二十.宿敵の思惑

鬼とは言っても、人間より肉体が強靭で妖力が使えるというだけで、心は人間とさほど変わらない。好きな人に酷いこと言われれば傷つくし泣きたくなる夜もある。そして謝るという言葉が辞書にはないような相手に謝られたりすれば、素直に嬉しいと思うのだ。
静かな室内にかすかな振動音が聞こえて来て、はハッとしたように見ていた雑誌から顔を上げる。見なくてもかけてきた相手は分かっていた。コンビニから帰って、すぐに買って来た親子丼を温めて食べていると突然ドアがノックされた。ノックした人物は先ほどにデリカシーのない言葉をぶつけた五条悟その人で。何用かと身構えたの耳に「さっきは悪かったよ」という謝罪の言葉が聞こえて来た。けれど素直にはいそうですかと許すことも出来ずに、ただ狼狽えていると「ドア開けろよ」と五条が言って来た。しかしはドアを開けることは出来ず、返事も出来ないまま。そのうち五条は帰って行ったようだ。少しホっとしたような、でも後悔と言う気持ちを残しながら、明日も謝ってくれたら許すと言ってあげようと決めて、食事の後にゆっくり風呂へ入り、今は寝る前に買って来た雑誌を眺めていたところだ。その静かな時間を邪魔するように、ケータイの振動音は続く。

「…もう。しつこいなぁ」

ベッドに寝そべっていたはそんなことを言いながらも僅かに口元が緩んでいるのを自分では気づいていない。テーブルの上に置きっぱなしのケータイを手に取ると、表示されている名前を見て「やっぱり悟だ」と苦笑いを浮かべた。
五条が帰った後も謝罪のメールが一通届いたのだが、それすら返信も出来ないまま放置していたので、業を煮やした五条が今度は直電という方法に出て来たのだろう。は今度こそ出るか出まいか迷った。先ほど部屋に来てくれたのに無視してしまった後悔がまだ残っていたからだ。この電話すら無視したら、さすがに五条も機嫌が悪くなるのではないかという不安もあった。せっかく向こうから謝りに来てくれたのに話を聞きもしないのは相手にとっても不満が募るだろうことはにも分かる。未だ鳴りやまないケータイを手に、は軽く深呼吸をすると通話ボタンを軽く押した。

『何で出ねえんだよっ?』
「……っ!」

開口一番、不機嫌まるだしの五条の声が、の耳をつんざいて思わずケータイを離した。

『おい、聞いてんのか?っ』
「…そんなに怒鳴らなくても聞こえてる」

優しい声を期待してたわけじゃないけれど、まさか怒鳴られるとは思っていなかった。が溜息交じりで応えると、五条は僅かに息を飲み『何ですぐ出ねえんだよ…』と少し声のトーンを落とした。

「だって…」
『だって何だよ?さっきだってドアも開けねえし』
「………」
『はあ…まーだ…怒ってんのか』

五条は呆れたように溜息をつく。本当は怒りもだいぶおさまって、今は五条の謝罪を無視してしまったことを後悔すらしていた。けれど素直になれない。

『悪かったって言ってんだろ…?あれは例えのつもりで悪気があったわけじゃねえし…のことも飼ってるなんて思ってねえよ』

珍しく神妙な声で、五条がもう一度謝って来るのを聞いても少し気まずくなってきた。けれど気になっていることが一つある。

「…じゃあ…悟は私のこと…どう思ってるの?」

意地悪だと思ったら優しかったり、色んな顔を見せてはくれるが、には未だに五条の真意は分からない。ただのパートナーと言うなら交換以外で時々キスをしてきたりするのは何故なのか。戯れにしては少々度が過ぎている。の問いに、五条は『はあ?何だよ。急に』と少し面食らったような声を上げた。

『どう思ってるって…は俺の…』
「…お、俺の…?」

ドキドキしながらは次の言葉を待った。しかし、いや案の定と言うべきか。想像通りの答えが返ってきた。

『大切なパートナーだよ』
「……それだけ?」

多少ガッカリしつつ、少しでも期待してしまった自分が情けなくなる。やはり鬼と呪術師は利害が一致しているだけの関係なんだと思うと悲しくなった。

『それだけ…って…何でそんなこと聞くんだよ?』
「……別に。ちゃんと対等に思ってくれてるのか気になっただけ。じゃあ…私もう寝るね。明日は個人戦だし」
『あ…おい、――』

一方的に電話を切ると、はケータイを枕の下に突っ込んでベッドに突っ伏した。さっき以上に気分が沈んでいくのは現実を突きつけられたからだ。報われない想いだけが膨らんで、勝手に悲しくなっている自分が酷く滑稽に思えた。最初から好きにならなければと思ってみたところで、人を好きになる心を完璧にコントロール出来るなら、誰もが間違いなど起こさないだろう。コントロール出来ないからこそ、目に見えない心というものは厄介なのだ。布団に潜り込み、余計なことを考えるのはやめて明日の個人戦を頑張ろうと思いながら、は目を瞑った。





「で?結局、仲直りは出来たわけ?」

次の日の朝、朝食を終えた後で集合場所に顔を出した途端、家入から声をかけられ、五条は頭をかきつつ「まあ…」とだけ応える。夕べのアレを仲直りと言うのか多少疑問ではあったが、とりあえず自分が言うべきことはきちんと伝えた。あとは次第だ。灰原や七海と楽しそうに談笑しているを見ながら、今朝は機嫌も悪くなさそうだとホっと胸を撫でおろした。そこでふと夕べに訊かれたことを思い出す。

"悟は私のこと…どう思ってるの?"

にそう訊かれた時、五条は一瞬だけ言葉に詰まった。自分でもよく分からない感情がこみ上げて来たせいだ。遥か遠い昔に交わした制約の為に今、自分に一番身近にいる存在。最初は利害関係のみという気持ちが強かったが、やはりそこは人間。日ごろから関りを持ち、まして交換の儀では唇を合わせる仲だ。割り切ると思ったところで、そこはどうしても情は沸く。気づかないうちに、は自分のものだという傲慢な考えが浮かんだこともあった。いや、もしかしたら今もそれは変わらないのかもしれない。現に禪院直哉というに近づく男が現れただけで不快感が続いている。最初はただのガキだと思っていたはずが、最近はどんどん"女の子"に見えて来る。気が強くて生意気だとイラついてみても、自分の命を懸けて救ってくれたと知った時は、その健気さと危うさにらしくもないほど心が乱された。ふとした瞬間、つい触れてしまいたくなるほど、五条にとっては"女の子"へと変わっていく。

「何よ。ぼーっとして。まだ熱でもあんの?」
「いや…体調はバッチリだし大丈夫だ」

額に手を伸ばした家入にそう言うと、五条は個人戦で使うクジ引きの入った箱を持って来た夏油の方へ歩いて行った。

「各自これを引いて、出たブロックへ移動してもらう」
「んじゃーまずは俺が引くわ」

五条が箱の中へ手を突っ込み、一枚の紙を取り出す。めくってみるとそこには"C"と書かれていた。

「俺はCブロックだ」
「じゃあ、この地点だな」

夏油はフィールドのマップを見ながら、Cのマークがある地点を指さした。他の面々も次々にクジを引き、それぞれのブロックが決まった。夏油はFブロックを引き、人数が足りず、夏油の呪霊を使用することで、必然的にEとGは夏油の持ち場となる。そして灰原はD、七海はB、がAブロックとなった。

「よし。じゃあ各自マップで確認しながら自分の配置についてくれ」

夏油が指示をすると、灰原が張り切って「はい!」と応える。七海はいつものテンションで頷き、サッサと宿舎を出て行った。

、大丈夫?初めて術師と一対一で戦うでしょ」

家入は少し緊張気味のを見て、心配そうに顔を覗き込んだ。

「だ、大丈夫…。昨日よりは妖力も体調もバッチリだし」
「そう?でも無理だと思ったらちゃんと参りましたって言うのよ?」
「うん」

京都校には自分よりも階級の高い術師がふたりいる。そのうちのひとりは直哉という話だった。

(もし直哉くんに当たってしまったら私に勝ち目はないかもしれない…)

昨日、直哉が一級相当の呪霊をあっさり祓ったのを思い出したは、何となくそう思った。意識して見ていなかったのもあるが、鬼の眼で追えないほど直哉の攻撃は速かった。

「じゃあ行こうか」

夏油の合図と共に、残ったメンバーも各自のブロックへと向かう。高専敷地内にある建物の裏手に鬱蒼とした森があり、そこが今回のフィールドだ。

「おい、
「…悟?」

森へ向かう道中、後ろから五条が追いかけて来たのを見て、はドキっとした。夕べ電話で話したもののケンカ――と言ってもが一方的に怒っただけだが――の後、顔を合わせるのは初めてで、どんな顔をしていいのか分からない。

はAブロックだっけ」
「…うん」
「俺のCブロックとそんな遠くはねえな。まあ、大丈夫だとは思うけど実戦の勉強にはなるから相手が誰でも手数はなるべく多く出して行けよ?」
「う、うん。分かった」
「ああ、それとオマエの眼はちゃんと有効活用しろ。俺のような無下限が使えなくても本来の鬼の力を引き出す眼だ。使い方次第で色んな攻撃も可能になるからな」
「…うん」

五条のアドバイスを素直に聞きながら頷く。夕べは勝手に電話を切ってしまったことで多少の嫌味を言われるかとも思ったが、五条も目の前の個人戦に集中しているようだ。しかし不意に苦笑いを浮かべると、の顔をひょいっと覗き込む。

「オマエ、さっきからうんしか言わねえけど、マジで分かってる?」
「わ…分かってるよ…」

突然、五条の顏が目の前に見えたことで、の鼓動が跳ねる。サングラスをずらしている為、自分と同じ碧眼が朝日でキラキラした光を放っていた。五条は「ならいいけど」と笑いながら、の頭へポンと手を置いた。たったそれだけでの心臓が容易く鳴ってしまう。

「ああ、それと」
「え?」
「万が一、オマエの相手が直哉になったら…特にその眼は有効だ」
「え、それってどういう…」
「アイツの術式は"投射呪法"」
「とうしゃ…?」

あまり聞き慣れない術式にが首を傾げる。

「1秒を24分割、己の視界を画角として、あらかじめ画角内で作った動きを後追いするもんだ」
「…???」

五条の説明を聞いても、の脳内にはハテナが量産されていく。の表情を見て、それは五条にも伝わったようだ。軽く溜息を吐くと「まあ…言葉で言われてもピンと来ないか」と苦笑した。

「見た方が分かりやすいだろうが、その術式発動中、術者の手に触れられた者も1/24秒で動きを作らなきゃならない。失敗すれば1秒間フリーズする」
「……え、じゃあ触られないようにしないとダメなんだ」
「まあな。これは映像媒体やカメラが生まれた頃に派生した禪院家相伝の術式で比較的新しいもんだから、オマエの先祖も知らねえだろうし、オマエの記憶にもその経験はないはずだ。だからもし直哉に当たったとしたら自分の眼を使え。一見、物凄いスピードで移動してるように見えるが鬼の眼はそれを捉えることが出来るしな」
「わ…分かった…」

あまり自信はなかったが、知らないよりは知っていた方が対処も考えられる。は素直に頷いた。しかし直哉が当たるとは限らない。他の術師の情報は当然表立って発表されるわけじゃないので分からないままだった。

「とにかく誰が来ても冷静に分析して戦えば、今のなら余裕で勝てる。頑張れよ?」
「うん。ありがとう、悟」

夕べ意地を張っていたのがバカらしくなるくらい、五条の優しい言葉が嬉しく感じたは、笑顔で頷いた。

「……」
「悟…?」

何も言葉が返ってこないので、ふと隣を見上げると、五条は視線を反らしながら指で鼻の頭を掻いている。その顔はどこか照れているようにも見えた。

「何だよ、急に素直になりやがって」
「え…」
「別に!じゃあ、俺はこっちだから」
「うん。悟も頑張ってね」
「あ?誰に言ってんだよ。京都校の中に俺の敵はいねえから」

相変わらずの強気な発言に、も思わず吹き出した。確かに昨日の拠点制圧でも五条が入った途端、秒で試合が終わったのを思い出す。きっと相手チームの方が五条とだけは当たりたくないだろう。片手を振りながら歩いて行く五条の背中を見送りながら、も気を引き締め直し、自分のブロックへと歩いて行った。





その頃、直哉はを探らせていた禪院家の番人にのブロックを聞いて、同じAを引いた先輩から、それを交換してもらっていた。あまり東京校陣営に近づいては五条の六眼に見つかる為、ギリギリまで待ち、がどこのブロックへ歩いて行ったかだけを確認させていたのだ。

「お、おい、禪院。約束のモノは…」

ブロックを直哉と交換した先輩の男が、こっそりと直哉へ話しかける。直哉は「ああ」と思い出したように制服のポケットからあるモノを取り出した。

「これですやろ?」

そう言って直哉が見せたのは手鏡の形をした呪具だった。これは身に着けていると持ち主の呪力を喰らう不気味な呪具だが、映した呪霊をとりこむことが出来る。持ち主の呪力に応じた呪霊のみとりこみ可能であり、とりこんだ呪霊は持ち主の呪力を喰らう呪具の中で勝手に育っていくといういわくつきのものだ。何を隠そう、昨日にぶつけた一級呪霊はもちろん直哉がとりこみ、鏡の中で育った呪霊を放ったものだった。おかげで親しくなるキッカケを作ることが出来た。

「もう俺には用済みやし、先輩にあげるわ。ああ、でも気ぃつけないと身に着けてるだけで呪力を喰われ続けるんで用心してな?」
「もちろん分かってる。これさえあればもし夏油の呪霊に当たったとしても怖くない。これにとりこんで奪ってしまえばええんやからな」

先輩の男はそう言いながら元々直哉のブロックだったGに悠々と歩いて行く。それを見送りながら直哉はフンと鼻で笑った。

「オマエのしょぼい呪力で夏油の放つ呪霊なんかとりこめるわけないやろ。ほんまアホやわ」

先ほどの人当たりのいい笑みは消え、普段の性根の悪さが分かるような毒を吐く。

「さてと、ほなちゃんとのんびり戦いに行こか」

独り言ちて直哉は楽しげな笑みを浮かべると、足取りも軽くAブロックへと歩き出した。






「ここら辺かなぁ…」

昨日の雑木林のフィールドよりも更に視界の悪い森の中を歩きながら、ケータイカメラで撮影してきたマップを確認する。心配してた天気の方も持ち直し、今は太陽も出ている為、森の中と言ってもそれほど暗くはない。しかし静まり返っているところは少しだけ不気味に感じる。涼しくなって減っては来たが、の嫌いな虫たちが時折視界に入るたび「ぎゃっ」「こっち来ないでっ」という声をあげてしまうのは仕方のないことだった。

「やっぱこの時期でも森の中ともなれば結構いるなあ…」

足元や木の枝などをチェックして進みながら、は徐に顔をしかめた。虫よけスプレーはしてきたが、鬼になってからはあまり虫も寄って来ないので、そこだけが唯一の救いだ。

「やっぱ鬼の血って不味いのかな…」

ふと以前五条にからかわれたことを思い出し、苦笑が洩れる。意識は変わったが肉体がどこまで変化したのか、自分ではよく分からない。その時、前方でカサっと草を踏むような音がしてハッと立ち止まる。一見誰もいないように見えたが、鬼の眼に妖力を集中させれば、すぐにその姿を捉えることが出来た。

(この呪力は……)

見覚えのある呪力に気づき、は「直哉…くん?」と木の陰にいる人物へ声をかけた。

「よぉ、気づいたねえ。って悟くんの眼とおんなし力やったっけ。その眼」
「…え…もしかして直哉くんが私の相手…?」

直哉が木の陰から姿を見せると、に一瞬緊張が走る。しかしそんなとは裏腹に、直哉は意にも介さずのんびりした様子で歩いて来ると「そうみたいやね」と微笑んだ。は先ほど五条から聞いた禪院家の術式のことを思い出し、無意識に身構えたが、直哉は「ちょお待ってぇな」と両手を前に出し、苦笑いを浮かべた。

「そないに焦って戦わんでもええやん。のんびりいこ」
「…の、のんびりって…」
「言うたやろ?ちゃんとは仲良うしたいって」
「でもこれは個人戦だし…」
「そうやけど…俺はちゃんと戦うんやなしに、もう少しお話したいなあ思てんねんけど」

その言葉には呆気に取られた。交流戦二日目の個人戦は両校の勝敗が関わって来る。昨日負けた京都校はそれこそ人数有利の個人戦で全勝して巻き返したいはずだ。なのに多分京都校の中で最も強いはずの男がそれを放棄するなんてことがあるんだろうかと疑問に思う。

「いいんですか…?個人戦で巻き返すチャンスなのに…」
「あ~っていうか、ぶっちゃけると俺はこの交流戦、勝っても負けてもどっちでもええねん」
「…え?」
「人数足りひん言うて駆り出されただけやし。正直な話、めんどいねん」
「…め、面倒って…」

これは五条よりタチが悪そうだ、とは思った。昨日の感じではいい人だと思ったが、やはりそこは禪院家のおぼっちゃまらしい我がまま発言に、は溜息を吐いた。

「でも京都校の先輩達も、もちろんウチの皆も勝つために頑張ってるし…」
「こんな学校の行事の勝敗なんて意味ないやろ。まあ、階級を上げたい、推薦が欲しい言う奴は目の色変えてきばってはるけど、俺には何の関係もあらへんし」
「か、関係ないって…直哉くんも京都校の一員でしょ?」
「あーそれも別に入っても入らんでも良かってん。まあ…俺が高専に入った理由は…」

直哉はそう言っての方へ歩いて来ると、目線に合わせて屈みながらニッコリ微笑んだ。

ちゃんが高専に入ったからやし」
「……え、何で…」
「そらお近づきになりたい思たからや。交流戦に参加したんもその為やしな」

直哉のその言葉には耳を疑った。そこまでして自分に近づいて来る理由など一つしかない。仲良くしたいという理由だけでは無理がある。

「直哉くんも…そうなの?」
「そう、とは?」
「鬼の力が欲しいって…そういうこと?」

の問いに、直哉は一瞬キョトンとした顔をしたが、すぐに笑い出した。

「そらまあ…くれる言うなら…欲しいところやなぁ」
「……こ、来ないで」

ニヤリと笑う直哉の本心にゾっとして、は僅かに後ずさった。しかし背中に大木が当たり、足が止まる。直哉はその大木に手をつくと、の顏へ自分の顔を近づけた。

「酷いなあ、何で逃げるん?」
「…ど、どいてよ」
「そういうん抜きにしても…ちゃんと仲良うしたいのはほんまやって」
「……どういう、意味?」

眉間を寄せてが見上げると、直哉は「気に入ってん。ちゃんのこと」と真面目な顔で言った。その言葉の真意が分からない。

ちゃんは…好きな男とかおるん?」
「…えっ?」
「おらんのなら俺なんてどうやろー思て」

直哉の言葉には唖然とした。まさかそんな話をされるとは思わない。何の冗談かと思ったが、直哉の顏は意外と真剣で、少なくともからかってるようには見えなかった。しかし昔から宿敵である禪院家の人間が鬼に告白するなんてあるんだろうか。そこで五条が話してた前の六眼と紅葉のことを思い出した。でもまさか会ったばかりでそんな気持ちになるわけがない。

「…います」
「え?」
「好きな人…います」

直哉の目を見ながらハッキリ告げる。直哉がどういうつもりか分からないが、ここはきっぱり断った方がいいと思ったのだ。しかし直哉は「へえ…」と僅かに眉を上げて笑みを浮かべた。

「ソイツはやっぱり天狗なん?」
「…直哉くんには関係ないでしょ?」

好きな相手が五条だとは知られたくない。心を読まれないよう思わずそっぽを向いた。すると直哉は僅かに目を細め、その顏から笑みを消した途端、一瞬で空気が変わった

「何や…控え目でええ子や思たのに、そういう生意気な態度も出来るんや」
「…な、生意気って…同じ歳じゃない」
「年齢なんか関係あらへん。女が男に逆らうなんてもってのほかやー言うてんねん」
「……っ」

先ほどとは違い、随分と冷めた目で見下ろされたは直哉の豹変ぶりに小さく息を飲んだ。その瞬間、顎を手で掴まれ、無理やり顔を上げられた。

「や…っ何するの…っ」
「鬼の妖力喰らうには口移しせなあかんのやろ?」
「な…何…」

ニヤリと笑う直哉に、は心の底から後悔した。直哉の見た目の優しさを信じ、本当の姿を見誤っていた。五条の忠告を聞かなかった自分に呆れてしまう。

「何やさっきからええ匂いするし、ちょっとだけ味見させて欲しいねん」
「…やめて!死にたいの?」
「あ?」
「直哉くんが妖力を喰らったところで、私が直哉くんの生気を吸い尽くせば干からびて死ぬことになる」

の言葉に直哉の目付きが変わった。酷く冷たい、侮蔑的な視線をへ向けると「殺せるもんなら殺してみい」と呟き、強引に唇を寄せて来る。その瞬間、の妖力が全身に滾り、ふたりの周りに鬼火が出現した。

「何や、これが鬼火か…」

ハッとしたように顔を上げた直哉は、驚いたように辺りを見渡す。その隙には思い切り直哉の足を踏みつけた。

「ぃたぁっ」

油断してた直哉は革靴で踏まれた痛みに声を上げ、慌てて体を離すと驚いたようにを見た。

「酷いなあ。足を踏むやなんて…案外、じゃじゃ馬なんやな、ちゃんは。まあ鬼やもんなあ」
「……そっちが失礼なことしようとするからでしょっ」
「男の足を踏むのも失礼な話やけどね。こらお仕置きが必要やな」

直哉はペロリと唇を舐めると、戦闘態勢に入った。元より個人戦を戦うつもりで来ていたにとっては好都合だ。とはいえ、相手は投射呪法の使い手だと五条が言っていた。未だきちんと理解していないだけにも多少心配だったが、鬼の眼で見れば大丈夫だと言う五条の言葉を信じて、妖力を目に集中させた。

「ほな、いくで?」

そう言った瞬間、直哉の姿がの前から一瞬で、消えた。



私はバカなので未だに直哉の術式が理解出来てなかったですが、改めて調べてみるとやっぱりふんわり程度にしか分かりませんでした😂
頭の中で作り出した動きを後追いするってことですよね笑🤔👈🐎🦌


▽管理人にやる気エナジーをくれるという方は此方から笑🥰▽

🔥一言エナジー🔥

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