02-視線
※呪いに襲われる性的描写あります。苦手な方は観覧をご遠慮下さい。
それはいつから始まったんだろう、と彼女は考えてみたが、その辺の記憶は曖昧だ。確か少しずつ暑くなってきた初夏の頃だったのは何となく感覚で覚えている。
夏の風物詩である怪談話などの話題を耳にしたせいか、その不可解な視線を感じた時に何となく幽霊的なものを思い浮かべたからだ。
最初はただ視線を感じるだけのものだった。
誰かに見られている――。
仕事をしている時、プライベートで出かけている時、そして任務先で泊まったホテルの部屋へ帰って来た時。
常に誰かの視線が彼女に纏わりつくようになった。それと同じくして、とても奇妙な夢を見るようにもなった。それは誰かに犯される夢。強引に組み敷かれ、無理やり体を奪われる卑猥なものだ。
最初は何でこんな夢を見るんだろう、と恥ずかしくなった。しかし、それが続くとだんだん怖くもなってくる。忙しい日々を送ってるせいで彼氏もいないけど、そんな厭らしい夢を見てしまうほど欲求不満だとも思わない。そもそも彼女はまだ若く、そんな行為をしたことすらないのだから当然だ。だからこそ、恥ずかしくて誰かに相談することも出来なかった。
そんな日々が続き、少しばかり精神的にも疲れてきた頃、それは突然、やって来た。
夏の終わりにしては、まだまだ湿度が高い蒸し暑い夜だった。この日は高専三年目の彼女も同級の伊地知と地方への出張に参加をし、なかなかに疲れていた。呪術師には体力必須。普段から先輩達にみっちりしごかれてもいる。でもこの日は件数も多く、あちこち移動しながらの祓徐となり、おかげで駅前に予約しておいたホテルへ帰ってきた頃には、彼女もヘトヘトだった。
伊地知と一緒に夕飯をとり、部屋へ戻ったあとはシャワーを浴びて一日の汗を流す。しかし疲れもあってか、その日に放送される好きなドラマを見ることもなく、彼女は早々にベッドへ潜り込んだ。
いつもなら朝までぐっすり眠り、途中で起きることもない。でもこの日は何故か深夜を回った時刻に、ふと目が覚めた。それは足に何かが触れた気がしたからだ。
最初は寝返りを打って壁にでもぶつけたのだと思った。けれど、それは違うとすぐに気づいた。再び同じ感覚に襲われた時、はっきりと足に何かが触れる感触が肌から伝わってきたからだ。何だろう、誰かの悪戯?と寝ぼけた頭で考える。しかし、よくよく思い出せば、ここは出張先のホテルであり、この部屋には彼女以外、誰もいないはず。なのに足に触れているのは人の手のようだった。そう感じたのは、ほんのりと人肌ほどの温もりがあったからだ。
かけていた布団が勝手にずり落ち、睡魔も吹き飛んだ頭でそれを理解した時。ぞくりと背筋に怖気が走り、彼女は咄嗟に上体を起こした――つもりだった。しかし体はぴくりとも動かない。
まさか金縛り?と驚いた彼女は、薄闇の中に対象を探す。しかし室内は暗く、それらしきモノは見えない。
やだな、ほんとに幽霊じゃないよね…。こういう大勢が使うホテルってよく出るとか聞くし…と過去に聞いた怪談話まで思い出して不安になった。
高専に通う彼女にとって呪いの存在は日常のことだが、しかし幽霊となれば、また勝手が違う。
人間の心から生まれた化け物と、魂で浮遊するそれは同じ人の思いや念から生まれるものでも、本質は全くの別物だ。ものによっては術式も意味を成さないと習ったのを思い出し、ますます冷や汗が背中を伝う。
その時、足首付近にあった感触が、ゆっくりと動き始めた。ひた、ひた、とそれはまるで彼女の肌の感触を確かめるようにしながら這い上がってくる。急に室内の温度が下がったような気がしたのは、全身が総毛だったからだ。
その手は明確な意図を持っているかのように、彼女の肌を這って…いや、次第に動きが別のものへと変化している。
「…ン…」
気持ちの悪さがあるにも関わらず、肌を這うそれに内腿を撫でるように触れられた時、怖気とは別のもので肌がざわりと粟立った。驚いたのは、最初片手だけだったその手が二つに増え、彼女の着ているルームウエアのズボンをゆっくり、ゆっくりと脱がしていった時だ。頭の中では「やめて!」と叫びたいのに、ひゅっと乾いた音が鳴るだけで、喉がくっついたかのように声が出ない。もがこうと手をばたつかせたくとも、やはりビクともしなかった。しかし目が慣れてきた頃、動かない自身の手首に薄っすらと何かが巻き付いていることに気づいた。
「…ひっ」
視線だけ動かしてみれば、彼女の細い手首には何か紐のような物が幾重にも重なり巻き付いている。それは妖しくうねうねと動いているようにも見えた。その動きを見た時、彼女は自分に今、触れているモノが幽霊の類ではなく、呪いだと理解する。金縛りだと思っていたのは、手足をこの触手のようにうねる紐で拘束されているからだ、と。
声が出なかったのも、この理解し難い状況に怯えていただけ。そこに気づいた時、少なからず彼女はホッとした。呪いなら自分の呪力も効果があるからだ。
一旦落ち着こう、と彼女は深呼吸を繰り返し、未だに肌を撫でまわしてくる手に意識を集中させると、体内に呪力を巡らせ始めた。両手が拘束されているので手印の必要な術式は使えないが、低級呪霊ならば呪力のみの攻撃でも跳ね返すくらいは出来るはず。そう考えていた。
しかし、現実はそう甘くないことを、彼女は思い知らされた。
「…な…何で…?」
呪力を放出しても一瞬火花のように光り、パシンと何かを弾いた音はするものの。それは再び現れて相変わらず彼女の肌を撫でまわしている。それは自分の呪力が、足元にいる呪いに殆ど効果がないことを暗に示していた。
(…まさか…下級呪霊じゃないの…?)
自分の力は効かないと気づいた時、彼女は困惑した。この手の呪いは確実に下級だと思い込んでいたし、それほど脅威には感じなかったからだ。しかし次の瞬間、この呪いが厄介な類のものだと、彼女は思い知らされることになる。
「…ひゃ、ぁっ」
それまで足を撫でていた手が、明確な意思を持って彼女の太腿まで上がってくるのを感じた。その瞬間、ぞくりとしたものが首筋に広がり、触れられている場所からくすぐったいような感覚が生まれてくる。じわり、じわり、と広がっていくその感覚は彼女が初めて経験するものだった。
「…ひっ」
その時、内股の辺りを何かに舐められたような感触があり、思わず腰がびくんと跳ねる。驚きと共に視線を下げてみれば、自分の体を撫でまわしているモノの正体が徐々に形を成してくるのが見えた。その瞬間、彼女は文字通り言葉を失う。
最初、それは黒い塊のような姿で現れた。だが、もぞもぞと動くその姿に目が慣れてくると、塊に見えていたのは次第に人影のようにも見えてくる。
その大きな黒い影が、彼女の下半身に覆いかぶさるように広がり、その影から伸びたどす黒い二つの手だけがはっきりとした形を成している。頭のように見える場所には、長い髪の毛のようなものが、ふわふわと揺れているように見えた。
「な…何、これ……ぁっ、ちょ…やめて…!」
圧し掛かっている黒い影に、最初は何をされているのか分からなかったが、今度こそ彼女は叫んだ。その黒い手が、何故か彼女のショーツを左右に引き裂いたからだ。
<…ヒ、ヒ、ヒ、>
その時、黒い影から不気味な笑い声が聞こえた気がして、彼女はゾッとした。何故この呪いが自分のところへ来て体に触れてくるのか分からない。拘束してるわりに攻撃してこようとしないからだ。服を脱がせ、下着を引き裂く呪霊など聞いたことがない。ただ、攻撃してこないのなら逃げ出すチャンスはある。もう一度、今度は全呪力の放出をすれば、或いは――とそう考えていた時だった。剥き出しにされていた下半身、それも股の間の秘部に生暖かい吐息のようなものを感じ、思わず息を呑む。
「な…何して……んぁ、ぁっ」
黒い手が彼女の太腿を押し広げたと思った瞬間、恥ずかしい部分にぬるりとした感触が走り、彼女はたまらず声を上げた。初めての感覚が体中に巡り、全身じっとりと汗が噴き出てくる。つい下半身の辺りで蠢く黒い影に視線を戻したのだが、相変わらず見えるのは彼女の両腿を押さえている黒い手のみ。
ただ先ほどより黒い影が下の方に屈んでいるように見えた。それも彼女の股の間に。
「ちょ、ちょっと…!何して…っふぁっ」
またしても恥ずかしい場所にぬるぬるとした感触が走り、彼女の声が跳ねる。それはまるで人の舌で舐められてるような感触だった。生暖かく、柔らかい分厚い人間の舌。肌に触れてくるソレはそんな感覚に近い。
そこで初めて呪いのしている行為が、口淫と呼ばれるものなんじゃないかと考えた。性行為の経験はなくとも知識くらいはある。そんなことをしてくる呪いの存在は聞いたことがないものの、覆いかぶさっているものは明らかに彼女の体を愛撫している。
「…ん…ゃあ…やだ…っやめて…!」
最初は割れ目を上下に舐めていたそれが、次第に動きが激しくなってきたことで、彼女は必死で腰を動かし、もがいて抵抗した。でもそれは無駄なあがきだというように、今度は腰や、広げられた太腿にもぬらぬらと動く紐のようなものが巻き付いてくる。がんじがらめにされ、少しの動きもとれなくなった彼女は、喉の奥で小さな悲鳴を上げた。
呪術師と言っても、まだ高専の三年生。こうした呪いは初めてということもあり、どうしていいのか分からない。だからこそ余計に焦り、恐怖心が満ちていく。
なのに舐められてる場所からは甘い痺れがどんどん広がっていく。不快で気持ち悪い。そうは思うのに、肉体は徐々に火照り出し、くすぐったい感触が気持ちいい感覚へと変化していく。そんなバカな、と思うのに、呪いが舌を這わせている場所から、そのうちくちゅくちゅと湿った音が漏れ聞こえてきた。
「うそ…な、なに…これ…んぁ…ふあっ」
うねる紐の巻き付いた太腿は閉じることも出来ず、呪いに好き勝手、恥ずかしい場所を蹂躙され続けている。そのうち黒い手が彼女の襞を広げる感覚がして、ある場所を弄られた時、強い電流のようなものが全身に走った。
「あぁぁ…っぁあ…!」
悲鳴のような声が漏れて、拘束された太腿ががくがくと震える。自分の体に何が起きたのかすら彼女には分からなかった。攻撃にしては痛みもなく、それどころか頭が朦朧とするほど甘い感覚に包まれていく。は、は、と浅い呼吸を繰り返す自分の吐息の音が、やけに鼓膜を刺激してきて、痺れた頭では思うように考えることも出来ない。
「…ぁ…いや…っ」
しかし呪いからの責め苦は終わらなかった。じゅるじゅると何かを啜る音を立てながら、ひくつく場所に異物が入ってくる感覚があり、彼女は今度こそ肉体を引き裂かれるのでは、と怖くなった。なのにどこかを啜られるたび全身を巡る快感が終わらず、抵抗する術もない。ただ、カラカラに乾いた口から、自分でも聞いたことがないほどに甘い、鼻から抜けたような声が勝手に出てくるだけだ。
「…ぁン…んん…っぁふぁ…ン」
じゅるっとどこかを吸われながら異物が出し入れされるたび、ぬちゅぬちゅと聞いたことのないような水音が漏れてくる。これは何をされてるの?という答えのない言葉が浮かんでは消えて、何度も頭が真っ白になった。頭のてっぺんから、足のつま先までびりびりとした甘い痺れが何度となく襲ってくる。そのたび広げられたままの太腿をがくがくと痙攣させることしかできない。
そして意識が混濁としてきた時だった。異物感のあった場所に、今度は質量のあるものが押し入ってくる感覚に、ふと我に返る。
「…やっ…あっ…な…なに…するの…っ!」
そう叫んだところで彼女には逃げる術などない。ごりごりと何かが自身の体内へ押し込まれていく感覚に、彼女は声にならない悲鳴を上げた。
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