「もう…私に聞かれても困るんだけど」
「確かにな…僕らも教えて欲しいくらいなのに」
彩乃の愚痴に頷くのは、幼少の頃からを守って来た天夜だ。ここ最近の五条家の騒ぎはもちろん耳にしていたが、すでに鬼姫となったに直接聞くわけにもいかず、天夜なりに心配していた。
「どうなってしまうのかしら…」
「そうだな…六眼がもし本当にさまを妻に、と言い出したら昔と同じような反対に合うことは間違いない」
「また繰り返してしまうのかしら」
彩乃は少し不安そうに溜息をついた。もしふたりが本気で想いあっているのなら応援したいという気持ちはある。しかし鬼姫と六眼が結婚したところでふたりの絆は築けても、子孫を作ることは出来ない。それを元当主である父が許すはずもない。結果、不幸になってしまうという過去からの因縁めいた噂話が真実になってしまうのではと、彩乃はそこが心配だった。しかし天夜は少し違う考えだった。
「僕は悟さまが五条家の繁栄を放棄してもさまを選ぶというなら、認めてもいいと思ってるけどね」
「…天夜さんてば…もしさまが天狗との子を産まなければ、さまの後の鬼姫さまが生まれないかもしれないのよ?」
「いや…六眼との子供なら強力なお子が生まれるかもしれない」
「で、でもそれは禁じられてるわ…。それに人間との子供は不幸になるだけよ」
「僕もそう思ってた。でも最近ふたりを見てて思うんだ。もう昔とは時代も違う。必ずしも不幸な結果になるとは限らないって」
「天夜さん…」
「まあ…僕らは見守るしか出来ないんだし、答えはさまと悟さまに委ねよう」
天夜は優しく微笑むと、不安そうな彩乃の肩を抱き寄せた。

五条は奥座敷で父と向き合っていた。先日にも話した内容をソックリそのまま父に告げ、絶対に退かないといった様子で徹底抗戦の構えを見せたのだ。これには父も困り果てた。息子が見合いを拒絶していることもさることながら、以外の女はいらないと言い切ったことで未来の六眼が生まれる可能性を摘んでしまうことになるからだ。そしてもし反対するなら五条家ごと自分の代で潰すとまで言われれば、父はどうしようもない。すでに当主の座は息子に明け渡しているのだ。
「……分かった。だが…」
と父は深い溜息を吐いた。
「鬼族との制約だけは破棄しないで欲しい」
「あんなものなくたって今まで通り何も変わらない。鬼族や天狗の一族はこれまで同様、五条家の人間として扱う。優秀な呪術師も大勢いるからね」
「しかし…オマエは本当にと結婚する気なのか…?」
「別に形に拘ってるわけじゃない。僕はがそばにいればそれでいい。後のことは後で考える。それに今すぐ結婚するわけじゃないしね」
「は…なんて言ってるんだ…?」
「僕に全て任せるって言ってくれてるよ。彼女は鬼族の皆が守られればそれでいいってさ」
五条の話を聞き、父はこれ以上何を言っても無駄なのだと悟った。これまで長きに渡って守り通して来た制約は、何の意味も持たないものへ変わろうとしている。それは時代の流れと共に少しずつ少しずつ、鬼と呪術師の関係に変化をもたらして来たせいかもしれない。
「親戚連中が黙ってないぞ」
「はっ。あんなボケ老人たちはどうとでもなる。僕とが本気になれば呪術界の上にいる奴ら全員を消すなんて簡単だからね」
「悟…!オマエ、なんてことを――」
父が真っ青な顔で腰を浮かしたのを見て、五条はふっと笑みを漏らした。
「でも乱暴なことはしない。が反対してるから」
「……何?」
「アイツ…オヤジに言われたこと心配してるんだよ。僕を裏切者にしたくないって気持ちはオヤジと同じみたいだ」
「……そうか…」
「いい子だろ?」
「ぬけぬけと惚気るな…ったくオマエという奴は…」
シレっとした様子で頬を緩める息子を見て、父は呆れたように目を細めた。親として案じている問題は何一つ解決していない。しかし反対すれば息子は言ったことを実行するだろうことは父親である自分が一番理解している。ある意味、己がそう育てたのだ。五条家の当主として、六眼として、呪術界の頂点に立つ術師として。冷酷なまでに敵と見なした者は徹底的に排除しろと。もし息子が自分達一族を敵と見なせば、躊躇うことなく――。
「勝手にしろ、とは言ってやれない。だが…」
「オヤジの悪いようにはしないよ。僕が願うことは一つだけだ。オヤジ達は邪魔することなく、それを黙認してくれるだけでいい」
五条はそれだけ言うと静かに部屋を出て行った。父はふっと肩の力を抜き、深々と息を吐き出す。知らないうちに酷く緊張していたようだ。
「我が息子ながら…恐ろしいヤツだ」
「本当に宜しいんですか…?」
「武長か…」
音もなく部屋に入って来た部下を見て、ふと苦笑いを零す。いいも悪いもない。現当主は間違いなく、五条悟なのだ。
「オマエも分かってるだろう?」
「では…そのように」
武長は一礼すると、再び音もなく姿を消した。不本意だろうが当主の命令には従うほかない。武長もそれを嫌というほど理解している。
「六眼だからと甘やかしすぎたか…」
しかし今更それを悔いても遅い。六眼が生まれ、同じ時代に鬼姫が生まれたことはどうやっても変えられない運命だ。
「惹かれ合う運命、か…」
数百年経った現在では、遠い遠い過去の教訓など何の役にも立たないのだと、父は今更ながらに気づかされた。

「悟、大丈夫かな…」
はふと時計を見ながら呟いた。高専に帰る前に実家に寄ろうと言い出したのは五条だった。父と決着をつけるという五条に連れられて来たのはいいが「は離れで待ってて」と言われて大人しく待っているところだ。しかし五条が母屋に向かってかれこれ一時間。少々心配になってきた。
(まさか反対されて大喧嘩してるとか…?)
ただ待っているだけの身では悪いことばかり浮かんでしまう。しかしあのふたりが大喧嘩をすれば少なからず大きな呪力を感じるはずだ。でも特にそういった気配は母屋からしてこない。何度か鬼の眼で確認してはホっと息を吐き出す、ということを繰り返していた。
「はあ…待ってるだけって退屈。もう荷造りも終わっちゃったし…」
そうボヤきながら室内を見渡す。がここへ初めて連れて来られた日から早いもので3年半の月日が過ぎていた。その間に増えて行った私物を、今日は全てつめておいてと五条に言われたのだ。
「いちいち取りに来るの嫌だろ?もうここに来ることも減るし着替えとかは全部マンションに運ぼう」
それは今後、五条と暮らすことを意味していた。と言っても、高専の寮と行ったり来たりの生活になるだろうが。
「~!荷造り終わった?」
「悟!」
ボーっとしながら横になっているとウトウトしてきただったが、五条の声が聞こえた途端、パっと跳ね起きる。
「なーに寝てんだよ、呑気に」
襖が開き、五条が顔を出した途端、苦笑いを浮かべる。はすぐに荷造りをしたバッグを見せて「もう終わって暇だったんだもん」と口を尖らせた。
「悪い。ちょっと話が長引いて。もう行くけど出れる?」
「う、うん…。あの、悟…」
「ん?」
「主さまは…なんて?」
五条が何も言わないのを見て、は気になっていたことを尋ねた。反対は反対だろうが、どう話を付けて来たのか気になる。五条は「ああ」と言ってを見下ろすと、ニッコリと微笑んでみせた。
「大丈夫。言っただろ?オヤジは僕に逆らえない」
「でも…怒ってらしたでしょ…?」
「いや、そんなには。まあ、覚悟はしてたでしょ。僕の我がままは」
「じゃあ…許してくれるの?」
「さあ。内心は反対だろうけど、今のところ黙認って感じかな。でもこっちの要望は伝えたし、そこは大丈夫だよ」
「そっか…」
ホっとしつつも、やはり手放しでは喜んでもいられない。今回の件で五条は一族から確実に目の上のたんこぶ扱いだろう。
「そんな泣きそうな顔するなよ」
「う、うん…ごめん」
不安そうに俯く姿を見て、五条は身を屈めるとの顔を覗き込む。互いの碧眼がまるで鏡に映したかのように見つめ合う。
「オヤジや五条家の奴らは反対だろうけど、そんな奴らはどうだっていい。には味方がたくさんいるだろ」
「…え…」
「高専の皆や、鬼族の皆がいる。全員、の味方だ」
「悟…」
「それに僕もいる。はそれだけじゃ不満?」
その問いには思い切り首を振る。不満なはずがない。ただ、諦めていたものが手に入ると不思議なもので前とは違う不安が襲って来るのだ。
何故鬼に生まれてしまったのか。覚醒する前も、した後も、ずっとそんな思いが心の奥に燻っていた。五条を好きになってからはその気持ちは更に強くなったこともある。でも今は過去の鬼姫の想いごと受け入れられる気がしていた。あの冷たい海の中で紅葉の悲しい想いに触れ、共鳴した時、彼女の分まで幸せになれるよう、自分の中に生まれた想いを成就させなくちゃいけないと思ったのだ。
「ん?これ…紅葉の簪…?」
五条がの手に握られたものを見て尋ねた。
「うん。彩乃さんが綺麗にしてくれて…」
錆びを落とし綺麗に磨いてくれたことで、かろうじて元のデザインが分かるまでには修復することが出来た。数百年もの間、海の底に沈んでいたとは思えないほど形がそのまま残っている。それは可愛らしい葉を模した造りの簪だった。
「悟のご先祖さまの想いがいっぱい詰まってる気がするの。だから…お守り」
「……そっか。これ…紅葉?」
簪の頭には葉の形をした飾りがついていた。
「うん。残念ながら色ははげちゃってたけど…きっと綺麗な朱だったんだろうなぁって思って」
「…きっとわざわざ作らせたんだろうな」
「私もそう思う。きっと六眼の人は大好きだったんだね、紅葉さんのこと」
の言葉に五条は優しい笑みを浮かべると、彼女の白い頬へちゅっと口付けた。
「僕もが大好きだけど?」
「さ…悟…」
「ま、僕らはふたりほど年も離れてないし、もっとお似合いだろ」
「…またそんなこと言って…」
頬を赤くしながらも五条を睨む。しかし五条にはあまり効果はないようだ。そっと腕を伸ばしてを抱きしめると「ほんとのことでしょ」と笑う。
「…」
「ん?」
「もう…勝手にいなくなるなよ」
「…うん。悟もどこにも行かないでね…」
「僕がいなくなるはずないでしょ」
「そんなの分かんない――」
言いながら顔を上げると、五条の双眸と視線がぶつかる。その優しい碧の中に、驚いた顔をしている自分が映っていた。自然に目を閉じると、すぐにふたりの唇が重なる。
きっとこの先もふたりの道は全てが幸せなことばかりじゃないだろう。古から続いて来たものを変えていくには、その何倍も時間がかかるかもしれない。けれど、五条とふたりなら少しずつでも前へ進める。変えるキッカケを作ることくらいは出来る。そう、感じていた。
鬼姫として六眼と共に生きていく未来を、これからもずっと描き続ける。
いつか訪れる、変化を求めて――。
完。
今回で最終話となります。鬼の話を書きたいなあと思いつきで始めた連載でしたが、あちこち脱線しながらも何とか最終話まで書くことが出来ました汗。最初の予定ではもっと微エロでいくはずが書いてると何故かそんな空気にもならずじまいで終わってしまうというね笑。そんな拙いお話でしたが最後までお付き合い下さった方がいましたら本当にありがとう御座いました♡
次回もまた五条先生のお話で呪術を書く予定。今度は大人の先生になりそう笑。詳しくは Dayにて。
次回もまた五条先生のお話で呪術を書く予定。今度は大人の先生になりそう笑。詳しくは Dayにて。