あー今日もきらきらしてるなあ。
そう思わせるのは同級生の灰原雄、その人だ。
いつも元気な笑顔で、周りまで元気にしてくれるし、見る景色だってきらきらさせてくれるような男の子。

「もう少しだからね、ちゃん」

彼は張り切って自転車をこぎながら私の方へ振り返る。その笑顔と、彼の額に光る汗が、照り付ける日差しを浴びてきらきら光って見えた。
その爽やか100点満点の笑顔を惚けて見てた私は、ふと現実に戻って思わず「灰原くん、前!前見てよ!」と叫んでしまった。私達の明るい笑い声と共に、自転車は加速していく。
心地良い風を受けながら真夏の道路を自転車で走る私達は、青い春のど真ん中にいた。


夏真っ盛りの今日は任務もなく、朝から同級生の灰原くんや七海くんと、一つ上の五条先輩、夏油先輩の指導のもと、呪具訓練をしていた。
先輩達との訓練は久しぶりで、灰原くんは「お二人と訓練できるのは光栄です!」なんてハイテンションで挑み、七海くんは「このクソ暑い日に外でやる必要が……?」と相変わらずのローテンションの中、私も苦手な体術と呪具の組み合わせの動きなどを指導してもらった。
けど日差しが強まってきた頃、五条先輩の「アイスが食べたい!」の一言から始まり、「僕も」「私も」と皆が五条先輩に乗っかった。
だけど、じゃあ誰が買いに行くんだという話になった時、そこは先輩後輩関係なく、平等にじゃんけんで決めようということになって――。
結果、負けた私と、それに「付き合うよ」と言ってくれた灰原くんとで買い出しへ行くことになった。
そこで夏油先輩に渡されたのは、訓練の合間に飲む為のスポーツドリンクを入れてた小さめのクーラーボックス。道中、アイスが溶けない為のものだ。それを灰原くんが持ってくれて、二人でコンビニへ向かう。

「あ、あれ借りちゃおうか」

校庭から移動して校舎の前を横切った時、灰原くんがいたずらっ子みたいな笑みを浮かべてあるモノを指さした。その方向へ目を向けると、そこには高専が所有している自転車がある。その辺でもよく見かけるシティサイクル、通称ママチャリだ。
確かにコンビニまでは少し距離があるし、呪具訓練をした疲れもある。ついでにこのクソ暑い中を歩いて行く気になれない。

「いいね。でも一台しかないよ」

関係者が近所へ出る際に使う為の自転車は数台あったはず。だけど今日は一台しか見当たらない。

「僕がこぐからちゃんは後ろに乗ればいいよ」
「えっ!でもそれじゃ灰原くんが疲れちゃうよ」
「大丈夫。こう見えて体力には自信があるんだ」

にっと口角を上げて灰原くんが笑う。白い歯がやけに眩しい。
灰原くんはいつもフットワークが軽い。すぐに事務室で自転車の鍵を借りてくると、颯爽と自転車にまたがった。

「ほら、ちゃんも乗って」
「う、うん……じゃあお言葉に甘えて」
「あはは、甘えて甘えて」

遠慮がちに後ろのリアキャリア部分に乗る。またがるのは少し恥ずかしいから横向きにして座ってみたけど、ちょっと怖い。自転車の後ろに乗るのは小学生以来だ。
灰原くんは私が乗ったのを確認すると「じゃあつかまっててね」と言って勢いよくペダルを踏み込んだ。
容赦なく照りつける陽の光は後ろに乗ってるだけの私の体温すら上昇させていく。さっきまで体を動かしてたせいか、汗がじわりと浮き出て項やおでこを濡らしたけど、灰原くんが坂道を勢いよく下りてくおかげで意外と涼しい。ただジェットコースター並みに怖いのは確かで、つい目の前にある広い背中へしがみついた。これも買い出し要員の特権かもしれない。

ちゃん、それじゃ危ないからお腹に腕まわしてしっかり僕につかまってて」
「う、うん」

目の前の広い背中を見上げればドキドキが加速する。言われたからと言ってすぐに抱き着くのも恥ずかしかった。だけどガタガタと自転車が揺れたのを理由にして、そっと灰原くんの腰に腕を回すと、一気に体温が近くなる。暑いはずなのに全く気にならない。彼の熱がどうしようもなく心を溶かしていく。
坂道を一気に下りたおかげで、コンビニはもう目前だった。
でも下り切ったところにある信号がちょうど赤へと変わって、スピードの乗った自転車は徐々に減速していく。

「お尻痛くない?」
「うん、平気!」

止まったところで少し揺れたのを気にした灰原くんが振り返った。その心配げな表情が可愛くて、私も自然と笑顔になる。ほんの些細なことだけど気にかけてくれたのが嬉しい。

「二人乗り、お巡りさんに見つかったら怒られちゃうかな」
「まあ、そこは高専生の特権でどうにか逃げよう!」
「そんな特権あったっけ?」

爽やかな笑顔で地味にとんでもないことを言い切る灰原くんに思わず吹き出してしまった。私達はどう見ても高校生にしか見えないから、彼の言う特権ってやつは無効だろうけど、出来れば野暮なお巡りさんには邪魔をしないで欲しいとは思う。
信号が青になって、灰原くんがもう一度私の方へ振り返った。

「じゃあ行くからまたつかまってね」
「うん。ごめんね。こいでもらっちゃって。灰原くん暑いでしょ」
「これくらい余裕だよ。ちゃん軽いし」
「え……そ、そんなことないと思うけど」

と言いつつ、顏が緩む。灰原くんは普段から鍛えてるし本当に余裕なのかもしれないけど、嬉しいものは嬉しい。
信号が青になると、再び灰原くんは自転車をこぎ始めた。今度もしっかり灰原くんの腰へ腕を回す。少しだけ汗ばんだ灰原くんのTシャツからは男の子らしい匂いがした。その背中に向かって、小さく好き、と呟く。
でも本当は「大好き!」って大きな声で叫びだしたいくらいのテンションだ。

灰原くんのことが好き。そう自覚したのは高専に入学して3か月は経った頃だった。
比較的、厳しい部類に入る七海くんとは真逆で、灰原くんは随分と面倒見のいい性格で、鈍臭い私のフォローをいつもさりげなくしてくれる。
そのことに気づいた時、優しい人だなと思ったし、ちょっとした勘違いまでしそうになった。
けど灰原くんは誰にでも分け隔てなく優しいから、私だけ特別ではないと気づけたのは良かったと思う。
聞けば灰原くんには仲のいい妹さんがいるとのことで、私の鈍臭いところが妹と重なるらしい。
だから甘やかしてくれるのか、と少しガッカリもしたけど、それでも、私はいつしか灰原くんに恋をした。なんてチョロい女なんだろうと自分でも思う。
だけど――恋とはそういうものだ。

普段から気持ちがバレないように必死で同級生を演じてるのは。やっぱり今の関係を壊すことが怖いからだ。そのくせ、灰原くんにそのうち特定の彼女ができてしまうかも、と不安でたまらないのも事実。
この矛盾する想いをどうしてくれよう。
悶々とそんなことを考えていたら、あっという間にコンビニへついてしまった。

ちゃん、ほんとにお尻大丈夫?」
「う、うん……ちょっと痛いくらい」
「だよね。座布団でもついてればいいのに」

真剣な顔で言ってるけど、リアキャリアは椅子じゃなくて荷台だし、そもそも自転車の二人乗りは禁止されてるからね、灰原くん。
と心の中で突っ込みつつ、彼のこういう明快なとこも好きだなぁって思う。

「うわ、涼しー」

コンビニへ一歩足を踏み入れると、クーラーがいい感じで効いている。汗ばんだ肌がすーっと冷えてくのが心地いい。
灰原くんも頬がかすかに赤く火照ってるくらい暑かったのか、「生き返るー」と冷たい空気を堪能していた。こんな暑い中、私を乗せて自転車をこいでくれたんだから、そりゃ暑いよね、と申し訳なく思った。

「そう言えば五条さんは何のアイスがいいって言ってたっけ」
「えーとね。五条先輩は……っていうか全員、ガリガリくんだよ」

ケータイに送ってもらったメールを見て、思わず吹き出した。誰もアイスクリームの方は選んでない。さすがにこの暑さじゃ甘いクリーム系より、さっぱり氷系のものが食べたくなる気持ちは分かる。私もしっかり定番のガリガリくんを手に取った。ガツンと体を冷やしてくれるこの商品は暑い夏に必須な優れものだと思う。
見れば灰原くんも同じ物を選んでた。みんなガリガリくん好きすぎない?
ちょっとだけおかしくなって吹き出すと、灰原くんがきょとん、とした顔をするから、また吹き出してしまった。

ちゃん、何で笑ってるの」
「だって結局、みんな同じの買ってるなーと思って」
「あーほんとだ。仲良しだね、僕ら」

恥ずかしげもなく、そういう台詞を言えちゃう灰原くんはやっぱりきらきらしてる。にこっと笑う笑顔が眩しい。
コンビニを出て買ったアイスをクーラーボックスに入れると、灰原くんは再び自転車へまたがろうとした。それを慌てて制止したのは、申し訳ないと思ったからだ。

「あ、帰りは私がこぐよ」
「え、ダメだよ。帰りは上り坂が多いし僕がこぐ」

頑なに言い張る灰原くんに恐縮しながら、結局帰りも私は後ろへ乗ることになった。私ってそんなに非力っぽく見えるのかな。

「じゃあ行くよー」
「うん」
「ほら、ちゃんとつかまって」

何となくサドル付近を掴んでいたら、伸びてきた灰原くんの手に腕をガシっと掴まれた。その手の熱さに心臓がどくん、と大きく波打つ。
灰原くんは自分のお腹に私の手を誘導すると、満足げな笑みを浮かべた。
「これで安心」なんてサラリと言うから、私の心臓はさっきからドキドキしっぱなしだ。
コンビニのクーラーで冷えた体が、またジリジリと熱を上げていくのは、何も太陽のせいだけじゃない。灰原くんの背中に密着してる腕や頬が、どうしようもなく火照っていく。

「あー電動自転車欲しい」

高専に戻る道は徐々に坂道が増えていく。灰原くんは笑いながらそんなことを呟いた。
ただ、この坂を上り切ってしまえば、灰原くんとの二人きりの時間は終わってしまうから、それがちょっとだけ寂しかった。もう少しでいい。灰原くんと一緒にいたい。

「ねえ、ここ降りて歩かない?」

灰原くんのTシャツをツンと引っ張りながら言ってみる。私を乗せて坂道をこいで行くのは、いくら灰原くんでもキツいだろうし、戻れば訓練の続きが待っているから、なるべく疲れて欲しくないと思ったのだ。

「え、でも歩くの疲れない?」
「大丈夫。ちょっと……その、お尻も痛くなってきちゃって」

本当はまだ灰原くんにくっついていたい。でもその気持ちを押し殺して適当な理由を口にすると、灰原くんは殊の外慌てたように自転車のブレーキをかけた。

「そっか。ずっと乗ってるし痛くなるよね。ごめん、気づかなくて」
「え?あ、ううん。そこまでじゃないし……」

逆に気遣わせてしまったかも、と私も慌てて首を振る。私はただ灰原くんともう少し二人でいたいだけだ。

「あ、でもアイス溶けないかな」
「大丈夫。夏油さんが保冷剤ばっちり入れてくれたからね!」
「じゃあ良かった」

灰原くんが自転車を押して、私は隣を歩く。やっぱり自転車に乗ってるよりはアスファルトも近くて暑いけど、そんなのも気にならないくらいに嬉しい。
さっきよりも生ぬるい風が吹いて、周りの木々たちがざわざわ音を立てると、思い出したかのように蝉がみーんみーんと鳴き始めた。ああ、夏だなーと感じる瞬間だ。
空は真っ青で、入道雲はもっこもこで、隣には好きな人。
穏やかで幸せなこの瞬間を切り取ってしまいたい。

「アイス食べたら、また呪具訓練だー。灰原くん次は何を使うの?」
「僕は夏油さんから三節棍の使い方を教わることになってるんだ」
「うわ、難しいやつだ」
「うん。でもあれを使いこなせたら近接戦も戦いやすくなると思って」
「灰原くん、体術も得意だし羨ましい」
ちゃんも長物の扱い上手いよ。僕はあれ苦手だし」
「でもさっき五条先輩の後頭部にぶつけちゃって怒られた。訓練後で術式解いてたっぽい」
「あーぶつけてたね。あれ持ったまま振り向いたらああなるよ。五条先輩、身長高いし」

灰原くんが思い出したように爆笑するから、こっちまで釣られて笑ってしまった。
彼の笑顔は周りまで笑顔にするくらいの威力があると思う。

「はーそれにして暑いね。笑っただけで汗かく」
「ほんと。でも僕、夏は好きだよ。何かワクワクするし」
「え、何で?」
「何でかな。よくわかんないけど。もしかしたら子供の頃の夏休みのイメージが残ってるのかも」
「あ、それは分かる!夏って長い休みがあるから中学校までは確かにワクワクしてた。高専に入ったら夏休みなんてないし逆に忙しいから忘れてたけど」

そんな他愛もない話をしながら歩いていると、だんだん平坦な道になってきた。あと数分も行けば高専についてしまう。ふと寂しさを覚えた時、灰原くんが立ち止まった。

「もう坂じゃないし自転車乗らない?」
「え?あ……うん。でも灰原くん疲れてない?」
「言ったろ?体力には自信あるって。まあ坂道はきつかったけど」

笑いながら自転車にまたがると、灰原くんが「乗って」と微笑む。その笑顔にドキッとしながら、再び後ろへ座った。

「あ、お尻大丈夫?」
「うん、もう平気。この先は滑らかな道しかないし」
「なら良かった」

そう言いながら灰原くんは「つかまっててね」と振り返った。この瞬間はやっぱりドキドキするし緊張する。
タイムリミットは迫ってるけど、最後の時間を無駄にしないよう灰原くんの腰へ腕を回す。
出来ればずっと、灰原くんにくっついていたいなあ、なんて邪なことを考えていたら、自転車がゆっくりと動き出した。さっきの勢いはなく、灰原くんはどこかのんびりとペダルをこいでいる。
その背中を見上げていると、好きと言ってしまいたくなった。
灰原くんの特別になりたい。そんな欲求は日増しに強くなっていたけど、怖くて言い出せなかった。でもこんな風に二人きりの時間をもらえて、胸にこみ上げる想いが余計に増えた気がした。

「……好き」

小さく小さく呟いた告白は、蝉の泣き声や、ふわりと吹く風にかき消されていく。なのに灰原くんは「え?なんて言ったの?」と聞き返してくれた。
聞こえたんだ……と、やけにドキドキして「何でもない」って言おうとしたけど、その言葉が出てこなかった。
もう抑えきれないくらいに、心の奥から好きという気持ちが次から次に溢れてくるせいだ。
だから灰原くんの背中を見上げて、Tシャツ越しに「す」「き」と指で伝えてみた。
気づいても、気づかなくても、溢れた想いを発散させたかったから。
灰原くんはくすぐったかったのか、かすかに背中をびくっと跳ねさせたけど、どうやら意図は伝わったようだった。

「あ、文字当てゲーム?」
「……うん」
「え、なんて書いたんだろ……二文字で合ってる?」
「う、うん……まあ」

下らない私の行動に灰原くんは凄く自然に付き合ってくれる。そういうとこだよ、と苦笑しながら「もう一度書くね」と背中へ指を当てた。
今度は少し強めに大きく指先を動かして「す」「き」と間を開けて書く。
その時、目前に高専の門扉が見えてきた。楽しい時間はもう終わり。ふと寂しくなった時だった。
自転車の速度が急に落ちたと思った瞬間、キュっとブレーキのかかる音。
驚いて顔を上げると、振り向いた灰原くんと目が合った。

「僕も……」
「え?」
「同じ」
「同じ……?」

何が?と思ったこの時の私は、最悪なほどに鈍感だったかもしれない。

「僕もちゃんのことが好きだよ」

その言葉を耳が拾ってもすぐには理解出来なかった。でもハッキリと何を言われたのか理解した瞬間、頭の中が真っ白になった。じわじわと顔の熱が上がっていったのは私だけじゃない。灰原くんも薄っすら頬が赤くて、今の言葉が幻聴なんかじゃないんだと伝えてくる。

「だから……もう少しくっついてたくて最後に自転車に乗ろうって言った、かも」

大きな黒目を左右に泳がせながら、最後は照れ臭そうな笑顔を私に向けた灰原くんは、やっぱりきらきら輝いていて。その笑顔を瞼の裏に焼き付けた。
それは一枚の写真のように、私の記憶に刻まれていく。
頭上に浮かぶ雲を見上げると、澄んだ青空にはまるで祝福してくれるかのような一筋の線が伸びていた。


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