06-迷探偵の報告書・前編
――彼女を色眼鏡で見る材料がない。
先日、傑が俺に言った言葉だ。こいつとは入学早々いざこざはあったものの、その後に話してみたら意外なほど気が合う男だった。最初に見た時は、すかした野郎という印象と、あとは聞いたことはあれど、出会ったことのなかった術式を持ってるから、つい挨拶代わりのつもりで軽口を叩いただけのつもりだった。あいつもそこで軽く返してくれりゃ良かったのに、いきなり術式を発動してきやがるから頭にきた。そっちがその気なら、と俺も叩きのめすつもりで術式を発動、したつもりが、直後にとんだ邪魔が入ったことで、初撃はあっさり消されてしまった。その後も何だかんだとあったことで俺と傑は戦意喪失。結果、何となく親しくなった。
一年は俺と傑と硝子の三人しかいないし、いがみあってても面倒なだけだと互いに理解したような感じだ。でも、まあ今はあれで良かったとは思ってる。高専なんて俺には退屈なだけだったから。同じ目線で世界を見れる数少ない仲間が出来たことだけでも、ここへ入って良かったと思ったくらいだ。
ただ、同級の硝子や、先輩に当たる庵歌姫に「クズ」呼ばわりされても、傑の本質は俺と全く異なる。強い立場で生きてきたあいつも俺と似たような自信やプライドはあれど、元来は根の優しいところもある男で、綺麗事をまんま言葉にしたようなあいつの口癖は"弱者生存"。
息を吸うのと同じくらいのテンションで正論を吐き出すヤツだけど、まあ弱い人を守るという純然たる思いを、傑はすでに持っている。元々、俺より他人を許容できる容量ってやつがデカいんだろう。現に憑きモノ筋のに対しても、先輩として尊重し、敬意を払うことも忘れない。あげく忠告した俺に「聞かされた情報だけじゃ納得できない」と言いやがった。
まあ、そこは確かに、と納得できることもあった。俺はガキの頃から憑きモノ筋の家のことは聞かされてきたし、書庫で古い書物を目にしたこともあるから、家が過去にどれだけの呪詛師を生みだし、ヤバい事件を起こしてきたかを知ってる。でも、そんな闇に葬り去られた黒い歴史を、傑は何ひとつ知らない。の表側だけを見てるからだ。
ただ、俺とはそもそもスタートが違うのだから当然か、と、そこだけは理解することにした。
だったら――傑が反論できないくらいの証拠が必要だ。
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「……は?尾行する?」
任務帰り、銀座のスタバに寄って休憩中、色々考えて出した結果を口にした時、傑は目に見えて驚いていた。円を描いた真ん中に黒い点を付けただけのような、その顏が面白すぎて吹き出した俺を、傑は軽く無視して「本気か?悟」と呆れ顔で溜息を吐いた。
「当たり前だろ。つーかちょっと前から考えてたんだよ。普段、あいつを見かけるのは高専内だけだし、あんな場所じゃ本性なんて出さねえだろ」
「……本性って」
「アイツは不愛想だし人付き合いも悪いのに、何故か先輩ウケがいいのも気になんだよ。もしかしたら裏で何か画策してんのかも――」
と言いかけた時、今度は心底呆れ果てたと言いたげに、傑の端正な顔立ちが崩壊。ついでに口をあんぐりと開けて「ハァァァ」と長い長い溜息まで追加される。何かムカつく反応だ。これはどう俺を諭そうか、と考えてる時の傑の独特の間というか、クセみたいなもんってのは最近分かってきた。傑自身に他意はなく、悪気もないんだろうが、ちょっとは傷つくから、そのナチュラルに感情の表現だけで煽ってくるクセ、やめて。
「先輩ウケがいいのは彼女が礼儀正しい人だからだよ。後は…そうだな。あのちょっとすっとぼけた感じもギャップ萌えすると、この前、体術指南の際に先輩方も話してたじゃないか」
「チッ。んなこと分かんねえだろ。あのすっとぼけも演技かもしんねえ」
「あの人はそこまで器用じゃないと思うが…」
「だから尾行して普段のあいつがどういう行動すんのか調べるんだよ」
傑はやれやれといった表情で、今度は小さな息を吐き出した。それでも仕方ないと諦めたのか「なら、気の済むまで調べろよ」と肩を竦めている。どうせ何も出ないと思ってるんだろうが、こうなりゃコッチも本気出す。あいつの行動を全て録画して傑に見せてやろう。そうなると――傑を一発でキャンと言わせる、目に見えて分かるような証拠の入手が必要となってくる。
「どこへ行くんだ、悟」
「そこのヨドバシでビデオカメラ買ってくるわ!」
「は?ビデオカメラ?そんなものどうする――」
飲んでいたホワイトモカも置き去りにして店を飛び出すと、傑の声だけが追いかけてきた。どうせ「そこまでするのか」と説教をされそうだから、そこはサクッとシカトこいて急いでヨドバシカメラへ向かう。思い立ったが吉日って言うしな。
数分で店に着くとビデオカメラのコーナーには沢山の種類があった。とりあえず何がいいのか全然分からないから、その辺の店員をとっ捕まえて適当なビデオカメラを案内してもらう。特別な機能なんかいらないし、ズームが優秀で綺麗に録画ができるものなら何でもいいと言ったところ、そこそこの値段のそこそこのビデオカメラを勧められた。まあまあ気に入ったしサイズも手ごろだったから、サクッとそれに決めて購入。俺にしてはいい買い物をしたかもしれない。
早速帰ったら動作確認をしてみようと店を出たところで「悟」と呼ばれて足を止める。声のした方へ視線を向ければ、傑が走ってくるのが見えた。一足遅かったな。きっと何かを察知したんだろう。怪訝そうな顔で、俺の持ってる袋へ視線を落とした。
「ホントにビデオカメラ買ったのか?」
「まーねー。いいだろ、コレ。手のひらサイズ~」
じゃーんと効果音付きで袋から出して見せてやると、傑の切れ長の目が更に細くなった。
「どうするつもりだ?そんな物」
「証拠を撮るなら写真より映像だろ」
「……まさか」
さっきの話の流れから、傑にも俺がやろうとしてることは伝わったみたいだ。まあ、止めたところで俺はやめねえけど。
「いいだろ、別に。傑は勝手にあいつを信じてりゃいーじゃん。俺は俺のやりたいようにやる」
昔から俺はそうしてきたし、いくら親友になった男とはいえ、ここは譲れねえ。
ケータイで補助監督に電話しながら、サッサと集合場所へ歩き出せば、背後からまた盛大な溜息が聞こえてきた。どうせ道徳的にどうだとか言いたいんだろうが、今回ばかりは無視だ。実際にあの女が高専関係者のいない場所で何をしてるのか、把握しておかなければならない。それは俺がこの先呪術師として生きていく上でも必要なことだと思ってるからだ。
は憑神をコントロール出来ているのか、否か――。
まずはそこを知りたかった。
入学初日、俺と傑のケンカに割り込んできたあいつは、確かに術式を使ってた。でもあれは元々あいつに憑いてる憑神じゃない。
後から承伏させ、式神として使用してるだけの使い魔的な存在だろう。憑神はその性質から、あの手の微小な憑きモノの類を手なづけ、従わせるのが上手い。
ただ、俺と傑の攻撃を一瞬でなかったことにしたのだから、ただの使い魔じゃないってことは確かだ。やはり、あの女、手強い。
まあ、何でもいいか。まずは明日から任務のない日は、あいつにベッタリ張り付いて本性を暴いてやる。
この時の俺は、まだという憑きモノ筋の女が、俺達、呪術師の敵になり得る存在だと本気で信じていた。
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尾行一日目。朝7時、寮の食堂でを補足。一番離れた席からこっそり観察すること三十分。あいつは焼き鮭定食のトレイを持って、食堂の一番端っこの席に座る。
そして何やらトレイの上に乗っていた袋――どうやら韓国のりらしい――を開けて中身を出すと、まずはそれを小皿へ置いた。次にいつも持ってるキャリーバッグの中から何かを取り出す。それは柚子胡椒なる物が入った瓶。よく鍋や焼き魚に使う調味料的なアレだ。あいつはその瓶の蓋を開けると、何故か緑色の中身を箸ですくい、おもむろに白飯へと乗せていく。調味料を飯に乗せる頭のおかしな所業に、俺の脳が少し混乱する。
あいつはその柚子胡椒を乗せたご飯に、今度は焼き鮭の解した身をかけ、最後に韓国のりで巻いて食べだした。ってか、どういう食い方だよ、それ!と突っ込みたくてウズウズする。でも地味に美味そうなのが何かムカつく。韓国のりも美味そうだ。
結局、あいつはその食い方で大盛りご飯を三杯もお代わりし――めちゃくちゃ美味そうに食ってんの笑う――全てのおかずを食すと、食堂で働く非術師のオバちゃんに「今日も美味しかったです。ご馳走様でした」とお礼のお手本とも言えるような挨拶をして、食堂を後にした。
「チッ…いい子ちゃんぶりやがって…」
あいつの後を追いながら、気分的に出鼻を挫かれたような気分になったが、今はまだ高専内。ここからが本番だと、自分の呪力を抑えられるとこまで極力抑えておいた。あいつの探知能力がどこまであるのか分からないし、なるべく油断しない方がいいと判断した。
気づかれないよう、あいつの行った先を予測しながら歩いて行くと、出立門のところに独特の呪力を見つけた。赤と黒が交じり合って出来た陽炎のような禍々しい呪力。別に戦闘してるわけじゃないから、それは極めて微小。俺の眼じゃなければ誰も気づかない程度のものだ。見つけやすいことこの上ない。
俺はすぐさま気配を消すと、こっそり近づき補助監督とあいつの会話を盗み聞いた。
「それで今日の…―は東京と千葉の県境に―…元スポーツセンター跡地でして……なんですが、昨夜四人の遺体が…―が持ち去られてまして――」
微妙に距離があるせいで聞き取りにくいが、場所の特定は出来そうだ。すぐにケータイを出してスポーツセンター跡地、千葉、東京、県境、で検索してみた。すると一件のヒット。それは殺人事件の記事だった。内容はこうだ。
"5月3日、深夜。千葉と東京の境にある廃墟――元はスポーツセンター―にて、若者四人の惨殺体が発見された。遺体の損傷が激しく身元特定には至っていないが、その場所は地元で心霊スポットとしても知られており、深夜になると近所の学生などがふざけて訪れたりすることも多いという。警察は近所の聞き込みを徹底し、被害者の身元の特定を急いでいる――"
今、補助監督が話してるのはこの事件の話だと確信する。そしてあいつがその現場へ派遣されるということは、十中八九、呪詛師絡みだ。記事の内容だけを見れば呪霊の仕業にも思えるが、もし仮に四人を殺したのが呪霊でも、その裏には必ず呪詛師がいる。だからこそ、この件をあいつに任せたんだろう。
は補助監督からの説明を受けると、すぐに車へ乗り込んだ。これから現場に向かうようだ。
「じゃあ、俺は先回りすっか」
車が発車するのを見送ってから別ルートで高専の敷地を出ると、すぐに近くの駅のトイレで服を着替えた。もちろん目立たず見つからないようにするためだ。あらかじめコインロッカーに用意しておいた黒のトップス+パンツスタイルに着替えると、同じく黒のキャップを被ってカモフラージュ。代わりに脱いだ制服をロッカーへ押し込むと、その足で駅に向かい、面倒だけど電車で移動した。この時間なら車のあいつらより早く現場に着ける。
(見てろよ、傑。あの女の本性をばっちり、このカメラで収めてやっから…)
傑の呆れ顔を思い出し、俺はやる気満々で、あいつの任務先へと向かった――。

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