01-出逢う




「なーんだ、紅一点じゃなかったか」

わたしと会った時の野薔薇ちゃんの第一声がこれだった。
面白くもないといった表情で、だけど少し照れ臭そうに視線を反らした彼女は、とても不器用そうな人に思えた。

新しい仲間が合流するという大事な日。わたしは熱を出して野薔薇ちゃんを迎えに行けなかった。
その二日前の呪術実習の帰り道、急な雨に降られてずぶ濡れになったわたしは、次の日の夜に高熱が出てしまったからだ。

「やだやだ!わたしも行くのー!」

熱でフラフラしながらも行こうとするわたしを見て、恵も五条先生も「ダメだ。寝てろ」の一点張りで。 結局押し切られてお留守番をする事になってしまった。
一緒に濡れたはずの恵や、引率の五条先生はピンピンしてるのに、何でわたしだけって落ち込んだ。
だから野薔薇ちゃんに会ったのは皆が迎えに行った日から三日も経っていた。

一年生はわたしと恵だけだったけど、最近になって虎杖悠仁という男の子がここ高専に入学してきて男の子が二人になった。
でもその後に五条先生が「次に来るのは女の子だよ」と教えてくれて、女の子が入学すると聞いたその日から、ずっと楽しみにしてた。
恵がいるし寂しくないと思ってたけど、やっぱり同性の子となると話は別なのだ。
中学では叶わなかったから高校では女友達と一緒に買い物に行ったり、流行りのスイーツを食べに行ったりするのが夢だった。
恵はそんなの付き合ってくれないだろうし、そういうことを共有できる女友達はやっぱり憧れる。
今日は皆で呪術実習に行くから、やっと会えると思ってウキウキしてたのに…

「私、釘崎野薔薇。アンタは?」
「あ、わ、わたしはえっと…」
「何よ、自己紹介も出来ないのぉ?」
「う…ご、ごめんなさい…(こ、怖い)」

初対面の人と話すのは少し怖い。嫌われたらどうしようって思うと、どんな人か分かるまでは凄く緊張してしまう。
だけど野薔薇ちゃんは可愛いのに意外とハッキリ物を言うタイプの女の子だった。
鈍くさいわたしとはまるで対照的だけど、堂々としてる野薔薇ちゃんがカッコ良くて羨ましいと思った。

「そんな怖い顔で凄んでちゃビビるよなあ?
「うるさいわね、虎杖!――で、?なんてーの?」
「あ、って言うの。みんなは名前で呼んでるしって呼んでね。あ、虎杖くんも!」
「OK!んじゃー、俺のことも悠仁って呼んでよ」

最初から人懐っこい笑顔を見せてくれた虎杖くんは、緊張しいのわたしでもすぐ打ち解けられるくらい気さくな人だった。
名前で呼んでいいと言ってもらえて思わず笑顔になる。でも野薔薇ちゃんが、またすぐに突っ込み始めた。

「ちゃっかり何言ってんの、虎杖。が可愛いからって口説く気じゃないでしょーね」
「はあ?ただのコミュニケーションだろー?!」
「はいはい…。ま、数少ない女子同士、仲良くしましょ、

最初こそ怖かった野薔薇ちゃんは意外にも明るい笑顔を向けてくれた。その時の笑顔が眩しくて、笑いかけてもらえたことが凄く嬉しくて。少しだけホっとしながらわたしも笑顔で頷くことが出来たんだ。

「お、みんな揃ってるね~。えらいえらい」

そこに担任の五条先生が笑顔で歩いて来た。また今日も7分の遅刻だ。
相変わらず緩いな。そして今日も胡散臭いアイマスク姿。
でもアレの下には恐ろしいくらいに綺麗な瞳が隠れてるのを、わたしは知っている。生まれてこの方、五条先生ほどの眉目秀麗な男の人を、わたしは見たことがない。
ただ性格は軽薄を絵に描いたような人だと、よく五条先生の後輩の七海さんがボヤいているくらいに、軽い。

「お、も復帰したか!体の方は大丈夫?」
「大丈夫。熱も下がったし」
「そりゃ良かった。が元気ないと僕も悲しいし。今日もちっこくて可愛いねー」

五条先生はわたしの頭を容赦なくワシャワシャと撫でるから、せっかく朝から頑張ってブローした髪をぐしゃぐしゃにされた。抗議の意味も込めて「もーやめてよ」と口を尖らせても、この先生には通用しない。こっちが怒ろうが無視しようがグイグイ来る。わたし達生徒との距離感はかなり近い。

五条先生とはわたしの同級生で現在交際中の伏黒恵を通じて中学時代に知り合った。恵は子供の頃にスカウトされたようで、中学を卒業したら高専に入学することが決められていたのは、付き合い始めた時に聞かされた。わたしは恵と同じ高校に行くと決めていたから、恵が普通の高校に進学せず、呪術師になる為の高専に行くと知った時は凄くショックで。だから五条先生に「何でもするから高専に入りたい」と頼み込んだ。
そもそも呪いは視えるけど術式のなかったわたしは、最初から補助監督を目指して勉強することになり、晴れて高専への入学許可が下りたのだ。

「いやあ、恵の傍にいたいなんての健気な想いに絆されちゃったなー。補助監督も万年人手不足だから助かるしねー」

なんて言ってたけど、今思えばあの時も相当軽いノリで入学手続きを進めてくれた。でもそれは本当に感謝してる。だってわたしには恵しかいないから。

「五条先生、あんまり強く撫でたらの頭がもげるからやめて」
「何だよ、恵~!ジェラシー?」
「……チッ(うぜぇ)」
「あ、今、舌打ちしたでしょ。よくないよ~。そういう態度は。ねー?

またしても五条先生がわたしの頭をぐりぐり撫でるもんだから、恵は心底呆れたように先生を見ては溜息をついている。中学の頃は不良にも怖がられてたくらい恵は愛想がない。でも乱れたわたしの髪を何気なく直してくれる辺り、地味に優しい。わたしは彼のそういう隠れた優しさに惹かれた。

「ホラ、直ったからそんな顔すんな」
「ありがとう、恵…。大好き」
「……そういうのいいから」

照れ臭そうにプイっと顔を反らすのはいつものことだ。でもその言葉を耳ざとく聞いていた悠仁と野薔薇ちゃんが驚愕したように振り返ってわたしと恵を見てくる。

「え、何…オマエらその空気…もしかして付き合ってんの?」
「はあ?そーなの?伏黒!アンタ、と付き合ってんの?!」
「……うざ」

恵は相変わらずの態度でそっぽを向いたけど、代わりに五条先生が応えてしまった。

「そーだよー。と恵は中学の頃からラブラブだから」
「…余計なこと言うなよ」
「ホントのことだし?は恵を追いかけて高専に来たんだからラブラブじゃない」
「え、マジで?伏黒の為にここに来たの?」
「げー!、アンタ男見る目ないわよー」
「…ぐ…うるせぇな!ほっとけ!」

五条先生、悠仁、野薔薇ちゃんにアレコレ攻められ、恵は真っ赤になって怒っている。でも本当のことだからわたしは特に気にならない。
恵はシャイだからからかわれるのは嫌みたいだけど。

「はぁ~にも彼氏いるなんてショック―。ってか、どこがいいの?こんな偉そうで不愛想な男」
「え?あ、あの…」

野薔薇ちゃんは未だに信じられないといった顔でわたしの顔を覗き込んで来る。確かに恵は不愛想で最初は怖かった。でも…

「…おい、釘崎…オマエ、ケンカ売ってんの?」
「何よ、本当のことじゃない。え、何、アンタもしかして自分で愛想いいとか思ってるわけ?ないからね?」
「………(殴りてぇ)」

わたしが応える前に恵がムっとした顔で野薔薇ちゃんに文句を言ったが、倍になって返されている。 恵は口下手だから野薔薇ちゃんに口では勝てないと思うよ、うん。

「あ、あのね。中学の頃、初めて呪いに襲われて、それを恵が助けてくれたの。それで…」

不機嫌になっていく恵を見て心配になったわたしは、そこで簡単にキッカケを話すことにした。あの頃のわたしは変なものが視えるせいでいつも独りぼっち。だから恵が気にかけてくれたことが本当に嬉しかったのだ。

「へえ、そうなんだ」

野薔薇ちゃんは意外といった顔で恵を見ているが、当然恵はそっぽを向いたまま。勝手に話してしまったから、またからかわれるのが嫌で怒ってるのかもしれない。
案の定、野薔薇ちゃんはニヤリとした笑みを浮かべながら、恵の顔を覗き込んだ。

「意外といいとこあんじゃない」
「…あ?」
「女の子が危険な目に合ってるのを見捨てるようなクズじゃないってとこは認めるよ」
「……偉そうに」

驚いた。てっきりまたからかうのかと思っていた。恵も少し驚いた顔をしてたけど、最後は照れ臭いのか野薔薇ちゃんから視線を外して唇を尖らせている。
野薔薇ちゃんは口も態度も悪いけど、ちゃんと他人を認めることが出来る人なんだと思うと嬉しくなった。

「ほーら、いつまでだべってんのー。行くよ~!」
「オマエら、置いてくぞ~!」

その時、五条先生と悠仁が待ちくたびれたと言うように声を上げた。

「ちょっと、待ちなさいよ!」

それを野薔薇ちゃんが慌てて追いかけて行って「置いてくなんて生意気!」と悠仁のお尻を蹴とばしている。とても会ったばかりとは思えない二人のやり取りを見て笑っていると、恵がそっとわたしの頭へ手を置いた。
なに?というように隣を歩いている彼を仰ぎ見れば、どこか心配そうな顔でわたしを見下ろしている。

「…ほんとに体調は大丈夫なのかよ。また無理してるんじゃ――」
「大丈夫だってば!無理なんてしてないよ?」
「なら…いいけど」

最後に軽く頭をひと撫でした恵は、ポケットに手を突っ込んで歩いて行く。前にも無理してぶっ倒れた前科があるから心配してくれてるのかもしれない。
そう思うと嬉しくなって恵を追いかけた。

「わ、何だよ…っ」
「ありがとう、恵」
「ちょ、いいから放せって…」

腕をからませたことで焦ったのか、恵は前を歩くみんなを見ながら必死に腕を外そうとしている。別に見られたってわたしは気にしないのに、と思いながら渋々腕を放すと、恵がジトっとした目で見下ろしてきた。無言の抗議といったところか。昔から人前でベタベタするなと散々言ってるのに、と言いたいみたいだ。
でもわたしは好きな相手には好きだと言いたいし、態度にだって出てしまう。ただシャイな恵にしたらわたしのこういった性格はウザいんだろうなと思う。
でもそういう恵も、わたしは好きなのだ。

「恵…大好き」
「…はあ」

せっかく愛の告白をしてるというのに盛大な溜息で返されてしまった。この後は絶対「ウザい」か「好き好きうるさい」か、最悪スルーされるんだろうなと悲しくなってると、唐突に強い力と共にわたしの視界が斜めになった。
恵の腕がわたしの頭を抱き寄せたのだと分かった時には、すでにそれは離れていて。恥ずかしそうに頭をかきながら前を歩く恵の背中が見えた。

「…手、繋ぐ?」
「ウザい」

恵を追いかけて言った一言に、いつもの言葉が返ってきた。だけど、もうそれを寂しいとは思わない。恵もわたしを必要としてくれてる。そう信じてるから。
わたしのことを必要としてくれる人が居たら、わたしはその人のために唯一 そういう"存在"になりたくて。
わたしは、ただ一人。そういう存在が欲しいのです。

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