第15夜融合

 











お前らか?ティエドール部隊ってのは。オイラ、改造アクマ。ヨロシクな


旅の途中、突然現れたそのふざけたアクマに、攻撃態勢に入っていた神田とマリは唖然とし、後ろで苦笑いを浮かべているティエドールを見た。

「大丈夫。この子は危険じゃないと思うよ?」
「・・・・・・どういう意味ですか」

いつも通り目を細め、睨み付けてくる神田に、ティエドールはニッコリ微笑むと「少し休憩しようか」と言って、海の見える砂浜へと腰をかけた。
マリと顔を見合わせながら神田はいつものように軽く舌打ちをしつつ、ティエドールの方へ歩いて行く。
早く移動したかったが、一度言い出したら何を言おうがティエドールが動かないのを、二人もよくわかっている。
その間も、謎のアクマは3人の周りを楽しげに飛んでいた。

「その子はクロス元帥が改造したものだよ。多分ね」
「・・・改造アクマ?!そ、そんな事が出来るんですか?クロス元帥は!」
「まあ、落ち着きなさい。マリ」

驚愕している弟子に微笑み、ティエドールはアクマの方へ「そういう事で良いんだよね?」と声をかけた。

ああ、オイラはクロスに改造されたアクマだぜ?お前らを日本へ連れて来いって命令されたんだ

「日本・・・?」

神田が僅かに眉をあげれば、ティエドールは何か考えるように顎を撫でた。
今日までティエドール部隊は行方不明のと、イノセンス適合者を探す旅をしてきた。
そこへいきなり日本へ行けと言われれば、さすがのティエドールも困ったように溜息をつく。

「我々にもやる事があってね。どうしても行かなくちゃダメなのかい?」

オイラはクロスに頼まれただけだから知らね。けど――――

「けど・・・?」

お前らの捜し物が日本に来るかもとは言ってたぜ?

「――――――――ッ?!」

アクマのその言葉にいち早く反応したのは神田だった。

「オイ、お前・・・その捜し物とは何だ」

し、知らねぇよ~オイラは・・・ってかコイツ怖ぇ~殺気まるだしじゃねぇか!

神田の眼力に震え上がるアクマを見て、ティエドールは苦笑いをこぼした。

「まあまあ。落ち着いて、神田くん」
「・・・・・・チッ。アンタは呑気なんだよ」
「コ、コラ、神田!」

相変わらずの物言いに、マリが慌てて間に入る。
コレもいつもの光景で、ティエドールは特に気にした様子もなく、後ろに隠れるようにしているアクマを見上げた。

「クロス元帥は本当にそんな事を言ったの?」

あ、ああ・・・言ってたぜ?あいつらの目的である捜し物もそのうち日本へ来るかもしれねえしな・・・ってだけだけど

その話を聞いてティエドールはしばし黙り込んだ。
クロス元帥が単独で動き、何を探っているのか、どんな任務を請け負っているのかはハッキリしないが、何も考えなしで動くような男ではない事を、ティエドールは知っている。
彼がそう考えているのなら僅かでも確証があるのかもしれない。
ティエドールはそう確信すると、後ろで仏頂面をしている神田を見た。

「仕方ないね・・・。ただアテもなく探していても仕方ない。この際クロス元帥の誘いに乗ろうか」
「・・・・・・日本に・・・"奴ら"が現れるって事なのか?」
「ふむ・・・。そうかもしれない。もしそうだったら・・・の居場所を聞き出せるかもしれない」

ティエドールの言葉に神田は何も応えず、そっと後方へ視線を向けた。
少し前から監視するようについて来ていた大男の気配も今はしないが、必ずどこかで様子を伺っているはずだ。
デイシャを殺し、を連れ去ったであろうノア――――――。
そのノアが日本に現れるかもしれないならば、行くしかない。
神田が決心したようにティエドールへ視線を向ければ、彼もまた笑顔で頷いた。

「では・・・行ってみようか。日本へ――――――」

「お供します。元帥」

マリも心を決めたように応えると、改造アクマがホっとしたように《助かった・・・》と呟いた――――――。














所変わって―――――アジア支部。




こっの・・・ドアホがぁ~~~~!!!

突然の発狂と共に、アジア支部の番人フォーは鋭いパンチをアレンにお見舞いした。
もろに喰らったアレンはもの凄い勢いで吹っ飛ばされ、遠くの壁に激突している。
それを見ていたアジア支部の科学班見習いでもあるロウファが顔を真っ青にして「ウォ、ウォーカーさん!!」と叫んだ。
だがフォーの怒りはおさまらず、倒れているアレンを瓦礫の山から引きずり出した。

やってらんねェ!いい加減にしろよ、テメェ!ウォーカー!!
「待って、フォーさん!彼さっきから何だか調子悪いみたいで――――――」
うるせえ!!んなもん関係ねえ!

アレンをかばうように割り込んできたロウファに、フォーは怒鳴り散らした。

何故本気でかかって来ない!
「や、やってますよ・・・」

怒り狂うフォーに、アレンは荒く呼吸をしながらも応える。
だが次の瞬間、頭を思い切り殴られた。

殺気もクソもなくて何が本気だ、コラァ!

その後もビビってるのか、だの、このままじゃ一生モヤシだ、だのと暴言を吐かれ、アレンも我慢の限界を超えて叫んだ。

「わかんないんだよ!!全然わからない・・・!」
はあ?!何がわかんないってんだよ!やることは一つだろーが!
「・・・僕は・・・・いつまでこんなとこで・・・っ」
「・・・・・・・・・っ」

吐き出すように零れ落ちたアレンの言葉に、フォーとロウファは何も言えず、ただ項垂れるアレンを見つめた。
ここへ来てから文句も言わずに頑張っていたアレンが見せた、初めての弱音だった。

竹林で瀕死状態のアレンを見つけて、このアジア支部まで運んできたのはフォーだった。
アレンの身に何が起きたのかは知っているし、今やらなければならない事も知っている。
だが粒子になったイノセンスを発動するという無謀とも言えるこの状況で、アレンが疲れ切っているのは確かだった。

ウォーカー。お前、少し休め
「・・・・・・ッ」
また・・・後で相手してやるよ

フォーはそれだけ言うと、部屋から静かに出て行った。
残されたロウファはどうしたら良いのかわからないといった顔でアレンを見ていたが、ふと気づいて暖かいコーヒーを淹れて戻って来た。

「はい、ウォーカーさん」
「・・・ロウファさん・・・?」
「あまり頑張りすぎても良くないですよ」
「・・・・・・ありがとう」

素直にカップを受け取ると、アレンはホっとしたように息を吐き出し、壁にもたれて座った。
手の中にある暖かいコーヒーを見ながら、ふと本部での事を思い出す。
本部で皆にコーヒーを淹れてくれるのはリナリーと、そして・・・

は・・・僕が"死んだ"後、どうしたんだろうか・・・)

ふと、そんな事を考えながら、コーヒーを口にした。
ほろ苦い味が口の中に広がって、疲れ切った身体に染み渡る。

目覚めた時、知らない場所に寝かされていて最初は頭が追いつかなかった。
覚えてるのは自分の腕が破壊され、イノセンスをも破壊された衝撃・・・そして――――。

は必死に僕のイノセンスを守ろうとしてくれていた・・・。だからこそ、あんな無茶な事まで・・・。なのに――――何故?)

暗闇に光るあの男の目を思い出し、アレンは軽く目を瞑った。

――――だよなぁ・・・?お前も驚くよなぁ?

あの時、倒れて意識のない彼女を見た時。
アレンは息が止まるほどのショックを受けた。

何故、がノアの男と一緒にいて、あの場に現れたのか。
色々な疑問は浮かんだけれど、あの状況では余裕も何もなく、ただ自分の身体が壊されるのを見ていた。
だから――――幻覚だと思ったのだ。
スーマンの身体が滅び、現実味のない状況で自分自身、ノアを前に屈していた、あの時の事全てが夢ならいい、と。
最後に見た彼女の姿さえ、未だに信じられなくて――――――。

(あれは確かに聖痕だった・・・。ノア一族だけが持つ、証――――――)

意識のないの額に現れた聖痕、そして肌の色さえ、アレンの知っているのものではなかった。

(何故・・・?彼女は生まれながらにしてイノセンスの適合者だったはずだ。なのに何故ノアの証が現れる?それにあの男・・・)

ティキと名乗ったノアの男ですら、の変化に驚いていたようにアレンには見えた。

(どういう、事なんだろう。アイツもの事を知らないで浚ったって事なのか?)

最初は仲間だから浚ったのかと疑った。
だが、違う。
何故を連れていったというアレンの問いに、ティキはこう言っていた。

欲しかったから――――。

(そうだ、そしてこうも言っていた。"最初はエクソシストとは思ってなかった、と・・・)

という事は何も知らず、ティキはと知り合い、そして何らかの理由でデイシャを殺した現場から連れ去った。

「意味がわからない・・・・・・」

思わず呟くと、隣にいたロウファが不思議そうな顔をした。

「え?何ですか?」
「あ、いや・・・」

彼女の存在を思い出し、アレンは苦笑気味に頭をかいた。
そんなアレンを見て、ロウファは僅かに目を伏せると、

「もしかして・・・さんっていうエクソシストの方を心配してるんですか?」
「え?あ、いや、まあ・・・」

ドキっとして誤魔化すように笑うと、ロウファもニッコリ微笑んだ。

「きっと大丈夫ですよ!敵に浚われて心配だと思いますけど、殺すだけなら浚うはずもないし」
「そ、そう、だね・・・。僕もそう思うよ・・・」

励まそうとしているのか、明るく笑うロウファに、アレンも頷いて見せた。
の事はここの支部長にすら簡単にしか話していない。
当初予想されていた通り、はノアに浚われた、という事にしておいた方が何となく良い気がしたのだ。
それにあの状況を説明できる答えなどアレンは持っていなかった。

(あの様子だとティキとかいうノアはに対して何らかの感情で動いている・・・。それにがノアかもしれないなんて・・・誰にも言えない)

もし本当の事を話してしまえば、が敵と密通したスパイにされてしまうかもしれない、とアレンは思ったのだ。
ノアと遭遇して生きているだけでも怪しいのに、聖痕が現れた、などと話せば、さすがに教団も黙ってはいないだろう。
本人の口から何も聞いてはいないし、彼女自身がどこまで知っているのかなんて、まだわからない。

(ただ・・・本当に敵ならば、あの時僕のイノセンスを必死に守ろうなんてしないはずだ・・・。彼女は敵なんかじゃない――――)

あの夜、イノセンスを破壊しようとしたティキに必死で向かっていったの姿を思い出し、アレンはかすかに微笑んだ。

を――――探そう。ここでイノセンスを復活させ、早く皆と合流しなければ・・・)

それまでの変化の事は誰にも言うまい。
アレンはそう心に誓った。

「・・・羨ましいな」
「え?」

不意にロウファが呟き、アレンは慌てて顔を上げた。
ロウファは少し悲しげな顔でアレンを見つめている。

さんの事を思い出してるウォーカーさんの顔は・・・とっても優しいから」
「え、え?そ、そう・・・ですか?」

自分ではよくわからないことを言われ、思わず顔が赤くなる。
そんなアレンを見て、ロウファは僅かに目を細めると、「意外と鈍いんですね、ウォーカーさんて」と呟き、ぷいっと顔を背けた。

「に、鈍い・・・?」
「もういいです!そろそろフォーさん呼んできますっ」
「ロ、ロウファさん・・・?」

何故か怒りながら歩いて行くロウファに呆気にとられつつ、アレンはかすかに苦笑いをこぼすと、そっと今はない左腕に触れた。

「モタモタしてらんないな・・・」

あり得ない事が次々に起こって、今でもまだ心がついて行かない。
でも一度は失ったと思ったイノセンスを復活させる事が出来るかもしれない希望が、自分にはあるんだ。

「そう言えば・・・あいつ、のイノセンスも壊したって言ってたよな・・・」

ふとティキの言葉を思い出した。
あの話が本当ならば、今のはどういう状態なんだろう?
彼女ですらイノセンスを失ったと聞いた時は絶望を感じたアレンだったが、また一つ疑問が増えた。

「・・・・・・まあ、この謎は次、に会った時に聞いてみよう」

今はまず自分のイノセンスを復活させる事に専念すればいい。

アレンはそう思いながら窓から見える大きな月を見上げた――――――。













「お~可~愛い♡」

新しい服に着替えて出てきたを見て、思わず立ち上がると、彼女は照れくさそうに微笑んだ。
白のトップスに、下が黒のマーメイド風ミニスカートで合わせたロングブーツを身につけると、最初に会った頃より少し幼くなった今の彼女も少々大人びて見える。
元に戻っている今の瞳の色にやけにマッチしていて、これも千年公の"趣味"の一部なんだろうな、とふと思った。

「へ、変じゃない?」
「ぜ~んぜん!めちゃ似合う」

そう言いながら彼女の頬にちゅっと口づければ、すぐに赤く染まる。
そこだけは変わってないんだな、と思うと、自然に口元が緩むオレがいて、ちょっと自分でも危険だと思った。

「あ~!にチューしてんじゃねーよ、ティキ!」
「セクハラだね!ヒッ♡」
「げ・・・」

突然やかましい声と共に部屋へ戻って来た双子に、オレは徐に舌を出した。

「千年公に言いつけるぜ~?ティ~キ~」
「うるせぇな・・・。ほっぺに軽くしただけだろ?」
「うわ、開き直ってるぜ、このホームレスは」
「誰がホームレスだっ!」

相変わらず口の悪いデビッドにオレは辟易しながら、隣で笑っているを溜息交じりで見下ろした。

「何で笑うの、そこ」
「だって・・・ティキはホームレスなの?」
「は?んなわけねぇじゃん・・・。千年公の無茶なお願いで世界中走り回ってるだけなのにさぁ」
「じゃあお父様が悪いのね」
「い、いや悪いって事でもねぇけど」

クスクス笑うに困りつつ頭をかく。
目覚めた後の彼女は、前よりよく笑うようになった。

「それより・・・目の調子はどう?」
「え?」
「ちゃんと・・・見えてる?痛みはない?」
「・・・・・・・・・」
?」

治ったとは聞いていたが、少し心配で問いかけると、はボーっとしたような顔でオレを見上げた。

「それ・・・前にも聞かれた気がする・・・」
「え?」
「ティキに・・・目のこと」

の言葉にドキリとした。
それは彼女がノアに目覚める前の事だったからだ。
どう応えて良いのかわからず返事に困っていると、はそれでも笑顔を見せてくれた。

「痛みはないよ?ちゃ~んと見えてる」
「そう?なら・・・良かった」
「ティキは・・・心配性だね」

ホっと息をつくオレに、は可愛い笑顔でそんなことを言う。
ついでに細い腕をオレの腕に絡めてきて、少しだけドキっとした。

「あー!くっつきすぎだって、
「だね!ヒヒ♡」

双子が抗議の声を上げると、は笑いながらするりとオレの腕を放し、デビッドの方へ走っていく。(ちょっと悲しい)
そしてデビッドとジャスデロの腕に自分の腕を絡ませると、

「ね、暇だから皆でお散歩しない?」

と微笑んだ。
デビッドは不意を突かれたような顔で目を丸くして、ジャスデロに至っては嬉しそうな声を上げた。

「お散歩しよ!お散歩~!イヒヒ♡」
「お、おい・・・引っ張るなよ」
「だって兄弟が出来たみたいで嬉しいんだもん」

がそう言うと珍しくデビッドの顔が赤くなった気がした。(メイクで顔色が悪いからわかりにくい)

「可愛い弟が欲しかったんだ♡」
「お、弟って」
「だってデビッドとジャスデロは私より年下でしょ?」
「そ、そんな変わんねぇだろ?」
「そうだよね。ヒヒッ♡」
「そう?でも"家族"っていいね。一緒に遊べるし。早く行こ」

はそう言いながら二人と手を繋いだ。
ジャスデロは嬉しそうだが、デビッドは慌てたように「ちょ、放せよっ」と暴れている。

(はは~ん・・・。あいつ照れくさいんだな?)

同じ年頃の女の子に手を繋がれ、明らかに調子が狂っているようで、オレは小さく吹き出した。
こんなデビッドは見たことがない。
いつだって強気で、生意気で、誰にでもオレ様な態度を崩さない(千年公には弱いけど)のがデビッドだ。
なのに彼女の存在に戸惑い、いつもの調子を出せないでいる。
そんな弱みを見てしまえば、つい黒いオレが出てきてしまう。

「千年公にチクっちゃおうかなぁ~。と手を繋いだコト♡」
「はぁ?!てめぇ、ティキ!余計なこと言ったら――――って、おい、引っ張るなって!ジャスデロまでやめろっつーの!」
「お散歩楽しいね!ヒヒッ♡」

振り向きながらオレに文句を言っていたデビッドを、とジャスデロが強引に引っ張っていく。
オレは笑いながら、カラフルな町並みを眺めつつ着いて行った。
この方舟の中には様々な場所があり、今いる綺麗な町並みや森に加えて、書庫、ダイニング、個室などが揃っている。
全てを回りきるには数ヶ月はかかるくらいの広さがあるが、そこは方舟なので行きたい場所にはすぐ行けるようになっていた。

「うわぁ・・・何か懐かしい」

一つの扉から大広間に入り、開けた箇所から見える景色に、は嬉しそうな声を上げた。
きっと彼女の中の記憶メモリーがそう思わせるんだろう。
ジャスデロと無邪気にはしゃぐを見ながら、ふと笑みが零れる。
そこへ息も絶え絶えのデビッドがオレの方へ歩いてきた。

「ケッ・・・そんな優し~い目で見つめやがって。似合わね~!」
「何だよ。手を繋いだだけで、そんなに動揺してるお前に何も言われたくないんだけど~?」
「はあ?動揺なんかしてねェし!つかティキ!アンタ、何で浚って来たワケ?最初は千年公の娘だって知らなかったんだろ?」
「あ~まあね~。びっくりだよね~ほんと」
「びっくりどころじゃねぇよ。娘が現れただけでも驚きなのに、ティキが偶然と遭遇して、あげくエクソシストだった彼女を浚ったってんだからさぁ」
「まあ・・・あの時はエクソシストだったって事を知ってビビったんだけどさ・・・。何となく・・・離れがたかったっていうか」
「はは~ん。アンタ、惚れてたんだな?エクソシストの女に!それって裏切りじゃねーのかよ」

憎たらしい顔で笑うデビッドの言葉に、オレは内心ドキッとしつつ誤魔化すように煙草に火を付けた。
確かにあの時のオレはエクソシストだったをすぐには殺せなかった。
ターゲットの情報を聞き出す、という理由をつけてロードのところへ連れて行ったのも、心のどこかで彼女を殺したくない、と思っていたのかもしれない。

「ま~いいでしょ~?結果として彼女はノアだったんだし?殺さずにいて良かったって事でさ」
「まあ、それで殺してたら今頃ティキも千年公に殺されてたかな♡」
「何その嬉しそうな顔・・・」

苦笑交じりで煙草の煙を吹きかければ、デビッドは思いきり咽せながら「くせぇな!!」とオレの足を蹴っている。

「あ~ジャスデロはの良い遊び相手になったみたいだな」
「けっ・・・・・・アイツのあんな楽しそうな顔・・・初めて見たわ」

デビッドはそんな事を言っているが、自分もジャスデロと同じような顔で微笑んでいる事に気づいてないようだ。
その時、が笑顔で手を振ってきた。

「デビッド~!双子の能力見せて!」
「はあ?」
「デビ~の見たいもの実現させよ!ヒヒッ♡」

ジャスデロに能力の事を教えてもらったのか、がとんでもない事を言い出し、デビッドは唖然とした顔でオレを見た。

「・・・あいつらの遊びでノアの力、使うの?」

の申し出に口元を引きつらせているデビッドに、オレも思わず吹き出した。
確かに双子の能力なら、も色々と楽しめるだろう。

「お前らだってソレ仕事以外で使っては遊んでんだろ」
「・・・まあ、確かに」

オレのツッコミにデビッドも苦笑しつつ二人の方へ走っていく。
その手にはいつもの銃が握られていた。
双子の能力は二人が同時に思い浮かべたものを具現化させるもので、遊んでいる時はだいたい下らないものしか飛び出してこない。
それらを思い出して苦笑していると、双子は不意にオレの方へ顔を向けニヤリと黒い笑みを浮かべた。


笑ってる――――×けど――――×実はすっげー怒ってる時の――――×千年公!!


「げ――――――ッ」


あろう事か双子はオレに向けて銃を発砲し、その瞬間、めっちゃ笑顔の千年公が飛びかかってきた――――!


「な・・・!てめぇ!双子!!何でオレなんだよっ!」
「今オレらのコト笑ってただろーが」
「バカにしたよね!ヒッ」
「うわぁあ!本物のお父様みたいー!」


咄嗟にティーズで防御しながら千年公の人形から逃げていると、そんな声が聞こえて来てオレは溜息をついた。
偽物とはいえ力は本物並みの強さだから面倒なのだ。(まあ双子が実際に知っている千年公を想像してるんだから当然と言えば当然だけど)
呆れたように双子を睨めば、奴らは腹を抱えて笑ってやがる。(殴りてぇ)

「おい!早く消せ!!つーか、お前らいつまでも遊んでいていいのかよ?クロスはオレがもらっちゃうぜ?」
「うっせー!アイツはオレらの獲物だっつってんだろ~!」
「ティキにもクロスのしぶとさ見せちゃお!ヒヒッ♡」
「お、それいいな!アイツのウザさ、ティキにも味合わせてやんよ♡」
「は?ちょ、それはやめて――――――」

再び銃をオレに向ける双子に顔が引きつる。
千年公+クロスなんて冗談じゃない――――――!


酔っ払ってる――――×けど――――エイムは絶対ブレない――――×クロス・マリアーン!!


「うわッ」


容赦なく双子が銃をぶっ放した瞬間、目の前に挑発的な目をした赤い髪のロングコートを着た男が現れた。
こいつもまた手にデカい銃を持っている。

「クロスの銃で何度オレらが追い返された事か・・・そのウザさ身をもって知りやがれ!」
「て、てめぇ!覚えてろよ、デビッド!!」

無言で発砲してくるクロスの弾を避けながら叫ぶと、デビッドは舌を出して中指まで立てている。
ソレを見て口元を引きつらせたが、避けたはずの弾が後ろから追いかけて来て、オレはギョっとした。

「へへ~ん!クロスの武器は面倒なんだよ!どこまでも追いかけて来っからな!」
「逃げるしかないんだよね!ヒヒッ♡」
「はあ~?それを早く言え!」

逃げ回るオレを見ながら笑う双子に怒鳴りながら、ギリギリで弾を破壊する。
その時、デビッドが驚いたような声を上げた。

「あれ・・・?!?!おい!」
「・・・・・・?!」

その声に驚いて振り返ると、はフラフラと膝をついて驚愕の表情でこっちを見ている。
いや、その視線の先には――――――クロス・マリアンがいた。

「おい!どうした?」

慌てて声をかけたが、その目には表情がない。
その異変に気づいてオレは攻撃を仕掛けてくる偽物のクロスを見た。

「クソッ!原因はコイツだ!デビッド、早くクロスを消しやがれ!!」
「・・・・・・は?」

の傍でオロオロしていたデビッドはオレの言葉に驚いた表情を浮かべたが、その意味が解ったのか、すぐに能力を解いた。
あと数秒で弾がオレに追いつきそうだったが、その瞬間跳んで来た弾、そしてクロスの偽物が消滅する。

「ったく・・・おい、!大丈夫か?」

クロスが消えてホっと息を吐きつつ、急いでの元へ走りよる。
だがその瞳は何もない空間を無言のまま見ているだけだ。

「ど、どうする?ティキ・・・」
「何で動かないの?ヒッ」

珍しく動揺を見せる双子に、オレは溜息をついた。

「わかんねぇけど・・・はクロスの姿を見ておかしくなった」
「え、何で?はクロスのこと知ってたのかよ?」
「それは・・・知らねえけど」
「何だよ、ソレ。じゃあ原因わからねーじゃん」
「でもさっき確かに・・・」

千年公が出てきた辺りまではも楽しそうに笑っていた。
逃げ回るオレを見て心配そうにしながらも、笑顔を見せていたはずだ。
けどクロスの偽物が現れた瞬間、その表情が一変した・・・ように見えた。

(もちろんエクソシストなんだから顔見知りって事はありえる・・・。でもクロスは長い間、教団へ帰っていなかったはず・・・千年公だってそう言っていた)

「お~い、?おい・・・」
「反応ないよね。ヒッ」

双子は心配そうにの目の前で手を振ってみたり揺さぶったりしている。
だが彼女は何も反応しない。

(まさか・・・エクソシストを見て何か思い出したのか?)

ふと不安に駆られ、の前にしゃがむと、オレはそっと彼女を抱き寄せた。
それでも何も反応がなく、明らかに意識がないように見えた。

「コラ、ティキ!何してんだよ、テメェ!」
「セクハラ!セクハラ!」
「いててっ!髪を引っ張るな!」

双子の攻撃をかわしながらを抱きしめる腕に力を入れる。
ノアに目覚めたがエクソシストとしての記憶を取り戻した時、どうなるのか考えるのが怖かった。

・・・!おい、しっかりしろっ」

腕の中の彼女を揺さぶり、声をかけ続ける。

どうか、エクソシストとしての記憶を思い出さないで欲しい――――――そう願いながら。














彼らの声は聞こえていた。
抱きしめてくる彼の体温すら感じた。

でも――――――それ以上に頭の中に流れる映像に私は釘付けだった。


赤い髪の男。

黒いコート。

胸の十字架。

対アクマ武器――――。


それらを見た瞬間、頭の中に沢山の映像が流れ込んできて。
浮かんでは消え、また現れた。

!ただいま!』
~!会いたかったさ~!』

懐かしい笑顔、声。

『・・・チッ!』
『あ~ユウ、また舌打ちしてるさ~』
『その名前で呼ぶな!!刻むぞ!!』
『怖いさ~~!!たすけて~!』

沢山の笑い声、仲間・・・教団ホーム――――。

『そう言えば・・・さっきコムイに聞いたんだが――――と神田、付き合いだしたんだって――――』
『付き合ってねえ!!!』

彼の、怒鳴る声――――――。

そう、彼はいつも何かに怒っていた。
そのたびに私がなだめては、また怒鳴られる。
彼はいつだって最後には呆れたように舌打ちをして、さっさとどこかへ行ってしまう。
でも本当に助けが欲しい時・・・必ず傍にいてくれた・・・

私の――――――パートナーだ。



「神田・・・・・・」



そう呟いた時、涙が頬を伝っていった――――――。














「――――――ッ?」


「・・・どうしたんだい?神田」


不意に名前を呼ばれた気がして振り向いたオレに、ティエドールは訝しげな視線を向けた。

「いや・・・何でもない」

軽く首を振るオレに、ティエドールは再び絵を描き始める。
その姿に小さく息を吐きながら、もう一度後ろを振り返ってみた。
だがそこには何もない、ただの水平線が広がっているだけだ。

(さっき・・・に呼ばれた気がした・・・)

どこから聞こえたのか、でもハッキリと彼女の声がオレの名を呼んだ気がしたのだ。

(何か・・・あったのか?)

ふと小さな不安が胸の奥から湧き上がるのを感じ、オレは拳を握りしめた。
あの日・・・あの夜。
確かにデイシャとは傍にいたのに。
何の助けにもなってやれなかった事を、今も心のずっと奥に、それは後悔という名で燻っている。

・・・お前は生きてるんだよな・・・?)

最近まで知られていなかったノアという謎の一族。
そいつらがデイシャを殺し、何故だけ連れ去ったのか。
もし教団の奴らが言っていたという、咎落ちしたスーマンのように情報を聞き出すためだったとしても、その後は必ず殺すはずだ。
なのに未だそれらしき遺体は発見されず、の行方はわからないまま。
あれから随分と経った気がするのに、に関する情報は何一つない・・・。

(でも・・・この改造アクマの言うように奴らが日本へ来るんだとしたら・・・今度こそ何かつかめるかもしれない)

船を押すアクマを見ながら、オレは気が急くのを感じて溜息をついた。

「神田・・・大丈夫か?」

不意に肩へ手を置かれ、ハッと顔を上げれば、マリが心配そうな顔でオレを見ていた。
耳の良いマリはオレの僅かに吐く息の音さえ聞こえるんだろう。

「ああ・・・問題ない」

それだけ応えて再び水平線を眺める。
こうして船に乗っていると、と共に最後に戦った光景を思い出す。
アクマの銃弾をオレの代わりに受け、深い傷を負ったの姿を。

(バカな奴だ・・・。オレにもアクマの毒なんか効かないのに・・・)

はオレの体質の事を知らない。
普段から自分の事を誰かに話す方じゃないのだからが知らなくて当然だ。
でも、それが原因となり、彼女を危険にさらしたことで、オレの中に小さな後悔が生まれた。
もしにオレの身体のことを話していたなら、あんな怪我をさせないで済んだかもしれない。
そして怪我をしていなければあの夜――――ノアの手からも、もしかしたら逃れていたのかもしれない、と。

(バカは・・・オレか)

ふとそんな事を思う。

『も~!すぐ怒る!神田の怒りんぼ!』

そんな風に説教してくるを思い出し、かすかに笑みが零れた。
教団で知り合った奴らの中で、あんな風にハッキリとオレに物を言ってくる人間はいなかった。
本気の怒りをぶつけてくるか、遠巻きに見てくる奴らばかりの中、のオレに対する態度は情のあるものだった、と今更ながらに気づかされる。
"あいつ"と同じように、どんなに突き放しても懲りもせずに、また笑顔を見せる。
"あの人"を思い出させる彼女の優しい笑顔は、オレの中の記憶メモリーが欲しているだけのものだったはずなのに。
それとは違うオレの、今オレ自身が作り上げている記憶にあるは――――――。


「おい、神田!見えてきたぞ!」

「・・・・・・・・・ッ」


マリの声に我に返り、彼の指さす方角を見れば、遙か遠くに大きな島らしきものが見えてきた。

「あれが――――日本」

初めて見る知らない国。
あそこはの生まれ育った場所でもある。

「はあ・・・また・・・来ちゃいましたねぇ。あの頃と今じゃ・・・随分と変わっているんだろうなぁ」

独り言のようにティエドールが呟いたのを聞きながら、遠くに見える大きな島を見つめる。
あそこにノア、そしてがいるのかもしれないと思うと、全身が熱くなっていくのがわかる。

(次は・・・必ず助けてみせる)

と沢山の任務をこなしてきた日々を思い返しながら、ガラにもなく、またあの頃に戻れたら・・・と、ふとそう思った――――――。














「「「・・・カンダ?」」」


ピクリとも動かないが不意に口にした名に、ジャスデロ、デビッド、そしてオレも僅かに固まった。

「・・・カ、カンダって誰だよ?」
「ダレ?ダレ?」
「オレが知るかよ・・・」

不満げに睨んでくる双子に小さく舌打ちしながら、腕の中のを見る。
その両目は開いているものの、何も見てはいない。
あの夜と同じだった。

「まさか・・・クロスの偽物を見て何か思い出してるんじゃ・・・」
「げっマジで?つか、それじゃオレらのせいになっちゃうじゃん!」
「せいになっちゃう!ヒヒッ♡」
「まだ・・・エクソシストとしての記憶が戻ったとは限らねえだろ・・・?」

そう言いながらも不安なのは、あの夜ノアとして覚醒したを見ているせいだ。
もし彼女のエクソシストとしての記憶が戻れば、ノアの記憶と融合する事になる。

「なあ・・・ノアと・・・そのエクソシストの記憶が融合したら・・・どうなるんだ?」

いつになく真剣な顔で訊いてくるデビッドに、オレは軽く息をついた。

「千年公にもわからねえって言ってたろ。こんな例は今んとこ他にないみたいだし?だから実際そうなってみない事には――――――」
「じゃあがまたオレらの事を敵って感じる事もあるってぇのか?」
「・・・あるかもしれないけど・・・ないかもしれない」
「はあ?ハッキリしろよっ」
「だぁからオレにもわかんねえって――――――!」

と、そこで腕の中のが僅かに動き、小さく息を呑んだ。

「あ・・・起きたんじゃね?」
「起きた!起きた!が起きた♡」
「・・・・・・・・・」

双子が騒ぐ中、そっとの前髪を指で良ければ、瞳の奥の光が戻って来たのがわかる。
それを見ていると無意識に彼女を抱く腕に力が入った。

「・・・・・・?」

小さく瞬きをした彼女の名を静かに呼べば、その視線は彷徨いながらも目の前のオレを捉えた――――――。














「・・・・・・?」

その名を呼ばれ、私は戻ってきた光の中にその人物を探した。
顔を見なくても、声の主はわかっている。

「・・・ティ・・・キ?」
「おま・・・大丈夫か?」

私の視界に慌てたような彼の顔が映る。
その後ろではあの双子が心配そうに覗き込んでいた。

「・・・大丈夫・・・って感じじゃ・・・ないけど一応、ね・・・」
「・・・・・・・・・ッ」

そう言いながら重たい体を動かし立ち上がろうとする私の腕をティキが引いてくれた。
周りを見渡し、ここが方舟であると認識する。
そして目の前にはノアの3人・・・。
いや、私も含めれば――――――今ココにいるノアは4人という事になる。

「お、おい・・・・・・」
「ほ、ほんとに大丈夫か?お前・・・」
「心配だね!ヒッ」

何か恐ろしいものでも見るような目で私を見ている3人を眺めていると、不意に笑みが零れた。

「アナタを・・・殺すだけの元気はあるよ?ティキ・・・」
「――――――――ッ」

私の言葉に一瞬ギョっとした顔をする彼にかすかに微笑んだ。
双子に至っては大きく口を開け、心底驚いてるって顔をしている。

「や、やべぇ・・・エクソシストの記憶が戻ったんじゃね?」
「やばい!やばい!千年公に怒られる!ヒッ」

二人は怯えたように私を見ながら互いに抱きしめ合っている。
彼らの事を見ていると、瞳が疼くのを感じる。

奴らは敵だ――――殺せ!

そうイノセンスが叫んでいるような、そんな感覚。
それと同時に、彼らを愛しいという強い思いが胸の奥から一気にこみ上げてきて、急に息苦しさを感じた。
周りの空気が一気に消えたように感じて身体に力が入らない。

「・・・・・・ッ」
「お、おい?どうした――――――」
「・・・触ら・・・ないでっ!」

全身の力が抜け膝から崩れ落ちた私の方へ伸ばされたティキの手を振り払うと、彼は驚いたように身を引いた。
その悲しげな表情を見ていると、胸の奥が痛くて痛くてどうしようもなくなってくる。
大切な存在を傷つけているかのような、そんな罪悪感に駆られて心臓が握りつぶされそうな苦しさに、強く吸えない空気を吸い込んだ。
息が――――――出来ない。

「・・・なん・・・なの、これ・・・」
・・・」
「そんな顔・・・しないで・・・。しないでよ・・・ティキ・・・」

そう言った瞬間、涙が頬をつたっていく。
心の奥から溢れ出る憎しみが悲しくて、でも愛しくて、二つの思いが交差しては押し寄せてくる。

「ティキ・・・苦しい・・・・・・」

呼吸が出来ない口から、そんな言葉が漏れる。
自分ではどうする事も出来ない色々な感情が交じり合って心が押しつぶされてしまう。そんな苦しさだった。
その瞬間――――――強い腕に抱きしめられて無意識のうちに私は彼の背中にしがみついた。

「お、おいティキ・・・お前、殺されっぞ・・・?」
「危険だね!ヒッ」

双子は未だに不安げな表情で私を見ていた。
なのに・・・


「いいんだよ・・・。オレは――――お前になら殺されてもいい」


ティキはそんな事を言いながら、更に強く私を抱きしめる。
彼の瞳からも、いつの間にか涙が溢れ、それが頬を濡らしていた。
そんなティキを見ていたら、少しずつ息苦しさがとれてきて、呼吸も次第に戻っていく。
自分でもコントロール出来ないものが、少しずつ遠ざかって静かに消えていく・・・。
それと同時に――――――私の中のイノセンスの反応がおさまってくるのを感じた。

「バカじゃ・・・ないの・・・?」
「・・・ん?」
「殺されてもいい、なんて・・・あなた、ノアでしょ?」
もだろ・・・?」
「私は・・・っ」

私は――――?

そこまで言って言葉に詰まる。
自分が何者なのか考えると、また息が出来ないような苦しさを感じる。
私を抱きしめる男はデイシャを殺した敵で、殺したいほど憎いのに、同時に愛しいという強い思いが溢れてくるのだ。

こんな感情なんて知らない。
これまで感じたこともない。

憎しみと愛情―――――どちらも私の心から、どうしようもないほどに溢れてくる。


その時、不意に額へ口づけられ、身体がはねる。
ゆっくりと顔を上げれば、ティキは泣きながら微笑んでいた。

「オレさぁ・・・がエクソシストでも・・・ノアでも・・・もう何でもいいわ」
「・・・・・・え?」
「お前は・・・お前だろ?」
「ティキ・・・・・・」

二つの記憶メモリーが私を苦しくさせる。
白の私と、黒の私。
どちらも間違いなく、私だから―――――。

どちらか片方だけだったなら・・・もっと楽だったのかな。

そう呟いた私に、ティキはお前が決めろ、と言った。

「決める・・・?」
「言ったろ?お前がどっちでもいいって。お前がどっちだろうと・・・オレは・・・の傍にいたい――――」

優しい眼差しで私を見つめる目の前の男を、確かに愛しいと思うもう一人の私がいる。

なのに――――――。



「だぁいじょうぶでス♡ ノアの記憶メモリーが全て戻れば、今のエクソシストとしての感情は少しずつ消えていきますカラ♡」



いつからそこにいたのか。
気づけば千年公が涙を流しながら私たちを見下ろしていた。
彼を滅ぼすために追いかけていた記憶が確かにある。
でも今、この瞬間は目の前にいる人を敵だと感じる事はなかった――――。

なのに――――――。



「おやおや・・・泣き虫は相変わらずですネ♡」

「お父様の・・・娘だからよ」




なのに―――――――もう一つの心が叫んでいる。



忘れないで――――ここにいるよ。



その心はどこへ消えていくんだろう?



もう一つの、私の心は――――――。











相反する記憶があると、人はどうなるんでしょう?
愛憎がぶつかりあって、どうしようもなくて、マナ(千年公?)のようにいつか壊れてしまう、そんな気がします。
まだまだ謎の多いノア一族と14番目の関係・・・
連載中の、それも色んな疑問が多い中で書いてるので未だに手探り状態ですが、
間違いなどが出てきたら、その辺は修正していきたいと思います^^;