五条が今いる渋谷も普段よりは人の波でごった返していた。
目の前を人々が絶え間なく行き交っているのを眺めながら、五条は運ばれて来たコーヒーをゆっくりと口へ運んだ。
「…にが」
「…条くん。五条くん、聞いてる?」
「…え、何?」
砂糖を入れるのをすっかり忘れていた事に気づいた五条が、ボトボトと茶褐色の海へ砂糖の塊を入れていると、突然、目の前で大げさに振られた手が見えた。
視線を窓の外の雑踏から、前に座っている女性へと戻せば、明らかに不機嫌そうな瞳と視線がかち合う。
「さっきから上の空。私といてもつまんない?」
拗ねたように、それでいて少し媚びたような物言いをするこの女性は、前に任務先で知り合った女子大生だ。
依頼を受けて大学のあちこちに沸いた呪霊を夏油と二人で祓いに行き、そこで生徒のひとりだった彼女からコッソリ連絡先を書いたメモを渡されたことがキッカケで、それ以来こうして時々デートをしている。
五条からすれば女性に連絡先を渡されるのは日常茶飯事で、特別ということはない。
例え歳が離れていようと、よほど好みから外れていなければ時間の空いた日にこうして会ったりもする。
それを家入に「遊びで女と付き合うな、クズ」と慨嘆されようが、高専では呪いを祓ってばかりの日々。生家に帰れば、次期当主としての自覚を持てだの、呪術界をけん引するには人格が大事だなんだと耳にタコのことを言われる。
その合間、空いた時間にこうしてほんの少しの気晴らしをするのもいけないことなのかと思う。
そもそも遊びというが、相手だって本気とは言い難い。
「いや…悪い。ちょっと考えごと」
「ふーん。誰のこと考えてたの?」
「…別に誰ってわけじゃ…」
と言った先から脳裏に夕べのの泣き顔が過ぎる。
悟のバカ―――。
そう言い捨てて、あの場から逃げるように去って行った後ろ姿さえも鮮明に。
いったい何だったんだと五条からすれば未だに分からないし、そこまで傷つけたつもりもなかった。五条にはがそこまで怒る意味が分からない。
きっとこういうところが家入の言う「デリカシーのない男」たる所以なのかもしれない。
(女って分かんねえ…。笑ったと思った次の瞬間には怒ったり、泣いたり…。それともがそうなだけか?)
五条の周りの女と言えば、まず家入梢子がいる。
しかし五条は、家入が感情的に怒ったり泣いたりした姿を見たことがない。
どこか冷めている性格で、五条や夏油が何かやらかした時でも呆れた顔を見せるくらいだ。
他には先輩術師の歌姫や冥冥もいるが、歌姫は確かに五条と顔を合わせるたび怒ってはいる。
五条にはあれも意味不明だった。何もしていないのに睨んだり怒鳴ったりしてくる。
けど歌姫も泣いた顔は見せたことがない。ついでに笑顔も。
冥冥に至っては…まあ金にしか興味のない女であり、彼女が感情を露わにするのはだいたいが金絡みなので何の参考にもならない。
(そう考えてみると…俺の周りの女達ってろくなのいねぇな…)
ふとそんな失礼なことを考えた五条だが、相手からも「五条はろくでもないクズ」と思われていることには気づいていない。
そして今、目の前にいる彼女は会ってまだ三回目なので、よく分からないといったところ。
「それで五条くん、これからどうする?」
「これから?」
彼女の視線はどこか熱を孕んだもので、男に何かを期待させるような艶っぽさがある。
当然、五条もそれには気が付いていた。
「リリさんはどうしたい?」
頬杖をつき、にやりと笑みを浮かべながら意地悪く訊き返せば、彼女の赤い唇が妖しい弧を描く。
彼女と五条の間にまだ男女の関係はない。
最初のデートはバーに誘われたが、五条はまず未成年であり、更に下戸だ。
リリは五条が未成年と知って驚いていたが、少し残念そうにしながら「じゃあ無理には誘えないなあ」とボヤいていた。
その"誘う"が酒を飲む場所を指すのか、それとも他のことを指すのかは分からなかったが、二度目に連絡が来た時は健全に映画デートをした。
帰りは誘われるまま彼女のマンションへ行こうとしたが、そこで高専から呼び出しの電話が来たことで結局何もないまま早々に帰るはめになった。
そして今日、三度目のデートに誘われたのだ。
別にリリのことが凄く好きなわけでもないが、五条にしたら綺麗なお姉さんとあわよくば、という下心がないと言えば嘘になる。
「今日は呼び出しの電話、来ないのかな」
「さあ?もしかしたら来るかも」
「ふーん。じゃあ…邪魔される前に…私の家に行く?」
まだ午後五時になろうとしている時間。
随分とせっかちな人だなと思いながらも、五条は「いいよ」と笑顔で応えた。
「じゃあ もう行こ」
早々に席を立つリリに苦笑しつつ、五条は会計を済ませてカフェを出る。
彼女の家は渋谷にあり、ここから徒歩でも行ける。
待ち合わせにあのカフェを指定したのはリリの方なので、最初からその気だったのは明らかだ。
「何か飲み物とか買ってく?あ、でも五条くん下戸なんだっけ」
「俺はいらねーけど、リリさん飲みたいなら買えば?」
「うーん…今日はやめとく」
リリは一人で飲むのもつまらないのか、そう言って笑った。
ついでに甘えるように五条の腕に自分の腕を絡めて来る。
三度目のデートで少し大胆になってきているようだ。
五条はくっついてくるリリを見下ろしながら、この様子だと結構遊んでるんだろうな、と思った。
今時の女子大生といった服装とメイクで綺麗に着飾り、なかなかスタイルもいい。
年下に手を出さなくとも、きっと彼女はモテるだろうと。
五条もそれなりに適当な子と適当に遊んで来たので、今回もそれと同様、特に気にすることもなかった。
「お、"angeじゃん」
歩いて行く道すがら、有名なケーキ屋を見つけて、つい立ち止まる。
「え、五条くんケーキ好きなの?あ、甘党なんだっけ?」
「いや…別に甘党ってほど甘党ではないけど」
「って言いつつケーキ見て目がキラキラしてるじゃない。五条くんの瞳、ほんと綺麗よね」
「そりゃどーも。つーか中、見て来てい?」
「いいけど。あ、じゃあケーキ買ってく?ウチに美味しい紅茶あるし」
リリはそう言いながら五条の腕を引っ張り店内へと入って行く。
中は白で統一されたヨーロッパ調のお洒落な空間で、ケーキ屋というよりはフランスの民家のような雰囲気がある。
五条はケースの中にズラリと並べられた手のひらサイズの可愛らしいケーキを眺めながら「こんなの一口じゃん」と苦笑した。
リリは「どれにしよう」などと言って選んでいるが、五条はまるでオブジェのようなデザインのケーキを見ながら、ふと先日のの言葉を思い出していた。
"このアンジュのケーキ、一度でいいから食べてみたいなあ"
テレビのケーキ屋特集なる番組を見ながら、は瞳を輝かせながら呟いていたのだ。
"このフレジェ"食べたい!フランス版のショートケーキだって"
丸い苺のケーキが映った時、その見た目もさることながら、上にかかっているラズベリーピュレが美味しそうだった。
フレジェはケーキの側面に苺の断面が見えるように綺麗に並んでいるのが特徴で、それをカスタードクリームにバターを加えた濃厚なクレームムスリンヌで覆って上下をスポンジケーキで挟んでいる。
ホイップクリームでナッペして仕上げる日本のショートケーキとは少し違うのだ。
「すみません。このフレジェ下さい。こっちのホールの方」
「かしこまりました」
「え、五条くん、その大きいの食べるの?じゃあ、私は…クレーム・ブリュレ下さい」
リリも注文をしていたが、五条は箱に入ったケーキを受けとると、不意に「ごめん、リリさん」と苦笑いを浮かべた。
「俺、帰るわ」
「…は?」
「ちょっと用事、思い出した」
「な、何それ…!冗談でしょ?」
突然帰ると言い出した五条に、リリは呆気に取られたような顔だ。
「いや、マジで。ああ、支払いしとくしリリさんは好きなだけケーキ買ってって。じゃーまた」
呆然としているリリに笑顔でそう伝えると、五条はお金を店員に渡し「彼女の分もこれで」と言い残してすぐに出口へと歩いて行く。
そこで我に返ったリリは「もう連絡なんてしないわよ!」と怒鳴ったが、五条はすでに店を出て行った後だった。
「な…何なの、アイツ!ちょっとばかり顔がいいからって女舐めてんの…っ?」
さっきまでの女性らしい仕草はどこへやら。
怒り心頭といった様子でブツブツ文句を言いだしたリリを見て、店員たちは怯えたように遠巻きで彼女を眺めていた。

「さま、少しは食事取られてはどうですか?」
庭先のウッドチェアに座り、ボーっと星空を見上げているに、彩乃が心配そうに声をかけた。夕食の準備をして離れに運んで来たのだが、はいらないと言って外へ出ると、そのまま空を見上げてすでに一時間。
時々溜息をついている様子に、彩乃はどうしたものかと困り果てていた。
「生気を喰らえば鬼は生きられますが、でも普通の食事を摂るのも大事ですよ、さま」
「…うん」
そこは元人間。普通の食事だけでは生きる為の栄養にはならないが、ある程度肉体への栄養補給には必要なのだ。
「昨日、何があったんですか?悟さまと」
「べ…別に何もないよ…」
「でも武長が悟さまとケンカをされたようだ、と言っておりました」
「……ケンカなんて…」
そう、ケンカなどしていない。
が一方的に怒っただけだ。しかし車に戻った際、武長に泣き顔を見られたのだろう。
あれこれ聞かれたが「家に帰る」と言い張っていたら黙って送ってくれたのだ。
でも武長も心配だったのか、彩乃にはそのことを話したようだ。
「ほんと…ケンカなんてしてないの」
「でも…」
「私が…子供みたいなこと言っちゃっただけ」
「…さま?」
「だって…悟ってば人が大勢いる中で私に生気吸わせる真似するし、冗談だって分かってても腹が立ったんだもん…」
後ろに立っている彩乃にはつい愚痴を言った。
五条に悪気がなかったのはも分かっているが、あの時は何故かイライラして、つい怒鳴ってしまった。
あんなこと言う気はなかったのに、それもあっては少し落ち込んでいたのだ。
「それに交換の儀は今夜なのに悟ってば今日はデートあるから明日に変更してくれって言うのよ?何それって思っちゃって…。私との誓約より彼女を取るなんて、これって違反じゃない?彩乃さんっ」
文句を言っていると気づけばヒートアップしてきて、は心の中のモヤモヤを彩乃にぶちまけた。しかし何も言わない彩乃にがふと振り返れば、彼女は困ったような笑みを浮かべている。
「な…何…?」
「いえ。さまは素直な方なんですね。天夜さんが仰ってた通り」
「え、素直…って言ってた?お兄ちゃんが?」
「不満があるとすぐ顔に出ると」
「……む。それって素直って言うの…?単純ってことじゃない」
が僅かに目を細めると、彩乃は「すみません」と謝りつつも笑っている。
「さまは悟さまがご自分よりデートを優先させたことが気に入らないんですね」
「…ち、違うよ…。別に私は悟が誰とデートしようがどうでもいいけど、私が目覚める前には散々制約は大事だとか言ってたクセに、それをそっちのけで彼女を取ったから腹が立ったというか…」
ますます言い訳めいたことを言っている気がして、は言葉を切った。
彩乃は黙って聞いてくれてはいるが、その表情はやはり苦笑いを浮かべている。
「と、とにかく!私は悟なんか―――」
「おーい。俺の悪口か?」
「ひゃ」
突然背後から五条の声が聞こえて、は思わず飛び上がった。
「さ…悟?!」
「何だよ、女同士、こんなとこで俺の悪口大会でもしてんの?って、おい!」
五条が歩いて来た途端、はダッシュで離れの中へと入って行った。
その素早さに呆気に取られていると、彩乃が困り顔で溜息をついている。
「昨夜から機嫌が悪くて…。今日は朝から食事を摂られておりません」
「マジ…?あー…俺から言ってみるわ。彩乃はもう戻ってろ」
「はい。ではさまをお願いいたします」
彩乃はホっとしたように微笑むと、言われた通り母屋の方へと戻って行った。
それを見送りながら、五条は離れの窓へ視線を向けて「さてと…どーすっかな」と頭を掻いた。
怒っている女を相手にするのは面倒なのだが、二人の関係上、このままでいいというわけにもいかない。それについ買ってしまった土産がある。
さすがに五条ひとりでは食べきれないので、と二人で食べられたら、という言い訳を今考えた。
「しっかし…まーだ怒ってんのかよ…」
先ほどのの態度を見て、五条は深々と溜息をついた。
普段から人を怒らせるのは得意な五条でも、その相手を宥めるといった行為は今までしたことすらない。が何故あんなに怒っているのか、理由も分からないのが困りものだ。
「まずはそれを聞くか…」
五条は重たい足取りで離れに入ると、のいる部屋へ向かった。
「おい、…」
と襖を開けて中を覗いた瞬間「何しに来たの…」という不機嫌そうな声をかけられた。
見ればは隣の寝室で布団の中に潜っている。
どう見ても不貞腐れた子供のソレで、五条は危うく吹き出しそうになった。
「何やってんだよ…。あちーだろ」
「…暑くない」
「あっそ」
顏すら出さないを見て、五条は溜息交じりで布団の前にしゃがんだ。
「いーから出て来いよ。いいもん買って来たから」
「…いらない。っていうか悟は何しに来たの…?」
「あ?」
「今夜はデートだから交換の儀は明日にしてくれって言ったくせに」
「あー…まあ。そうだったんだけど…」
どう説明したものか分からず、五条は言葉を詰まらせた。
確かににはそう言ったし、五条もさっきまではそのつもりだった。でも―――。
「いや、さっき"ange"に行ってさ」
「…アンジュ…?」
「ほら、が前、テレビで見て食べてみたいって言ってたろ?フランスのケーキ屋だよ」
「……だ…だから?」
「だから………」
何だろう?と五条も言ってから首を傾げた。
デートの最中、が食べたがってたケーキ屋を見つけた。ただそれだけだ。
なのに五条はそのケーキを買い、デートを中断してまで、こうしてわざわざ実家にまでやって来た。
それもこれも、きっとこれを買って行ったら喜ぶだろうな、と想像してしまったせいだ。
「だから…と一緒に喰おうと思って買って来た」
「…えっ?」
そこで初めてがかぶっていた布団を跳ねのけ顔を出した。
ついでに五条の手にある大きな箱を見て、僅かに笑みを浮かべている。
五条は箱を開けると、中のケーキを出してに見せた。
「これだろ?の食いたがってたケーキ」
「あ、これ…フレジェ!」
綺麗な丸い苺のケーキを見た途端、は今度こそ瞳を輝かせ、満面の笑み浮かべた。
「可愛い…!」
「…可愛い?美味そうじゃなくて?」
「え、美味しそうだけど可愛いじゃない」
「…女のそういう感覚はよく分かんねーけど…まあ…少しは機嫌直ったかよ」
苦笑交じりで五条が訊くと、は笑顔のまま「うん」と頷いた。
それには五条もホっと胸を撫でおろす。
やっぱり機嫌の悪い女の子には甘いものが一番効果があると、実践したようだ。
「食べていい?」
「もちろん。あーこの部屋って包丁とかフォークとかあんの」
「うん。ミニキッチンに置いてある」
はそう言いながら布団から出て来ると、すぐに包丁や皿、フォークなどを持ってきた。
ここで本格的な料理こそ出来ないが、ちょっと使う分には便利なキッチンを後から付けたのだ。
は上手にケーキを切り分けて、五条の前に皿を置いた。
そして自分の分を皿に乗せると、不意に五条を見る。
「あ、あの…ありがとう。悟」
「ん?」
「このケーキ…買って来てくれて…」
「いや…偶然見つけただけだし」
「でも…デートは?」
おずおずと訊いて来るに、五条は「別にデートなんていつでも出来るし」と笑っている。
「ま、でも今日の相手からは二度と声はかかんねーだろうなー」
「え…?今日のって…彼女じゃないの…?デートの相手」
「は?俺、彼女って言った?」
「え?だって…」
普通デートと聞けば恋人=彼女だと思うのが普通だ。
なのに五条は笑いながら「俺、彼女なんていねぇし」と肩を竦めている。
それにはも唖然とした。
「え…じゃ、誰とデートしたの」
「あー今日は美人女子大生のリリさん」
「今日…は?」
「ああ、先週は癒し系美大生のマヤちゃんで、その前はセクシー系看護師の―――」
「ちょ、ちょっと待って!悟ってば、そんなにデートする相手いるの?」
「だから言ったろ。俺、結構モテるって」
「………」
あっけらかんと言い放つ五条に、は唖然とした顔で僅かに目を細めた。
交換の儀よりも優先したのだから、てっきり彼女だと思い込んでいたのだ。
「悟、サイテー…」
「あ?」
「そんな手当たり次第、女の子とっかえひっかえしてるんだ…」
「手あたり次第って、別に俺から誘ってるわけじゃねぇし。向こうから近づいて来るんだよ」
「…だ…だからって……不潔!」
「あぁ?!不潔ってなんだよ。オマエは昭和のオカンかっ」
五条は呆れたように笑いながら、ケーキを食べ始めた。
「んま!これ、好きかも」
「………」
呑気にケーキを食べ始めた五条を見て、は思い切り目を細めた。
モテるだろうとは思っていたが、色んなお姉さまたちと目くるめく逢瀬を重ねているとまでは思わない。考えが古臭いのはきっと先祖の思考も混ざっているからだろう。
だが五条はのまるで呪いのような念を感じ取り、僅かに眉間を寄せた。
「何だよ、そのオヤジみたいな顔は…」
「飽きれてる顔ですけど…何か?」
「……ったく、これだからガキは…」
「ガキじゃな―――」
「いーから、早くも食えって」
五条はそう言いながら、自分のフォークでケーキを刺すと、それをの口に入れた。
「…んぅ…おいひいっ」
「だろ?」
口に入れた途端、ふんわりとしたクリームの甘さとラズベリーピュレの酸味が程よく広がり、の顏も思わず綻ぶ。
のその嬉しそうな顔を見ると、五条も自然と笑顔になった。
この顔が見たいがために買って来たのだ、と改めて思う。
「機嫌直った?」
「……うん」
「そ。なら……仲直りのちゅーでもする?」
テーブルに肘をついてニヤリとする五条に、の頬が一瞬で朱色に染まる。
「ちゅ…ちゅーって何よ…」
「今夜は交換の儀の日だろ」
「そ…そうだけど…あれはちゅーじゃないから…っ」
「腹減ってねーの」
「……う…へ、減ってる…けど…」
今朝から人間の食事すら口にしていないは、言われた途端、思い出したかのように腹が鳴る。それには五条も吹き出した。
「マジでオマエの腹は素直だなぁ」
「う、うるさいな…。お腹空いてるとこにケーキ食べたから、それに反応しただけだし……って、な、何?」
床に手をつき、ジリジリと近づいてくる五条に気づいたが、無意識に身体を後退させる。
五条の艶のある唇が弧を描いているのは気のせいじゃないはずだ。
「何って、俺も見てたら腹減って来た」
「……は?」
「喰わせろよ、早く」
「ちょ…悟はそれに対してお腹は空かないでしょ…?」
「どうかな。ちょっと口移しさせて」
「な…何か顔が…やらし…ひゃっ」
近づかれるたび、更に後退するの腕を掴んだ五条は、強引に自分の方へ引き寄せた。
逃げないよう、腕の中でホールドすると、が驚いたように目を見開いて固まっている。
「何で逃げるわけ?」
「…に、逃げたわけじゃ…」
「交換の儀はと俺の誓約だろ」
「わ…分かってる…けど…」
五条があまりに艶のある表情を浮かべているから急に恥ずかしくなっただけだ。
交換の儀というよりは、どこか男が女に迫っているような空気に見えてしまった。
どことなく照れ臭くなり、俯いていると、
「…?」
「……え?」
名を呼ばれ、ふと顔を上げた瞬間、五条が顔を傾け、唇を重ねて来た。
一瞬、キスをされたような感覚になり、の鼓動が跳ねる。
が、生気を喰らうより先に、ちゅっと音を立てて唇が離れていく。
「はい、仲直りのちゅーね♡」
「……っ?!」
明らかに今のは儀での接吻ではなく。
唇を啄まれた通常のキスだったことで、の顏が真っ赤に染まった。
「な…何…して…」
「が可愛い反応するから悪い」
「…っ?」
「オマエ、今どんな顔してるか分かってねーだろ」
「…ど、どんな…顔って…」
五条は僅かに目を細め、呆れたように項垂れた。
「オマエ、天然で男を煽ってんのかよ」
「…あ、煽る…?」
「やっぱ分かってねーじゃん」
どこか恨めしそうな表情でを睨むと、五条は潤んでいる碧眼から視線を反らした。
今この状態で唇を合わせるのは、気分的に良くない気がしたのだ。
しかし今日交換の儀は行わないと、後々が空腹で理性を失いかねない。
「…ケーキ食ってからにすっか」
「う…うん」
も何となく空気を察したのか、そこは素直に頷き、五条の腕から慌てて逃げだしていく。
それが五条には少しだけ、そう。ほんの少し、寂しく感じた。
女性に誠実なイメージはないと作者さまが仰ってましたが、もしセンセーに恋人がいたならば人の目も気にせず溺愛してて欲しい笑
という、一読者の願望です🤣
という、一読者の願望です🤣