京都校との交流会もあと三日と迫ったある日。
は現在、流行り出しているインフルエンザにかかり、二日前から寝込んでいた。
任務後、交流会に向けての特訓を五条達と行っていたが、疲れがたまっていたところへ夜はだいぶ冷え込んで来たのもあり、免疫力低下したせいだろうと診断された。
物理的なケガを治癒出来る鬼とはいえ、妖力の及ばない細菌やウイルスといったものは当然感染する。七海や灰原は毎年ワクチン接種をしているので問題なかったようだが、鬼のはワクチンといったものや人間の薬を体内に摂りこむことはできない為、彩乃が鬼用の漢方薬のようなものを作って届けてくれている。
「、三日分の薬、届いたぞ」
部屋へノックもせず入って来た五条は、ベッドで寝ているの方へ歩いて行くと、サイドテーブルに薬を置く。
ふと見れば、は未だ眠っているようで、小さな寝息が聞こえた。
熱を出した時は「鬼のくせに風邪引いたのかよ。鬼の霍乱じゃん」と散々いじった五条だったが、苦しそうに息をするを見ている内に、からかう気も失せたようで、今は心配そうに寝顔を眺めている。
「…まだ少し熱いか」
の額にそっと手を置いた五条は溜息をつきながら、火照った頬にも触れる。
彩乃いわく、鬼は感染しても人間ほど病は長引かないと言うので少しはホッとしたものの、やはり弱っている姿を見るのは何となく気が重い。
「無茶な特訓させたんじゃないの?」と家入には散々文句を言われた。
確かに交流会の為、一年には任務の後に少々ハードな特訓をした自覚があった五条は何も言い返せなかった。
「お祭りみたいなものなんだから、そこまでハードな特訓しなくても」
特訓中も夏油に何度かそう言われたのを思い出す。
負けず嫌いの性格が災いしたと五条も、そこは少し反省した。
と言って灰原は文句も言わず元気にその特訓をこなし、七海はまあブツブツ言ってはいたものの、意外とそつなくこなしていたので、五条もそれほど心配はしていなかったのだ。
まさか鬼のが真っ先に倒れるとは、五条にとっても予想外だった。
その罪悪感からか、五条が毎日のようにの看病をしている…というわけではなく。
交流会前に他の生徒までインフルエンザが移っては大変ということで、無限を使える五条に看病役としての白羽の矢が立ったのだ。
だがそのことで珍しく五条は文句も言わず、ここ二日は朝昼晩とに食事と薬を与える役目をきっちりとこなしていた。
「…さと…る?」
「悪い。起こしたか?」
頬に触れていた手を離すと、は僅かに首を振る。
「…今、何時?」
「今?ああ、夜の八時過ぎ。俺も任務で少し遅くなってさ。あ、彩乃から薬届いてた」
五条は椅子をベッドの前に置くと、そこへ座った。
「食欲ある?夕飯、持って来てやろうか。つってもお粥だけど」
「……うん。食べないと薬飲めないもんね」
「分かった。じゃあ待ってろ。って、ああ…あっちの腹の方は平気か?」
部屋を出て行きかけた五条が不意に振り向く。
前回、生気を与えたのは四日前だがその後に倒れたので、寝込んでからは一度も与えていない。
通常ならあと二日三日は持つはずだが、体調が悪い時は体力を消耗するので間際が短くなるかもしれないと彩乃に言われていた。
五条の問いには口元をタオルケットで隠しながらも「少し…」と小さく呟いた。
「ならそれは薬飲んでからな?んじゃちょっと待ってて」
五条は食事を頼むのに部屋を出て食堂に向かうと、そこには灰原と七海、夏油が夕飯をとっていた。
「ああ、悟。の具合いはどう?」
「あー少し熱が下がって来てるけど、まだ怠そうだな」
「…そうか。ああ、の食事かい?」
「そ、おばちゃんにお粥頼もうと思って」
と言った瞬間、厨房の中から「もう出来てるよ」と寮母のおばちゃんが顔を出した。
「皆から五条くんが戻ったって聞いたから来る頃かと思ってね」
「マジ?サンキューおばちゃん」
「それ食べさせたら五条くんも夕飯食べにおいで。今夜はカレーだから」
「いい匂いしてっからすぐ分かったよ」
五条は笑いながらお粥の乗ったトレーを受けとると、後輩のふたりに「今夜の特訓は休みなー」と声をかけた。
五条の一言に瞳を輝かせたのは七海だけで、灰原は「え、休みですか」と少し残念そうな顔だ。
「しっかり休息をとるのは大事だってを見て分かっただろ。無理はダメだよ」
「は、そ、そうですね!今夜はしっかり休みます」
夏油に言われて灰原も素直に頷く。それを見て七海は内心ホっとしていた。
持前のやる気全開で灰原が「休みなんかいりません」とでも言ったらどうしようかとヒヤヒヤしていたのだ。しかしその心配も杞憂に終わったと、再び夕飯にとりかかる。
五条はそんな七海の背中を見ながら「明日はその分みっちり鍛えてやるからな」という言葉を置き土産に食堂を後にした。
早速背後からは深い溜息が聞こえて来て、五条は苦笑しながらの部屋へ向かう。
七海は体術が際立っている。スピードと手数はなかなかのもので、それに術式を加えれば更に強くなると思った五条はそこを伸ばしてやりたいと思っていた。
(ま、やる気なさそうなのが少し気にかかるけどな…)
そう思いながらの部屋へ入った。しかしベッドの上がもぬけの殻でギョっとした。
「…何やってんだよ」
「あ…悟…」
は窓の前に立っていた。
五条はお粥の乗ったトレーをサイドテーブルに置くと、の方へ歩いて行く。
少し熱は下がったとはいえ、今は体力がないのでの足元が危なっかしいほどフラついているのだ。
「外の空気吸いたくて…」
「オレが戻るまで我慢しろよ。ほらベッド戻るぞ」
「…ひゃ」
五条はの体を抱きかかえるとベッドに運んでそっと座らせた。
ついでに背中にクッションを置いて夕飯を食べやすいようにしてやる。
「あ…ありがとう」
「ん。あー窓少し開けてやるよ。今夜は少し寒いから30分だけな?」
そう言いながら五条は換気をするのに半分ほど窓を開ける。
室内には家入が貸してくれた加湿器があり、湿度が普段より高めになっていた。
そのせいで少し息苦しく感じたのかもしれない。
「…気持ちいい」
は外の風が入って来たのを感じ、笑顔を見せた。
それでも体を冷やすのは良くないと、カーディガンをの肩にかけてあげた。
「…ありがと。何か…お世話してもらいっぱなしだね、私…」
「病人はそんなこと気にすんな。治すことだけ考えろよ。ほら」
五条は再び椅子に座ると、お粥をスプーンで掬い、ふーっと吹いて冷ました後での口元へ運んだ。
これまでも自分で食べると言ってみたが、五条は「病人は黙って看病されてろ」と言うので仕方なく言うことを聞いて食べさせてもらっている。
「…美味しい。今日も出汁の味が違う」
「あーおばちゃんが毎日お粥じゃ飽きるからねつって色々と工夫してくれてるみてぇ。オマエも元気になったらお礼言っとけよ」
「うん」
寮母のおばちゃん――名前は皆、知らない――は非術師ながら、この高専で皆の食事を賄ってくれている人で、も大好きだった。
夫とは死別したとかで寮に住み込んでいるので、普段の食事以外でも何か頼めば好きな物を作ってくれる。
「はい、んじゃー最後の一口ね」
五条はそう言ってお粥をの口へ運ぶ。それをきちんと食べて、はホっと息をついた。
温かいお粥は胃袋を温め、それが全身に回り少しだけ火照って来る。
「ご馳走様」
「おう、じゃあ次はコレな」
空になった土鍋を置く代わりに、五条は薬の入った袋の中から一つの包を取り出した。
それを見た瞬間、はしかめっ面になる。
「それ死ぬほど苦いんだよなぁ…」
「何かクソマズいらしいな。ま、でも彩乃がオマエの為に忙しい合間に調合してくれてんだから、ちゃんと飲めよ」
「うん…」
五条に水の入ったコップと薬を渡され、は渋々といった顔でそれを口に流し込む。
口内に広がる何とも言えない苦みと臭みで、は「うぇ」と舌を出した。
「まずい?」
「……何でそんなに楽しそうなの、悟…」
ニコニコ…いや、ニヤニヤしながら自分の顏を覗き込んで来る五条に、は思わず目を細める。以前よりは確実に打ち解けたし、五条も優しくなってきている気もするが、時々こうして意地の悪い頃の顏に戻ることがあった。
「のまずーいって顔が面白いから」
「お…面白いって何よ…」
「赤ちゃんみたなクシャ顔になるんだよ。自分じゃ分かんねぇだろうけど」
五条はそう言って笑うと、の鼻をむぎゅっと摘む。
そして何故かサングラスを外し、片足を乗せて五条がベッドへ上がると、マットがギシっと軋む音がした。
「な…何?」
「口直し、しようか」
「は?あ…」
五条の言葉の意味に気づいたのか、の頬が熱とは別の意味で火照って来る。
しかし五条が唇を近づけて来たのを見て、は慌てて肩を押した。
「…何だよ」
「や、やっぱりいい…」
「は?何で。さっき腹減ってるって言ってたろ」
「だ、大丈夫…だから…あと三日くらい我慢できるし」
顔を背けるに、五条の目も次第に細くなっていく。
こんな風にからあからさまに拒否されると、よく分からない苛立ちがこみ上げて来る。
「オマエの体はウイルスで弱ってんだから我慢する必要ねぇだろ。早く治したいなら生気喰った方がマズい薬より効くんじゃねぇの?」
「そ、そうかもしれないけど、今は…ほんとにいいの。大丈夫…。それに悟は夕飯食べてないんでしょ?早く食べて来て」
「……あっそ。んじゃあーそうするわ」
が頑固なのは分かっている。五条は不機嫌そうな顔を隠そうともせず、ベッドから下りると「オマエはちゃんと温かくして寝とけよ」と言って部屋を後にした。
ドアを閉める瞬間、明らかにホッとした顔のが見えて、五条はますます苛立って来る。
良かれと思ったことを真っ向から拒否されると、やはり五条としても面白くはない。
「何だ、のヤツ…。ぜってぇ腹減ってるクセして」
ブツブツ言いながら食堂に戻ると、そこにはさっきまでの顔ぶれはなく、代わりに家入が座ってカレーを食べていた。
「お、五条。はどう?」
「お粥は完食してたくらいには回復してっけど、まだ少し熱あるみてぇ。――あ、おばちゃん、これサンキュー。あと俺のカレーちょうだい」
五条はお粥の器を返すと、すぐに出て来た自分のカレー皿を持ち、家入の隣に座った。
その様子を横目で見ていた家入は、一発で五条の機嫌の悪さを察知する。
「…何よ。またケンカでもしたの?と」
「別にそんなんじゃねぇよ」
五条は応えながらもカレーに沢山の福神漬けを乗せて食べ始めた。
どう見てもその姿は不機嫌そのもので、五条は無言のままカレーを食べている。
だいたい五条がこんな顔をするのはとケンカした時か、一方的に怒られた時くらいなのを、本人だけが気づいていない。
「じゃあ何でそんなに不機嫌なのよ」
「あ…?別に不機嫌じゃねぇ」
「嘘つけ。眉間に皺寄ってるし、とても国民的アイドルのカレーを食べてる顔じゃないわね」
「は?何だそれ。カレー食う時の顏ってあんの」
「あるでしょ。だってカレーだよ?」
「…オマエもたいがい意味分かんねぇ」
家入を横目で睨みながらも、五条は黙々とカレーを食べ続けている。
その横顔を見て、家入はニヤリと笑みを浮かべた。
「私もってことは、にも意味わかんないこと、言われたのかな?五条悟くん」
「…ウゼェ呼び方すんな」
「何よ。教えてよ」
殆ど食べ終わった家入は暇なのか、テーブルに肘をついて五条の顔を覗き込む。
誰もがそうだろうが、食事中、至近距離で顔を見つめられるのは何とも言えず不快だ。
この時の五条も例外なく、不愉快な気持ちになり、ジロリと家入を睨む。
「コッチ見んなって」
「だって五条が応えないから」
「……」
これは教えるまで見続けると言う意味だろうか。
五条は深い溜息と共に「ごっそーさん」と言いながらスプーンを皿の上に置いた。
カランという音が響き、家入が「はやっ。早食いは太るよ?」と立ち上がった五条を見上げる。
「…太らねぇよ。ぜーんぶエネルギーはここに回るから」
と自分の頭を指す。
そして未だに自分を見つめながら答えを待っている家入を見下ろし溜息をついた。
「…が少し腹減ったって言うから生気やろうとしたら、やっぱいらないって言って来たんだよ」
「え、何で」
「知らねぇよ。言っとくけどそれまでは普通だったし怒らせたわけでもねぇからな?」
先制攻撃の如く、家入に言われそうなことを先に言えば、家入も軽く吹き出した。
家入にしてみれば、交換を断られただけで不機嫌になっている五条の姿はレアなので面白いのだ。
まるでエッチを拒否られた男子高生みたいだ、と思う。
「分かったよ。じゃあ…アレしかないね」
「…アレ?」
「だから…の病気は何でしょーかって話」
「何って……インフルエンザだろ?」
「そう。そのインフルエンザは最悪なことに他人に感染する病気でもある」
「…だから何――」
だよ、と言おうとしたが、そこで五条は言葉を切った。
家入の言いたいことを理解し、何故先ほどがあんなに頑なに拒否をしてきたのかに気づく。
「まあ五条には無限があるからに近寄ったところでウイルスに感染はしない。けどいくら何でも術式発動しながら交換は行えないだろ」
「…そうだった」
「多分、なりに気を遣ったんだよ。看病してくれてる五条に移したとあっちゃ、それこそ申し訳ないだろうし、私や他の皆にも移るかもしれないって。それくらい分かってやんなよ――」
と家入が言い終わらないうちに、五条は食堂を飛び出して行った。
「はあ…世話の焼ける…」
残された家入は溜息交じりで呟くと、置きっぱなしの五条の皿と自分の皿を厨房まで下げに行った。

「悟…ちゃんとご飯食べたかな…」
布団に潜り、寝返りを打ちながらは溜息をついた。
先ほど五条が不機嫌になったのは分かっている。
ちゃんと理由を言えば良かったのだが、何となく照れ臭いのもあり言葉足らずになってしまった。
それに薬を飲んだばかりで口内にはまだ苦みが残っていたし、今、五条と交換をすればその苦みを五条にも与えてしまうことになる。
唇を重ねた相手に嫌な顔をされるのも、女心としては嫌だなと思ってしまった。
それに最大の理由はやはり感染させてしまうんじゃないかと思ったからだ。
普通にしていれば五条は無限で守られているが、唇を合わせるとどうなるのかまでは分からない。
万が一、五条までインフルエンザになってしまえば、交流会に出られない可能性も出て来る。
(私がインフルエンザにかからなければ…)
何故こんな時期に病気になってしまうんだと思いながら、はまた何度目かの溜息をつく。
その時、いきなり部屋のドアが開き、はギョっとして飛び起きた。
「さ…悟…?」
突然入って来たのは先ほど食堂に行ったばかりの五条だった。
その顔はやはり少し機嫌が悪い。
(もしかして…文句を言いに戻って来たとか…?)
さっきは腹が減ったかと訊かれて、つい正直に答えてしまった。
なのにあんな風に断ってしまったから怒っているのかと、そう思った。
しかし五条はの前まで歩いて来ると、さっきとは違い今度は体ごとベッドへ上がって来る。
寮のベッドはそれほど頑丈に作られているわけでもないのか、さっき以上に悲鳴のような音が鳴った。
「さ…悟?ど、どうした」
の、と言い終わる前に、の唇は五条の唇に塞がれていた。
驚きのあまり大きく瞳を見開き、慌てて五条の体を押し戻そうとしたが、その手も拘束され、勢いのままベッドへ押し倒される。
そうなると体重の乗った五条の体を押し戻すことは困難だ。
「んぅ…」
圧し掛かられて受ける口付けは更に深く唇が交わう。
生気を喰らう前に窒息しそうだとが思った時、ゆっくりと唇が解放された。
自分を見下ろすキラキラとした碧い双眸に、の頬が熱く火照って行く。
「…何で喰わねぇの?これじゃただのキスだろ。ちゃん」
「…だ…だって…移っちゃうし…」
「バカかよ。オレがインフルエンザなんかに感染すると思ってんの?」
五条が得意げな顔で上から見下ろしてくるのを見て、は驚いた。
「え…悟…感染とかしないの…?」
無下限呪術は体内にも有効なのか!と感動しかけた時、五条が首を傾げた。
「いや、分かんねぇけど」
「…えっ」
すっとぼけたことを言う五条にも驚く。
しかし五条は気にすることなく唇を近づけると、にやりと笑みを浮かべた。
「つーか、もう手遅れだろ。今しちゃったし」
「そ、そうだけど…ダ、ダメだよ…悟まで感染したら交流会だってあるし、皆も――」
「だーからゴチャゴチャうっせぇな、オマエは。そんなの分かんねぇだろ。かからないかもしれねぇじゃん」
「で、でも…」
「それに俺、ワクチン打ってるし、もしかかっても軽くて済むから気にすんな」
五条はそう言って笑うと、赤くなったの頬へ手を添えて唇を塞ぐ。
せっかく熱が下がりかけていたのに、別の熱で全身が熱くなっていく気がして、は五条の腕をぎゅっと掴んだ。
口内へ流れ込むエネルギーの塊が体内を巡り、頭がくらくらして来る。
ようやく唇を解放された頃には、空腹は満たされたものの、熱とは別の意味ではグッタリしていた。生気を喰らった後の気怠さで指先一つ動かせず、心地いい睡魔まで襲ってくる。
「少し、顔色も良くなったな…」
五条はの額の髪を指で避けて軽く口付けると、優しい眼差しで微笑む。
「早く治せよ」
五条の言葉に何とか頷いてからくっつきそうな瞼を伏せると、唇に軽くキスをされたのを感じる。
しかし抗議の声を上げる間もなく、次の瞬間にはも夢の中へと堕ちて行った。

「―――はあ?移ったぁ?」
交流会前日となったこの日の朝、担任の夜蛾から「五条はインフルエンザで急遽休みだ」と言われた家入と夏油は、互いに顔を見合わせた。
「あー…まあの看病をアイツだけに任せっきりだったのは俺にも責任はある。まあ…本人は意外と元気そうではあったが大事をとって今日一日は休ませることにした…。しっかし無限があっても移るもんなんだな…」
「「………」」
夜蛾は不思議そうに首を傾げているが、家入だけは何故五条に移ったのかという原因を知っているだけに何とも言えない顔で笑いを噛み殺していた。
「オイ、硝子…もしかして悟のヤツ…」
「…やったわね」
「…そんなことだろうと思った」
夏油も察しがついたようで、苦笑いを浮かべながら溜息をつく。
いくらの為だったとはいえ、無限を解いて交換の儀を行った五条の行動に「ほんと…バカね、アイツ」と肩を竦める。
「まあ…でもそのおかげでは普通よりも早く回復したしね」
「そうなんだけど…交流会どうすんだろ」
「悟は出るさ」
「え、でも周りが感染しちゃうじゃん。七海とか灰原に」
「一緒に行動しなきゃいいだろ。きっと悟ならそうする。ひとりの方が悟の力が100%発揮出来る」
夏油はそう言いながら肩を竦めている。
家入も確かに、と頷きながら、もし五条が出られなかった場合、明日の交流戦はキツイかもしれないなと考えていた。
「禪院直哉…まさかアイツが出るとはね…」
五条家や鬼族との因縁を知っているだけに、何事もなければいいけど、と家入は溜息をついた。

「…大丈夫?悟」
今度は五条の看病をしろと夜蛾に言われ、一日休みを貰ったは、五条が苦しそうな呼吸をしているのを見て心配そうに顔を覗き込んだ。
「…大丈夫…なわきゃねぇだろ。苦しいわ」
「…もう…だから言ったのに…」
いくら自分の為にしてくれた事とは言え、五条が寝込んでしまうのは避けたかった。
交流会は明日なのにこの様子だと熱が下がるかどうか、微妙なところだ。
「…いーんだよ。は元気になったしな」
「でも悟が倒れちゃ意味ないよ…」
「心配すんなって…明日は…出るから」
「私が言ってるのはその事じゃなくて…って、悟、明日出る気なの?!」
うっかり聞き逃しそうになったが、慌てて聞き返すと、五条はニヤリと笑う。
「ダメだよ、熱があるのに…」
「一晩寝れば大丈夫だよ。ワクチンのおかげでそこまで熱上がってねぇし」
「だけど…」
「あーそれに俺、単独行動する予定だったから皆に移す事もねぇよ…」
「え…?単独って…」
「ひとりの方がやりやすいんだ…。ま、京都校のヤツらに移さねぇとは言い切れないけどな…。ま、いーだろ。アッチには移しても」
五条はそんなことを言いながら笑っている。
は呑気だなぁと思いながらも、つられて笑ってしまった。
「悟、何か食べたいものある?あ、それとも喉乾いた?飲み物もらって来るけど」
数日前まで自分も寝込んでいたせいで、欲しいものはだいたい想像がつく。
が尋ねると、五条は「うーん…今んとこ特には…」と呟いた。
「ほんと?遠慮しないで言ってね。今日はお休みもらってるし、悟にずっとついてるから」
この前までは自分がやってもらう側で申し訳ないと思った分、五条に返したいと思った。
すると布団の中から伸びた手が、の手を掴む。
「ん?何か欲しいもの、あった?」
「…ひとつ」
「何?」
やっと役に立てると思ったが身を乗り出すと、五条は熱で潤んだ瞳をに向けて、
「…の妖気、喰らったら回復するかも」
「……えっ?」
「だからがちゅーしてくれたら――」
と言ったところで顔面にクッションが降って来た。(!)
ぼふっという音と、の「人が真面目に心配してるのにっ」という怒った声が、静かな室内に響く。
「う、嘘…冗談…っいてっ。テメ、俺は病人だっつーの…っ!ってか、悪かったって…っ!」
何度も降って来るクッションの刑に五条が白旗を上げ、の手が止まる。
その顔は僅かに赤く染まっている。
いくら冗談とはいえ、密かに五条を想っているからすれば心臓に悪い冗談だった。
「ったく…元気になったらなったで、もう普段通りかよ…はぁ…疲れた…」
「だ、だって悟が変なこと言うから…」
「別に変なことじゃねぇだろ。オマエだって生気喰らって回復したんだし…」
「そ…れは感謝してるけど…言い方が…」
確かに五条は移る覚悟で生気を与えてくれた。
五条の言うことにも一理ある。
は「ごめん…」と謝り、クッションを下ろすと、五条もホっとしたように息を吐きだした。
「…じゃあ気を取り直して…」
「…?」
「熱いちゅ~を――」
と言った瞬間、再び五条の顔面にクッションが振り下ろされたのは言うまでもない。
たまには軽めの繋ぎ的なお話…笑👹
鬼も最強もウイルスには勝てないやつ笑
鬼も最強もウイルスには勝てないやつ笑