第12夜届かぬ光

 







船は今まさに出航するべく帆をあげていた。

「ティムキャンピー。この海の先に師匠はいるのか?」

そう問いかければティムキャンピーはパタパタと羽を動かし地平線の彼方を見た。

「出来ればあの国には行きたくなかったのになぁ。バカ師匠・・・・。これで死んでたりしたら恨みますよ」

そうボヤきながら船のマストに腰を掛ける。下の甲板からは船員たちの元気な声が聞こえていて、ラビやクロウリーも出航の手伝いをしているようだった。

は見つかったんだろうか・・・・)

船のマストに座りボーっと海を見ながらそんな事を考える。
とりあえず出航を遅らせてもらい、教団側からの無事を知らせる連絡がないかと待っていたけど、一向にそんな報告は来ない。
これ以上、出発を遅らせるわけにもいかず、遂に今日、日本に向けて船を出すことになった。
あれからリナリーやクロウリー、それにラビとブックマンもの事には触れなくなった。
話をしたところで心配する言葉しか出ないし、状況の分からない者同士で話をしたってツラくなるだけだからなのかもしれない。
でも全員、が無事である事を信じながらずっと心の中で祈ってる。

「ティム」

相棒を呼ぶと頭から手のひらに飛んでくる。
以前、ラビにせがまれて見せた事のあるの映像。それを映し出してもらえば彼女の明るい笑顔がそこに、ある。

『お帰り、アレンくん』

優しい笑顔で僕に笑いかけてくれたの姿が、まだ記憶にも鮮明に残っているのに。
何だか懐かしいと思うほど会っていないような気がする。

「なあ、ティム・・・・。お前も無事だと思うだろ?は簡単にやられるような人間じゃないよな」

ティムキャンピーは僕の言葉に応えるように大口を開けたまま何度も頷いた。

「だよな。ノアなんかにやられるわけがない・・・・」

ティムキャンピーに言っているのか、それとも自分に言い聞かせているのか。
少しでも不安を消し去りたくての元気な笑顔をずっと見ていた。その時――――キュィィンと音を出しながら僕の左目が反応した。

「・・・・アクマ?!」

慌てて立ち上がり辺りを見渡す。しかしアクマらしき姿は見えない。

(まだ遠い・・・・。どこから――――?)

真っ白な雲の広がる空を何度も見渡した。すると南の方角から徐々に近づいてくる黒い影――――。その数に思わず息を呑んだ。

「――――みんな!!!アクマが来る!!」

僕が叫ぶと甲板で作業していたラビやクロウリーが、ハッとしたように上を見た。
その僅かな時間でアクマが船の上空へと飛んでくるのを見て僕は急いで甲板に飛び降りる。

「なんて数なの!」
「オレらの足止めか?!」

アニタさんやラビがアクマの数に驚いている横でマホジャさんが船員へ指示を出した。

「迎撃用意!総員、武器を持て!!」

その声に船員たちが一斉に動き出す。

「ううっ・・・・!歯がうずく・・・・!!」

クロウリーもアクマを見て血が騒いだのか、表情が変化している。
そこへブックマンも走ってくると、僕らエクソシストは全員一気に発動した。なのに――――。

「・・・・?!何だ・・・・?」
「何やってんだ?こいつら・・・・。船を通り越していくさ!」
「どうして・・・・・」

大量のアクマ達は僕らに攻撃してくるでもなく、船の上を凄い速さで飛んでいく。
その光景に唖然としていると、不意に背後からアクマが一体、飛んできた。

「うあっ!」

掴まれた、と思った瞬間、僕の体は空を飛んでいて、見てみれば僕の左足をアクマが咥えている。

「・・・・くっ!」

あ、ホレ。やっぱしだ。エクソシストだよ!黒いからもしかしてって思ったんだ
ホントだぁ。お前、目ェいいなあ!
でもお前、それ捕まえんのがオレらの仕事じゃねェぞ。捨てろよ
ヒヒヒ。固いこと言うなよ。お前、オレがこいつ殺せるから羨ましいんだろ
右半分くれよ
ダァーーメ!

「・・・・くっそっ!」

ふざけた会話を聞きながら逃れようともがいても、アクマは足を咥えたままスピードを速めていく。
こうしている間にもどんどん船から離れて行ってしまう。焦った僕はコンバートした腕で思い切りアクマを撃った。

ギャンッ!!この、クソエクソシスト!暴れんじゃ・・・・っあ・・・・!おっとぉ!

しゃべった瞬間、足が離れる。でもすぐに捉えられた。さっきとは違い今度は体全体を包まれ凄い力で締め上げられる。
ギシギシと骨のきしむ音がした。

「くっ・・・・」

へへへ!落とすもんかよ。オメーはオレんだ!ぶっ殺・・・・

その時、ドン!という音がして突然体が自由になった。そのまま落下していく僕の視界に入ったのは――――

「アレンくん!!」
「・・・・リナリー?!」

リナリーは自らの対アクマ武器、ダークブーツで僕を捉えていたアクマを破壊し、ギリギリのところで僕の腕を掴んだ。
どうやら船から飛んできてくれたらしい。

「大丈夫?アレンくん!」
「・・・・大丈夫です!ありがとう、リナリー!早く船に戻――――」

その時、近くでドォォンという派手な攻撃音がしてアクマ達が一斉に騒ぎ出すのが見えた。

出たぞぉ!!
ギャハハ!

「――――な、何だ、あれ・・・・?!」

アクマ達が飛んでいく方向。巨大で不気味な白い形をしたモノがふわふわと浮かんでいるのを見て、僕は息を呑んだ。

いっけえ!!
ブっ殺せやぁ!!

「きゃあっ」
「・・・・あっ」

後から飛んできたアクマ達も口々に叫んでこっちに突っ込んでくる。その衝撃でリナリーと繋いでいた手が離れてしまった。

「アレンくん・・・・!!」
「リナリー!!」

再び落下しながら手を伸ばす。あいにく僕のイノセンスはリナリーのダーク・ブーツのように空中は飛べない。
再び真っ逆さまに落ちていきながら体制を立て直すのが精いっぱいだ。
すると上空で何かが光った。次の瞬間、物凄いスピードで飛んでくるリナリーが見えて、気付けば僕の手は彼女の手に握られていた。

「・・・・は、速いね、リナリー」

無事、近くの村――小さな集落のようだ――に降ろされて苦笑を漏らす。

「第2解放したの。ごめん、大丈夫だった?」
「うん。それより――――」

と言いながら上空を見上げた。
霧が立ち込めているのか、それとも爆撃のせいなのか。さっきまで見えていた青空はどこにもない。
黒煙が立ち込め空一帯はどんよりとした色へと変わっていた。
合間に聞こえるドン!ドン!という攻撃音。目を凝らしてよく見れば、あの得体のしれない白い物体が無数のアクマ達に攻撃されていた。

「・・・・攻撃されてる?!」
「まさかアクマ達はあの白いモノを狙って来たのか・・・・?!」

その時、爆風で空中を覆っていた煙が僅かに晴れ、受かんでいた白い物体がその全貌を現した。

「―――――あれはっ?!」

人間の胴体のような形。腰から下は何もない。そして更に異様なのは左胸の辺りから人の顔のようなモノが半分出ている事だった。

「スーマン・・・・?」

驚愕している僕の隣でリナリーが呟く。その瞬間―――――

「きゃあぁぁぁぁっ・・・・!」
「リナリー?!」
「ああぁぁぁぁっっ」
「どうしたんです?リナリー!」

地面に崩れ落ちたリナリーの体を何とか受け止めながら顔を覗き込めば、彼女は恐怖に怯えたように耳をふさぎながら瞳には涙を浮かべていた。

「咎落ち・・・」
「・・・えっ?」
「使徒の・・・なり・・・そこない・・・・」
「咎落ち・・・って何ですか?」

頭を抱えながらブルブルと震えているリナリーに問いかける。
リナリーは僕の腕にしがみつくように顔を上げると空に浮かんでいる物体を見上げた。

「咎落ちっていうのは・・・イノセンスとのシンクロ率が0以下の人間・・・・。"不適合者"がイノセンスとシンクロしようとすると起こるものなの・・・。
"咎"は使徒でない者が神と同調シンクロしようとする罪なんだって・・・・。
今はもう禁止されてるけど・・・教団で行われていた実験を見たことがあるの・・・。エクソシストを作る実験・・・。だからあの姿は知ってる・・・」

リナリーはそう説明すると声を震わせた。

「でも・・・どうして?スーマンは適合者なのにどうして咎落ちに?彼に何があったの・・・?――――スーマン!!!」

リナリーの叫び声が空しく響く。
その時、アクマの攻撃を受けていた白い物体が突然強い光を放ち、一瞬にして膨大な数のアクマ達を消し去った――――













「――――っ?」

ハッとして思わず足を止めた私にティキは訝しげな声で「どうした?」と訊いてきた。

「・・・・何でもない。ただ・・・・すぐ近くで――――」


"アレンくんとリナリーが戦ってる気がして――――"


そう言いかけて口をつぐんだ。ティキに言うべきことじゃないと思ったからだ。
それに皆はとっくに日本へ向けて出発しているだろうし今頃はきっと海の上だ。この時の私はそう思っていた。

「何だよ?言いかけてやめんなって」

ティキは苦笑気味に言って私の頭をクシャリと撫でた。その馴れ馴れしさに苛立ち、軽く突き放す。
でもすぐに腕を掴まれ引き戻された。

「一人で歩けないクセに無理すんなって」
「・・・・いいってば!今から歩く練習したいの。あなたの手なんか借りなくても済むようにね」

そう言って肩を抱いている腕を振り払う。そのまま手を伸ばし壁に触れるとそれを辿りながら足を踏み出した。
病院内くらい一人で移動できなければこの先、生きてなんかいけない。この傷ついた目が見えるようになる可能性は低いのだ。

「ったく。強情な奴」

ティキは苦笑気味に言って、それでも私のそばについて歩いているのかコツ、コツと靴音が聞こえる。

「ついて来ないでよ・・・。ちょっと売店に行くだけなのに」
「そんなわけには行かないっつーの。とりあえず明日の朝に包帯がとれるまでは無理されても困るんでね」
「・・・それくらい分かってる」
「そぉ?ってか売店に行くって、金持ってんの?」
「・・・・・・・」

その一言ではた、と足が止まる。そう言えば自分のトランクなどは全て置いてきてしまっている。
手元にあるのはボロボロになった団服だけで、お金だけじゃなく着替えすらない。

「そのパジャマはレンタルだけど、いくら入院患者でも売店は金がなきゃ何も売ってくれないぜ?」

そう言いながらティキがニヤニヤしている。(声でだいたい分かるようになってきた)
そのニヤけた顔まで浮かんで来たらムカついて、私は踵を翻した。

「あれ、行かねェの?」
「行ったってお金ないし」

壁に触れながら病室へと戻る私を見て、ティキは小さく噴き出したようだった。

「だーからオレに"買って来て"って可愛く頼めば買って来てやるってのに」
「死んでもイヤ」

後ろから追いかけてくる声にそう言って病室のドアに手をかける。ホントは喉が渇いてジュースでも、と思ったけどお茶で我慢しようと思った。

「おい
「うるさいわね。いいって言ってるでしょ――――」
「そこ、違う人の病室」
「・・・・・・」

その一言に無言のまま、ドアを閉める。幸い中の患者さんには気づかれずに済んだようだ。

「ぷっ!っくくく・・・」
「な、なに笑ってんのよ・・・」
「い、いや・・・何かおもしれーなーと思ってさ」
「バカにしてるわけ?仕方ないでしょ?見えないんだから!」
「そうじゃなくて―――――」

不意に手が頭に乗せられた。

「可愛いなーって意味」
「・・・な、何言ってんのっ?」
「いいから強がんなって」

その瞬間、繋がれた手に驚いて振り払おうとした。なのにティキは握る手に力を入れて離そうとしない。

「ちょっと――――」
「売店、行くんだろ?エレベーター乗ったって見えないんじゃボタンも押せないって」
「あ・・・・(そうだった!)」

痛いところを突かれ内心ムカついたけど、手を引かれるままティキについて行く羽目になった。
いつも彼のペースに乗せられてしまう自分が嫌になる。敵のクセに、ノアのクセに、ティキは妙に人間臭いところがあるから調子が狂うのだ。

「こんにちは」
「あら、美形のお兄ちゃん。いつもの煙草かい?」

エレベーターを降りて少し歩くとティキが誰かに挨拶をした。会話の内容から、それが売店のおばさんだと分かる。

「いや、今日は彼女の買い物」
「あらそう。その子が前に話してた、入院してるってー恋人かい」
「こ・・・恋・・・っ?!」
「そーなんだよねー。言った通り可愛いだろ?」
「ちょっと!何言ってるのよっ」

あまりの会話に思わず口をはさむと、売店のおばさんは豪快に笑いながら、「シャイな子だね」などと言っている。
冗談にしてはあまりにタチが悪すぎる、とティキの横腹を肘でつつけば、耳元に口を寄せた気配がした。

「ここは話合わせて。変に思われる」
「だ、だからって恋人って――――」
「雑談の中の成り行き上ってやつだからムキになんなって」
「―――――っ(なるにきまってるでしょっ!)」

小声で話すティキに私は心の中で思い切り叫んだ。でも売店の前で言い合いをするほど私も子供じゃない。
仕方なく無言でいれば、「何が欲しいんだっけ?ハニー」とティキが愛想のいい声で訊いてきた。

「・・・じゃあ、コーラ(何がハニーだっ)」
「OK。って事でおばさん、コーラ10本ほどちょうだい」
「あいよ」
「ちょ、そんなにいらないわよ・・・っ」

本数の多さに呆れて文句を言う。いくら喉が渇いていても10本はさすがに飲めない。
でもティキは済ました声で、

「いちいち買いにくるの面倒だろ?病室に冷蔵庫があるんだし買いだめ」
「・・・・買いだめって・・・・」
「いいからいいから。その方がも楽じゃん。――――あ、おばさん。そこのチョコと飴もね」

呑気に次々と商品を頼んでいるティキに内心呆れながらも無一文の私には何も言う権利などない、と溜息をつく。
自分の物が手元にないのがこれほど不安だとは思いもしなかった。

(着替えもないし・・・その前にゴーレムはどうしたんだろう?ゴーレムがあれば近くにいる誰かに信号くらいは送れたかもしれないのに・・・)

そこでふと神田の事を思い出した。あの夜、ゴーレムから聞こえてきた神田やマリ、デイシャの会話が脳裏をよぎる。
あの時はこんな事になるなんて想像もしてなかった。大人しく待っていろと言った神田の言葉を無視した結果がこれだ。

(神田、怒ってただろうな・・・・。勝手なことしやがってって。私の事なんかもう死んだと思ってるかもしれない)

あの目つきの悪い顔を思い出し無償に会いたくなった。あの憎まれ口も今なら笑って許せる気がして――――。


「――――何考えてんの?」
「・・・・っ」

不意に肩を叩かれドキっとした。ティキは買い物を終えたのか、「病室に戻ろう」と言って再び手をつなぐ。
その手の温もりだけを感じれば、相手が敵だという事も忘れてしまいそうだ。

(そう言えばデイシャと再会した時、コケそうになった私を助けてくれたっけ。それで神田が私を支えて歩いてくれた・・・・)

突然あの日の事を思い出し寂しさで目頭が熱くなった。笑いあったあの時に時間が戻ればいいのに、と本気で思う。

「どうした?って・・・泣いてんのか?」
「・・・っな・・・・泣いてない」
「泣いてんじゃん・・・」

ティキに手を引かれながら泣いてる私は、傍から見れば子供みたいだ。でも涙が溢れて止まらない。
仲間が恋しくて、一人は寂しくて、本当なら大声で泣きわめいてしまいたい。そう思った瞬間、体がふわりと浮いて驚いた。

「な、何・・・・?」

ティキに抱き上げられたのだと分かり慌てて体をよじる。

「・・・ちょっと!下ろしてよ・・・っ」

私が何度そう言っても、ティキは無言のまま私を抱えて病室へと戻って来た。
ベッドの上に座らされホッとしたのもつかの間、濡れた頬を撫でられた感触にドキっとして立ち上がろうとした。
なのにその体を強く抱きしめられて思わず肩が跳ねる。

「ちょ、ちょっと何すんの――――」
「泣くなって言ったろ」
「私の事はほっといて!それより離してよ・・・・!」
「嫌だね。が泣きやむまでこうしてる」
「私は一人で大丈夫――――」
「だったら何でそんな寂しそうな顔してんだ?」

ティキはそう言って僅かに体を離す。そのスキをついて逃げようとした私の腕をティキは強引に引き戻した。

「ちょっとやめて・・・っ」
「誰を思ってそんな顔してんだよ」

怒気の混じった声。何故この人は怒ってるんだろう?そんな事を思いながら何とかティキの腕をほどこうとした。

「何言ってんの?だいたい私の表情なんか分からないでしょ?半分包帯だらけなんだから――――」
「分かるよ。寂しいって顔してる」
「――――そ、そんな事っ」
「まだ仲間が恋しいか?それとも会いたい奴でもいるとか?」
「ち、違うってば!いいから離してっ!敵のあなたに触られたくなんかない・・・・っ!」

そう怒鳴った瞬間、ティキがほんの僅か息を呑んだ気配がした。そして不意に体が離れ、自由になる。

「あっそ、だったらいつまでもメソメソ泣いてりゃいーさ」
「・・・・ティキ?」

彼が立ち上がった気配がして顔を上げると、いきなり手の中に袋のようなものを渡された。
触れた感触で売店の袋だというのが分かる。中にはコーラやお菓子の袋のようなものがたくさん入っていた。

「それ食って飲んで一人で泣いてなよ」
「な、何よその言い方――――」
「オレがいない方が安心して泣けるってんならお望み通り少しの間消えてやる」

ティキはそう言って私の額を軽く押すとそのまま歩いて行く。
バン!と勢いよく閉じられたドアの音で病室を出て行ったのが分かった。

「な、何なのあいつ・・・・」

無駄に優しくしてくるかと思えば突然抱きしめてきたり、そうかと思えば怒ってみたり。
ノアって感情の起伏が激しいんだろうか、とさえ思う。おかげでさっきまでの寂しい気持ちが少し軽くなったけれど。

「メソメソ泣いてろ・・・・かあ。神田がいたら同じこと言われそう・・・・」

目を吊り上げて怒ってた神田の顔を思い出し苦笑する。確かに泣いてばかりじゃいられないし寂しがってる場合でもない。
なのに自分だけ皆と離ればなれでいるこの瞬間が時々凄く不安になるのだ。

(そう、それに教団の皆はどう思ってるんだろう?急にいなくなった事でやっぱり死んだと思ってるのかな・・・・)

イノセンスを破壊されたショックでそこまで頭が回らなかったけど、そう考えると更に不安になる。
死んだと思われてるなら探してはもらえないだろう。

「・・・・デイシャは・・・・無事に教団へ帰れたかな・・・・」

いっそあのままデイシャと一緒に殺されていれば。なんてバカな事まで考える。

「ダメダメ・・・・!そんな弱気じゃティキにつけこまれるだけじゃない!」

自分の弱さに嫌気がさして思い切り頭を振る。それに生きているからこそ、狙われているアレンくんを助けることが出来るかもしれない。
そう心に決めたはずだ。こんな事くらいでめげてちゃデイシャにも申し訳ない。

(私は生きてる・・・・。それだけで十分なはずでしょ?)

必ず生きて皆のところへ戻る。そして伯爵とノアの事を報告しなければ。
たとえイノセンスが壊されたとしても私はエクソシストだったのだ。それくらいの役には立ちたい。

(ノアを知るにはティキのそばにいるしかない。どうせこの目じゃ逃げ出す事も出来ないんだし・・・・)

そこで手の中にある袋を思い出し、コーラを手に取った。他にもポテトチップスのような袋やチョコの箱のようなものがある。

「これ・・・私に食べろって事かな。ノアのクセに変なとこで気を遣う奴・・・。まあ最初に会った時もフェミニストっぽかったけど)

多少呆れつつコーラに罪はない、とプルタブを開けて一口飲んでみた。

「・・・・ん、美味しっ」

喉が渇いていたせいでしゅわっとする炭酸が美味しく感じる。久しぶりに甘い物を口にした気がした。
じわりと体に染み入るようで、体力も低下してたんだろうと感じる。これから行動するには体力を戻さなければいけない。

「今夜から食事、とろうかな・・・・」

ここへ来てからずっと点滴だった為、水やお茶以外は何も口にしていない。
思い出した途端、急にお腹が鳴りだし自分で苦笑した。

「イノセンスはもうないのに・・・お腹が空くのは前と同じね」

明日、包帯がとれる。もしそこで2度と視力が戻らないと言われても、私は絶望しないで前を見ていくしかない。

「頑張らなくちゃ・・・。アレンくんの為にも」

そう呟いた時、またしてもお腹が鳴って、私は一人赤面しながらポテトチップスへと手を伸ばした。













夜、屋上に上がるとぼんやりとした月が浮かんでいた。この国特有の汚れた空気がそう見せているのかもしれない。
煙草に火をつけ、月を見ながら煙を吐き出す。煙草にゆるいところは気に入ってるが、この汚染された空気だけはなじめない。

何をイライラしてるレロ?

「・・・・また来たのかよ。オレ、帰れって言わなかったっけ〜?」

聞きなれた声を背後に感じ、オレは煙と共に溜息をついた。この歳でお守付きの旅なんか冗談じゃない。

レロだって戻って来たくなかったレロ!でもロートたまが戻れって言うレロ

「ったくロードの奴・・・・心配しすぎ。オレを誰だと思ってんだろ〜ね〜」

それもこれもあの女エクソシストがそばにいるからレロ!

「だーから彼女はもうエクソシストじゃなくて普通の女の子だっつーの。今じゃオレの助けなしに歩けないくらいなんだぜ?可愛いだろ」

そんなこと言ってる場合じゃないレロ!なら何でそんなにイライラしてるレロ

「さあねぇ・・・・。ただ――――触れるなと言われると触れたくなる。離せと言われりゃ離したくなくなる・・・・」

・・・・どういう意味レロ?

「時々さあ、彼女を見てるとめちゃくちゃに壊したくなんだよね・・・・。特にこんな夜は、さ」

そう、拒まれたら拒まれただけ黒い方のオレが少しづつ大きくなっていくから――――。

ゾクリと足元から這い上がってくる感触に顔を覆う。"ノアの力"が戻ってくる感覚。額に浮かぶ聖痕はノアの、証。

「・・・・レロ、着いてくるなよ?」

・・・・ティキ?

不意に踵を翻し病院内へと戻る。

こんな夜はオレの中のノアがどうしようもないくらいに疼くんだ。

気を付けないと・・・・戻れなくなるくらいに――――。

















月明かりの中で数体のアクマが爆発して、ティエドールを襲撃に来たアクマは全て壊された。
神田は六幻を鞘に戻すと、盛大に溜息をついて座り込む。

「終わったな」
「ああ・・・・。ったく、どんだけ襲ってきやがるんだ、アクマどもは」

たき火に枯れ木を放り投げながら神田は小さく舌打ちをした。
今夜は宿も取らず野宿するというティエドールについて来たはいいが、寝ようとした途端に大量のアクマが現れたのだ。

「まあレベル2程度のアクマがどれだけ来ようと足止めにすらならないさ」

ティエドールは呑気にそう言うと、「目が覚めてしまったね」と言いながらウイスキーの瓶をバッグから取り出した。

「寝る前に3人で一杯やろう」
「え、ですが師匠・・・・。またアクマが襲って来たら――――」
「大丈夫だよ。寝酒程度しか呑まないから」
「は、はあ」

ティエドールからカップに入った酒を渡されマリは困ったようにそれを受け取る。
神田はすでに飲む気満々で勝手にウイスキーを注いで一気に飲み干した。

「飲まなきゃやってらんねえ」
「神田くんは強いからね。さ、もっと飲みなさい」

神田は教団の中でもザルと言われるほど酒に強い。
ティエドールはそれを知っているせいか、神田のカップに酒をどんどん注いでいく。

(これが寝酒というんだろうか・・・・)

2人の飲みっぷり――音で把握――にマリは内心そう思ったが、楽しそうにしているティエドールの声を聞いて何も言わずにおいた。
デイシャが殺され、が行方不明のまま未だに生存が確認されていない。その事でティエドールも最近は元気がなかったのだ。

「そう言えばこの頃アクマと一緒に現れる大男っていうのはやはりノアの者なんでしょうか」

マリはふと先ほども姿を現したという大男の話を思い出しティエドールに訊いてみた。
マリは気配と音だけは感じることが出来るが姿までは見えない。神田がその男に気づいて教えてくれたのだ。

「まあ、そうだろうね。でも彼は全く襲ってこない。遠目で我々を見ているだけだ」
「不気味、ですね。目的は師匠のイノセンスだと思うのですが・・・・」
「チッ。ただの腰抜けだろ。戦えねえからこっちの様子だけ偵察に来てるのかもしれねえ」

酒をあおりながら神田は面白くなさそうに呟いた。

「昨日は追いかけたがソッコーで姿を消しやがったしな」
「でも次に会った時は単独での深追いは禁止だよ?ノアはどんな能力を秘めているか分からないからね」
「・・・・チッ」
「コラ、神田!」

己の師でもあるティエドールにまで舌打ちをする神田に、マリが慌ててたしなめる。
それでもティエドールは「まあまあ」と笑いながら受け流すと、不意に真剣な顔で夜空を見上げた。

「でも私もね。君と同じように彼には訊いてみたい事があるんだよ」
「・・・・」
「もし彼がデイシャを殺し、を浚ったノアなんだとしたら――――」
「・・・・したら?」
を取り戻すために私は彼を倒さなければいけないからね」

静かに言うティエドールに神田とマリも無言のまま空を見上げる。
今宵の月はどこかおぼろげで物悲しい光を放っていた。

は今、どこでこの空を見上げているのかな」
「しかし師匠・・・・。彼女がまだ生きているという保証は――――」
「生きてるに決まってんだろ」

確信を持つように言い切る神田に、マリは一瞬言葉に詰まった。

「あいつはそう簡単にくたばるような奴じゃねえ」
「しかしこれだけ経っても消息が分からないんだ。最悪の場合も考えて――――」
「うるせえな!もし殺されてんだったらデイシャと同じ場所に放置したはずだ。何故浚う必要がある?」
「それは・・・」
「あいつが"ハート"だったとでも?確かにのイノセンスは強力だが"ハート"が壊されたら他のイノセンスも失うんだろ?なら何故オレ達のイノセンスは消滅してねえんだよ」

いつになくムキになる神田にマリも口をつぐんだ。

「奴らが"ハート"を見つけたならソッコーで破壊する。でも未だにオレ達のイノセンスが消滅してねえって事はが"ハート"じゃなかったって事だ」

"ハート"でもないエクソシストを浚う理由がねえだろが、と神田は言って残りの酒を一気に煽った。

「珍しくムキになるな。酔ってるのか?」
「酔ってねえしムキになってるつもりもねえよ。ただが死んだと決めつけるには早いって言ってんだ」
「まあまあ。ケンカしないで」

そこでティエドールが苦笑交じりで口を挟んだ。

「でもね、私も神田くんの意見に賛成なんだ」
「師匠・・・・」
「彼の言う通り、が"ハート"なら即破壊するだろう。でも違うなら浚う必要もない。では他の目的があって浚ったんだとしたら?今も生きている可能性は0じゃないさ」

静かな口調で言うティエドールに、マリは「確かにそうですね」と納得したように頷いた。

「我々は信じて探せばいいんだよ。そして見つけたら必ず奪い返す。大切な仲間をもう失いたくないからね」
「はい、師匠」
「・・・・・」

神田は無言のまま、あの街から持って来ていたのトランクを見る。
ラグに教団へ送りましょうか?と言われたが、神田は敢えてそれを断ったのだ。
それはが必ず戻ってくると信じているからに他ならない。

(チッ。オレにあんな重てえもん持たせやがって・・・・。見つけた時に思い切り文句を言ってやる)

心の中でそう毒づきながら、神田は一気にウイスキーを飲み干した。














「・・・・うっ」

一瞬、背筋に冷たいものが走った気がして私は目を開けた。
いや開けたような気がしただけで包帯に巻かれているこの目には何も映らない。

「何だ・・・・夢かあ・・・・」

ホッと息をつき苦笑する。昼間思い出したからだろうか。
夢の中の神田はいつも以上に仏頂面だったな、とおかしくなった。

(今、何時なんだろう・・・・)

目が見えないと暗いのか明るいのか、それすらも分からない。
今夜は久しぶりに食事――と言っても、ただのお粥――を食べたせいで早めに睡魔が襲って来た。
どれくらい寝たのかは分からないけど今は夜中だというのはこの静寂が教えてくれた。
こうして寝てばかりいると、病院内のかすかな物音や色んな話し声などで、だいたいは分かってくるようになる。

(もうとっくに消灯したみたいね・・・・)

病室の外からは何の音も聞こえない。と言っても、この病室は特別室だから同じ階に入院している患者は私を入れてたったの3人。
三つ手前に一人と、もう一人の患者さんは随分と離れた病室らしく、消灯した後は何の物音もしない。
ある時間になると看護師さんが巡回に来るだけでその他はとても静かなところだった。

(そう言えば・・・ティキはどうしたんだろう?)

あれから戻ってくる様子もなく、私は少しだけ気になった。いつもなら夜になると一度は顔を出すのに。
寝ている間に戻ったのかと、耳を澄ましてみても病室にいる気配はない。
普段は空いている病室で寝ていると言っていたが、何故かそんな気もしなかった。

(まだ怒ってるとか・・・?)

先ほど僅かに怒りを見せたティキを思い出し溜息をつく。
そもそも怒りたいのはこっちだと言うのに何だったんだ、と思いながら私はゆっくりと寝返りを打った。

「・・・って、何を気にしてんのよ、私はっ」

何となく気にしている自分に気づき、その気持ちを慌てて否定する。
ただ、あれだけ纏わりつかれていたから突然いなくなるとやけに孤独を感じたのだ。
いたらいたで腹立たしいが、いなければ何となく落ち着かない。

(バカな――――。あいつはデイシャを殺したノアだ。あんな男に心を許しちゃいけない・・・)

今の私は一人じゃ何もできないから不安になってるだけ。そう、それだけだ。

「別にあんなヤツ、どこに行こうと関係ない・・・」

明日、包帯がとれた時、この目が見えなかったとしても。
私は一人で歩いて行ける力を身につける。ティキはそれまで利用してやればいいんだ。

「早く・・・みんなに会いたいよ・・・」

布団に潜り、零れ落ちた弱い言葉を隠す。

この時、廊下で誰かが私の様子を伺っていたことなど、まったく気づきもしなかった――――。














暗く、狭い部屋の中にギシ、ギシ・・・っとベッドの軋む音が響く。
その音に混ざって、女の切なげな喘ぎが吐息と共に紡ぎだされた。

「あ・・・んっぁあ・・・凄・・・い・・・」

煩悩のまま、欲を吐き出すように腰を打ち付ければ、女は背中を引きつらせながらオレの胸へと手を伸ばしてきた。
その細腕を強く引き寄せ、体を起こすと女と向き合う形になる。
座った態勢のまま腰を振れば、形のいい女の胸がゆらゆらと妖しく揺れた。

「んっ・・・ぁん・・・。奥に・・・当た・・・っちゃう・・・」
「それが・・・いいんだろ?」

繋がった場所からは厭らしい粘膜の擦りあう音が止むことなく聞こえてくる。
それを耳の隅で聞きながら、女の腰を掴んで強引に後ろを向かせた。

「あっん・・・ちょ・・・っと・・・」

繋がったまま態勢を変えられたからか、女が恨みがましい声を上げる。
そんな抗議も無視して、オレは後ろから更に激しく女を攻めたてた。

「あ・・・ぁっや・・・ぁ激し・・・っ」

四つん這いになり、髪を振り乱している女はオレに揺さぶられ喘ぐことしかできない。
こんな夜は、こういった動物的な行為だけでいい。全ての欲を吐き出してしまえば、オレはまた"あっち側"へと戻れるから。

「あぁ・・・っイク・・・っ」

根元まで腰を突いた瞬間、どろどろになっている女の中がヒクヒクと動きだし急激に締め付けてくる。
その締め付けにはオレも限界で、同時に自身のモノを中からずるりと抜いて、外へ全てを吐き出した。

「く・・・っ」

オレよりも先に絶頂を迎えた女は、ぐったりとしたままベッドへ倒れこむ。
その姿を見てオレも隣へ寝転んで呼吸を整えるよう息を吐き出した。

「凄い・・・良かったわ・・・」
「・・・あっそ」

まだ浅い呼吸を繰り返している女はそう言いながらも体を寄せてくる。
その目つきは未だに妖しく光っていて、貪欲なまでにオレを求めているように見えた。

「まだ、したりねェの?」
「だって・・・こんなにいい男に誘われたの初めてだし、一回じゃ寂しいもの」
「何だそれ。いっつもあのバーで男引っかけてんだろ?」
「人聞き悪いわね。誰でもついて行くわけじゃないわ」

女はスネたような口調でオレの腕をつねってくる。
オレにしてみれば行きずりの女が何人の男を引っかけてようが知ったこっちゃない。
オレはただ、この疼きを止めたくて、ふらりと入ったバーでこの女を誘っただけだ。

「でも・・・あなたみたいな素敵な人が抱かせてくれる恋人の一人もいないわけ?」
「恋人、ねぇ。そんな暇ねぇし出会いもないからさ。寂しいもんだよ」
「またそんなウソばっかり言って。出会いなんかいくらでもありそうよ?向こうから寄ってくるんじゃない?」
「あいにく・・・そういった女は嫌いでね。オレの言いなりになるような貞淑な女はつまらないだろ?」
「ふーん。ああ、意外とMっ気あったりして」
「まっさか。オレは超ドSだって自他ともに認めてんだけど」

言いながら体を起こし、肘をつく。女は楽しげに笑いながらオレの方へと寝返りを打った。

「でも・・・最初に見た時は凄くギラついてたし、確かにSかもねー」
「ああ・・・。あれは・・・まだどっちにするか決めてなかったから」
「・・・どっちって?」

オレの言葉に女が訝しげな顔をする。オレはニッコリ優しい笑みを浮かべて、女の耳元へ口を寄せた。

「殺すかヤるか?」
「な・・・何よ、それ・・・」

オレの一言に女は一瞬で怯えた顔をする。
素性も知らない男と二人きりなのだから、こんなセリフを言われれば確かに怖くはなるだろう。
でもオレの言った「殺す」とは普通の人間が対象ではない。

「今夜はあいにく、見つけられなかったんだよねぇ。エクソシスト」
「・・・は?何よ、エクソシストって・・・。悪魔祓いでもしたいわけ?」
「まあ、そんなとこ。っつーことで・・・そっちはやめて女とヤることにしたってわけ」
「よく・・・意味わかんないけど。ま、いいわ。あなたは殺人鬼にも見えないし」
「だろ?それより・・・まだ元気ある?」

女はオレの態度に少し安心したのか、妖しく微笑むとすぐにオレのモノへと手を伸ばしてきた。

「もちろん。一回じゃ寂しいって言ったでしょ?」
「んじゃーもう一ラウンドってことで――――」

そう言い終わるか終らないかのうちに、女の唇がオレのモノをゆっくりと飲み込んでいく。
その甘い刺激に腰が疼き、すぐに硬く勃ちあがった。

「・・・く、・・・ぁ・・・」

粘膜に擦られる気持ちよさに思わず声が洩れて、オレは仰向けのまま目を瞑った。
体全体に湧きあがった熱く昂ぶるものを一度は吐き出したせいで、今は普通の煩悩へと頭が切り替わっている。

本当なら――――エクソシストを見つけて切り刻んでやろうかと思ってた。
でも女に言った通り、奴らに出くわすこともなく。
仕方ないと諦めた時にこの女と目が合った。だったらコッチでいいか、と誘ってみたら案外あっさり着いて来て今に至る。

(何だかなあ・・・。彼女に冷たくされて欲情するって、オレやっぱMっ気あんのかな)

女の愛撫に浸りながらも、ふとそんな事を考える。
でも今夜はこっちにして正解だった、と思い直した。
"黒いオレ"では、自分でも抑制が効かず、何をするか分かったもんじゃない。

今はまだ、壊したくないんだ。もう一人のオレが、そう望んでるから――――。













「じゃあ・・・ゆっくりと目を開けて」

その声が合図となり、私は瞑ったままの目を恐る恐る開けてみた。
今までのような暗闇ではなく、かすかに視界に光が届く。
部屋の中は暗いけど、目の前にいるであろう医師の顔は、ぼんやりとだけど見えるような気がした。

「見えるかい?」
「・・・ハッキリとは・・・。曇りガラス越しに見えるような、そんな感じです・・・」
「そうか・・・」

医師が溜息をつくのが分かった。その時、背後から「このままなんですか・・・?」とティキの声がする。
彼は朝、起床の時間になった時、いつもと変わりない顔で病室に現れたのだ。

「うん・・・。あの手術で戻ってないとなると、一生ぼんやりとしか見えないだろう」
「・・・そう、ですか・・・」

医師にハッキリと告げられ、私は小さく息を吐いた。
薄々自分でも分かっていたのだ。ぼんやりでも視界に何かが映るなら良しとしなければ。そう気持ちを切り替えた。

「あとは・・・角膜移植をするという方法もあるが・・・」
「いえ。それも提供者待ちなんですよね・・・?だったら私はこのままでいいです」

イノセンスを失った上に他人の角膜を移植するなど、私には考えられなかった。
多分、心のどこかでまだ、自分の中のイノセンスが残っているかもしれない、という淡い期待があったのかもしれない。

「そうか。役に立てなくて申し訳ない」
「いえ・・・。あの、ありがとう御座いました」

医師に頭を下げてお礼を言うと、彼はかすかに微笑んだようだった。

「もう体の怪我も治っている。今日にでも退院出来るよ」
「あ、はい。えっと・・・」

私の一存では決められず、後ろにいるティキへと顔を向けた。

「じゃあオレが退院手続きしてくるよ。は看護師さんと病室に戻ってて」
「・・・分かった」

ティキが出て行く音がして、私は看護師さんに連れられ、自分の病室へと戻った。
荷造りするほどの持ち物はないため、とりあえずティキの用意した洋服に着替え、借りていたパジャマを看護師さんへと返す。
そこへ手続きを終えたのか、ティキが戻って来た。

「お待たせ。もう出れる?・・・ってか、やっぱ似合うじゃん。そのワンピ」
「・・・スカート短い。もうちょっと普通のなかったの?」
「何で?教団の団服と似たようなもん買って来たつもりだけど。黒づくめってとこが似てるだろ?」
「・・・良く見えない。でも団服の方がもっとオシャレだったと思うけど」
「あっそ。気に入らないなら脱いでくれて構わないけど?オレはが裸でも全然OKだし、むしろ大歓迎

「・・・・・っ」

「やだぁ、彼氏ってば朝からエッチねー
「暫く彼女とシテないもんでねー。ま、先生から許可も出たし今夜は頑張っちゃおうかと」
「やーだー彼女さんてば羨ましい

「・・・・・(殺したいっ)」

私が文句を言う前に、看護師の女性がからかうように笑い、ティキはティキでバカな応えを返している。
っていうか、とてつもなく「彼氏」「彼女」という言葉が癇に障った。

「あ、おい待てって。一人じゃ危ねぇから!」

バカ二人に構ってる暇はないと、手探りで廊下へ出ようとする私の腕を、ティキが慌てて掴んだ。

「一人でも歩けるってばっ。ぼやけてるけど少しは見えるんだから」
「曇りガラス並みで見えるって言われてもねぇ・・・。いいからオレの腕に掴まっとけって」

ティキは少し強引に私の腕を自分の腕に絡ませると、ゆっくりと歩き出した。
悔しいけど、確かに前へ進むのはまだ怖い。仕方なく彼について行くと、ティキはホッとしたような笑みを漏らした。

「何笑ってるのよ・・・」
「いや・・・素直になられると・・・何かこそばゆいっつーか・・・」
「は?」
「何でもない。んじゃあ行きますかね」

そう言ってティキは鼻歌まじりで歩き出す。
どことなく昨日よりかは機嫌がいいみたいだ。

「夕べ・・・どこ行ってたの?」
「へ?」
「珍しく来なかったけど」

ふと思い出し訊いてみた。でも次の瞬間、視界にぼんやりと顔が見えてドキッとする。

「な、何よ・・・。急に覗き込まないで。驚くでしょっ?」
「ははーん。夕べオレが来ないから寂しかった、とか?」
「はあ?そ、そんなわけないじゃないっ。おかげで静かに寝れたってこと!」
「ふーん。ま、いいけど。夕べはちょっとね・・・。大人の事情っつーことでお出かけ」
「・・・何それ」
「ま、には刺激強いから内緒だよ」
「・・・・バカじゃない。私はこれでも――――」
「19歳なんだろ?分かってるよ。でも――――」
「・・・何よ」

エレベーターに乗り込みながら、ふと顔を上げれば。またしてもティキの顔が目の前に現れ、ついでに唇を何かで押された。

「キスもしたことないだろ?きっと」
「な・・・っ」

そんな事を言われ、あげく唇に触れていたものがスっとなぞるように動く。
それが彼の指だと気付いた時、顔が真っ赤になった。

「な、何すんのよっ!変なとこ触らないで・・・っ」
「ぷっ。顔真っ赤だよ、。やっぱキスもまだなんだ。かーわいい」
「う、うるさいわねっ!関係ないでしょっ」

バカにされて恥ずかしいのと腹立たしいので、私はティキから離れようともがいた。
なのにティキはいとも簡単に私を引き寄せ、再び腕を支えてくる。

「ほら、暴れたら危ないって」

こんな簡単に、自分の体が男の腕に絡めとられる事実に、少しだけ悔しくなった。
普段から鍛えていたはずなのに、思った以上に体力も落ちている。

(まずは体力つけないと・・・ティキにまでバカにされちゃう)

少しでも抵抗できる力をつけなければ。私はそう決心しながら、隣にいるティキを睨んだ。

「そんな顔で睨んでも怖くないって」
「・・・・・」
「あれ・・・今度は無視かよ」

無言のまま顔を反らすと、ティキは苦笑いを零している。
そのままエレベーターを降り、病院を出ると、「さて、と。港に向かおうか」と一言、言った。

「港・・・?」
「そ。オレが探してるアレン何とかって、この辺から船乗ったんだろ?」
「・・・・・」
「もう情報は聞いちゃってるから今更黙っても意味ねぇけど?」
「それでも話したくない」

そんな強がりを言っても無駄だって分かってる。案の定、ティキは溜息をついただけで私の頭に軽く手を乗せた。

「じゃあ・・・話題変える?つか腹減ってない?ここから港まで半日はかかるし・・・今夜はどこ泊まる?」
「・・・・・」
「それも無視かよ・・・。ったく、はホント強情だよなー。ま、そこが可愛いけど」
「ふざけないで。いいから港に行くんでしょ?泊まってる暇なんかないんじゃないの」

街中を歩きながら、ここがどの辺か考える。賑やかなところを見ると繁華街のようにも感じた。

(アレンくん達もこの街を通ったんだろうか・・・)

ふとそんな事を考える。それだけで少しだけ勇気が湧いてくるようにも感じた。

「でも船って一日に一つしか出ないらしーんだよねー。だから今から行っても昼に出航する船には間に合わねえし。一泊するしかないだろ」
「い、一泊って・・・」

ティキの一言に思わず立ち止まる。ティキは離れそうになった私の腕を掴み直すと、

「それともは野宿したいわけ?」

と、楽しげに笑う。(というか私はどっちも嫌だってのに)
と言って、無一文の私に選択権などなく。答えに困っていると、ティキは苦笑交じりで肩を竦めたようだった。

「ま、宿は後で考えるとして・・・まずは飯食おう。も腹は減ってるだろ?」
「・・・まあ」
「んじゃ決まり。港周辺に宿もあるし、そこまで行けば食べ物屋も何かあんだろ」

勝手に決めると、彼は再び歩き出す。
どこをどう歩いているのか、自分では判断もつかず、見えないってことはこんなにも不安になるものなんだ、と思う。

(マリも最初はこんな風に不安を感じていたのかな・・・)

彼の優しい笑顔を思い出しながら、私にも彼ほどの強さと聴覚の良さがあればいいのに、なんて考えた。
暫くティキに引かれるまま歩いていると、不意に彼が足を止めた。

「うわー、すげえー人」
「港・・・?」

さっきから賑やかな声が飛び交っているところを見ると、どうやら港についたらしい。
ティキの言うように、あちこちから威勢のいい声が聞こえてくる。
私はぼやける視界を必死に凝らしながら、海の香りがしてくる方へ視線を向けた。

「あれ・・・あそこに船みたいなの、ない?」
「ん?」

今はおそらく昼時だろう、と思った。もしかしたら今から出る船かもしれない。
やたらと大きな声が飛び交っているのは出航が近いんだと思った。

「ああ・・・。ありゃ個人船だな。誰かが所有してる船みたいだぜ」
「そう。じゃあ・・・乗れないのね」
「おっと――――。、あっちに美味しそうな店みっけたから行こう」
「え?あ、ちょっと――――」

不意に方向転換するティキに驚き、私は転ばないよう彼について行く。

まさかこの時、すぐ近くにラビ達がいるなんて、私は思いもしなかった――――。








「ちょっと電話してくるからは先に食べてて」

オレはそれだけ言うと、レストランの外へと足早に向かう。
先ほど見かけた奴らは間違いなくエクソシスト達だった。
から聞き出した時はすでに出航しているという事だったが、どうやら足止めを食ってたらしい。
奴らの頭上には大量のアクマ達が、ある物を狙って飛んでいくのが見える。

「夕べ連絡した奴か。想像以上にデカそうだな・・・」

遠くの空が黒い雲で覆われていくのを見ながら、オレは薄っすら笑みを浮かべた。

「そろそろスーマンに与えたティーズを回収するとしますか」

ポケットの中からエクソシストから奪ったボタンを取り出す。
気付けば結構集まっていた。これだけあればイーズも喜んでくれるだろう、と懐かしい顔を思い出す。

「あっちのオレに戻れるのはいつになることやら・・・」

溜息をつきながらボタンをポケットへと戻し、港に止まっている船を眺めた。
船上では数人のエクソシスト達がアクマと交戦しているのが見える。
そう時間もかからず、あの船は海の底へと沈むだろう。
あいつらが日本に向けて発つ事は永久にない。

(あの中に・・・アレン・ウォーカーがいるんだったな・・・)

と言って奴の顔は分からない。それに今行ったところで多勢に無勢。
面倒なことは避けたかった。

(ま、もいるし・・・奴らがアクマと戦った後、弱ってるところを叩いてもいいか)

そう思いつき、頭の中で近くにいるアクマ達に呼びかけた。

"殺れ!アクマ共!船の上のエクソシストを存分に殺せ!"

その声に気づいたアクマ達が途中で引き返してくるのが見えたところで、オレはの待つ店へと足を向けた。
あと数時間もしないうちに余計な仕事はなくなるだろう。
あの中にハートがいるという可能性も0ではないだろうが、今はまず弱るのを待つだけでいい。

「それまでオレはとランチ、と洒落込みますか」

だが、店へ戻った時、座っていた席には彼女の姿がなかった。

「あれ・・・ウソだろ?どこ行ったんだ?」

キョロキョロと店内を見渡してもはいなかった。
慌てて奥にあるレストルームも見たが、そこにもいない。

「おい、あそこに座ってた髪の長い女の子はどこ行った?」

すぐに店員を捕まえ問いただすと、男は訝しげな顔でドアの方を指さした。

「さっき注文を取りに行ったら急に具合悪そうにして店の外へ行きましたけど・・・」
「マジかよ・・・」

まさか逃げられるとは思っていなかった。オレは急いで店の外へ飛び出すと、港の方へと足を向ける。
しかしの姿はどこにもない。

「あんな目でそう遠くへはいけないはずだ・・・」

もと来た道を戻りながら、近くにエクソシストがいるとバレたんだろうか、と考える。
だが、あの時のにおかしな素振りは見られなかった。では何故?どこへ行ったんだ?

「くそっ!」

次第に焦りが出て必死に走り回る。何でこんなに焦っているのか。どうして探しているのか自分でも分からなくなった。
逃げられたんだとしたら別にそれでもいい。彼女のイノセンスは破壊され、目的のハートでもなく、リストにさえ載っていない存在だ。
なのにオレは探すのをやめようとは思えなかった。その時――――。

「・・・・・・?!」

港とは反対方向にある小さな村の入り口付近に、彼女らしき姿が見えた気がして、オレは急いで走って行った。

「・・・!おい、どうした?」
「・・・・っ」

近くまで行くと、それがだと分かり、オレは心底ホッとして息を吐き出した。
だが彼女はオレが近づいても、逃げるそぶりも見せずに蹲っている。

「・・・目がどうかしたのか?おい!」
「・・・分からない・・・急に疼きだし・・・て・・・っ」

は苦しそうに目を押さえ、かすかに震えている。
オレはすぐに彼女を抱き起すと、病院へ戻ろうとした。

「今すぐ病院に連れて行ってやるから・・・!」

でもはオレの腕を振りほどき、思い切り首を振っている。

「ち、違う・・・っ」
「・・・違うって・・・何が違う――――」
「近く・・・に・・・アクマがいない・・・?」
「え・・・?」

彼女の一言にドキっとした。確かにアクマはこの近くにいる。それも大量の数だ。

だが見えない彼女が何故それを知りえることが出来るのか。

そこまで考えた時、の体から力が抜け、その場に崩れ落ちた――――。















今日はDグレ。
最近あれこれ読み直しては懐かしさを満喫しております(笑)
Dグレ24巻はいつ発売なんでしょう。神田がっ神田が男前すぎる!(笑)
今ではダントツ一位です、神田さま




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メイル

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