七.悲しげにたなびく


が五条家に来てから一か月が過ぎようとしていた。
お盆も過ぎ、暑さも一度は落ち着いたかのように思えたが、九月目前に再び蒸し暑さが戻って来た八月後半。
この日、未だ30度近い気温がある東京都内に、その少年が足を向けたのは一人の少女を自分の目で確認する為だった。

「ほ、ほんまに行かれるんですか?」

車から下りて来た黒スーツの男が青ざめた顔で尋ねれば、前を歩いていた少年が呆れ顔で振り返る。
この少年、派手な金髪でありながらも上品な仕立ての夏用袴を身に付けていた。
なかなかに凛々しい顔立ちなれど、その鋭い瞳は映す者全てを侮蔑するような陰湿さが見え隠れし、まるで蛇のような印象だ。

「当たり前や。その為にわざわざこないなゴミゴミした街に来てんから」
「し、しかし禪院家の者だと知れれば―――」
「は?禪院家の番人が何ビビっとんのや。たかが鬼のメス一匹に見つかったところでどうもならんやろ。それにまだ16なったばかりやろ?俺と同じ歳やん」
「い、いえ…鬼姫として目覚めたのなら年齢などあってないようなもの…。16は人間で言えば成人したも同然です」
「そら大昔はな。老いるスピードは人間より格段に遅い肉体はまだ未完成や。目覚めたばかりなら今の俺でもどうとでもなるわ」

未だ青い顔をしている自分よりも一回り年上の番人を、生意気に睥睨へいげいするこの少年。
現禪院家当主、禪院直毘人ぜんいんなおびとの息子達の内のひとり、禪院直哉だ。
兄弟の中でも幼少の頃から才能があると認められるほどに術師としての実力があるせいで、少々他人を下に見る横柄な性格だった。
直哉は前方に見えて来た中学校を目指して真っすぐ歩いて行く。
目当ての鬼姫がこの学校へ通いだしたと、子飼いの術師から連絡が入ったのだ。
そこで未だ見たこともない鬼姫を一度この目で見てみようと、それだけの目的でわざわざ京都から東京へとやって来た。

「で?一目で鬼姫と分かるんやろ?」

校門近くまでやって来た直哉は、後ろで渋い顔をしている番人へ問いかけた。

「今は五条悟と同じ髪色と碧眼らしいです」
「ほなら一発やな。悟くんの目立つ容姿とおんなし女を探せばええんやろ?もうすぐ授業が終わる頃やし…」

といった矢先、校内の方からチャイムの音が響いて来た。

「ほら…もうすぐ出て来るで」
「直哉さま…あまり目立つような行動は…五条家の人間に見られただけでも問題になります」
「フン…五条家なんか怖ないわ。怖いのは悟くんただひとりや」
「その五条悟に見つかったらどうするんですか。我々禪院家の者が鬼姫に近づくなど本来なら許されない行為です」
「それもこれもアホな先祖のせいや。鬼の存在を軽く考え、誓約交わす前に殺そうなんて馬鹿な真似しくさって…それがなければ五条家だけに美味しい思いさせずに済んだんや」

直哉は忌々し気に吐き捨てると今か今かと目当ての鬼が校舎から出て来るのを待ちわびていた。
そのまま10分は待った頃、ようやく校舎の方が騒がしくなりはじめ、家路につく生徒達がパラパラと出て来るのが見えた。
直哉は校門向かい側の樹木に不自然ではない程度に身を隠し、生徒ひとりひとりに視線を走らせ、確認していく。
だが一向に目当ての容姿を持つ者は現れず、直哉がイライラしてきた頃、校門から長い白髪を綺麗に結い上げた少女が姿を現した。

「…あれや!」

興奮抑えきれず、直哉が声を上げる。
後ろ側を見張っていた番人は「大きな声を出すと気づかれますって」と直哉を注意したが当の本人は聞きもせず、その少女を食い入るように見つめている。
16歳になったばかりというが、そうは見えない程に表情は幼く見えた。
しかし鬼特有の碧眼に透き通るほどの白い肌は周りの人間と比べて際立っている。
遠目であまりハッキリとは確認できないが、美しいという言葉が直哉の脳裏を掠めた。

「へぇ…噂通り、えらいべっぴんさんやなぁ」
「あれが…鬼姫…」

番人の男も初めて見る鬼姫の姿に、自然と頬が上気している。
その時、直哉が少女の方へ歩き出し、気づいた番人は慌てて腕を掴んだ。

「な、直哉さん!何する気ぃですかっ」
「何て、話しかけるに決まってるやん」
「いけません!禪院の者だとバレたら喰われますよ?!」
「大丈夫やって。バレへんかったらええんやろ」

直哉は舌打ちをしつつ、番人の腕を振り払う。
が、しかし少女の前に一台のベンツが止まったのを見て、直哉はすぐに身を隠した。

「あれは…五条家の番人やないか…」
「…ご、五条武長…!マズいですよ、直哉さん!アイツは五条家番人の長にして五条悟の懐刀…冷酷無比で有名です…!見つかれば我々も無事ではすみませんっ」
「チッ。んなこと分かっとるわ…」

直哉は忌々し気に唇を咬むと、少女を車へ促している武長を睨んだ。

(悟くん以外で考えれば今の五条家で最も強い術師はあの武長…。確かに分が悪いわ…)

まさか学校にまで迎えに来るとは思っていなかった直哉は、溜息交じりで踵を翻した。

「しゃーない。今日のところは諦めよ」
「きょ、今日のところは…?」
「また日を改めて鬼姫ちゃんに会いに来るわ」
「な…何をする気です?」

サッサと車の方へ歩いて行く直哉を追いかけながら、番人の男が困り顔で尋ねると、直哉は男へ振り返り、ニヤリと嫌な笑みを浮かべた。

「さて、どーしょーかなぁ。無理やりにでもさろて俺のもんにするんも一興かもしれへんなぁ」
「さ、さらう?!鬼姫を、ですか…?」
「あの姫さんが持つ妖力…俺が喰らえば更に呪力量も上がるし、まだ目覚めてへん力も使えるようになる」
「そ…それは…無理だと歴史が物語っています」
「俺の少し前の先祖が出来んかったからといってこの俺まで出来ん思うのは心外やな。俺は天才やで?」

直哉は楽しいオモチャを見つけたような顔を見せると、走り去って行くベンツを見送りながら「ワクワクしてきたわ…」と静かに呟いた。





「あ、あの武長さん…ほんとに悟がそんな場所で待ってるの…?」

窓の外を眺めていたは、もう一度確認するように助手席に座る武長を見た。

「はい。さまを学校まで迎えに行き、ここへ連れて来いと」

武長は僅かに微笑むと自分のケータイの画面を見せた。そこには確かに五条からのメッセージが届いている。
そして添付されていたのは野球観戦でも有名な建物の一画にある遊園地だった。
何で遊園地?と思ったものの、やはりそこは自然と気分もワクワクして来る。
やっと数日前に新しい学校に転入し、通い始めたばかりだが、その前までは監禁状態にあったので今年の夏はどこにも行けなかったに等しい。
唯一連れて行ってもらった花火大会は呪詛師に襲われたせいで殆ど楽しむことが出来なかったからだ。

「あ…でも私、制服のままだ」
「大丈夫ですよ。着替えは彩乃から預かってきましたので」
「え、ほんとに?」
「はい。シートの足元に置かれているバッグに入っています。現地に到着したら着替えて下さい」

武長の言う通り、確かにバッグが置かれてて、はそれを手にした。
まさか浴衣じゃないよね?とそんな思いが過ぎり、ファスナーを開けてみて中を確認すると、そこには可愛らしい夏物のトップスとスカートのような裾の柔らかいハーフパンツ、そして真っ赤なポインテッド ストラップ付きのミュールまである。

「わぁ…可愛い…」

生まれて初めて手にするミュールパンプスに、の碧眼がキラキラと光り出す。
その嬉しそうな笑顔を見た武長は「彩乃はセンスがいいですから」と、僅かながらに微笑んだ。
普段はあまり笑わない武長のその笑顔を見た時、は小さな違和感を覚えたのだが、運転手に「到着しました」と言われてハッと窓の外を見る。
目の前にはテレビでしか見たことのない大きなドームが青いライトに包まれていて、綺麗な風景を演出していた。

「うわぁ…初めて見た!すっごく綺麗」
「夜に遊園地のアトラクションに乗って上から見ると、また更に綺麗ですよ」
「え、武長さん、遊園地来たことあるの?」
「…まあ、幼い頃に」

普段から不愛想で淡々と命令に従っている武長は、の目から見ても遊園地という場所が似合わない。
でも幼い頃と聞いて納得した。

「僕のことより、さまは早く着替えて悟さまのところへ」
「あ、うん…でもどこで着替える―――」

と聞こうとした瞬間、運転席と後部座席の間にあったらしい仕切りが閉まり、窓のカーテンも閉められた。

「そこで着替えて下さい」

仕切りの向こうから武長の声が聞こえて来て、はなるほどと思いながら急いで制服を脱ぎ、彩乃の用意した服に着替えた。

「よくお似合いです」

車から降りると、外で待っていた武長が誉めてくれて少しだけ気恥ずかしい。

「ありがとう…。こんな服着たの初めて」

ミュールパンプスもヒールは低いが履き慣れない為、転ばないか少し不安だった。

「では悟さまは園内のこの場所で待っているとのことですので」
「あ…ありがとう」

武長から入場チケットとマップを渡され、はそれを見ながら五条が待っているという場所へ向かう。
そこはラクーアゾーンというエリアだった。

「でも何で遊園地…?」

五条家に来てからこんなことは初めてだった。
五条とはあれから一週間後にまた交換の儀をしたが、それ以来顔を合わせてはいない。

(もしかして…遊びに行きたいってボヤいてたからかな…)

ふとそんなことを考えて笑顔になる。
五条は意地悪だが、たまにが望むことを叶えてくれる。
もしかしたら今日もそうなのかもしれない、と足取りも軽く五条が待っているエリアまでやって来た。

「…どこだろ」

平日の五時近くともあれば人出もなかなかに多い。
はキョロキョロ辺りを見渡しながら歩いていると、不意にポンと頭へ手が乗せられた。

「あ、悟!」
「よぉ。なかなか来ねーから迷子にでもなったかと思ったわ」
「…子供じゃないんだから」

苦笑している五条を睨みながらが口を尖らせる。
しかしの恰好を見て「へえ、洋服も似合うじゃん」と褒めてくれたことで、すぐに頬が緩みだした。

「彩乃さんが用意してくれて」
「ああ、俺が頼んだの。に似合いそうな服を見繕って武長に持たせろって」
「そ、うなんだ…。でも…何で遊園地?」

が尋ねると、五条は意味深な笑みを浮かべた。

「デート♡」
「…え?」

思ってもみなかったその単語を聞き、ドキっとしたように顔を上げると五条は笑いながら、

「ってーのは冗談でー。にちょっとやって欲しいことがあんだよねー」
「………」

五条の一言で、はからかったな?と内心ムッとしつつ、促されるまま後ろから着いて行く。
こんな遊園地で何をしろと言うんだろう。
そう思っていると、不意に前を歩いていた五条が手を差し出した。

「手、かせよ」
「…え?」
「え、じゃなくて手!こんな人混みじゃはぐれそうだろ?」

五条はの手を繋ぐと再び歩き出す。
突然のことでは驚きながらも、五条に繋がれている自分の手を見下ろした。
こんな風に男の子と手を繋いで歩いたことなど一度もない。
過去にあった、と記憶では感じているものの、の今の肉体と心は初めての経験であり、手から伝わって来る体温でやけにドキドキした。
それにしても、と自分の手を引く五条を見上げる。
五条はこうして手を繋ぐことに慣れているように見えた。

(あまり考えたことなかったけど、悟はこんな風に手を繋ぎながら誰かとデートとかしてるのかな…。そりゃそうか。性格はともかくとして、これだけのイケメンなんだからモテないはずがないし、それに…キスだって慣れてる感じだった…)

ふとそんなことを考えて先日の交換の儀を思い出し、は頬の熱が上がった気がした。

(何考えてんの、私…。キ、キスじゃないってば、アレは!)

口移しというだけに、男女の接吻とは違う。
ただ唇を合わせるだけで、恋人同士がやるような唇を愛撫するようなこともなければ、ましてや舌を絡めるといった行為などしなくても交換は出来るのだ。
いわば人工呼吸の枠と同じようなものだ、とは自分に言い聞かせた。

「ん?どした?何か手に力入ってんぞ」
「え、な、何でもない…っていうか、どこまで行くの?」
「あー…っていうか、ここ」

人混みを抜けて、五条はある建物の前で足を止めた。
が見上げると、そこは…

「…お…お化け…屋敷?」

驚いて顔を上げると、五条はサングラスを外してニヤリと笑みを浮かべた。

「ここ、入んぞ」
「え、な、何で急にお化け屋敷…?」
「オマエ、鬼のクセに怖いのかよ」
「こ、こんなことに鬼とか人間とか関係ないでしょっ」
「いいからサッサと入るぞ」
「えっ、ちょ、ちょっと!」

五条はすでにチケットを持っていたようで、スタッフの案内で中へと入って行く。
しかも手は繋いだままなのだから、必然的にも後へ続く形となる。
して欲しいことがあると言っていたのに、何でお化け屋敷?とが混乱していると、真っ暗な通路を五条は平然と歩いて行く。
六眼に暗闇はあまり関係なく、それはも同じことだが、見えるあまりに余計に怖いというおかしな心理状態になっていた。
人間だった頃のは極度の怖がりであり、お化けの類や怪談話すら苦手だったのだ。
鬼として目覚めても、そう言った感情も強く残っている為、こういう場所=怖いと脳が自然に判断しているようなものだった。

「え、えっと悟…こんな場所で何をすればいいの…?」
「あーもう少し奥だな。オマエも見えんだろ」
「は?」
「ほら、この先の奥の部屋に呪霊の気配」
「……呪霊?」

何とも耳障りな名前を出され、は顔をしかめた。
もちろん今のはその存在を良く知っている。
呪霊は鬼にとっても古の時代から邪魔な存在なのだ。
それは餌である人間を減らす存在だからだ。

「ちょっと待って…。もしかして悟、私に呪霊を喰えって言ってる?」
「その通り」
「…何でよ!わざわざ迎えまで寄こして何で呪霊?」
「一応、鬼がどうやって呪霊を祓う…いや、喰らうのか自分の目で確かめたいんだよ。んでココの依頼受けた時にも呼んじまおうと思い立ってさ」
「……最低」
「あ?」
「私、帰る!」
「は?お、おい、ちょっと待てって!」

繋いでいた手を振り払うと、は元来た道を戻って行く。
今は怒りでさっきのような怖さはない。
ただ何故こんなに腹が立つのか自分でも分からなかった。

「おい、待てよ!」
「放してよっ」

もう少しで先ほど入って来た入口という手前で五条に腕を掴まれたは、ムっとしたように振り返った。

「あんな呪霊、悟だけで十分でしょ?」
「いや、そーだけど言っただろ。俺はオマエが喰らうとこを見たいの」
「だから何で?」
「来年、オマエを高専に呼べって言われたからさ」
「…高専?誰によ」
「前に話した俺の担任」
「担任って…」

確か五条が夜蛾先生と呼んでいた人物だ。
しかし何故その担任が、と思っていると、五条は困ったように頭をかきつつ「今、術師も人手不足なんだよ」と溜息をついた。

「この前も三年の先輩が二人死んでさ。貴重な一級術師だったから高専側としても困ってんだと」
「だ、だからって何で私…?」
「そりゃ…戦力になりそうだから?」
「……私に中学卒業したら悟みたいに高専に入れと?」

そうなれば強制的にの将来は決まってしまう。
五条もそれが分かっているのか「は他に何かやりたいことでもあんの?」と訊いて来た。

「やりたいこと…?」
「今はうん百年前とは違う。好きなこと出来んだろ」
「……それ…は…」

でもそれは五条に生気を与えてもらっているからだ。
そうしなければこの現代でも鬼は生きていけない。
普通の人を喰らえば遠い昔、人々から恐れられた人喰い鬼に逆戻りだ。
術師の溢れているこの世でそんなことをすれば、昔より更に少なくなった鬼族など、あっさり皆殺しにされてもおかしくはない。
鬼姫だと持てはやされたところで、弱い立場には変わりないのだ。

「…別にやりたいことなんて何もない」
「マジで?なら高専来てもいいんじゃね?ウチにいるより、よっぽど自由に過ごせるし」
「……自由?」

その言葉にがふと顔を上げる。

「ああ、高専に入るとなればオマエも寮に入ることになっから。あの辛気臭い家を出られるぞ。いい条件だろ?」
「寮…」

高専のある場所は同じ東京でも少し遠いらしく、実家から通うのは無理だからと、五条が寮に住んでいるのは知っている。
でもこの様子だと五条はあの家を出たかったのだろう。
いつも家に顔を出すたび、父親に呼び出されては「五条家の当主として」の心得を説かれているらしく、ウザいだなんだと愚痴を言っているのを思い出す。

「まあ、その話はゆっくり考えてくれていーし、とにかく今は俺に付き合ってくれよ」

頼む、と両手を合わせて来る五条に、は仕方ないなあ、と溜息をついた。

「……分かったよ」

色々考えた結果、は渋々呪霊を祓う手伝いを了承した。

「マジ?さんきゅー!」

が頷くと、五条は殊の外嬉しそうな顔をした。

「でも呪霊を喰うってこの世界じゃやったことないんだけど…どうやるの?」
「さあ?知らねーから俺も見たいんだよ」
「え、何それ…」
「とにかく行ってみよう」

五条は呆れ顔のの手を再び繋ぐと、先ほど呪霊が見えた場所まで戻って行く。
その背中を見上げながら、は小さく息を吐き出した。
てっきり遊びに連れ出してくれたのかと喜んでいたのに、違う思惑があったことは少し寂しい気がしたのだ。

(って何でデート断られたみたいな気持ちになってるの…?変なの…)

五条に手を引かれながら、はその寂しいという気持ちを消すように自らの碧眼で呪霊の存在を探した。
すると壁の向こうに大きな呪力の塊を見つけ「あれ?」と五条に尋ねた。

「そ。こういう人が怖いと思う場所には生まれやすいし、デカくなりやすい。ありゃ一級相当だな」
「…肌にビリビリ来るし何か臭い」
「鬼は鼻もいいんだっけ。ま、確かにいい匂いじゃねーな」

五条は笑いながら歩いて行くと、呪霊がいるフロア前で足を止めた。

「んじゃーこっから先はに頼んでいーか?」
「…え、私ひとりで行くの?」
「俺が行ったらあんなの秒殺だし」
「……気持ち悪いし、あまり近づきたくない…」
「いーから早く終わらせようぜ。ああ、アイツ祓ったら後はに付き合ってやっから」
「え?」
「アトラクション。遊園地来るの初めてなんだろ?」
「…悟…」

いつものように頭を撫でられ、は驚いたように五条を見上げた。
何故知ってるのか、と問うように見ていると、五条は意味深な笑みを浮かべている。

「花火大会も初めてだったオマエが遊園地に来たことあるわけねーし」
「…わ、悪かったわね」
「そう怒んなって。今度、もっといい場所に連れてってやるから」
「もう悟のこと信用しない。どーせ呪霊がわんさか出る樹海とかに連れてく気でしょ」
「それも面白そうだけど、もっといいとこだよ」

五条はそう言って笑うと、の背中を押した。
とにかく今は目の前の呪霊を祓って来いと言うんだろう。
は溜息をつくと、心を決めて目の前のゲートをひとり、くぐって行った。






「……大丈夫か?」
「うぇ……気持ち悪い」
「い~から、これ飲め」

エリアの端っこで蹲っているに、五条が買って来た飲み物を差し出す。
はそれを受けとると、一気に喉へ流し込んだ。
それほどまでに呪霊の味は最悪だった。
先ほど五条に頼まれ、お化け屋敷に居座っていた呪霊と対峙したは、何をどうすれば良いのか分からないまま襲い掛かって来るソレと戦った。
いや、戦ったと言うよりは自然と身体が動いたと言っていい。
あげく呪霊が迫って来た時、まさに本能なのだろう。生気を吸う時のように青い炎が出現した。
その炎に触れた呪霊は熱がるような仕草をしていて、逃げることも敵わず、すぐに蒼い火に包まれていく。
はその時、全身が熱くなっていくのを感じて、燃え盛る呪霊に近づくと、その塵になる寸前のモノを口からすんなり取り込んだのだ。
しかしそれが予想以上にまずかった・・・・・

「はぁ…少し消えて来た…」

五条に貰ったコーラを飲み干したは先ほどよりも口の中の気持ち悪さが和らぎ、ホっと息を吐き出した。

「しっかしオマエ、あっさり一級呪霊を祓うとかすげーな。この世で初めてならもっと苦戦すんだろうと思ったけど」
「……私も。だけど呪霊と戦ってて思い出した。多分、二級以下なら触れるだけで出来る」
「マジ?じゃあ尚更高専行きは避けられねーな」

と、五条は楽しげに笑っていたが、ふとの頭へ手を置くと「お疲れさん」と笑顔を見せた。
外はすっかり日が暮れて、ドームの蒼いライトと遊園地のライトが良い感じで混ざり合い、夜を照らしている。
夜の遊園地がこんなにも綺麗だなんて、は思いもしなかった。

「武長さんがアトラクションに乗って高いとこからドームを見下ろすと綺麗だって言ってた」
「え、マジで?武長、遊園地とか来るんだ」
「ああ、でも子供の頃だって」
「ガキの頃かよ。アイツ、興味ねーみたいな顔して女とデートしてんのかと思ったわ」

五条のその言葉に、は先ほど覚えた違和感のことを思い出した。

「でも武長さんって凄くイケメンだし彼女いてもおかしくないでしょ」
「いや…そんなもん作る暇ねーだろ、アイツ。俺が当主になるまではオヤジにコキ使われてっから自由な時間ってあんまないだろうし」
「そうなの?ああ、でも五条家にいる人とかなら会えるじゃない。使用人の女性とか」
「あー…考えたこともなかったわ」

子供の頃から使用人がいる生活をしていた五条にとって、彼女たちは女という感じではないらしい。
でも武長はどうなんだろう。

「さっき武長さん、彩乃さんのこと何か親しげな感じで話してたんだけど…何かあるとかないよね?」
「彩乃?彩乃はオマエの兄ちゃんと番いになったばっかだろーが」
「そうだけど…何となくそう感じたんだもん」
「ああ、あれじゃね?」
「…何?」
「武長が生気交換の儀をしてんのが彩乃だし、親しいと感じたなら、それが関係してんだろ、きっと」
「えっ?そ…そう、なんだ…」

だが言われてみれば確かにそうだ。
何も生気交換の儀は鬼姫と時期当主の五条だけが行うものではない。
姫以外の鬼女は制約通り、生きる為に五条家の術師とそれを行う。
鬼女も鬼姫ほどではなくとも、当然妖力があり、術師の力を底上げ出来ることに変りはないのだ。

「武長さんと彩乃さんかあ…。知らなかった…。お兄ちゃんと彩乃さんもお似合いって思ったけど、武長さんと彩乃さんも美男美女過ぎてお似合いだよね」
「はあ?お似合いって…別にそんなつもりでパートナーやってるわけじゃねーだろ、武長も」
「そうあなぁ…。何となくだけど武長さん、彩乃さんのこと好きなのかなって思ったんだけど…」
「バカか。彩乃は鬼女だぞ。間違って好きになったとしても絶対に結ばれねーんだから意味ねーじゃん。そんなの武長が一番分かってる」
「え…結ばれないって…あ…そっか…」

制約にあった鬼と人間が交わった場合、決して子を宿してはならないという一文があったのを思い出す。
別に子供を作ることだけが幸せではないが、そのことがあるので鬼と人間の結婚は許されていない。
五条の前の六眼と紅葉姫のことがあってからは、余計にその辺は厳しくなっているという。

(鬼と人間は結ばれない…か。じゃあ武長さんがもし本当に彩乃さんのことを好きだったとしても、彩乃さんが天狗であるお兄ちゃんと結ばれるのを見ていることしか出来ないんだ)

ふとそんなことを考えていると自分のことではないのに胸がぎゅっと苦しくなった。

「どうした?」
「…な、何でもない」

俯いているの顔を覗き込んだ五条は訝しげに眉間を寄せていたが、すぐに笑顔を見せると「んじゃーそろそろ乗り行くか?あれ」と眩いライトの中で動いているアトラクションを指さした。
どうやら本当に付き合ってくれるらしい。

「いいの…?悟、任務の報告しに行かなきゃなんでしょ?」
「んなの明日でいーって。それよりが乗りたいもんどれだよ。今夜全部乗ってこうぜ」
「え、ぜ、全部…?」
「何だよ。乗りたいんだろ?」

五条は再びの手を繋ぐと、乗り物の方へ歩き出した。
手を引かれ、もまたついて行くと、目の前に大きなジェットコースターが現れた。

「うわぁ…高い…」
「やっぱまずはコレだろ」
「え、悟、こういう絶叫系好きなの?」
「好きっつーか、まあたまにデートで乗るくらいかなー」
「……デート?」

その単語がまさか五条の口から出て来るとは思わず、はふと足を止めた。

「…何だよ。俺がデートする相手もいないとか思ったわけ?」
「そ…そんなこと…思ってないけど」
「悪いけど俺、結構モテるんでー」

五条はそんなことを言いながら笑っている。しかしとて、そんな事くらいは分かっている。
五条の容姿や家柄、どれをとっても一流で、確かに粗暴で口は悪いが、それは自分に対してだけなのかもしれないと思った。
好きな女の子の前なら、優しくなれる人なのかもしれないと。

「あ、そーだ。デートで思い出したけどさ。交換の儀、次は明日だろ?」
「あ…うん…そうだけど…」
「それ明後日に変えてくんね?明日は用事あんだよ」
「……用事?」
「デートあんの、明日の夜は。だから交換すんのは明後日にしてくれよ」

な?と笑顔で言われた時、何故か胸の奥が軋むような音を立てた。
少し息苦しい。

「別に…いーけど…」
「明後日まで持つよな?」
「うん…多分」
「それとも…心配なら今、ここで少しやろーか?」

五条がふざけての顎を指で持ち上げる。
こんな人混みの中で唇を近づけてくる五条を見て、の頬がカッと熱くなった。

「…やめてよ!」

冗談なのは分かっているのに、いや、だからこそ。
にとっては生きる為の行為をからかわれた気がして、喉の奥が痛くなった。

「何だよ…マジになるなって。冗談だろ?」

急に不機嫌になったを見て、五条は呆れたように溜息をついた。
その顔を見ているだけで何故かイライラしてくる。

「……帰る」
「は?」

不意に踵を翻し、武長の待つ場所へ走り出したを見て、五条は呆気に取られた。

「おい、待てって!何、怒ってんだよ」
「怒ってない…でも…遊ぶ気分じゃなくなったから帰る」
「だから何でだよ?悪かったって…別に本気でしようなんて―――」
「悟にとっては遊びでも…私にとっては生きる為に必要な行為なの…!そんな冗談にされたくない!!」

涙を堪えて叫ぶと、は五条の手を振り払った。

「……悟のバカ」
「あ、おい!」

堪え切れずにぽろりと涙が零れ落ち、頬を濡らした涙を拭い、はそのまま走って行った。
それを追うことも出来ずに、しばらくその場に立ち尽くす五条の心を隠すように、たなびく雲が月を一時隠していった。





夜の遊園地とか、夜の滑走路とか、キラキラしてて綺麗ですよね✨
私は夜の飛行機に乗った時、ライトに照らされた滑走路に降りる瞬間が好きです🥰
そしてメッセージ、またまたありがとう御座います♡
これまでの先生の連載とは少し違う、逆パターンになりそうな気がしてます笑(;・∀・)


▽管理人にやる気エナジーをくれるという方は此方から笑🥰▽

🔥一言エナジー🔥

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