十六.恋花火

「…交流会?」

禪院直哉は煩わし気に顔を上げた。

「はあ。何でも東京校は人が足りひんゆーて1年も引っ張り出すとかで」
「1年て…あの鬼も出るゆうことか?」
「そうです」

補助監督の男が頷くと、直哉はニヤリと嫌な笑みを浮かべた。

「あの鬼、高専に入ってもーて、ちょっかい出しにくなったからなぁ」

思案するように顎を撫でながら直哉はふと補助監督の方へ視線を向けた。

「ほなら俺も出るわ」
「え、直哉さん、2年の助っ人なんて嫌やゆうてはりましたやん」
「ええねん。たまには先輩の顏立てたろ思てな」
「はあ。ほなら参加すると報告しときますよ?ほんまにええんですね?」
「男に二言はないわ」

直哉はそう言って笑うと、補助監督に手をひらひらと振りながら歩き出す。
以前はなかなか近づけなかったが、交流会となれば何が起こるか分からない。
どさくさに紛れて鬼と接触したところで、問題はないはずだ。

「まあ…下手うって悟くんに睨まれてもかなわんし…ソフトに行くか」

禪院家の者は鬼に近づいてはならないという暗黙のルールがある。
それは過去の因縁から、恨みを買っている禪院家が鬼に殺されるかもしれないからだ。
しかし直哉は自分が鬼などに殺されるはずはないと思っている。

「たかが鬼姫一匹、なんぼのもんやっちゅーねん。見たとこただの小娘やろ」

前に調べさせた時に撮らせた写真をケータイで眺めながら、直哉は鼻で笑うとその写真を削除した。

「ダルい交流会も、何や楽しみになってきたわ」

くっくと笑いながら、雲一つない夜空を見上げ、直哉は鼻歌交じりで禪院家の門をくぐった。






星漿体の任務が失敗に終わってから一ヶ月。
まだまだ残暑残る日々が続く中、五条が破壊した敷地も今は綺麗に修復され、いつもの高専の日常が戻りつつあった。
しかし、あの件に関わった術師の心に暗い影を落としたのは間違いなく。
皆がそれぞれ、前に比べて元気がないように思える。
唯一、天内と直接絡みのなかった家入、灰原、七海の3人はそんな空気を察しつつも、敢えて元気に振舞っている仲間達を見守ることしか出来なかった。
その中でも比較的、元気な五条は己の術式強化に余念がないようで、色々な技を試しては更に強さに磨きをかけていた。
今では任務もひとりでこなす。夏油も自然とひとりでの任務が増え、表情はどこか暗いままだった。もまた、色々と思うところがあるようで、時々ボーっとしては何かを考えていることが多くなり、灰原と七海はそれを心配そうに見守っていた。

「そう言えば、もうすぐ京都姉妹校との交流会ってのがあるみたいだね」

この日も任務を終えた、灰原、七海の3人は食堂で夕食をとった後、娯楽室に集まった。
各自スナック菓子やジュースなどを持ち寄り、今日の任務の反省会なるものをしていたのだが、灰原がふと思い出したように話し出した。

「交流会…?」

が首を傾げると、七海が「毎年あるみたいですよ」と娯楽室に貼ってあるポスターを指さす。そこには9月半ばに開催される交流会の主な内容が記載されていた。

「ほんとだ…。何やるんだろ」
「まあ1日目が団体戦、2日目は個人戦と毎年決まってるようですね」
「え、交流会なのに戦うの?」
「東京校と京都校の学生同士で競い合う恒例行事で、仲間を知り己を知ることを目的とした呪術合戦のようですよ」
「僕ら呪術師はやっぱ戦いあって絆を深めてくんだな、きっと。でもこれ2、3年のイベントで僕ら1年は出られないみたいだから残念だよ」

七海や灰原の話を聞いて、はへぇと相槌を打ちながら、そのポスターを眺める。
ということは今年は五条と夏油、家入が参戦するんだろうか。

「人数合わせで1年も出ることあるけどー?」
「…悟?」

そこへ五条と夏油が娯楽室へと入って来た。
灰原はふたりを見るなり素早く立ち上がると「お疲れ様です!夏油さん、五条さん!」と笑顔で挨拶をした。

「オマエ、相変わらず元気だな、灰原」

五条は苦笑交じりに灰原の肩を叩くと、の隣に腰を下ろした。
七海に至っては「うげ」という顔がもろに出ていて、五条が「何だよ、七海。その顔は」とサングラスをズラして睨んでいる。

「い、いえ…」

どちらかと言えば"陰"の人種である七海は、"陽"の灰原よりも更に相性の悪い、軽薄を絵に描いたような性格の五条が苦手だった。
しかもその苦手な相手は先輩であり、最強と称される呪術師なのだから、後輩の七海からすればとても厄介な存在であると言える。
逆に五条はキッチリとした性格で口で言うよりも意外に真面目な七海を気に入っている。
才能のある呪術師には目をかけているつもりなのだが、その性格が災いして気づかぬうちに避けられていることを本人はあまり分かっていない。

「え、1年も出ることがあるの?悟」

隣りで七海にちょっかいをかけている五条に、が尋ねる。

「あーまあ、人数は合わせねーとなんねーし。俺ら2年は3人だけど硝子は戦闘要員じゃないからな」
「あ、そっか…」
「まあ、今年は私と悟が出るとして、3年は先月任務中に亡くなったとかで今年は出られないだろうね」
「え、じゃあ人数ほんとに足りないんだ…」

夏油の説明を聞きが驚くと、五条は待ってましたと言わんばかりに微笑んだ。

「そこで、だ。オマエら1年全員、交流会に出ろ」
「…えっ?全員?」

が灰原と七海の方へ振り返る。七海は当然「げ…」という顔で元々細い目を更に細めて、今では瞑っているのではと思うほど意気消沈の様子。
言い出したら絶対に引かないのが五条悟だと、七海はこの頃からすでに理解し始めているようだ。
逆に灰原は大きな瞳をキラキラさせながら「出ます!」と何故か夏油に元気よく返事をした。

「そんな…1年の私達はまだ早いと思いますが…」
「再起不能の怪我を負わせること及び殺害はダメだから安心しろ、七海。ま、でもそれ以外は何でもありの呪術合戦だ」

項垂れる後輩に五条がニヤリと笑う。
は面白そう、とは思ったものの、自分も出ていいのか首を傾げる。
呪術師同士の交流会なら、鬼の自分は場違いなんじゃないかと思ったのだ。

も出るだろ?」
「…でも…私が出てもいいの?」
「当たり前だろ。今は呪術師として任務もこなしてるんだし」

とはいえ、の高専での扱いは"特級"であり、京都校の方から苦情が出るかもしれないな、とは内心思う五条だったが、1年でもまだまだ戦い慣れをしてるわけじゃない。
特に問題ないだろと呑気に考えていた。
それに五条や夏油も"特級"なので、それで苦情を言われたら交流会に出られる生徒はいなくなってしまう。
は五条に「大丈夫」と言われ、ホっとしたような笑顔を見せた。

「っつーことで、明日から任務後にオマエら特訓な?」
「えぇ…」

五条の提案に七海の顏がどんどん虚ろになって行く。
しかし灰原はますます瞳を輝かせて「夏油さんに特訓してもらえるなんて感激です」などと後輩のかがみのようなことをほざいていた。

「ま、灰原がそんなに張り切ってんなら今日からでもいーけど」
「え、い、いや…それは…」

ニヤリとする五条に、七海はすでに老人のような表情で窓の外を見た。
日はすっかり落ちて、外では鈴虫が鳴き始めている。日中はまだ暑いが、そろそろ初秋。
夜ともなれば涼しい風が気持ち良くなってくる時期だ。
こんないい夜に何が悲しくて任務で疲れてる体に鞭を打たなければならないんだ、と思いながら、七海はいちいち先輩を持ち上げる灰原を密かに睨みつけた。
しかし五条は「うっそー」と言って笑いだすと、椅子から立ち上がり、廊下に置いていた袋を手に戻って来た。

「特訓は明日からってことで、今夜はコレやろーぜ」
「え、あ!花火!」

五条が袋から出したものを見て、最初に声を上げたのはだった。

「任務帰りにコンビニ寄ったら、まだ売ってたんで買って来たんだ。皆でやろうと思ってね」

夏油が説明すると、は嬉しそうに瞳を輝かせた。ついでに灰原も「いいですね!」と喜んでいる。七海もまあ特訓よりマシか、と思いつつ、皆に付き合う形で校庭まで向かった。

「んじゃ火つけるぞー。傑、いち、にー、さんで点火な?」
「りょーかい」

まずはこれだろ、と五条は打ち上げ花火をふたつ距離を空けて並べると、夏油と共にカウントしながら導火線に火をつける。
ふたつの火花を散らしながら瞬くまに夜空へ向かって飛んでいった花火は、空中で鮮やかな花を咲かせた。

「うわー!綺麗…!」

久しぶりに花火を見たは嬉しそうな笑顔を見せながら「次はどれ?」とワクワクしながら訊いて来る。
五条と夏油は大きな打ち上げ花火を、今度は4つ並べると、灰原と七海にもライターを渡した。

「4つだと更に綺麗に見えるだろ」
「こっちはスタンバイOKです!」

少し距離を取った灰原が声を上げると、反対側にいった七海も片手を上げる。
それを合図に五条と夏油が火を順番に付ければ、時間差で花火が飛んでいく。

「おぉー絶景絶景」
「凄い綺麗…」

順番に飛んでは射干玉ぬばたまのような漆黒の夜空に咲く大輪の花に、はうっとりとした目でそれを見上げる。
それは1年前の夏、五条が連れて行ってくれた花火大会を思い出させるほどに、綺麗だと思った。

「ほら、手持ちのもたくさんあっから」

五条はの好きそうな花火を取り出すと、火をつけたものを持たせる。
は笑顔でそれを受けとると「ありがとう、悟」とお礼を言った。
夜空に打ちあがる花火も鮮やかだが、手元で儚い火花を散らす花も、凄く綺麗だ。
夏油と灰原は今も打ち上げ花火を上げていて、時折笑い声が校庭に響き渡る。
それを眺めている七海もさっきよりは楽しそうだ。

「…ありがとね、悟」

皆の方へ視線を向けていたは、再び花火に火をつけてくれた五条に、そう声をかけた。
五条は笑いながら「何のことだよ」と言っているが、どこか元気のなかった夏油が今は楽しそうにしているのを見た時、は気づいたのだ。

「花火、買って来てくれて…」
「……こんなんでいいなら、いつでも買って来てやるよ」
「…え?…」

ふと顔を上げたの瞳に、花火で照らされた五条の優しさを滲ませた双眸が映る。
それは以前とは少し違う輝きを持って、に向けられた。
その瞬間、花火が燃え尽き、ふたりの周りが一瞬暗くなる。

「あ…消えちゃ…」

がほんの僅か、視線を花火に向けて再び五条を見た時、唇と唇が重なる。
ほんの触れる程度の、キスとも呼べないような口付けだった。

「さ…さと…る……?」

は戸惑い、五条の横顔を見つめた。
五条は何も言わずに手元へ視線を落とし、黙って次の花火に火をつける。
再び辺りが明るくなると、まるで今のキスは夢だったのかと思うほど、鮮やかな光がと五条の顔を照らした。

「…がして欲しそうな顔してたから」

不意に五条が口を開き、はドキっとしたように顔を上げた。
それは先ほどの答えだと言うように、五条はどこか照れ臭そうに鼻の頭を掻いている。
本当にそんな顔をしてたんだろうか、と不安になりながらも、の頬もほんのりと赤く染まった。

「う…うそ…」
「…うん、嘘」
「え…」
「俺が…したかったのかもな…」

五条は目の前の花火を見つめながらポツリと呟く。炎に照らされた長いまつ毛が僅かに伏せられた。にとっては心臓に悪い、けれど一瞬なりとも勘違いをしてしまいそうな言葉だ。
パチパチと散る火の粉が風に吹かれて流れていく光景が綺麗で、何故か泣きそうになった。

「…私は…悟の彼女じゃないんだから…か…勝手にしないでよ…」

もっとハッキリ怒りたいのに、そんな言葉しか出てこない。
の頬がじわりと火照って行く。
胸の奥が熱く染まり、少し息苦しくなったのは、勝手に溢れて来る想いのせいだ。
五条は不意に笑みを漏らしたようだった。

「そうだな…は俺の彼女じゃない」
「……そ…そう、だよ」

分かってはいたがハッキリ言われると今度は悲しくなる。
勝手に一喜一憂するなんて、ほんとにバカだなと自分に呆れてしまう。
けれど、五条はの頭にポンと手を置いて、

は…彼女なんかより、大事な存在だよ」

そう言って五条はの頭をぐりぐりといつものように回し、静かに立ち上がると皆の方へ歩いて行った。

「おい、傑!次、このどでかいヤツ打ち上げようぜ」
「いいね」
「僕、点火しまーす!」

五条が乱入した途端、辺りが更に騒がしくなる。
その光景を眺めながら、は小さく息を吐き出した。
喉の奥が詰まったように苦しくて、ただ胸がドキドキして、心が嬉しさで震えるようだ。

「おい、!早く来いよ」

五条が笑顔で手を振っているのを見たは「うん」と返事をしてゆっくりと立ち上がる。
一粒零れ落ちた涙を拭うと、火照った頬を秋の夜風が優しく撫でて行った。



花火って何であんなに綺麗なんでしょうか🎇
打ち上げ花火も手元花火も何か色んな思い出連れて来ませんか🎆
久しぶりにやりたくなりました笑


▽管理人にやる気エナジーをくれるという方は此方から笑🥰▽

🔥一言エナジー🔥

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