五条の目の前に女性がひとり座っていた。彼女の醸し出す雰囲気からして良い家の出なのだと空気で分かる。名前を鬼頭響子と言った。その名は五条も良く知っている。遥か昔、御三家と並行してその名の通り鬼を狩り続けた一族だ。しかし五条家と鬼族の間で制約を結ばれてから、鬼頭一族は五条家の意向を汲んで鬼には手出しをしないという誓約を五条家と交わしたと聞いている。要は鬼が人間を襲わなければ我々は手出しをしないという考えのようだ。まさかその鬼頭の長女が自分の見合い相手だとは思いもしなかった五条は少しばかり戸惑っていた。
「お久しぶりですわね、悟さん」
互いの親など、一通り人払いをした後で、響子が先に口を開いた。赤い紅をさした唇に緩やかな弧を描いてる。五条が何も応えないでいると、響子は特に気にもしないように話を進めた。
「前にお会いしたのは兄さまが五条家に養子に入って以来かしら」
「…そうかもね」
響子の言い方は質問といった感じではなかったが、何も無視する為にわざわざ来たのではない。五条もそこは曖昧に応えておいた。
「せっかくこうして顔を合わせたんですもの。その無粋なサングラスは外して欲しいわ」
「………」
五条は無言のまま溜息をつくと、かけていたサングラスを外す。それを見て響子は満足そうに微笑んだ。
「相変わらず、美しい瞳」
「そりゃどーも…」
「武長兄さまはお元気?」
「…まあ変わらずだな、アイツも」
応えながらも五条は辺りの様子を伺った。だが特に武長などお目付け役の気配はないようだ。今でこそ五条家に仕えている番人の武長も、元々は鬼頭一族の人間だった。鬼頭家と誓約を交わした際、五条家に我が子を差し出したのは繋がりをより深くするためだったのだろう。そして、今度はその妹が当主の妻に納まろうとしている。
(鬼頭も随分と欲深くなったもんだな…)
確かに鬼頭家と繋がりを深めれば、五条家もより強い術師が増える。この響子も呪術師はしていないものの、鬼相手に戦って来た一族の末裔。それなりに強く、父が息子の嫁にと考えるのはごく自然なことだったのかもしれない。立ち居振る舞いも、容姿も完璧とくれば申し分ない嫁と言える。実際、響子は美しかった。艶々と光る黒髪を腰まで伸ばし、綺麗に分けられた前髪から覗く大きな切れ長の瞳は、彼女の兄である武長と同様に少し冷たい印象を与えるが、日本人形のように和服の似合う女性に育っていた。しかし漆黒の瞳の奥には五条を観察するような光が見て取れる。自分の夫にふさわしいかどうか見定めているのか?と、五条は内心苦笑いを零した。
「少し庭を歩きませんか?」
「…ああ」
室内で響子と相対していると少しの息苦しさを覚え、五条は素直に立ち上がった。障子を開ければ本宅の広い庭先に出られる。気の利いたことに縁側にはふたりの履物がきちんと揃えられていた。
「この庭…懐かしいですわね。兄がご当主様に挨拶をしている間、ここで悟さんと遊んだ記憶が――」
「今は…僕が五条家の当主だけどね」
「………」
響子の言葉を遮るよう牽制すれば、響子は無言のまま振り向いた。彼女の瞳は特に責めるでもなく、やんわりと細められている。
「そうでしたわね」
「それと…時間を無駄にするのは嫌いでさ。僕の気持ちを正直に話していいかな」
「……ええ。もちろん」
五条が溜息交じりで肩を竦めて見せると、響子が笑みを浮かべながら頷く。薄々は五条に何を言われるのか分かっているはずだが、そんな顔は噯にも出さない。とんだ女狐だなと五条は溜息をついた。
「僕は君と見合いする気も婚約する気も、まして結婚する気もない。だからそろそろ帰らせてもらうよ」
「…まあ。相変わらず気持ちがいいくらいハッキリしてるお方」
響子は特に驚いた様子もなく、口元を手で隠しながら楽しげに笑っている。少しも引く気はないようだ。
「少しは兄からも、そして悟さんのお父様からも話は聞いてますの。何でも…鬼姫に入れあげてるとか…」
そこで響子の瞳が鋭く細められる。元々は鬼を屠って来た一族だ。汚らわしいとでも言いたげに顔をしかめている。響子のその態度は五条をイラつかせた。
「オマエには関係ないことだよ」
「あら…そうでしょうか。今でこそ五条家を立てて誓約を守り、鬼狩りをやめましたけれど…悟さんが鬼族との制約違反をすれば我が一族も黙ってはいられませんわ。過去の過ちを繰り返す気なんですか?」
「…過ち?」
「悟さんの前の六眼と鬼姫の紅葉のことです。その時は子こそ生まれなかったものの、あのまま婚姻していればどうなっていたか…」
ああ、怖い。響子は嘘くさい笑みを見せながら、さも怯えたように言った。響子は高を括っていたのだ。鬼頭一族と五条家は切っても切りえぬ関係にあると。しかし五条にとってはどうでもいい人間のうちの一人に過ぎない。久しぶりに五条の心が急激に冷えていく。
「オマエさぁ…何か勘違いしてないか?」
ふと足を止めて五条が呟いた。響子が驚いたように振り向く。
「………勘違い?」
軽く首を傾げながらも、ゆっくりと顔を上げた五条の眼を見た時、響子はかすかに息を飲んだ。
「僕がそうしようと思えば、鬼頭一族も、もちろんこの五条家も、全て消すことが可能だってこと、分かってる?」
「……さ、悟さん…?」
五条はただその青い瞳を響子に向けただけだ。それでも響子は全身に戦慄を覚えた。身も凍る氷山の中に置かれたような寒気が襲う。
「オヤジの意向も、五条家の奴らも、ましてオマエら鬼頭なんて僕には心底どうでもいい。これ以上、僕を苛立たせるならいっそ全員、この世から消してやろうか」
「……ッ」
おぞましいほどの殺気を向けられ、響子の唇が震える。そのまま後ずさると「冗談じゃありませんわ…」と呟きながら五条に背を向けた。
「ご自分の一族まであなたにとってはその辺の石ころと同じですのね…。よく分かりました」
響子は言いながらも溜息を一つ吐くと、
「見合いの話はわたくしからお断りさせて頂きますわ。それで…宜しいのでしょう?」
「さすが物わかりがいいなー。宜しくぅ」
先ほどの冷えた空気から一転、五条は人懐っこい笑みを浮かべて外していたサングラスをかけ直した。五条の豹変ぶりに響子はしばし呆気にとられていたものの、僅かに苦笑した。
「…恐ろしい人。本気で殺そうと思ってたクセに」
「何のこと?」
すっとぼけながら、五条は顔を反らしている。響子はそんな五条の態度を見て、不思議そうに首を傾げた。
「鬼姫のこと…本気なんですのね…まさか同じ歴史を繰り返すなんて…」
「ハッ。歴史とか過去がどうとか…僕にはどうでもいい。ただ…今、傍にいる女の子が大事だって思うことがそんなにおかしいかな」
「…好き、なんですか?」
「………」
響子に問われ、五条の胸に言葉では表せない想いが広がっていく。最初はただのガキだと思ってた。親しくなるにつれ、生意気な妹が出来たと思う程度で、それが少しずつ形を変えていったのはいつからだったんだろう。何度も怒らせては泣かしてきた。嫌われたと思ったことも一度や二度じゃない。なのには自分の命を投げ出してまで五条の命を救ってくれたこともある。生き延びる為に五条家と制約を結んだというのに、は自らそれを放棄して五条の命を優先させた。きっとそれまでいくつも伏線はあったんだろう。でも五条の心を決定的に動かしたキッカケがあるとするならば、やはりあの時、を失うかもしれないという恐怖を感じた時だったのかもしれない。
「さっき…オヤジは僕に言った。オマエと形だけでも結婚して、は愛人にして傍に置けと。結局、も僕が生気を与えなければ生きられない。一緒にいるのは変わらないんだから形はどうでもいいだろ、ってさ。でも…それは違うんだ、僕にとっては」
「…違う?」
「大切な子をそんな形で傍に置くなんて出来ない。は鬼姫の前に…ひとりの女の子だから」
「…悟さん…」
「傷つけたくない。オヤジや五条家の勝手な思惑で、の心を踏みつけたくはない。――大切な子だから」
そう、大切だから。自然と言葉になったその想いで、五条は初めてが自分にとって、どれほど大切な存在になっていたのか思い知らされた。鬼だとか、人間だとか、理屈じゃなく。ただ、傍にいて欲しい。初めて、そう思えた相手だ。
「…本当、人の心は思わぬ方へ動くものなんですのね…」
「バカだと思ってるんだろ。鬼に心を許すなんて鬼頭一族にしたら愚かにしか見えないだろーな」
苦笑交じりで五条が言うと、響子は意外にも複雑そうな顔で首を振った。
「私にも分かっています…。鬼も元は人間。心はあります。だから少し…羨ましい」
「羨ましい…?」
「そこまで想える相手と出会えたことが。あいにく私にはそのような人、いませんので」
響子は少し寂しげな笑みを浮かべた。それは彼女が初めて語った本心のようにも思う。
「…いいんじゃないですか」
「…え?」
「鬼姫と六眼…添い遂げたいのならそれはそれで。子供さえ作らなければ、ですけど」
「……その前に向こうの気持ちはどうか知らないけどね」
「あら、そうなんですか?」
悟さんともあろう人が、と響子は笑った。五条も笑いたい気分だったが、今はただ早くのところに帰りたかった。今日まで当たり前のように傍にいたことで、何も言葉で伝えていなかったと今更ながらに気づく。
(ちゃんと…に伝えよう)
ふと、そう思った。は驚くかもしれない。何をバカなと笑われるかもしれない。制約通りに儀をこなし、交わってきただけの相手と思われている可能性もある。それでも五条はに伝えたかった。六眼とか、呪術師とか関係なく、一人の男として、ただ「が好きだ」と言いたい。
「響子、後のことは宜しく頼むよ」
そう声をかけて足早に歩いて行く五条を見送りながらも、響子は少しばかり驚いた顔で、
「やっと名前を呼んでくれた」
と苦笑しながら呟いた。

「遅いなぁ…」
ふと時計を見ながら溜息をつく。午後8時。五条と別れてから3時間が経っている。は先にマンションへ帰って来たものの、買ってもらったケバブを食べずに五条を待っていた。戻って来たら一緒に食べようと思ったのだ。しかし1~2時間ほどで戻って来るとばかり思っていたのに、3時間を過ぎても帰って来る気配がない。
「任務…じゃないよね。武長さんと車に乗ってったんだし…」
ということは五条が向かった先は五条家ということになる。なのに何故そのことを隠し、任務が入ったなどと嘘を言ったんだろうとは首を傾げた。
「まあいっか…。帰って来たら聞けばいいもんね」
考えても分からないことは後回しにして、はただ待つのも暇なので温かい紅茶を淹れようとキッチンへ向かう。五条はどちらかと言えばコーヒー派らしいが、は普段飲むなら紅茶が好きだった。それをこの前話したら五条が美味しい茶葉を買って来てくれたのだ。一緒に買ったというガラス細工で出来た猫型のティーポットを見た時はも「可愛い!気分が上がる!」と大喜びだった。
「んーやっぱりいい香り」
飲む前にダージリン特有の香りを楽しむ。五条が買って来たのは春摘みのファーストフラッシュと呼ばれる茶葉らしく、爽やかな渋みと花のような香りが特徴で贅沢な気分になれる。砂糖など入れなくてもストレートで十分すぎるほどに美味しい。
「悟はこれにも砂糖ドバドバ入れちゃうんだからもったいない」
先日一緒に飲んだ時のことを思い出し、は軽く吹き出した。そのままポットとカップを持ってリビングに移動すると、五条が戻るまでテレビでも見ていようとリモコンを手にする。その時、静かな部屋にインターフォンの音が鳴り響いた。
「え…誰…?」
昼間ならまだしも午後8時過ぎに尋ねて来るような知り合いはいない。五条も当然鍵を持っているのでこんな風にインターフォンを鳴らしたりはしない。ふと家入の顏が浮かんだものの、もし彼女が訪ねて来るなら前もって電話をかけてくるだろう。いや、そもそも家入はマンションの存在は知っているようだが場所までは知らないはずだ。
「…こんな時間にセールスとかじゃないよね」
は首を傾げつつもインターフォンのモニターを確認した。
「え…?」
画面にはの想像もしていなかった人物が映っていた。

「どーもー」
マンション前にタクシーを付けてもらった五条は支払いをしてすぐに車を降りた。形だけの見合いを終えた後、さすがに実家の車で送ってもらうわけにもいかず、五条はタクシーを呼んで戻って来たのだ。時刻は午後9時。時計を見ながらマンションのロビーを突っ切りエレベータに乗り込む。ロビー受付にいた女性が何かを言いたげに腰を浮かせていたが、五条は笑顔で手を振るだけに留めておいた。先日声をかけられ、今度食事でもどうかと誘われたばかりだったせいもある。仮にもコンシェルジュとして雇われているなら住人をナンパするなどもっての外だろと五条も苦笑したのだが、今はハイグレードのマンションでも人手不足なのか普通に素人を募集をしていることもあるらしい。30代~50代主婦、未経験者可などという告知までしているマンションもあるというのだから驚いてしまう。それでも仕事をきちんとしてくれるならいいが、時々はさっきの女性のような遊び感覚で仕事をしている人間もいる。住人のプライベートを覗ける仕事でもあるのだから個人的な誘いをされるとさすがに警戒してしまう。
(来年になったら他のマンションに引っ越すか…今はもいることだし)
五条は忙しくて家にいないことも多い。ならが使いやすい設備のあるマンションの方がいいかもしれないなと思う。
(って、まるで同棲気分だな)
の意見も聞かず、一人で勝手にそんなことを考えている自分に思わず苦笑する。今は見合いのこともあってマンションにを連れて来たものの、この先ずっと一緒に住むとは限らないのだ。ただ五条としてはがいいならこのまま二人で住みたいと思っていた。その前にまずは自分の気持ちをにきちんと伝えなければならない。
「って言っても僕、されることはあっても告白したことないからなー。ちゃんと言えるのか…?」
これまでこんな風に好きになった相手はいなかった。なので当然告白すらしたことがない。改めて考えると少し緊張して来るのを感じた。
「よし…まずは…普段通りに…」
ブツブツ言いながらエレベーターを降りて廊下を歩いて行く。だが鍵を開けようとしてふと手を止める。
「あれ…開いてる?」
鍵を差し込んだ時の違和感に、五条はすぐドアノブを下ろしてみた。するとドアは簡単に開く。
「ったく…オートロックでもちゃんと部屋も鍵かけないと今は危ないってのに」
まあ例え普通の強盗ならばひとりで十分に撃退出来るだろうけど、と思いつつ、五条は靴を脱いでリビングへ向かった。
「ただいまー。――?そこのドア、鍵開いてたけど」
言いながらドアを開ける。はリビングのソファに座っていた。だが五条の気配でハッとしたように振り返る。
「あ…お帰りなさい…」
「あれ、ケバブ食べてないのかよ」
キッチンのカウンターの上には袋に入ったままの弁当が二つ置いてあった。
「あ…うん。悟と一緒に食べようと思って…」
「あーごめん、遅くなって。腹減ったろ。今お茶淹れるから食べよう――」
とキッチンへ入った五条は、シンクに来客用のカップが置いてあるのを見て言葉を切った。
「…誰か来たのか?」
「………」
ふとを見れば、彼女は俯いたまま何も応えない。五条はリビングに戻るとの隣へ腰を下ろした。の様子からして、あまり好ましい来客ではなかったようだ。
「誰…?」
と問いながらも、五条は改めて室内の気配を六眼で注意深く確認してみる。そして気づいた。かすかに漂う残穢は五条も良く知っている人物のものだ。
「…オヤジが来たのか」
「………」
は黙ったまま頷いた。五条は深い溜息を吐くと、ソファに凭れ掛かった。通りでさっき響子と別れた後、文句の一つも言いに来そうなものなのに顏も出さなかったはずだ、と苦笑する。息子に見合いをさせている最中、自分はこっそりに会いに来てたのだ。五条は呆れつつも元気のないの様子が気になった。
「…何を話した?いや…何か言われたのかよ」
「……言われたっていうか…」
「あーもしかしてまた天狗と見合いしろって?そんなん無視していーから」
なるべく明るく話しかけながらも、やはり引っ越した方がいいかもしれないと思う。しかしは小さく首を振ると「悟がお見合いしたんでしょ?」と呟いた。
(なるほど…そう来たか…)
内心舌打ちをしながらも、五条は「別にあんなの見合いってほどのもんじゃないって」と笑う。だがは殊の外真剣な顔で五条を見上げた。
「…私、明日寮に戻るね」
「…え?」
「悟に婚約者がいるのに私と住んでるの良くないよ」
「…は?何言ってんだよ、オマエ」
「お父様も困ってたよ。何度言ってもいうこと聞いてくれないって」
そう言いながらは立ち上がると「これ温めるね」とキッチンへ向かう。五条も立ち上がると「待てって」との腕を強く引き寄せた。その拍子にお弁当の入った袋が落ちる。
「ちょ、悟…離して」
「何を言われたか知らないけど…僕は婚約するつもりも結婚するつもりもない。だからは気にせずここにいろよ」
「…そう言うわけにはいかないよ。悟も当主になったんだから、そろそろ将来のこととか考えないとダメでしょ?」
「将来って?好きでもない女と結婚して、そこに何があるっていうんだよ」
五条は戸惑った。が何を言いたいのか分からない。は五条から視線を反らしたままだ。
「何がって…私も分かんないけど……当主としての責任、とか…?」
「…責任…?」
「当主は一族を守らないといけないでしょ…?私もそう…。鬼族を守る為に五条家と制約を交わした。この先の未来にとって大事なら天狗とお見合いでも何でもするつもりだし…」
「…は?何言ってんだよ…オヤジに何言われた?」
「べ、別に何も…ただ鬼族の長として、今こんな風に悟と暮らしてちゃいけないって思っただけ」
はそれだけ言うと、落ちた袋を拾おうとした。だが五条が再びの腕を引き寄せる。背中に回した腕に力を入れれば、が驚いたように藻掻きだした。
「放して――」
「…好きだ」
「……っ…?」
不意に耳元で聞こえた言葉に、の動きが止まる。五条はもう一度、の身体を抱きしめながら「僕は…が好きだ」と言った。かすかにの身体の震えが腕を伝わってくる。
「オヤジが何を言おうと関係ない…。今は僕が当主だ。口出しさせるつもりもない。他の女とも結婚なんかしない」
「…な…何言って…そんなの…勝手だよ…」
は五条を軽く突き飛ばして身体を離した。彼女の青い瞳は戸惑いで揺れている。
「それじゃ…何の為に私と交わったの…?自分の力の為だけ?いつか生まれて来る六眼の為でもあるんじゃないの…?だから私は――」
「…僕と…寝たって?」
「……っ」
一瞬、言葉を詰まらせたは、軽く唇を咬んで五条に背中を向けた。
「そうだよ…それが制約だもん…。それに私だって本来の妖力に近づくし結果、一族の為になる。悟だって…そうでしょ?」
「……僕は…」
そうだ、自分だって今以上の力が欲しくてを利用したようなもんだ、と五条は思った。だけど、それだけじゃ決してなかった。ただの作業なんて割り切ることも出来ず、触れるたび、愛しいと感じてた。
「…最初の目的なんて…忘れてた…。本気でを抱いてた。は…?制約の為だけに僕に抱かれてたの?」
の細い肩がビクリと跳ねた。その肩へそっと手を乗せようとした時、は小さな声で「そうだよ…」と呟く。
「それ以外に理由なんてないし…だいたい悟が言ったんじゃない…。ただの作業と思えって。だから私はそうしてた――」
「嘘つくなよ」
「…嘘じゃない…っ」
「気持ちがあるかないかなんて…抱けばわかるんだよ」
「…ないってば!悟おかしいよ…好きだとか言ったり…いつもの悟じゃないみたい…ちょっと熱くなり過ぎじゃない…?」
は強く拳を握り締めながら、笑顔で振り向いた。
「私は鬼だよ?人間の悟とは今以上の関係になれないって知ってるでしょ」
「関係ないよ…」
「関係あるよ!それに…悟のこと男としては見れないし…そんなこと言われても困るから」
「……」
の声は震えていた。それでも気持ちは変わらないというように五条を見上げる。
「……悟はその婚約者の人を大事にして。私も相手を見つけるし…でも私と悟の関係は今まで通り変わらないんだし、それでいいじゃない」
「よく…ねえよ。オマエはそれで本当にいいのか…?」
「…いいよ」
その瞳には強い意志が宿っているように見えた。だがふと俯く。
「…やっぱり…今夜のうちに寮に戻るね」
がリビングを出ていく。五条は咄嗟にの腕を掴んだが、振り向こうとしないを見てその手をゆっくりと放した。
「勝手にしろ…」
「………」
それ以上、言葉を交わすこともなく。五条はただ、が部屋を出ていく音を聞いていた。
やはりすれ違う…