そして息子である五条悟にを傍で見張り、目覚めた際はすぐにでも生気交換を行うよう命じた。鬼として目覚めればまず最初に感じるのが空腹らしい。
長い年月からの目覚めのせいかそれは凄まじい食欲だそうで、暴走すれば周りにいる術師達までが危険にさらされるそうだ。
よって監禁された日から、のいる離れの周りには特殊な結界が張られ、五条家の血筋のある者以外は外へ出られないようになっている。
『…へえ。そこまでするのか。じゃあ悟がの面倒を全て見てるのか?』
「まさか。オヤジから許可の印を与えられたヤツだけは中に入れる。使用人頭の彩乃とかな」
『ああ、あの美しい女性か』
「鬼女だけどなー」
五条は笑いながら庭先にあるアンティークのウッドチェアに腰を下ろして雲一つない青空を見上げた。日差しを遮るよう離れの庭先に作られたパーゴラシェードの下には天然木で作られたガーデンウッドテーブルが置かれている。
そこに使用人が運んで来たアイスコーヒーが置かれていて、五条は「暑ぃー」と言いながらグラスへ口を付けた。
夏油からの電話で外に出て来たのだが、午前中とはいえ気温はすでに30度近い。
「この分じゃ午後はもっと暑くなりそう。良かったわー。こんな暑い日に出張行かずに済んで♡」
『その代わりに私が今そこへ向かってるんだけどね』
夏油が苦笑交じりでボヤく。
五条はが目覚めるまでの間、当分は高専での任務から外すと父に言われたので、こうして生家に未だとどまっている。
担任である夜蛾も五条家の当主直々に頼まれたとあっては文句も言えなかったようだ。
それでも忙しい繁忙期は過ぎたので――渋々ながらに――五条はつかの間の休みを許可された。
『それで…の様子はどうだい?』
「あーまあ。元気っちゃ元気だけど、やっぱ外出禁止にされたことでへこんではいるな」
『そうか…。まあ、あんな事があったんだから仕方ないが、せっかくの夏休み時期に出かけられないのは可哀そうだな。また花火見たがってたんだろ?』
「まーな。でも今、人混みに行くのは危険だろ。同じようなことが起こらないとも限んねーし」
この時期は毎週のようにどこかしらで花火大会は行われている。
その情報をテレビで目にするたび、が寂しそうな顔をしているのは五条も知っていた。
「別に今年だけってわけじゃねーし、来年なって言ってるんだけどさ」
『そうか…。でも彼女からしたら"人として"行けるのは今年だけだからな』
夏油の言葉に、五条は応えることなく離れの方へ視線を向けた。
先日、夏油と家入が外出禁止は可哀そうだ、と色々なスイーツを持って暑中見舞いの如く遊びに来た時、がそのような事を言っていたのだ。
鬼として目覚めた時、はその肉体だけでなく、過去のあらゆる記憶が刻まれる。
古の時代、長であった呉羽、そして娘の紅葉、その後に生まれた鬼姫たちの記憶の欠片が、交じり合い一つとなっての全てに流れ込むという。
故に目覚めた後はであってでなくなるかもしれないのだ。
それが今の彼女にしたら寂しいのかもしれない。
『で、悟はと仲良くやってるのか?』
「…あ?」
『この前、硝子とお邪魔した時、が悟の言うことなすこと、いちいち真っ赤になって過剰反応してたようだったが…』
「だから何だよ…」
この親友はいちいち鋭くて嫌になる、と思いながら五条は苦笑を漏らした。
『いや…ただ二人の間に何か特別なことでもあったのかと思ってね』
「…何だよ、特別って」
『例えば…が羞恥心を覚えるような何かを悟がした、とか』
「…あ~…」
してない、と言えば嘘になる。
五条がほんの短い間にそんな事を考えてしまったことで、勘のいい夏油は何かを察したらしかった。
「何笑ってんだよ…」
『いや…悟も案外素直だなと思っただけさ』
「あ?!別に傑が考えてるようなエロいことじゃねーからな?ただの練習だ、練習!」
『へぇ。練習したんだ』
「今から慣らしとかねーと本番でゴネられても困るからだよっ」
夏油の含み笑いが癪に触り、五条はイライラしたように声を荒げている。
その反応がまた、親友を楽しませることになるとは、五条も思っていない。
『ま、あまりから目を離しておけないだろうから、そろそろ切るよ』
「あ~そう、だな…。ここ二日ほど何か体調悪いみてぇだし…」
夏油の言葉でふと我に返った五条は、離れの方へ視線を向けた。
は常に微熱があるらしく、この暑いのに肌寒いとエアコンを切っていたことを思い出す。
『なら尚更、のそばにいてやれ』
「…分かってるよ」
『じゃあ、また』
「ああ、出張の土産よろしくぅ~」
『今日行くところにそんな気の利いたものがあればね』
笑いながら言うと、夏油は電話を切った。
五条もケータイを上着のポケットに突っ込むと、椅子に凭れながらアイスコーヒーを飲み、再び離れへ視線を向ける。
エアコンをつけていないあの部屋へ戻るのもまた暑いだろうな、と思うと少々ウンザリする。
そこへ「悟さま」と声をかけられ、ふと振り返れば天夜が歩いて来るのが見えた。
天夜は五条家の番人として、今ではよく働いてくれていると武長が話していた。
「さまの様子はいかがでしょうか…」
「相変わらず、少し微熱があって怠そうにしてるよ」
「…そうですか」
天夜は心配そうにカーテンの引かれた窓へ視線を向けている。
やはり長年面倒を見て来た"妹"、そして姫に仕える者として心配なのか、その端正な顔が不安げな表情を浮かべている。
「で、何か用か?悪いが今は天夜でもに会わせることは出来ねーけど」
「分かっていますよ」
天夜はかすかに笑みを見せると「それより例の呪詛師の肉体から調べた結果を伝えに来ました」と手に持っていたケータイを差し出した。
それはを襲った呪詛師のものだ。
に喰われかけたが一命をとりとめ、意識が戻った男に武長が拷問をしようとした。
しかし男は歯に仕込んでいた毒を咬み潰し自ら死を選んだのだ。
仕方ないと、今度は天夜が男の遺体から記憶を読み、何故を襲ったのかを調べたところだった。
「断片的な記憶でしたが、誰かに言われてさまを襲ったわけではないようです。ただ…」
「ただ?」
「このケータイで頻繁に連絡を取っていた人物が」
五条は差し出されたケータイを手にすると、履歴などを確認しながら「この番号か」と一つの電話番号を表示した。
「飛ばしのケータイのようで、かけてみましたがすでに繋がりませんでした」
「へえ…ま、多分五条家に関係あるヤツだろうな。の話じゃ自殺した男は鬼のことに詳しかったようだし」
「……御三家の誰か、ということでしょうか」
「さあな。まあ呪術界でも鬼の存在は知られているし、怪しいヤツを上げればキリがねえけど…ま、俺に力をつけさせたくないと心の底から願ってるヤツなら…そうだろうな」
「ああ、でも呪詛師の男の記憶を読んだ際、鬼の本当の殺し方を知らなかった。御三家が関わってるなら知らないはずは―――」
「確かに…。でももし禪院か加茂の誰かにそそのかされたんだとしたら、あの呪詛師は当て馬として使われた可能性も捨てきれねえ」
「それは…さまの力をはかる、ということでしょうか」
「さぁな…。まあ、オヤジが禪院と加茂を探らせてるから暫くは大人しくしてんだろ」
五条は立ち上がると、手にしていたケータイを術式で捻り潰し、石ころ並みに小さくした塊を天夜に向かって放り投げた。
「もうすぐが目覚める。そうすればこんな心配ごとはなくなるしな」
「……さまを宜しくお願い致します」
丁寧に頭を下げる天夜に、軽く手を振りながら五条は離れに戻って行った。

「…寒い」
は五条が夏油からの電話で外へ出て行った後、更に寒さを感じて布団の中へと潜り込んでいた。エアコンを切り、今は彩乃が用意してくれたモコモコのカーディガンを浴衣の上から羽織っていても尚、身体が暖かくならない。
ここ数日、おかしな微熱が続き、風邪かとも思ったが咳が出るわけでもない。
ただ頭が重たいのと時々吐き毛がすることを考えれば、五条家に来る前にもこんな体調になったことがあるのを思い出した。
(あの時と同じだ…。私が…初めて人を襲ってしまった時と…)
転校先のクラスメートの生気を吸ってしまったことで、この具合の悪さが治ったことまで思い出し、は布団にくるまりながらぎゅっと目を瞑った。
これは前兆だ。鬼に変わる為に、肉体に異変が起きている。
はそう考えるだけで恐ろしくなった。それとも鬼になってしまえば、この恐怖は消えるんだろうか。
「?何だよ、また寝てんの?」
そこへ電話を終えたのか、五条が戻って来た。
部屋ではなく、寝室で布団にくるまっているを見て、呆れたように笑っている。
しかしにとっては笑いごとではなく、今も全身からおかしな汗が出て来るのに寒気を感じる気持ちの悪い状態なのだ。
「しっかし蒸し暑いな、この部屋…」
「…さ、悟は母屋に戻って…。ここいいたら熱中症になっちゃう…」
「そうしたいのはやまやまだけど、オマエ、そろそろ危ねーだろ。俺がいない時に鬼になったら大変だしな」
「や…やっぱり目覚めた瞬間…お腹空くのかな……」
「らしいな。俺も鬼姫は実際に会ったこともないし、よく分かんねーけど皆がそう言うんだからそうじゃねーの」
「……やだ…な…」
「あ?」
「…こ、…怖いよ…さと…る…」
カタカタと体を震わせ、泣きそうな顔で見上げて来るに、五条は一瞬言葉を詰まらせ、軽く息を吐いた。
傍に座り、布団に潜り込んだことで乱れた髪に触れると、普段よりも優しい動作での頭を撫でる。
「あーあ、彩乃がせっかくセットしたのに崩れちゃってんじゃん」
「……だ、だって…」
「そんな怖がんなって。生まれ変わるだけだろ」
「そ…それが…怖い…んだよ…」
「でも鬼になろうと、オマエはオマエだ。少しパワーアップするだけ」
「ぱ…ぱわーあっぷ…?」
「今より何倍も強く美しくなるんだからパワーアップだろ」
五条が呑気に笑うのを、は恨めしそうな目で睨む。
でも遠回しに励ましてくれてるのは分かった。
この前まで全く知らない他人だったのに、今では誰より自分の傍にいて、優しく頭を撫でてくれる。知らないうちに五条を頼っている自分がいて、この人がいれば大丈夫だと安心することが出来た。
「…は、オマエ、マジで寝てね?」
頭を撫でていた手を止め、五条は静かになったの顔を覗き込む。
気づけば体の震えは止まったようだった。しかし呼吸は先ほどよりも荒いように思った。
「おい、?大丈夫か…?」
「…ぅ…ぅぅう…」
低い苦しげな声のみ口から漏らしながらも何も応えないが心配になり、五条はがくるまっている布団を引きはがそうと手を伸ばした。
だが不意に手首を掴まれ、僅かに息を飲んだと同時に、突如異様な圧を肌に感じた五条は思わずその手を振り払う。
その刹那―――六眼がから溢れ出て来るオーラ、いや、凄まじいほどの妖力を捉え、五条はそこで理解した。
「……目覚めたか…鬼姫」
初めて見るその光景に、五条の艶やかな唇が弧を描く。
この時を待ちわびたと言いたげに、目の前で遺伝子変異を遂げていくを、その碧眼で見つめた。
「…うぅ…ぅぁあああ…っ」
鬼の妖力がの身体から渦を巻くように溢れ出てはその肉体を包むようにまとわりつき始めた。
布団を跳ねのけ、四つん這いになりながら苦しげな声を上げるの振り乱した髪は次第にその色を変えていき、あの夜に見た白銀へと染められていく。
畳をかきむしる鋭い爪は、先ほどまでののものではない。
「…ぁあ…っ寒…ぃ…」
「…?」
苦しんでいたが小さな声で呟くのを聞き、五条はゆっくりとへ近づいていく。
しかし、頭を垂れていたがゆっくりと上半身を起こした姿を見た時、五条は小さく息を飲んだ。
浴衣がはだけ、その透き通るような白い胸元と、露わになった太ももが五条の視界に映った。
そして垂れていた頭を上げた時に見えたその美しい顔は、先ほどのと同じものとは思えぬほどに妖艶で、薄っすらと開く赤いくちびるが濡れたように艶めいている。
"鬼姫とは美しい姫なのだそうだ。見た者全てを魅了し、惑わせ、甘い夢を見せながら人を喰らう"
先日父から聞いた話を思い出し、五条は僅かに笑みを漏らした。
その時はあのガキが?と一笑に付したが、この姿を見てしまえば父の話が眉唾ではなかったな、と五条は思う。
いつの間にか外からは雨の音が聞こえて来て、静かな部屋に雷鳴が響く。
さっきまでの晴天が嘘のようなその激しい雨音と雷鳴に、五条はふと窓の方へ視線を向けた。
その瞬間、雷光が室内を照らし、あっと思った時には五条の身体が畳の上に押し倒されていた。
「…さ…とる…」
「…?」
何て速い動きだ、と五条は苦笑した。
視線を外したほんの僅かな隙に、こうまで接近されるとは五条も思わない。
その時、二人の周りにポっと沸いたような淡い青色の炎が灯り出す。鬼姫の操る鬼火だ。
自分を見下ろしているの瞳を見た時、五条は昔からこの瞳を知っていたような気がした。
白銀の髪、光の落ちた室内で輝く碧い双眸を見つめていると、まるで見えない糸に手繰り寄せられ出逢ったような、そんな錯覚を起こしそうになる。
五条の身体をまたいだの白い太ももは、惜しげもなく五条の瞳に曝け出されていた。
はだけた胸元から覗く膨らみすら、扇情的だ。
「鬼のは意外と大胆なんだな。いーい眺め♡」
「…さ…とる…苦…しい…っ」
先ほどからの呼吸は荒く、薄っすら開いた唇からは小さな牙が見えている。
その姿すら艶めかしく、五条は僅かに笑みを浮かべると「腹減ってんだろ?」と切なげに自分を見下ろすを見つめた。
「……来いよ、」
本能と理性がせめぎ合っていたのか、それまで苦しそうに喘いでいたの碧い虹彩は、五条の一言で妖しい光を放ち、妖艶な笑みを浮かべた。
見下ろしていた碧眼が、覆いかぶさる事で五条のすぐ目の前に現れる。
「さと…る…お腹…空い…た…」
「好きなだけどーぞ。俺も…早くが喰いたい」
艶のある笑みすら浮かべながら、五条はの頬へ手を伸ばし、その赤い唇へ吸い寄せられるかのように己の唇を寄せた。
次の瞬間、は五条の唇を喰らうかの如く塞ぐと、深く交じり合わせてくる。
先日まで恥ずかしそうにしていた少女とは思えないほど大胆に。
その時、合わせた口から熱い何かが流れ込むのと同時に、五条の身体からも何かが吸いだされていく。それが己の生気だと気づいた五条は、意外にも甘いその感覚に少しだけ驚いた。
術師とはいえ生気を喰われるのだから、もっと苦しいものだと思っていた。
しかし苦しいとは程遠い、その痺れるほどの甘い感覚はまるでオーガズムを感じているかのように官能的な気持ち良さだ。
(なるほど…人が抵抗なく喰われるのはこういうことか…)
唇を合わせている間も、五条は頭の隅でそんなことを考えていた。
しかし油断していると、その扇情的な感覚に呑まれてしまいそうになる。
の妖力を喰らっていなければ、危うく干からびていたかもしれないほどに、鬼の口付けは甘いものだった。
「…ん…っ」
深く唇を交じり合わせ、貪るように生気を喰らうは、もっともっとと言うように、五条の頬をその白い手で固定する。
五条もまた、鬼の妖力を取り込み、全身が熱く火照り出した。
鬼の妖力とは莫大な呪力と同じものであり、それが五条の肉体を巡り一体となっていくことで、更に眠っている力を目覚めさせていく。
その高揚感は何にも代えがたいほどの享受だった。
体中がエネルギーに満ち溢れて来る気がする。
それが原因なのかは分からないが、夢中になって唇を合わせていると次第に他の反応が出て来るのは男としての性なのだろうか。
口元から垂れる唾液を無意識に舌で舐めとり、更に薄っすらと開いているの唇を舌で強引に割ってしまったのは、オスとしての本能としか言いようがない。
「…んぁ…っ」
まさに食事の最中、いきなり侵入してきたそれに、は驚いたように唇を離した。
空腹を満たすくらいには生気を喰らったことで、理性の方が戻って来たようだ。
「な…何をする…!このスケベ呪術師!」
「…あぁ?!オマエがエロい恰好でエロいキスしてくるからだろーが!」
「キ、キスではない!これは…」
と、は言いかけて、自分の浴衣がはだけていることに気づき、慌てて前を合わせている。
ついでに五条にまたがっているせいで、ある部分に当たっているものに気づき、真っ赤になって飛びのいた。
「き、貴様、何を発情している!この儀はそういう不埒なものではない!」
「…うるせーな!オマエが先にまたいできたんだろーが!自然現象でこうなってんのはオマエのせいだろ?」
とさすがの五条も多少顔を赤らめながらも異変の起きた場所を布団で隠す。
が、ふと目の前で睨んで来るを見て「オマエ…誰だよ」と眉間を寄せた。
「何か…話し方、変じゃねぇ?」
「だ、誰とは何だ…私は…」
と言いかけた瞬間、が突如意識を失い、その場に崩れ落ちた。
「は?お、おい!?大丈夫か?」
突然倒れたを見て、五条も呆気に取られたが、空腹過ぎて生気を喰らいすぎたんだろうかと首を捻る。それに口調がどうもおかしかった。
先祖の鬼姫の記憶がまだ馴染んでいないのか、混乱しているのかもしれない。
「まさか人格までまるごと変わる…わきゃねーよな…?」
ふと心配になりながらも、意識のないの身体を抱き起こす。
だが前を押さえていた手がだらりと垂れたせいで、またしても無防備な胸元が五条の目に晒された。
「……ったく。これで発情すんなって方が無理じゃね?」
最強呪術師である前に五条悟も16歳の健康な男子のひとり。
女性の乱れた姿を見て反応しない方が問題があるだろう、と思いながらも、なるべくの方は見ないようにしながら、その身体を布団へ寝かせた。
その時、廊下の方で「悟さま…」と彩乃の声が聞こえて来た。
鬼特有の感知能力でが目覚めたことに気づいたのだろう。
五条はに布団をかけてやると、自分の乱れた服装を直し、すぐに廊下へ顔を出した。
「悟さま…さまは…目覚めたのですね」
「ああ…さっきな」
「それで今は眠ってるご様子ですが…無事に儀は行えましたか?」
「あーまあ…。ってか、の様子がおかしかったんだよな…何か江戸時代の姫みたいな話し方っつーか…」
「それは目覚めたばかりで記憶が混乱しているせいです。馴染めば元の人格へ戻るはずです」
「あっそ…ならいーけど…」
五条はホっと息をつくと、彩乃に「を見ててくれ。俺はオヤジに報告してくる」と言い残し、離れを後にした。
先ほど降って来た雨も止み、今は先ほどと同じ青空が雨雲の間から覗いている。
「通り雨か…」
ふと天を仰ぎ見ながら呟くと、五条は軽い足取りで、母屋の方へと歩き出した。

が目覚めたのは交換の儀を行ってから8時間後のことだった。
意識が戻った時、先ほどまで感じていた身体の怠さは綺麗さっぱり消え失せて、むしろ全てがスッキリしたように軽い。
「……あれ…悟?」
自分の布団で寝ていることに気づき、は慌てて飛び起きると、隣の部屋を覗いてみる。
だがそこにも五条の姿はない。
最近はずっと離れにいてがいつ鬼化してもいいように傍にいたのだが、その姿がないことではふと不安になった。
同時に姿見を見て自分の姿に驚いた。
「髪…白い…目も悟とおんなじ…」
そこで自分が鬼化した時のことを唐突に思い出した。
「あ…!わ…たし…そう言えば…」
怠くて、寒くて呼吸も苦しくなったあの時、身体の中心から強い力が溢れて来るのを感じた。
それが近づくたび体の体温が失われて行くような感覚、逆に頭の中は沸騰したかのような熱を持ち、息苦しくて死ぬかと思った。
次に感じたのは強烈なほどの空腹だ。
今すぐ人を喰らいたいということしか浮かばないほどの空腹感があり、そのせいで体温が失われているようだった。
しかし目の前にいた五条にすがることで、ある意味では理性を保っていられたのかもしれない。
もしひとりだったなら外へ飛び出し手あたり次第に人を襲っていた気がする。
しかもそれを怖いことだとは感じていなかったし、今は自分が何者であるかも思い出したような感覚がある。
これまで不可解だと思っていたことも、今は理解しているのがいい証拠だ。
前の自分もいるし、鬼としての自分もいる。
「んー--っ。思い切り外で走り回りたい気分」
身体が軽く、気分もスッキリしていることで、はそのまま離れの玄関の方へ歩いて行く。
その時、引き戸が急に開き、五条が入って来た。
「お、、起きたのか…ってか、オマエ!そんな恰好でウロウロすんな!」
「え?きゃっ」
寝た時と同様、浴衣が更にはだけ、帯などあってないに等しく、ただ裸に羽織るだけの状態にまでなっている。
その姿に驚き、は慌てて部屋の中へ走って行った。
「オマエ、まだ寝ぼけてんのかよ」
「う、うるさいわね…」
気分がスッキリしていることに気を取られ、自分の恰好など忘れていただけには赤くなりながらも浴衣を手早く直した。
「へぇ。いつの間に浴衣の着付けが出来るようになったんだよ」
「ちょ、ちょっと見ないでよっ」
部屋の入口に寄り掛かりながらニヤニヤしている五条を睨み、は帯をきつく結んでおいた。
「別にいいだろ。さっきすでに見てんだし」
「よ、良くない!」
「ってか、オマエ、マジで戻ってんな」
「…は?」
「いや…目覚めた直後、オマエ少しおかしかったから」
「おかしい…?」
「いや…覚えてないならいい…」
五条としても、自分の失態とも言える発情はに思い出して欲しくないものだ。
それ以上、余計なことは言わずに目の前のを眺めた。
「な…何よ…ジロジロ見ないで」
「いや…髪の色とか目の色は戻らねーんだな」
「当たり前でしょ?これが本来の私なんだから」
「…へえ、そこはやっぱ受け入れてるのか」
前のからは考えられない言葉が返って来て、五条は苦笑いを浮かべた。
「で?体調は?」
「…もう平気。悟が生気くれたんでしょう?」
「まあな。んじゃー無事に鬼姫に目覚めたってことで、これからは徐々に自由にしてやるよ」
「え…?」
「まだ少し様子見しろってことだけど、そのうち学校にも行けるようになる。まあ半年くらいだけどなー中学も」
「あ…学校…」
「今はちょうど夏休みだからそれ終わったら近くの中学に通うことになる」
そこは五条も去年まで通っていた中学校だ。
「オマエは俺の親戚ってことですでに転校が決まってるらしいから、詳しいことは彩乃に聞けよ」
「…分かった。悟は…?」
「俺?俺はそろそろ高専に戻るわ。あんま任務サボってっと夜蛾センセーにゲンコツ喰らいそうだし」
「…夜蛾センセー?」
「ああ、高専での俺の担任」
「…ふーん」
「あれ、寂しい?俺がいなくなると」
急に元気のなくなったを見て、五条がニヤリと笑う。
その態度にはムっと口を尖らせると「そんなわけないでしょ」と顔を反らした。
こういう反応は前のままらしい。
五条は笑いを噛み殺すと、昨日までとは違うの容姿をマジマジと見つめた。
「生気喰らってる時のはやたら色っぽかったけど、今は容姿変わっても中身はガキのままだな」
「な…変な目で見ないでよ…っ」
「見るなっつっても半裸状態で圧し掛かられたら、そりゃー見るだろ」
「……っそ、そんなことしてないっ」
「はあ?そこも覚えてねーのかよ…」
「あ、あの時はお腹空いてて…それで…あまり覚えてない…」
プイっと顔を反らし、はその赤い頬を隠すように手で覆った。
そういった仕草は前より女っぽくなっているようだ。
「まあ…あの時のオマエは朦朧としてたしな。でも食欲が落ち着いたら大丈夫だろ」
「……食欲…」
「ん?まだ足りねーの?」
「ちょ、ちょっと…っ」
不意に腰を抱き寄せられ、唇を近づけて来る五条に、はギョっとしたように上半身を引いた。
「何すんのよ…っ」
「何って、まだ腹減ってんだろ?目覚めた時の食欲は凄いらしいって聞いたけど」
「へ…減ってない…!」
顔を反らしながら言い張っていたが、不意にの腹がぐうぅっと可愛い音を鳴らした。
「ぷ…っ!言ってる傍から腹鳴ってんじゃん。だっせー」
「う、うるさいな…これは違う……ん…っ」
顔を戻した途端、唇を塞がれたは大きく目を見開いた。
その瞬間、唇を舌でこじ開けられ、鼓動が跳ねる。
だが薄っすらを開いた口から再び熱いエネルギーの塊が流れ込んできて、身体が満たされて行く感覚にの足がよろけた。
「…ぁ…っ」
「…っ」
の腰を支えながら、五条もまた強い妖力を取り込み、頭の芯が熱くなってくるのを感じた。
鬼の妖力は強力なだけに、人間が一度に喰らうには無理があるのだ。
「…ヤバ…クラクラするわ」
唇を離し、五条は軽く頭を振ると、目の前で真っ赤になっているを見下ろした。
「そういう煽るような目で見んな…」
「あ、煽ってない…っ」
慌てて身体を離したは、再び生気を喰らったことで残っていた空腹感が満たされたようだ。
顔色も良く、前より身長も伸びた気がする。
「もう大丈夫か?」
「……うん」
「あっそ。んじゃーまた一週間後な」
「…え?」
「次の交換の儀までつまみ食いはすんなよ?」
「…な…人を食いしん坊みたいに言わないでよ…っ」
ニヤリと笑い、の頭をぐりぐりと回した五条は、手を振り笑いながら歩いて行く。
その背中に向かって思い切り舌を出したは、かすかに火照った頬に気づかないフリをして、五条の背中を見送った。
目覚めました👹
えっと前回邪魔かなーとフォーム外したんですが、なくなってるからと他のページからメッセージを送って下さった方がいたので、また戻しておきました笑💦
お手間取らせてすみません!そしてメッセージありがとう御座いました✨
エナジー頂きましたので連続ですが、海月を更新させて頂きました♡🥰
えっと前回邪魔かなーとフォーム外したんですが、なくなってるからと他のページからメッセージを送って下さった方がいたので、また戻しておきました笑💦
お手間取らせてすみません!そしてメッセージありがとう御座いました✨
エナジー頂きましたので連続ですが、海月を更新させて頂きました♡🥰