× Extra story.A quiet observer








我等の世界に意味はない。そこに集まる我等にも、意味はない。




静かな空間が好きだった。
けものから破面へと変わり、理性を取り戻した時、俺が一番に望んだモノは静寂という名の"安らぎ"。
欲だけで暴れてきた事に、疲れていたのかもしれない。これからは戦うにも理由がいる。それまでは、ただ静かな時間を―――




「あ、ウルキオラさん」

静寂を破るように、明るい声が飛んできて、ふと読んでいた本から視線を移す。
目の前に立っていたのは、両手に何冊も本を抱えた、あの死神だった。

「最近よく会いますね」

そう言いながら、勝手に俺の隣へ腰をかけると、死神の女は抱えていた本をテーブルへと置いた。
グリムジョーが気まぐれで連れて来た女は、この世界にもだいぶ慣れてきたのか、ここ最近はよく一人で出歩いているようだった。
時々ここで顔を合わすようになり、女は当たり前のように、俺に声をかけてくる。

「ここ、ホント本が揃ってますよね。私、本が好きだから嬉しくて」
「…………」

そう言いながら自分も本を捲り、「何から読もうかな」とブツブツ言い始める。
俺は気にも留めず、再び途中だった本へと視線を戻した。
突然この世界へ飛び込んできた女が傍に居ようと、俺には関係ない。ただ静かな時間を邪魔しなければ――

「ウルキオラさんも本が好きなんですね」
「…………」

俺の顔を覗きこむようにしながら、女はニコっと微笑んだ。それが煩わしくて、「向こうへ行け」と一言、告げる。
それには不満げに唇を尖らせ、「そんな邪魔みたいに言わないで下さい」と溜息をつく。

「事実、邪魔だからな。お前は本を読む為にここへ来たんだろう。俺に話しかけてないで、静かに読んだらどうだ」
「そうだけど……ウルキオラさんは何を読んでるの?」
「…っおい――」

勝手に俺の手から本を奪っていく女に、少し驚いた。

「…これ…何語…?全然読めない…」
「…お前の頭じゃ無理だ。返せ」
「わ…ウルキオラさんって何気に毒舌ね。まあ…当たってるけど」

女はクスクス笑いながら、本を俺に返した。
バカにされたというのに呑気に笑っている事に多少呆れながらも、手元に戻ってきた本を開く。
女のせいで、どこまで読んだか分からなくなってしまった事が、少しだけ俺を苛立たせた。

「あ…34ページでしたよ」
「……何?」
「さっき、ウルキオラさんが読んでたページ」

そう言って俺の代わりに本を開く。確かにそこの文章には覚えがあって、女が言った事は当たっていたらしい。

「ここでしょ?」
「……ああ」

あの一瞬のうちに、そんなところに気づいていたのか。
存外…多少の観察力はあるらしい。

「あ、ロンダさん」

その声にふと顔を上げれば、書室の係でもある破面が紅茶を運んできた。
先ほど俺にも出したのと同じように、それを女の前に置く。

「いつもありがとう」
「いえ」

ロンダは余計な事は言わず、軽く女に微笑みかけると、そのまま戻っていく。
あいつと、もう打ち解けたのか、と思いながら、嬉しそうに紅茶を飲む女へ目を向けた。
「美味しい♪」と喜ぶその姿は、あまりに無防備で、ほんの少し力を解放したら一瞬で壊れてしまうに違いない。
こんな女を、何故グリムジョーは虚圏へと連れて来たのか。

「…ん?どうしたんですか?ジっと見ちゃって…」
「…お前は…何故ここへ来た」
「へ?ああ、だから本が好きで――」
「そうじゃない。虚圏の事だ」

藍染さまがこの女を「我等の同胞だ」と紹介した時、正直驚いた。
何の役にもたちそうにない、この女を、何故受け入れたのか。
女は俺の問いに対し、一瞬キョトンとした顔をしたが、すぐに「来たかったから」と答えた。

「虚圏って言うより…グリムジョーの生きる世界が、凄く楽しそうだったし…」
「楽しそう…?それは尸魂界の者を全て敵にしてまで手にしなければいけないものか?」

女は一瞬戸惑うように瞳を揺らし、僅かに目を伏せた。

「…尸魂界は私の望んだ世界じゃなかったから…」

そう言うと女はグリムジョーとの出会いを静かに話しだした。俺の静かな時間が、突然現れたこの女によって見事に崩壊していく。
だが、たまにはこういう無駄話に耳を傾けるのも悪くない、と黙って女の話を聞いていた。
現世でグリムジョーと出会い、死を迎え、そして尸魂界へと旅立った女は、「グリムジョーに会えて良かった」と、本当に嬉しそうな顔で呟いた。

「空っぽだった私を救ってくれたグリムジョーには感謝してるんです。時々ムカつく事もあるんだけど」

無邪気な笑顔で舌を出す女が、妙に眩しく思えた。
確かに不思議なめぐり合わせだ。人間として、死神として、それぞれの世界を捨てて、ここに居る事は。

「…破面の皆が私の事をよく思ってないのは知ってます。でも…そのうち解ってもらえるかなぁって…」
「あいつらに元々仲間意識はない」
「でも感情はあるでしょ?」
「…何?」
「前にシャウロンが教えてくれたの。
"破面となり力を得た事によって、更に高みを目指す為、強さへの欲求、そして自分以外への興味が強くなった"って。
そういう感情が生まれるなら、もっと別の感情だって生まれてくるはずだもの。いつか…理解してもらえたらいいなって思うの」

真っ直ぐ前を見据えて、そう話す女の瞳は、とても澄んでいて、闇の世界で生きている俺には少し眩しいくらいに輝いている。
自分以外のものを信じるという気持ちは皆無だった俺の、心に何かが響いた気がした。

「現にウルキオラさんも、こうして私の話を黙って聞いてくれてる」
「…お前が勝手に話しただけだろう」
「そうだけど…でも最後までちゃんと聞いてくれた」

それって心があるって事でしょう?と微笑む女は、本気でそう言っているようだった。
俺たち破面に心があるなんて、どうして信じられるのか不思議だ。

「何故お前は…」
「え…?」
「いや…何でもない」
「えぇっ途中でやめられると凄く気になるんですけど…」

へなっと眉を下げて不安そうな顔をする女に、一瞬言葉が詰まる。今の今まで笑っていたかと思えば…

「…良くしゃべると思っただけだ」
「あ、それこの前ノイトラさんにも言われたっ」
「…ノイトラ?」
「ここで偶然会ったんです。それで初めてゆっくり話して…今じゃ仲良しですよ?」
「……………」

ニコっと微笑む女の言葉に、言葉を失う。
ノイトラが書室に?ありえない。もし本当に来たというならば、それはこの女を観察していたからだろう。
だが"仲良し"とはどういう事だ?あの男が何故この女と……それも何か企んでるとしか――

「私、今まで相談できる友達っていなかったんですよね」

嬉しそうに笑う女の言葉に、自分の耳を疑った。

「相談…だと?」
「はい。この前も防御のコツをノイトラさんが教えてくれて」
「………ノイトラが?」

その話に、らしくもなく自分が動揺したのが分かった。
シャウロン達ならまだしも、いつの間にノイトラとそこまで親しくなったのか。
いや、その前にあのノイトラが、何の力も持たないこの女と何故親しくしているのか。
疑問は次から次へと沸いてくる。
だがそこで、藍染さまが言っていたことを、ふと思い出した。この女を受け入れるという藍染さまに、理由を聞いた時の事だ。



「あの少女はグリムジョーの心を動かした。それがどういう事か分かるかい?ウルキオラ」
「いえ…」
「変化だよ…あの少女の存在が、破面であるグリムジョーの心の変化を齎した…興味が沸いてこないか?」
「変化…」
「そう。何の力もない少女一人の存在で、彼の失われた心が戻りつつある。その理由が分かった時、面白いものが見れそうだろう?」
「あの女にそれほどの力が?」
「あの少女が特に何をしたとかじゃないんだよ、ウルキオラ。でも確かに影響を与えている…面白い存在だ。そのうち…周りの者たちにも影響が出るかもしれないね」



藍染さまはそう言いながら、楽しげに笑っていた。
あの時に言っていた"影響"が、すでに出ているというのか?

「どうしたの?ウルキオラさん…。難しい顔しちゃって」

突然視界に女の顔が現れて、ハッと息を呑んだ。大きな瞳を丸くしながら、ジっと俺を見ている。その表情はあまりに無防備だ。

「…何でもない。あまり近づくな」
「そんなに嫌わなくても…」

クスクス笑う女に、俺は僅かに目を細めた。

「嫌ってなどいない。そんな感情、俺には――」
「あ!いけない!もう戻らないとっ」
「…………ッ」

不意に立ち上がった女に、さすがの俺も驚いた。
女は慌てたように、テーブルの上の本を抱えている。

「そろそろ皆と修行の時間なの。行かなくちゃ」
「…好きにしろ…俺には関係ない」

せわしない女に溜息をつきながら、開いていた本に視線を戻す。だが女は歩きかけた足を止め、黙って俺を見ている。

「ウルキオラさんて……」
「……何だ?」
「思ってたより話すのね」
「…………っ?」
「安心しちゃった。人と話すのが嫌いなのかと思ってた」

女はそう言って微笑むと、俺に向かって手を振った。

「またね、ウルキオラさん。読書中、邪魔してごめんね」

無邪気な笑顔で手を振りながら、女は自分の居場所へと戻って行った。急に静寂が戻り、ホっと息をつく。
これでやっと静かに本を読める。そう思いながら、ふとテーブルの上のカップに目が向いた。
女の分は見事に空になっていて、あれだけ話しながら一体いつ飲んだんだと首を傾げる。

「…………変な女だ」

そう呟き、本を閉じた。何だかそういう気分ではなくなり、部屋へ戻ろうと立ち上がる。

「あ、ウルキオラさま、お戻りですか」
「ああ……」

ロンダが受付で何かを読みながら、ふと顔を上げた。そして思い出したように、一枚のメモを取り出した。

「確か、この本の6巻…ウルキオラさまが借りていきましたよね」

ロンダが差し出したメモには、つい先日ここから借りていった本のタイトルが書かれていた。

「ああ…もう少しで読み終わるが?」
「あ、実はさんが先ほどこれを残していかれまして…」

そう言って差し出されたもう一枚のメモを受け取り、開いてみた。
そこには、ふざけてるとしか言いようのないメッセージが書かれている。

「何でもすぐ読みたいそうで……」
「分かった……俺から渡しておく」

言いにくそうにしているロンダにそう言って、俺は書室を後にした。手にはあのとかいう女の書いたメモを持ったまま。

変な女だ。我ら十刃に臆する事なく声をかけ、気軽に接してくる。
だが…少しだけ、藍染さまの言っていた意味が、分かった気がした。
という少女が、俺たち破面にどんな変化をももたらすのか、見てみたい気もする……だから―――









(―――許そう。その存在くらいは)





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番外編、第二弾はウルキオラでした。
ウルキオラって感情を出さないキャラだから、文章で描くって大変(;^_^A
それに、あまり名前変換できなくて申し訳ないっす;;


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