いつもの千年公との食事会。ノアの面々が続々と集まってくる。
この顔ぶれが揃うのは千年公が呼びかけた時だけで、久しぶりの再会を楽しみながら皆で食事をする。

「おい、甘党!そりゃオレ様のタマゴだろーが!勝手に食ってんじゃねぇ、コロスぞ、ボケ!!」
「コロす!コロす!」
「うるさい、ジャスデビ!己は甘党じゃない!スキン・ボリックだ!己のタマゴが甘くなかったら、そっちを頂いた!ただそれだけのこと!」
「ふっざけんな、返せよ、コラ!」
「カエせ!カエせ!」
「おい双子……またケンカぁ?毎回、毎回うるさい奴らだねぇ」
「うっせぇ、このホームレス!オレはデビットだ!」
「ジャスデロだ!二人合わせてジャスデビだ!」
「あはは!ティッキー、いつからホームレスなの〜?」
「笑うな、ロードっ」
「…………」

いつも礼装に身を包み、一人冷静なティキ・ミック。
そんな彼を慕う、少しませた女の子、ロード・キャメロット。
甘いものしか食べない大柄のスキン・ボリック。
ちょっと口の悪い双子、デビットとジャスデロ……。
仲間とは言え、決して仲の良くない彼らは、いつもこんな感じでケンカを始める。
千年公は特に間に入るでもなく、ニコニコしながら、その光景を眺め、普通に指令を出すのが当たり前になっていた。

「なあ、オレ、帰ってい?
「……千年公の指令を頂いたなら、お好きにして下さい」
「相変わらず冷たいなあ、は……。あ、じゃあこれからオレと食事しなおさない?いい店見つけたんだ」
「申し訳ありません。これから仕事がありますので」
「えぇ、また?いつもそれだな、君は」
「あはは!ティッキーがまた振られてるー」
「ロード、うるさいぞ……」

大きな声で笑い出したロードを見てティキは徐に顔をしかめた。そんな彼らに一礼し、私はその場から離れると千年公に頼まれた仕事をしようと自室へと向かう。ドキドキしている鼓動を静めようと小さく息を吐いてから彼らのいる部屋を振り返れば、また賑やかな声が響いてきた。
久しぶりに会えたのに、また今日から暫くは会えない日が続く。それを思うと少しだけ胸が痛い。
本当なら――彼とふたりの時間を、私も過ごしたかった。

再びゆっくりと歩き出し、自室のドアを開ける。何度目かの溜息をつきながらふと顔を上げると、そこには思いがけない顔があった。

「よ」
「な……」

笑顔で手を振っているその人物は、今の今まで皆と食事をしていた彼だった。

「ティキ……何で――」
「悪いけど先回りした。あ、それと鍵がかかったドアもオレには関係ないし勝手に入らせてもらったよ」

ニコニコしながらそう言うと、咥えていた煙草の煙を美味しそうに吐き出した。彼の能力は通過自在。彼が触れたいと思うもの以外は全て通過することが出来る。壁のすり抜けなんて、彼にしたら空気を吸うことと何ら変わりはない。当たり前のことなのだ。

「何の……用なの?私、これから仕事を――」
「ま、いいじゃん。久しぶりに会えたんだし、ちょっと話すくらいさ」

動揺を隠しながら冷静を装う私に、彼はニッコリ微笑んだ。

「こ、困る……千年公がなんておっしゃるか――」
「千年公は別にいいってさ。ちゃんと断ってきたよ。それに――」

座っていた机の上から降りると、ティキは軽く肩を竦めて私の方へ歩いて来た。それだけで静まりかけてた心臓が再びうるさく響きだす。私を見る彼の瞳は優しくて、封印したはずの想いがあふれ出してしまう。

「オレが受けた指令、君から情報を聞かないと出かけられないんだ」
「……分かりました。じゃあすぐに調べます」

そう言って彼の横を通り抜けようとした、その時。グイっと腕を掴まれ、簡単に引き戻された。

「だから、すぐじゃなくてもいーよ。話そうって言ったろ?」
「で、でも急ぐんじゃ――」
「急いでも大した変わりはないって。それにオレ、労働してきたばっかだから少しくらい休みたいんだ」

苦笑しながら髪をかきあげる彼は、そう言いながら肩を竦めた。

「労働……?」
「そ。オレ、人間の時は肉体労働ってのしてるから」
「あなたが……肉体労働?」
「あ、オレ、こう見えても力はあるんだ」

得意げに力こぶを作るマネをして笑う彼に、私もつられて思わず笑ってしまった。私が知っているのは"ノア一族"のティキ・ミック卿という紳士的な彼だ。その彼が肉体労働をしてるだなんて想像すら出来なかった。

「やっと笑ってくれた」
「え?」

ティキが働いてる姿を想像していると、不意に嬉しそうな笑顔と目が合った。

「ほら、っていつも、あまり笑ってくれないからさ。特にオレの前では」
「そ、そんなこと――」
「あるって。この前なんか"ティッキー嫌われてるんじゃない?"なんてロードに言われて軽く落ち込んだよ」
「私は別に……」
「でもさっきはデビットと楽しそうに話してたろ」
「え……?」
「オレが話しかけた途端、いつもの顔に戻っちゃって……ちょっとショックだったんだけど?」

スネたように目を細める彼に顔が赤くなった。別に意図してそうしてるわけじゃない。ただ彼の前では普通に振る舞うことの出来ない私がいるのは確かだ。

「別に……デビットは歳も同じだし、一番話しやすいから……」
「分かるけど。言いたいのはオレにもあれくらい、打ち解けて欲しいなってこと」

言いながら煙草の煙を吐き出すと、ティキは困ったように微笑んだ。その笑顔でまた鼓動が高鳴る。こんな風に私のことを気にしてくれてることが素直に嬉しい。でも――。

「私は……貴方達とは違うから」

思わず本心を口にすれば、彼は僅かに息を呑んだ。こんな気持ち、きっと彼らには分かってもらえない。

「そんなこと……気にしてるの」
「そんなことじゃない。大事なことだもの」
「何も違わないだろ」
「違うでしょ。私は……ノアじゃない。アクマでもない。ただの人間なんだから」

悲しい事実を口にした途端、胸が痛んだ。分かってることなのに今更傷ついて何になるんだと思うけど、私にとっては悲しい現実だ。
そう、彼らの仲間なのに、仲間じゃないのは――。
その違いは私の中で大きすぎるくらいの寂しさを生み出している。彼には分からない。ノア一族である、ティキには――。

「……オレだって人間だ」
「そうね。でも……ノアの血が流れてる特別な人間よ。ロードがいつも言ってるでしょう?」
「それは……でもだからって君がそんな風に思うのは……」

ティキは少しだけムキになった。彼がこんなに取り乱すのは珍しい。傷つけてしまったんだろうか、と心配になった時、ティキは言葉を詰まらせたまま、小さく溜息をついた。

「オレとしては悲しいかな……」
「悲しい……?」

悲しいのは私の方なのに――?
そう口に出そうとして、やめた。彼が本当に悲しげな顔で私を見つめてるからだ。

「オレは……のことだって家族と思ってるんだけどな」
「……家族?」
「まあ……今はそれ以上に……大切な存在でもある」
「……え?」

小さく咳払いをした彼は少し照れ臭そうに視線を反らした。そんな彼を見るのは初めてだ。考える前に素直な心臓が反応して鼓動が跳ね上がる。

「あ……」

ティキは軽く頭をかきながらふと気づいたように顔をあげると、言葉を失っている私に視線を向けた。

「もしかして……その事を気にしてオレの誘いを断ってた、とか?」
「……」
「やっぱ、そうなんだ」

ティキは驚いたように目を見開いた。誤魔化そうにも顔に出てしまっていては、どんな言い訳も彼に通用しないと十分に分かっている。

「私は……千年公に拾われて、こうして何か役に立つなら、とここへ来たわ。そんな私でも皆は仲間として接してくれる。でも、いくら歩み寄ってくれたとしても、私と皆の間には大きな壁がある。ノアの一族と、ただの人間という、見えない壁が」

どんなに受け入れてもらっても消えない劣等感。彼らと仲良くなればなるほどに感じるそれは、日増しに強くなっていく。好きな人に本心を伝えられないほど、強く、大きく。
自分が人間だという現実をこれほど恨んだことはない。
出来れば――私も彼と同じ世界に、生きたかった。

ティキは黙って私を見つめていた。悲しそうな、寂しそうな、そんな顔。
彼を見るたび、胸のずっと奥で傷が痛みだし、私は泣きたいのを堪えながら彼に背を向けた。

「……仕事するわね」

そう言って机に向かおうと、一歩踏み出した、その瞬間。後ろから強く抱きしめられて身体が僅かに跳ねた。

「ティ、ティキ……っ?」
「……下らない」
「……っ?」
「オレと、の何が違う?こうして触れ合えて、同じ時代を生きてる……ノアだとか、人間だとか、そんなもの今この場に存在しないだろ」

抱きしめる腕に力を込めながらティキは私の肩越しに顔を埋めた。体を動かそうとしても彼は腕の力を緩めようとはしない。頬にかすかながら彼の髪が触れて、今まで吸っていた煙草の香りがする。

「……オレはが好きだ」
「――っ?」

耳元でそう囁かれてさっき以上に鼓動が跳ねた。ティキの吐息が耳にかかるから、今のが夢じゃないと知らしめてくる。

「家族として、一人の女として、のことを愛してる。それだけじゃダメ?」

子供みたいに、甘えるように私の首元へ頬を擦り付けてくる彼に、どんどん視界が曇っていく。
それは私が死ぬほど欲しかった言葉だ――。

「でも……ノアは不死じゃない……」

どんなに好きでも、同じ時を刻めない。彼は永遠を生きて、私はいつか、死ぬ。
それが分かっているから彼の気持ちを聞いても素直になれないのだ。けれども、私の心を見透かしたようにティキは微笑んだ。

「……不死じゃねーよ。忘れてるようだけど、オレだって同じ人間だ。ほら……こうして同じ心臓を持ってる」

ティキは私の右手を掴むと自分の胸元へ押し当てた。そしてティキは自分の左手を私の胸に置く。

「――ッ」
「同じだろ?心音も、何もかも」

彼の体温が肌に触れ、鼓動が一気に動き出した。それをティキに感じ取られてるのが恥ずかしくて頬が赤くなる。私の手からも彼の心音が響いてきて、それが同じくらいドキドキしていた。

「……な」
「うん……」

彼も私と同じくらいドキドキしてる。別の血が流れていても、この心音は同じなんだ。そう思うだけで私の中に渦巻いていた劣等感や悲しみが、少しづつ浄化されていく。
トクン、トクン、と掌から伝わってくる彼の心音が心地よくて、同じ存在である事が嬉しくて――。

ずっと彼に惹かれてた。どうしようもない想いを持て余していたはずなのに、今では素直に心を解き放てる。

「……ティキの心臓、ドキドキしてる」

そう呟いて彼の胸へ頬を寄せる。

「そりゃ……この状態なら男は誰だってドキドキするだろ」
「え――」

ふと顔を上げれば、目の前にはティキの苦笑いを浮かべた顔。彼は私の胸元に視線を落とすと「どさくさにまぎれて触っちまったけど、怒らないでね」と微笑んだ。同じように私も視線を落とせば、彼の手が私の胸の膨らみに触れている状態に今更ながらに気づいた。

「わ――」

一気に顔が赤くなり、彼から離れようとした。けれど強く抱きしめられていて逃げ出せない。

「ダーメ。まだ、このままでいて」
「は、離して――」
「ああ、この手はどけるから。じゃないとオレも理性が吹っ飛びそうだったし」
「――ッ!」

とんでもないことを言われた気がしてギョっとする。それでも胸から手が離れたことで少しホっとした。

「仕事しなくちゃ――」
「それより……まだ返事、聞いてないんだけど?」
「……え、返事」
「そ。告白しただろ?が好きだって」
「……あ」

恐々と顔を上げると、ティキは真剣な顔で私を見つめている。

「そろそろ……本気でオレのものになってよ」

いつものおどけた彼じゃない。彼の本気を表しているようで涙が溢れた。

「もう……なってる」

――ずっと貴方が好きだったんだから。心なんて、とっくにティキのものだよ。
私の答えに彼は嬉しそうに微笑みながら、ゆっくりと身を屈めた。
彼の唇と私の唇の距離がいっそう近くなり、もう少しで触れ合いそうになった時。入口の方から静かな室内に不釣り合いな破壊音が響いた。

「「――ッ」」

驚いて音のした方へ顔を向けると、部屋の扉が内側へ倒れてきた。

「「うっぎゃ!何してんだ、バカティキ!!」」
「お、お前ら――」

入口のところには怖い顔をしたデビットとジャスデロが立っていて、私の部屋のドアは見事に壊されている。どうやらふたりで扉を蹴り倒したようだ。

から離れろ!エロティキ!ブッコロすぞ!!」
「コロす!コロす!」
「うっさいなぁ……せっかくいいとこだったのに」

ティキはウンザリしたように溜息をつくと渋々といった様子で私を放した。でも私の顔の熱は上がったまま。しかもふたりに見られたことで更に拍車をかけた。

「いいとこって何だよ、コラ!に手ぇ出そうってのかぁ?!」
「ひひひ……デビットも狙ってたんだよ〜」
「はあ?んなの知るか。オレはやっとの思いで口説き落としたって〜のに」
「ちょ、ティキっ」

彼の台詞に思わず赤面する。でもジャスデビのふたりは更に目を吊り上げ。

「ふざけんな!バカティキ!嘘だろ?……まさかティキのこと好きなのか?!」
「好きなのかー?」
「……う」

迫力のあるふたりに詰め寄られ、言葉につまる。するとティキは慌てて私を引き寄せて自分の背中に隠した。

「もうオレのもんだ。馴れ馴れしく近寄んな」
「はあ〜?ワケわかんねーんだけど!!」
「わかんねーぞ!」
「つーか、お前ら千年公にクロス捕獲、頼まれてただろ。行かなくていーわけ?」
「……」
「……」

ティキの一言にふたりは突然静止したかと思えば、仲良く同時に背中を向けた。

「え、何あの人……やな感じ」
「話そこいく?今のでいく?」

「……お前ら、何度も失敗してんだろ?早く行かないと千年公に――」

「分かってますよ!何度も逃げられてますよ!それが何か?!」
「その前にに励ましてもらおうと思ったんですけど、それが何か?!」

「……開き直りかよ。相変わらずタチ悪ぃ〜な、お前ら」
「うっせぇ!このエロティキ卿がっ!」
「エロって……男としての素直な行動でしょ」
「うぎゃ、開き直りかよ!このオスが!」
「お前らほどじゃねーよ。それにオスはお前らも同じだ、バカ」

いつものケンカを始めた三人に苦笑しながらも、私は何とか冷静な自分を取り戻して素早く仕事に取り掛かった。千年公から頼まれていたクロス元帥の現在の居場所、そして"削除対象"のリストをカードに書き込んでいく。それを未だモメている彼らへ持って行った。

「ストーップ!ケンカはそこまで!」
……」
「はい、これ。ジャスデビが探してるクロスの今の居場所。調べておいたわ」
「お、サンキュ!さすが、仕事が早いぜ!」
「早いぜ!」
「それで……こっちが"削除対象"のリスト」

それをティキに渡すと、彼は小さな息を吐き出しながらも受け取った。

「はあ……せっかくの甘い空気も終わりか」
「だ、だって――」
「ま、が千年公の命令第一って考えてるのは知ってるしいいけど。そういうとこも好きだしね」
「……」

さりげなく続いた好きという言葉に顔が赤くなる。その火照った頬に、ティキは素早く身を屈めると軽くキスを落とした。

「――ッ」
「今はこれで我慢する」
「あー!!ティキ、てめぇ何してんだっ!!」

すぐさまツッコミが入り、彼は肩を竦める。

「今度はうるさいのがいない時、さっきの続きをゆっくりね♡」
「な……」
「もう遠慮はしないから……覚悟しとけよ」
「ちょ、覚悟って……」
「何だよ。もうオレのもんだろ?」
「――え」

余裕たっぷりの笑みを浮かべるティキに、ちょっとだけ悔しくなる。だけど、これからは私も自分の心を殺さないで彼の傍にいれるんだ、と思えば、それも小さなものだ。彼らはノアで、私はただの人間だけど、それでも心は同じだから。その幸せを、彼に教えてもらった。

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