13-手間かけさせやがって
にこやかな笑みを浮かべた五条が出迎えてくれた瞬間、伊地知は自分が騙されたのだと悟った。
五条が自分に微笑むなど、365日の間に一回あるかないか。その一回すら過去を思い返せば良い思い出とは言えない。何か良からぬことをさせられるのでは……と考えるくらいには伊地知も学習していた。
しかしお目当ての家入がいたことで少しはホっとする。
「よ、伊地知。悪いね、急に呼び出して」
「い、いえ……家入さんの為なら――」
普段のノリで声をかけてくれた家入にデレていた伊地知だったが、案の定すぐにパソコンの前へ座らされ「このデータを見られるようにして」と五条から圧をかけられる。普段より重めのそれに、ちょっとだけ鼻水が垂れた。
「えっと……これは何のデータです?」
眼鏡を直しつつ、パソコン画面に映る「担当者以外の観覧を禁ず」という不穏な文字や、そのあとに続く「password」入力欄を眺めた伊地知は、隣に立つ五条へ問いかけた。
「高専関係者の素行調査記録」
「えっ? そ、それってめちゃめちゃ個人情報なのでは……」
「だから?」
「……う」
怖い。この笑顔が怖い。「だから?」という冷えた声を発した時の表情とはとても思えない。
小刻みに震えている伊地知の肩へ、容赦なく五条の腕が回る。「ひっ」という声が漏れたのは仕方のないことだった。
何せ、伊地知の先輩でもある五条悟は現代最強。彼の前では伊地知などアリ、いや、ミジンコに等しい存在だ。
逆らえばいとも容易く――ぷち、と踏みつぶされる。
伊地知がそんな心境でいることを知らない五条は、ぐっと身を屈めて顔を近づけた。伊地知の呼吸が無意識に止まる。
「のこと、オマエにも話しただろ? この中から怪しい奴を絞り込みたいんだよね」
その一言で察しのいい伊地知はすぐに理解した。
「え、そそ、それって……高専の中にストーカーがいると言ってます……?」
怖い。答えを聞くのが怖い。だが伊地知の願い空しく。五条は「ぴんぽーん」と軽快な声を上げる。まさか、と驚き、思わず顔を上げると、五条の端正な顔にもう笑顔はなかった。
「ってことだから頼むわ。オマエ、こういうの詳しいんだろ?」
「……く、詳しいと言えば詳しいですが、でもこれ学生の私が開いてしまったら規律違反だけじゃなく法律違反になるのでは――」
「大丈夫だって。もしバレたら僕がやらせたって言うから。次期五条家当主だし、僕なら絶対に罰は受けない」
「で、でも……実行犯として私は最悪、呪術界追放とか――」
「んん゛? オマエ、もしかして僕のお願い聞けないって言いいたいわけ?」
「……ま、まさか! 喜んでやらせて頂きまーす!」
美しい顔が殺気で歪むのを見た伊地知はころりと態度を変え、慌ててパソコンへ向き直る。五条が責任をとってくれるというなら、それでいいじゃないか、と。だがそこで、ふと思い出した。
「あ」
「ん?」
「すみません。さんで思い出したんですけど、さっきコンビニに付き合って欲しいと頼まれまして……」
「に?」
「はあ。ほ、ほら。一人で高専の敷地を出ちゃいけないってことでしたし」
「ああ……だったら僕に頼めばいいのに……どうして任務で出てた伊地知に頼むんだよ……」
「え? 何か言いました?」
何故か不機嫌丸出しでブツブツ言いだした五条を見上げながら伊地知が首を傾げる。しかしハッとした様子で五条は首を振った。
「何でもない。じゃあコンビニは僕が付き合うから、伊地知はそれやっておいて」
「う……わ、分かりました。でも一応、彼女へ連絡を入れても……? 待ってるかもしれないので」
「うん。ってか、の奴、オマエのこと今も教室で待ってんの?」
「多分……」
待たしてしまって申しわけないと焦りつつ、伊地知はスマホを取り出した。しかし何度コールを鳴らしてもが出る気配はない。
「おかしいな……」
「どうした?」
「いえ、さんが出ないんです」
「出ない……?」
「はい。いつもなら3コール以内には出てくれるのに……トイレでも行ってるんでしょうか」
「……」
その可能性もゼロではないが、五条は何となく嫌な予感がした。
「もう一度かけてみます――」
「いや、いい。僕が直接行く。伊地知はそれ頼む。硝子も手伝ってやって」
言うや否や五条は部屋を飛び出した。家入が「ちょっと!」と慌てて廊下まで追いかけたものの、すでに五条の姿はなく。どんだけ本気出して走ってったんだ、と苦笑する。
「ってか、やっぱ本気じゃん。五条の奴。にっぶ」
先ほどここへ来た時からウダウダとしてたのも、どうせのことだろうと家入は気づいていた。
これまでは女関連で五条があれほどの熱を見せたことはなく。いつもどこかで冷めていたことも知っている。
「ま、スタートは何であれ。惚れてしまったもんは仕方ないしね」
独り言ちて部屋へ戻ると、家入は伊地知の手伝いをするべく、のんびりと歩いて行った。

家入の部屋を飛び出し、一気に校舎へ戻って来た五条は、の気配を探しながら三年の教室へとやって来た。しかし予想通りもぬけの殻。ただ彼女の机の上には資料や教科書などの私物が置いたままで明らかに不自然すぎた。胸がざわり、と嫌な音を立てる。
「クソ、どこ行った……?」
落ち着け、と沸騰しかけた頭で自身を諭しながら、サングラスを外して何か痕跡でも残ってないかと探してみる。伊地知の言うようにトイレに立っただけならいい。でもそうじゃなかったら――。
そう考えると、知らず知らずのうちに焦燥が走る。ここまで心がざわつくのは、親友の起こした事件のことを夜蛾から聞かされて以来だった。
「これは……残穢」
ふと窓際の方に薄っすら彼女のものと見られる呪力の痕跡。そして近くにはもう一つの――。
「これは……誰のだ?」
いくら五条でも高専関係者の呪力など一人ひとり把握していない。ただ一つだけ言えるのは、の残した残穢よりも呪力が弱いということだ。
「まさか……」
五条は迷うことなく、すぐに家入へ電話をかけた。
「硝子、はいなかった。でも誰か別の呪力が微量だけど残ってる。今すぐ高専内にいる関係者全員の所在を調べてくれない? ああ……頼む」
そこまで言って電話を切ると、今にも消えてしまいそうな微量な残穢がどこへ向かったのかを確認していく。その痕跡を追って行けば、高専の敷地外へ向かっていることが分かった。
「……が一人で敷地の外へ行くはずがない」
それだけは断言できる。先ほど視線を感じただけで怯えていたのだから行くはずがないのだ。
となれば、の呪力に交じって薄っすらと見える呪力は、やはり彼女を敷地から連れ出した人間のものだろう。
それは今、高専にいない人物ということになる。常に事務室で仕事をしている事務員ならば誰がいないかすぐに分かるし、現在、任務に同行してる補助監督らを除けば、高専内にいるはずの補助監督はそれほど多くないはずだ。
「クソ……やっぱり出ないか」
五条も電話をかけ続けていたものの、いつまで経ってもは出ない。これだけコールをしても応答がないということは、出ないのではなく、出られない状況にいると考えるべきだ。五条の中に更なる焦燥が生まれた時、ふと足を止めた。の残穢が唐突に途切れていたからだ。そこはコンビニまでもうあと数分といった場所にある空き地。時々コンビニの客が勝手に車を止めているスペースだった。
「まさか……車で移動した?」
その空き地へ入った五条は六眼を使い丁寧に調べてみたが、やはりこれといったの痕跡は残っていない。ただ残穢とは別に視界で光るものを見つけた。舗装もされていない砂利だらけの敷地で、一か所だけシミの出来た石がある。比較的新しいもので、五条はその石を手に取ってみた。すん、と鼻を動かしたのは何かツンとした匂いがしたからだ。
「……薬品の匂い?」
そこに気づいた時、五条の脳裏に何かの薬品を嗅がされ、意識を失ったが車で連れ去られたというイメージが浮かんできた。ざわ、と全身の毛が総毛だつ。
その時、スマホが鳴り、見れば家入からの電話だった。
「硝子か? 残穢を追ってきたけどはいない。そっちは? 何か分かった?」
『ああ。とりあえず今現在、高専内にいるはずなのに、姿が見当たらない人物は一人だけだった。しかも事務員の一人がその男とが出て行くのを目撃してたらしい』
「っ……それは誰だ」
「ソイツは――」

埃臭い――。意識が戻ってきた時、最初に感じたのはそれだった。
「……ん」
かすかに寝返りを打った刺激で、は不意に覚醒した。同時に襲ってきたのは不快なほどの頭痛。ついでに酷く眠い。
「な……にこれ……」
ベッドで寝ている感覚に気づき、は重たい瞼をどうにか押し上げた。ぼやける視界に映るものは一切見たことがない。
薄暗い室内、白いレースのカーテンがかけられた小窓、天井につるされた古いシャンデリア。壁には絵画らしきものが飾られている。ハッキリは見えないものの、何となく古い家屋のように思えた。それも日本風の家ではなく、どちらかと言えば洋館に近い。
(ここ……どこ? 何でわたし、こんなところに……)
朦朧とする頭で考えてみても、思考がふわふわとして上手く働かない。体も酷く気怠い気がして思うように動かない気がした。
(わたし……どうしたんだっけ……)
座学をするため高専の教室にいたことは覚えている。でもそのあとの記憶が曖昧だ。誰かと話してたような気もするのだが――。
不意にギギギっという軋む音とドアの開く気配。音のした方へゆっくり視線だけ動かせば、開いたドアの前に誰かの胸元が見えた。スーツを着た誰かが立っている。
「ああ、気が付いたかい?」
「あ……」
そのよく知った声を聞いた時、は一瞬ホっとした。よく分からない状況下ではあるものの、そこに信頼している大人がいるという事実は彼女を安心させるのに十分だった。
「あの……わたし、どうして……ここは?」
「ここは僕の家だよ。去年、購入したばかりでね。まだリフォームも途中だから埃っぽくて申し訳ないが――」
「家……」
何故、彼の家に自分が寝かされてるんだろう。未だすっきりしない頭で考えながら、は男の顔を見上げた。
「ど……して渡久山さんの家にわたし……」
ベッドの端へ腰を下ろした男、渡久山へ疑問をぶつけると、彼は普段と変わらぬ優しい笑みを浮かべながら彼女の頭を撫でた。
「ああ、それはここが僕らの家になるからだよ。」
「――っ?」
いつもと同じ口調、同じ笑み。しかしどこかが違う。の知る補助監督の渡久山は、彼女のことを名前で呼んだりはしない。
それに――とても妙なことを言われた気がする。僕らというのは渡久山と誰のことなんだろう?
そこまで考えた時、ふと自分が敷地の外に出た理由を思い出した。戻ってこない伊地知の代わりに、渡久山が買い物に付き合うと言ってくれたことも。しかし途中からぷっつり記憶が途絶えている。コンビニ近くまで行ったことは覚えているのだが、その辺から何があったのかまでは思い出せない。
「……あ、あの渡久山さん……わたし……何かご迷惑を……」
この時はまだ、自分が貧血でも起こして渡久山が介抱してくれたのかもしれないと、そう思っていた。だが渡久山は意外そうに片眉を上げ、次に「ぷ……っ」と軽く吹き出したあと、愉しげに笑いだす。
「くっくっく……君は本当に――素直で良い子だね。可愛いよ」
「……と、渡久山、さん?」
身を屈めた渡久山に額へ口付けられ、びくりと肩を揺らしたは驚愕の色を浮かべた瞳を見開いた。これまで渡久山にこんなことをされた覚えはない。今の行為は補助監督という立場を超えている。
おかしい、と初めて違和感を覚えたのと同時に、以前にも感じたことのあるどす黒い欲望を肌に感じる。それは渡久山から洩れている気がした。
ゆらり、ゆらりと体から迸るそれは、男の飽くなき欲求を現わすかのようだ。
そこで初めて目の前の男が怖いと感じた。あの夏の夜、初めて襲われた時のおぞましい感覚は肌が嫌と言うほど覚えている。不思議なことに、あの呪霊と似たような欲を渡久山から感じるのだ。何故、と考える前にぞくり、と産毛が逆立つ。
「あ……あの……わたし、帰らないと……五条先輩が心配してるかも――」
少しずつ頭もハッキリしてきた時、は無意識にその名を口にして、どうにか力の入らない体を起こした。何故ここへ運ばれたのか深く考えるのも怖い。なるべく不自然にならないよう、ここを出なくては。そう思った。
しかし――その名を出した途端、空気が一変した。
「五条?」
それまで笑顔を貼りつけていた渡久山の顏から表情そのものが消えたのを見た時、は心からゾっとした。
「最近、よく君の周りをウロついてるけど……もしかして彼と何かあったのかな」
「……っ」
「まさか……ね。は僕のものなんだからあるわけないか」
「な……何を……言ってるんですか……」
「ただ目障りだよ、最近の彼は。僕のにやたらとつきまとってたし、毎日毎日イライラが止まらなかったよ……そうだ。あの男がうろつくようになってから僕との愛し合う時間も気づけばなくなってしまったんだっけ……」
無表情だった顔を豹変させ、ブツブツと呟く渡久山はいつもの彼ではない。まるで何かに憑かれているかのようだ。
何を言ってるんですか、と怯えて体を後退させるにジリジリと近づき、渡久山は彼女の頬へそっと手を伸ばした。ぎし、とベッドが軋む。
「あんなに愛し合ったじゃないか。忘れちゃったの?」
「……は?」
「まあ、最近は五条悟のせいでそんな時間も失ってしまったけど――」
と言いながら、渡久山はの肩をグイっと掴み、力任せにベッドへ押し倒した。驚きと困惑での喉からひゅっと音が洩れる。
「忘れたなら思い出させてあげないとね」
「と……渡久山さ……」
かけていた眼鏡を外し、にっこりと微笑む渡久山を見上げながら、は震えることしか出来ない。渡久山の指がシャツのボタンを外していくのを信じられない思いで見ていた。
「や……やめて下さい……渡久山さ……っやぁぁっ」
全てのボタンを外され、合わせ目を開かれると肌に空気が触れる。気怠い腕を振り回したが、片手でまとめられて頭の上に固定されてしまった。渡久山は本気なのだとゾッとした時、もう片方の手が胸の膨らみへ動き、指でブラジャーを勢いよく押し上げる。
「やぁっ」
「ああ……久しぶりだよ。の肌に触れるのは――」
「な……何を――ひゃ……ぁっ」
うっとりとした顔で呟いた渡久山が身を屈め、の肌へと吸い付く。その不快な感触には足をばたつかせた。
何を言われてるのかも分からない。渡久山に触れられるのは今が初めてで、こんな行為すらしたことはない。なのに何故か渡久山はと関係があったかのように振る舞う。訳が分からなかった。
「や、やめて! いつもの渡久山さんに戻って下さい……!」
ちゅ、ちゅ、と露わにされた膨らみへ口付けられ、必死に叫ぶ。だが次の瞬間、敏感な部分を口へ含まれ、悲鳴にも似た声を上げた。
「やぁっ」
「こら、暴れちゃダメだろ。いつもみたいに気持ち良くしてあげるから――大人しくしてて」
「ひっ」
必死で抵抗を続けるに苦笑を零す渡久山の背後から、ずるり、と黒いもやのような影が這い出てくるのを見た時、は言葉を失った。
それは、その黒い影は、を何度となく襲って来た呪霊の触手と同じものだったからだ。
「い……いやぁぁっ」
背中から這い出て来たソレは渡久山を覆うように飲み込んでいく。すでに意識は乗っ取られ、自我というものが消えているように見えた。なのにうっとりと微笑む渡久山の口から吐き出されるのは、おぞましい愛の言葉だった。
「あ……あぁ……愛してる……よ、……」
「……きゃっぁぁぁあ!」
うねる触手のような紐がの手首や足に巻き付き、あの悪夢のような夜が再現されていく。
何故、どうして――と頭の中で疑問を繰り返す。これまで信頼していた男がこんな化け物を生み出すほど、自分に執着している理由が分からなかった。
「……い、一緒に……気持ち良くなろう、ね……」
「やぁぁ! ご、五条先輩――!」
渡久山の口からずるずると出て来た長い舌が肌へ触れ、はたまらず顔を反らして叫んだ。もう人ではなくなったモノが、の足の間へ入り込んでくる。
もう、ダメ――!
抵抗すら出来ない状態に諦めかけた時だった。ドォンっという爆音と共に室内が激しく揺れ、一瞬だけ触手の拘束が緩む。
その時、窓枠がカタカタと振動し、小窓のガラスがパァンと弾けた。まるで地震のように建物が揺れている。何が起きたのかにも分からない。しかしそれは呪霊となった渡久山も同様だったらしい。不気味な唸り声を上げてから僅かに離れた、その時。部屋のドアが勢いよく吹き飛び、「!」という声と共に誰かが室内へと飛び込んできた。
「ご……五条先輩!」
息を切らして姿を見せたのは、先ほど彼女が無意識に助けを求めた五条だった。普段なら絶対に見せないような表情を浮かべる顔には珍しく汗が垂れている。
「……無事?」
「は、はい……!」
「そう、良かった。で……コイツが例の――エロ呪霊化した渡久山ってわけだ」
安堵の息を漏らしたあと皮肉たっぷりに言いながら、今では部屋の天井まで届くほどに巨大化した呪霊を見上げた。黒く大きなソレは不気味に触手をうねらせながら、イレギュラーである五条を威嚇している。
「はは。すっかり食われてんなー」
額へ手をかざし、自分よりも大きな呪霊を呑気に見上げた五条は「こうなったら呪いとして祓うしかないか」と苦笑する。まずは軽くジャブを入れて怯ませた隙に、ベッドの上で固まっているを抱えて割れた窓から外へと飛び出した。その素早さに驚きつつ、が見慣れない庭先を見ると家の周りに帳が下り始めている。
「怪我は?」
「へ、平気です……」
「って言っても、危ないとこだった?」
はだけた胸元を腕で隠すようにしているを見て、五条は軽く舌打ちをすると「これ着てて」と自分の上着を脱いでへ着せた。ついでにきっちりボタンも閉めたあと「伊地知!」と後輩の名を呼ぶ。
「は、はいぃ!」
「え」
が驚いて振り返ると、エントランスと思わしき方向から同級生である伊地知が慌てた様子で走って来る。そこで帳を下ろしたのが彼なのだと気づいた。
「だ、大丈夫ですか、さん!」
「い、伊地知く……」
眼鏡が曇るくらいの勢いで走ってきた伊地知を見た瞬間、の目にぶわっと涙が溢れてくる。五条が抱えていた彼女を下ろした途端、思い切り伊地知へ抱き着いて泣き出すと、伊地知はわたわたとしながらも「もう大丈夫ですから」とを宥め始めた。
しかし、それを面白くなさそうに見ていたのは五条だ。
「いや、待って! 何で伊地知?!」
と筋違いな苦情を言いながら、家の壁を破壊して出て来た元渡久山だった呪いを睨みつける。を奪われ怒っているようだ。
しかしそれは五条も同じだった。この怒りは全てこいつにぶつけると決めた五条は「を連れて下がってろ」と伊地知へ声をかけ、出て来た呪いを見上げた。
既に人の形を失った化け物は、ずるずると音を立てながら家を破壊していく。そして五条を目に止めた瞬間、殺気を爆発させた。
「か、かえ、かえ……せぇぇぇえっ!」
「悪いけど――を傷つけたオマエは呪いとして処理する」
無数の触手が一斉に五条めがけて飛んでくる。しかし無限に阻まれ、ピタリと止まったソレを五条は片手で掴むと思い切り振りかぶった。巨体が宙へ浮き、次の瞬間、勢いよく地面に叩きつけられ、ぶちぶちと触手が引きちぎられては辺りに飛び散る。
「――死ね」
地面にめり込み、ピクピクしている呪いめがけて、五条はこれまでの怒りを全て込めた"赫"を放つ。
辺りが真っ赤な光に包まれ――やがて静寂が戻った。
「チッ……手間かけさせやがって」
爆風で揺れる髪を手で抑えながら、忌々しげに吐き捨てた五条は、「さて、と。次は伊地知かなー」と恐ろしいことを呟きながら二人の待つ方へと歩いて行った。
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