三.少女の願い

天夜の話はこうだった。

500年前、呉羽くれはの娘、鬼姫の紅葉もみじと、当時の五条家の嫡男が当主となる際に交わりの儀をした後で、後に嫡男と妻との間に六眼が生まれた。
その六眼が次の当主となった際、己のパートナーである鬼女ではなく、自分の父と交わった呉羽の娘、紅葉が健在だったことから、紅葉を自分のパートナーに、と異例の申し出をした。
それはより強い力をもたらす為 そして再び六眼をこの世に生み出す為だ。
その異例とも言える申し出を了承したのは当時の鬼の長である紅葉本人だった。
二人は生気交換の儀を経て行くうちに、これまでにない繋がりを感じていく。
そして六眼の当主と紅葉が遂に交わった際、身も心も強く惹かれ合い、当主は紅葉を妻にすると言い出した。

当然、五条家一族と当主である六眼の妻は激怒したが、当主は妻子を捨て強引に紅葉を自分の正妻にした。
紅葉も己のつがいである天狗の夫とその息子を捨て、六眼の元へ走った。
鬼との結婚で子が出来ては困ると、五条家と鬼族は二人の仲を引き裂こうとしたが、過去の因縁で禪院家と冷戦状態だった五条家の当主は、禪院家と決着をつけるべく戦い、相討ちとなり、死亡。
結果、二人の間に子が出来ることはなかったものの、愛する人を失った紅葉は姿を消し、後にとある海へ身投げをしてこの世から姿を消したと風の噂で知った。
しかし紅葉の遺体は最後まで見つからなかったことで、実際のところは誰も知らない。
以後、六眼が生まれた時、再び鬼姫がパートナーになった場合、通常よりも強い繋がりを持ってしまうと考えられ、結果周りだけでなく当事者の二人も不幸になるという話が実しやかに語られて来たそうだ。

「…これが…さまの母君から聞かされた話だ」

話し終えた天夜は深い溜息と共に、五条、そしての二人を見つめた。
他にもいくつか逃げた理由はあるのだが、告白する中で一番もっともらしいものを上げておく。
だが五条は「アホくさ」と一言、呟いた。

「その時の六眼が力を求めて紅葉って姫を選んだ気持ちは分からなくもねーけど、どんなけ歳離れてんだよ?そんな相手に本気で惚れて妻子を捨てた?ありえねー」
「鬼はオマエ達人間よりも老いるスピードは格段に遅いんだ。いくら実際に年が離れてようと当時の六眼に紅葉姫が魅力的に映ったとしてもおかしくはない」
「あーっそ。だからって俺とがそうなるとは限んねーよなァ?つーか父親がヤった相手とヤるとか、いくら力と六眼が欲しかったからとは言え、俺の先祖も趣味悪すぎ」
「悟さま…!そのような下品な物言いはお止め下さい!」
「オヤジみたいなこと言うんじゃねーよ、武長」
「ですがさまが困っておいでです」
「あ?」

武長に言われ、ふと隣にいるを見下ろせば、彼女は耳まで赤くした顔で五条を睨んでいる。
着物の裾を両手でぎゅっと握り締め、は五条と目が合うとプイっと顔を反らした。

「あ~ガキんちょには刺激強い話だったかー。ま、安心しろ。俺はオマエを正妻にしようなんて思ってねーから」
「私だって悟の奥さんになりたいなんて思ってない…っ」
「あーそーかよ!良かったなぁ?天狗。心配が杞憂に終わったようだぜ?」
さまはまだ目覚めていない…。生気交換の儀すら行ってないうちから決めつけない方がいい」
「はあ?アホらし…。おい、、もういいだろ?戻るぞ」
「…お兄ちゃんをこのままにしておくつもり?!」

五条にグイっと手を引かれ、は慌てて足を踏ん張った。
兄ではないという事実は理解したが、やはりこの歳まで育ててくれた天夜はにとって家族も同然だ。その家族をこんな薄暗い場所で鎖に繋いでおくことは出来ない。

「あ?さっき説明したろ。制約違反したヤツは―――」
「やだ!殺さないでっ」
「あぁ?!んなの知らねーよ!ルールを破ったヤツ助けちまったら同じようにルールを破るヤツが現れる!簡単に破られちゃ制約の意味がねーだろがっ」
「……ッ」

五条の厳しい言葉にも言葉が詰まる。五条の言っていることは正しい。
人間の世界で生きて来たとて、そのルールを守って暮らして来た。
この世の法律で殺人が罪とされているように、一度でも人殺しを見逃せば、また新たに人殺しが現れることは想像に難くない。
けれども、にとって天夜のしたことがそこまで酷いことだとはどうしても思えなかった。

「ほら、戻るぞ。
「……戻りません」
「はぁ?」

その場から動こうとしないを振り返り、五条は呆れたように溜息をつくと、トレードマークであるサングラスを徐に外し目を細めた。

「オマエなぁ…。天狗に会いたいだけだっつってたろ。だから望み通り会わせてやった。今度はが言うことを聞くべきじゃねーの」
「分かってます…。でも…お兄ちゃんのこんな姿を見て放っておくなんて出来ない…。せめてケガの治療を―――」
「あのな…天狗は自己再生できんの。治療なんて必要ねーんだよ」
「自己…再生…?」
「見てみろ。ケガは塞がってきてる。つーか天夜…だっけ?オマエからも"妹"に言うこと聞くように言えよ」

天夜は不愉快そうに細められた碧眼を見ながら、どこか懐かしげにそれを見つめた。
会った事はない。だが遺伝子に刻まれているかのように、鬼姫呉羽の美しい碧眼が脳裏を過ぎる。

さま…彼の言うことをお聞き下さい」
「お兄ちゃん…普通に話してよ、前みたいに…。私は…妹でしょう…?」
「違います。アナタは鬼姫。私はアナタを守護する番人です…。いずれアナタが目覚めたら五条家へ送り出す。そう決めてこの16年間生きて来ました。それが叶ったのですから心残りは御座いません」
「お兄ちゃん…」

天夜の優しい眼差しを見つめながら、はその漆黒の瞳を揺らしている。
しかし五条は天夜の言葉を聞き、更に眉間を寄せた。

「オイ、オマエ…最初からが目覚めたら五条家に連れて来るつもりだったのか?」
「当然です…目覚めてしまえば人としては暮らせない…。人を喰らう鬼になるんですから」
「だったら最初からさらわなきゃ良かっただろ。六眼と姫がパートナーになるのは変わらねえなら」
「いえ…アナタが…六眼が生まれた17年前、世界の均衡が大きく変化した…。アナタの周りは殺意と敵意に満ちていた…違いますか?」

1989年12月7日、この日五条悟がこの世に生まれ、それまでの力の均衡は一気に破綻。
六眼を邪魔と思う呪詛師が次々にその命を狙い、悉く失敗はしたものの、常に五条の周りは誰かの呪いで満ち満ちていた。

「一度はパニックになり連れ去った。だが冷静に考えた時、姫を五条家へ連れて行くのは今じゃないと思った…過去のことも踏まえて俺にはさまの安全を考える必要が―――」
「ハッ。確かに俺はガキの頃から命を狙われてた。懸賞金付きでな…。当時が傍にいれば同じく命を狙われただろう。けどな…結局俺の傍が一番安全なんだよっ」

カッとなった様子で声を荒げる五条を見て、天夜は不敵にも笑みを浮かべた。

「では……制約通りさまを心より慈しんで頂ける、ということですね…?」
「…あ?」
「アナタは初代の六眼よりも粗暴のようだ…。さまにそのような態度は控えて頂きたい」
「何様だよ、テメェ。俺に指図すんな!行くぞ、!」

五条はイライラしながらも再びの手を引き、歩いて行こうとした。
だがやはりは足に力を入れ、その場から動こうとはしない。

「おい…いい加減に―――」
「私…私もここに入ります…」
「は…?」
「…悟は一人で戻って。私は逃げないから。それに離れより牢屋にいた方が悟も安心でしょ…?」
「バ…バカ言うな!鬼姫のオマエを牢屋に入れられるわきゃねーだろっ」

の一言で、五条、そして武長も慌てたように「いけません」と首を振った。

「鬼姫さまは大切に慈しむようにと制約にも御座います。一時でもこのような場所にお入れするわけにはいきません」
「でもお兄ちゃんがこのままじゃ心配で戻れません…。私はここに残ります」

キッパリと言い切るの目は真剣で、梃子てこでも動かぬといった様子だ。
五条は盛大な溜息をついた。

「…武長ぁ」
「はい、悟さま」
「オヤジにこのこと話して、天狗の監禁を解くように言え」
「は?ですが―――」
「いーから!コイツはここじゃなく本家の方で繋いでおく」
「…畏まりました」

五条の一言に武長は軽く頭を下げると足早に通路を歩いて行く。
それを見ていたが驚いたように目の前の五条を見上げれば、すぐに不満げな碧眼と視線がぶつかる。

「悟…?」
「これでいーんだろ?言っとくが今はまだ地下牢から地上に移すだけだ」
「え…」
「けど俺からオヤジに粛清しないよう進言もしてやる」
「え…ほんとに?」
「話を聞けばコイツもが目覚める時はウチに連れて来る意思はあったようだしな。もう逃がすなんてことはしねえだろ」
「悟…」

監禁を解くだけじゃなく、天夜の命が助かるかもしれないと聞き、はやっと笑顔を見せた。

「まあ、それに…元々鬼同様、天狗も数が少ない。一人でも多く残して鬼女と番いになってもらった方が繁栄の為にはコッチも都合がいいんだよ」
「……鬼女と…つがい?」
「ああ…オマエは知らねーか。鬼はそもそも女しかいない。逆に天狗は男だけ。鬼と天狗が番いになって初めて子供が生まれる。生まれたのが女なら鬼女、男なら天狗って具合にな」
「そ…そう、なんだ…」
「見たとこ、天夜にはまだ番いはいないようだし、未来の為にオヤジが生かす価値ありと判断したら特例で今回の事は不問にしてくれるかもしれない」

五条の説明を聞き、まだ希望があると分かるや否や、影っていたの表情も明るいものへと変わって行く。
どんなにゴネても、きっと天夜を助けることは叶わないのだろうと思っていただけに、喜びが全身に溢れるようだ。

「っつーことで、そろそろ行くぞ。ここはカビ臭くてかなわねぇ…」
「…うん」

五条に手を引かれ、は今度こそ、後ろから着いて行く。
最後に天夜の方へ「もうすぐ出してあげるからね」と声をかけると、五条の後から追いかけて行った。そんな二人を見送りつつ、天夜は小さく息を吐きだす。

「どうやら…まだ少し猶予がもらえそうだな…」

それは安堵の色が滲むつぶやきだった。







「どうだった?」

外に出ると夏油が先ほどの場所で待っていた。
五条は仏頂面のまま、その長い足を離れの方へ向ける。

「どーもこーもねーよ。コイツ、ちょー頑固」
「頑固?」

夏油は不思議そうな顔で五条に手を引かれているを見た。
あの五条に"頑固"などと称された少女は、それでも先ほどよりは表情も柔らかく、精神的にも落ち着いたように見える。
いったい地下牢で何があったんだ?と夏油が訝しく思っていると、その答えはが教えてくれた。

「あのね、悟がお兄ちゃんを助けてくれたの」
「え…?悟が?」
「助けたわけじゃねーよ!ああでもしねーとオマエ、マジで天狗と一緒に地下牢入る気だったろーが」

ますます不機嫌になっていく五条に、夏油は内心なるほど、と苦笑を漏らした。
きっと天狗の処分についてが我がまま、まあ良く言えば進言した、という所だろうか。

(悟の事だから安全面において何も根拠がない場合はそんな甘さは見せないだろうが、確実に天狗が五条家にとって仇名す者ではないと判断したんだろう)

夏油なりに何があったのかを分析しつつ、あの天上天下唯我独尊の親友を困らせる存在が現れたことに楽しみを見いだし、笑いを噛み殺して二人について行く。

「あー俺のアイスが…」

離れの前まで来た時、五条が先ほど放り投げたコンビニ袋の中で、すっかり溶けきったアイスが無残なことになっていた。
この炎天下の中に放り出されたのでは形をなくすのに数分も持たなかっただろう。

「また買いに行くかい?」
「面倒だけどすっかりアイス脳になってっし行くかぁ…」

五条は溜息交じりで立ち上がると、その袋をに預けて「これ捨てとけ」と言い放った。

「アイス…?」
「今また買って来るから。あ~オマエ、離れで待ってろ。ってか何か好きなアイスあんの?」
「一緒に行っていい?」
「…は?俺の話、聞いてた?」
「一緒に行きたい」

顔をしかめている五条を見上げ、は「逃げないから…」と哀願とも言える表情を見せている。
五条も予想外だったのかぐっと言葉を詰まらせたが、が逃げないのはもう分かっている。
兄と慕う天夜が五条の手にある限り、は一人で逃げ出したりはしないだろうし、逃げたところで行くアテもないのだ。
だが勝手にを連れ出していいものなのか、と五条は困った様子で頭を掻いている。

「いいじゃないか。コンビニはすぐ近くだし、そこまでの短い距離を散歩がてら出してあげるくらい」
「そりゃそーだけど…」
「お願い…。ずっと閉じ込められてて息が詰まる…」

は悲しげな顔で俯き、ボヤいている。
確かに一週間も離れに軟禁状態ではそろそろ外の空気を吸いたいだろう、とは五条でも思う。

「ま…これもコミュニケーションの一つか…」
「…え?」

父に言われたことを思い出し、五条は勝手に連れ出す理由を作ると「んじゃあ行くぞ」とに向かって声をかけた。
途端にの表情が明るくなり、自然な笑顔を見せる。

「いいの?」
「逃げねーんだろ?」
「うん!ありがとう…悟」
「……別に礼を言われるほどのことじゃねぇだろ。コンビニ連れてくくらい」

五条にしてみればは生意気で、散々盾突いて来る存在だが、この笑顔は嫌いじゃない。
ふと思いながら、溜息交じりで門の方へ歩いて行く。
と夏油もそれに続き、五条家の大きな門をくぐる時、使用人たちが一斉に驚いた。

「さ、悟さま…。さまを連れてどちらへ…?」
「コンビニ―。すぐ戻ってくっから、いちいちオヤジに言うなよ?」
「か、畏まりました…」

この五条家では当主と同じ発言力を持つ嫡男の言葉に、使用人一同が頭を下げる。
それを尻目に五条達はコンビニまでの道のりをのんびり歩いて行く。
に至っては五条家の敷地外へ初めて出たことで、辺りをキョロキョロ見渡していた。
連れて来られた時はパニック状態だった為、あまり景色などを見ていなかったのだ。

「この塀ずーっと続いてるけど、全部五条家の敷地…?」
「あ?あーまあな」
「ふーん。周りの家も大きい家ばかりだし、五条家と関係あるの?」
「この辺一帯の土地はウチのもんなんだ。周りの家も、まあ親族やら血縁関係のある奴らのかな」
「凄い…この一帯が五条家の土地なんだ…ふえー」

は素直に驚いているようだ。

「この辺りは平安時代にもあったんだろう?歴史がある場所というのは落ち着くな」
「俺は傑のそういう感性がわかんねー」
「そう言う場所ってパワースポットって言うのよね。テレビでやってた」

が女子中学生らしいことを言い出した。
近年では人を癒やすとされる場所をパワースポットなどと呼び、テレビで特集を組まれたりすることから、そういった所には多く人が集まる。
そのせいで別のものを引き寄せやすくなる場所も少なからずあるというのを、五条と夏油は"職業柄"よく知っていた。

も好きなの?そういう場所」

夏油が尋ねるとは軽く首を傾げながら、

「うーん…学校の子達が騒いでたから気になってたくらい。でも一緒に行く友達もいなかったし」
「あちこち転々としてたんだっけ」
「うん…だから友達は殆ど作れなかったなぁ」

は少し寂しげな顔で呟いた。
暫し沈黙になり、の履く桐下駄のカランコロンという小気味いい音だけが響く。

「…ってかオマエ、もう逃げなくていいんだし好きなだけ友達作れんだろ」
「え?」

不意に五条が口を開き、がハッとしたように顔を上げた。
前を歩く五条は呆れたような顔で振り返り、

「だーから。オマエが目覚めた後は家の近くの学校に通わせるってオヤジも話してたから、そこで友達作れよって話」
「え、私、学校行けるの…?」
「あ?当たり前だろ。はまだ中3なんだし。何だよ、一生あそこに閉じ込められるとでも思ってたわけ?」
「だ…だって…私…鬼になるんでしょ…?いいの?また学校に行って…」

すると五条は突然足を止めて、の方へ戻って来た。
も驚いて足を止めると、五条は彼女の額を軽く小突く。

「ぃた…っ」
「バーカ。オマエが鬼になっても普通に暮らせるように生気交換の儀をやるんだろーが。その為に俺がいる」
「…悟」
「まあ…鬼は長いこと青年期があるから普通の会社に就職すんのは厳しいかもしんねーけど」
「それは…彩乃さんから聞いた」
「そ。まーだから大人の鬼は大半、五条家が関係してるとこで働いてっけどな。俺らと同じ呪術師になってるヤツもいるし」
「呪術師…?」
「鬼も呪霊は祓えるんだよ。まあ、鬼は呪霊を喰らうっていうけどな。人の生気を吸うみたいに呪霊の呪力を吸うらしい。あくまで呪霊だから生きる為の生気にはならねーらしいけど」
「呪霊を…喰らう…」
「へえ…私の能力に近しいものを感じるね」

その話を聞き、夏油が苦笑する。
夏油の術式は呪霊操術と言い、屈した呪霊や自分より格下の呪霊を取り込み、自分の戦力として呪霊を操ることが出来る。
しかし取り込む際、呪霊を口から丸のみするらしく、それが言葉では表しにくいほどにマズいと夏油は笑った。
は説明を聞いても、あまりピンと来ないようだ。

「ま、目覚めたらそのうちオマエも気づくようになるさ。これまで見えなかったバケモンがな」
「ば…化け物…?」
「鬼のクセに怖いのかよ」
「だ、だって…」
「オマエは鬼姫だ。その辺の呪霊より数万倍、強い。心配すんな」

五条はの頭に乗せた手でぐりぐりっとすると、見えて来たコンビニへと歩いて行く。
その後ろ姿を見ながら、は乱れた髪を直した。

「悟と夏油さんも呪術師なんですよね…?」
「ああ。傑でいいよ」
「え?」
「私のことは傑って呼んで。夏油さん、なんて呼ばれるのは慣れてない」
「はあ…」

ニッコリ優しく微笑む夏油を見上げながら、は素直に頷いた。
一つ年上と言うが、夏油は五条よりも遥かに落ち着いていて、だいぶ大人に見える。

「早く来いよ!」

その時、五条がイライラしたように叫んで来た。
夏油はやれやれといった顔で笑いながら、コンビニへと入って行く。
その後ろからも続くと、「いらっしゃいませー」と言う店員の声が聞こえて来た。
久しぶりに外へ出たは、そんなことすら懐かしく感じて、欲しくもないのに色々な商品を手に取り眺めている。

「おい、オマエ、何が食いたいんだよ。早く選べ」
「え…?」

振り返ると、五条が冷凍コーナーのところで手招きしている。
が歩いて行くと、冷凍庫の中には色んなアイスが並んでいてどれも美味しそうだ。
しかしはそこで自分がお金を持っていないことを思い出した。

「あ…私、お金ないよ…?」
「あ?んなもん知ってる。俺が奢ってやっから好きなの選べよ」
「う、うん…。ありがとう」

少し驚きながらもがアイスを選んでいると、それを眺めながら「いつもそう素直だったらな…」と五条が呟いている。
だが真剣にアイスを選んでいるには運よくそのボヤきは届かなかったようだ。

「じゃあ…これ」
「げ、オマエ、俺と同じかよ」
「え、だって夏はコレでしょ?」

は夏の定番であるカキ氷系のアイスを選んでカゴへと入れた。

「え、それだけ?他には」
「え…そんな食べられないし…」
「別にアイスじゃなくても他に何か必要なもんとか欲しいもんねーの?」
「いいの…?」
「ついでだから何かあるなら買ってやるし選んで来いよ。なるはやでな」
「わ、分かった…」

いつになく優しい五条に驚きながらも、は先ほど見ていた雑誌コーナーに行った。
五条家にいると食事はもちろん、他の必要な雑貨やはたまたお菓子なども好きなだけ出て来るので、特に困るということはない。
だがの好む雑誌などはやはり置いてないのだ。
部屋にいると退屈なのでは何冊かファッション雑誌や小説などを手に取った。

「そんなもんでいーの?」
「わ…っ」

いつの間にか背後に五条が立っていて、は思わず声を上げた。

「うん…部屋にいると退屈だし、部屋に置いてある本は呪術関連のものばかりだから…」
「あーまあ、あんなもん読んでもクソ面白くもねーよな」

五条は笑いながらの持っている雑誌類をカゴに入れると「他には?」と訊いて来た。

「これで十分」
「あっそ。んじゃー会計して来るから待ってろ」

五条はそう言ってレジへと歩いて行く。
は店内を見渡しながら出口へ向かったが、ふと壁に貼ってあるポスターの前で足を止めた。
そこにはもうすぐ近所で夏恒例の―――。

「…花火大会。行きたいの?」
「え?あ…」

特に買うものもなかった夏油は雑誌コーナーで本を読んでいたのだが、やはり買うほどでもなかったらしい。手ぶらのまま歩いて来ると、そのポスターを眺めている。

「もうすぐ、この近くでやるみたいだね」

夏油はポスターの近くに同じく花火大会の詳細について載っているチラシを手に取ると、それをへ渡した。

「行きたいなら悟に頼んでごらん」
「え…でも…きっとダメって言われるし」
「大丈夫だよ。悟が付き添えばいい話だし、私も一緒に頼んであげるから。ね?」

夏油はそう言って微笑むと、会計を済ませて「帰るぞー」と店を出て行く五条を追いかけた。

「悟、これ行かないかい」
「何…花火…?あーこれ俺がガキの頃からやってるやつだ」
が行きたいみたいなんだ」
「…はあ?オマエ、こんなもん行きたいのかよ」

五条が呆れたようにを見下ろす。
はモジモジしながらも小さく頷くと、五条は盛大に溜息をついた。

「いいだろ。私も付き合うし、ああ、硝子も誘おうか」
「…マジかよ」
「いいだろ、たまには息抜きも」
「息抜きになんの。ガキのお守りして」
「…む」

またしてもガキと言われ、が口を尖らせると、五条は「そういうとこな?」と笑っている。
だがチラシを見ながら頭をガシガシかきつつ、

「まあ…これも―――」
「コミュニケーションの一環だろ?」

と夏油が笑う。

(まあ、クソオヤジは何とでも言いくるめられるか)

何だかんだ五条も花火は嫌いじゃない。
久しぶりに地元の花火大会へ行くのも気晴らしになるか、とそう思った。

「えーと、これいつだ?あ~ちょうど一週間後の土曜日ね。んじゃー硝子も誘って行くか、四人で」
「ほんとに?!」

五条の一言では満面の笑みを見せた。
そのキラキラした瞳を見て、五条も苦笑いを零す。
ガキのお守りなんて面倒だったが、ここ最近は任務任務で忙しくウンザリしていたところだ。
たまには仲間や、これから長い付き合いになると皆で花火を見上げるのも悪くない。

「ありがとう、悟」
「…おう」

素直に喜ぶ少女の笑顔を見るのも、また然り。

「じゃあ、一週間後の夕方五時に迎えにくっから、は出かける用意しとけよ」





夏はカキ氷、冬はアイスクリームが食べたくなる私です笑
次回、花火大会編🎆


▽管理人にやる気エナジーをくれるという方は此方から笑🥰▽

🔥一言エナジー🔥

.