十九.歴史は繰り返す


「…直哉。エレナから離れろ」

五条は冷めた音をただ吐き出した。
それだけでふたりの間の空気が、張り詰めたのがにも分かった。



交流戦、一日目の団体戦は不利だと思われた東京校が勝利し、好スタートを切れた。
人数不利と思われた前半戦、中心まで京都校と大差がないほど早く進み、呪霊も全て撃破。
夏油がアタッカーとして激戦区となった中心部を離れた際は多少、灰原と七海が追い込まれたものの、途中で五条が参戦したことで夏油が戻り、戦闘に集中出来たことが大きい。
代わりにアタッカーとなった五条が京都校の拠点に一瞬で移動し、ディフェンダーがいるにも関わらず難なく旗をゲットしたことで、東京校の勝利が確定した。

「はあ~!一時はどうなるかと思ったけど、勝てて良かったですねー!夏油さん!」
「そうだね。灰原と七海が中央で踏ん張ってくれたおかげだよ」
「よぉし!オマエらこの調子で明日の個人戦も頼むぞ!」

夜蛾や夏油に褒められ、灰原、そして珍しく七海も上機嫌で祝杯をあげている。
と言っても当然学生なのでコーラやジュースといった飲み物だ。
家入も「皆のケガもかすり傷程度で済んで良かったー」とホっとした様子だった。
しかし浮かれている面々とは別に、五条は不機嫌そうに窓際の席で沈んでいく太陽を眺めている。
その隣には気まずそうな顔で俯いているが座っていた。

「悟…まだ怒ってるの…?」

何となく気まずい空気を感じながら、恐る恐るが尋ねる。
五条は視線を外の夕日からへ移すと、小さな溜息をついた。

「別にに怒ってるわけじゃねぇよ」
「じゃあ…何でそんな不機嫌なの。せっかく勝ったのに」
「不機嫌ってわけじゃ…」

と言いかけて、五条は言葉を切った。
確かに団体戦を勝てたことは五条も満足していたが、得体のしれない一級の呪霊が紛れ込んでいたこと。そしてやはり一番は直哉の存在が気になっているのは確かだ。

"嫌やなぁ。俺は彼女を守っただけやのに、そない怖い顔されんのはかなわんわー"

五条が駆けつけたのを見た直哉は、笑顔を見せながらそんなことを言っていた。
当然、駆けつける直前に気配が消えた呪霊の存在は五条も把握していたし、が危ないところだったというのも気づいている。
六眼で捕らえた呪霊ととでは、まだ力の差があったことも。
確かに直哉が助けなければ、は死なないまでも大怪我を負っていたはずだ。
直哉の真意は分からなかったが、そこは五条もお礼を言ってその場は解散となった。
最後に「にはあまり近づくなよ」という牽制は忘れなかったが。
ただそのこともそうだが、あの直前に妖力を分けて貰ったせいで、を危ない目に合わせてしまったんじゃないかという自分に対しての苛立ちが一番強かった。
それがなければ力の差があったとはいえ、もそこそこ戦えたんじゃないかと思うから余計にイラつくのだ。

「…悟?体調は…」
「ああ…そっちはもう大丈夫だよ。熱も平熱に戻ってるし」
「なら…良かった」

五条が笑みを浮かべると、はホっとしたように微笑んだ。
しかし五条は「よくねぇよ」と呟き、の頭へ手を乗せた。

「悪かったな…。俺が妖力分けてもらったせいで、オマエ少しガス欠だったろ」
「え…」
「まあ…今回は一級が出るなんて思わなかったけど、今それは補助監督が調べてるみてぇだから、また後で話を聞かれるかもな」
「う、うん…。でもホント何で急に現れたんだろ」

気づけばすでにそこにいたという感じだったのだ。
普通ならあれほどの呪霊なら近づいてくれば分かるはずなのに。
その違和感は五条に伝えてある。

「夜蛾センセーもそんな育ちそうなヤツは準備していなかったって言ってたからな…外部からとしか思えねえ」
「え、外部って…でも…どうやって?っていうか誰が…」
「……さぁな。ま、その辺は調べてみるけど、オマエ、ほんと直哉には気をつけろよ?さっきはまあ顔知らなかったし仕方ねぇとしても」
「うん…。まさかあの人が禪院家当主の息子なんて思わなかった…」

確かに嫌な空気は感じたが、特別殺意も敵意も感じなかった為、もそこまでの警戒はしていなかったのだ。

"禪院家と鬼族の間に因縁があるのは俺も知ってるけど、うん百年前のことを未だに引きずる気ぃはないし、そろそろ仲良うして欲しいわ"

去り際、直哉がそう言っていたのを思い出す。
実のところも禪院家との間にあった詳しいことは彩乃や天夜に話を聞いたくらいにしか知らない。自分の中に眠っている先祖の鬼が恨みを持っていたところで、の中にある記憶は遠い遠い過去のものとしてしか認識してないからだ。
しかしこれまでの歴史の中でも何度となくあった禪院家と鬼族の争いは無視できない内容ではある。過去の裏切りで鬼と制約を交わせなかった禪院家と加茂家。
加茂家は他の方法で力をつけようと画策していた節があるが、禪院家は鬼の力を諦めてはいなかった。これまでにも禪院家の先祖は何度か鬼姫や鬼に接触しては、先祖の過ちを流して欲しいと和解を求めたり、それが許されぬと分かると力づくで妖力を奪おうとする。
結局は戦闘になり返り討ちに合って来たようだ、と五条がに教えてくれた。

に一番近い先祖である紅葉も狙われてたようだな」
「え…」
「前に天夜に聞いた話、覚えてるか?俺の前の代の六眼が紅葉を妻にしたって話」
「え、うん…」

500年前、六眼である当主が父のパートナーであった紅葉を自分のパートナーに指名したことで、ふたりは愛し合うようになり、周りの反対を押し切って夫婦になったという話だった。
しかしその直後、六眼の当主は長年険悪だった禪院家の当主と戦い、相討ちによって死亡としたと聞いている。

「それ、紅葉が絡んでるって話だ」
「…えっ?」
「何で長年膠着状態だった五条家と禪院家の当主同士が突然決闘紛いなことしたと思う?」

五条に問われ、は先祖の中にある記憶を思い出そうと天井を仰ぐ。
しかし紅葉だけの記憶を鮮明に引き出すことは適わず、首を捻った。

「その当時の禪院家の当主が、紅葉を自分のものにしようとしたからだ」
「そ…そうなの…?」

五条の説明にはギョっとしたように目を見開いた。
母を裏切った禪院家の当主がいくら望もうとも、娘の紅葉が受け入れるはずはない。

「六眼の妻となる前から、禪院家の当時の当主は紅葉に惚れてたって話だ」
「嘘…敵…なのに?」
「最初は強引にさらって力を奪おうとしてたらしいけどな。何がどうなってそういう気持ちになったかは分かんねえ」
「じゃあ…禪院家の当主は紅葉さんが六眼の妻になったから戦いを挑んだって…こと?」
「まあ…そうなるな。歴史書が正しければ、だけど」

五条はその話を聞いた後、実家にある鬼と五条家について書かれた書物を読み漁ったことがある。
そこにそう記されていたのだが、禪院家の当主の想いまで書かれているわけじゃない。
あくまで五条家の人間の目にはそう映ったということだけだ。

「だからってわけじゃないけど…禪院直哉。アイツには気をつけろよ?」
「え…直哉くん?」
「アイツは禪院家の中でも一番才能がある術師でそれなりに強いしプライドも高い。プラス野心も強いんだよ。力を求めてのことを狙ってても不思議じゃないってこと」
「……でも仲良くしたいって…」
「あんなの言葉通りに受け取んな。過去からの因縁は"昔の話だから水に流して仲直りしましょう"、なんてそんな簡単なもんじゃねえ」

五条は溜息交じりで言うと、を呆れ顔で睨んだ。

「つってもは鬼のわりに単純だからな…」
「む…単純で悪かったわね」
「素直すぎんだよ、オマエは。もっと人を疑え。昔はそうしてたはずだ。人を喰らってた頃にはな」
「そ…そんなこと言われたって…」
「はあ…やっぱ野良猫も飼われてると牙を抜かれたように大人しくなるっつーけど、鬼も一緒か」

がっくりと項垂れながら大げさに溜息をつく五条の言いぐさに、もさすがにカチンときた。
互いに協力者と言う立場であるのに、まるで五条家が鬼を飼っているとでも言いたげだ。

「…人を野良猫みたいに言わないでよっ」
「あ?ただの例えだろーが」
「例えだろうと何だろうと、私は悟に飼われてるわけじゃないから…!」
「あ、おい!」

久しぶりに頭に来て、はその場から立ち上がると、教室を飛び出した。
この一年、何だかんだ色々とあったりはしたが、それでも互いに信頼し合えるパートナーになったと思っていたにとって、冗談でも五条の言葉は許せなかった。
好きだからこそ、傷ついたというのもある。

「何よ、悟なんて最低…!いっつも上目なんだから…っ」

階段を駆け下りて校舎を飛び出すと、は寮ではなく高専の敷地外へと歩いて行った。
こんな気分の時はやけ食いに限ると、近くのコンビニへと足を向ける。
もうすぐ夕飯時ではあるが、食堂で五条と顔を合わせたくないので、夕飯もコンビニで買って行こうと思った。鬱蒼とした雑木林に囲まれた夜道を、ひとり歩きながら、ふと空を見上げる。
昼間は晴天ではあったものの、今は雲も多く、月も姿を隠している。明日は少々天気も崩れそうだと思った。

「天気悪くても個人戦やるって言ってたっけ…」

ふと夜蛾の言葉を思い出し、は溜息をついた。個人戦はその名の通り個人で京都校の生徒と戦う。明日は生徒の人数に合わせ、AからGの各ブロックで一対一の呪術合戦となっていた。
東京校はふたり足りないので、そこは夏油の呪霊を使うらしい。
対戦相手はクジ引きで決めるようで、各自クジを引いて出たブロックに向かい、そこで初めて自分の相手が分かると言う。

「私の相手、一級術師とかじゃないといいけどなぁ…」

まだまだ実戦は経験不足が否めないは、溜息交じりでコンビニへと入った。

「あれぇ?ちゃんやん」
「あ…直哉…くん?」

店内には数人ほど客がいたのだが、その中に禪院直哉がいたことで、はドキっとしたように足を止めた。直哉はひとりで、付き人も連れていないようだ。
今さっき五条にも気をつけろと言われたばかりの相手だけに、一瞬緊張が走る。
しかし直哉は笑顔を見せながら「どないしたん。ひとりかいな」と気さくに話しかけて来た。
こうなれば無視するわけにもいかず、は「ちょっと買いものに…」と引きつった笑顔で応えた。

「あー俺も。飲みもんとか雑誌とか暇つぶしのもん買おう思て。ちゃんは?」
「え…っと…お、おやつとか…夕飯とか…」
「…夕飯?何でやの。食堂あるんちゃうの?」
「そ、そうなんだけど…たまにはコンビニのお弁当食べたくて」

咄嗟に嘘をついて、はカゴを持つとまずはオヤツコーナーへと歩いて行った。
適当に好きなお菓子をカゴに入れ終えると、最後にお弁当コーナーへ向かう。
そこへ直哉が選んだ雑誌や飲み物を手に、の方へ歩いて来た。

「俺、コンビニ弁当は食べたことないわぁ」
「えっ?ほんとに?」

不意に隣に立ち、一緒になって置かれている弁当を眺めながら、直哉が苦笑した。
同じ歳なのにコンビニ弁当を食べたことがない人がいるなんて、と心底驚く。

「あ~俺んち結構うるさいねん。食事とかはきちんと料理人が作ったもん食えー言うて」
「そ…そっか。直哉くんち…禪院家だもんね…。厳しそう」

五条家も禪院家も呪術界で名門だが、世間一般で言っても名門なのは間違いなく。
当然、お金持ちと言ったセレブの部類に入る家柄なのはも知っている。
五条の場合は破天荒過ぎて忘れそうになるが、結局のところ五条もこの直哉も世間ではお坊ちゃまと呼ばれるような存在なのだ。
は目覚める前、普通の一般家庭という生活を天夜としていた為、五条家に住んでいた頃は随分と驚いた記憶がある。

「で、ちゃんはどんなもの食べはるの?」
「え?あ…私は…これとか好きかな」

そう言って親子丼を手にする。レンジで温めてそのまま食べられるのだが、意外と本格的な味では気に入っていた。
直哉は「へぇ…これ親子丼なん?」と珍しそうに手に取って眺めている。

「意外と美味しいよ?」
「ふーん…ほな俺も買ってみよかな」
「…え、でも…家の人はダメって言ってるんでしょ?」
「ここは東京やしお目付け役の番人もおらんから、たまにはハメ外すんもええかな思て」

直哉はそう言って親子丼弁当を手にすると、が持つカゴへ入れて、そのカゴを手に持った。

「え、あの…」
「ああ、これ俺のと一緒に払ってあげるわ」
「えっ?い、いいよ…自分で払うから――」
「男が払う言うんやから女の子は遠慮するもんとちゃうで」
「でも…」

と言ってる先から直哉はサッサとレジへ歩いて行く。
その後を慌てて追いかけると、直哉はふと振り向き、「お近づきの印やから気にせんといてー」と笑った。昼間「仲良うして欲しい」と言っていたことを思い出し、もこれ以上断るのも悪い気がしてきた。

「じゃ、じゃあ…お言葉に甘えて…」
「そうそう。女の子は素直が一番や」

直哉は機嫌が良さそうにレジの前に行くと、財布から黒いカードを出して「支払いはこれで」と店員に言っている。
コンビニでの支払いをカード、それもブラックカードでする人を、は初めて見た。
店員もと同様、ギョっとしたような顔で黒いカードを見つめている。
そのカードは五条も持っているのは見たことがあるが、五条は周りに合わせているのか、コンビニなどでは普通に現金で払っていたことを思い出す。

(五条家も禪院家も高校生にカード持たせるとか、やっぱり名門なだけあるなあ…)

変なところで感心していると、直哉がカードで支払いを済ませて「ほな、帰ろか」と微笑んだ。
直哉たち京都校の生徒も、今日は空いている寮の部屋に泊っているらしい。
先に出て行く直哉の後を追いかけながら、一瞬ふたりで戻って大丈夫かなと心配になる。
もし一緒のところを見られれば、また五条に何を言われるか分かったものじゃない。

(でも…いっか。悟なんて知らないんだから…)

先ほどのことを思い出し、再び怒りが再燃してきたは開き直ることにした。
そもそもコンビニで直哉に会ったのは偶然なのだ。

「あ、あの直哉くん…それ私が持つから」

自分の分との分の袋を分けてもらったようで、直哉は二つの袋を手にしている。
買ってもらったばかりか自分の分まで持たせているのは申し訳ないと、が袋へ手を伸ばした時、直哉は「ええよ、俺が持つし」と笑顔で言った。

「でも…買ってもらった上に持ってもらうのは…」
「ええて。女の子に持たせる方が気になるわ」

直哉はフェミニストのようなことを言いながら先を歩いて行く。
その姿を見ている限り、五条があれほど警戒している人物には到底思えない。
むしろ親切じゃないか、とすらは思った。

「あの…ありがとう。直哉くん」

昔からの天敵とまで言われていた相手に優しくされ、は素直にお礼を言った。
鬼だなんだと忌み嫌われているのかと思っていただけに、もし直哉が本気で過去の因縁など関係なく、和解したいというならそれもいいかと思ってしまう。
直哉はがお礼を言ったことに少し驚いたような顔で振り返った。

「……ちゃんってきちんとした子やなぁ。俺の周りの女は傲慢なのしかおらんし、何や新鮮やわ」
「…え…?」
ちゃんはあれやな。鬼にしとくんもったいないなぁ」

直哉はそう呟きながらもを見て、笑みを浮かべている。
普段の直哉のことは知らないが、には五条が言うほど危険な人物には見えなかった。

「ほな、ちゃん、またな。明日の個人戦、お手柔らかにー」

高専まで戻って来ると直哉は最後にそう言いながら、自分の泊まる寮の方へと歩いて行く。
は受け取ったコンビニ袋を見ながら、歩いて行く直哉に「お休みなさい」と声をかけた。
直哉も振り向いて笑顔で手を上げている。
その姿を見送りながら、は少しだけ拍子抜けしてしまった。

「……何よ。いい人じゃない」

さっきは呪霊からも助けてくれたし、今は何故か奢ってくれた。
本当に何百年も前からいがみ合って来た家の人間とは思えない。
直哉の父である禪院家の当主や他の人間は知らないが、直哉みたいに思ってくれてる人もいるんだと分かっただけで、少しは気持ちが軽くなった気がした。





一方、が教室を飛び出した後、五条は皆の冷たい視線を一斉に浴びていた。
どうせまた怒らせるようなことを言ったんだろうと責めるような視線に、さすがの五条も顔を引きつらせる。結局、家入に詰め寄られ、先ほどについポロっと言ってしまったことを話す羽目になった。

「…また、余計な一言を言ったわね、五条」
「ったく…懲りないな、悟は…」
「何だよ、傑まで…。俺は別に悪気があったわけじゃねぇっ」
「悪気なくても言っていいことと悪いことがあるでしょーが。野良猫扱いされちゃが怒るのも当然だわ」
「確かにその言い方は良くないな。まるでが五条家に飼われてるように聞こえる」

家入と夏油のふたりに呆れ顔で言われ、五条はますます口元が引きつった。
五条にとっては本当にそういう意味で言ったのではなく、人と接する時間が増えて警戒心が薄くなってるに対して例えで言ったつもりだった。
しかし意図は伝わらず、その言葉通りのままに取られ、家入には「相変わらずデリカシーがゼロ」と呆れられる始末。
あげく相棒である夏油にまで「それはも傷つくさ」と溜息交じりで言われてしまい、ますます罪悪感が煽られる。
ただ元々唯我独尊男ゆえに、素直に自分が悪かったとは認めることが出来ず「あんなことくらいでスネる方がガキなんだよ」とボヤき、余計にふたりから白い目で見られてしまった。

「…ったく。何で俺があんなに責められなきゃなんねぇんだ」

教室にいるのがいたたまれなくなった五条は早々に退散し、寮の部屋へ戻るのに校舎を出て鳥居の立ち並ぶ場所までやってきた。すると別の道から歩いて来る直哉の呪力を六眼が捉えた。

「あれぇ、悟くんですやん」
「…直哉…」
「いやぁ、この辺コンビニ遠くて参りましたわー」

言いながら笑う直哉の手には確かにコンビニの袋が握られている。
しかし五条の六眼は別のものもしっかりと捉えていた。

「…オマエ…と一緒にいたのか?」
「ああ、コンビニで偶然会うて途中まで一緒に帰って来ただけやけど」

直哉はそう言ってすぐに「心配しはらんでも何もしてへんし」とホールドアップして見せた。
確かに直哉の周りにかすかに残っているの妖力には特に心配するような変化はない。
だが自分の目の届かないところで呑気に直哉と帰って来たというに、五条は深い溜息をついた。

に近づくなって、俺、言ったよな?」
「ほんまに偶然やてー。かなわんなー悟くんには」
「仮にそれが事実だとしても…だ。一緒に帰って来る必要ねぇだろ」

五条としては過去に起きたことを考えても極力に直哉を近づかせたくはなかった。
直哉もそれを分かっているはずだ。しかしシレっとした顔でに接触してるのはどういうつもりだと内心イラついていた。そんな五条の気持ちを知ってか知らずか、直哉は苦笑交じりで肩を竦めている。

「悟くん、それって…嫉妬やろか」
「は?何言ってんだ、オマエ」

不敵な笑みを浮かべる直哉に、五条は呆れ顔で溜息をついた。
しかし直哉は「女のことでそないにイラついてる悟くんは初めて見ましたわ」と笑っている。

「嫉妬なんかするか。は俺のパートナーってだけだ」
「まあそうですわな。ほなちゃんに彼氏が出来ても、特に気にせぇへんということやろか」
「…彼氏って、オマエ、さっきから何言って…」

と言いかけた時、直哉が嬉しそうに「せやから…俺がちゃんを気に入ったー言うたらどないしはります?」と五条を見上げる。その一言に、五条も訝しげな顔で眉間を寄せた。

「は?気に入った…ってオマエが?…を?」
「いやぁ、今時あんな控え目な子ぉがおるんやなぁと感動したんですわ。さっきも一緒に帰って来た時、俺の3歩後ろを歩いてたし、可愛えなあ思て」

直哉はその後もコンビニで奢ったらきちんとお礼を言って、袋を持つと言ってくれたことを嬉しそうに五条へ語り出した。
それを聞いていた五条は唖然としていたものの、どうも嘘を並べ立てているようには見えない。
直哉の頬はかすかに赤く染まり、の事を話す目も心なしかキラキラしているように見えた。

「ってことで…俺もちゃんに悪さする気ぃないんで悟くんもそないに心配せんといて」
「……オマエ…マジか」
「まさか俺が鬼姫に惹かれるやなんて思わんかったけど。ほな、また明日。個人戦もよろしゅうな、悟くん」

どこかウキウキしたように帰っていく直哉の後ろ姿を呆気に取られた表情で見送っていた五条は、ふと我に返った。

「…あんのバカ…。面倒なヤツに気に入られやがって…」

と言いながら自分の寮の方へ歩いて行く。
まさか禪院家、それもあの女性蔑視で有名な直哉があのを気に入るとは、夢にも思っていなかった。そしてふと、500年前にもあった話を思い出す。

「…歴史は繰り返す…か…って冗談じゃねぇ…」

先祖が鬼姫を奪い合ったなど、今を生きる自分達には関係ない。
そう思いたいのに、先ほどの直哉の言葉が脳内をぐるぐる回っている。

"ならちゃんに彼氏が出来ても、特に気にせぇへんということですやろ"

今思えば、あの言い方はまるで自分がの彼氏になる気満々のような台詞に聞こえて来る。

「ってか、のどの辺を見て控え目な女だと思ったんだ?直哉のヤツ…」

普段の自分に食ってかかって来るを思い出しながら、五条は苦笑いを浮かべた。
大方、知らない相手。それも禪院家の人間だから緊張して気を遣っただけだろう、と五条は苦笑した。術師の才能はあっても、直哉とてしょせんは世間知らずのお坊ちゃんだ。
まだまだ女の見る目がある方だとは思えない。

「…直哉は生意気な女が嫌いだっつー話だし…どうせすぐに気づくだろ…。の気の強さに」

一瞬、心配になったものの、冷静になって考えてみればそういう結論に達した五条は、逆にこの状況が面白くなってきた。
直哉が鬼姫であるに惚れたとして、もしそれが禪院家の当主の耳にでも入れば直哉もただでは済まないはずだ。

「いや…それか…これ幸いにとを手に入れろとでも言いかねねぇな、あのオッサンなら」

そもそも禪院家は今の五条家のように鬼の力にあやかりたいと本心では思っているはずだ。
もし鬼姫の許しを得られるなら禪院家も鬼と制約を結びたいに違いない。

「うげ…面白いだけじゃねぇな、こりゃ。面倒ごとが増えたかも」

と言って、直哉がのことを気に入ったのは幻想にすぎない。
いずれの素顔を知れば、早々に手を引くのは目に見えている。
直哉が好きなタイプと言うのは、古き良き時代の大和撫子のような女だと、前に聞いたのを思い出した五条は軽く吹き出した。

がそう見えたのかよ。直哉もまだまだガキだな」

五条は笑いを噛み殺しながらも、ふと夜空を見上げれば、雲に隠れていたおぼろ月が僅かに顔を覗かせていた。

「……は誰にもやらねぇよ」

独り言ちた五条は、怒らせてしまったに謝罪をするべく、寮への道のりをゆっくりと歩き出した。




直哉って何であんな歪んだんでしょう笑…あの家の環境を見れば…ああなるか笑💧🤔
そしていつも励みになるメッセージをありがとう御座います🥰
そう言えばわたくし、作品名を入れ忘れてたのでそれだけ残して送って下さると幸いです😅👈
他の作品にもメッセージフォーム設置しているものが御座いまして、どの作品か分からない事に気づきましたー笑
私のミスです💧


▽管理人にやる気エナジーをくれるという方は此方から笑🥰▽

🔥一言エナジー🔥

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