逢瀬・前編-01



こんなのセックスじゃなくて交尾みたいだ。
後ろから覆いかぶさる男にナカを突き上げられ、は朦朧とする頭の隅で、ふと思った。最初は受け入れるのも半分がやっとだった彼のモノを、今ではナカを蕩けさせながら貪欲に締め付けている。それがたまらないと言うような吐息を漏らし、ぬちぬちと卑猥な音をさせて、男は抽送を繰り返していた。肉壁を擦り上げ、押し広げながら、彼女の身体の一番深いところまで犯しては、子宮ごと突き上げる。

「…んぁ…あっ」

彼女の赤いくちびるから洩れる声は、もはや言葉ともいえない嬌声でしかない。暴力的なまでの行為に何度も絶頂を与えられ、無理やり引きずり出される快楽に、ただ彼女は耐えるのみの人形だった。

…かわい」

背後から男の甘い声が聞こえたと思った瞬間、耳殻をぬるりと舐められ、彼女は「ひ…」という短い声を上げた。すでに全身が性感帯のようで、少しの刺激も快感に変換されてしまう。
耳孔に舌を差し入れられ、ちゅくっという耳を犯す淫らな音さえ、彼女を追い詰めていく。

「ん…っ…や…やだ…」

首元がぞくぞくっと粟立ったのと同時に、目の前が真っ白に弾け飛ぶ。伸縮を繰り返すナカをぐちゃぐちゃに擦られる快感で、意識が飛びそうになっていた。

…愛してる」

男の大きな手が、壁についたままの小さな手にそっと添えられ、彼女は赤いくちびるをかすかに震わせた。

「…さと…る」

顎に指がかけられ、後ろを向かされた途端、視線が絡みあう。逃がさない、と、男の美しい碧眼は言っていた。
後ろから貫かれたまま、くちびるを塞がれ、咥内までもを彼の舌が侵食していく。
もう、彼女には逃げる術などなかった。

――こんなはずじゃ、なかったのに。

その思考を最後に、彼女は理性を手放した。


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猛暑日の多かった夏も終わり、秋の入り口に差し掛かった日の午後、この五条家では園遊会などという皇后陛下が開催するような茶会が開かれていた。招待されているのは、呪術界を筆頭に政財界などの上流階級と呼ばれる人間達で、こういった名目の茶会は年に数回開かれている。

――今日はお日柄も良くて結構なことですわね。
――本当に。恵まれましたわね。そうそう、恵まれたで思い出したんですけど、わたくし先日、オペラを観に行って…

上品ぶった他愛もない会話が庭の方からかすかに届く。それを耳で拾いながらも、五条は着物の胸元へ差し込まれた手をやんわりと静止した。

「ダメです…悟兄さま」
「何で」
「悟兄さまがあの場にいなければ怪しまれます」

言った途端、降ってくる舌打ちにびくりとして、顔を上げた彼女はかすかに瞳を揺らした。黒髪を高い位置で結いあげ、その綺麗な項を晒してる彼女の頬はほんのりと赤く、形のいいくちびるには紅が施されている。今日の茶会のため、身だしなみ程度の化粧をされた彼女は、可愛らしい顔立ちながら、少女の色香を漂わせていた。それにいち早く反応したのは――。

「じゃあ…何で俺について来たんだよ」
「…わたしは悟兄さまに仕える巫女である前に、お世話係もかねてますので」

俯き加減でポツリと呟く彼女を見下ろしながら、この家の嫡男である五条悟は大げさな溜息を吐いた。同時に骨ばった指先が名残惜しげに着物の衿もとをなぞっている。艶やかな着物の衿が彼女の白く細い首を引き立て、それが五条の欲を無駄に煽ってることを、彼女は知らない。

「またそれかよ。つーか敬語やめろ。世話係の前に、お前は俺の巫女で幼馴染だろ。俺のいうこと聞けねーの?」
「………ごめん」
「もっと堂々としてろ。お前は俺の巫女なんだから」
「…うん」

軽く頭を抱き寄せられ、五条の胸元へ額をくっつける。だがそれもすぐに彼女は離れる。着物を着るのにセットされた髪が崩れるのを恐れ、また五条の着ているスーツに自身のファンデーションが移ってしまうのを恐れたからだ。おかげでまた小さく舌打ちが返ってきた。

は代々、五条家当主に仕える巫女の家系で、五条と幼少を共に過ごしてきた。その頃から「お前は将来、悟さまに仕えるのだ」と親から説かれ続けて育った。十歳の頃には先に倣い、五条家の養子に入り、巫女としての役割を担う為の修行を重ねている。
五条家にとっての"巫女"とは、当主を守護し、清める存在であり、巫女となる女性は当主が呪霊との戦いで穢れに触れた後、それを祓い、マナ(鎮魂)を付与する職掌である。それでも現代の呪術界においては「女」と言うだけで周りに軽く見られる傾向にあった為、昔よりは巫女の役割も重要視されてはおらず、は五条家の養子となった後も、修行時以外は五条の身の回りの世話をする使用人扱いとなっていた。
それでも今日のような公の場では巫女としての立ち居振る舞いを求められるので、普段の着物ではなく、今日は十五歳らしい艶やかな総絞りの振袖を身に着けている。

一方、腕におさめ、手の内に入れたと思った瞬間に逃げられたことで、五条はまたしても不満そうに、その美しい碧眼を僅かながら細めた。それに気づきながらも、は五条が無理やり着物を崩してしまわないかとハラハラしていた。先ほど開かれた衿もとをしきりに気にしている。崩れてしまえば最後、また一から着物を着直さなければならない。普通の着物とは違い、振袖を一人で綺麗に着直すのは地味に重労働だ。今のにはそんな時間も、また五条に抱かれる時間もなかった。
今、ふたりがいる場所は本家にある五条悟の自室であり、ここから庭先に下りるまでは少なくとも数分では無理なくらいの距離がある。将来、この屋敷の当主となる五条は「無駄に広くて古臭いだけ」と揶揄することも多いが、歴史ある建物は広大な敷地に建てられ、代々五条家一族が何等かの形で勤めにつき、しょっちゅう出入りしていた。

「そろそろ戻ろう、悟兄さま」
「…その兄さまってのもやめろ。俺はお前の兄貴じゃねえだろ」
「え、だ、だって…」
「養子っつったって形だけのもんだ。分かってんだろ、お前も」
「…うん」

は頷きながらも困ったように視線を泳がせた。頷いたものの、やはり次期当主となる五条に対しての遠慮が伺える。幼少の頃から刷り込まれた巫女としての気構えは、そうそう消え去るものでもない。五条はそれに気づくと、仕方ないと言わんばかりに溜息を吐いた。

「わーった。じゃあ…ふたりきりのときは…いいだろ、別に」
「え…」
「悟って呼んでみ」

意地の悪い笑みを浮かべた五条は、人差し指をの顎にかけ、くいっと持ち上げた。たったそれだけで純情そうな可愛らしい顔が、ほんのりと頬を染める。それがたまらなく可愛いのだから五条も困ってしまう。出来れば今すぐ寝室へ連れ込み、この艶やかな着物を一枚一枚、脱がしていきたい欲に駆られた。

「さ…さと…る」

淡い色を纏った艶のあるくちびるが、自身の名前をなぞる。昔は何度もそう呼ばれていたはずなのに、今はこうして頼まなければ呼んではくれない。そのせいだろうか。久しぶりに名前を呼ばれただけなのに、胸の奥が彼女への恋慕で疼いてしまうのだから困りものだと、五条は小さく笑みを零した。
互いに幼い頃は良かった。次期当主だとか、五条家に仕える巫女だとか、そんな肩書に邪魔されることもなかった、あの頃は。

しばし見つめ合い、先に限界がきたのは五条の方だった。身を屈め、その滑らかなくちびるに、自身のくちびるを優しく重ねる。振袖の長く垂らした帯を乱さぬよう、そっと細い腰を抱き寄せると、今度はも抵抗しなかった。触れるだけのキスを角度を変えながら何度も繰り返し、互いの熱を確かめ合う。やがてくちびるの隙間をなぞるように、五条の舌がぬるりと舐めていく。の体が反射的に跳ねて、少しだけ身を離そうともがいた。それが合図になり、最後にちゅっと甘い音を立てて彼女のくちびるを解放した五条は、の額にこつんと自分の額を合わせながら「逃げんなよ」と苦笑を洩らした。



※名前変換を新しいのに変更するのに合わせ、内容を一部修正してあります。