「うわー広い部屋!」
五条に突然連れて来られたタワーマンションの一室。その豪華な調度品や広さを見て、はその碧眼を丸くしながら驚いた。
「ほら、合い鍵」
「え…?」
五条が上着のポケットから無造作に取り出した鍵を、は更に驚いたような表情で凝視している。
いつもの任務帰り、急に五条から電話が入り、青山付近にある大きな公園で待ち合わせをした。
そこは何度か呪いの祓徐にも訪れたことのある公園で、広すぎることと近くに墓地があることで人間の恐怖を煽り、そこで生まれた呪霊の目撃が絶えない場所だった。だからてっきり呪術師としてその場へ呼び出されたのだとは思っていた。しかしふたを開けてみれば、現れた五条に促され、近くにある大きなタワーマンションへと連れて来られたは、最上階の広い部屋へ案内され、今、五条から合い鍵を差し出されている。何の冗談だと五条を見上げれば、同じ碧眼が不機嫌そうに細められた。
「何だよ、その顔」
「だ、だって…何で…合い鍵?っていうか、この部屋ってなに?悟が借りたの?」
「ああ。少し前にね。任務で飛び回ってると寮に帰んの億劫になるから都内に一応の寝床が欲しくなって」
五条は言いながらの手を引いてソファに座った。
「それに…寮だと…色々不便だろ。交換の儀やら何やらでコソコソするのも…。も周りの目を気にしてるみたいだったし」
「それは…」
とは言葉を詰まらせた。交換の儀よりも、交わりの儀を行うのは寮では落ち着かない為、その時だけは高専の外で会うようにしていた。としては別にやましいことをしているわけではないという気持ちはあるものの、やはり恋人同士でもないふたりが関係を持つことは周りに理解されにくいだろうと思ってのことだ。
「だから…今度からここを使おうと思っただけ。嫌か?」
実のところ、元当主である五条の父からはふたりで会う時は本家で、と言われていた。自分の目の届かないところでは五条との間に何が起こるか分からないからだ。しかし五条は父の言う通りに動く気はなかった。
五条に嫌か?と問われたはすぐに首を振った。むしろホっとしたような顔をしている。
「嫌じゃ…ないよ」
「そう?んじゃあ…これ。別に普段もが使いたい時にここ使ってくれていいから」
「うん…ありがとう」
は五条の手から合い鍵を受けとった。合い鍵というものを好きな人からもらうのは何となく照れくさい。それが例え、普通の恋人同士が交わすものではないとしても。はピカピカの豪華な鍵を握り締めながら、大事そうに鞄の中へとしまう。
「でも悟ひとりなのにこの部屋ファミリータイプ――」
と隣にいる五条を見上げた瞬間、唇を塞がれ、言葉が途切れた。
「ん…ぅ…」
性急に、最初から深く口付けられ、は驚いて身を引こうとした。しかし五条の腕が腰へ絡みつき、引き寄せられる。
「さ、悟…?んっ…」
驚いて顔を反らせば、今度は耳に五条の唇が触れる。ゾクリと甘い痺れが首筋に走り、は軽く身震いをした。
「…」
「ど、どうした…の…?」
どうにか平静を保ちつつ、身を捩るとは裏腹に、五条は無防備にさらされている白く細い首筋へも唇を落としていく。
「ん、さと…る?」
「抱きたい…」
再び耳に触れる五条の唇。そこからじんわりと熱が広がり、身体の中心が熱く疼いていく。吐息と共に吐き出された言葉は、甘美な響きでの鼓膜を揺さぶる。
「で、でも一昨日…」
「あんなんじゃ足りない」
耳元で囁くように呟かれた言葉に、の心臓が大きく跳ねる。ソファに押し倒されながらも視線を上げると、五条の双眸が男の欲を孕みながら揺れていた。
京都での任務の時、五条が迎えに来てくれた。が空腹ということでそのまま近くのホテルに入り、交換の儀を行うつもりではあったが、五条はに交わりを求めて来た。それが一昨日のこと。これまでこんなにも短い期間で行ったことはない。いや、最近その周期が短くなっているとは感じていた。
「ど、どうしたの…?最近の悟…変だよ」
ここ一年で五条は随分と変化を遂げた。夏油のことがあって以来、更に術式効果を高める為の努力は怠らず、性格的にも温厚になってきた。に対しても以前のように暴言を吐くこともなく、むしろ優しくなったように思う。「五条も当主になったし大人になったってことよ」と家入が笑って言っていた。しかしそのことだけじゃなく、こうしてふたりきりでいる時の五条は、以前と全く違う、男の顔を見せるようになった。
「どこが…?」
「ど、どこがって…ぁっ」
耳を軽く舐められ、声が跳ねる。身体に電気が流れたみたいにゾクゾクとして肌が粟立つ感覚に抗えない。
「僕がを欲しいと思うのは、変…?」
耳元で、五条の掠れた声が聞こえる。鼓動が激しくなる一方で、はすぐに応えることが出来なかった。五条が自分を求めるのは愛情ではない。それとは違うものだ。頭ではそう思うのに、触れて来る手が蕩けそうになるほど優しくて、勘違いをしてしまいそうになる。はただそれが怖かった。腰から胸の膨らみまで撫でられるだけで、抵抗する力も弱々しいものへと変わっていく。
「嫌なら…抵抗しろよ」
上から見下ろしてくる五条の瞳はやけに熱っぽく、甘ったるい。が思わず首を振ると、その瞳が僅かに細められた。
「いいの?僕の好きなようにされても」
頬に添えられた五条の手が、ゆっくりと下へ動いての首のラインをなぞっていく。その長い指が襟元のボタンを器用に外していくのを感じながら、の抵抗する意思など意識の外へ追い出されてしまった。
「いいよ…悟の好きにしても…」
鬼姫としての役割だけじゃなく、本心から零れ落ちた言葉だった。愛などなくても求められるのは嬉しい。愚かな恋慕を持て余しているの心を知らない五条は、甘い香りに誘われる蝶のようにその赤い唇へと口付けた。
「…ん……あ、ぁ…」
最初から深く口付け、舌を絡ませながら強く吸い上げると、くぐもった声がの口から漏れ聞こえて来る。女特有の甘い響きは、僅かに残っていた五条の理性を簡単に打ち砕いて行く。
"最近の悟…変だよ"
分かっている――。自分でも、自分がおかしいことくらい。
なのに止められない欲情は、日を増すごとに膨らんでいく一方だった。初めてを抱いた夜から、常に肉体を巡る滾るほどの力が満ち満ちていて、同時に身体を、心を疼かせる。が欲しくてどうしようもなくなる。この溢れて来る感情はいったい何なのか――?それが知りたくてまた、を抱きたくなる。会っていない時でも、強い熱が沸き立つほどに焦がれてしまう。おかしくなるのは――当然だ。
「んぁ…っ…さと…る…」
透き通るほどの白い肌が紅に染まっていくのが艶めかしい。
(は僕のものだ―――)
またしても傲慢なほどの強い感情が脳裏をかすめていく。その細い首筋に吸い付き、花を散らせば潤んだの双眸が、切なげに細められる。その瞳に見つめられるたび、五条の胸のずっと奥にジリジリと焼け付くような痛みが走った。
「……」
熱い泥濘の奥まで一気に貫けば、の美しい曲線を描く背が跳ねる。繋がっただけで脳が溶けてしまいそうなほど沸騰しているような熱が、五条の全身を覆いつくして、また新たな熱をもたらした。

にマンションの合い鍵を渡してから一ヶ月ほど経った頃、五条家から呼び出されたというと連絡が取れなくなった。高専には五条家の者からはしばらく休ませると連絡が入ったとのことで、出張が重なり東京にいなかった五条がそのことを知ったのは、が五条家に呼び出されてから半月も経った頃だった。出張先から何度かけてものケータイが繋がらないことに心配になった五条が、夜蛾に連絡したことでその話を聞かされた。
当主である自分に何も報告せず、勝手にを呼び出した父に怒りを覚えた五条は、出張から戻った足で生家へ向かった。
「お帰りなさいませ」
相変わらずの大げさな出迎えも普段なら気にも留めず通り過ぎる五条だったが、ふと彩乃と目が合った。その表情を見て、は離れにいるんだなと気づいた五条は「後で離れに行く」と声をかける。彩乃は表情すら変えず「かしこまりました」と頭を下げた。五条は軽く頷くと、そのまま本家の方へ入って行く。そこへ武長が顔を見せた。
「お帰りなさいませ。悟さま」
「武長…また勝手なことしてくれたな」
「何のことでしょう」
「ふーん、すっとぼけるか。まあいーや。オヤジは?」
「奥座敷の方でお待ちです」
「あー隠居座敷ね」
五条が笑いながら言うと、武長は端正な顔立ちを僅かにしかめた。当主を退いた者が使う奥座敷の間を、五条は昔から隠居老人の間という意味を込めて隠居座敷と揶揄していた。それをたしなめるように武長は「悟さま」と溜息を吐く。
「相変わらずなのは頭の硬さも同じだな」
「そう簡単には変わりませんよ」
やれやれといった様子で後をついてくる武長に、五条は「そりゃそうか」と苦笑いを浮かべた。
「を呼び寄せて監禁してる理由は?」
「監禁などしてません。理由は…旦那さまにお聞きください」
「チッ…」
当主になって以来、名実ともに五条家のトップとなった五条に、今では口を出す者はいない。しかし元当主である父だけは別だった。引退したとは言え未だに発言力があり、一族の中でも最も信頼されている。だからこそ五条も無視できない存在ではあった。だがそれはある程度、という意味だ。
「旦那様。悟さまがおつきになられました」
「入れ」
先ずは武長が声をかけると、中から低い声が聞こえた。武長が脇へ避けると、五条は軽く深呼吸をして襖を静かに開ける。一歩、足を踏み入れると、正面にある和室用ソファに座る父がいた。その背後には大きな大きな扇形の扇子を模したオブジェが飾られている。奥座敷は曾祖父が使っていたころから何も変わっていなかった。
「どういうつもりだよ。僕に内緒でを呼び寄せて、勝手に任務を休ませるとか」
元当主を気遣うでもなく、五条はズカズカと座敷へ入ると、父の向かい側に腰をかけた。武長も後に続き、五条の背後に立つ。その様子にいつもと違う空気を感じ取った五条は、訝しそうな目を父に向けた。
「そう熱くなるな。彼女との関係はとても円満そうだな」
「…だから何だよ。オヤジの言う通り仲良くしてたら問題か?」
茶化すように笑うと、父は僅かに眉間を寄せてから息を吐いた。
「悟…オマエ、と都内のマンションで会ってるそうだな」
「…それが?寮だと何かと気を遣うんだよ」
応えながらも、五条は後ろに立つ武長を睨んだ。その辺のことを調べて武長が父に報告したに違いない。五条に睨まれても、武長は表情ひとつ動かさず「旦那様に報告するのが僕の仕事なので」と頭を下げる。
「別に報告されて困るようなことはしてないけど?」
「本当か?」
「あ?」
父が確認するように問う。その顏だけ見れば、やはり何か思うところがあるのだろう。いつになく厳しい眼差しに、五条の方が戸惑った。
「オマエ、あの鬼姫にやたらと入れこんでるそうじゃないか」
「…は?どういう理屈でそんなこと言ってんだよ」
「理屈も何も。オマエの行動を聞いて話してる。いいか、悟。どれだけ入れこもうがは鬼姫だ。添い遂げることは適わんぞ」
「ハッ…下らない。そもそもと交われってオヤジが言ったんだろ」
言い返しながらも五条はイライラしていた。父の言葉に、心臓が素直に反応したせいかもしれない。図星を刺されたような不快さが残る。
「もちろんそうだ。しかしそれは五条家の未来の為。個人的な執着など必要ない。交換の儀と同じただの"作業"だ。作業相手に心を移す必要はないだろう?」
「…作業、ね」
父の言い分を聞き、五条が冷笑する。
「僕も初めはそう思ってた。あくまで作業でその相手に心を移すはずはないと思ったし、先祖の六眼が紅葉と交わり、本気になったことで妻子を捨てたとか下らないって思ってたよ。けど僕も呪術師である前にひとりの人間であり、ひとりの男なんだって気づいた」
「…どういう意味だ」
「相手が鬼姫だろうと、長いこと触れ合っていれば人並みに情が湧く。抱き合えば愛しいと思うこともある。こんな僕でもね」
「…悟!オマエ…!」
「心配しなくてもちゃんと避妊はしてるって。僕とのことは放っておいてくれない?」
言いたいことだけ言って立ち上がる五条を見て、父は「待て!」と声を荒げた。しかし五条は父を一瞥すると「ああ、は連れて帰るから」と一言告げた。
「たとえオヤジの命令だとしても、今後、僕の許可なしにに接触することは許さない。分かったか?武長」
「…はっ」
当主である五条の命令は絶対である。武長は頷くしかない。
「あと彼女のケータイ返せよ。どうせオマエが持ってんだろ?」
五条が手を差し出すと、武長は黙ってスーツのポケットからのケータイを取り出す。それを受けとった五条はそのまま座敷を出て行った。
「全く…熱くなりおって…」
静かな怒りを露わにした息子に対し、父は深い溜息をついた。事態は父の思わぬ方向へと動き出している気がする。と交わったところまでは良かったが、まさか息子の方が意外な執着を見せたのは父も予想外だった。ふたりを見張らせていた武長からその報告を受け「今のうちに引き離した方がいい」と言われた父は、すぐに動いた。過ちを犯す前にと五条、互いに相手を見つければいいと考えたのだ。息子には術師の家系である良家の娘を、には五条家に仕えている優秀な天狗を。それぞれの伴侶にと考えた。引き離すと言っても制約上、鬼姫をぞんざいに扱うわけにもいかない。ならば今より少し距離を取らせればいいと思ったのだ。
「悟はすでに"茈"まで会得し、領域展開を手中に収めるのもすぐだろう。そうなれば鬼姫は役割をほぼ終える。後は制約に乗っ取って、これまで通り大切に五条家の保護下へ置き、優秀な天狗との間に子を産んでくれさえすればいい」
「はい。鬼姫が子を宿せば鬼姫が産まれる確率も上がります。呉羽が紅葉を産んだようにも鬼姫を産んでくれれば五条家は更に力を得ることになります」
「そのためにも今、悟との間に過ちがあっては困る。武長」
「はい」
「悟の婚約者となる相手に連絡してふたりが会う段取りを組みたい。先方の都合を聞いておいてくれ」
「かしこまりました」
五条家の当主にふさわしい相手は決まっている――。主の命に頷くと、武長は静かに座敷を後にした。

「はあ…」
久しぶりに五条家の離れで過ごしていたは、そろそろ高専に帰りたいと思っていた。
「少しの間ここでゆっくりしなさい」
訳も分からず、呼ばれるがまま来たのはいいが、主からそう言われて高専を休む羽目になり、ついでに何故か数人の天狗だという男達を紹介された。雰囲気でそれが見合いの類だと気づいたが、ハッキリ言われてないものは断れるはずもなく。一緒にお茶をしながら当たり障りない会話をする。みんないい人――天狗だが――ではあった。けれど、五条を思うほどの気持ちにはもちろんなれない。
「鬼姫さまの夫となる天狗は長の一族の者が殆どです。なので立派な方ばかりですよ」
彩乃はそう言っていたが、は未だにピンとこない。自分が五条以外の男性と、そう言う関係になることなど全く想像できないのだ。かといって五条との未来も思い描くことなど出来ない。
「悟は何してるんだろ…」
ここへ来る前、五条はたて続けに地方での任務が入り、顔を合わすことも出来ずじまいだった。
いつの間にかケータイをなくし、電話することさえ出来ない。
「心配してくれてるかな…」
ふとそんなことを呟きながら、最後に会った日のことを思い出す。しかし頭に浮かんだのは五条に抱かれている時の光景で、の頬がカッと燃えるように熱くなった。
(やだ…何で…?)
あんな光景を思い浮かべてしまうなんて、と自分で自分が恥ずかしくなる。なのに自然と身体が火照って来るのは、五条に与えられる熱を刻み込まれているせいかもしれない。
「鬼姫さまと六眼は特別に相性がいいと聞くので、悟さまも抗えないんだと思いますよ」
最近五条の様子がおかしいことを彩乃に相談した際、彼女に言われた言葉だ。五条に抱かれるまで、普通の恋愛をしたことがなかったはその辺のことはまだよく分からない。しかし五条と同じで、傍にいると触れて欲しくなる――。
「…!」
「……ッ」
不意に聞き覚えのある声が玄関の方から聞こえて、の鼓動が大きく跳ねた。
「さ…悟?」
がらりと襖が開き、五条が入って来る。その顔はどこか不機嫌そうに見えて、会えた喜びよりも一瞬、不安になった。
「ど…どうして…」
「夜蛾センセーに聞いた。ったく…何で大人しく言うこと聞いてんの」
「だ、だって…」
目の前に座った五条はサングラスを外し、その碧い双眸を僅かに細めた。こうして顔を合わせるのは半月ぶりかもしれない。
「とりあえず…帰ろう」
「え…でも主さまに会わせたい人がいるって言われて明日、会うことになってるし…」
「は?誰だよ、会わせたいヤツって」
「えっと…天狗の…人なの。昨日もふたりほど紹介されて…」
「紹介?何で」
「多分…お見合い的なものだと思うんだけど――」
と言った瞬間、五条はの手を掴み、そのまま強引に歩き出した。
「え、ちょ、ちょっと悟?」
「しなくていい、そんなの」
「え?でも…」
「それとも…は見合い、したいの?」
玄関先を出たところで立ち止まった五条が振り向く。その表情はさっき以上に機嫌が悪そうだ。
「し、したいわけじゃ…」
「ならすることない」
五条はそれだけ言うと、再びの手を引いて歩き出す。肌にピリピリと感じるのは五条が苛立っているせいだろう。
「何で…悟、機嫌悪いの…?」
「別に悪くないけど」
「…でも顔怖い…」
「………」
の言葉に再び立ち止まる。確かに自分は苛立っているが、その理由は言いたくない。見合いを普通に受け入れていたに腹が立っているとは、口が裂けても。
(この気持ちは…何なんだ…。僕はを……どうしたいんだ?)
何も応えず歩き出した五条は、自分の中に生まれた感情を消化しきれないまま、の細い手を強く握りしめた。
五条家の人は原作でいっさい出ないからどんな感じなのか知りたい…🤔
五条パパとかママとか、親子の会話はどうなのか知りたいです笑
五条パパとかママとか、親子の会話はどうなのか知りたいです笑