて追いかけて、春千夜の服をぐいっと引っ張った。

「おい、何して――」

こっちを向かせるのと同時に、つま先立ちをして春千夜の胸元を下げるように引っ張ると、わたしから春千夜にちゅっとキスをした。昔もしたような可愛いキスだ。なのに春千夜は一瞬で真っ赤になってしまった。わたしより断然こんな行為には慣れてるはずなのに。そう思ってると春千夜はハッとしたような顔でうろたえ始めた。

「な…何してんだよっ」
「何って……キス」
「すんじゃねーよ!オレが風呂入るまで待てねーのか、テメェはっ」
「え…?」
「チッ…ウゼェ…」

怒ったように歩いて行く春千夜に呆気に取られつつ、潔癖症はこんなところでも発揮するのか、とちょっとだけおかしくなる。でもわたしは数分たりとも離れたくない。もう一度追いかけて、春千夜の背中に抱き着くと「うぉ」と驚いたような声を上げた。

「だからくっつくなって――」
「春千夜、大好き」

そう言いながら見上げると、春千夜の瞳が僅かに揺れて、お腹に回した手をまた握り締めてくれた。

「……オマエ、そればっか」
「だって本心だもん。春千夜は…?」

思い切って尋ねると、春千夜は顔を前に戻して軽く咳払いをしている。きっと照れてるなあと背中を見上げながら思った。でも次の瞬間、春千夜がわたしの手を掴むと、急にこっちへ振り向いた。

「オレも……が大好きだ」
「…え……ん、」

まさかの大好き発言に驚いたのもつかの間、突然くちびるを塞がれて脳がフリーズしてしまった。何度も角度を変えながら触れて来る春千夜の熱に眩暈がしそうだ。このままずっと春千夜の腕に抱きしめていて欲しいとさえ思う。なのに、互いの体温で交じり合ったくちびるが、ゆっくりと離れていく。春千夜は頬にもちゅっとくちびるを押し付けると、かすかに意地悪な笑みを浮かべた。

「この続きは…シャワー入った後にな」
「……っ?」

今まで見たことのない余裕のない春千夜の表情にドキドキさせられる。でも死ぬほど嬉しい殺し文句だ。わたしは覚悟を決めて春千夜の汗ばんだシャツをぎゅっと握り締めた。

「何年も待ったんだから……それくらい全然待てるもん」
「…上等」

春千夜はわたしの髪を撫でると、そのままバスルームに向かうのにドアの方へ歩いて行く。その後ろ姿に向かって、もう一度その言葉を呟いた。

「春千夜、大好き」

これからも何度だって言うから覚悟しておいてよね。
わたしをここまで夢中にさせたのは、春千夜なんだから。



END....