07-迷探偵の報告書・後編



「――で、これは何の証拠なんだ?迷探偵殿・・・・
「…………チッ」

笑いを噛み殺しながら訪ねてくる傑に若干の苛立ちを覚え、俺は舌打ちだけでその問いかけに応える形となった。ついでに頭にかぶっていたカモフラ用のキャップも投げ捨てる。傑はそんな俺を横目で見て肩を揺らしながら、再びテレビ画面へと視線を戻した。そこには今日、俺が撮影してきた映像が映っている。

「へえ、やるなぁ。この呪霊、一級相当だろ?瞬殺だ」

傑はまるで映画を楽しむかのように、俺が撮影してきた映像を見てる。今は例の殺人事件現場となった元スポーツセンター跡地にて、あの女が呪霊三体を祓った場面だった。
あの後、予定通り先に現場へ着いた俺は、撮影しやすい場所を探して身を隠し、カメラも準備万端にしながらあいつが来るのを待っていた。ただ現場に行って分かったことだけど、そこには数体の呪いが蔓延っていた。それが四人を殺したモノなのかは分からないが、呪詛師らしき残穢は俺の眼をもってしても見つけられず。あいつが現場に姿を見せた後も、それらしい人物は現れなかった。結果、あいつは全ての呪いを一瞬で祓うと、すぐにその場を後にして、補助監督の運転する車で高専近くの駅付近まで戻って来てしまった。俺はその間、タクシーで尾行をしていたものの、は特に誰と接触することもなく。俺は普通にあいつの任務へ勝手に着いて行って、ただ帰ってきただけの間抜けな男になってしまった。

「ああ、ここは駅前の中華屋か?確か先輩はここの常連だと話してたな」

任務の映像の後、場面が切り替わったようで、傑はそのまま続きを見始めた。チラッと画面を見れば、さっき撮影したばかりの駅前の中華屋"八宝美人はっぽうびじん"――ふざけたネーミングの店で高専生の憩いの場――にあいつが入っていくところが、しっかり映っている。

「……あーそれ…。あいつ、その近くで車を降りて補助監督だけ先に帰してたからさー。ようやく誰かと密会でもすんのかと思って着いて行ったら…それ」

あいつが店に入って行ったのを見た俺は、こっそり入口に近づき、中を撮影した。ちょうど昼時の混雑した時間が終わった直後らしく、店内は比較的空いてたから、バッチリあいつの姿が映ってる。もしかしたら誰かと密会するとか、実は八宝美人の店主の裏の顏が呪詛師とか、そんなのを期待して撮ってたが、一向にその気配もなく。ただただ、が大飯喰らいだという証明動画みたいになってしまった。

「ははは、相変わらずよく食べるな、彼女は」

ラーメン、餃子から始まり、その後はレバニラ炒めに麻婆豆腐と、次々に運ばれてくる料理を見た時は、絶対後から誰か来るだろ、と思った。でも読みは甘かったようだ。
その量の料理をあいつは一人で平らげていた。あれだけの食事をよくもあれだけパクパクと食えるな、と盗撮しながら唖然としてしまった。時折、動画に『まだ食うのかよ…』という俺の驚きの声までしっかり入り込んでるのが空しい。今度から撮影中は独り言が出ないよう気をつけなければ。ってか、傑、何笑ってんだよ。

でもまあ、俺は意外と撮影が上手い方だったらしい。あいつが注文してる姿から、運ばれて来た料理までちゃんと映ってる。これであいつの裏の顏が撮れてたら万々歳といったところだったんだけど…結論から言えば、この後も特に怪しいところはなく。あいつは食事を終えると近くの駄菓子屋に寄り、これまた大量にお菓子を買い込んで高専へ帰校。
俺は俺で精神的に疲れたこともあり、その足で寮へと戻ってきた。そこで傑と遭遇したのは予定外だ。

「今日の尾行はどうだった?」

とニヤニヤされ、あげく撮影したものを見せてくれと言われて、散々啖呵を切ってしまった手前、断り切れず、今に至る。

「これで彼女が呪詛師側じゃないって分かったんじゃないか?」
「あ?まだ一日目だろ。これだけで分かるかよ」
「なら、まだ続ける気か?五条迷探偵」
「うっせーなぁ。別に任務のない日に俺が何しようと関係ねーじゃん」
「やれやれ…ま、せいぜい頑張ってくれ。ついでに報告書にまとめてくれると助かる」

傑は呆れ顔で言うと、映像が終わったのを見て、サッサと部屋を出て行ってしまった。やっぱムカつく。こうなったら、意地でもの本性を撮影してやる、と変な気合が入る。
それからは任務が入らない日全てを探偵業・・・に費やすことになった。


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・報告書・まとめ】記載:一年 五条悟 一級術師


■五月某日・晴れのち曇り。

荒川区内の団地にて、子悪党といった程度の呪詛師を抹消。
同時刻、近所に沸いてた二級ほどの呪霊をあっさり祓い、次の現場は近くだったのか徒歩で移動。
その道中、交差点付近で大荷物を持った年配の女性を見つけ、声をかける。
は彼女の荷物を持って道を渡るも、どういう流れか分からないが、結局、その女性の家まで荷物を運ぶ。
その女性から「お礼に」とチョコレートの詰め合わせをもらったは何度も頭を下げてその場を後にした。
その後、次の現場まで移動。場所は小学校裏にある児童公園。そこに沸いた呪霊五体を瞬殺。
帰り際、目の前で転んだ迷子らしき子供を助け、手を繋いで近くの交番へ連れていくのを目撃。子供の母親からお礼を言われ、かつ子供からは「ありがとう、お姉ちゃん」と飴ちゃんを一粒献上される。嬉しいのか顔の表情筋はいつもより緩かった。

追記:いい人ぶってんのがムカつく。


■五月某日・あいにくの雨。

三鷹市で起こった連続婦女暴行殺人事件の主犯である呪詛師を抹消。若い女ばかりを狙い、遺体さえ凌辱していた鬼畜野郎だった。
任務後、駅前の商店街にある肉屋でコロッケを試食。美味かったのか、大量に買い占める。
その足で次は食堂へ入り、"鶏肉の甘辛バリバリ揚げ定食"を注文。副菜の卵焼きや大根の煮物、味噌汁まですべて完食したのを目撃。

追記:あの細い体のどこに入ってんだ?

一度帰校し、夜は先輩術師と都内での飲み会に強制参加させられた模様。普段の制服じゃなく、意外にも黒のミニワンピースにヒール姿。

追記: 地味にかわい かなりの酒豪…しかも強い。それより隣の術師がエロい感じであいつの体を触ってやがるが、あれってセクハラじゃね?学長にチクるのにケータイで証拠写真を撮影。送信済。


■五月最終日・曇りのち晴れ。

渋谷にて家出少女を誘拐拉致監禁+殺人容疑で呪詛師を確保。何故か抹消せず、のちに高専へ強制連行。
その後、冥さんと密会。が冥さんに怪しげな封筒を渡すのを目撃。何かの報酬か?
それからも、たびたび冥さんに会っている模様。後日それとなく冥さんに話をきくも、やんわりはぐらかされた。

追記:あの二人、やっぱ怪しい…。


■六月某日・曇りのち雨。

この日、例のスポーツセンター跡地へひとりで向かう。
呪霊を祓ったにも関わらず、その行動に違和感を覚えたものの、特に誰かと会った気配はない。
は近所の人間に聞き込みをしてたようだが、補助監督も同行させず、何をしようとしてるのか謎。

追記:怪しすぎるので今後も監視を続行決定!

その帰り道、道端で鳴いてた仔猫にわざわざ餌を買って与えるのを目撃。あまり表情のない顔がかすかに緩んでいた。

追記:意外とかわい普通じゃん。

その後、高専近くまで戻ってくると、例の駄菓子屋へ行くのを目撃。次々にお菓子をカゴへ入れていた。
中でも蒲焼さん太郎とよっちゃんイカは好物らしい。

追記:おいおい、まさかの箱買いかよ。

駄菓子屋を出てから、何故か近くのゲームセンターに入っていくのを目撃。
何の趣味もなさそうな女がゲーセンは怪しすぎる。
遂に呪詛師と密会か?とあとをつけると、彼女は小学生相手に鉄拳で遊んでいた。
しかも全勝。小学生のガキ相手にどや顔で「私の勝ちだ」とのたまうところを目撃。
ガキが怒ると、キャリーバッグからベビースターラーメンを出してガキへ渡す。
ガキはめちゃくそ喜んで、すぐに仲直り。ガキは単純でいい。
でも次の瞬間、あいつが僅かに微笑むの目撃。あんな顔、初めて見た。普通にかわいくてビビる。

追記:おかしい…俺の持つ印象と、実際のあいつの印象が全く違う気がしてきた。


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「ハァ…」

あいつの尾行を初めてから約二週間。何の証拠も見つけられないまま、行動をまとめた傑への報告書と尾行映像だけが溜まっていく現状に溜息が出た。このままだと"・大全集・Vol.10"くらいまで増えそうだ。しかも今じゃそれを傑は楽しみにしてるらしい。さっきだって「今日も面白いの撮って来てくれ、迷探偵くん」と屈辱的なことを言われてしまった。
ありゃ完全に楽しんでるな、傑のヤツ。

(今日で…調査終了にするか…?)

目の前を歩く彼女を尾行しながら、ふとそんな考えが過ぎる。今日まで張り付いてきたが、は至って普通に任務をこなしてるだけだ。呪詛師絡みも多いが、たまに突然変異で現れる上級の呪いが発生した時も派遣されてたし、誰かと通じてる様子もない。しいて言えば冥さんとの関係が気になるくらいだ。何度か聞いてはみたものの、冥さんはのらりくらりとはぐらかすのが上手いから、ぶっちゃけ聞きだせる気がしない。ただ、一つだけ話してもらえる方法があるとするならば。冥さんに大金を支払って口を割らせる方法だ。言い値で払えば、きっと守銭奴の冥さんのことだから、多少は口が緩くなるかもしれない。

(もうそっちに賭けて、こんな不毛な探偵ごっこは終わらせるか…)

ふと足を止めて、そんなことを考える。任務のない平和な休日を、無駄な尾行に費やすのはもったいない気もする。傑に「ほら、なにも出なかっただろ?」とどや顔されんのは癪に障るが、ここは甘んじてその屈辱を受けるしかない。それで別の視点から、あいつを探ればいい――。
そこまで考えた時だった。初めて目の前に誰かが立っていることに気づいた。思わず身構えると、そこにはまさかの人物。今の今まで俺が尾行していた、その人が立っていた。

「もう、私に着いて来なくていいのかな?」
「………は?」

一瞬、何を言われたのか分からなかった。彼女は俺をその大きな瞳でジっと見つめてくる。眼鏡越しに見ても、黒曜石みたいな綺麗な瞳だと思った。こんな近くで目を合わせたのは初めてだ。

「何が――」
「ここ最近、ずっと私に張り付いてただろ」
「………知ってたのかよ」

――悲報・探偵廃業決定。
神経をすり減らしながら尾行してたはずが、思いっ切りバレていたらしい。やっぱ俺ともなれば隠しててもカリスマオーラが溢れ出てんだろーなー…。
って言ってる場合か、俺。これは完全なる敗北だ。
彼女は項垂れた俺を見上げると「ちょっと…いいかな」とひとこと言った。

「時間があるなら、そこでお茶しよう」
「は?ちょ…おい…っ」

断る暇もなく、彼女は俺の腕を引っ張ると、目の前にあったファミレスへと入っていく。本気になれば腕を振り払うことも出来た。でも、俺は何故かそうはしなかった。一度、こいつとさしで話してみたかったのかもしれない。

「いらっしゃいませー」

無駄に愛想のいい店員に出迎えられ、俺と彼女は奥の四人掛けテーブルへと案内された。ランチ時間も過ぎてるから、比較的店内は空いている。

「五条くんは何飲む?」
「…飲まねえけど、これ食うわ」

メニューを俺に向けて差し出すから、つい目についたチョコレートパフェを指すと、彼女は「奇遇だな。私もそれを食べようと思ってた」と真顔で言われた。
ってか、あんた、さっきラーメン屋でチャーシュー麺と餃子+ライス食ってなかったか?そうツッコミたいのをグッと我慢する。今日まで敵視して、あげく尾行までしてた相手とこうして向かい合ってるのは、やっぱりどこか居心地が悪い。どういう顔で接すればいいのかも分からない。
そもそも、それを知ってたくせに、こいつは何で俺を誘ったんだ?これも何かの罠だったりしたら、とそこまで考えてすぐに打ち消した。目の前の彼女の表情からは、そういった邪心を感じられなかったからだ。相変わらずヤバい力は感じるけど、それは彼女自身が発してるというよりも、肉体に刻まれたものだから本人がどうこう出来るものでもない感じだ。
傑の言う通り、目の前の彼女はただのすっとぼけた、大食いの、だいぶ変わった先輩・・でしかなく。それは今日まで俺が目撃してきた、という一人の呪術師であり、女の子だった。

張り付いてみても、彼女がどういう人物なのかは、あまり分からなかったけど、一つだけハッキリしてるのは、これまで散々不遜な態度をしてきた俺に、は一度も嫌悪感を見せず、怒らず、怒るどころか、こうして普通に話しかけてくる人間だってことだ。思い起こせば、俺のことを常に後輩として扱い、他のみんなと変わらず接してくれてた気がする。
何かを激しく間違えたような気がして、余計に気まずくなった。

「あの、さ――」
「五条くんは私のことがそんなに気に入らないのかな」
「あ?」

話しかけようと思ったタイミングで、先に彼女の方から質問が飛んできたから、少しだけビックリした。ふとサングラスをズラして彼女を見れば、相変わらず表情は乏しい。どんなつもりでそんな質問をしてきたのかも分からなかった。

「気に入るとか…気に入らねえの問題じゃねえし…」
「まあ、そうか。私が憑きモノ筋の家系だから、だったな。五条家の人間にはその理由だけで十分かもしれない」

そう言って彼女は僅かに口元を緩めた。これでも笑ったらしい。ただ、この前ゲーセンにいたガキに見せたものとは程遠くて。いつもあんな風に笑っていればいいのに、とふと思ってしまった。

「俺はさ…」
「ん?」
「ガキの頃から呪詛師に命狙われてきてんだよ…莫大な懸賞金までつけられて」
「ああ…知ってる」
「だからってわけじゃ全然ねえけど…大人になってもっと力をつけたら…呪詛師のヤツらは全員、この手でぶっ殺そうって、ガキの頃に決めてた。まあ、当時も返り討ちにした奴らは沢山いたけど、ガキの体じゃどうしたって術式の影響をもろに受けるし反動もパないわけ。だから鍛えて自分の術式に耐えうる肉体強化ってやつをしてきた」
「…見事に成果が出てるな。で…今も呪詛師という存在を抹消し続けたいと…?」
「呪詛師は人間で呪霊とは違う。理性も知能もある。そういう奴らが力を利用して何かを捻じ曲げようとすんのは、すげームカつくんだよ。俺はその中心にいたんでね。ただのガキの癇癪だと思ってくれていい。でもまあ、その辺の呪詛師ならどうとでも出来る。でも、もしあんたが"あっち側"の人間なら…それこそ今の高専にいる術師は全員殺せるだろ」

思い切って一石投じる。さて、どういう反応をする?
そう思って彼女を観察してみたが、答えは――何も変わらない、だった。彼女は何も動じることなく、感情の揺らぎさえ見せない。
俺ひとりが熱くなってるようで、何とも言えないむず痒さがこみ上げた。そこへ、ちょうど運ばれて来たパフェをやけくそで口へ運ぶ。
アイスの冷たさと、チョコレートソースの甘さが、少しだけ俺をホっとさせてくれた。最近イライラしてたのは糖分が足りなかったせいかもしれないと思うほど、甘ったるいパフェが美味い。
彼女も少しの間、黙っていたけど、不意にスプーンでアイスをすくう。

「もし私が君のいう"あちら側の人間"だったとしても…今の五条くんなら…私を止められるんじゃないか?」

呑気にアイスを食いながら、まるで世間話でもするように言うから、僅かにドキリとした。

「…それって…煽ってんの?ホントは出来ねえとか思ってんじゃねーの」

からかうつもりで軽口を叩くと、彼女はふと食べる手を休めて顔を上げた。俺も自然と視線を前へ戻すと、一瞬だけ視線が絡み合う。でもそれはホントに一瞬だった。彼女は再びパフェを食べだし、「いや…本心だ」とひとこと言った。

そうなった時・・・・・・は…五条くんになら殺されてもいいかな、と思っただけ」
「……は?何だよ、それ」

何を言いだすのかと思えば、俺になら?一体どういうつもりだ。結局、自分は"あっち側"の人間だって言いたいのか?
彼女の無表情な顔から、その言葉の真意を読み取ることは出来ない。
その時、新たに客が入店してきた。視界の端に映ったのは家族連れだった。甲高い子供の声が店内に響く。今の内容がなければ、どこにでもある平凡な日常。でも俺と目の前の彼女だけが、この場に相応しくない会話をしている。
そのうちパフェを食べ終えた彼女は「ご馳走様」と、いつも高専の食堂で言うみたいな台詞を言って、静かに席を立った。つられて顔を上げると、彼女もふと俺を見下ろし、その薄っすら赤い唇に、かすかな弧を描いた。ゲーセンのガキに見せたものよりも、それは随分と優しい微笑――。

「もし、私が"あちら側"へいくことがあれば…その時は後始末をよろしく」
「…は?」

どういう意味だ、と聞こうとしたけど、その先の言葉は意外なもので遮られた。彼女の手から目の前のテーブルに置かれたのは、高専で初めて会った時にもくれたチロルチョコ。驚いて顔を上げた時には、もう彼女は店を出て行った後だった。ふと彼女の食べてたパフェを見ると、見事なまで空になっている。マジで食ったのか、とつい吹き出してしまった。

「…人を強引に連れて来たくせに、自分だけ先に帰んなよ…」

置いて行かれた形になって妙な寂しさに襲われた。頭をガシガシ掻きつつ、盛大な溜息を吐く。まだ俺のパフェは半分ほど残っているけど、すっかり溶けてしまったアイスはあまりそそられないし、ひとりで食っても美味くもない。
それより今は――チロルチョコが食べたい。
テーブルに置かれたソレを指でつまんで口へ放り込めば、懐かしい甘味が口内いっぱいに広がって、自然と笑みが漏れた。

「…うんま」



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