第14夜記憶-メモリー-

 









『ねェ、お父様。何故、"彼"はノアを裏切ったの・・・?』

『・・・あいつは私の代わりになろうとしてるんですヨ。浅はかですネェ』

『ふ~ん・・・。だから殺そうと狙ってるのね・・・怖い人』

『お前もあいつには気をつけるんですヨ』

『私も・・・危険なの・・・?』

『大丈夫デス。私が必ず・・・お前を守りますカラ・・・』





誰―――?


これは・・・遠い昔の、幼い頃の記憶・・・?


私の大切な――――記憶メモリー










「――――は?」


オレはあり得ない言葉を聞いて徐に振り向いた。
目の前にはリスト檻の囚人、セル・ロロンが涙ながらに天井に記された名前を消している。

「今、何つった?」

《消ぃ~ぇないんで御座いまぁ~す・・・。ア~レンウォーカ~~の名前がぁ~。こすってもぉ~こすってもぉ~》

「いやいやいやいや!んなワケないから!しっかりこすれよ、お前!檻から出たいからって嘘ついてんじゃねぇぞ」

そう言って今まで口にしていた鯉でセル・ロロンを叩く。
だが奴は《こぉ~いつは~生きてるぅ~》と涙を流して呟いた。

「・・・・・・・・・」

(生きてるだと?あの少年・・・いや、アレンウオーカーが?)

セル・ロロンの言葉にしばし脳内が停止する。
だがどう考えても「ありえない」という答えにしかならず、オレは少しの間、その場に固まった。
これまで同じ方法でエクソシスト達を葬ってきた。
奴らでいうところの最強と言われる元帥でも、失敗などしなかった。
その間、一度だって殺し損ねた事はないし、それは今回の少年にしても同じ事だ。
だがセル・ロロンがこれまで、こんな嘘を言った事もない。

(どういう・・・事だ・・・?)

考えながら、ふと後ろで眠ったままのへ目を向ける。
あの時から一度も目を覚まさず、意識を失ったままだ。
少年を殺した後は彼女を連れて、ここ日本へと渡った。
それも全て千年公に会って、この不可思議な現象の答えを聞く為だ。

千年公は今ここ日本で、新たな方舟の準備をしている。
仕事はまだ途中だったが、どうしても彼女のこの状態を知りたくて、つい来てしまった。
この不可思議な現象の答えを、千年公はきっと知っている――はずだ。

・・・お前は・・・誰なんだ・・・?」

まるで眠り姫のような顔で横たわる彼女の額に、そっと触れる。
先日までそこにあった聖痕も、今は綺麗に消えて肌の色も元に戻っているからか、あの時の事がまるで夢のように思えた。

だが――――あの夜、確かにオレは見た。
彼女の額にハッキリと聖痕が現れていたのを。

最初は幻かと思った。
あんな状況で、滅多に起きない予想外な事に見舞われたから。

無謀にもオレのノアに触れ、少年のイノセンスを守ろうと必死にしがみついてきた
その彼女の身体に起きた異変。
最初は彼女の瞳だった。
見たこともないオッドアイに変化し、オレは言葉を失った。
もしかして彼女のイノセンスが復活したのかと思った。
でも彼女はそのまま意識を失い、その後――――額に突如7つの聖痕が浮かび上がってきたのだ。

この聖痕はノア一族の証だ。
そして敵でもあるイノセンスの適合者――エクソシストだった者に出るはずもない。
それなのに彼女にそれが現れたのを見て、オレは心臓が止まるかと思った。
幻覚とさえ思った。
オレが僅かに望んだあり得ない願望だったのかもしれないと――。

でも、あの少年が彼女を見た時の表情で、これは夢でも幻覚でもないことを悟った。

額に聖痕、そして肌の色さえ、ノアのソレだった。同時に緑色の瞳を侵食するように変化していった金色の瞳さえも。

何がどうして、元エクソシストだったがノアに目覚めたのかわからないが、この謎を解く鍵は、この日本にいる千年公だけだと思っていた。

「・・・こうして見ると・・・普通の人間にしかみえねぇよな・・・」

聖痕の消えた額に触れながら、ふと呟く。
聖痕、そして肌の色は一日経った頃、綺麗に元に戻っていたのだ。

「はぁ・・・な~んか色々ありすぎて心臓が痛ぇ・・・」

の寝顔を見ていると胸のずっと奥が苦しくなって、オレは小さく息を吸い込んだ。


「おいおい~!」

「・・・・・・・・・ッ」

「綺麗なナリしたお兄さんが、池で鯉盗み食いしてんなよなぁ~」


突然、やかましい声が背後で聞こえて、オレは溜息と共に振り返った。

「特別任務中なんだって?ティキ」
「・・・何だ。双子か。今日も顔色悪いな」


そう返した瞬間、デビッドは足でオレをドカドカ遠慮なしに蹴ってくる。

「デビッドだ!このホームレス!」
「ジャスデロだ!二人合わせてジャスデビだ!」

・・・相変わらずやかましい。
こいつらもオレと同じノア一族で、毎回オレに絡んでくるウザい双子だ。
9歳は下のハズなのに、いつも上から目線で物を言ってくる。
こいつらを泣かす事が出来るのは、きっと千年公だけだろう、と思う。

「悪いけどあっち行ってくれる?今、考え事してんの」
「はあ?嘘つけよ。何だよ、その女ぁ」
「誰だ?誰だ?ティキの恋人?イヒヒ♡」
「マァジ~でェ~?!恋人ってよりペットじゃね?!」

早速に気づいたデビッドとジャスデロはウザいくらいにオレにまとわりついてくる。
こうなったら静かな空間など望めないに等しい。
仕方なく立ち上がると、千年公の元へ向かうべく二人がどこからか盗んで来たという人力車にを抱えて乗り込んだ。

「じゃあ行っくよ~♡」

オレとデビッドが乗り込むと、ジャスデロが言われてもいないのに人力車を引っ張り走り出す。
こういうところはちょっと可愛い・・・と思ったりもするから不思議だ。
同じノアの血を引く奴らだから、ムカつくけど愛しい。そんな変な感情が湧いてくる。
いわゆるオレの家族ってやつかもしれない。

「なあ、マジで誰だよ、その女。人間?」
「ティキ、人間の女の子飼うのぉ~?ヒヒッ」
「うるせぇなあ・・・複雑なんだよ、その辺は」

の事をどう説明して良いのかわからず、曖昧に答えると、デビッドは訝しげに眉をひそめ、それでもの顔を覗き込むと、

「つかめっちゃ綺麗だな、こいつ。―――ちょっと貸して?」

舌なめずりをしながらマセた事を抜かすデビッドに、オレは思い切り顔をしかめて睨み付けた。

「あ?やだね。この子はオレの」
「はあ?何だよ。やっぱ恋人なんじゃねーか!まさか人間なんか恋人にすんのかよ?!」
「・・・だから複雑だって言ってるじゃない」

苦笑気味に応えるオレを見て、デビッドは徐に顔をしかめている。
オレ達ノアは人間を、そしてエクソシストを心底憎んでいる奴が多いから、傍に置くなんて事が信じられないんだろう。
だが彼女は――違う。

「ま、この子の正体を知りたくて千年公のとこに行くとこだったんだよ。話をしてから説明するからさ」

オレがそう言うと、デビッドは「ふーん、まあいいけど」と納得したように頷いた。
そしてふと思い出したように、

「なあ、でもアンタさ。オレの関係者、殺して回ってんだろ?ここに来たのもそれって聞いたんですけどぉ~?」
「ですけどぉ~~??」

デビッドとジャスデロは順番に言いながら目を細めているが、オレも今そのことを思い出した(!)

「あ~クロス何とかってやつね。もう日本に来てんの?」
「そいつはエクソシスト元帥でオレらの獲物だ!手ぇ出したらブっコロスぞ?!」
「コロス!コロス!」
「・・・は?」

いきなり熱くなる双子にギョっとしつつ、千年公のもう一つの命令を思い出した。

「ああ、何だ。お前ら元帥殺しでクロス担当なんだ。ってか、だったら早く殺れよ。いつまでかかってんの?」

苦笑しつつそう言えば、デビッドの目が更につり上がった。

「うっせーな!あいつは希にみるしぶとさなんだよっ!」
「もう3回くらい殺しに行ってんだけど失敗してんの。ニヒヒヒ♡」
「アンタこそ、ひとり暗殺しそこねたそうじゃんか。聞こえたぜ?さっき。アレン何とか?」
「うるせぇな・・・」

痛いとこ突くと、こっちの痛いとこまで突いてくるデビッドにムっとして、そっぽを向く。
色々と考えたいことがありすぎて少々頭が疲れてきた。
普段こんなにアレコレ考えた事がないから余計だ。

「で、お前らは千年公のとこ何しに行くのー?」

珍しくこっちの要望通り、千年公の元へ向かう双子に問いかけると、デビッドが溜息交じりで肩をすくめた。

「千年公のとこにロードも来たんだと」
「へえ。あいつ、ちゃんと仕事してんのか?ってかロードが来たって事は"箱"が出来たんだ?」
「さあ?オレは最近会ってねぇし、その辺は知らね。クロス探し回ってそれどころじゃねぇよ」

ウンザリ顔で項垂れるデビッドに、オレは苦笑しつつ、ふと前を見ると一瞬人影のようなものが視界に入る。
その瞬間――――ドォォンという音と共に、何か大きな物体が後方に吹っ飛んで行くのが見えた――!

「おい!今、何か轢いたぞ?!」

そう言いながら後ろを見ると、その巨体がゆっくりと起き上がってくるのが見えた・・・。




「・・・・・・で、甘党は何しに来たんだよ?」

呆れたように言うと、巨体のクセに真ん中を陣取っている大男はムっとした顔で腕を組んだ。

「甘党ではない!スキン・ボリックだ!!己が殺し担当のメガネ元帥がこっちに逃げ込んだ!ただそれだけの事!」

その様子を見る限り、スキンも任務が上手いこといってないようだ。
こりゃ千年公に会ったら、まずは説教されそうだ、と溜息をつく。

「オレらみんな落ちこぼれ社員みたいだな・・・」

オレが苦笑交じりで呟けば、デビッドは心外な!という顔で睨んできた。

「オレはちげーぞ!」
「ヒヒ!"社長"に怒られる!ヒヒ!」

デビッドとは対照的に、ジャスデロはどこか楽しげに笑いながら人力車を引いて、目の前に現れた大きな箱へ向かって走って行く。
ここが古くからあるという方舟で、千年公曰くオレ達の故郷ホームという事らしい。
確かにここへはそれほど来ていないのにも関わらず、来るとどこか懐かしい感じさえするから不思議だ。

「ところでティキ・・・腕の中にいるソレは何だ」
「今頃・・・?」

訝しげに見てくるスキンに苦笑しながら、オレは腕の中のを抱えなおした。
彼女は未だに目を覚ます様子もなく――こんなに騒がしい中でよく眠れるな――静かな寝息を立てている。
最初は意識を失っていたが、今は普通に眠っているだけのようだ。

「ティキの恋人だって~ヒヒ♡」
「な、何だと?!こ、こ、恋人・・・っ?お前、いつの間に――」
「だぁからぁ・・・そういうんじゃないって言ってるでしょ・・・?」

楽しげにからかうジャスデロと、驚愕の表情を浮かべた後で僅かに頬を赤らめる(気持ち悪い)スキンに、オレは深い溜息をついた。
そんな話をしている間に目的地へ着いたのか、ジャスデロは人力車をゆっくりと置く。

「はーい、到~着!イヒ♡」
「お疲れさん」

人力車から降りると、ここまで引っ張ってくれたジャスデロの頭を撫でてやった。
それだけで嬉しそうに笑うジャスデロはやっぱり可愛い奴だ。

「さて、と。やっぱ懐かしいね。まだ数回しか来てねぇのに、ここに来ると何故かいつもそう思う」
「それは己にもあるぞ」

中へ入り、長い廊下を歩きながら、辺りを見渡す。
辛気くさい空間なのに、この「懐かしい」という感情は、オレ達共通のものらしい。


「キミ達の体内のノアの遺伝子が懐かしがってるんですヨ♡」
「千年公!」

その声に顔を上げると、気づけばそこは方舟の中心だった。
千年公の後ろには大きなパイプオルガンのようなピアノが置いてある。あれが方舟を操作する鍵だ。


「これはノアの大洪水を逃れ、第二人類の祖先を造り出した場所。キミ達のオリジナルの生まれ故郷なのですカラ♡
前にも話してあげたでショウ♡?ここノアの方舟こそが人類の故郷ホームなのだトッ♡」


誇らしげに語る千年公を見上げながら黙っていると、不意に「ティキぽん♡」と名を呼ばれ、ハッと顔を上げた。
千年公はオレの方へ優しい笑みを向けて、そっと手を差し出している。

「その子を・・・連れて来てくれたんですネ♡」
「え・・・?」

驚いたのと千年公が目の前に来たのが同時だった。
言葉を発する前に腕の中のは消え、代わりに千年公の腕の中で眠る彼女を見ていた。

(いつの間に・・・)

気づかないうちにを浚われた事に驚きつつも苦笑いをこぼすと、千年公はを抱いてゆっくりとピアノの前へ歩いて行った。

「無事・・・だったんですネ・・・♡」
「・・・・・・その子のこと・・・知ってたんだ」

慈しむようにの頬に触れている千年公に、内心驚きながらも問いかける。
彼女は一体何者なのか、早く知りたかった。
そんなオレの気持ちをとっくに見抜いていたのか、千年公は静かに振り向くと、オレ達全員の顔を見渡した。



「この子は・・・遠い遠い過去に殺された私の――――娘でス♡」















(温かい・・・)


最初に感じたのは誰かの手の温もりだった。
夢なのか現実なのかわからない記憶の中で、私は朦朧としながらも少しずつ近づいてくる淡い光の方へと歩いて行く。
周りにはこれまでに見てきた色んな出来事がもの凄い速さで流れていて、まるで長い長い映画を観ているような、そんな気分だった。


《あそこを出たら・・・もう戻れないよ――》


不意に誰かの声がして、私は立ち止まった。


『もう・・・戻れない・・・?』

《そう・・・。それでも行くの――?》

『あなたは・・・誰?』


どこか懐かしささえ感じる優しい声に、私は辺りを見渡した。
でも誰の姿もなく、周りは相変わらず長い長い映画の上映をしていた。


《私は――あなた》

『え・・・?』


その声に驚いて振り向くと、いつの間に現れたのか、私が映る鏡があった。
いや――それは鏡ではなく。
目の前には私自身が立っている。
それはとても自然で、私はそっと目の前の自分に触れてみた。


『私・・・?』

《そう。一緒に――存在してきた》

『一緒に・・・・?』

《私たちは二人で一つの――存在なんだよ》


目の前の私はそう言って穏やかな笑みを浮かべた。


『今も・・・?一緒にいるの?』

《・・・・・・うん。アナタを――守ってる》

『何から・・・?』

《あなたを壊そうとする――全てのものから》

『私を・・・壊す・・・?』

《あそこを出たら――きっとそうなる》


そう言ってもう一人の私は、あの光の方を指さした。


『でも・・・行かなくちゃ・・・行かなくちゃいけない気がするの・・・。誰かが・・・呼んでる』

《そうだね・・・。みんな――待ってるよ》

『みんな・・・?』

《そう・・・・・・白と黒の――家族だよ》

『白と・・・黒・・・』

《そう、私と――あなた》

『――――――ッ?』


もう一人の私はそっと私の手をとると、優しい光の方へ導くように歩き出した。


『私があそこへ行くと・・・あなたはどうなるの?消えちゃうの・・・?』


何となく、あの場所へ行くと"彼女"が消えてしまいそうで、一瞬不安になった。
でも"彼女"は柔らかい笑顔を浮かべると、私の手を強く握りしめる。




《私はどこにもいかない。あなたの中に――生きてるから》




その言葉を最後に、突如目の前の光が強くなり、私は目を瞑った――――。









「・・・・・・ッ」

あまりの眩しさで、実際に目を開けているのか、それとも瞑ったままなのか、一瞬わからなかった。

「あ・・・起きた」
「起きた!起きた!イヒヒ♡」
「――――――ッ?」

いきなり耳元で声が聞こえて鼓動が跳ねる。
その瞬間、目の前に顔色の悪い二人の男の子が現れ、私は思いきり叫んだ――――――!



きゃあぁぁぁぁっ!!!


「「・・・・・・・・ッ!!!??」(目が飛び出る双子)


「どうした――――――?!」



バン!と激しくドアが開く音と共に、更に誰かが部屋へ入ってきたのを見て、私は怖くて手に掴んでいた布団の中へと潜り込む。
ドクドクと心臓が激しく動くのを感じながら、自分に何が起きているのか理解できず、ただ布団の中で震えていると、不意に「・・・」と呼ぶ優しい声が聞こえた。

「大丈夫。怖い事はないから・・・顔を出して」
「・・・・・・」
?」

この声・・・聞いた事がある。
夢の中で何度となく聞こえてきた。そんな――――気がする。

「ったく・・・。だから双子に任せるのイヤだったんだよ」
「あ?何だと!オレら別に何もしちゃいねぇぞ!」
「してないよ!ヒッ」
「だったら何でこんな事になってんだぁ?」
「知るかよ!コイツが勝手に驚いて隠れたんだよっ!」
「だよ?ヒヒ♡」
「こーら。コイツなんて言うんじゃねぇよ。仮にも千年公の大事な一人娘だぞ?」
「あ・・・そうだった・・・。ヤベ」
「やべえ!やべえ!」

騒がしいその会話を聞きながら、私は聞き覚えのある声の主が気になり、そっと布団から目だけを出して覗いてみた。
その瞬間、パっと布団を剥ぎ取られ、ドキっとして壁際に逃げると、目の前には困った顔で微笑む一人の男性が立っていた。

「やっと出てきた」
「・・・・・・あなた・・・」
「ん?」
「・・・・・・誰?」
「はあ?」

その男性はベッドの端へ腰をかけようとしたが、私の問いに驚いたのかズリ落ちそうになっている。
その姿を見たさっきの男の子達がお腹を押さえながら楽しげに笑いだした。

「だっせ~!!忘れられてるじゃん。ティ~キ~!」
「ダサダサだね!イヒヒ♡」
「うるせーっつの!!覚醒した直後は抜け落ちてる記憶もあんだよ!さっき千年公も言ってたろ?!」
「記憶・・・・・・?」

その言葉に反応した私に、目の前の男性は優しく微笑んだ。

「オレはティキ。キミの仲間だよ。こいつらもね」
「オレ、デビッド」
「ボクはジャスデロだよ?ヒヒッ♡」
「仲間・・・・・・」
「そう。オレ達は・・・ノアの一族だ」
「の・・・あ・・・?」

その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が苦しくなって思い切り息を吐き出した。
体中の血が一気に体内を駆け巡るような感覚に、強く自分の身体を抱きしめる。

「おっと・・・大丈夫か?」
「私・・・」

浅く呼吸を繰り返す私を見て、ティキと名乗った男性は今度こそベッドの端に腰を掛けると、そっと私を抱き寄せた。

「目覚めたばかりなのに騒いでごめんね」
「うーわ~!どさくさに紛れて何してんだよ、ティキ~!」
「放せ!放せ!」
「だ~!うるっせぇぞ、お前ら!が驚くだろーがっ」

再び騒ぎ出した男の子達に、ティキは顔を真っ赤にして怒鳴っている。
その姿を見上げながら、私は誰で何故ここにいるのか、という事を考えていた。

(この部屋・・・私の・・・?)

少しずつ周りの物を見る余裕が出来て、部屋の中を見渡してみる。
置いてあるもの全てに懐かしさを感じるここは、確かに私の部屋。そう何故だか確信した。

その時、不意にドアが開き、全員がそちらへ視線を向けた。
部屋に入ってきたのは、ハットを被った見覚えのある紳士――――。

「やっと目覚めましたネ♡ 私の可愛い娘♡」
「お父・・・様・・・」

その顔を見た瞬間、突き動かすような懐かしい思いが胸の奥からこみ上げてきて瞳から涙が溢れた。

(そうだ・・・私は千年伯爵の娘――――)

遠い昔、そう呼ばれていた事だけは、何故かハッキリと思い出した。

「おやおや・・・私の可愛い娘を抱きしめるなんて・・・許せませんネェ♡ ティキぽん♡」
「う・・・」

お父様は笑顔でそう言いながら、彼の腕から私を簡単に奪いとると、「よしよし♡」と頭を優しく撫でてくれた。
この優しい手が、私は大好きだった――――そんな気がする。

「お父様・・・私・・・」
「どんなに長~い間、待った事カ・・・♡ でもそれも今日まででス♡」

お父様はそう呟くと、後ろにいる三人へ視線を向けた。

「さっき話した事は覚えてますネ?♡」
「ああ・・・」
「覚えてるぜ」
「てるてる!イヒヒ♪」

ティキ、デビッド、ジャスデロが返事をすると、お父様は小さく頷いた。

「では彼女の事は頼みまス♡ 私はまだまだやる事があル・・・クロスの動向も気になりますからネェ♡」
「だな・・・。じゃあ・・・準備が出来るまでにはオレがついてるよ」
「・・・・・・おいたをしないで下さいネェ♡  私の可愛い可愛い娘なんですカラ♡」
「はぁ・・・信用ねぇな、オレって」
「当たり前でス♡ ティキぽんですカラ♡」
「ちょっとー千年公。それはないんじゃねえ?」
「はは!女グセ悪いもんなぁ?ティ~キ~」
「アハハ!悪い!悪い!」
「うっせぇぞ、双子!ソレ言うならデビッド、お前もだ」
「はあ?オレはその辺の女なんか嫌いだっつ~の!オレはオレだけの特別を探してんだよ!」
「探す!探す!」
「あ~っそ。つかお前らクロス捕まえに行かなくていいわけ?」

皆のやりとりを見ながら驚いていると、ティキの一言に双子の顔色が急に変わった。

「・・・それ今言う?この流れで言う?」
「マジ、ムカつくね!ヒッ」

双子は後ろを向きながらコソコソ文句を言っている。
それを見ながらティキは口元を引きつらせていたが、お父様が「うるさいですヨ♡」と一喝すると一気に3人は静かになった。(ちょっと面白い)

「では。少しの間、ここで待っていて下さいネ♡ 後でお祭りに連れて行ってあげますカラ♡」
「お祭り・・・?」
「そゥ・・・♡ の転生、そして覚醒を祝って派手にやりまショウ♡」
「やりぃ!オレも参加していい?」
「したい!したい!」

お父様の言葉に、また双子が騒ぎ出し、ティキだけは苦笑いを浮かべている。
その微笑みは過去にも見たことがあるような気がした。そう、遠い遠い昔に――――――。

「・・・ジョイド・・・」
「え・・・?」

無意識に口から漏れた私の言葉に、ティキは驚いたように振り返った。
でもお父様は何かもわかっているような微笑みを浮かべ、静かに部屋を出て行く。

「今・・・なんて?」

ティキは戸惑うように私を見ている。
私自身、何故彼をその名で呼んだのかなんて、わからないのに。

でも、とても懐かしい、そんな響き――――。













ジョイド――――。


その名を彼女に呼ばれて、オレは懐かしい感覚に襲われていた。
オレの中にある遠い過去の記憶メモリー
それが今でもオレの中で生きているせいだ。


オレが偶然出逢ったエクソシストは――遠い遠い昔・・・"14番目"に殺された千年公の娘の宿主しゅくしゅだった――――。


どうしても娘を取り戻したかった千年公は、娘の記憶を、ノアの故郷ホームでもある、ここ日本で生まれようとしていた赤ん坊へ移植した。
そうして無事に生まれてきた赤ん坊はと名付けられ、彼女の成長を見守りながら千年公は時を待っていた。
だが――予想外の事が起きた。
娘の記憶を移植された赤ん坊は最悪な事にイノセンスの適合者だったらしい。
それに気づいた千年公は彼女のイノセンスが目覚める前にそれを破壊しようと、彼女の両親をアクマにして強制的にノアへ覚醒させようとした。
だがそこに元帥が現れ、恐れていた事態になった。

元帥に発見された彼女はイノセンスの適合者として教団へ連れて行かれ、オレ達ノアの敵、エクソシストとなってしまった――――。


「あの時は悲しかったですヨ・・・愛する娘が宿敵エクソシストにされてしまっテ・・・♡」


オレ達に事の真相を説明してくれた千年公は涙ながらにそんな事を言っていた。

(しっかしオレ達にまで娘の存在を隠さなくても良かったんじゃねぇ?)

重大な秘密を隠されていた事実に少なからずショックを受けたオレがそう言えば、千年公は何とも言えない表情で、でも笑っていた。

「彼女はノアとして覚醒するか、ハッキリわかりませんでしたからネ♡ イノセンスに毒され、ノアの記憶が消されてしまう心配もあったものですカラ♡」
「つーか・・・何では二つの力を融合する事が出来たんだ?」

素朴な疑問で問いかければ、千年公は忌々しげに目をつり上げた。

「まさかイノセンスまで復活するなんテ・・・。これこそ予想外でしタ♡」

そう、はノアとして目覚めたのと同時に、どういうわけか、その瞳にはイノセンスまでが復活していたのだ。
今はノアとして目覚め、その記憶が強いが、時間が経つにつれ、エクソシストだった頃の記憶までもが戻ってくる可能性が強い、と千年公は言っていた。
そうなればがどう動くか予測が付かないらしい。
同じノアであるにも関わらず、もしかしたら敵にもなるかもしれない、いわば諸刃の剣――――。

「やっと取り戻した可愛い娘を敵にしたくはありませン♡ 私は・・・・・・彼女だけは殺せなイ♡」

珍しく弱気な事を呟いた千年公に、オレは心底驚いたが、その気持ちは理解できる気がした。

「なので絶対に彼女の中のイノセンスを目覚めさせてはいけませン♡」
「・・・イノセンスだけ・・・また壊したり出来ねぇの?」

前の時はロードが強引に破壊したが、今回もどうにか彼女の中のイノセンスだけ破壊できれば――。
そう思ったオレに、千年公は怒りの表情で首を振った。

「今、彼女の角膜を修復しているのは忌々しいイノセンスなんですヨ♡ そのおかげでの視覚が戻ったんでス♡」
「え?マジ・・・?」
「マジでス。今では彼女の瞳そのものがイノセンス・・・本当に憎らしい存在ですネェ・・・。だがの綺麗な瞳を傷つけるわけにはいきませン♡」
「・・・だよな・・・。せっかく見えるようになったんだし」

イノセンスを、視覚を奪われ、絶望していたの姿を思い出すと今も胸が痛む。
あの時の絶望感を、もう二度とに与えたくはない。

「ティキぽん♡」
「だぁから、それやめてって――――」

苦笑交じりで顔を上げると、千年公は不意にオレの手を握りしめた。

「げ・・・何だよ――――」
「傷ついた娘を守ってくれて・・・ありがとゥ♡」
「・・・・・・ッ?」
「ロードは全てを知っていた。なので彼女のイノセンスを破壊させたまでは良かったんですが、あの場でティキぽんに殺されてもおかしくはなかったですからネ♡」

まさかあの時、エクソシストの暗殺現場に彼女が現れるとは、私も思っていませんでしたカラ♡――――ティキぽんが先に出逢っていた事もネ♡

方舟に気を取られてる間の事でしたかラ♡。そう言いながら苦笑いする千年公に、オレは僅かに微笑んだ。
時を見てを迎えに行こうとしてた千年公は、きっとヒヤヒヤだったに違いない。
先ほど聞いた話を思い出し、僅かに笑みが零れた。


「何・・・笑ってるの?」
「え・・・?」


不意に頬を触られ、ドキッとした。
目の前のは不思議そうにオレを見つめながら、その綺麗な手を伸ばしている。

「っと・・・あれ?双子は?」
「ついさっきお父様のところへ行くって出て行ったけど・・・」
「え?あ、そう・・・」

いつの間に・・・と頭をかきつつ笑えば、は柔らかい笑みを浮かべた。
こんな笑顔を見たのは初めてで、柄にもなく胸が熱くなる。
先日までの彼女は、仲間を殺したオレを憎み、拒絶していたのだから。

なので絶対に彼女の中のイノセンスを目覚めさせてはいけませン♡――――

さっき千年公が言っていた言葉を思い出し、目の前で微笑む彼女を見つめる。
確かにエクソシストの記憶が戻れば、どうなるかなんてオレにもわからない。
ノアの記憶とは融合し、少しずつノアに呑み込まれる事になるだろうが、がそれをどう受け止めるかは千年公にだってわからないんだ。

「ジョイド・・・?」
「え?あ・・・え~と・・・今はその名前より・・・」
「・・・?」

苦笑気味にそう言えば、不思議そうな顔をするの手を、オレはそっと握った。

「出来れば・・・ティキって呼んでくれる?今のオレの名前」
「ティキ・・・」

彼女はそう呟くと、嬉しそうに頷いてくれた。
何だろう。胸の奥がちょっと熱い。

「宜しく。ティキ」

はそう言ってオレの手を、優しく握り返した――――。












続けてUP☆
アレンもイノセンスとノアの両方を持っている事を知って心底びっくり。
ノア側が多めになってますが今後は原作沿いに戻ってエクソシストの話も多くなるはず。
頑張ります。