Will you kiss?――
ゆっくりと離れた唇は、何度も口付けたせいで厭らしく濡れている。
それを見たら、また口付けずにはいられなくて、僕は再び彼女の小さな唇を求めた――
クリスマスイヴ当日。
大人たちは色んな準備に追われていて、僕達は暇を持て余していた。
だからマットが言い出した「久々に隠れんぼやろうぜ」という、子供じみた遊びすら、退屈をしのげるなら、と参加する気になれた。
ジャンケンした結果、いいだしっぺのマットが鬼。
僕らは一斉に、その場から散って、隠れ場所を探しに出かけた。
いつも行動を共にしているはこの時も当然、僕と一緒に来たし、他の奴もそれを不思議とは思わない。
が僕の隣にいるのは当たり前になってた。
「ね、あそこに隠れようか」
手を繋いで二階に向かってる途中、が思い出したように言った。
あそこ、とはこの前、偶然にも見つけた屋根裏部屋の事だ。
使わなくなった本とか、パソコンだとか、そういった荷物が置かれているその場所は、多分ロジャーとかキルシュくらいしか使わないんだろう。
僕らもそれを見つけた時、こんな部屋があるなんて知らなかった。
「でも、あそこだとマットの奴、見つけられないんじゃないか?」
「いーよ。二人で昼寝でもしよう」
いたずらっぽく微笑む彼女に、それでもいいか、と思い直し、二人で屋根裏部屋のある階まで上がっていく。
それは三階の廊下奥にあった。
一見すると分からないが、廊下の奥の天井に何かを引っ掛けるような出っ張りがある。
最初にソレを見つけた時は何か分からなかったけど、が廊下に立てかけてあった棒を見て、その切っ先を天井の出っ張りに引っ掛けるものだと気づいた。
そしてソレを使い、引っ張ってみれば、天井から階段が現われたのだ。
「…まだ誰も見つけてないみたい」
屋根裏部屋に上がったは、以前、来た時に置いたままの毛布や、雑誌などを見て、そう呟いた。
僕らは時々ここへ来て、本を読んだり、昼寝をしたりしながら、同じ時間を過ごす。
それが当たり前のようになっていた。
ある頃から、彼女の体が丸みを帯び始め、胸も膨らんできた事に気づいた時、彼女の事を"異性"として意識するようになっても、それは変わらない。
「ね、メロ。皆、庭に隠れてるわ」
小窓から外を見ていたはそう言いながら僕に手招きをしてくる。
隣に行って外を覗くと、キャサリンやトムが木の陰に隠れてるのが見えた。
「あそこじゃすぐに見つかるな」
「ホント。でも、ここなら絶対に大丈夫よ」
そう言って彼女は僕を見上げた。
その大きな瞳はキラキラとして、とても澄んでいる。
汚い事を知らない少女の目。
未来を信じる、強い眼差し――
日に日に綺麗になっていく彼女に、少しの寂しさを感じながらも、こうして傍にいられることが何よりも大切な事のように思えた。
僕を見上げて微笑むを見つめながら、がらにもなく、そんな事を考えていた。
「メロ、身長伸びたね」
「…そう?」
「うん。前は私より少し高いくらいだったのに…今はほら。少し見上げるもの」
そう言って彼女は僕の真正面に立った。
大きな瞳で見上げてくる彼女と、少しばかり密着した体。
何だか、ドキドキと心臓がうるさい。
上から見下ろすと、彼女の胸元につい目がいって、顔が熱くなった。
「どうしたの?」
「何でもない…」
そう言ってから離れると、毛布を敷いた場所に腰を下ろした。
このモヤモヤした気分を紛らわすのに、その場にあった雑誌を捲る。
彼女はそんな僕を見て首を傾げながらも、こっちに歩いて来た。
「今夜のパーティ、楽しみだね」
「…うん、まあ」
隣に座ったに意識が向きそうになるのを堪えながら、雑誌を眺める。
それでも、つい視線は彼女の細い足へと向いてしまう。
「…スカートはいてるのに、そんな座り方したらパンツ見えるぞ」
「え?」
雑誌から目を離さないまま、そう告げると、は大きな瞳を丸くしながら僕を見上げた。
そして小さく噴出すと、クスクス笑い出す。
「誰もいないし見られないよ」
「…………」
彼女の言葉に何故か胸が痛んだ。
僕がいるっていうのに、気にならないんだろうか。
に男として見られてないような気がして、小さく溜息をついた。
「僕が見てる」
「………っ?」
思い切ってそう言うと、見ていた雑誌から彼女に視線を移した。
は少し驚いたような顔で僕を見ている。
でもすぐに照れたように俯いて、立てていた足を伸ばした。
「今日のプレゼント、何にした?」
気まずい空気を変えたくて、そんな事を聞いてみる。
毎年、ここではクリスマスパーティの時、皆でプレゼント交換をするのだ。
誰に誰のプレゼントが渡るか分からない。
いつも皆で番号を引いて、開けるまでは中身も分からない。
大人たちからのプレゼント以外に、僕らが楽しみにしている恒例行事だ。
「…内緒。メロは?」
「じゃあ僕も内緒」
そう言って笑うと、彼女も楽しそうに笑った。
「去年はマットのが当たったのよね、私」
「ああ……アレ?」
「うん。アレ…」
そう言って彼女は困ったように肩を竦めた。
が当たったマットからのプレゼントは、女の子にとったら最低最悪のものだった。
「開けてビックリしたわ。あんなの話でしか聞いた事なかったし」
「あいつ、女に当たるかもしれない、なんて考えなかったんだろ」
「ホーント。信じられない、避妊具を選ぶなんて。何でああもエッチなんだか」
「マットは6歳の頃から普通にスカートめくりしてたもんな」
「最近じゃ胸まで触ってくるのよ?この前なんか後ろからいきなり触るから思い切りぶん殴ってやったわ」
「―――ッ」
彼女は頬を膨らませて怒っている。
僕もマットのバカがの胸に触ったっていう事実に、腹が立った。
でもそれと同時に、彼女の胸元に視線が向いてしまうのは、僕もマットと同じ、スケベな男だからだ。
最近は服の上からも、その丸みを帯びた膨らみが分かるから、あまり心臓に良くない。
子供の頃から一緒で、身長も腕力も、それほど変わりはなかったのに。
いつの頃からか、僕らは体つきも、力も、少しづつ異なってきて、それが男女の違いなんだって気づかされた。
15歳になった僕は、子供でも大人でもない境目にいて、ワケの分からない感情に振り回されている。
こうして、彼女といると、それは胸の中心の、ずっと奥の方から少しづつ湧き上がってくるようで、時々怖くなった。
「メロ…どうしたの?」
「………っ」
不意にが僕の顔を覗き込んできた。
近かった体が、更に密着してドキっとする。
その時、腕に柔らかいものが当たり、それが彼女の胸だと気づいた瞬間、全身が熱くなった。
「メロ…?」
何も応えない僕を、は訝しげな顔で見ている。
少し顔を傾ければ、触れられそうなほど、近い彼女の唇。
ふっくらととして、赤い、柔らかそうなそれに、小さく喉が鳴った。
その時、その唇が小さく開き、とんでもない言葉を口にする。
「……キス、しようか」
「―――ッ」
突然のその言葉に、目を見開いた。
は頬をほんのりと赤くしながらも、真剣な顔で僕を見つめている。
「私…メロとキス、したい」
「何…言って――」
「メロもキスしたいって…顔してる」
そう言われて、顔に広がる熱が加速していく。
心の中を読まれた恥ずかしさよりも、自分の中に込み上げてくる衝動を、止められなかった。
「…メロに…クリスマスプレゼント」
彼女はそう言って、ゆっくり顔を近づけてくる。
唇と唇がぶつかりそうなくらいの距離で、がそっと目を瞑る。
そこで手にしていた雑誌がバサっと落ち、僕は彼女の方へ顔を傾けた。
「ん、」
唇に感じた柔らかい感触に、全身の血液が顔に集中しているようだ。
熱くて…呼吸が乱れるくらいに熱くて、初めて触れたの唇に、僕はすぐに夢中になった。
「ん、メ…ロ…」
キスの合間に、が僕の名を呼ぶ。
それさえも僕の脳を刺激して、どんどん体は熱くなる。
キスなんてテレビや映画でしか見た事はない。
仕方なんて分からない。
最初はただ唇を押し付け、時々離しては、また重ねる程度。
そんな風に何度も口付け、それは次第に啄ばむものへと変わり、最後には自然に、彼女の唇を舐めていた。
「…んっ!」
の体が小さく跳ねて、かすかに震えたのを感じ、そっと抱き寄せる。
行為は止まらず、欲求はエスカレートするばかりだ。
「…ん…っふ…メ…ロ苦し…」
首に腕を回し、何度も口づけると、は苦しげに眉を顰めた。
そして少しづつ重ねていた唇が開いていく。
空気を求めての事なのに、それすら僕を誘っているようで。
そこへ本能のまま、舌を差し入れた。
ディープキス、なんて話でしか聞いた事がない。
マットがこういう事に詳しくて、それを聞かされただけだ。
なのに、こういう行為をしていると、それは経験がなくても自然に出来てしまうものなんだという事を、僕はこの時、知った。
「……ん…っ…」
抱きしめる体勢から、覆いかぶさるような体勢に変わっても、彼女は逃げようとはしなかった。
時折、苦しそうな声は漏らすけど、それは抵抗してのものじゃない。
僕とこうなる事を、も望んでたんだ、と思うと、しがみついてくる彼女が愛しくてたまらなくなった。
そのまま自然と毛布の上にを押し倒しても、その行為は止まらない。
狭い部屋の中に聞こえる乱れた呼吸音も、どっちのものか分からなくなった。
「…ん、メロ…」
どれくらい、そうしてたんだろう。
絡ませていた舌を解き、唇を僅かに離すと、潤んだ瞳が僕を見ていた。
の唇はさっき以上に赤く染まり、厭らしく濡れている。
「…好き」
その唇がかすかに動いた。
もう分かってるよ、と笑えば、彼女も恥ずかしそうに笑った。
「メロに…あげたかったの。好きだから」
イヴなんだし、いいよね、と言って、はやっぱり恥ずかしそうに微笑んだ。
それに応える代わりに、メリークリスマス、と囁いて、僕らはまた、キスをした――
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