12-ある日の休日



あの夕暮れの公園で「」に「好き」と告白された。変な心配をしてついて行ったせいで、つい盗み聞きするはめになったから言われる前に分かってはいたけど、実際、口に出された時は照れ臭くて倒れそうになった。
女の子、という存在から初めて「好き」と言われたのは小学校の時。でもあの頃の俺はその意味すらよく分からなくて「だから?」なんて酷い返しをした記憶しかない。そのあと泣きだしたその子の友達から「ひどい」だの「伏黒、冷たい」だのと文句を言われて散々だった。
ガキの頃から俺を知っている津美紀から見れば今の俺も大して変わらないんだろうが、少しは大人になった分、自分の気持ちくらい分かる。
あの日、から好きだと言われた時、少なくとも心が弾み、何とも言えない心地良さを感じて。自分も同じ想いを抱えていると気づかされたんだから。

――鈍臭いし、バカみたいに真っすぐで誰よりお人よし。でも誰かの為を思って必死になるオマエは嫌いじゃない。

俺はきっと、アイツの気持ちが嬉しかったんだと思う。真っすぐ俺を見つめるを見てたら、ちゃんと応えなきゃいけないと思って出た言葉だった。あの時の、俺の精一杯。
はほんの一瞬だけ嬉しそうに微笑んで、だけど最後はどういう意味なのかと首を傾げていた。

――それは……好きってこと?
――そう……いうことになんのか?

に聞かれて「違う」と即答できなかったのは、確かに「」のことを好きだと感じてたからだ。
だから、そんな会話を交わしたあと、に「じゃあ……付き合ったりとか……?」と真っ赤な顔で訊かれた時、「おー……」なんて素っ気ないながらも素直に頷くことが出来た。
男女が付き合うという意味も、あまりよく分かっていなかったくせに。





「ほっほーお。それで伏黒とは付き合いだしたってわけかぁ」

虎杖がニヤついた顔で俺を見るからイラっとした。何で昔の話を蒸し返されてんだ、俺は。

「そーなんだよねえ。何か青春してるよねえ」

それもこれも全部、向かい側でさも当事者かのような顔をしながら、虎杖にペラペラ余計な話をして聞かせたヤツのせいだ。
俺の殺気をシレっとスルーしている五条先生は、相も変わらずヘラヘラしながらコーヒーを飲んでいる。

「何でそんな話してんスか!っていうか何で先生が知って――」
「そりゃあ、にこっそり教えてもらったからさあ。オマエと付き合いだしたあとに」
「……っ!(アイツ、一番言っちゃいけない相手にべらべらと……!)」
「よっぽど嬉しかったんだろうねー。五条さん、聞いて下さい!ってホッペ赤くしながら言ってきたは可愛かったなー」
「……人の彼女を可愛いとかやめてくれますか」
「あれ?恵、それヤキモチ?」
「……チッ」

更にニヤつく先生にイライラが止まらず舌打ちが出る。全く何で休みの日までこの人の相手をしなくちゃいけないんだ、と。

久しぶりの休日。が釘崎と渋谷へ遊びに行くのを見送ったあと。隣人から「どうせ暇だろ」という理由で無理やり連れ出された俺は、またしてもオタクの聖地へ強引に付き合わされた。
まあ前回来た時は、たまたま見かけた五条先生を虎杖の好奇心で尾行する羽目になり、「殆ど見て回れなかったから」という虎杖の言い分も分かるが、この街に全く興味のない俺にとっては苦痛でしかない。
もうメイドカフェは行かねえぞ、と言えば、虎杖は爆笑しながら「あれ楽しかったなー」と声を弾ませた。俺的には少しも楽しくなんかなかったし、帰校後にコイツが「メイドカフェ最高」なんて余計なことを言ったからにまで「メイドカフェ行ったの?」と詰め寄られるしで散々だった記憶しかない。

「今日は前回と違う場所を探索しようぜ」

渋々着いていく俺を見ながら先を歩く虎杖の足取りは軽い。フットワークの軽い奴、と思いながら、相変わらず騒々しい雑多な街並みを一瞥して溜息を吐いた。
出来れば休日くらいはとのんびり部屋で過ごすか、アイツの行きたい場所へ二人で出かけたりしたかった。でも女友達と出かけるというのが夢だと語っていたの楽しみを奪うわけにもいかない。
相手があの釘崎というのは一抹の不安もあったけど、があまりに嬉しそうだから、まあいいかと思っていた。
がいなければ暇というのは事実だし、こうなりゃ虎杖と適当に街をぶらついて帰るか。そう思っていた時だった。

「なあ、伏黒」

二人で電化製品の並ぶ店内を見て回っていると、虎杖が急に耳打ちをしてきた。コイツはパーソナルスペースを簡単に詰めてくるからタチが悪い。

「近いからもっと離れ――」
「何か俺らつけられてね?」
「は?」
「いや、何か視線を感じるんだよ」
「……」

言われて辺りを探ってみると、確かに視られてる感じがする。でも敵意は感じない。っていうか、この感じは――。

「悠仁!恵!」
「あー!五条先生!」
「チッ。やっぱり……」

虎杖が手を振っている方へ目を向けると、前回同様、制服にアイマスク姿の仕事着で先生がこっちへ歩いて来た。手には甘そうなクレープを持って、美味そうに食いながら「やほー」と手を振っている。この人はアキバに住んでるのか?と思ってしまうくらいの遭遇率の高さだ。
ただ今日は先生もダンジョン探しというわけじゃなく、普通に任務で来てたらしい。

「なーんか見たことあるツンツン頭と茶髪がいるなあと思ったら、やっぱそうだった」

結局そこで俺と虎杖は捕まって、先生とお茶をする羽目になった。しかも――またメイドカフェって何の拷問だ。
ウンザリしつつ、ひらひらの制服を着たメイドの言う"恋の魔法"をいなしたけど、先生と虎杖は喜んで、その「ラブラブ光線」を受けていた。……帰りてぇ。
あげく虎杖が「そう言えば伏黒とって、どっちから告って付き合いだしたわけ?」なんて余計なことを言い出した。それを受けてから色々と聞いて知ってたらしい先生が勝手に話しだして今に至る。

(ったくのやつ、何でよりによって先生に話すんだよ)

あの頃は五条先生に話すとも思ってなかったから口止めしてなかったのが仇になったらしい。先生から俺とのことを聞いた虎杖が無駄にニヤニヤ見てくるのがウザい。

「ま、伏黒も人並みに青春してたんだーと思うと俺は嬉しいよ!」
「……ウザ。何で上目なんだ、オマエは」

バシバシと肩を叩いてくる虎杖をぐいっと押して引きはがす。元々他人とこんな距離で接したこともないし、あまり懐に入られるのは好きじゃない。なのに虎杖悠仁という男はそういう人との距離を気にせず、俺の作った壁を平気でぶっ壊してくる人種だった。
俺の肩へ腕を回し、「で、のどこに惚れたの?」と追及してきた。俺の顏が引きつるのも当然のことだ。

「……何でそんなことまで話さないといけないんだよ。ほっとけ」
「いやー俺らの中で恋愛してんのって伏黒くらいだし、どんな感じかなーと思ってさ」
「何、悠仁。恋愛したいわけ?」

そこへ先生までが喰いつく。こういう話題、俺としてはなるべく火の粉が降りかからないようにしたい、と無視を決め込む。なのに虎杖は先生からの質問に「いや別に」と答えながらも「伏黒が普段とどんな感じで過ごしてんのかは興味あるけど」と言い出した。早速火の粉が飛んで来てんじゃねーか!

「ほっとけって言ったろ」
「ほら!このツンツンのツンな伏黒が、好きな子と二人でいる時、どんな顔してんのか気にならない?せんせー!」
「く……っ」

一番触れて欲しくない話題を更にブッ込み、五条先生までが「分かる分かる」と言い出した。最悪だ、コイツら。

「まあ、でも僕は二人でいるとこも一応、見て来たから何となく想像は出来るけどねー」
「しないでもらえますか」
「またまた照れちゃって。恵もかわいーとこあるよねー」
「あーそれ俺も思う。伏黒可愛いとこあるなーって」
「あ?!バカにしてんのか、虎杖っ」

虎杖と五条先生はこういう話題の時、かなり似た者同士だと思う。他人のことに首を突っ込みたがる小学生男子脳というやつだ。人をからかって楽しんでる辺りが似てる。昔の俺なら速攻でブチギレて帰ってただろうな、とふと思った。
と付き合う前の俺は人づきあいが得意な方じゃなかったし、常にイライラしてたから好き好んで近寄ってくる奴もいなかった。そんな俺を津美紀は心配してたみたいだけど、と付き合いだしたことを知った時、やけにホっとしていたのを思い出す。
きっと津美紀は分かってたんだろう。こんな俺を受け止めてくれるのも、変えてくれるのも、全部だってことを。

――ちゃんは凄くいい子だし、大切にしてあげてね。

姉貴らしいことを言いながら、津美紀は本当に嬉しそうな顔で笑うから、俺も「分かってる」なんて素直な言葉を口にすることが出来た。
そのすぐあと、津美紀は呪われてしまったから今の俺達を彼女は知らない。だけど、もし目覚めた時は「もう心配すんな」って言ってやれそうだ。昔の自分よりは、少しだけ人に優しくなれたから。
それも全部、のおかげだと思ってる。
アイツが傍にいてくれるから俺は津美紀のことがあっても、こうしてまだ立っていられるんだ。

「伏黒、そんな怒るなよー」
「別に怒ってない」

黙々と目の前に運ばれてくるポテトやら、チキンナゲットを食べてると、虎杖が顔を覗き込んでくる。さっきまでは人をからかって楽しんでたわりに、叱られた犬みたいな顔をしていた。それがちょっとだけおかしくて吹き出しそうになった時、スマホがぴろんと軽快な音を鳴らした。からメッセージが届いたらしい。

「お、から?」
「ああ。釘崎と服を買いに来たけど、どっちか迷ってるだと」
「ああ、写真も送って来てんじゃん。どっちがいい?ってかわいー。伏黒に決めて欲しいんじゃねーの」
「……覗くなって!」

勝手に画面を覗き込んで来る虎杖の顔を押しのけると、もう一度送られてきた写真を見る。そこには女物の服が二着写っていて、虎杖の言うように俺に決めて欲しいみたいだ。
メッセージには『恵はどっちが好き?』とある。
一着は少し大人っぽいネイビーのシャツワンピース。これからくる夏に向けて買う服らしく、肩の部分がノースリーブになっている。
もう一着は可愛らしい黄色……いや、少し暗めの芥子色のロングワンピース。こっちのタイプはも何着か持っている。マキシだか確かそんな名前のついてるやつだ。
俺はネイビーと端的に打ったメッセージを送信した。似たような物を買うより、普段はあまり着ない色の服を着てるが見たいと思ったからだ。
からは秒で「分かった!ありがとう、恵」とハート付きの返信が届いた。

「へえ、恵は大人っぽいのが好みなんだー」

いつの間にか先生までがスマホ画面を覗き込んでいる。ったく、油断も隙もあったもんじゃない。

「見ないで下さいっ」
「照れちゃってー。でも僕も今のシャツワンピ、に似合うと思うよ」
「……」

生徒のプライバシーは何もないに等しいらしい。ニヤニヤする先生は仏頂面で睨む俺に構うことなく、伝票を手にすると「そろそろ行こうか」と言い出した。
また勝手に、とは思ったが、このメイドカフェから出られるなら何でもいい。俺もすぐに席を立つと、虎杖だけが慌てていた。食いかけのパンケーキ――よくそんな甘ったるそうなもん食えるな――を全部口へ放り込むと、すぐに俺と先生を追いかけてくる。

「え、どこ行くの、せんせー!」
「んー?どこだと思う?」

五条先生は言いながら何故か俺を見てニヤリと口端を上げる。嫌な予感しかしねえ。

「恵がに会いたくなったんじゃないかなーと思ってさ」
「……何も言ってないっスけど」
「そんな顔してるでしょ」

……してない、とは言えなかった。自分が今、どんな顔をしてるのか分からないけど、多分五条先生が言ったような顔をしてる気もするからだ。
付き合いだしてから、休日に会わなかったことなんてないから、あんな風にメッセージが来ると妙に会いたくなったのは事実だった。ただ何故それを先生に見透かされたのかは――謎だけど。

「恵。と野薔薇はどこに行ったの?」
「あー、確か渋谷……」
「じゃあ僕らも渋谷に行こうか」
「は?マジで行くんスか」
「せっかくの休日だし、二人もいた方が楽しいでしょ」
「お、行こうぜ、行こうぜ!渋谷、俺も行きたい!」

五条先生の提案に虎杖はガキみたいにはしゃぎだした。コイツも釘崎と同じでミーハーなところがあるから、渋谷と聞いて目を輝かせてる。こういう素直な反応が先生からしたら可愛いんだろう。二人は大人と子供、教師と生徒のはずが、まるで兄弟みたいに並んで歩き出した。
捻くれてる俺は二人の少し後ろを歩きながら、先日がスマホに入れたアプリで彼女の場所を確認する。

――これでお互いのいる場所、確認できるし安心だね!

そんなことを言ってた時は「別にいつも一緒なんだし必要ねえだろ」なんて笑ってたけど、こういう時に役立つらしい。
渋谷までは山手線一本で移動できるから楽だ。約30分後には渋谷に到着。そのままアプリでの居場所を確認すると、10分前に見た時から移動はしてないようだった。

「カフェで野薔薇と休憩してるっぽいねー」

渋谷の地理に詳しい先生は、GPSの示す場所を見て二人がどこにいるのか分かったようだ。俺と虎杖を誘導しながら先生が先頭を歩く。そうなると自然に人が避けていくのはいつものことで、190超えの怪しいアイマスクをしてる先生は道行く人々の注目の的だった。そういう視線に慣れてる先生は少しも気にすることなく歩いて行く。

「なあ、先生って普段からアイマスクしてる人?怪し過ぎて視線独り占めしてんじゃん」
「……まあ。でもプライベートはさすがにサングラスしてる方が多いけど」
「サングラス……呪術師の人って目を隠してる人、多くない?学長もしてたし」

虎杖はどうでもいいことが気になるらしく、しきりに首を捻っている。これまで平和な世界で生きてた虎杖には、何故目を隠すのか、その理由すら想像が出来ないのかもしれない。まあ先生はまた特殊な事情だけど。

「あ、それより合流したらどこ行く?俺、腹減ってきた」
「さっきパンケーキ食ってただろ」
「あんなのじゃ足りねえもん。オヤツだし」
「オヤツかよ……」

そんなやり取りをしてる間に、先生の案内でと釘崎がいるであろうカフェに到着した。中を覗くと見事に女だらけでちょっとだけ顔が引きつる。

「あ、いたいた。と野薔薇、窓際の席に座ってる」

目のいい先生がすぐに二人を見つけて中へ入って行く。こんな女だらけの店にすんなり入れる先生が凄い。仕方なく俺も後から続くと、確かに窓際の席でと野薔薇の談笑する姿が見えた。入口側に背中を向けているはともかく、釘崎までがこっちに気づかない。何やらの話を真剣に聞いてるようだ。
何となく嫌な予感がしたのは、の声で「恵が――」と言うのが聞こえたせいだ。つい先生を追い越して二人のいる席へ足早に歩いて行く。

「――それでから改めて気持ちを伝えた時、伏黒はなんて応えたわけ?」

近づいた時、案の定そんな言葉が聞こえて、俺は思わず応えようとするの頭へゲンコツを落としてしまった。
突然現れた俺達を見たと釘崎は心底驚いてたけど、に至ってはGPSのことを忘れて「どうしてここにいるって分かったの?」と素で聞いてくるんだから苦笑しか出ない。
あげく念願の女友達との買い物だっていうのに、何でか俺の下着まで買ってくれてた。
口では「俺のもんなんか買わなくていい」と言ったけど、会ってない時でもそうやって俺のことを考えてくれてるのは地味に嬉しい。今となっては、そういう存在はしかいないから、余計に大切にしたいと思った。
俺には以外、もう何もないから――。

「帰ったらパンツ穿いて見せてね」
「……見せるわけねえだろ」

大胆なことを言いながら、俺の腕に自分の腕を絡めてくる彼女の額にデコピンを叩き込む。
えへへ、と笑う彼女を見ていたら、さっきまでのイライラもいつの間にか綺麗に浄化されていた。

「はい!そこイチャイチャしなーい!」

いつものように五条先生が騒ぎ出し、そこに虎杖や釘崎も乗っかって、「早速イチャついてる」だの「結局、来ちゃうんだから伏黒も案外寂しがり屋さんかなー?」だの、余計なことを言いだすから、小洒落たカフェがいっそう賑やかになった。
ウザ、と一言返しただけで、何倍にもなって返ってくるんだから、ほんとに面倒な二人だ。
でも――案外こんな賑やかな休日も悪くない、なんて思う俺がいて。
そう思えるだけ、俺も成長してるらしい。
俺と虎杖や釘崎の言い合いを見ながら、と先生が楽しそうに笑ってる。
そんな小さな幸せを感じた、ある日の午後だった――。

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