06-めちゃくそ可愛いんだけど
が意識を取り戻した時、そこにはすでに五条はいなかった。寝ぼけ眼で気怠い体を起こし、小さく欠伸を噛み殺す。
わたしは何でここに寝てるんだっけ。
知らないベッドとカーテンの引かれた狭い一画にいる自分を訝しく思いながら、回らない頭を巡らす。最近は例の呪霊のせいで寝不足続きだったせいか、爆睡した感覚はあった。何となく頭がスッキリしているせいだ。ただ眠気は残っていて、寝ようと思えばまだ眠れるくらいにはボーっとしている。
違和感を覚えたのは、やけに肌がスースーするな、と感じたからだ。そこで何となく視線を下げたは、自分の恰好を見てギョっとした。一瞬で眠気が吹っ飛んでいく。
まず制服のスカートと上着は身に着けていない。あげく下着も。どうやら裸にシャツ一枚で寝てたらしい。
「あ…そうだ…」
と不意に思い出した。ここは先輩である家入硝子の私室であり、「何か困ってる?」と急に尋ねてきた家入に連れられてここへ来たことまで思い出す。
そこで初めて呪霊に襲われたことを家入に相談して、体を調べてもらい、どうしたら呪印が消せるか方法を考えた。場所が場所だけに反転の効果が薄いと言われた時は絶望したが、子宮口にある呪印が膣内に下りてくれば、或いは呪力を少しずつ流せば消せるかもしれないと言われ、内容も聞かずに承諾したのだ。
ただ、その下ろす方法がにとったらかなり大変だった。
「女はオーガズムを感じれば子宮口が自然に下りてくるから一緒に呪印も下りてくるかもしれないし、これが一番リスクもなく手っ取り早い」
だから私にされるのが恥ずかしいなら自分で道具を使って自慰をしてみて、と家入に言われた時は、さすがにどうしようかと思った。ただ、恥ずかしいとか、出来ません、などとゴネている場合でもないと理解し、渋々ながら自分でやってみることにしたのだ。しかし、そこで予想外なことが起きた。この件を憧れの先輩である五条に知られたことだ。
結果、五条からエッチな指導を受けるはめになったこと。その行為の一部始終が一気に蘇る。
(そうだ…わたし、五条先輩と…!)
何故か途中から記憶はないものの、五条にされたことはハッキリ覚えている。じっくりと時間をかけて愛撫され、たっぷり感じさせられたことを。
一気に顔が熱くなり、改めて自分の恰好を見下ろした。
「え…でも…私ってば何で…寝てたの…?」
序盤は覚えていても後半の記憶がないため、何も分からない。物凄く気持ちよくなったことは覚えているのだが、そこからどうなったかまでは思い出せなかった。肝心の五条もいない。
でもその時、カタカタとキーを叩く音がかすかに聞こえて、は引かれたカーテンを恐る恐る開けてみた。しかし、そこにも五条の姿はなく、代わりに家入がパソコンに向かう姿が視界に入る。
カーテンの開いた気配を感じたのか、家入がふとの方へ視線を向けた。
「あ、気が付いた?」
「硝子先輩…私…寝ちゃったかも…途中からどうなったか覚えてなくて…」
結局、必要な愛液は採取できたのかすら分からない。しかしの様子を見ていた家入は苦笑交じりで立ち上がった。
「寝たんじゃなくて、五条が頑張りすぎたおかげで失神したんだよ、は」
「え…?失神…?」
「まあ…イカされすぎて、その…ほら。頭に血が行き過ぎると、そういう行為でも意識飛ぶっていうか、さ」
「……っ!」
「ま、でも無事に採取できたのを調べたから安心して」
家入の言葉の意味を理解した瞬間、の顏が真っ赤に染まる。そこまでの記憶がないので余計に恥ずかしい。
「もよく頑張ったね。経験ないのに無茶なことさせてごめんね」
「…い、いえ…そんなの…私を助ける為にしてくれたことだから…」
家入に頭を撫でられ、は真っ赤な顔になりながらも首を振った。それに心なしか、さっきよりは腹の中の疼きも治まっている気がする。行為の最中、記憶のあるとこまでは自身の呪力を巡らしていたのだが、上手くいったんだろうか、とそこが気になった。
「あ…硝子先輩、そ、それで結果は…」
「うん。それなんだけど…」
と言いながら家入はベッドの端へ腰を下ろした。
「採取した体液にはやっぱり呪いの呪力が交じってたんだけど…それに直に反転流したら綺麗に呪いの呪力は消滅した。あと普通の呪力を流しても消えた」
「えっ?じゃ、じゃあ…」
「うん。やっぱり直に攻撃すればの中の呪印は消せる。でもさっき五条との行為中もは呪力を流してたんでしょ?だから胎内がどう変化したか、もう一度の体を調べたいんだけど…いいかな」
「…は、はい。もちろん…お願いします!」
効果があると言われたことで希望が見えてきた。その事実が嬉しくてはホっとしたように頭を下げる。もしさっきの行為で胎内の呪印も消えていたなら、死ぬほど恥ずかしい思いをした甲斐もあるというものだ。
「あ、そ、それで…五条先輩は…」
簡単に制服を着こむと、家入と一緒に研究室の方へ向かいながら、ふと気になったことを尋ねた。失神してしまったせいでお礼すら言ってない。
「ああ、五条なら疲れたって言って部屋に戻った。あいつでもさすがに後輩のにあんなことして精神的な負荷が大きかったんだろうね。五条でも人並みな心は持ってるんだと笑ったけど」
「…え…そ、そう、なんですか…?そんな風には見えなかったのに…」
ふと行為の最中、五条に色々と言葉で煽られたことを思い出し、顔が赤くなる。ああいうことに慣れてるような空気が漂っていた気がするのだ。しかし家入はの説明を聞いて「まあ、慣れてるのは間違ってないけど」と笑った。
「でも今回はをいっぱい感じさせてって頼んでおいたから、五条なりに攻めてみたんだとは思うよ。ああいうのって恥ずかしいことを言われても興奮度が上昇するから」
「え…!だ、だから…なのかな…」
「そうじゃなかった?」
家入にニヤリと笑われ、の頬が更に赤くなる。言われてみれば、五条に色々言われたことで余計に体は反応してた気もするからだ。
「わ…わかりません…」
しかし事実を先輩である家入に話すのは恥ずかしいので、は誤魔化すように首を振った。自分の体が自分のじゃないみたいな不思議な感覚を思い出すだけで、また下腹の奥が疼いてしまう気がするのだ。
家入はの様子を見ながら苦笑いを浮かべると、「ま、その辺は聞かないよ」と言って、彼女を自分の研究室へ促した。
「じゃあ、また体内を写してみるね」

ハァ、と何度目かの溜息を吐いて、五条は寝返りを打った。寮の部屋へ戻って来てから、かれこれ二時間ほどが経過したものの、一向に寝付けない。いや、まだ午後七時になろうという時間なので寝るには早いのだが、家入に言った通り、五条は精神的に疲れていた。当たり前だ。可愛がってた後輩に、彼女の為とはいえあんなエロい行為をしたのだから。しかも途中から多少自分の欲が入り混じってしまった感が否めない。その辺りを反省しつつ、家入の部屋を出た時はその疲れのせいで眠れそうな気もした。
しかし肉体は全く疲れていないせいか、こうしてベッドに横になっていても頭は冴えてくる一方だった。
その理由としてはまず、油断すると脳内にさっきの悩ましい後輩の映像が流れてくるせいだ。
――ン、…ぁ…ごじょ…う先輩…。
と、まあこんな具合に、五条の脳内には自分の愛撫で乱れてるの姿が音声付きで上映される。そのたびハッと我に返り、いかんいかんと頭を振ったり、殴ってみたりしても、数分経てば同じ状態に戻るのだから、五条としてはたまらない。おかげで腰の辺りが延々と疼き、さっきからある部分が痛いくらいに勃ちあがっている。
普段はここまで勃てば自分で処理したりもするのだが、今回ばかりは自慰すら出来なかった。当然だ。可愛い後輩をオカズにするわけにはいかない。よって、今はひたすら落ち着くのを待っている。
「あー…マジで生殺し…」
ベッドに顔を突っ伏してボヤく。実際、行為の最中は何度も最後までしようかと本気で迷ったくらい――は可愛かった。
元々可愛い子だったが、清純なイメージの彼女にしては意外なほど体が感じやすく、また五条の愛撫に素直すぎるほど反応してくれる。そういう意外な一面を見てしまった背徳感もスパイスになってしまうくらい、を女の子として強烈に意識してしまった。
そうなってくると、今度は本気でストーカーの存在に殺意を抱く。可愛いにエロ呪霊を放つほどの劣情を抱いている男がどこかにいる、と思うだけで、腹の底から沸々と怒りが湧いてくるのだ。
「…チッ。ぜってー見つけだしてクソ野郎をぶっ飛ばす…」
教師を目指してる者とは思えないほどに黒い感情を滾らせていると、自然と股間も落ち着いてきたようで、五条はホっと息を吐き出した。
その時、スマホが鳴り、画面へ視線を向けると、そこには"硝子"の名前。ということはが意識を取り戻したんだろう。五条はすぐに画面をスライドさせた。
「もしもし?どうだった?調べた?」
『ああ。今、終わったとこ。五条、もう一回こっち来れる?私は研究室にいるから』
「…え、今?」
『急いでな』
そこで通話が切れてしまった。結果くらい教えてくれてもいいだろ、と思いつつ、その答えも来たら話すということだろう。仕方ねえな、とばかりに五条はベッドから下りると、ルームウエアのまま再び家入の部屋がある地下へと向かった。今回は研究室と言われたので、そのまま中へ入って行く。そこには色んな機材があり、医学に明るくない五条には何に使うのかさえ分からないものばかりだ。
「ああ、五条、早かったね」
「急いでって言ったの硝子だろ」
家入は奥にあるデスクでレントゲン写真を眺めていた。五条が歩いて行くと、嬉々とした顔で「これ見て」とある部分を指す。それは先ほど見せられたレントゲン写真と同じようでいて、少し変化のあるものだった。
「これ…の?」
「そう。で、この薄っすら映ってんのが呪印。さっきと場所が変わってるの分かる?」
「…ああ。さっきより…下がってるな」
「そーなの!」
家入は嬉しそうに言いながら、今見てるものとは別の写真をデスクへ置いた。それは最初に見せられたものだ。
「最初はここ。子宮内の入り口付近にあった。でもこっちは五条がエロいことしたあとの写真」
「っ…おい、硝子…言い方」
「ああ、ごめんごめん」
人に訊かれたらおかしな誤解を生みそうな言い方をされ、さすがに五条もムっとした。まあ確かにエロい行為をしたことに違いはないが、あれは治療と同等で仕方なくやったことだ。そこだけは五条も譲れない。
家入は苦笑交じりで謝ると「それより、呪印が下りたことの方が重要でしょ」と肩を竦めてみせた。下りた、ということは――。
「効果あったってこと?」
「その通り!私の考えは間違ってなかった」
「……ハァ。まあ…なら良かったけど」
どや顔をする家入を見て目がすっと細くなった五条は、それでもホっと息を吐き出した。あんなことまでして何の効果もありませんでした、では五条もも救われない。
「いい?最初は子宮の入り口にあった呪印が、オーガズムを感じて子宮が下りたこと、プラス呪力を流したことも功を奏してここに移動した。つまり今、呪印があるのは膣内なの」
「…へえ。写真じゃ全然分かんねえけど、まあ……」
と言いつつ、レントゲンを見ていると、隣にいる家入の視線を感じて、五条はふと顔を彼女の方へ向けた。ばちっと目が合い、家入のその目がにたり、と三日月形に変形する。要は――怪しい微笑を向けられた。
「…何だよ、その顏」
ひくり、と口元を引きつらせた五条を見上げながら、家入は唐突に真顔へ戻った。
「五条悟くん」
「は?」
「もう一回だけ、お願いしていい?」
最後は可愛く両手を合わせてぶりっ子スマイルを浮かべる家入に、五条の顏が盛大にピクピクし始めた。お願い、というのは聞かなくても分かった気がするからだ。
「何よ、その顏。アンタ、協力するって言ったよね」
「…ぐ…」
「それに最初に言ったでしょ。最初ので消滅しなかった場合、次の方法を試してって」
「…それは分かってるけど…つーか…マジで今度こそ僕にを抱けと――」
「は?違うから」
「あぁん?!」
そこも真顔で否定され、じゃあ何なんだよ、と言い返す。すると家入は先ほど五条が使用したフラスコを指で摘まんで見せた。
「これで採取したもので調べた結果、直接触れて反転や呪力を流したら、呪いの呪力は消滅したの。だから今度は膣内に下りた呪印に直接五条の呪力を流して欲しい」
「……は?直接って…」
「の呪力だけじゃ、やっぱり効果は薄いみたいなんだ。相当強い呪いみたいだし。けど五条ならこの呪印も消せると思う」
「…どうやって。直接僕の呪力で攻撃したとして…の体に傷がついたら――」
「じゃあ、やっぱ反転流したままを抱きたい?」
「……う」
「多分、それが一番確実だよ。まあ中で出すことにはなるけど、ピルを飲めば妊娠は回避できるしね。でも…五条は出来るだけその方法は取りたくないって思ってる。違う?」
「…そりゃ…そうだろ。これ以上に負担かけんのは嫌だし――」
「に、ねえ」
「あ?何だよ」
ニヤニヤする家入に、五条も更に目を細める。何となく心の内を見透かされたような気がしたのだ。案の定、家入は痛いところを突いてきた。
「いや、自分も嫌だって言わないんだなーと思ってさ」
「……チッ、うっせーな。いちいち揚げ足取んな」
ほんの微量でもそんな気持ちがないと言えば嘘になる。だって男だし。とは五条の本音だ。でもに負担をかけたくないというのも本心だった。
「…で、には…」
「もちろん、結果が出てすぐに話した。まあ今日は疲れたみたいだから寮に帰したけどね」
「…そう」
「ああ、あと呪印が下りたことと、呪力を流したことで効果が薄まったのか、今は少し体が楽になったみたいだけど、まだ危険なことには変わりないから、出来れば今言ったことは明日くらいに実行して欲しいんだけど。どう?」
「…分かった。任務が入ったとしても速攻で終わらせて戻ってくるよ」
「頼むね」
家入は五条の肩をぽんっと叩くと、まだ調べることがあるから、と実験室へと行ってしまった。それを見送ったあと、五条は再び寮へと足を向ける。とりあえず最低最悪の方法をとらなくて済むなら、明日きっちり呪印を祓ってしまいたかった。まずは少し希望が見えてきたことで、五条はホっと息を吐き、同時に腹が情けない音を立てる。
そう言えばすでに夕飯時。空腹だというのもすっかり忘れていた。
部屋に戻る前に食堂へ寄って夕飯を食べて、それから熱い風呂にでも入って今日はさっさと寝てしまおう。
そう思うくらいには、五条もまだ疲れていた。だが食堂へ一歩足を踏み入れると、すぐに「五条先輩」と声をかけられ、どきっとした。振り向かずとも声でだと気づく。
さっきは意識のなかった彼女を置いて部屋へ戻ったので、あの行為後、まともに顔を合わせるのは初めてだ。一瞬、どんな顔をすればいいのか迷ったものの、恥ずかしいのはの方だよな、と思うと、普段の通り「おー」と至って普通のテンションで振り向くことが出来た。
「あ、あの…さっきは…その…あ、ありがとう…御座いました。えっと…途中から意識失くしたみたいで…すみませんでした」
風呂に入って来たのか、ルームウエアを着たは濡れた髪を軽くアップにした姿。いつもの五条ならここで「アップも可愛いじゃん」くらいは褒めたりしていた。
だがしかし、今日はとてもじゃないが、そんな軽い言葉は言えるような空気でも気分でもない。
は薄っすら頬を赤く染め、恥ずかしそうに視線を泳がせつつ、ついでにモジモジしながらお礼を言ってくる。その姿がやたらと可愛く見えて、五条は「あーうん…別にそれは…」と素っ気なく応えるのが精一杯だった。恥じらう姿が、さっきの彼女と被って見えてしまうせいで、直視できないのもある。
「あ、あの…硝子先輩から聞きましたか…?」
が声を潜めて尋ねてくる。少しだけ身を寄せて距離が近くなったことで、再び五条の心臓が変な反応をした。あんな行為をちょっとしたからと言って、ここまで意識してしまうのは、やはり自分の意志ではなく、不可抗力みたいなものだからなのか、それとも後輩という身近な存在が相手だったからなのか、五条にもよく分からなかった。
「…ああ、今ね。効果もあったみたいだし良かったよ。体調は少し良くなったって?」
「あ、はい。でも硝子先輩は呪印が消えたわけじゃないから油断しない方がいいって…」
「だね。でもはあんま心配しないで、今夜はぐっすり寝なよ。明日もあるし…」
「…はい。ありがとう、五条先輩」
「………(何この子、めちゃくそ可愛いんだけど)」
はにかみながら見上げてくるに、五条の心臓がまたしてもぎゅうっとおかしな音を立てた気がした。
可愛い後輩、という上から、可愛い女の子、という感情が、どんどん上書きされていく。
同級生の方へ戻って行くを見送りながら、ふと我に返ると、五条はそのまま食堂をあとにした。空腹だったはずが、一気に食欲が失せたのだ。
「いやいやいや…ありえないでしょ…この僕が」
散々に意識をするなと言いきかせてた自分の方が、がっつり意識をしてる気がして、五条は深い溜息と共に重たい足を引きずって寮へと歩き出した。
ここに在りし日の親友がいたら、きっと笑いながらこう言うだろう。
悟、それは恋の始まりかもしれないよ、と。
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