02-五本の花言葉



呪術実習も終わって、さあショッピング!と思っていたのに、何で私はコイツらに付き合ってるんだろう?

「野薔薇ちゃーん!こっちに可愛いカフェがあったー!」

満面の笑顔を惜しみなく見せながら手を振っているミニチュアみたいな女の子、
彼女は私とまるで正反対の女だ。花が咲いたように見える可愛い笑顔が眩しい。
行ってみると確かにパリ風のデザインがいかにも東京って感じの可愛いカフェだった。
とりあえず皆で入り、テラス席に五人で座る。

「野薔薇ちゃん、何飲む?あ、ケーキ頼む?それとも――」
「…。そんなに一気に訊いたら相手も困るだろ。それにメニュー見せなきゃ決められない」
「あ、そ、そっか…。ごめんね、野薔薇ちゃん」
「…いや、別に(素直かっ)」

恐縮したようにメニューを見せてくれるの隣で彼女を冷静に諭している男は伏黒恵。
こんな愛想の欠片もないような男が、何故かこの向日葵みたいに笑うの彼氏だっていうんだから世の中どうなってんだと言いたい。
二人は中学の時のクラスメートで、呪いに襲われそうになってたを伏黒が助けたことがキッカケで付き合いだしたって言ってたけど、どんな流れでくっついたのか気になるところだ。

「あ、わたしはこれにしよ!アップルパイとアップルティー」
「……ぶはは!、それリンゴ&リンゴだけどいーの?」

私の隣でバカ笑いしてるコイツは虎杖悠仁。
初対面の時、ガキの頃はぜってー鼻くそ食ってたろ、オマエと思ったくらい小学生が体だけ大人になったようなそんな男だ。
コイツは適応力がパないから、すっかりこの不似合いなカップルの存在を受け入れてるのが恐ろしい。
何も疑問を持たないのか、コイツは。

「そこがの可愛いところなんだよ、悠仁。あ、、僕の分もアップルパイ頼んでくれる?」
「うん。あ、五条先生もアップルティー頼む?」
「いや、僕は普通のコーヒーでいいよ?だってリンゴ&リンゴになっちゃうからねー」
「ぶははは!」

伏黒と反対側の彼女の隣をキープしてるのは担任の五条悟という教師。
目立つ白髪を目立つアイマスクで逆立ててる見るからに胡散臭い男だ。
五条先生は伏黒やと昔から面識があるようだけど、あまり懐かれてないのがウケる。

「んで?釘崎はなに頼むんだよ」
「んー。東京来たらタピオカミルクティでしょ、やっぱ」
「それ古くね?つーか美味いの、それ」
「美味いから流行ってんでしょーが!お上りさんは黙ってろ」

バシっとメニューで頭を小突けば、虎杖はすぐ「オマエもお上りさんじゃん…」と唇を尖らしながら突っ込んでくる。確かに私も田舎もんだけど、虎杖よりはマシだと思っている。これは譲れない――と、虎杖の出身地を聞くまでは私もそう思っていた。

「恵は?またブラックコーヒー?」
「ああ」
「伏黒って彼女の前でだけカッコつけてブラックコーヒー飲むタイプ?やめな?」
「……いつも飲んでんだよっ」

私がせっかく忠告してあげたのに、相変わらず愛想もなく、その目つきの悪い顔で睨んでくる。でもそんな男の隣で「え、恵、いつもカッコつけて飲んでたの?」と素直に聞いているに、私も思わず吹き出した。案の定、伏黒の口元がピクピクしている。

「んなわけねーだろ…」
「まーた恵はそんな言い方して。が素直なのはオマエも知ってるでしょ。何でも真に受けちゃうとこが可愛いんだから」

五条先生は相当を可愛がってるようで、今もニコニコしながら彼女の頭を撫でている。
まあ小動物みたいで癒し系だから撫でたくなるのも分かるけど、一応彼氏が傍にいるのに怖いもの知らずだと思う。
あ、先生って最強なんだっけ?
でもからは「先生、髪が乱れるー」と苦情を言われてて草。
まあそれも可愛いなあ、みたいなデレ顔でニコニコしてるし、五条先生も懲りてないな、あれは。

「ほら、も動くなって」
「あ、ありがとう、恵」
「………」

不愛想選手権というものがあったら間違いなく優勝できるであろう、あの伏黒がの乱れた髪を直してやってる姿に少し驚いた。
さっきからにくっつかれるたび不機嫌そうな顔で「ウザい」とか言ってるのを見た時は、ほんとにコイツ彼女を大事にしてんのか?と疑問に思ったけど、まさにツンデレを絵に描いたような男だ。
ツンデレ選手権なんてものがあれば、絶対に伏黒が優勝するはずだ。もこのギャップに騙されてるんだろうか、と何となく悶々とする。
でもこれがキッカケでよくよく二人を観察していると、どんくさいのフォローを全て伏黒がしていた。

、こぼれてる」
「あ…ごめん」
「アップルパイってコレが困るよね~」
「え、でも五条先生、綺麗に食べてる。凄い!」
「僕はアップルパイ食べるのも上手いんだよね。何せグレートティーチャー五条だから」
「え、グレートティーチャーはアップルパイにも最強ってこと?!」
「そうだよー。何せ僕は"世界一アップルパイを綺麗に食べる男"としてギネスにも載ってるくらいだから」
「えー?!ギネス?先生ギネスにも載ってるの?!凄い!」
「…うくくっ」(五)
「……。まともに聞くな」

五条先生のすっとぼけた返しに素直に感動するを見て、さすがに伏黒も溜息をついている。でも同時にの口元についたパイの生地をナプキンで拭いてあげてる姿は、まさにこの子の保護者のようだ。
ああ、そうか。こんな素っ気ない態度をしててもこの男はにメロメロなんだろうな、とふと思う。
それにこうして見るとは小柄なわりに胸もあるしスタイルもいい。童顔で可愛くて胸があるって日本の男がまさにドストライクな女の子じゃん。
何だ、この不機嫌の塊みたいな伏黒でもそういう子を選ぶんだ。僕、そんなの興味ありません、みたいな顔をしてるくせに…ムッツリめ。

でも確かに守ってあげたくなるな。女の私でもそう思うんだから男からしたらたまらないんだろうな。
さっきも私達が呪霊を祓ってる間、補助監督の仕事を先生に教わりながら一生懸命頑張ってたし、自分でどんくさいって分かってる分、凄く真剣だった。
それもこれも伏黒の為だと思うと、ちょっと健気で絆されたという五条先生の気持ちが少し分かった気がする。
そんな感じで観察している内に、アッという間に時間も過ぎていく。

「んじゃーそろそろ暗くなって来たし戻りますか。明日も呪術実習あるからね」

と五条先生が会計を手にした。一応教師らしくここは奢ってくれるようで、もっと沢山注文しておけば良かったと後悔する。
その時、が慌てた様子で立ち上がった。

「あ、待って。その前にお花買ってきていい?」
「花?」

私が首を傾げると、五条先生は理由を知っているのか「ああ、いいよ。待ってるから」と笑顔で頷いた。
が「すぐ戻るから」と言いながら走っていくのを見て「オイ、待てって」と伏黒も慌てて追いかけていく。二人が向かった先を見ればカフェの隣に小洒落た花屋があった。いかにも都会の花屋って感じのカフェっぽい造りだったから気づかなかった。
「何で花?」と私が訊くと、五条先生が笑いながら花屋の方へ顔を向けた。

は花が好きでさ。部屋に飾ると気持ちが明るくなるって言って、いつも飾ってるんだ。あと恵の部屋があまりに味気ないって言ってアイツの部屋にも飾ってる」
「へえ…ってか伏黒に花は似合わないって」

五条先生の説明に私は思わず吹き出した。あの顔で花に水を上げている姿なんか想像できない。ってか、あいつの不愛想オーラで花も枯れるんじゃ、と変なとこが心配になる。
は花を選びながら可愛い笑顔を常に伏黒へ向けてて、あんな風に素直に甘えられたら可愛くて仕方ないんだろうなと思った。現に伏黒は私たちの前じゃ絶対に見せないような優しい表情をしてる。何かムカつくけど、の愛情はあいつの日々の支えになってるのかもしれない。そんな顔をしてる。

「でもほんと伏黒のこと好きなんだね~あの子」
は一途だからねー。一度好きになった相手にはとことん尽くすタイプ。可愛いよねー」
「ふーん。きっと両親から愛されて育ったんだろうなあ。あんなに素直でいい子なのに伏黒にはもったいない」
「あはは、もったいないって。まあ僕も最初はそう思ったけど」
「思ったんかい」

五条先生は楽しげに笑いながら、花を選んでるを見た。

「でもに両親はいないんだ。っていうか家族はいない」
「え…?」
も恵と似たような家庭環境でさ。親がろくでもなくて、あの歳で天涯孤独の身らしい」
「嘘…だってあんなに明るいのに…」
「まあ、だから放っておけなくて、高専に来たいって言われた時、僕もその方がいいかなと思ったってわけ。高専なら学費もいらないし寮もあるし給料だって貰えるしね」
「…そ、そっかぁ…グス…」
「って、何泣いてんのよ、虎杖」
「ああ、悠仁もこの前天涯孤独になったばかりだもんね」

そう言えば虎杖は唯一の家族だった祖父を亡くしたばかりだと言ってたっけ。きっとの寂しさとか孤独とか、色々と理解出来るんだろうな、と思いながら涙を拭っている虎杖を見た。男のくせにすぐ泣く奴って嫌いだけど、こいつの涙はの気持ちを察しての涙だ。人の痛みを分かる奴は嫌いじゃないし、私もこういうのは案外…嫌いじゃないんだよなあ。

「だからが唯一頼れるのは恵だけ。恵もそれ分かってるから素っ気なくは見えるかもしれないけど、のことは凄ーく大切にしてるんだよ、あれでも」
「ふーん…そういうことか」
「あ、戻って来た」

五条先生の言葉に、ふと顔をあげれば、が両手に花を抱えて戻って来るのが見えた。何とも嬉しそうな笑みを浮かべて、隣にいる伏黒に話しかけてるけど、アイツはさっきまでの緩い顔と違って、いつもの愛想のない顔に戻っている。
あんな話を聞いた後だと余計に、もっと優しくしてやれよ、伏黒!なんて気持ちになって来るから不思議だ。

「お待たせ!ごめんね」
「いいよ、じゃあ行こうか」

と五条先生の合図で私と虎杖も席を立つ。その時、目の前にいきなり赤いバラが一凛、差し出されて、私はギョっとした。

「これ、野薔薇ちゃんに」
「え…?私?」
「コイツ、釘崎にも買うってきかなくてさ…」

伏黒は苦笑気味に頭をかきつつ「いらないなら俺が貰うけど」なんて言ってくる。きっと私が無碍に断ったりした時にを悲しませたくなくてそう言ってるんだと感じた。こいつの不器用な優しさはこんな私にでも分かる。
花をもらうなんてガラじゃないけど、ここで釘崎のヤツ断るかも、とこいつに思われてるのは癪だ。

「…もらうわよ」
「ほんと?じゃあ、はい。野薔薇ちゃんには薔薇を五本!」
「五本?」
「ああ、薔薇は本数でまた花言葉が違ってくるんだよ。五本は――」
「…先生知ってんの?」

私が尋ねると五条先生の口元が緩やかに弧を描いた。

「"あなたに出会えて良かった"とか、"出会えたことが嬉しい"だったかな」
「……え?」
「あー五条先生、ネタバレ!」

はそう言って五条先生に文句を言いながらも、可愛い笑顔で私の前に薔薇の花を五本、差し出した。
彼女みたいに素直じゃない私は、すぐにそれを受けとれなくて。

「何で…私に?」
「野薔薇ちゃんに会えて嬉しかったから」

そう言ってやっぱりは向日葵みたいな明るい笑顔を私に向けてくれた。
女の子から花を贈られるなんて初めてだから、少し照れ臭った私は伏黒も真っ青というくらい素っ気ない顔でその花を受けとってしまったけど。
でも、本当はあの時、凄く、凄く嬉しかったんだ。

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