――――ドウシテ・・・コンナコトニ・・・ナッテシマッタノデショウネ・・・
頭の中に知らない声が響く。
黒い影が悲しそうに泣いている。
私は冷たい場所に横たわって、それを見てる。
『――――アナタは・・・・・・だぁれ?』
遠くで凄まじいエネルギーの塊が周りを攻撃している。
オレはそれを聞きながら意識のないを抱いて、その音のする方へと向かっていた。
「くそ・・・こんな時に・・・」
腕の中でグッタリとしている彼女を見ながら僅かに舌打ちが出る。
突然、苦しみだし意識を失った彼女を見た時、病院へ戻ろうと思ったが、アレは予想以上に早く崩壊しはじめ、全てが壊れるのは時間の問題だった。
イノセンスの回収。
そして破壊。
彼女の体調が心配ではあるが、その仕事を放ってはいけない。
それに先ほど二人のエクソシストらしき人物がアレの方へ飛んでいくのが見えた。
もしどちらかがリストに載っているアレン・ウォーカーというエクソシストならば、本来の仕事をしなくてはならない。
「そいつを殺っちゃったら・・・またに嫌われるんだろうなあ、オレ」
ふと、そんな言葉が口からこぼれる。
あのデイシャとかいうエクソシストを殺した事で、オレを本気で殺そうとしたくらいだ。
今はイノセンスも失い、そんな力はない彼女だが、きっと今度こそ憎まれるに違いない。
「なーんか切ないね、それも」
らしくない感情が湧き上がり、苦笑しながらも腕の中にいるの身体を強く抱きしめれば、胸の奥の何かが疼いた。
「あ~落っこちたな・・・」
少しずつ破壊音が近づき、空を見上げると、白い大きな物体がどこかへ落下していくのが見えた。
直後に凄まじい轟音と共に地面がぐらぐらと揺れる。
どこかの村に落ちたのか、あちこちから悲鳴が響いてくるのを聞き、オレは小さく息を吐いた。
エクソシストのなれの果て――――。
スーマンというエクソシストは自らの命と引き換えに、仲間の情報をオレに売った。
その罪により、イノセンスから裁きを受けようとしているのか。
白い物体が再び動き出したのを見ながら、オレは近くの竹林の中へと足を踏み入れた。
「ちょっとここで待ってて・・・」
危険がない場所まで離れ、を大きな竹に寄りかからせると、オレは邪魔な前髪をかき上げ、いつもの姿に戻った。
ノアの一族――もう一人の、オレだ。
ハットを被り直し、その手にカードを出すと、その中にいるセル・ロロンに声をかけた。
「すぐ近くに二人のエクソシストが来てる。リストの中のヤツか?」
《そうで御座います~~~!!近くにアレン・ウォーカ~~が~~》
「あっそ。やっぱそうか」
騒ぎ出すセル・ロロンに苦笑しつつ、そのカード檻をしまうと、空を見上げた。
先ほどからエネルギーのぶつかり合う音が聞こえていたが、それが僅かに小さくなった気がしたのだ。
「そろそろかな」
そう呟いた時、大きな光の塊が竹林の奥へと落下していくのが見えて、オレはゆっくりとその方角へ歩き出した。
今見えた光はスーマンだろう。
そして光の中にかすかに見えたエクソシストらしき者――。
「さぁて、どっちかな」
最初にスーマンへ飛んでいった姿を見た時は二人いたような気がした。
だが今見えたのは一人。
目的の人物なのかどうか、それはオレにも解らなかったが、まずはスーマンのイノセンスを破壊するため、彼らが落ちた場所へ真っ直ぐに向かう。
出来る事なら、の意識がない今、全てを終わらせてしまいたかった。
静かに、ゆっくりとその場所へ歩いて行く。
少し行くと、竹林の奥に人影が二つ、見えてきた。
「ティムキャンピー。リナリー達を呼んできて」
かすかに聞こえてきた声。
どうやら男のエクソシストのようだ。
「彼は死んだわけじゃない。生きてるんだ・・・。この人を家族へ帰そう」
その人物はオレに背中を向けて座り込んでいた。
そいつの目の前には変わり果てた男、かつてエクソシストだった者が虚ろな表情で座っている。
心臓は動いていても、心が死んでいるのは明らかで。
こんな状態でも、彼のことを「生きている」と言い、家族の元へ帰そうとしている行為が、オレは愚かに思えた。
ゆっくりと二人に近づき、スーマンに植え付けたティーズを回収するべく静かに手を上げれば、スーマンの抜け殻はあっけなく形を失った。
「スー・・・マン・・・?」
最後は破裂し、大量の血液の中に沈んだかつての仲間に、そのエクソシストは小さくその名を呼び、驚愕の表情でゆっくりとオレの方に振り向いた。
「ノ・・・ア」
「おいで。ティーズ」
突然現れた敵に戸惑いの表情を浮かべるエクソシストを見下ろしながら、その名を呼べば血の塊から無数の蝶が姿を現す。
「スーマンの体内から・・・っ?これはっ?!」
驚愕するエクソシストを無視し、「おいで」と声をかければ、ティーズは一斉にオレの手のひらへと帰ってくる。
全ての蝶が戻った時、どれだけ成長したかすぐに解った。
「まあまあデカくなったかな」
両手のひらを上に向けると、一回りサイズの大きくなった蝶の形をしたゴーレムが顔を出した。
元気に鳴き声を上げるティーズに「ちゅ」と軽く口づける。
ティーズの代わりに形をなくした者へ「バイバイ。スーマン」と声をかけると。目の前のエクソシストは殺気のこもった目でオレを睨んできた。
「お前・・・っ!何したっ!」
その時、初めて目の前にいるエクソシストの顔を見た。
てっきりジジイかと思っていたその人物は、白髪だが随分と若い。
瞬間、記憶の片隅に過去の光景が浮かんで、オレは「はれ・・・?」と思わず声を上げた。
「お前・・・っ?イカサマ少年A?」
「は?!」
目の前のエクソシストはオレの反応に酷く驚いた顔で首をかしげているが、そこで今の自分の姿を思い出し、小さく苦笑した。
この少年には白いオレの時、会った事がある。
列車の中でカード勝負をした時にイカサマでボロ勝ちしてオレを裸にしたヤツだ。
「ああ、そっか。今のオレじゃわかんないよな。てか――お前、もしかしてアレン・ウォーカーだったりするの――?」
言った瞬間、もの凄い衝撃を左頬に感じ、少しだけ驚いた。
少年が左手でオレの頬を叩いたのだ。
通過自在の能力を持つ、オレの顔を――。
「ふざけるな!スーマンに何をした・・・っ?!お前が殺したのか?!答えろ!!!」
(あの手・・・イノセンスか・・・)
そこに気づき、苦笑した。
それなら納得出来る。
「はは・・・そりゃ敵なんだし・・・殺すでしょ?」
軽く笑いながらその場に座ると、オレは煙草に火を付けた。
「ま!オレの能力知ったところで逃げらんないし教えてやるよ。良く聞けな、少年」
少年は何を考えているのか、震える拳を膝の上で強く握り、ジっとしている。
オレは煙草の煙を吐き出し、手のひらに咲いている蝶を空ヘと放した。
「こいつはティーズ。千年公作の食人ゴーレムだよ。蝶なところはあの人の趣味な?
こいつらは人間を喰うほど繁殖して増えてく。でもこれはこいつらの能力であってオレんじゃない。ティーズはただの道具」
夜空に舞う蝶を見上げながら煙草を一口吸い、右手を軽く持ち上げた。
「オレの能力は――これ」
言ったのと同時に少年の胸を右手で貫けば、彼の瞳が大きく見開かれた。
「大丈夫。痛みはないよ。オレが"触れたい"と思うもの以外、オレは全てを通過するんだ」
少年は言葉もなく、ただ黙って俺の話を聞いている。
その表情には僅かな恐怖が滲み出ていた。
「だから今、もしこの手を抜きながら、オレが少年の心臓に触れたいと思えば・・・刃物で体を切り裂かなくても、オレは少年の温かい心臓を抜き取れるんだよ」
「・・・・・・・・・ッ?」
「生きたまま心臓を盗られるのって――どんな感じだと思う?」
「・・・・・・・・・・・・」
「少年の仲間もこうして死んでいった」
彼は何も応えない。ただ、大きく見開いた両目でオレの腕を見つめていた。
「少年も――死ぬか?」
そう問いかけながら、少年の心臓を優しく掴む。
だが――少年は不意に顔を上げると、真っ直ぐ射貫くようにオレを見てきた。
その瞳には先ほど見えていた僅かな恐怖などなく。
何かを信じているような、そんな強い光が宿っていた。
「・・・シラけるね」
予想してた反応と違い、少し拍子抜けたオレは苦笑しながら煙草の煙を吐き出した。
「盗りゃしねぇよ。このままじゃオレの手袋汚れるもん。だから普段はティーズを手につけて喰わせてんだ」
「・・・・・・は?」
「スーマンはちょっと協力してくれたから、すぐ殺らずにティーズを仕込んで苗床になってもらった・・・。おかげで少し増えたよ」
そういったオレを、怖い顔で睨み付けてくる少年に、肩をすくめて見せた。
「残念だよ、少年。白いオレの時に会えていれば、もう一度カードで勝負したかった」
本音を口にして笑うと、オレは先ほどのカード檻を出して、
「オレ、今とある人物の関係者を殺して回ってるんだけどさ」
そう言って微笑むオレに、少年は僅かに眉を寄せた。
「少年は――"アレン・ウォーカー"か?」
ピクリと指が動いて、その反応と同時に意識が戻った感覚で、私はゆっくりと目を開けた。
「・・・ん・・・ここ・・・は?」
ぼんやりとした視界に映る光景に、私は驚いて辺りを見渡した。
目の前には背の高い竹林のようなものが続いていて、自分はその中の一際太い竹にもたれるようにして座っている。
「私・・・どうして――」
そう言いかけて、ふと思い出した。
ティキと港へ来て、食事をするのに入った店で一人にされた時、不意に感じた瞳への違和感。
痺れるような感覚と痛みに戸惑い、何かに誘われるように外へと出た瞬間、懐かしい感覚に襲われたのだ。
それはエクソシストとして戦っていた時の、イノセンスがアクマに反応する感覚だった。
イノセンスは失ったはずなのに、瞳に現れた痺れと痛みはあの時の反応、まさにそんな感じだった。
その良く解らない感覚に押されるように歩いて行ったが、途中で痛みが酷くなり動けなくなった。
それから――それから?
「ティキの声がしたような気がしたけど・・・」
意識が途切れる瞬間、彼の声と腕に抱かれる感触が今でも残っている。
ならば戻って来たティキが私を探しに来て・・・。
「・・・あいつは?」
気を失う前にティキが来たのなら今もそばにいるはずだ、と辺りを見渡したが、そこに彼の姿はない。
そもそも何故こんな場所に一人でいるのかさえ謎だった。
「あいつ・・・どこに行ったの?」
ゆっくりと立ち上がり、周りを見ても人のいる気配はない。
ぼやけた視界でもそれくらいはわかる。
「まさか・・・置いて行かれたかな」
ふとそんな事を考える。
そもそも敵のノアが元エクソシストの人間を傍に置く方がどうかしてたのだ。
アレンくんをおびき寄せる為だと言われたが、こんな体の私じゃ足手まといだと気づいて、ここへ置いて行ったのかもしれない。
今朝、病院から港へ来るまでの道のりを思い出し苦笑いが零れた。
まともに見えないせいで歩くのが遅い私の歩調に合わせ、手を引いて歩いていたティキは、何度となく私の体調を聞いてきた。
「大丈夫か?」
「疲れてない?」
「目は痛くない?」
そんな事を何気ない会話の中で聞いてくる。
何故ノアの彼がそれほど私を気遣い、優しく接してくるのかわからなかったけれど、もしかしたらこれ以上一緒に行動するのは無理だという判断材料が欲しくて、そうしてたとしても不思議じゃない。
じゃないと辻褄が合わない。
だって私と彼は敵同士なんだから――。
「・・・結局、一人か」
ノアの傍にいれば何か情報がつかめるかと思っていたけど、置いて行かれたとなれば仕方ない。
どうにかして教団へ連絡し、今掴んでいる事だけでも伝えることが出来たら・・・。
「と言って・・・ここから街へ戻らないと連絡すら出来ないか」
ぼやけた視界で今いる場所もわからないのに、さっきの港町までたどり着けるだろうか。
ふと不安になった。
見えなくなって今日までずっと傍にティキがいたのだ。
自分では出来ない事を全てやってくれていたティキがいない今、自分一人で歩いて何かを出来るんだろうか、と心配になる。
「ダメダメ・・・。見えなくなったからって心まで弱気になっちゃ・・・」
軽く深呼吸をしながら一歩、足を踏み出す。
似たような風景のせいで、ぼやけた視界ではあまり周りの物の見分けがつかない分、やはり恐怖はある。
「・・・痛・・・っ」
不意に痛みが遅い、目の奥が疼く感覚に一度立ち止まった。
(今朝、包帯を取ってもらった時は痛みなどなかったのに何故また今になって・・・)
そんな事を思いながら目をつぶり、息を吐き出した。
手術は成功したと言っていたし、見えないだけで傷は癒えているはずだ。
「大丈夫・・・」
自分に言い聞かせるように呟いて、再びゆっくりと目を開けた。
その瞬間、ビリビリと痺れる感覚に思わず叫んだ。
「な、何なの、これ・・・」
以前アクマが傍にいる時に感じていた痛みにも似たソレに、私は唇を噛みしめた。
イノセンスはもうないのだから、アクマが傍にいたとしても何も感じるはずはないのだ。
「なのに何で・・・」
一歩一歩、足を進めながら目をおさえる。
その時、奥の方からかすかに人の話す声が聞こえて足を止めた。
「今の声・・・ティキ?」
聞き覚えのある声に心臓が音を立てる。
せっかく敵の手から逃れられたのだから、また見つかりたくはない。
ただ、ティキは誰かと話しているようだ。となれば相手が誰なのか気になってきた。
こんな場所で誰かと会っている。
それは他のノアなのか、それとも――。
(ティキはアレンくんを探してると言っていた・・・。それも殺すために。それを聞いてティキの傍にいようと決心した。その目的を知るため、そしてティキの傍にいればアレンくんに会えるかもしれないと思ったから――)
逃げ出すには今がチャンスだが、逃げ出したところで今の私に出来る事は少ない。
なら当初の目的通り、ノアの情報を掴みたい。
今ティキと会っているのが他のノアならば何か話が聞けるかも・・・。
そう考えると同時に自然と足は声のする方へ向いていた。
竹に掴まりながらも慎重に慎重に歩いて行く。
その時――瞳の痺れが強まった気がして小さく息を呑んだ。
(この感じ・・・・・・ティキがノアの力を解放してる・・・?)
何故かはわからないが、ふとそう感じて、声のする方角へ目を向けた。
するとぼやけた視界に人影が見えた気がして足を止める。
(二人・・・?やっぱり誰かと一緒にいるんだ)
二つの影は向かい合うようにして何かを話している。
と言って、声がするのはティキの声だけだ。
(もう少し近づかないと・・・)
会話の内容は聞き取れず、私は痺れや痛みを我慢しながらも足を進めていく。
少しずつ声が近くなって、私は見つからないよう静かにティキの背後の方へ移動した。
その時、再びティキの声が聞こえてきた。
「答えろ。少年は――アレン・ウォーカーか?」
「――――――ッ?」
その名に、胸の奥が音を立てた。では今、ティキが話している相手は――――。
《正~解で御座いまぁ~す。こぉ~いつがアレン・ウォーカァ~!デェ~リィ~トォ~》
ティキの後から聞こえて来た不気味な声に、私は小さく息を呑んだ。
その声は以前ティキが見せてくれたリスト檻の囚人の声だった。
その時、ティキが素早く動いたのが見えたのと同時に、次に聞こえたのは骨の軋む、そして折れるような不気味な音。
そして何かが地面に落ちたような――。
「・・・・・・・・・ッ?!」
「じゃあまずイノセンスのヤローから逝こうかな」
静かな空間に響くティキの声。
「知ってた?少年。イノセンスって破壊できんだよ。オレらノアの一族と、千年公はね」
その言葉に、彼が今、何をしようとしているのか、わかった気がした――――――。
「やめろ・・・」
「――ッ」
次の瞬間、聞こえた声に、私は、いや私の体は無意識に動いていた。
「やめて・・・っティキ!!」
「――――?!」
声を振り絞って叫びながら、視界の悪い中、走り出した。
肩や腕に何かがぶつかって転びそうになりながらも、ぼんやりと見える二人の方へ足を進める。
その気配に、ティキが最初に声を上げた。
「?!何しに来たっ?」
「・・・・・・っ」
声のする方へ走っていくと、何かにつまずき再び転びそうになる。
その時、強い腕に抱き留められ、すがるように捕まると、かすかに煙草の匂いが鼻をついた。
「ティキ?ティキでしょ?」
「な、何でお前ここに・・・っ」
「アレンくんを殺さないで!!お願い!」
「な・・・・・・」
必死に彼の腕を掴みながら哀願する。
よく見えないから今、アレンくんがどうなっているのかはわからない。
でも目の前に倒れている影はきっとアレンくんだ、そう思った。
浅く早い呼吸音が聞こえる、まだ生きている――。
私は必死にティキの腕にすがった。
「お願いだからアレンくんを助けて!これ以上、私の仲間を殺さないでっ――!」
「・・・」
ティキは僅かに息を呑んだようだった。
その時――
「・・・なんですか・・・?」
ぼんやりと見える横たわっている影が、僅かに動いた。
「本当に・・・?」
「アレン・・・くん・・・」
懐かしい、彼のその声に涙が溢れてくる。
その声で名前を呼ばれるのはいつぐらいぶりだろう。
「い、生きて・・・たんですね・・・良かった・・・」
心の底から安堵したように、アレンくんが呟いた。
苦しげにはかれる息に、その言葉に、涙が流れ落ちる。
「ごめん・・・ごめんね、アレンくん・・・心配・・・かけて・・・」
胸が苦しくて喉の奥が痛くて、それでも声を振り絞って呟けば、アレンくんはかすかに微笑んでくれたような気がした。
だがその時――――不意にティキが私の腕を掴んだ。
「・・・何でココに来たの」
「ティキ・・・?」
普段より低い、それでいて冷たい声の響きに鼓動が早くなっていく。
ティキは私の体を立たせると、そっと腕を放した。
「ごめんな?こればっかりは・・・止められないんだ」
「・・・や・・・やだ、やめて――――」
「今まで殺して奪ったイノセンスはもう全部壊してる。"ハート"だったらお前らの持ってるイノセンスは全部消滅する。それが当たりのサイン」
も壊されたんだからわかるよな――?
ティキの静かな声に鼓動が激しくなると同時に、あの時の痛みまでをも思い出す。
イノセンスを奪われた絶望――――。
それでも諦めきれない思いが今もここに、ある。
まだ皆と戦いたい、と心が叫んでる――――!
その時、アレンくんが驚いたように息を呑む気配がした。
「こ、壊されたって・・・ま・・・さか・・・」
信じられないと言うような声でアレンくんが呟く。
私だって未だに信じたくない。でも、私のイノセンスはもう――――――。
「う、嘘でしょ・・・う?・・・まさかそんな――」
アレンくんの問いに小さく首を振ると、彼は「・・・嘘だ!!」と声を絞り出すように叫んだ。
でもその声に応えることが出来ずにいた私の代わりに、ティキが「ほんとだよ」と静かに言った。
「人のことで泣いてる場合か?少年・・・。お前も・・・今からそうなるのにさ・・・」
「――――ッ」
「さて・・・少年のイノセンスはどうかな」
「や、やめて・・・ティキッ」
私から離れていくティキに腕を伸ばす。
でも彼は地面に落ちているもう一つのイノセンスを指さした。
「そこの・・・スーマンのイノセンスだろ?」
「・・・・・・ッ」
「少年の左腕を壊ってスーマンのが消滅すりゃ、これが"ハート"って事になるんだ」
「・・・めろ・・・やめろ・・・ッ!!」
悲鳴に近いアレンくんの叫び声に呼応するように、瞳の痛みが強くなってくる。
鼓動が激しくなり、呼吸が出来ない。
守りたい――彼のイノセンスを。
そんな思いだけが今の私を突き動かした。
ゆっくりと歩いて行くティキの方へ一気に走って行く。
立ち止まって何かに手のひらをかざすティキを視界に捉えた時、アレンくんの腕が消滅するのが、ぼやけた視界の中に見えた――。
「やめて――――!!」
腕が消えた後に残るイノセンスをティキが掴む。
手のひらにノアの力をこめているその腕に、私は思いきりしがみついてイノセンスを掴んでいるティキの手を握った。
瞬間、激しい衝撃と感電したような痛みが走る。
「・・・ああぁぁぁ・・・ッ」
「・・・?!」
「は・・・放し・・・て!それを壊さないで・・・ッ!」
眩しさで見えない中、必死にティキの手の中にあるイノセンスを奪おうと、その手を掴む。
「く・・・っ放せ、!怪我したいのかよッ?お前は今、何の力もないんだぞ!」
ノアの力を弱めることなく、ティキは私の手を左手で阻もうと掴んでくる。
その痛みに掴む力が緩みそうになった。
だが痛みよりも、ノアの力に包まれた瞬間――手から体中に激痛が走って背中をのけぞらせた。
「・・・あぁぁあああっ!!」
「・・・?!」
激しい痛み、それとはまた違う何かが全身を巡るような感覚と――――――熱。
頭の奥のさらにその奥から、何かが溢れ出てくる。
それは走馬灯にも似た知らない記憶の断片だった――。
「な・・・何だよ、これ・・・」
必死にオレの手を掴んでいたの身体から目映い光が発せられ、思わず顔を背けた。
じりじりと焼き付くような光が、オレの身体を蝕んでいくような感覚――。
(ま、さか・・・イノセンス?!)
ノアに影響を与えられるもの――。
それは一つしかない。
(でも、まさか――彼女のイノセンスは破壊されたはずだ。ロードによって――)
掴んでいる彼女の手が次第に熱くなっていく。
このままでは彼女も自分自身も危ない、と彼女の手を放しかけた――その時。
の瞳の色を見て、オレの心臓が音を立てた。
「緑と・・・金?」
すでに意識はないのだろう。
彼女は発光しながらも、その瞳は見開かれ星一つない天を仰いでいた。
そしてその瞳の色は、これまで見た事もない――。
「オッドアイだって・・・?」
まさか――の瞳の色は元々光に反射して色を変えてたはずだ。
そしてアクマを感知した時は赤。
ノアを感知した時だけ緑色に変わるはず。
(なのに――何だ、この色は?)
彼女のイノセンスはない。
それは間違いないはずなのに、何故――?
「・・・もう・・・やめ・・・て・・・下さい・・・」
「・・・・・・ッ」
その絞り出すような声に振り向けば、少年が震える手をへと伸ばしていた。
彼女が傷ついているように見えてるのかもしれない。
今、まさに自分のイノセンスが破壊されようとしている時まで、アレン・ウォーカーは仲間の心配をしているようだ。
(けど・・・オレの力に中てられても・・・は―――――- 怪我一つしてないんだ)
少年のイノセンスを破壊しようとしたまさにその時。
が飛び込んで来てオレは焦った。
何の力ももたない今のがノアの力に中てられたら大怪我どころじゃ済まないからだ。
なのに――腕の中で意識をなくしている彼女の身体は綺麗なままで。
どこを見ても怪我一つしていなかった。
オレは力を弱めたつもりはない。
イノセンスに手加減するほどバカじゃない。
現に今もこうして握りしめている少年のイノセンスの力は少しずつ弱まっている。
そして先ほどから感じたイノセンスに中てられたような痛みも感じない。
「何だったんだ・・・?さっきのは・・・」
そう呟いた次の瞬間、オレの握っていた少年のイノセンスが粉々になったのが見えてホっと息を吐く。
の不思議な力を肌に感じた時、それがイノセンスを守っているように思えた。
オレの力がのその力によって押さえ込まれたかのような、そんな不思議な感覚だった。
だが、こうして無事に破壊することが出来て、柄にもなく安堵したのだ。
同時にの身体から光が消えて、オレの腕から崩れ落ちた。
「お、おい――」
慌てて彼女の身体を抱き留める。
だが――再び腕にした彼女は、さっきまでの彼女とは明らかに違った。
変わり果てたのその姿に、オレは思わず息を呑んだ――。
「は・・・?」
人は心の底から驚くと、変な声を出してしまうらしい。
今のオレがまさにそれだ。
「何の・・・冗談だよ・・・?」
信じられないものを見た時、頭で理解するのにも時間がかかる。
一度、後ろで倒れている少年に目をやると、彼は自分のゴーレムにスーマンのイノセンスを咥えさせ、逃がしているところだった。
「チッ・・・逃がしたか」
そう呟くと、少年はゆっくりとこちらへ視線を向けた。
「スーマンの・・・イノセンスだけ・・・は・・・壊させない・・・」
「ふ~ん。まあ賢明な判断だな」
少年はかすかに笑うオレを怖い顔で睨んでくる。
だが俺の腕の中で気を失っているをその瞳に捉えると、
「――――ッ?!」
さっきのオレと同様、驚愕した顔で、言葉もなく彼女を見つめている。
「だよなあ・・・?お前も驚くよなあ・・・」
「う・・・そだ・・・」
「オレも・・・そう思ったよ。今でも信じられない」
苦笑いしつつ、腕の中のをその場へそっと寝かせると、オレは近くにいるアクマどもに指令をだした。
"追え!アクマども!お前ら咎落ちのイノセンス取ってくるよう千年公に言われたんだろ?金のゴーレムが持ってる。オレは別件で動いてるから追わないぜ"
意識の中でそう伝えると、アクマどもは大喜びしながら一斉に動き出したのを感じた。
それを確認したオレは軽く息をつくと、ゆっくりと少年の方へ歩いて行く。
少年は未だに信じられないのか、地面に横たわっているの方へ手を伸ばし、少しずつ這って行こうとしていた。
その少年の手を、オレは足で力いっぱい踏みつけた。
「ぅあぁぁぁ・・・っ」
痛みで叫ぶ少年の体を仰向けにして、オレは手のひらからティーズを出した。
「心臓に穴を開けるだけにしろよ、ティーズ・・・」
驚愕の目を向ける少年の心臓付近にティーズを当てると、オレはへ視線を向けた。
「はお前を助けたがってた。仲間だと思ってたからなあ・・・お前らエクソシストの事・・・」
「・・・・・・ッ」
「オレもその思いに応えて少年のイノセンス壊したら殺すのだけはやめようか悩んでたんだけどさぁ・・・」
彼女に嫌われたくないし?と付け加えて笑うオレに、少年は訝しげな目を向けた。
「な・・・んでお前は・・・を連れて・・・行った・・・?」
「何で・・・?」
煙草に火を付け、首をかしげると、今素直に感じたことを口にした。
「欲しかったから?」
「・・・・・・ッ?」
「と出逢った時は、まさかエクソシストとは思ってなくてさ。それ知った時は何かすげぇ~ショックだったんだけど・・・彼女のイノセンスはロードが破壊したし・・・普通の人間だったらいいかなって思ったんだけど・・・」
煙草の煙を吐き出し、空を見上げると、さっきまで雲で覆われていた夜空に小さな星が光っていた。
その小さな光を見ていると、腹の底から笑いがこみ上げてくる。
「・・・でもさぁ・・・・・・これって・・・運命だよなあ?少年♡」
「――――ッ」
「あれ?まだそんな力残ってたんだ」
いきなり胸ぐらを掴まれ、オレは僅かに笑みを浮かべた。
「か、彼女を・・・どうする・・・気だ・・・ッ」
「どうするも何も・・・・・・」
そう言いながら少年の手を掴むと、オレは少年のボロボロになった指先に口づけた。
「もう仲間じゃないのに・・・心配?」
「ふ・・・ざけるなッ」
「ふざけてないさ。ほんとの事だろ?はもうお前達の――――――敵、なんだからさ」
「――――――ッ」
ニヤリと笑い、その手を放すと少年は憎しみをこもった目で睨んでくる。
「少年をからかうのも楽しいんだけど・・・そろそろ時間だ」
オレの中のノアが"早く殺せ"と訴えている。
「お前は今の彼女の姿を見ちまったからな・・・。最初の予定通り・・・殺すよ?」
「く・・・ッ」
「お前みたいな勇敢な奴は死ぬまでに、ほんのちょっぴり時間を与えてやった方がいい。心臓から血が溢れ出し、体内を侵す恐怖に悶えて死ねる――」
「――ッ」
ティーズを胸に押し込むと、声にならない声を上げた少年は、最期に驚きの表情を浮かべていた。
押し込んだ手をゆっくり引き抜く次いでに、少年のコートのボタンを引きちぎれば、ポケットの中からトランプが数枚こぼれ落ちてきた。
かすかに笑い、それを手に立ち上がる。
「良い夢を――――少年」
そう呟いて手の中のトランプを冥土の土産代わりに、少年の上に降らせると、オレはゆっくりとの方へ歩き出した――。