※軽めの性的描写があります。18歳未満の方の観覧はご遠慮ください。

01.

あれはもう二年も前だったか。
彼が呪術師、わたしが補助監督。途中で別々の道を歩むことになった同級生と、男女の関係を持ってしまったのは。

高専を卒業しても毎日のように顔を合わせていた五条とは、学生の頃から何でも言い合える気楽な関係だったけど、アイツを恋愛対象として見たことがなかった。
理由は簡単。最強だ何だともてはやされていた五条悟が、誰にも本気にならないチャラ男だったからだ。
無駄に顔のいい五条は、性格が難ありのわりによくモテる男で、女の子からは引く手数多。
でも五条は誰と付き合うわけでもなく、ワンナイトを繰り返してるような男だった。
当然、そんなクズ男を好きになるはずもなく、ただの同級生という立ち位置をずっとキープしていた――はずだった。
なのに、あの日に限って間違いが起こった。

あの日はたまたま伊地知くんが熱を出して寝込んだことで、五条の出張にわたしが同行することになった。わたしはちょうど前日に彼氏と別れたばかりで、相当むしゃくしゃしてたんだろう。
任務後に五条と行った食事処で少し、いや。かなりお酒を飲みすぎてしまった。いわゆるやけ酒というやつだ。前日から一睡も出来ていなかったわたしは、そこで絵に描いたような酔っ払いと化し、結果。五条におぶられて宿泊先のホテルへ戻る羽目になった。
そこから何をどうして五条と寝ることになったのか、細かいところまでは覚えてない。ただ彼氏と別れたことで生まれた寂しさとか、虚しさみたいなものが溢れてしまったのかもしれない。
わたしをベッドへ運んでから出て行こうとした五条の腕を掴んでしまったことだけは、覚えてる。
あれからもう二年も経つと言うのに、五条とは未だにその時に生まれてしまった関係が続いていた。

「センセー!終わったー!」
「ったく!虎杖のせいで私の出番がほぼなかったじゃんっ」
「ハァ?オレ?伏黒の間違いじゃねえの」
「……誰が祓ってもいいだろ」
「はい、ケンカしない!んじゃー今日の呪術実習はこれで終わり!お疲れさん!悠仁、野薔薇、恵」

廃ビルからぞろぞろと出て来た生徒達を出迎えた五条は、一人ひとりを労いながら、最後に「何か食べて帰る?」と教師らしい言葉を投げかけている。
まさかあの五条が、ここまで教師らしくなるとは、全く想像すらしていなかった。

「うっそ、先生のおごり?」
「とーぜん。悠仁は何がいい?」
「じゃあこの前は寿司だったから……今日こそ肉がいい!」
「りょーかい。野薔薇も恵もそれでいい?」
「まあ、私も今日はお肉の気分かも」
「……俺は何でも」
「おっけ。じゃあ恵比寿の叙々苑でも行っちゃう?、あそこの店好きだろ」
「……え?」

みんなの会話をBGMにしながら報告書に目を通してたわたしは、急に名前を呼ばれたことでびっくりした。

「わたし…?」
「あれ、聞いてなかった?今から夕飯行こうって――」
「き、聞いてけど……何でわたしも?」
「何でって今日は珍しくオマエが僕の呪術実習についたんだし、飯くらい付き合ってよ」
「い、いいよ、わたしは……。生徒達と行きなよ」
「え、何で」
「わたしは今日の報告書をまとめて、それからビルの管理者にも連絡しなきゃいけないし、色々とまだやることがあるんですー」
「そんなの明日でもいいでしょ」
「よくないってば。ただでさえ五条の時は報告書が遅いって叱られるんだから」
「……ふーん」

そこまで説明すると、五条は不満を現わすように唇を尖らせたけど「分かった」と頷いた。
これでやっと解放される、と安堵の息を漏らしたわたしは「じゃあお疲れ様です」と言って踵を翻す。車を止めてある駐車場へ向かう為だ。でも不意に腕を掴まれ、どきりとした。

「な、何?」
「その仕事終わったらどうせ暇でしょ。あとで待ってるから」
「え、ちょ、ちょっと――!」

耳元でそう囁いた五条はニっと口端を上げると、わたしの声も無視して皆の待つ方へと歩いて行く。生徒達の手前、彼と問答することも出来ないわたしは、楽しげに歩いて行く五条の背中を見送るしかなかった。

「ほんと……勝手な奴」

今度こそ駐車場へと歩き出しながら、溜息が洩れる。関係を持って以来、こういう誘いが未だに続いてるのも不思議だけど、それに流されてる自分も謎だ。

「……今夜、か」

ふと時計を見て足を速める。ちょうどいい機会かもしれない。そう思いながらわたしは帰路を急いだ。




「……んぁ…ん、あ……」

ギシ、ギシ、とキングサイズのベッドの軋む音に交じり、わたしの口から絶え間ない喘ぎが勝手に漏れていく。
色々な体位のあと最後は正常位に変えてもらったおかげで、薄っすら目を開ければ五条の顏が真上に見えた。体を重ねる時はアイマスクもサングラスもしないから、薄闇には彼の宝石の如き美しい青が、かすかに輝きを放っている。
そっと手を伸ばして、少し火照った彼の頬へと触れた。こういう時の五条は普段の憎たらしい茶化すような笑みを封印してるようで、少し切なげに眉を寄せながらわたしを見下ろしている。

「あー……イキそう……のナカ、気持ち良すぎ」
「んん、ま、待って……最後にキス……して」
「……ん」

五条は身を屈めてわたしに覆いかぶさると、腰の動きをいったん止めてから唇を重ねてきた。ちゅ、と何度か啄んだあと、舌を滑り込ませてねっとりと絡ませる。五条のキスは優しくて、とてもセフレにするようなものじゃないと、いつも思う。だから普段はキスをしないようにしていた。
でも今夜だけは特別だ。

「……んぁっ」

唇が離れ、銀糸が互いの口元を繋ぐ。一瞬だけ視線が絡み合った時、五条は動きを再開した。その激しい動きはそれまでの焦らすようなものじゃなく。一気に射精に向かって上り詰めようとしている動きだ。
五条の腰の動きに合わせ、今ではじゅぷじゅぷと厭らしい音をさせている場所を一気に貫かれ、最奥を抉られた瞬間、目の前が真っ白になるくらいの快感が襲ってきた。
ゴムを通して膣内でどくどくと五条のものが脈打つのを感じて、収縮している場所がきゅんと僅かに反応してしまう。
同時に、これで終わったんだ、と、今度は胸の奥が苦しさを感じるほどに締め付けられた。

「珍しいね。からキスのおねだりなんて」

事後処理を終えた五条はベッドへ寝転がり、下着を身に着けるわたしを眺めながら苦笑した。

「まぁ……最後だし」
「え?」
「そう言ったでしょ?さっき……」

こういう話をする時は、こういう空気の方がいい。

「今日で終わりにしよう。二人で会うの」

何の前触れもなくサラリと言えば、五条はきょとん、とした顔で上体を起こした。

「何、急に」

驚いてるのかどうかも分からないテンションの五条へ背中を向けてワンピースのジッパーを上げた。わたし一人いなくなったところで、五条はセフレに困らないはずだ。

「わたし、明日の誕生日で29なの」
「……知ってるよ」
「いい加減こんな風に遊んでられる年齢でもないでしょ。だからそろそろ婚活でもしようかと思って。実家の親もうるさいし、この前顔を合わせた親戚からもいつ結婚するんだーってうるさく訊かれたし。だから」

これは本当の話だった。先月末に祖父の三回忌があって、わたしも当然ながら顔を出した。その時、両親や親戚連中から、まだ結婚しないのか。相手はいないのかってしつこく訊かれて辟易したのだ。
いい歳をした娘が、恋人でもない男に抱かれてるなんて知ったら、きっと両親は卒倒するだろうなぁ、なんて考えてたら無償に空しくなった。
五条は「ふーん……」と分かったのか、分かってないのか、気の抜けた返しをしながら、ふと顔を上げてわたしの手を引っ張った。そのせいで体が前に傾き、ベッドへ乗り上げる。でも掴んだ手を放そうとしないから、仕方なくベッドへ座った。
何故か五条と向かい合う形で座ると、「見合いでもするわけ」と訊いてくる。

「まだしてないけど、わたしが言えば母親が勝手に探してくると思う」
「じゃあ……僕とする?五条家当主ならご両親も賛成してくれるでしょ」
「何それ?……無理。セフレが沢山いるような男は嫌だから。結婚するならわたしだけを好きでいてくれる人がいいもん。だいたい、わたしと五条は――」
「僕はだけを見てるけど?」

五条はシレっとした顔で、笑みまで浮かべて言いのけた。さすがにカチンとくる。こっちは真剣に話してるというのに。馬鹿にするのもいい加減にして欲しい。

「どの口が……そういう軽いとこが嫌なの。まあ……五条とこうして会ってた時間も悪くなかったし、多分好きだと思った時期も……あったと思う」

ふいっと顔を背けて言いながらベッドを下りてバッグを掴む。これ以上、向かい合ってたら良くない気がした。

「でもわたし達の関係は今日で終わり。これからはわたしも将来を共にする相手を探すの。その為に花嫁修業もしなくちゃならないし――」
「僕は……オマエとこうして会えないのはツラいんだけど」
「嘘つき。相変わらずチャラい」

ちょっと苦笑気味に言いながら「ばいばい、五条」と寝室のドアを開ける。

「明日からは呪術師と補助監督とか、ただの同級生で頼むね」

最後にそれだけ言い残し、わたしはすぐに寝室を出て五条のマンションをあとにした。
エレベーターではまだ我慢できたと思う。だけどエントランスホールを駆け抜けて一気に外へ飛び出した瞬間、堪えていた涙が一気に溢れて止まらなくなった。
五条がこんな都心部にマンションなんか借りたせいで、こんな夜でも人の往来が多い。
泣いてるところを見られたくなくて、わたしは近くにある緑地公園へと走った。

「う……」

人がまばらの公園のベンチに座った途端,嗚咽が漏れる。ハァ、と大きく息を吸い込んで、痛む心臓を落ち着けた。
大丈夫。ちゃんと言えたじゃない。
そう何度も自分を宥めて、あふれる涙を拭う。
今夜、会うとなった時、前から考えてたことを伝えると決めた。ずるずると引き延ばしてきたけど、そんなことをしたって空しい不毛な関係が続くだけだから。

嘘つき、なんて言ったところで、それはわたしも同じだ。
好きだった時期がある、なんて嘘。今、この瞬間も五条のことが好きだ。これは昔から変わらない。
本当なら、五条の前ではずっとただの同級生でいたかった。五条に好きになってもらえる可能性なんてないと分かってるから。
それでも傍にいたくて、術師の才能がないという現実を突きつけられた時、補助監督になってまでも、五条と高専に残ることを決めたのに、何で関係なんか持っちゃったんだろう。
ほんとにあの夜のことを思い出せば、愚かだったとしか言いようがない。
それまでは他の人と付き合って紛らわせることが出来てたのに、あの夜全てを台なしにしてしまった。
五条のことだからてっきりワンナイトだと思ったのに、その後もずるずる続くなんて考えもしなかった。

――僕はだけを見てるけど?

軽く言わないでよ。本心でもないくせに、あんな場面で言うなんて、ほんとズルい男。
わたしは五条にとって沢山いるセフレの中の一人に過ぎないのに。
五条との関係に未来なんてない。だから、忘れるんだ。
こんなに好きな気持ちも、今日までの二人の思い出も、何もかも。
五条への想いは断ち切って、わたしは明日から自分をもっと大切にする。そして本当に好きになってくれる人と、ちゃんと付き合って結婚するんだ。
そう、決めたはずなのに――。

「あ、、おはよー。あのさぁ、の家に僕の着替え置いたままなんだけど、取りに行ってもいい?」
「……は?」

次の日の朝。高専に行った瞬間、校舎で捕まってそんなことを言われてしまった。
言われてみれば、いつの間にかわたしのマンションに五条が持ち込んだ着替えやら、本やら、ゲーム機やらがあった気がする。でも後で送ればいいかと思ってそのままにしてたんだっけ。

「……分かった。じゃあ明日にでも送るから――」
「いいよ、伊地知に車出させるから僕が取りに行く。の都合のいい日、教えて」

そう言い切られると何も言えなくなる。こうしてる間も他の補助監督とか、学生とかが近くを歩いてるせいだ。個人的な内容だし、出来れば聞かれたくない。

「……じゃあ明日の夜ならいいよ」
「明日ね。おっけー。じゃあ今日は七海の任務に同行するんだっけ?頑張って」
「……うん」

五条は明るい顔で言いながら、さりげなくわたしの頭を撫でていく。五条のこういうとこが嫌いだ。こっちがどんな思いで昨日あんな話を切り出したのか、ちっとも分かってない。
学生の頃から五条の些細な一言や仕草で、わたしが一喜一憂してたことさえも。
思えば爛れた関係が始まった直後からも振り回されて来たのはわたしだけ。
ふと、初めて五条のマンションへ行った時のことを思い出した。
あの時、あそこでやめていれば、まだ傷は浅かったのかもしれない。



――都内にマンション借りたから来ない?

体の関係が始まって一カ月くらい経った頃、五条が不意にそんなメッセージを送ってきた。
それまで多忙な五条はずっと高専の寮で寝泊まりしてたし、二人で会う時は普通にシティホテルか、高専の近くで一人暮らしをしてるわたしの部屋で会ってたから、五条からの誘いを受けた時、かなり驚いたのは覚えてる。
だって五条がただのセフレであるわたしを、部屋に呼んでくれることなんてないと思ってたから。

「――最低!悟のバカ!クズ!」

送られてきた住所を確認しながらマンションへ来た時。五条の部屋のドアが突然開き、暴言を吐きながら飛び出して来た女の子に驚いて、わたしは立ち止まった。その子は綺麗な見た目とは違い、キツい目つきでわたしのことを睨みつけると「あんたが悟の新しい女?」と唐突に言って「こんなブスとも寝るのね、悟は!」と叫んだかと思うと、そのまま走り去って行った。

「ブ、ブスぅ?!……何なの、あれ」

部屋の中へ入って「今の子、何なの」と五条に尋ねると、アイツは苦笑しながら「元セフレ」と言いのけた。

「前に担当した任務先で知り合ったんだけど、私以外の女とは会うなとか、彼女にしてってしつくなったから面倒になってさ。もう会わないって関係切ったら……アレ。いやードン引きだよねー」
「いや、わたしは五条の方にドン引きなんだけど」

誘われてホイホイ来ちゃったことを少しだけ後悔しながら、いつものノリで言った時、五条はきょとん、とした顔でわたしを見た。

「え、何で。関係持つ時は初めに付き合う気ないからってハッキリ言うし、向こうも納得して僕と寝てたのに、急に彼女にしてとか違わない?」
「それはそうかもだけど……」

まあ五条に倫理観とか説いても無駄なのは分かってる。出会った頃よりマシにはなったし、今はちゃんと教師もしてるけど、異性のことに関しては相変わらずだ。

「僕、面倒なの嫌いなんだよ。愛だの恋だの絡むと、どうしても女って面倒な言動してくるでしょ。ただでさえ忙しいのに、そういうことで煩わされたくない」
「……ふーん」

まあ言いたいことは分かるし、確かに五条は多忙だから、ガス抜きで女の子と寝てるのは知ってる。そういう相手に恋愛感情を持たれると更に拗れてしまいそうだからっていうのも何となく理解はできる。でも、だったら五条も相手をちゃんと好きになれば問題ないんじゃない?とは思うけど、五条の頭の中は常に呪術界のことでいっぱいだから、その中に恋愛という二文字が入る余裕はないんだろうな。
こういうの理解出来ちゃう自分が空しい気もするけど、わたしも一応呪術界側の人間だから仕方がない。非術師の女の子たちには、一生五条を理解することは出来ないと思うから。

「その点、は別格」
「……え?」

不意に抱きしめられて思わず顔を上げる。今の言葉にドキドキしたのは、特別扱いをしてくれたのかと思ってしまったからだ。
なのに――。

「オマエは僕のこと好きだとか、付き合ってとか絶対言わないでしょ。だから会ってて楽だし」

勘違いも甚だしかったことを、この一言で思い知らされた――。