美しい終わりより
外を白く染めていく雪を眺めながら、ついてない…と呟く。こんなことなら、もっと早くに店を出るべきだった。
久しぶりの飲み会だったのと、思いがけない人の乱入で動揺したから、ついつい飲み過ぎてしまったのがそもそもの間違いだ。
硝子から「今夜、久々にどう?」と誘われ「いいね」と軽く返したまでは良かった。だけど、待ち合わせた店へ一歩足を踏み入れた途端、わたしはこの場へ来たことを後悔するくらいに動揺した。
「、お疲れ」
「…五条くん?」
まさか硝子が彼まで誘ってるとは思ってなかった。いや、彼の隣りに伊地知くんもいるけど。
あの様子じゃ硝子に無理やり誘われたのかもしれない。でも、五条くんは何で?そもそも彼は下戸だというのに、何でこういう飲みの場が好きなんだろう。
「ほら、伊地知。が来たんだし邪魔。どいてどいて。隣は可愛い女の子がいいから」
「全く五条さんは…」
五条くんが無理やり伊地知さんを追いやり、彼は硝子の隣へと移動した。でも彼からすればそっちの方が良かったんだろう。顔はまんざらでもなさそうだ。硝子は酒のメニューしか見てないけど。
五条くんは自分の隣を空けると「早く座りなよ」とサングラスをズラして見上げてくる。その表情も態度さえ、いつもと変わらないのが少し憎たらしい。
「お邪魔します…」
仕方なく五条くんの隣に座ると、彼は「はまずビールだっけ」とメニューを開いてくれた。彼の前には何故かジョッキにグリーンの飲み物が入ってる。どうせソフトドリンクだろうけど、ジョッキで飲むか?普通。
「小生ってやつでい?」
「うん。あ、あと――」
「枝豆ね」
「う…うん…」
何でも先読みして注文してくれる五条くんは何やら楽しそうで。お酒も飲めないのにこういう場に来るのは好きだという彼と、前は硝子や七海くんも入れてよく飲みに行っていた。最近はめっきり減ったけど。
ふと思い出したくないことまで頭に浮かびそうで、慌てて思考を切り替える。隣にいる存在のせいで、そう上手くはいかないけど、この場合は仕方ない。何とも言えない居心地の悪さを感じながらも、硝子や伊地知くんの手前、普段通りの元気な自分を演じながらお酒を煽った。
五条くんはお酒のつまみをおかずにしながら、相変わらず皆が困るようなネタを振ってはひとりで笑っていた。出張先で祓った呪霊の話まで面白ネタに出来る才能は高専の中じゃ彼が一番だと思う。ただ伊地知くんは食欲減少してるっぽいけど。
そんな五条くんの話を聞きつつ、わたしもだいぶお酒が進み、最後は硝子と同じく日本酒を飲んでいた。普段は飲まないけど、今時期の熱燗はいけるクチだ。体が温まるから飲み始めたけど、硝子が好きな日本酒は特に美味しいからグイグイ進む。だけどやっぱり久しぶりということで、途中から酔いが回って眠くなってしまった。
「硝子、ごめん。わたし、そろそろ帰るね」
「え、もう帰るのか?まだまだこれからだろ」
「でも今夜は雪予報だし…今を逃すとタクシーも拾えなさそうだもん」
「私は朝までコースだから雪が降ろうと関係ない。家も近いしね」
とろんとした瞳で微笑む硝子はやたらと色っぽい。伊地知くんがきっと最後まで付き合わされるんだろうな、と内心苦笑しながら、わたしはコートを羽織って席を立った。
「わたしは今朝早かったから、さすがに眠いし帰るよ」
「そうか。それじゃ朝まで付き合わせることは出来ないな。気を付けてね」
「うん。じゃあ、伊地知くん、五条くんも…また――」
ね、と言おうとした途端、何故か五条くんもコートを羽織って席を立った。
「送ってく」
「…え?」
「あーそうしてもらいなよ。もう遅いし、五条でもボディガードくらいにはなるだろ」
「いや、僕でもって酷くない?最強だからね、僕は」
「はいはい…。っていうか、お前が送りオオカミになるなよ」
「さあ?それは約束できないかもねー」
「な、何言ってんの?」
そんなの冗談でも言って欲しくない。
一度だけとはいえ、わたしを抱いたくせに――。
わたしと五条くんは高専で同級生だった。卒業後、あまり術師としての才能がなかったわたしは、早々に呪術師を諦め、一度は社会人ってものをやってみた。だけど、これが見事なくらい肌にあわず。毎日判を押すような同じ日々の繰り返しに、すぐ値を上げてしまった。目まぐるしい毎日を送っていた高専での生活が懐かしいと思い始めた頃、まるで見計らったかのように五条くんから連絡がきた。
『今ちょー人手不足でさー。、戻ってこない?』
最初はちょっと悩んだけど、五条くんにしつこく誘われたのもあり、結局、わたしも七海くん同様、二年もしないうちに高専へ出戻るはめになった。
幸い自分に呪術師の才能はなかったけど、教える才能はあったようで、今は五条くんと同じく高専で教師をやっている。硝子や五条くんとは同級生から同僚という関係に変わり、学生の頃とは違う――例えば今日みたいにお酒を飲んだり――楽しみも増えて、大人の遊びを満喫できるようになった。でも、そのせいなのか、それとも酔って気が緩んでいたのか、わたしは先月、とんでもないやらかしをしてしまった。
学生の頃から、実は密かに想いを寄せていた五条くんと、つい勢いで一夜を共にしてしまったのだ。
今、思えばバカだったとしか言いようがない。あの日もこんな風に飲んだ後、五条くんに送ってもらった。お酒で気が大きくなってたわたしは、まだ五条くんと一緒にいたいという思いを抑えきれず、つい自分の家に着くなり「寄ってく?」などと口走ってしまったのだから目も当てられない。
いや、でもすぐに「冗談だから」とは言った。言ったけど、五条くんは「取り消しは無効ね」と言って、半ば強引にわたしの家へ上がりこんだ。そこからはあまり覚えていない。五条くんと何を話したのかすらうる覚えで、後から考えれば、わたしは相当酔っていたんだろうと思う。じゃなければ自分から誘うような台詞なんて言うはずがない。
朝、二日酔いの気持ち悪さと共に目が覚めて、隣に五条くんがいた時の驚きといったら言葉では言い表せない。
「おはよー」
なんて五条くんは普段と変わらないテンションで言うから、実は何事もなく、ただ一緒に寝ただけなんだと思えてきたくらいだ。わたしも裸じゃなく、かろうじて部屋着にしてるTシャツを一枚羽織っていたし、五条くんも素っ裸ではなかったように思う。あまり彼の方を見られなくて、それも定かではないんだけど。
でもホッとしたのもつかの間、五条くんに「夕べのは凄かったね」なんて意味深なことを言われ、本気で固まってしまった。その日はどうやって仕事をこなしたかすら覚えていない。五条くんとも顔を合わせづらくて、今日まで避けて避けて、避けまくって、どうにかやり過ごしてきた。だいたい告白もしてないのに体の関係から入る、それも一回だけの関係なんて最悪だ。
あれ以来、五条くんからも特に個人的な連絡はなく、わたしからもしないから今夜はあの日以来、久しぶりに言葉を交わしているという気まずさ。出来れば、このまま五条くんを振り切って逃げだしたい気分だ。まあ、五条くんから逃げ切れるほどの脚力もなければ、酔いも手伝って走る気すら起きないから無理なんだけど。これが現実というやつだ。
「あーさみぃ~。これマジで雪降りそう」
「…うん」
外へ出た途端、冷たい北風が吹きつけて来て、五条くんは首を窄めながら空を見上げている。黙って彼の隣りを歩きながらも、こっそり横顔を盗み見たら、形のいい唇から白い吐息がふわりと漏れて、空へと舞い上がっていく。サングラスの合間から見える碧も相変わらず綺麗だな、なんて、ちょっと見惚れていた。
そんな視線に気づいて見下ろしてくる五条くんは、学生の頃より少し大人っぽい表情を見せる。彼の持つ独特の空気は、やっぱり好きだなと思ってしまう。
この気持ちは誰にも言ったことがない。仲のいい硝子にでさえ。言えば絶対に「、男の趣味ゴミすぎだな」なんて盛大に笑われるだろうな。
でも他の人にはそうでも、わたしにとっての五条くんは、青春時代を共に過ごした仲間であり、友達であり、初恋の人なのだ。同級生に今も片思い中なんて、チープな少女漫画を地でいってる自分に笑ってしまうけど、こういう気持ちって理屈じゃないから、最近はほんとに困ってる。
「ん?僕の顏に何かついてる?」
ジっと見上げていると、五条くんは苦笑気味にわたしの額を小突いた。その指先でさえ愛しいなんて、かなり重症かもしれない。
「うん」
「え、嘘。何ついてんの?」
「サングラス……の下に鼻と唇」
「………」
ボソっと呟けば、五条くんは呆れたように口を開けている。多分、サングラスに隠れた美しい瞳も、今はかなり細くなってるはずだ。
「あのね、。そういうの、もう古いから」
「でも引っかかったじゃない」
「今みたいのは引っかかったとか言わないし」
そう言って五条くんが笑った時だった。白いものがふわふわと空から落ちてきて、アッという間に大粒の雪へと変わっていく。
「あー…降って来ちゃった」
「通りでタクシー止まってないよね」
駅前まで歩いて来たのに、五条くんの言う通り、タクシーは一台も止まっていない。にも関わらず、すでに行列が出来ているのを見て、ちょっと驚いた。あの様子だと一時間以上、待たなければいけないかもしれない。
「はあ…ついてない」
「あれじゃ無理そうだなー。も寒いだろ」
「…うん。寒いし眠い」
アルコールもだいぶ回ってきてるから、今は睡魔の方が強い。本当なら今すぐベッドに倒れ込みたいくらいに。でも歩いて帰るのがキツいくらいには、わたしの家はここから遠いのだ。
はあ、と溜息をつけば、白い吐息が風に舞った。
「じゃあ、さ」
「ん?」
「僕んち、来る?」
「え?」
思わぬお誘いにドキっとして顔を上げると、五条くんはマフラーで口元を覆いながらわたしを見下ろしていた。
「五条くんちって…。あ、前に都内で部屋借りたって話してたとこ?」
「うん、そう。こういうことがあった時用の部屋だから」
「そ、そっか…」
平常心を装って頷きながらも、脳内はどうしようで埋まっていく。あんなことの後でも五条くんの方から誘ってくれたのは嬉しい。嬉しいんだけど、またなし崩しにそんな関係になっていいんだろうか。いや、まだそんなつもりで誘って来たかも分からないのに、何焦ってるんだ、わたしは!
ひとりで勝手に恥ずかしくなってると、何も気づいてなさそうな五条くんが「どうする?」と訊いてきた。
「えっと…」
ひょいっと顔を覗き込まれ、寒いはずなのに頬が熱くなる。ここで、すぐ「行く」なんて言ったら、軽い女だと思われるかも。って、すでに思われてる可能性大だけど。
考えれば考えるほど焦ってしまって何一つまとまらない。そんなわたしを見て業を煮やしたのか、五条くんはいきなりわたしの手首をガシっと掴んだ。
「え、ちょっと」
「はい、行くよー。の返事待ってたら凍えちゃうしねー」
五条くんは苦笑気味に言いながら、わたしを強引に引っ張って歩いて行く。凄く驚いたけど、でもその強引さが今のわたしには嬉しかった。迷ってるくせに、やっぱり五条くんとまだ一緒にいたいという気持ちは、少なからずあったから。
五条くんの借りてる部屋は、言ってた通りほんとに駅から徒歩数分のところにあった。高層マンションの最上階で、室内はどこのビップルームだと思うほど、お洒落な空間が出来上がっている。あまりゴチャゴチャしてないのが彼らしい。
「うわー凄い部屋…。家賃高そ~」
「まあ、僕、特級呪術師なんで」
「げ、やな感じ…」
大きなリビングの窓から外を眺めてたわたしは、つい振り返ってジト目で睨む。目が合った瞬間、彼は楽しそうな笑い声をあげた。
「何か飲む?あ、お酒はないよ、もちろん」
「あ、うん。わかってるよ。それにお酒はもういらない」
「んじゃーこれ」
五条くんは大きな冷蔵庫からお洒落な瓶のペリエをグラスに注いでわたしにくれた。
「ありがとう…はぁ~サッパリして美味しい」
「、かなり飲んでたもんね」
五条くんもペリエを飲みながら、マフラーを外し、コートを脱いだ。さっきは隣にいる五条くんをまともに見られなかったから気づかなかったけど、今日は高専の黒い制服ではなく、黒のタートルに黒のボトムスを穿いている。私服くらい黒じゃなくて他の色にしたらいいのに、と前に言ったら「呪術師が真っ白い服を着てんのって何か違わない?」とよく分からない言葉が返ってきた。イメージの問題らしい。五条くんは絶対に白も似合うと思うのに。
「、寒くない?風呂でも入る?それとも寝る?」
「え、あ…さ、寒いけど…」
「だよね。コート脱がないしそうだと思った」
五条くんは笑いながら暖房をつけると、すぐにバスルームへと歩いて行く。でもさすがに五条くんの部屋でお風呂に入るのは気まずい。
「あ、あの…五条くん…お風呂はいいってば」
「そう?でも寒いでしょ」
「平気。暖房も効いてきたし」
「ならいいけど…あ、じゃあ寝る?、眠たいんだよね」
「う、うん、まあ…」
五条くんはお酒を飲んでいないからか、いつも以上にテキパキと動いてわたしを気遣ってくれる。その姿を見ていると、今日まで避けて来たことに罪悪感を覚えた。
いっそ、あの日のことをきちんと聞いてみようかな、なんて思いが過ぎる。
「あ、あの…五条くん」
「、こっち来て―」
「え…?」
振り返ると五条くんはいつの間にか寝室に行っていたようで、廊下から声が聞こえてきた。すぐに声のした方へ行くと、五条くんは寝室でベッドを整えてくれている。
「ここ使って。僕もまだここそんな泊ってないし、布団とか全部揃えてないんだけど毛布はあったから」
「あ…ありがとう…。え、五条くんは?」
「僕はどこでも寝れるから平気」
「え、で、でも寒いよ?雪降ってるのに…」
部屋を出て行こうとする五条くんが心配になって言えば、彼はふと足を止めて振り向いた。
「じゃあ…、一緒に寝てくれる?」
「え…っ?」
「この前みたいに」
その一言にドキっとして心臓が飛び出すんじゃないかと、バカなことを考えてしまった。これまで普通に会話をしてたから、その話題を出すのはどうかと躊躇っていたけど、まさか五条くんの方から言ってくるとは思わない。
「…えっと…」
返事に困っていると、五条くんはゆっくりとわたしの方へ歩いてきて「やっぱ後悔してる?この前のこと」と訊いてきた。驚いて顔を上げると、五条くんはサングラスを外して、その碧い輝きをわたしへ向ける。五条くんのこの瞳に、わたしは凄く弱い。
五条くんと目が合うと、心の中を全てを持っていかれそうなほど、どうしようもなく好きだと感じてしまうから。
「こ…後悔なんかしてない」
「え、でもあれからずっと避けられてた気がするんだけど」
「そ、それは…ご、ごめん…」
「僕としてはちゃんと話したかったんだけどね」
ポンと頭に手が乗せられ、ふと顔をあげれば五条くんの唇が綺麗な弧を描いている。どうしてそんなに優しい眼差しを向けてくれるんだろう、と胸が何かに掴まれたみたいに苦しくなってしまう。
「話すって…何を?」
「の気持ちとか、僕の気持ちとか?」
「って、ちょ、何で脱がすの?」
五条くんの指がわたしのコートのボタンを一つ一つ外していくのを見て思わず後ずさった。それでもその長い腕からは逃れられず、簡単にコートを脱がされてしまう。
「だって寝るのにコートはいらないでしょ」
「そ、そうだけど…って、ふ、服はいいってば」
いきなり着ていたニットに伸びて来た五条くんの手を反射的に掴むと、彼は僅かに笑みを零した。
「もしかして、このまま寝る気?」
「だ、だって…」
「まあ、いいけど」
と、言った五条くんはわたしの手を引いてベッドへ座らせると「どうせベッドで脱がすから」と意味深な言葉を吐いた。あげくには固まったわたしを見下ろして、少し不機嫌そうに目を細めるから、急に不安になってくる。やっぱり散々避けてたこと怒ってるのかもしれない。そんな心を見透かすように、五条くんが言った。
「、この前のこと覚えてないんだろ」
「え…っ?」
「僕と話したこと」
「そ…それは…えっと…」
話?あの日、何の話をしたんだろう。確かに覚えてはいないんだけど。
わたしが目を泳がせてしまったからか、五条くんは肯定と受け取ったようで深い溜息を吐かれた。そこまで呆れなくても、と落ち込んでいると、不意に五条くんが身を屈めて、目の前でわたしを見つめてきた。
「いいよ。後で教えてあげる」
「え…?ん…っ」
何かを言う隙もなく、互いの唇が重なりあう。驚いて目を見開いたと同時にベッドへと押し倒され、気づけば五条くんの顏が真上に見えていた。
彼の碧い双眸は熱を孕んでいるというより、どこかスネたように細められている。
「ご…五条く…ん?」
言葉を発する前にまた唇が塞がれ、角度を変えながら優しく啄まれる。心臓がドキドキうるさくて、触れ合う唇の熱で全身まで火照ってくるような気がした。
その時、唐突にあの日のことを思い出す。
あの夜も、こうして五条くんとキスを交わしている光景が脳裏を過ぎって、ひときわ大きく鼓動が跳ねた。
「ご…ごじょ…んぅ…」
薄く開いた唇からぬるりと舌先が侵入してきて、全てを食べられてしまうんじゃないかと思うくらい口内を貪られる。静かな室内に唇が交わる音が響いて、全身の力が抜けていく。それを見計らったかのように、五条くんは器用にニットを脱がしにかかった。冷えた室温を胸元に感じ、ハッと我に返る。慌てて腕で隠すと、五条くんは軽く笑って、その腕を外していく。
「隠さないで」
耳元で囁かれた瞬間、ゾクリと肌が粟立つ。同時に耳を彼の舌が掠めていき、甘い刺激が首元に広がっていく。
「ん…っ」
耳の穴に舌先を差し込まれ、卑猥な音が直接脳へと伝わってくるのが恥ずかしい。心の準備も出来ないまま、いつの間にか背中に回っていた手が、器用にホックを外していく。あっと思った時には胸元が緩むのが分かった。つい恥ずかしさで身を捩る。まだ何も話してないのに、前と同じように抱かれるのは、やっぱり少し怖いと思った。
「今日はあまり酔ってない…?」
「…んぁ…そ…そんなことな…ぃ」
首元に吸い付きながら、五条くんが「今日は敏感だから」と笑みを含んだ言葉を投げかけてくる。じゃあこの前はどうだったんだと、また忘れてる記憶を探してしまいそうになった。
気付いたら五条くんの手が無防備な胸を揉みしだき、再び唇が重なり合う。執拗に舌先を絡めながら、五条くんは指で胸の尖りを優しく擦り上げてくる。その刺激で体が勝手に反応してしまうのが恥ずかしい。恥ずかしいと思うのは、やっぱり酔いが冷めてきている証拠なのかもしれない。
「…感じてる姿も可愛い」
「そ…そういうこと…言わない…で」
ゆっくりと唇を離した五条くんは扇情的な笑みを浮かべて、言葉でわたしを煽ってくる。首筋を唇でなぞるようにしながら、その先の膨らみにも口付けた五条くんは「照れてるはもっと可愛い」と、硬く主張している場所を口へ含んだ。
「んあ…っ」
指先で弄られ、舌先が尖りを丁寧に舐め上げていく感覚に、お腹の奥が疼くように熱くなる。それを敏感に察したのか、五条くんの手が太ももを撫でながら指先が下着の中へ吸い込まれて、すでに潤んでいる場所へと到達した。
「、これだけで凄い濡れてる…気持ちいい?」
「だ…だから…や…っ」
指が敏感な芽を何度も往復していき、甘い刺激で更に奥からトロリとしたものが溢れてくる。五条くんの好きなように触られてるのが死ぬほど恥ずかしいのに、抗議の声はすぐに嬌声へと変わってしまうから嫌になる。
「…んんっ」
遠慮のない指先が泥濘に押し込まれ、ゆっくりと抽送を始めた。指で擦られるたびに卑猥な音がするのは、わたしが感じすぎてるせいだ。胸の尖りを舌先で擦られ、指が何度もやらしく轟く。同時に親指で主張し始めた芽を押しつぶされ、強い刺激で声が跳ねてしまった。
「や…ごじょ…く…」
「いいよ、イって」
指の動きが次第に激しくなり、声が洩れそうな口を五条くんの唇で塞がれる。敏感に感じるところを執拗に弄られ、再び芽を擦られた瞬間、背中がしなるくらいに体が震えて、五条くんの指を締め付けてしまった。
「この前も思ったけど…イった時の、ちょー可愛いよね」
「……な…やめ…て…恥ずかし…い…」
乱れる呼吸を整えようとしてるのに、五条くんは蕩けるような甘い瞳でそんなことを言ってくる。それだけでも、はしたないくらいにあそこが疼いてしまうのが怖い。
でも、ということはやっぱりあの夜、わたしは五条くんと…
そんなことを考えていたら、いつの間にか服を脱いだ五条くんが覆いかぶさってきた。額をくっつけ、切なそうな吐息を吐きながら「挿れていい?」と聞いてくるのは反則だと思う。それに返事をする前に、彼の指が下着を引っかけ、ゆるゆると下げていく。
「ちょ…っと待っ」
「今夜はもう待ってあげない」
五条くんはわたしの唇や頬にキスを落としながら、そんな台詞を呟く。そのうち下着は脱がされ、硬く膨張した先端が濡れそぼる場所にあてがわれた。珍しく余裕のなさそうな五条くんに、また胸が鳴って、これから先にもたらされることを思うと少しだけ怖くなる。あの夜のことを覚えていないから、今がわたしにとっては五条くんとの初めてなのだ。
(…ん?でも…ちょっと待って。いや…違う。今、五条くん…今夜はって言った…?)
小さな違和感にふと視線を上げた時、もろに五条くんと目が合った。わたしのその表情で気づいたのか、五条くんはイタズラを見つかった子供みたいな笑顔を見せる。
「…ご…五条…くん…まさか…」
「あ、バレた?」
「…あ、あの夜、もしかして…」
「うん。ほんとはキスだけ。あとは何も……してない」
え、と声をあげようとした時、五条くんはニヤリと笑い、容赦なく昂った自身を押し進めた。その圧迫感と激痛に、わたしは大きく息を吸い込んだ。
「…僕にあっさり騙されるなんて、ほんとは可愛いよね」
全てを受け入れた場所からは声も出ない程の痛みが走り、五条くんも辛そうに吐息を吐いた。
「この前は、初めてだって言って怖がったから…やめたけど…今日はやめてあげないって、さっき決めた」
せっかく告白してくれたのに、あっさり忘れたが悪い。
痛いのを必死で堪えてるわたしに、そんな言葉をぶつけた五条くんは、情欲に孕んだ瞳で微笑んだ。
「ずっと好きだったのは僕も同じだよ――」
悔しいくらいに綺麗な顔で、五条くんはわたしを騙した。なのに少しも腹が立たない。今の彼の告白で、全てが帳消しになってしまった。
何もないまま失うよりは、騙されたまま、彼に抱かれたいと思ったから。
「…少し痛み引いた?」
「……う、うん」
「じゃあ…動くよ?」
どうやらわたしの為に我慢しててくれたらしい。そういう何気ない気遣いとか、本当に好きだなと思う。
わたしが黙って頷けば、五条くんは小さく息を吐き出して、ゆっくりと抽送を始めた。
「…は…っ…気持ち良くて…我慢出来ない…かも」
切なそうに呟いた五条くんは、緩急をつけながら少しずつ腰を速めて打ち付けてくる。痛みで声が何度か跳ねたけど、五条くんの初めて見せる快楽を貪るような顔を見ていると、それも我慢できた。
学生の頃から彼が好きで、大人になってもまだ好きで、でもどんどん素直じゃなくなったから何も言えなくて。あの夜、わたしが酔って彼を誘わなければ、今夜の嘘もなかったし、こうして想いを成就させることもなかった。
あのまま片思いで終わらせなくて良かった。
「…――」
五条くんの動きが速くなり、わたしの意識が飛びそうになる。互いの熱で全身が汗ばむのが分かった。
「…んんぁ…っ」
一層速くなった律動で、痛みとは違う痺れが混じってくる。その瞬間、五条くんが体を軽く震わせるのが分かった。ずっと心に溢れていた気持ちを、もう抑えきれない。「五条…くんが…好き」と初めて言葉にすれば、浅い呼吸を繰り返していた彼は、わたしの濡れた目尻にキスを落として、最後に本音を囁いた。
美しい終わりより、無様な続きが欲しかった
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